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SS 懲罰戦争4 報復の軍勢



皇国歴1021年4月3日 午後00時00分

第2帝国 エルメンドーフ空軍基地

第20空軍 第22航空師団


 それは圧倒的な光景であった。エルメンドーフ空軍基地にはその日、第22航空師団を構成する三個爆撃連隊が集結。一機だけでもその巨大さから周囲を威圧し、“天空城砦”の異名を持つ八発爆撃機、〈鎮魂歌〉。それが81機も整然と並んでいたのだ。



「すげーなぁ」


 その光景を基地の外から見物しているのはトーマス・ブレア。近所の中学校に通う彼は、いつも通り今日もまた、小高い丘の上から基地を見下ろしていた。


「あぁ。スゲエ!」


「エルフとかいう連中に報復するんだって?」


 この基地に集結した第22航空師団の任務が報復攻撃であることは、一応機密に属している。

 しかしながら、神聖森林王国に派遣した外交官が殺され、その首が城門に掲げられたこと、報復戦争を行うことは既に報道され、全国民の知るところとなっている。そうして、この基地が、空軍基地としては最もエルフ領に近い。

 このことを考え合わせれば、これらの爆撃機群が何をするつもりなのかは、子供の目にも明白だ。


 そう、ここから戦争がはじまるのだ。少年らしい純真さで、彼らは爆撃機群を見下ろしていたのだが……


「お前たちっ! 何を見ておるかっ!」


 突然の怒声。少年らがそちらを慌ててみると、憲兵の一団が近づいて来ていた。


「憲兵?」


 トーマスは呆然と呟く。

 この場所は市内の高台の中で、一番よく基地を見渡せる。だから、日頃から友人たちとつるんでここから軍用機を見物していたし、他にも大勢見物人がいた。 こんなのは、いつものことの筈だ。


 それなのに、なんで急に?





~~~~    ~~~~




皇国歴1021年4月4日 午前11時50分

第2帝国 エルメンドーフ空軍基地 第101格納庫


「兵士諸君!」


 第101格納庫に整列した第22航空師団の将兵に向け、三ツ星の将軍-第20空軍司令官-が演説する。


「報復である! 神聖森林王国を称する蛮族共は、我が国の外交官を殺害した! これは戦争布告に他ならない! 兵士諸君! 諸君らの中には、今回の任務に疑問を持つ者もいることだろう。諸君らがこれから投下する核弾頭は、多くの街を焼き、家々を消滅させ、人々を殺すことになる。無論! その中には、赤子を抱いた母親や幼子も含まれるであろう。本来ならば、無辜の民を殺すのは、栄誉ある帝国空軍の任務ではない。 だが! しかし! しかしである! 兵士諸君! 帝国は窮地にある! 新世界への転移以来、挑発行為が相次いでいる!」


 そう、将軍が指摘するように、帝国及び、その同盟諸国への挑発事件が次々と発生していた。海上交易路のほとんど全域で海賊船が跳梁。しかも、捕えてみると、この世界の海賊は商人との兼業という始末。

 また、遥か南方を管轄する南極軍は、度々出現するドラゴンに手を焼いていた。


 さらに、その同盟諸国に目を向ければ、第3帝国はルアス帝国と、第5帝国はドミナント連合王国と、第7帝国はケモナー王国と、それぞれ国境紛争を抱えている始末。

 しかも、この世界の国家は歪な貴族制社会を形成しており、各地に派遣した外交官たちは貴族ではないという理由で侮辱され、場合によっては襲撃されていた。

 これと言った外敵が存在しないのは第11帝国ぐらいのものだが、こちらは植民地政策の失敗により、各地で反乱が続発していた。


「兵士諸君!」


 将軍の演説が続く。


「我々はこれより、断固たる反攻作戦―《払暁1号》―を開始する! 神聖森林王国はこの世界において五大列強の一つに数えられている! 我々の任務は一昼夜の内にその列強を消滅させることにある! いかなる愚か者であれ、列強国を瞬時に消滅させるだけの意思と能力を我々第2帝国が有していることを知れば、自らの愚かさを思い知ることになるだろう! 諸君! 我々の確たる決意と能力を全世界に見せつけてやるのだ!」


「「「「「YAAAAAAAAAAAAAAAAAAa!」」」」」


 第22航空師団の将兵が応じる声が、格納庫内をこだまする。




 こうして、エルメンドーフ空軍基地より、第22航空師団は出撃。

 基地を飛び立った爆撃機群は三機一組で小隊を組むと、神聖森林王国方面へと飛行していく。

 これらの小隊は、一機が先導機役を務め、一機が無条件降伏を勧告するビラを搭載。最後の一機が核爆弾を2発、その胎内に収めていた。

 27の小隊に分かれた航空師団は、海上にて空中給油機部隊と合流。燃料を補給し、一路、エルフ領へと向かう。




