停戦
聖光暦1855年4月4日
新領土鎮定軍 セルトスナル歩兵団 本営
「団長。各中隊より定時報告です」
そう言って一人の老騎士が、団長の執務室へと入室する。
呼ばれた方の人物、セルトスナル歩兵団長は書籍から顔を上げる。彼は団長の執務机に積み上げられている書籍にざっと目をやる。
『生活保護の面接必携』『公営住宅管理必携』『詳説 日本国憲法』『小笠原村例規集』『図説総覧海軍史辞典』
ちなみに、団長が目を通していた本は『国土交通省土木工事積算基準』。何の事だかわからない謎の本だ。
こんなものを読んで何になるというのだろう?
老騎士はそう疑問に思ったものの、口に出すことはしない。適当にはぐらかされるに違いないからだ。
「報告内容は異常なしといったところだろう?」
老騎士がそんな考え事をしている間に、団長が先回りして答えを出す。
「その通りです、団長。人質を取って以来、この二日間にわたり二ホン軍に動きはありません―少なくとも我々と相対している二ホン軍はですが―」
その返答に、団長は眉を寄せる。
「持って回った言い方だね」
老騎士は肩をすくめる。
「新領土鎮定軍本営は壊滅。残存の友軍部隊もバラバラ。組織的な戦闘能力を有しているのは我々だけです。ついでに、海軍は壊滅しました。救援の見込みはありません」
「まあ、しょうがないだろう。この戦力差ではね」
そう言って団長は机の上に並べてある本の一冊、『防衛ハンドブック』を指さす。
それは、制圧した地方官庁に置かれていた本を接収したものだ。そこには、二ホン軍の大まかな装備と編成、戦争計画が記されていた。
団長の見たところ、この戦争は自殺も同然だった。
おおよそ、勝ち目というものがありそうには見えない。
「このままでは王国の敗北は必死です。何とかできないのですか?」
老騎士の問い。
「無茶を言う」
団長は諦めたかのような笑みを浮かべる。
「どうしろというんだい? こうまで軍事力が違うのに?」
「しかし……現に二ホン軍に対抗できているではありませんか! 我々は!」
老騎士が反論する。
「それは僕達が組織的で、大量の人質を取っているからさ。他の連中とは状況が異なる」
団長は老騎士を諭す。
「しかし……! このままでは!」
老騎士は尚も諦められないようだ。
彼は本国に家族や友人が大勢いるし、今度の戦争で多くの戦友を失っている。無理はない。
「そう言われても無理なものは無理なんですよ。とにかく、最古参であるあなたがそんな調子では兵たちに示しがつきません。落ち着いて、二ホン軍など何でもない事のように振舞うべきですよ」
「……それもそうですな」
団長に諭されて、一応は調子を取り戻したらしい老騎士は敬礼し退出する。
再び一人だけになった執務室。
「……まあ、手がない訳ではないんだけどね」
誰もいなくなった室内。そこで団長は、人知れず呟く。
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聖光暦1855年4月4日
マルアム王国 王都 王城
深夜の大会議室。普段なら、華やかな晩餐会が開かれるそこは重苦しい空気に包まれていた。
「新領土鎮定軍はほぼ全滅……」
「加えて、100隻以上の艦船を喪失……」
「……どうするんだ? このままじゃ敗北は必至だぞ」
