戦線崩壊
聖光暦1855年4月2日
新領土鎮定軍 本営
「一体何が起きているんだ?!」
将軍は拳を机に力任せに叩き付けると、怒鳴り散らす。
「敵の総反撃です」
将軍が聞きたいのはそう言うことではないということが分かってはいたものの、参謀長はあえて事務的な回答をする。
参謀長に続いて各分野の参謀たちも、割り切った報告を続ける。
「カリバラス歩兵団とモスクテル歩兵団が壊滅。キリアス騎士団が半壊しました」
「敵は例の怪鳥を兵器として利用している模様。我が軍の上空を自由に飛び回り、空から一方的な攻撃を浴びせたり、兵員を輸送したりしています」
「我々の対空戦闘能力では、敵の空中機動を阻止できません」
「だがなぜだ!? ワイバーンの兵器化は、列強諸国が最近ようやく実験を終えて実戦配備を開始したばかりだろう!? 航空兵器など存在するのは可笑しいだろうが!? こんな列強圏から遠く離れている場所で!!」
「不明です。情報が不足していますので」
「不明とは何だ?! 不明とは!! 大体、まともな軍隊など無かった筈だろう!? 二ホンには!!」
「調査隊は偽情報を掴まされていたということでしょう」
「既に本国にはこの窮状は連絡済みです。じきに、増援部隊が送られてくるものと思われます。ダフィアナス島には相当な予備部隊もあることですし……」
「じきとは何時だ?! このままでは全滅するぞ!! 応援が到着する前に!!」
と、天幕が開き血相を変えた兵士が入ってくる。
「報告! 海岸線にて敵揚陸部隊と相対していたマーベラ歩兵団が撤退を開始! マーベラ歩兵団は敵の追撃を受けており、応援を要請するとのこと!!」
続けて別の兵士が本営へと入り、更なる凶報を伝える。
「報告! テミアストル歩兵団被害甚大! 陣を放棄するとのこと!!」
「何だと!? 勝手なことを!! 徹底抗戦を指示しろ!! 退却など許さん!!」
「報告! セルトスナル歩兵団よりです!」
「ええい!! またか!! 撤退は許さんと言え!! オーランドの軟弱者には!!」
「は? いえ! セルトスナル歩兵団より上がっているは進言です! 現状を打破するための!」
「なに?」
「どういうことだ?!」
「解決策を思いついたのか?!」
「さすがは天才魔導士!!」
「静まれ! して、その策とは? 早く申せ!」
「は! 敵は練度高きものの、基本的には市民兵。住民を盾にすれば必ず怯むとのこと!」
その進言に一瞬本営は凍り付く。
「何を馬鹿な!!」
「天才も血迷ったか!」
「敵はあれほど強力な魔導を連発しているんだぞ!! 怯むわけあるか!! 魔導兵が!! 平民を盾にしたぐらいで!!」
「は!! しかしながら報告によれば、セルトスナル歩兵団はこれで実際に戦果を挙げ、敵の城砦を一つ攻略したとのことです!!」
「そんな馬鹿なっ!!」
作戦主任参謀が絶句する。常軌を逸している。一体全体何をどうすれば、平民が盾になるというのだ。
「将軍。物は試しです。どうせこのまま手をこまねいていても状況は変わらない訳ですから、ちょっとやってみましょう」
参謀長がそう進言する。
「将軍。確かに、参謀長のおっしゃる通りです。成功すれば儲けもの。失敗したところで大して状況が変わるわけでもありません」
作戦参謀の一人が同意する。
そんな部下たちの進言を受け、将軍が決断を下す。
「よし! 分かった! 全軍に通達! 捕虜にした奴隷たちを盾として用いよ!!」
「「「「はっ!」」」」
復唱する司令部要員。彼らは将軍の命令を伝達するべく、各所に散っていく。
だが、その行動は一歩遅かった。
丁度そのとき、航空自衛隊のF-2戦闘機2機が、新領土鎮定軍本営の上空に到達。レーザーJDAMを投下。風切り音と共に着弾した500ポンド爆弾は、本営を構成するテント群を破壊。
ここに、新領土鎮定軍本営は壊滅。
指揮通信体制が破壊されたため、民間人を人質に取るこの戦法は、各司令部に伝達されないままに終わる。
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キリスト暦2015年4月2日 午前12時50分
日本国 東京 小笠原諸島 父島沖
統合任務部隊・小笠原 海上部隊 第二部隊
護衛艦〈みょうこう〉 戦闘情報センター
「……案外何とかなるもんだな」
第二部隊司令、松田一佐が呟く。
CICの液晶パネルからは、30隻以上を数えた敵主力艦隊の姿が完全に消滅。
そんな司令の呟きに、
「ええ。三十対四ですしね。かなり不安だったんですが、上手く行きました」
〈みょうこう〉艦長の屋根鬼一佐が応じる。
「このままの調子で上手く行けばいいんだけどね。陸の方はどうなっているの?」
司令の問い。
「確認します。少々お待ちを」
部下の一人が応じ、画面表示を変更する。
「……どうやら、敵サンの中にはなかなかの戦上手がいるようだね」
陸の状況を確認した司令が感心したような声を出す。
「……そのようですね」
そんな司令に、艦長が同意する。
彼らが見つめる液晶画面。そこには父島基地が敵に制圧されたことと、その際に敵軍が人質戦法を採用したことが表示されていた。
「しかし人質を取るとは……。敵サンもなかなかやるな」
「まったくですね」
「司令、それに艦長も。感心している場合ではありません」
司令と艦長のやり取りに、臨時幕僚が苦言を呈する。
「まあそうなんだけどね。陸サンは対策を取ってなかったのかな? 対テロ作戦中の米軍を苦しめた手法だろうに。テロリストが人質を取るとかは」
「それを私に聞かれても何とも。まあ、こういった戦法は有効だからこそ多用されるわけですし……」
臨時幕僚が苦しげに答える。
「なるほどね。まあ、確かに」
司令が相槌を打つ。そんな司令に新たな命令が飛び込む。
「司令! 統合任務部隊司令部から通信です。『第二部隊は南進、父島南東部の敵第三艦隊を撃滅せよ』とのこと」
「やれやれ。司令部も人使いが荒い。こっちは一戦を終えたばかりだというのに」
司令のぼやき声。
「やむを得ないのでは? 恐らく陸で一部の戦線が膠着しているから、先に海の方から片付けようとしているんだと思いますよ。哨戒中の〈あさぎり〉と〈ありあけ〉にも、敵艦隊を攻撃するよう命令しているようですし」
艦長がそう指摘する。
「ま、そんなところだろうね」