~~~~    ~~~~





神聖森林王国 西方海域 戦列艦〈クレオペルーラ〉


「何だアリャ?」


 上空を見上げた船員の一人が疑問の声を上げる。


「何さぼってやがる! 仕事をせんか! 愚か者!」


 そんな船員を海尉が叱責する。


「サボってんじゃありゃせん! 見てくやさい! あれ! 何か飛んでますぜ!」


 そう言って上空を指さす船員。それに釣られて海尉が上を見上げると、そこには雲を引きながら遥か高空を飛行する“何者か”の群れ。

 目標が余りにも高空を飛行しているため、遠近感が狂い、対象がどの程度の体長を持っているのかも、良く分からない。だが、遠目であっても、それが途轍もない高度を飛行し、巨大な体躯を持っていることだけは分かる。


「あれは……龍か?」


 呆然と呟く海尉。

 “龍”は厄災の象徴だ。人間には到達できない遥か高空を飛翔し、固い鱗で覆われた身体はあらゆる攻撃を跳ね返し、口からは高温のブレスを吐く。

 一般に“龍”と分類される生物の内で最下級の生物、“ワイバーン”ですら、一個騎士団と同程度の戦闘力を有していると称されている。


 そんな“龍”が巨大な群れを作り、東方、つまりは神聖森林王国へと向かっている。


「大変だ!」


 事態に気付いた海尉が、青ざめた顔で指示を出す。


「艦長を呼べ! 魔導通信! 龍の群れが向かっていると伝えろ!」


 にわかに慌ただしくなる艦内。


 だが、全ては遅かった。





~~~~    ~~~~





神聖森林王国 マルイヤカ伯爵領 領都〈マルイヤカン〉


「なに!? 龍だと!?」


 その報告を聞いた伯爵が、半ば反射的に椅子から腰を浮かせる。


「はい、伯爵様。大規模な龍の群れが西方海域より王国方面へ向かって飛翔していると、王都より緊急魔信が入りました」


 騎士団長が応じる。


「ばかなっ!」


 秘書官の一人が思わず口を挟む。

 それもそのはずだ。龍種は、南方に存在する氷に閉ざされた陸地―龍大陸―を主要な生息地としており、王国周辺ではそれほど多くの生息数が確認されたことはない。

 ごくまれに、龍大陸よりはぐれ龍が飛来することもあるにはあるが、その間隔は数百年に一度程度。ただ一匹の龍が飛来することでさえ、滅多にあるようなことではない。それなのに……数十匹の群れ?

 おおよそ信じられないような事態だ。


「防衛体制はどうなっている?」


「我々には龍の群れに対抗する能力など存在しません。……残念ながら」


 伯爵の問いに騎士団様が悲観的な報告を述べる。


「しかし! 王国は列強です! 飛竜騎士団があるではありませんか!?」


 秘書官がそう主張するが、騎士団長の答えは無情だ。


「ワイバーンの兵器利用は、つい3年前に実用化されたばかりです。飛竜騎士団はいまだ編成途上であり、まともに飛べるのは十機もいないでしょう。それに、報告に上がっている龍は極めて大型で、恐らくは天龍か暗黒魔龍とのことです。ワイバーンのような亜種では到底太刀打ちできますまい」


「そんな……ばかなっ!」


 絶望する秘書官を余所に、伯爵は決断を下す。


「領民に避難命令を発せよ! 都市は目立つ。森に隠れるとしよう」


 伯爵のその命令に、騎士団長が疑問を呈する。


「しかし……森に隠れたとしても……森ごと焼き払われる可能性もあるのでは?」


「そうなったら、なったらだ。どちらにせよ、都市にいる方が危険は大きいだろう」


 その返答に、騎士団長は一応は納得した顔をする。


「なるほど。では、そのように」


 警報を鳴らす命令を出すべく、騎士団長は退出しようとする。


 だが、


 全ては遅きに失していた。