「それどころか、今、周辺諸国が攻めて来たら……」
二ホンにはまともな軍が存在しない。この情報をもとに、オガサワラショトウトに大規模な遠征軍を送り込んでいたのだが……。残念ながら、それは全くと言っても良い程、上手く行っていなかった。
「何なんだ……何が悪かったんだ?」
侵攻作戦の初期は全く問題なかった。
囮艦隊がイヅオオシマ方面へと進撃。二ホン側はこれに引っかかり、カイジョウホアンチョウと呼ばれる二ホンの治安組織はイヅオオシマへと全戦力を投入。この隙をついて、主攻部隊がチチシマおよびハハシマに上陸。占領することに半ばまで成功した。
ここまでは事前の戦争計画のとおりに上手く行った。
そう、ここまでは。
問題はここから。
存在しなかったはずの二ホン軍が出現。二ホン海軍は、こちらの交戦距離の遥か外側から一方的に攻撃。これによって王国海軍は、壊滅。
さらに、二ホン軍は空飛ぶ怪鳥を用いて上陸部隊を攻撃。空からの攻撃に右往左往するだけのマルアム王国陸軍を尻目に、二ホンの上陸部隊が出現。鉄の箱を主体とした二ホン軍を前に、陸軍もなす術もなく敗北していた。
「だが! まだ手はある! セルトスナル歩兵団がいるではないか! オーランド団長の機転により、二ホン軍が人質作戦に弱いことは分かっている! それを利用すれば!」
会議室に集まった将軍の一人がそう声を上げる。
だが、他の面々は否定的だ。
「人質と言っても我々が持っている人質はそれだけだろう?」
「こちらの手元にいる訳ではない」
「それに、いつまでも人質が有効ということはないだろう」
反論がそこかしこから上がる。
「そうでもないのでは?」
だが、新たな人物が再反論を試みる。右大臣だ。
「セルトスナル歩兵団から送られてきた二ホンなる国家についての情報を総合すると、彼らは女子供に弱いようだ。艦隊に女たちを乗せれば、人質として使えるはずだ」
この発言に植民地省官僚の一人が渋い顔をする。
「それはそうかもしれませんが、伯爵。肝心の艦隊をどこから持ってくるのですか? 既に我々は百隻もの主要戦闘艦を失っています。ここからさらに外征艦隊を編成するとなると、各植民地の防衛体制に問題が出るのではありませんか?」
そう言って、官僚は海軍元帥へと目を向ける。
話を振られた方の元帥は苦苦しげだ。元帥はたっぷり10秒ほど沈黙した後、口を開く。
「……その通りですな。百隻もの艦隊を損失するなど、情報の隠蔽は不可能。既にこの件は周辺諸国に知れ渡っております。各方面艦隊より、周辺諸国海軍の活動が活発化しているとの報告が上がっており、今のままでは植民地どころか本国の防衛すらままなりません。何とかして二ホンと講和すべきでしょう。それも早急に」
早期停戦。
それはこの場に集まっていた主要人物たちの頭にちらつくも言葉だった。何と言っても、このまま戦争を続けたところで、無駄に犠牲を増やすだけだからだ。そして、戦死者の増大は国力の衰退を意味し、このままでは軍の再建それ自体が不可能になってしまう。
「講和……。ですが、どうやるんです?」
外務官僚が疑問の声を上げる。
「それは君。普通、使者を送って……」
それに応えようとした外務卿が途中で声を詰まらせる。
使者を送る? 一体どうやって?
