表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/21

撤退


キリスト暦2015年4月2日 午前12時00分

日本国 東京 小笠原諸島 父島

海上自衛隊 父島基地



分隊支援火器(MINIMI)の軽快な連射音が響き、突撃してくる敵歩兵を阻止する。機銃掃射に晒された敵は暫く、強引に突破口を開こうと前進しようとしていた。だが、これまでのところ、それは成功していない。


 敵にしても、自分たちの持つ刀剣類と、近代火力との違いを、そろそろ学習してもいいころだとは思うんだが。


 陸上自衛隊特殊作戦群に所属する新藤二佐は、心中でそう愚痴る。なぜ敵は正面突破ばかり狙うのか。普通に考えれば、このような戦法は非合理的だ。一隊が正面でこちらの注意を引いている間に、別の一隊が背後に迂回する。その位のことはやってもいい筈なのだが。


 最初、彼らは、市民たちを追撃していた敵の散兵を攻撃し撃退した。

 次に現れたのは200程度の敵。甲冑も来ていない彼らはある種の軽歩兵と思われ、機銃掃射により難なく撃退。

 そうして、その次に現れたのが、現在の敵。全身に甲冑を着用していて、昔教本で見た大昔の重装歩兵のような恰好をしている。

 一応、敵の装備や練度という点ではレベルが上がって行っているのだろうが、火力に差がありすぎるため、問題なく撃退できている。


 ……と、敵兵に動きがある。これまで前進しようとしていた敵が、後退しようとしている。何人かの兵士が、足の無い兵士や腸がはみ出している兵を担いで後退。他の兵士たちもそれに合わせて退却していく。


新開しんかい二佐! 敵が撤収していきます!」


 佐々ささいわ二尉がそう報告する。


「見ればわかるよ。俺にだって目玉はついてるんだから」



「やれやれ。やっと退却したか」


「ふー。今回はやばかった。弾が無くなってきたし」


 部下たちが堰を切ったかのように、雑談を始める。


「お前ら! これは遊びじゃないんだぞ! しっかりやれ!」


 そんな部下たちを、曹長が叱責する。


「えー。遊びですよ」


「そうっすよ。俺たち慰安旅行に来てるんだから」


 そう、今回彼らは慰安旅行としてこの地にやって来ていた。政府首脳部が防衛出動命令を出さず、偵察名目での部隊派遣も禁止していたからだ。


「ばっかもーん! 旅行ってのは建前だ! 建前! 真に受ける奴があるか!」


「ぶーぶー」


徳田とくた曹長は分かってないなー。書類にそう書いてあるということは、そうなんですよ」


「そーだ。そーだ」



 部下たちの能天気な会話を聞いていると、頭が痛くなってきた。


「あいつらは何をやってるんだ?」


「さあ……。初めての実戦で緊張した神経をほぐしてるとかですかね」


 佐々岩二尉がげんなりとした表情で応じる。



 と、ドラムが打ちなら鳴らされ、敵陣に動きがある。部隊が前進をはじめ、再度攻勢に出ようとしているようだ。


「またかよ。性懲りもなく」


「学習能力ってやつが無いんだよ。きっと」


「お前ら! いい加減にっ!?」


 相変わらず続く部下たちの無駄話に、曹長が再度ゲンコツを落とそうとしたところで、敵の動きに変化があることに気付く。


「って!? おい!」


「あれを!」



 部下たちの狼狽が感じられる。

 まあ、それもそうだろう。

 再前進を始めた敵部隊。

 その先頭にいるのは、裸にされた女性や子供。彼女たちは木に括りつけられ、敵兵はその背後に隠れるようにして前進している。


「人質とはね……」


 頭が痛くなってきた。


「どうしますか? 二佐」


 どうしますかと言われても、ねえ。

 基本的な選択肢は二つ。


 その1。

 人質がいるので、発砲せずに後退。但しこれをやると、基地内に避難している民間人にまで被害が及ぶ可能性がある。また、人質が有効であると敵軍が学習。増援部隊に対抗するときにも同様の手段を取られ、対処不能になる危険がある。


 その2。

 人質に構わず攻撃。この場合敵を早期に無力化できる。また、人質を取っても無駄であると敵が学習するため、今後は同様の手段をとられる危険性が低下する。

 問題は、自衛隊の存在目的はあくまでも国民保護であるという点。より多くの人命を救うために、少数を犠牲にすると言えば聞こえは良いんだが……。それに、目撃者や生き残りがいた場合、間違いなく政治問題化するということ。



 素晴らしい! 全く結構なことだ!

 二佐は内心で、敵軍の指揮官を罵る。だが、悪態をついているばかりではいられない。二佐は部下たちへと命令を出す。


「やむをえん。人質に構わず「新開二佐!」」


 と、海自の制服を着た幹部が駆け込んでくる。


小野田おのだ海将からです! 民間人への発砲を禁ずるとのこと! 」


 小野田海将は海上自衛隊の横須賀総監。通常なら、陸自と海自はラインが異なるため、そのような命令に従う必要はない。

 だが、小野田海将は今回の小笠原諸島救援の為に編成された統合任務部隊の司令官であり、陸自部隊への指揮権も有していた。


「了解した。人質には手を出さないようにする」


 二佐が了解する。個人的には反対だが、命令は命令。自衛官である上、選択の余地がない。


「それと、二葉ふたば司令より、基地を放棄して後退したいとのこと」


 放棄はやむを得まい。人質への攻撃が禁止されている以上は、基地を維持することは出来ない。

 それにしても……。二佐は内心でぼやく。二葉司令はこの父島基地の指揮官だ。従って、一々俺に了解を取らなくてもいいはずなんだが。

 まあ、勝手に決断すると、連携が悪くなると考えたのだろう。階級も丁度同じだし。


「……やむをえない。基地の放棄に同意する。我々は可能な限り狙撃で敵兵を排除し、基地放棄と後退を支援する」


 厄介な。

 どうなることやら。目の前の人質を無視するのが問題なのは分かる。だが、どうしようもなくなるだろうに……。敵軍全体が同様の手段をとった場合には。


 このままでは反撃作戦全体に影響が出るのではないか?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