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人工衛星


皇国歴1021年3月31日

汐宮皇国宇宙軍 第7宇宙基地

衛星軍団 中央司令室



「『開眼15号』は最終姿勢制御を実行中。予定軌道到達まで残り10秒。……5、4、3、2、1……到達」


 管制官の無機質な声が、偵察衛星の軌道投入成功を告げる。皇国が異世界に転移してから、今日で早くも十日が経過している。異世界転移に伴い、皇国が前世界で打ち上げていたほとんど全ての人工衛星と低軌道基地は消滅。


 当然だが、皇国は政府用や軍用、民間用などの多数の衛星によって支えられており、これらを一挙に喪失したことは重大な問題だった。これを受けて、皇国宇宙軍では『戦争計画10157・11号』を発動。人工衛星の緊急打上を開始していた。


 『戦争計画10157号』は奇襲攻撃を受けた場合の計画で、開戦と同時に衛星部隊が壊滅することを前提にしている。計画では、奇襲から72時間以内に150基の軍用衛星を打ち上げ、衛星網の再編を図ることを目的としていた。


 尤も、この『戦争計画10157号』は、これまでのところ被害妄想の産物と思われていた。皇国の衛星部隊は、多数の空間機動戦闘衛星によって護衛されており、また各軍用衛星には最低限度の自己防衛機能が備わっている。このため、それらが突破されて衛星部隊が壊滅することは殆どあり得ないと考えられてきたためだ。


 だが今回、その衛星群が消滅したことで、この戦争計画は再び注目され、多少の手直しの後に実行されつつあった。



「これでようやく20基目」


 三つ星の階級章を付けた将軍が呟く。

 その顔には焦燥の色が濃い。

 それもそうだろう。

 汐宮皇国軍は偵察・警戒・情報・通信・攻撃・測位などありとあらゆる分野で衛星を多用していた。それらが一挙に失われ、依然復旧できていないのだから。


 『戦争計画10157号』

 それによると本来、72時間で150基の衛星を展開できるはずだった。その為の打ち上げ装置や衛星は既に準備されており、後は軌道投入を待つばかり。

 だが、問題はその軌道投入だった。

 どうやら、この異世界。元いた世界よりも、惑星の半径がかなり大きいようなのだ。学者によると、二倍以上。また、自転速度もそうとう早いという。その一方で、惑星表面の重力は元いた世界と同じである。この為、この惑星の内部がどうなっているのかを研究するために、地質学者たちは現在、狂喜乱舞しているらしい。


 無論、そんなことは本来、専門の研究者たちに任せておけば良いことだ。宇宙軍の将軍が関知するようなものではない。


 だが、今回はそうはいかない事情があった。


 それは将軍が、衛星打ち上げ計画の総責任者であるということだ。

 衛星の打ち上げは繊細な作業が必要であり、自転速度や惑星半径が大きく変化しているというのは、かなり大きな障害だった。

 このため、衛星の緊急展開計画は大幅に遅延。異常事態発生から10日も経過した現時点でも、まだ20基の衛星しか軌道投入できていない。


「ふう」


 嘆息すると、愛用している胃薬へと手を伸ばす。


 汐宮皇国宇宙軍衛星軍団長。それが彼の役職だった。衛星軍団は宇宙軍を構成する四つの主要軍団の一つであり、日頃から激務である。

 しかしながら転移からの十日間。彼の業務量は通常のそれを大きく逸脱していた。労働基準法が軍人に対しても適用されるのであれば、とっくに彼の上官たちは違法行為の咎により摘発されていた筈だ。


 もっとも、彼にとって不幸なことに、あるいは彼の上官たちにとって幸いなことに、軍人は通常の労働法規による拘束を受けることがないのであるが……。



 誰か変わってくれないだろうか?

 胃薬を流し込みながら、彼はそんなことを考える。無論、不可能である。これほど重要な時期に主要軍団の長を異動させるなど狂気の沙汰だし、仮に異動届を出したところで却下されるだろう。


「ふう」


 またも、ため息が出る。


「幸せが逃げ出しますよ、ため息ばかりついていると」


 副官の大尉がそんな指摘をしてくる。


「そいつは迷信だよ、大尉」


 そう適当に返事をしてから、衛星の軌道図へと視線を向ける。

 そこでは、『開眼15号』と同時に打ち上げられた衛星、『星伝2101号』と『海目133号』『暁6601号』が予定軌道へと突入しつつあった。





ジリリリリリリリリ!