外交使節団に扮して、偵察隊を送っていたことは既にニホン側にばれているだろう。侵攻部隊が使用した交通網は、使節団が通ったものとほとんど同じである以上、それは間違いない。これで気付かないのは余程のアホウだけだ。
だが、そうである以上、停戦の為の使節団を送っても、二ホン側が何かの謀略と判断する可能性は極めて高い。
要するに手詰まりだ。王国に戦争を継続する余力は全くない。かといって、停戦しようにもその為の方策がない。
「オーランド団長に一任してはどうだ?」
これまで黙って会議の進行を見守っていた国王が口を開く。
「しかし、陛下……それは……」
「一介の前線指揮官に外交官役までやらせるのは……」
「幾らなんでも」
反対の声が多数上がる。
「だが、他に妙案はないのであろう?」
続けての、国王の問い。
「それは……確かにその通りではありますが」
反対派もあまり元気がない。それも当然だ。現状、打つ手が何もないのは彼らにも分かっていた。
「では、決まりだな。オーランド団長に停戦交渉を一任する」
国王の宣告。勅令が下された。
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キリスト暦2015年4月5日 午前7:30
日本国 東京 小笠原諸島 父島沖合
護衛艦〈ひゅうが〉
陸上自衛隊 第一師団 司令部
ノックの音。
「失礼します」
そう言って、師団長室に入室してきたのは一等陸佐。第一師団の幕僚長だ。
「何事かね?」
師団長の問いかけ。
「マルアム王国軍側より、白旗を上げた騎兵が一人派遣されてきました。彼によると、停戦に向けた交渉を行いたいとのことです」
幕僚長が事務的な返答を返す。
「停戦? 降伏ではないのですか?」
幕僚長の答えに副官が反応する。幕僚長は苦々しげに返答する。
「その通りだ。連中、まだ負けていないと思っているようだ」
「思ってるも何も、現に負けていないだろう? 人質を取られているせいで、我々は手も足も出ない」
だがそこで、師団長が現実を指摘する。
マルアム王国軍のほとんどは、壊乱させることに成功した。百隻以上を数えた彼らの海軍は全滅し、残存艦隊は遥か彼方へと退避行動をとっている。
それに、陸軍。こちらも、総司令部を叩き、粗方掃討し終えた。問題なのは、人質を取って徹底抗戦の構えを見せるマルアム王国残存部隊―捕虜から得られた情報によるとセルトスナル歩兵団というらしい―だ。こちらは依然士気を保っている。
加えて、国民の犠牲を抑えたい東京からの指示により、現状彼らはセルトスナル歩兵団に対する戦闘行為を禁止されていた。
「それは、その通りですが……どの道、このままでは食糧が付きます。そうなれば、連中にしても降伏するしか手が無くなります」
幕僚長が反論する。
「食糧が不足しているのはこちらも同じだよ、幕僚長」
そう。師団長の言うとおりだった。
日本の食料自給率は五割以下。異世界に国ごと転移するという未曽有の国難を受けた政府は、食料品の配給制を検討し始めているが、全く上手く行っていなかった。国民が飽食に慣れ過ぎていたからだ。
「それに、そんなことよりもだ」
そこで師団長は一旦、言葉を切る。
「使者に会おう。君もその為に来たんだろう?」
師団長の問い。
「はい、そのとおりです。小野田海将が呼んでいます」
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聖光暦1855年4月5日
新領土鎮定軍 セルトスナル歩兵団
「やれやれ。何で僕がこんな目に遭うんだろうね?」
セルトスナル歩兵団の団長がぼやく。
「そう言わないでください、団長。外交使節長ですよ! 栄転です! え・い・て・ん!」
少年騎士がそう応じる。馬子にも衣裳とはよくいったモノで、白い礼装用の騎士服をぴっちりと着こなしているその様は、埃を落とした淡い金髪と相まって中々に立派だ。まあ、普段は喚いてばかりいるのが仕事の少年騎士は、ハリプルナ公爵家の一人息子である以上、こういうとき位きちんとしてもらわないといけないのだが。
「分かってる、分かってる。聞こえてるから、そうキンキン大声を出さないでくれ」
辟易した様子で応じる団長。こちらも礼服に身を包んではいるが、所々服を緩めているせいで、いかにもやる気が無さそうな感じだ。
「さて、行くとしよう」
そう宣言して、めんどくさそうに歩み出す団長。
「あ! 団長! 待ってください!」
そんな団長を慌てて追いかける少年騎士。
彼らが向かう先。
そこは、二ホン軍の陣地だった。
「うーん。随分あっさりとここまで来れたね」
団長がのんびりとした声を出す。
彼らがいる場所。それは二ホン軍の陣地を通って、後方にある司令部だ。二ホン側との停戦条件を交渉するために、彼らはここへやってきたのだが、団長にとって、ここまで簡単に後方の司令部に通されたのは意外だった。
周囲には暗緑色に塗装された魔導馬車が多数。司令部を含めた陣地全体が、草木によって偽装されている。
――陣地全体を偽装するとはね。
団長はひそかに感心する。
豪華な装飾品で着飾って、公然と自らの位置を暴露する王国軍とは随分と戦い方が異なる。二ホンは異世界から来たというし、近隣諸国も存在したはずだ。となると、戦力均衡の原則から言って、あの大火力を他の国家も持っていたと予想できる。となると、互いに火力が巨大化しすぎて、逃げ隠れしながらの戦闘が主体となったということなのかな?
