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窮地


聖光暦1855年4月2日

新領土鎮定軍 セルトスナル歩兵団


 自衛隊による反攻作戦が始まる少し前。


 海上自衛隊 父島基地の攻略を担当していた、鎮定軍隷下のセルトスナル歩兵団は、敵の激しい抵抗を浴びていた。

 敵陣と思しき地点から発射される無数の光弾は次々と配下の歩兵部隊を薙ぎ払い、瞬時に壊滅させていく。

 敵の光弾が当たるたび、兵士たちの腕が吹き飛ぶ。首が宙を舞う。甲冑に穴が開いて、兵士が転倒する。


 これが軽歩兵であるのであれば、眼前の光景にも納得がいく。彼らは防具らしい防具を身に着けていないからだ。だが、軽歩兵のみならず、重装歩兵隊までがこうもあっさりと壊滅させられるのは歩兵団にとって予想外だった。


 それまでの間、鎮定軍は全くと言っていいほど全く敵の抵抗を受けることが無かったのだが……。


「ふうん。敵には余程優秀な魔導士がいるようだね」


 そんな歩兵団の惨状を眺めながら、のんびりとした声を出す青年が一人。


「いや! 団長! 感心している場合ではありません! あの連中を何とかしないと! 被害は甚大です!」


 先程の台詞の何が気に入らなかったのか、青年に向かって少年騎士がキンキン声を上げる。


「甚大って……。別に良いじゃん。死んでるのは、植民地から徴用した奴らだけだし」


 団長と呼ばれた青年のぼやき声。


「団長! そう言ったことを公然と口にするのはおやめ下さい!」


 少年騎士が再びキンキンと甲高い声を出す。


「そうですぞ。士気に関わりますわい」


 この台詞は老人騎士のもの。


「まあ、別にいいけど……」


 部下たちの剣幕に押されて、不承不承進言を受け入れる団長。

 彼の名前はオーランド・セルトスナル。セルトスナル伯爵家の一人息子だ。国立魔導学園を首席で卒業した、神徒マフィアス以来の天才魔導士とされる人物である。彼は基本的には研究者肌の人物であり、本来ならこんな遠征軍になど参加しないで、研究三昧の生活を送っていたかったのだが……。

 残念ながら、この世界は自分の好きなことだけをしていれば良いというものではない。たとえそれが伯爵家の一人息子であったとしてもそうだ。否。彼は、伯爵家の一人息子だからこそ軍務につく必要があった。


 マルアム王国の制度上、貴族の子弟が爵位につくためには、いくつかの条件を満たして置く必要がある。そうして、そのうちの一つにいくさで武功を上げる、というものがある。

 無論、貴族の中には文官タイプも大勢いる。そんな彼らにとって、武功を上げるなどと言うことはほとんど不可能である。


 従って、この制度。実質的には有名無実化している。

 要するに軍を率いて戦場に顔を出していさえすれば、それで可という途轍もなく大雑把なものになっているのだ。


 そうして、オーランド・セルトスナルは伯爵家の一人息子である。そのことを考え合わせれば、彼にはほとんど選択の余地が無い。貴族の家に生まれて、家を継がないなどと言うことはできないのであるからして……。


 彼は一度で良いから戦場に顔をだす必要があり、それがたまたま今日だった。それだけだ。まあ、やる気が全くないのも無理からぬ話ではある。無論、それに付き合わされる部下たちにとっては堪ったものではなかったが。


「うーん。でも、このまま損害が出続ければ、流石に父上に面目が立たないね」


「そうです! 戦功を上げる必要はありません! ですが、せめて損害は押さえておかないと! 爵位継承時に横やりが入ります!」


「そうでございますぞ。団長には、やる気を出してくださらんと」


 そう言って老騎士が青年へと顔を近づける。


「あー。分かった、わかった。分かったから、止めろ。そのむさ苦しい顔を近づけるのを」


「むさっ?! くるしい?」


 むさ苦しいと言われたのがよほど衝撃だったのか、愕然としてその場にへたり込んでしまう老人騎士。


「団長! むさ苦しいとか言わないでください! マクベナル老はあの見た目で結構豆腐メンタルなんですよ!」


 少年騎士の叫び。


「とうふ、めんたる? じゃと?」


 のの字を書き始める老人騎士。


「いや、アルシオンよ。トドメ刺してるからね。それ」


 その様子を見た青年は呆れたように突っ込みを入れる。


「そんなことはどうでも良いんです!! 早くあれを何とかしないと!!」


 そう言って、敵の驚異的な連続魔導攻撃を指さす少年騎士。


 そこでは阿鼻叫喚な地獄絵図が広がっていた。


 何とか敵陣にまで迫ろうと、歩兵隊が必死に接近を試みようとしている。しかしながら、敵の魔導攻撃が余りにも苛烈で高密度であるため、次々と兵士たちは肉片へと変わり果てる。まったく接近できていない。