 と、耳障りな金属音を立てて、宇宙軍本省との直通回線がなる。


「はい。こちら衛星軍団長」


「将軍。私だ」


「閣下!」


 彼が電話を取ると、相手は宇宙軍大臣だった。


「衛星の打ち上げ成功おめでとう」


「は! ありがとうございます、大臣。しかし、他の衛星の軌道投入は、まだ終わっておりませんが……」


「それは良い。これで、5回連続で衛星打ち上げに成功した。重要なのはそこだ」


「はっ!」


嫌な予感がする。確かに打ち上げ成功それ自体も重要だが、衛星の軌道投入に成功しなければ意味がない。大臣は何をさせようというんだ?


「そこでだ、将軍。どうだろうか? そろそろ新型衛星を打ち上げるべきだと思うんだが」


 そうくるか。

 現在、皇国が打ち上げている衛星は一世代前のものだ。前提条件が大幅に変わった結果、打ち上げ失敗の危険性が急増しているため、一時的に新型衛星の打ち上げを中断。倉庫に保管していた旧型を打ち上げている状況だ。

 最初は予想されたとおりに失敗が相次いだため、このことは妥当な安全策との評価を得ていたのだが……。ここ数日は経験を積み、失敗の危険が低下してきている。このため、早めに新型を投入したい各軍上層部からの圧力に抗しえなくなっているのだろう。


「大臣閣下。おっしゃられるように、現在の皇国が置かれている状況からして、早期に新型で高性能な衛星網を構築すべきです」


 彼はそこで一旦、言葉を区切る。


「しかしながら、衛星打ち上げ事業と言うのは慎重さが求められるものでもあります。我々はこの種の衛星大量喪失に対処すべく、無数の衛星を予備として保管してきました。とは言え新型衛星は、十分な数が依然製造されていないこともあって、予備的保管状態にあるものの数がそう多くありません。失敗時の危険が大きすぎます。新型衛星の投入には、今少し慎重になるべきだと存じます」


「危険なのはわかっている、将軍。だが、虎穴に入らざれば虎子を得ず、だ。君にも分かっているはずだ。危険だからと言って、いつまでも旧式衛星ばかり打ち上げている訳にはいかない。そうだろう?」


 やっかいな。その危険を冒して失敗した場合、責任を取るのは俺なんだぞ。

 とは言え、大臣の言っていることにも一理ある。この種の問題に関して、絶対確実と言うものはない。従って、多少の危険を冒してでも、どこかで妥協しないといけないのも事実だ。


「……わかりました。ただ、現在緊急展開準備中の第三次打上機群には、すでに旧式衛星が搭載されています。一旦搭載した衛星を変更するのは、少々面倒で時間のかかる作業になりますので……」


「分かってる。分かってる。その辺の細かい作業については、君に一任する」


「ありがとうございます、閣下」


「うむ。成功を期待している」


「はっ! 万全を期す所存であります!」




「ふう」


 大臣との通話が終わり受話器を置いた後、知らずため息が出る。

 厄介なことになった。取り敢えず、第三次打上分は旧式のままで行けることになった。大臣が承認している以上、後から横やりが入ることは多分ないだろう。

 問題は、第四次打上機群だ。こちらには新型衛星を載せない訳にはいかない。

 新たな胃薬を手に取った彼は、それを一気に嚥下する。


 誰か変わってくれないだろうか?


「無理です。将軍がやってもらわないと」


 彼は驚いて副官を見やる。


「口に出していたか?」


 彼は将軍として、ポーカーフェイスにはそれなりに自信があった。表情だけでは見破れないはずだ。


「いいえ、まったく。ついでに、表情は相変わらずの鉄仮面でした。ですが、そうため息ばかりついていては、何を考えているかぐらいわかります」


 そう言うものなのか? まあ、本人がそう言っているんだから、そういうものなんだろう。


 やれやれ。次からは気を付けないといけないな。


誤字などがありましたら、ご指摘いただけると幸甚です。

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