団長はそんなことを漫然と考えながらも、歩を進める。
「こちらになります」
そう言って、案内役の士官(何とも奇妙なことに、本人によると士官ではないらしいが……)が一つのテントを指し示す。
そのテントもまた偽装され、そのほかのテントとまったく見分けがつかない。
――興味深い。
団長は微かな呟きを漏らす。
王国では、旗を掲げるなどして司令部を目立つように設置する。そうしないと、伝令兵たちが司令部を見つけられないからだ。
となると、二ホン軍の伝令はどうやって友軍部隊同士を行き来しているのか? 僕が見つけられないだけで、案外見分けるポイントでもあるのか? あるいはそもそも、魔導通信を大々的に採用して伝令自体を廃しているのか?
団長は考察を進める。
――それに、これではどうやって論功行賞を与えるんだ?
どの部隊がどれだけ目立ったのかは、戦後の論功にも影響する。この為、ほとんどの武将は張り合って、自分の部隊を装飾するものなのだ。
そんな取り止めのない団長の思考を、
「みずぼらしいですね、なんだか」
ついて来ていた少年騎士のささやきが止める。
「まあ、それはそうだろうね」
団長は適当に相槌を打つ。あの火力を持った国同士が相対していた場合、司令部を目立たせるなどと……自分で自分の死刑執行所にサインするようなものだ。
キリスト暦2015年4月5日 午前11:30
日本国 東京 小笠原諸島 父島
陸上自衛隊 中央即応集団 前進司令部
そこに、日本、マルアム王国双方の高官が集まっていた。停戦についての会談を持つためだ。
日本側からは、外務大臣と外務次官。それに、統合任務部隊・小笠原司令官。第一師団長。
マルアム王国側からは、使節団長たるセルトスナル歩兵団長。それに、少年騎士。
最初日本側は10代中頃の少年が代表団の一員であるという話に難色を示したものの、彼が公爵公子であるという紹介を聞いて、一応は納得した。
さて、互いに簡単な挨拶から始まったその停戦交渉は、双方に余裕がないこともあってすぐに本題に入る。
「それでは早速本題に。こちらが、我々マルアム王国が提案する停戦協定の素案です」
そう言って、セルトスナル歩兵団長が案を出す。
要約すると以下のとおり。
1 マルアム王国、日本国の両政府は、この協定発効後、即時に戦闘行動を停止する。
2 マルアム王国、日本国は互いに、今次紛争に関する損害を相殺し合うものとし、賠償権を放棄する。また、相互に、戦争責任を追及しない。
3 マルアム王国、日本国の国境地帯である、小笠原諸島及びダフィアナス島を非武装地帯に設定する。
その内容を見た日本側の代表を鼻白む。日本代表団は互いに目くばせした後、外務大臣が口を開く。
「これは一体、どういうことなのでしょう? 本気なのですか?」
「もちろん本気です」
団長が飄々(ひょうひょう)と答える。
「無論、これはあくまでも素案。云わば議論の叩き台です。何か問題があるようなら、適宜修正を加えれば良いかと思いますが?」
少年騎士が説明を追加する。いつもと違ってキンキンとわめいたりしない。普段からこんな殊勝な態度をとってくれれば楽なんだが、と団長は内心で溜息をつく。
「素案の1については異論ありません。我々はこの為にここに立っている訳ですから」
外務大臣が発言する。
「問題なのは2と3です」
次官が上司の発言の後を引き継ぐ。
「うーん。どの辺が問題なのですか?」
団長の問い。
これに次官が応じる。
「そうですね。まずは2の方から。賠償権を互いに相殺するというのは、道理に反しています。貴国に一方的に攻撃されたのですよ、我が国は」
「それは見解の相違です、次官殿。我々は、我が国の領海内に不法に侵入した未知の国家に対して、防衛的な行動をとったにすぎません」
