小笠原諸島沖海戦
キリスト暦2015年4月2日午前12時40分
日本国 東京 小笠原諸島 父島沖
統合任務部隊・小笠原 海上部隊 第二部隊
護衛艦〈みょうこう〉 戦闘情報センター
第三護衛隊群 第七護衛隊 所属艦〈みょうこう〉はこのとき、小笠原諸島近海へと進出。白波を切裂きながら南進していた。本来、〈みょうこう〉は舞鶴港―日本海側の海上自衛隊の拠点―を定係港としているのだが、このときは12月に開催予定の観艦式の事前演習の為に、横須賀へと展開していたのだ。
その他、偶々横須賀に寄港していた護衛艦を編成し直したのが、第二部隊だ。
構成艦は全部で四隻。〈みょうこう〉を旗艦とし、他に〈はたかぜ〉〈たかなみ〉〈すずなみ〉がいる。〈はたかぜ〉は第一護衛隊群 第一護衛隊所属。〈たかなみ〉は第二護衛隊群 第六護衛隊所属、〈すずなみ〉は第三護衛隊群 第三護衛隊の所属艦となっており、いくら護衛艦隊が部隊練度維持管理者になっているとはいっても、少々寄せ集めの感がある。
こんな雑多な艦隊でまともな機動が出来るのだろうか?
彼、第二部隊司令、松田悦三一等海佐はそう自問する。戦闘というものは数が多いに越したことはない。単純に手数が増え、余裕もできる。ではあるのだが……やはり艦ごとの特色というものがある。同型艦といえども完全に同じに作られている訳ではないし(ましてや型が異なるとなれば尚更だ)、基本的な方針は統一されているにしても、どうしても細かい部分になってくると、艦長や乗組員の違いによって差が出てくる。
共同訓練をマトモしやったことのない艦を適当に集めても、満足な指揮をとることは出来ない。
だが、そこまで思考を進めたところで松田一佐は頭を振り気分を切り替える。
まあ、任務部隊方式には利点もあることだし……。
そう自分を納得させる。
「司令。〈ひゅうが〉より通信。陸自のヘリ部隊第一陣が父島に到着。中央即応連隊第二中隊が海岸に降下し、敵を掃討しつつ捕虜となっていた民間人を救出中とのこと。また、第四対戦車ヘリコプター隊のAH-1が海岸周辺の敵を掃射中」
そんな彼に、部下が報告を上げる。
敵か。
本来なら、軍隊にとってごく一般的に使用されるはずの言葉。
しかし……。
彼にとって、それは不思議な感触のある言葉となって、心に響いた、
自衛隊の発足以来、敵と呼ばれる存在は公式には存在しなかった。
それなのに、突然発生したの異世界転移などと言う厄災。そして、それと共に、まるで用意されてでもいたかのように現れた敵国家。
一体日本はどうなったというのか。
あるいは、どうなるのか。
これまでのところ、何だかんだと言っても、彼や彼の部下たちが人を殺したりすることはなかった。
だが、今回はそうもいかない。果たして、半世紀以上もの長期に渡って実戦を経験したことのない自分達は、問題なく人を殺すことが出来るのだろうか?
出来ればいい。
だが……出来なければ? その時はどうなる?
