行方不明
皇国歴1021年3月21日
汐宮皇国 皇都・橘花 禁衛府 第一会議室
オレがその部屋に入ると、会議の残りの参加者はすでに全員集まっていた。
「遅れて申し訳ない」
「いや、構わない。こちらこそ、休暇中に呼び出して悪かったね。サンゲイ=トトマルトカ山脈はどうだった?」
「最高でしたよ。皇国最高峰と言うだけあって。特に今の季節だと「ゴホン!」……いや失礼。思わず雑談に入っていましたね。始めて下さい」
先ほど咳払いした初老の男性―禁衛府長官―に声を掛ける。
「うむ。それでは、会議を始める。さて、この会議の主題だが、今回の異世界転移現象に付随して、厄介な事態が発生した」
そこで長官は一瞬口ごもる。
「……皇主陛下が行方不明だ」
それはまた……。
どおりで呼び出される訳だ。
不謹慎にも、感心する。
汐宮皇国では通常、二人一組になって業務を遂行している。これは高官職についてもそうだ。このため、休暇中の者を呼び出すということはほとんどない。ワザワザ、汐宮皇国本土を遠く離れて、第17帝国植民地で休暇中だったオレを呼び出した理由はそれか。
しかし……
「失礼ながら、それはいつものことなのでは? 特段、問題視する必要があるとも思えませんが」
この発言の主は、隣に座る水沢有城警察中将。
そうなのだ。水沢中将が言うように、皇主が行方不明になるのはいつものことだ。
禁衛府、秘跡院、陸軍省、情報省、内務省、緊急事態省、それに宮内省。文字通りの意味で皇国の中心である皇城は、七つの官庁に属する十一の機関が警備任務を担っている。それらの機関は相互に監視しあうことで実質的に死角をなくし、水も漏らさぬ鉄壁の警備態勢を敷いている。
……はずなのだが、残念ながら皇主その人は、どういう手段を用いているのか、ときどき警備網を掻い潜って無断外出・無断外泊をしているのだ。そんなわけで、皇主の行方不明事件それ自体は、別段珍しくとも何ともない。
「残念ながら今回は事情が異なる。皇国が異世界に飛ばされたことはすでに公表しており、皇国本国のどこかに陛下がおられるのであれば、陛下もご存じのはずだ。にもかかわらず、戻ってこられていない」
禁衛府長官が反論する。そうして、長官は秘跡院議長に目くばせする。それを受けて秘跡院議長が口を開く。
「これまでのところ、この種の異常事態が発生した場合には、さすがの陛下もすぐに皇城に戻って来られていた。だが今回はそうはならず、さらには緊急通信にも応答が無い」
「それはっ!?」
流石に何人かが立ち上がる。
体内微細電算機。
皇国では全ての国民が(皇主本人も含めて)それを体の中に埋め込み、それらを介することで常に膨大な情報を交換できるようにしている。この装置は起きていれば常に機能するようになっているし、仮に眠っていたとしても優先通信などは使用者を強制的に覚醒させて通話できるようになっている。そのはずが、緊急通信にも陛下の応答がないということはつまり……。
「国外に? 陛下が?」
誰かが呆然と呟く。
陛下が行方をくらませた場所が皇国内部なら、ほとんどの皇国民は陛下の顔を覚えている。したがって、従者を連れていない陛下を見かければ、何かあったと思って近くの憲兵隊に通報するだろう。
だが国外なら?
衛星国や直轄植民地ならばまだいい。しかしもしも、遥か異界の外国に飛ばされていた場合には……。
「不明だ。電波が届かない山間部や電波暗室などにいる可能性もある。今のところ治安監視網は何も発見できていない」
「秘跡院は? 占星術か何かを使えば」
「占星術は万能ではない。あれは元々統計学の応用なのであって、今回のように「眞木議長」」
専門家意識を触発されたのか、詳細な説明に入ろうとする秘跡院議長を近衛府長官が止める。
「占星術についての解説は大変興味深く、後学の為には是非とも拝聴させていただきたいところなのですが、とりあえず今のところは占星術では陛下の居所が分からないということが分かれば、それで結構です」
「なるほど。いや、確かに」
そう言って引き下がる眞木議長。その表情は少し残念そうだ。
「公表しますか?」
「いや、駄目だ。市民が動揺する。ただでさえ、異世界転移などと言う異常事態が発生しているというのに……」
「だが! それでは!」
「だが、なんだというのだ! 陛下が反乱分子に捕まったらどうする!?」
白熱する議論を余所に、オレは考える。
取り敢えず、主要な部下たちにはこのことを伝えよう。だが、どこまで知らせるか。内務省国内治安維持軍の練度は高く、通常なら情報が漏れるなどと言うことはまずありえない。
だが、しかし……。
陛下の捜索など馬鹿正直にやっては、絶対に情報が洩れるだろう。国内治安維持軍の練度や士気に関わらず、それは間違いない。
誤字脱字等があれば、ご指摘いただけますと幸甚です。