団長は断言する。
「それはっ。 我が国は突発的な異常災害に遭遇。この地へと転移したのであって、侵略の意図はなかった」
次官が反論する。
「この場合、意図は問題ではありません。現に我が国の領海内に侵入していたのが問題なのです」
「しかしっ」
次官は尚も反論しようとする。
だが、
「まあ、侵略云々は一旦保留しましょう。それを言っても水掛け論になるだけですから」
外相が介入する。
「しかしながら、貴国の犯罪行為は見過ごせません。貴国の軍隊は、我が国内部で虐殺、強姦、略奪などの犯罪行為を行っている。その賠償はすべきではないですか?」
これに対して団長は肩をすくめる。
「戦争ではよくあることです。王国では、違法とされていません」
「しかしながら、オーランド団長。この日本国では違法なのですよ? そしてこれは、日本国内で起こった事件です」
外相が問題点を指摘する。
「外相閣下、それもまた認識の問題です。王国としては、王国の領海内に出現した陸地で作戦行動をとっていた以上、国内問題と認識していると主張いたします」
団長はあくまでも、国内での軍事作戦だったと主張する。
外相と次官がちらりと顔を見合わせる。
「ふうむ。議論が平行線になっておりますね」
これは小野田海将の発言。
「まあ、外交交渉が水掛け論になるのはいつものことです」
団長が苦笑する。
「しかし、団長殿。いつまでも神学論争を続けている訳にはいかないのでは? 貴国には時間がないと思いますが?」
小野田海将がそう指摘する。これは事実だ。マルアム王国では多数の艦隊と兵員を失ったため、防衛力がガタ落ちになっている。このままでは、周辺諸国からの侵略に晒されるのは目に見えていた。早急に対日戦にケリをつける必要がある。
「まあ、時間が無いのには完全に同意しますよ」
団長もそれには同意する。同時に、
「ただ、時間がないのは日本側も同様ではありませんか?」
そう指摘するのも忘れない。
~~~~ ~~~~
一時間後
日本国 東京 首相官邸
報告書に軽く目を通した首相は頭を抱える。予想以上に相手側は強気だからだ。あれだけの艦隊と兵士を失っている以上、少しは弱気になってもらわないといけないと困るんだが……。王国政府は何を考えているのか? 人質作戦が上手く行っているから強気なのか? あるいは損害が大きすぎて、虚勢を張ることにしたんだろうか? 疑問は尽きない。
「どうしたものかなぁ?」
知らず、弱々しい呟きを漏らす。これに官房長官が反応する。
「どうするもこうするも、受け入れるしかないでしょう。国内問題が大きすぎます。我が国には資源もないし、そもそも食糧が足りない。こんな状況で戦争を続けるのは無謀です」
「それはそうなんだけどねえ……問題は世論だよ」
そう、それが問題だった。小笠原諸島では多数の民間人が虐殺され、強姦されている。さらに悪いことに、その映像が全国ネットでお茶の間に流されてしまったのだ。マルアム王国軍が精強で、自衛隊にも多数の損害が出ているのであれば厭戦気分が広がっていたのかもしれないが、生憎そうはなっていない。むしろ、相手の装備が剣や弓など原始的なものであるために、ほとんど一方的に勝利してしまった。
そんな状況下、賠償権を放棄するなどと言う、こんな半端な条件では国民は納得しないだろう。
「そうは言っても首相、ではどうするんですか? このままマルアム王国の王都にまで進行するんですか? その後は? そんなことをした日には、我々がマルアム王国の面倒を見てやらねばならなくなりますよ?」
官房長官が危険性を指摘する。
「そうなんだよねぇ……」
首相も、その危険については承知していた。ただでさえ食糧が足りない現状。既に問題は発生していた。日本国内の幾つかの地方都市で、暴動が起こっているのだ。