「やれやれ。普通なら、大魔導士でも維持できないんだけどね。あんな無茶苦茶な魔導攻撃」


 自軍の惨状に青年団長は嘆息する。


「まったくですな。しかも、あれほどの魔導士を中隊規模で運用できるとは……。いやはや。正直、自分の目が信じられません」


 いつの間にか復活した老騎士が相槌を打つ。


「残念ながら事実だよ、マクベナル老」


「感心してる場合ではありませんよ! 二人とも! 何とかしないと!!」


 少年騎士がまたもキンキン声を上げる。


「何とかって言われてもね、具体的にどうしろと?」


 余りの甲高さに耳を抑えながら団長が疑問を挟むが、


「それを考えるのが団長のお仕事です!!」


 少年騎士はきっぱりと断言する。


「ふむ。まさにその通り」


 そこに老騎士が追い打ちをかける。


「いや。間違っては無いけど……。そんな無茶振りをされてもねえ」


 団長は嘆息しながら腕を組むと周囲を見渡す。

 そうして、後送中の奴隷たちを見つけた団長は、それを利用することを思いつく。


「よし。それじゃあ、移送隊に命令。奴隷の内女子供をこちらに連れてくるように。どうやら同一民族のようだし、人質にしつつ前進してみよう」


「そんなんで上手く行くとは思いません! 大魔導士ですよ!! 大魔導士!! あり得ません! 単なる平民を盾にしたぐらいで魔導士を危険に晒すなんて!!」


「同感ですな。普通に考えてペイしないでしょう。構わず人質ごと攻撃する筈ですぞ。常識的な指揮官なら」


 部下たちは反対する。勿論それは当然だ。魔導士の素質を持つものは極めて数が少なく、1000人の内に一人いればいい方。それに加えて、第一線級の魔導士の育成には、時間と費用が非常に掛かる。

 単なる平民とはかかっているコストが段違いなのだ。


「まあ、まあ、そう言わないで。建国王ハヤトもおっしゃっているだろう。『押して駄目ならスライドさせよ』だよ」


 そう適当なことを言って団長は誤魔化そうとする。だが、部下たちは不審そうだ。それを見て取った団長は説明を追加する。


「それに、敵は恐らく実戦経験が乏しい。僕の見たところだけどね」


「実戦経験が乏しい……ですか?」


 少年騎士は訝しげだ。


「若殿。確かに戦慣れしていない兵は、女子供への攻撃を躊躇する傾向があります。しかしながらその予想には、少々無理があるのでは? あれほどの練度を持つ魔導兵が実戦を殆ど経験していないなどと……不自然ではないですかな?」


 老騎士もまた、団長の主張に懐疑的な様子を見せる。


「まあ、そうかもしれないね。もしかしたら経験豊富で人質なんて無視して猛射を浴びせてくるかもしれない」


 そんな二人に対して、団長はどこか他人事だ。


「団長!」


 少年騎士が声を上げる。


「まあ、落ち着けって。連中が素人ってのは、何の確証も無い訳じゃない」


 自信満々に宣言する団長。


「儂にはそうは見えませんがな」


 自慢の口髭をいじりながら反論する老騎士。この反応に団長は少しだけ真面目さを見せることにする。この老騎士が口髭をいじるのは、不快感を持っている時だからだ。いくら歩兵団長でセルトスナル伯爵家の嫡男とは言え、歩兵団最古参の騎士を無碍に扱うことは出来ないのだ。


「マクベナル老。あなたの半世紀に渡る軍歴に、見るべきものがあるのは確かですよ。でも、あなたは魔導士ではない。騎士と魔導士では見るべきところが違うのです」


「こう言っては何ですが、儂はこれまで多くの魔導士を―敵であれ味方であれ―見てきましたぞい。あの練度は精鋭部隊のそれです」


 団長の反論に、老騎士が疑問を呈する。


「むろん、精鋭ではあるでしょう。単に戦慣れしてないだけで」


 団長は諭すように言う。


「意味が分かりかねますが……」


 眉根を寄せる老人騎士。


「意味が分かるかどうかは問題ではありませんよ。何と言ってもこの兵団の指揮官は僕なんですからね。命令には従ってもらいます。それに、一々命令の意図を全部説明する必要もなのでは?」


 部下たちを説得するのが面倒臭くなった団長は、強引に議論に終止符を打つ。


「了解しました! 奴隷輸送の任に当たっている第三軽歩兵中隊に命令変更を伝達いたします!」


 そう言って、その場を離れる少年騎士。その肩を怒らせながら。


「やれやれ、そう言われては儂の口から言うことはもうありませんな。取り敢えず、重装歩兵大隊には後退命令をだします。それと残る大隊には、待機の続行を命じます」


 そう言って、老騎士もまた、その場を離れる。


「そうしてくれ」


 そう返事をした団長は、苛烈な攻撃を浴びせる敵の魔導士部隊を見る。


「やれやれ。どうして僕だけがこんな目に。ここ以外の味方はこれといった抵抗に遭遇していないというのに……」


 いつも通りのやる気のない呟き。実際、団長は気力のかけらもなしに、この戦争に参加していた。


 だが、突如として空気が鳴動。団長の聴覚を刺激する。

 団長は慌てて音の発生源―—海岸線の方―—へと視線を移動させる。そこには幾つかの黒煙が上がっていた。


「あれは?」


 攻撃魔法だろうか? しかし……


 団長はため息をつく。黒煙の規模からみて、高位攻勢魔導をも上回る規模のものだ。だが、今回の遠征にそれほどの魔導士は自分一人しか参加していないはず。

 ということはつまり、


 やれやれ。

 団長は肩をすくめる。敵の反撃ということなんだろう。


「伝令」


 団長は近くにいた騎士の一人を呼ぶ。


「急いで人質を用意するように伝えるんだ。あんまり時間が無さそうだからね」


「は! 直ちに!」


 騎士は即座に乗馬すると、奴隷輸送隊へと向かって行く。




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