侵略者
聖光暦1855年4月2日
オガサワラショトウ 沿岸部
マルアム王国 新領土鎮定軍
「もたもたするな!」
「進め! 進め!」
下士官らの怒号がここまで聞こえる。
兵士たちは次々と揚陸用の筏から降り、新領土へと足をつける。
現在までのところ、揚陸作戦は非常に順調だ。
懸念された周辺諸国による妨害活動は一切ない。また、二ホン軍により妨害もなかった。事前情報の通りに二ホンにはまともな軍備が存在しないらしい。
「順調だな」
横から将軍が声を掛けてくる。
「はい、将軍。順調です」
順調すぎて怖いぐらいだ。
もっとも、マルアム王国西部植民地にある王直轄市ダフィアン。そこからオガサワラショトウまでの距離はたったの50km足らずに過ぎない。たったこれだけの距離を侵攻するだけだ。である以上、大きな問題は起こりようもないと言えばそうだ。
「懸念材料はあるか?」
「これといった問題はありません。少なくとも、今のところは」
「何だか、問題が起こってほしいみたいな言い方だな」
「……そんなことはありません」
「そうか」
将軍は深く追及することもなく、その話を打ち切ると揚陸部隊に視線を向ける。
それに釣られて、彼もまた視線を向ける。
参謀長の目に移ったもの。それは、士気も高く前進していく揚陸部隊第一陣の姿。
それも当然だろう。
目の前の蛮族は大した軍を持たず、自分たちの危険はほとんどない。その一方で、此度の遠征に当たり、将軍はいつも通りに略奪を禁止しなかった。禁止していないということは、略奪しても良いということだ(内乱鎮圧時などに、略奪禁止令が出されることが稀にある)。
兵たちの士気が上がるのも無理はない。
彼等のほとんどは徴用された農民だ。はっきり言って、裕福とは程遠い。だが、ここで十分な量の財宝を略奪できれば、その生活は一変する。
特に彼らは、このオガサワラショトウがかなり裕福な地域であると知らされている。だから、相当な量の財宝を収奪できると踏んでいるのだろう。
無論、彼らが略奪した財宝の半分以上は、軍を指揮する貴族たちの手に入るようにはなっているのだが……平民にとっては半分でも破格の報酬だ。
兵士たちは乱暴に住居の扉を押し破り、乱入していく。
「きゃああああああああああああ!!」
「があああああ」
「あなたああああ!」
「いやああああああああああ!」
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
家々から蛮族たちの悲鳴が聞こえてくる。
どうやら、兵士たちはきちんと仕事をやっているようだ。
それにしても奇妙なところだ。
参謀長は視線を展示、海岸で転がる骸を見やる。
何と愚かな。そられの骸は、完全武装の兵士たちが海岸から上陸しようとしているのに、その様を海岸で見物していた者たちのものだ。
その連中は、我々をただ見物していた。普通は逃げるなり抵抗するなりするものなのだが……。なぜ、それをただ呆けて見ていたのか?
まあ、所詮は蛮族と言うことなのだろう。
と、彼が考えているところで、空からゴゴゴゴゴと不快な音が聞こえてくる。
彼が上を見上げると、そこにいたのは鳥。
それもまた、奇妙な鳥だ。全くはばたかない翼を付けている。しかも、先日から確認できていた怪鳥と違い、翼の前の回転する羽もない。
「妙な鳥だな。こいつも例の巨大な怪鳥と同じで、オガサワラショトウの在来種なのか?」
将軍がそう問いかけてくる。
「分かりません。それに、何をしに来たんでしょう?」
「転がっている人間の屍をついばみにか? だが、だとするとこいつは肉食?」
二人は、その推測にハッとなる。
「将軍。対空戦闘を準備すべきかと」
「そうしろ、急げ」
「はっ!」
参謀長がいなくなった後、将軍は一人思考に耽る。
やはり、何の問題もなく、という訳にはいかないか。
だが、そうでなくては面白くない。大体、何の犠牲もなく新領土を手に入れたところで、尊敬を集めることはできない。
無数の屍の上に領土を築くからこそ、意味があるのだ。
「さっさと歩け! ノロマ共!」
「ひいいいいいいい!」
「ぎゃああ!」
「やめてええええええええええええ!」
怒声と、悲鳴が聞こえる。
将軍がそちらに視線を向ける。すると、裸の蛮族が腕に縄を掛けられて、兵士たちに連行されているのが見える。
「……数が少ないな」
しかも、若者の数が少ない。
今回の遠征の目的の一つには、奴隷の調達も含まれる。従って、出来るだけ多くの、それでいて若い蛮族を確保したい。だが、兵士たちが連れている蛮族達の数はあまり多いように思えないし、遠目に見る限りかなり年を取っている者が多いようだ。
「面倒な」
将軍は呟く。
これほどの大軍を動員したのだ。調達できた奴隷の数が少ないと、確実に政敵の攻撃材料になるだろう。
男達は抵抗されたから殺した、と報告するとして、女達はどうする? 自らの貞操を守るべく自決した、といったところか?
まあ、細かい事情については兵士たちを尋問し、参謀部とも協力して詰めていこう。
そもそも、作戦はまだ始まったばかりだ。
新領土鎮定軍の強大さに怯えた蛮族共が奥地に退避しているというのは、十分に考えられる。
ゴゴゴゴゴ
先程と同じような、奇妙な鳥が頭上を旋回している。
それも今度は二匹。
いや。
奥にももう一匹いる。
どうやら、血の臭いを嗅ぎつけてドンドン集まって来ているらしい。
「面倒な」
先程と同じ呟き。しかし、その中に含まれる感情は、異なるものだった。