憂鬱な想像に、彼の気分が沈んでいく。
「司令? 大丈夫でありますか?」
部下の心配そうな問い掛け。
いかん。いかん。
今は憂鬱な気分に浸っている場合ではない。司令はその場を誤魔化すために、冗談を口にする。
「いや、大丈夫だ。ちょっと今日の夕食のことが気になっただけだ。何せ、昼食は軽いものをつまんだだけだからね」
「はははははは」
CIC内に笑いが起こる。
「確かに。でもまあ、大丈夫ですよ。料理長もその辺のことは分かっているでしょう」
〈みょうこう〉艦長の屋根鬼渡一等海佐がそう追従すると、ドッとした笑いが巻き起こる。
やれやれ、どうやら上手く誤魔化せたようだ。
安心した司令は、CIC内の液晶パネルに目をやる。
そこに映し出されている光点は多数。
もちろん、本来ならば、水平線の先にいる船舶をレーダーで捕らえることは出来ない。この新世界の惑星は異常に巨大―少なくとも地球の五倍の半径を持っていると推定されている―で、水平線がかなり先になっているが、それでも、これだけの広範囲に散らばる艦隊を水上艦搭載の対水上レーダーだけで識別することは不可能である。
これらの情報はデータリンクによって、SH-60哨戒ヘリやP-3C哨戒機から送られてきたものだ。
そうして、その光点群。
船舶だけに絞っても、その数は百以上。それが味方であれば良いのだが……。残念なことに、そのほとんどが敵を示す赤色。
今からそこに殴り込みを駆けないといけないとあって、彼の気分は余り優れない。いくら相手が帆船だと言っても、大砲を搭載していることが確認されている。まあ、射程も威力も大したことのない物のようではあるが。
だが、数はそれ自体が暴力だ。囲まれれば、敵が幾ら旧式艦で旧式兵器だと言っても、被弾もするだろうし死傷者も出るだろう。
数十隻を数える敵艦隊に対してこちらはたったの四隻。
この〈みょうこう〉を旗艦に、〈はたかぜ〉〈たかなみ〉〈すずなみ〉。
小野田海将も火力不足を心配していたのだろう。全て127mm砲搭載艦―特に〈はたかぜ〉については前後それぞれに計二基の砲を搭載している―だ。
それでも彼の見るところ、依然として数が不足しているように感じられるところではあるのが……。まあ、それは今更言っても詮無いことだ。高望みをしても意味はない。歴史上のいかなる将軍や提督であれ、常に手持ちの軍と装備で戦ってきたのであるから。
第二部隊の西50kmの位置には〈ひゅうが〉を旗艦とする第一部隊がいて、父島・母島へ陸自部隊を送り込んでいる。
また、ここから北東に行ったところには、〈あさぎり〉〈ありあけ〉の二隻。この二隻の任務はマルアム王国の増援部隊の接近を警戒するというもの。
勿論、ダフィアナス島の南側を迂回してこちらに増援が送られる可能性もある。たが、護衛艦の数が足りないため、そちらにまでは手が回っていない。代わりに、潜水艦が哨戒している。
……少なくとも、報告ではそうなっている。
一方の敵艦隊。
敵艦隊は、大きく分けて五つに分かれている。
一つ目が、母島周辺展開している部隊。
二つ目に、父島周辺に展開している部隊。この部隊が最も規模が大きい。
三つ目に、父島の南東部にいる艦隊。
四つ目に、ダフィアナス島の沖合で待機している部隊。
五つ目に、父島の北東部に展開している部隊。
このうち、松田一佐の指揮する第二部隊が向かっているのが、五つ目の部隊。この部隊は大型帆船25隻に小型帆船7隻と、敵艦隊中二番目に数が多い。しかも、敵の主力艦と推定される大型帆船の数で言えば、最大である。このことから、この部隊が敵主力であると推定されていた。
「敵艦隊との距離2万5千」
距離2万5千。
現代戦ならば、ほとんど目と鼻の先。
普通なら、これほどの距離に接近する前に対艦ミサイルを使用しているところである。しかしながら、今回はそういう訳にもいかない。比較的構造が単純な砲弾と違い、ミサイルは製造に時間とコスト、それに資源を多く必要とする。外国からの資源輸入が停止し、製造再開の余地が全く見られない今、補充困難なミサイルは可能な限り温存する-幸いにも、敵は帆船であることだし-というのが、上層部の判断だった。