 このとき、領都〈マルイヤカン〉上空に第22航空師団 第18小隊が到達。当初の攻撃計画に沿って、核爆弾を投下する。



カッ!!!


閃光!!!


 すべては一瞬であった。人口8000人に満たない小さな都市である〈マルイヤカン〉にとって、核兵器は余りにも過剰な攻撃だった。

 一瞬のうちに、都市は消滅。いくらかの石造建築物はその衝撃には耐えられたものの、窓やドアを破壊し、強引に侵入した熱風が到達。急激な高温に晒された結果、建物内の家具やエルフの衣服が燃え出し、直接衝撃波からは無事だったエルフたちを炎上させる。






「あつい! あづい! たすけで! おどおざま!」


 伯爵の城郭の地下で、一人の少女が悲鳴を上げる。

 彼女の名前はニースアルデ・ミサ・マルイヤカ。伯爵の娘の一人だ。核爆弾が投下された時、彼女は幸いにも、城郭の地下深くで探検ごっこをして遊んでいた。この為、即死は免れたのだが、彼女の運もそれまでだった。


 突如として城郭全体を覆った轟音と揺れ。それに驚いた彼女は慌てて地上へと昇って行き、そして地獄に遭遇した。

 地下五階と地下四階を隔てる魔法の扉。強力な防護魔法が幾重にも重ね掛けされているその扉を開けたとき、火災の熱波が彼女を焼いたのだ。


 母親譲りの綺麗なプラチナブロンドの髪は、少女が着ていた豪奢な服と共に燃え上がる。急激な気圧の変化により目玉が飛び出す。気管にまで入り込んだ熱は、彼女の肺を内側から蒸し焼きにする。


「あずい! たすけで! こんあのいあ! おどおざま! だでかぁ」


 しばらくの間、炎に焼かれながらも激痛にのたうち回っていた彼女は、暫くすると、黒焦げになりピクリとも動かなくなる。


 そう。死んだのだ。



 穢れなき少女の死。エルフならばその惨劇に涙を流すことだろう。

 だが、この少女の正体を知っているヒト族たちならば、異なる感想を持つに違いなかった。


 何と言っても、

彼女は時折、奴隷商館に顔を出してはヒト族の奴隷を購入。魔法の練習と称しては、奴隷を焼き殺して遊んでいたのだから。





~~~~    ~~~~





汐宮皇国宇宙軍 第7宇宙基地

衛星軍団 中央司令室


「凄まじいな」


 三ツ星の階級章を付けた将軍が、呟きを漏らす。その視線は中央指令室前面に取り付けられた主画面に釘付けだ。

 そこには、核攻撃を受けて破壊され、依然として火災が生じている神聖森林王国の諸都市が表示されていた。


「将軍。衛星偵察局のサルラン長官より報告が入っています。『金剛石採石場周辺に異常あり。土木業者への助力が必要と思われる』とのことですが……」


 副官の大尉がそう報告すると、将軍の表情は僅かに曇る。


「何ですか? これ?」


 副官の表情には戸惑いが見られる。将軍の反応を見るに、余り良い知らせではない様だが……。


「厄介事が生じてるということだ、大尉。藤林ふじばやし将軍に命令。今上がっている攻撃衛星を全て、即時戦闘状態または即応待機状態へ移行するように、とね」


「は? 攻撃衛星をですか?」


 副官の困惑が深まる。


「攻撃衛星をだ。それと、第11帝国、特にキリアナス植民地周辺への偵察状態を強化するようにも伝えておけ」


「第11帝国ですか? しかしあそこは未開……いえ、何でもありません。攻撃衛星の即応状態を強化し、第11帝国周辺への監視を強化します」


 副官が敬礼し、退出した後。将軍は思案する。

 しばらく将軍はその顎鬚をいじっていたが、やがて受話器を手に取り、通話を始める。


「……大臣閣下。こちら衛星軍団長。……はい、その件で問題が……」





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