いや、暴動はまだいい。問題なのは、農村地帯で続発する、猟奇的な殺人事件だ。何者かが集団で農家を襲撃、家人を殺した後に食料や農薬を根こそぎ奪っているのだ。いくらかの犯人は捕まっているが、ほとんどは未解決。逮捕された被疑者が、暴力団や外国マフィアの関係者であることから、組織犯罪であるのは間違いない。
恐るべき事態だ。ただでさえ食糧が不足してるのに、次々と農作物が犯罪組織に奪われているのだ。このままでは、食べる物が無くなった民衆は、日本政府を見限って犯罪組織に恭順する危険すらあった。
そんな状況下で外国の領土を占領する? 冗談ではない。例え一時的とはいえ、今の日本政府にそんな余力はなかった。
「首相、ここは臥薪嘗胆を期すべきです。現状では国内の混乱が大きすぎます。幸い、キリアナス島があります」
官房長官の説得。
「そうだねぇ……」
キリアナス島は東北地方東部に出現した島だ。現地住民の話によると、彼らもまた日本と時を同じくして、この世界へと飛ばされてしまったらしい。
そんなキリアナス島は、島と言いながらもオーストラリア大陸ほどの大きさがあることが航空偵察の結果判明している。
日本側にとって天祐とでもいうべきことに、この島は資源の宝庫だ。鉄鉱石、石油・石炭、各種レアメタルと地下資源を豊富に埋蔵している。さらに北部には、農業に適した肥沃な土壌が広がっている。
まさに、ご都合主義的な島だ。何せ、日本が必要としているものが殆ど揃っているのだから。
だが、この島にも問題がない訳ではない。この島を統治する政府――キリアナス同盟というらしい――によると、キリアナス島の豊富な資源を狙って第11帝国という隣国から侵略を受けているらしいのだ。
不幸中の幸いというべきか、第11帝国の軍備はそれほど優れているとは言い難い。キリアナス同盟政府からの承認を元に、日本政府はP-3C哨戒機による偵察飛行を実施していた。このとき、第11帝国の物と思しき戦闘機による迎撃を受けたが、それは布張りの複葉機だった。速度も精々200km毎時ほど。音速を突破できる日本の戦闘機と比較すれば、超の付く旧式機だ。
さらに、キリアナス同盟からの情報提供によっても、このことは裏付けられている。帝国の小銃はボトルアクション式。連射は出来ない。また、海軍も旧式。彼らの戦艦と思しき艦には、多数の大砲が搭載されている。ミサイルが利用されていない為だろう。統合幕僚監部では、第11帝国の軍事技術を地球でいうところの1910年頃から30年頃と見積もっていた。
仮にキリアナス島の資源をめぐって第11帝国と戦争になったとしても、戦力的に見て自衛隊が勝利できる。それに、キリアナス同盟側からの依頼というかたちをとれば、政治的な問題もクリアできる。好都合なことに、キリアナス同盟側の軍備は第11帝国のそれよりもさらに劣悪――小銃すら不足し、丸太が主装備などと言う冗談のような中隊も存在していた――。戦況が逼迫していることもあって、盛んに日本側に自衛隊派遣を要請していたのだ。
まず、キリアナス島の資源地帯を手に入れて国内を安定させる。その後、戦力が充実したところでマルアム王国と事を構える。(まあ、そのころにはマルアム王国との問題も解決しているかもしれないが。)大雑把に言うと、これが官房長官の構想だ。
「うーん。ウジウジ悩んでばかりいても仕方ないか」
首相は決断する。
「マルアム王国とは」
そこで一拍おく。
「ひとまず休戦する」
という訳で完結です。ご愛読ありがとうございました。
色々と広げた風呂敷をたたんでいないような気もしますが、細かいことは気にしないでください(ぺこり