果たして、それが吉と出るか凶と出るか。
「敵、進路変わらず。捜索隊形のまま突っ込んできます」
こちらが南進する一方で、敵は北へ。
反航戦の形を取りつつある。
「全艦に下令。距離1万で主砲打ち方。別名あるまで誘導弾の使用は禁止するものとする」
「了解。距離1万で主砲打ち方。別名あるまで誘導弾は不使用」
「司令。1万では近すぎませんか」
幕僚の一人が疑義を呈する。
「分かっている。しかし、やむをえん。無駄玉を打つなと言われているからな」
“偶にうつ、弾が無いのがたまに瑕”
自衛隊が抱える欠陥は異世界でも、というよりも異世界で再補給困難な状況に陥っているからこそ、健在だった。
聖光暦1855年4月2日
オガサワラショトウ遠征軍 ラグソング艦隊
哨戒中の航走艦〈リリントモルト〉が所属不明船団接近の報告を送った後、消息を絶ってから一時間。
ラグソング艦隊は、その所属不明船団を敵の反撃部隊、あるいは周辺諸国の横槍だと判断。艦隊は〈リリントモルト〉の通信を元に敵艦隊の行動を割り出すと、両翼を広げて捜索隊形を取り、迎撃のため展開していた。
しばらく、ラグソング艦隊は敵艦隊を発見したのであるが、それは奇妙な艦隊だった。
接近する船はたったの4隻。普通なら、30隻以上を有するラグソング艦隊にとって、大した脅威にはならない。
そう、普通なら。
生憎と、接近中の敵船は全て帆がなく、恐らくは魔導船。大凡、常識では考えられないような高速でもって、こちらへと接近してきている。
「敵との距離、さらに近づく。おおよそ20km」
見張り台から報告が届く。
速い速いと思っていたが。やけに速い。敵艦隊発見の報から、ほとんど間をおいていないぞ。本来ならば、戦闘開始前に単縦陣を取りたかったのだが……。その暇もない。
艦隊指揮官であるラグソング提督はそう胸内で呟く。
「提督! そろそろ戦闘準備を発令して頂かないと」
そんな提督の胸中を知ってか知らずか、参謀を務める海佐が進言してくる。
「うむ。そうだな」
考えるふりをする。
戦闘準備は、早すぎても遅すぎてもいけない。早すぎると、乗員の緊張感が切れて戦闘に使い物にならなくなる。かといって、遅すぎるのは論外。
適切な時期に、適切な命令を下すのが指揮官の妙なのだが、これがなかなか難しい。
20kmというのは、常識的には少々早い。だが、生憎今回の敵はそんなものを無視した速度を発揮しているのだからして……。
まあ、考えてもらちが明かない。
「全艦隊、戦闘準備!」
「全艦隊、戦闘準備!」
提督の命令を海佐が伝達する。
「全艦! 戦闘準備!」
それを受けて旗艦艦長が命令を発し、さらにそれが艦内各部へと大声で伝達されて行く。
また、信号旗員が『戦闘準備』の旗をメインマストへと上げる。
その旗を見た周辺の僚艦もまた、『戦闘準備』の旗を掲げて、さらに遠方の艦へも命令を徐々に伝達する。
艦隊を上空から俯瞰するものがいれば、旗艦を中心として徐々に各艦へと、戦闘準備の命令が伝わっていくのが観測できたであろう。
そうして、全艦の戦闘準備が終わるか終わらないかの内に、
「敵との距離間もなく13km」
の報告。同時に、
「敵艦隊に火災」
見張り員から、そのような報告も上げられる。
「なに?」
どういうことだ?
魔導炉が暴走したのか? あるいは、火薬庫で?
いや、待て。
艦隊に火災?
全艦隊で同時に? 一隻で事故ならばともかくとして……。
「どうなっている? 見張り員に再報告を……」
提督は報告を詳細に行うよう命令を出そうとするが、そこで閃光が起こる。
慌てて提督がそちらを見やると、一隻の戦列艦が爆炎に包まれていた。
「戦列艦〈ジャーヴィストカング〉爆発! 炎上中!」
事故か? 敵艦隊に続きこちらでも?
提督のその推測は次の瞬間裏切られる。
「戦列艦〈ネルスチアム〉爆発! あ !戦列艦〈アンガスタ〉も爆発! 生き足止まります! 〈キリリスタ〉炎上!」
「ばかな!!」
それらの艦は全て、前衛艦隊を構成したものだ。それが次々と炎上しているということはつまり、
「敵の攻撃だというのか?! この距離で?!」
提督は狼狽する。10kmもの遠方から攻撃するなどとは?! 一体どういう……。
「航走艦〈ハゲワス〉で爆発! あ! 戦列艦〈セラ〉が〈アンガスタ〉と衝突! 二隻とも爆沈しました!」
「戦列艦〈ミルトチアム〉轟沈!! 〈マタラスチアム〉横転!!」
「航走艦〈ハグトワス〉で火災発生! 〈ネルスチアム〉沈没! 前衛艦隊に健在艦無し!壊滅しました!」
その報告に、司令部内に衝撃が走る。
「な!?」
「バカな?!」
「全滅だと! この短時間でか!?」
「一体どうなっているんだ!?」
「こんなはずがっ!?」
狼狽する幕僚たち。
「静まれえっ!!」
ラグソング提督は一喝。混乱する司令部に冷静さを取り戻させる。
「全艦隊に下令! 全速前進! 間合いを詰めて、一気に乗り込むぞ!! 魔導士官!」
「はっ!」
「緊急加速を行う!! 加速用魔道具を使え!!」
「はっ!」
魔導士官は敬礼し、緊急加速の準備のため後部甲板へと向かう。
だが、それは遅すぎた。旗艦の船体左側にも巨大な水柱が上がり、船体に衝撃が走る。
なに?! 旗艦は中衛艦隊に位置している。それなのに、この距離にまで砲弾が!?
そんな提督の動揺を余所に報告が届く。
「本艦左舷に至近弾!」
「報告! 本艦左舷水線下に破孔! 海水が流入しています!」
これは旗艦の応急担当士官からの報告。
その報告を裏付けるかのように、先ほどまで直進していた旗艦は左へと流されて行く。船体左側に海水が溜まり、そちらに引きずられているのだ。
そうして、旗艦が向かう先。そこには左舷後方を航行していた僚艦〈ヘガトワス〉の姿が。
「まずい! 衝突するぞ!! 面舵いっぱーい!!」
「おーもかじいっぱあーい!!」
艦長が叫び、復唱した操舵士が転輪をまわす。
だが、もう遅い。
もともと戦列艦というのは小回りが利かない艦種である。それが、船体に穴が開いたため、余計に増幅されている。全く回避行動が出来ないまま、どんどんと〈ヘガトワス〉の姿が大きくなる。このままでは〈ヘガトワス〉の艦首と、旗艦の船腹が接触するかたちになってしまう。
「まずい!!」
「衝撃に備えろ!!」
提督たちが掴まった直後、〈ヘガトワス〉の衝角が船腹に直撃。
「うわああああああ!!」
「ヒイイイイイイイイイイイイイイイイ!!」
衝撃に吹き飛ばされた水兵たちが空を舞う。ある者はマストに激突して首の骨を折る。また別の者は海に落ちる。衝撃で折れ曲がった船体に体を潰される海尉。飛来した木片に胴体を貫かれる水兵。
旗艦では死傷者が続出した。
「報告! 浸水拡大!! 阻止できません!!」
そう報告した水兵には右腕が無い。
「総員退かーん!!」
艦長が絶叫するが、それは遅すぎた。次の瞬間には、魔道具保管庫で魔石が爆発。旗艦は乗組員もろとも木っ端微塵に吹き飛んだ。
ラグソング艦隊 後衛艦隊(カルポト分艦隊)
旗艦 戦列艦〈ミトラサ〉
旗艦甲板で、カルポト副提督は茫然自失の状態に陥っていた。いや、彼だけではない。彼の司令部要員達もまた、混乱の絶頂に達していた、
見張り員たちは次々と被害報告を上げるものの、果たして本当に耳に入っているのか、かなり怪しげな状態だ。
「旗艦〈カラトラサ〉爆沈!! 航走艦〈ヘガトワス〉炎上中!」
「戦列艦〈セラービー〉、〈ワトスタ〉轟沈しました!! あ! 航走艦〈ミミトワス〉もです!!」
「戦列艦〈キチルトラサ〉爆発! 炎上中!! 戦列艦〈アンゴーワス〉轟沈!!」
「ばかな……」
「こんなはずが……こんなはずが……」
「ゆめだ……。そうだ、こんなの現実なわけがない」
「ありえん……。なんでこんなことが……」
だが、茫然として現実を逃避していても、現実は迫ってくる。
そのまま何の手も打たないままカルポト分艦隊は前進を続け、護衛艦隊との距離が10kmにまで近づいたとき、自衛隊は容赦なく砲撃。カルポト分艦隊は壊滅した。




