SS 懲罰戦争3 迫り来る終焉のとき
皇国歴1021年4月2日 午前11時55分
第5帝国 総統官邸 総統執務室
「ほう? つまり何かね? その神聖森林王国とやらは我が国の外交官を殺し、あまつさえその遺体を杭に括りつけて辱めていると? 大使が平民で、ヒト族であるから、などという訳の分からない理由でか?」
この部屋の主、第5帝国総統は先ほどから執務室をせわしなく歩き回っている。総統が激怒しているのは明らかだ。その怒りの矛先が自分でないのは明らかではあるが、激怒する独裁者の目の前に立っているというのは到底気分の良いものではない。
「その通りであります。総統閣下」
執務室に居並ぶ周りの政府高官のうち、外相がそう返答する。
「その通りであります、ではない! 外相! 我が国の、私の親任を受け、私の親書を持った全権大使が殺されたのだぞ! これは我が国への宣戦布告に他ならない! 国防相!」
「ハッ!」
「戦争だ! 耳長族に教訓を与えてやるんだ! エルフだか何だか知らんがなっ! 当然、既に軍は準備を始めているんだろうな?」
「はい、総統。既に帝国国防軍では懲罰作戦の準備を始めております。第一、第二艦隊より必要な艦艇を抽出し、懲罰艦隊を編成いたします」
「総統! お待ちください!」
外相が慌てて止めに入る。
「我々はこの世界に飛ばされてから日が浅く、この地について何も知りません! 地理情報も、民族も種族状況も宗教事情もです! 我々は何も知らない赤子同然です! 我々が得ている断片的な情報によると、どうやらエルフなる耳長族はヒト族を奴隷階級と定めている様子! これは初接触時にありがちな不幸なすれ違いであって、先方ともキチンと話をすれば……」
「すれ違いだと!? それがどうした?! 事実は変わらん! 全面的な遠征軍を送り、奴等を大地の肥やしにかえるのだ!」
総統の怒りの矛先が、弱腰な外相に向かう。
「同感ですな」
それに、空軍総司令官が総統に追従する。
「大体、外相。話し合いなどとは……。一体どうやるんですかな? 耳長族の連中にはそもそも話をするつもりがないようですよ?」
「それは……」
痛いところを突かれた外相が話に詰まる。
確かに、先方に外交をやろうという意図が最初からないのであれば、話し合いもヘチマもない。
だが、意外な人物が外相に加勢する。
「総統。陸軍としては大規模遠征軍の派遣には反対です」
陸軍参謀総長だ。
「現地の風土病などが不明確ですし、魔導技術についても以前未知のままです。我々が予期しない攻撃を受ける可能性があります。なにより、ドミナント連合王国の問題があります。転移以来、我々は図らずも、彼の国家と国境を接することになっております。その上、なかなか面倒なことに連合王国もまたあまり友好的とは言えません。この問題に対処すべく、陸軍の丸二個装甲擲弾兵師団が国境警備に展開しております。はっきり申し上げて」
参謀総長はそこで一旦言葉を切る。
「陸軍には大規模遠征を行う余力がありません」
「それに、」
陸軍総司令官が口を開く。
「兵站の問題もあります。我が国と神聖森林王国との間には、おおよそ1000kmもの海洋が存在しているのですぞ。距離は脅威です。マルシャル提督、我が国の船倉は、これだけの遠隔地との間で補給線を維持できるのですか?」
この質問に、提督は渋い顔をする。暫くは返答を躊躇していたようだが、やがて意を決し回答を述べる。
「総統閣下。我が国の海運状況を考えると、現地に展開できるのは一個師団が限度であります。それを超えますと、単純に輸送船が不足します」
さらに、空軍の長老、リヒトホーフェン元帥が追い打ちをかける。
「それに航空支援の問題もあります。我が国の戦闘機は、1000キロもの遠隔地で戦闘行動を行うのは困難であります。遠征軍は直衛戦闘機なしに活動することになりますぞ」
これには空軍総司令官が反論する。
「しかし! 一時的には空母艦載機に防空を任せ、飛行場を設立したのちに空軍機を投入すればよいではありませんか!」
「その空母をどこから持ってくるというんですか? 転移以来、ドミナント連合王国は我が国の海上輸送路を妨害するような行動をとっており、我々の海軍はこれへの対応に忙殺していた筈です。提督、そうではありませんか?」
そう言ってマルシャル提督へと話を振る外相。
「確かに……我が海軍はかなりの艦艇を、連合王国海軍や海賊の対応に取られてはいます。しかしながら、この世界の艦船は小型でしかも帆船であり、駆逐艦や海防艦で十分です。大型艦艇には余力があります」
「なるほど。では空母には余裕があることですな」
自分の発言を支持されたと思ったのか、空軍総司令官が上機嫌で応じる。
だが、
「陸軍としては、それでも乗り気ではありません」
陸軍参謀総長が冷や水を浴びせる。
「空母による上陸支援は、歴史的に見て、しばしば上手く行っておりません。敵艦隊が出現した場合、空母機動部隊はそちらの対応を優先する傾向が見られます」
「それはっ! 空母は……」
マルシャル提督は反論しようとするが、その発言は最後まで続けられなかった。執務室のドアが開き、総統補佐官補が入室したからだ。
「失礼します」
そう言うと、補佐官補は総統へと近づき耳打ちする。
「何? それは本当か?」
「はい。統一作戦調整会議を通じた正式な通告です」
「むむむ」
しばらくの間総統は難しい顔をして口をつぐんでいたが、やがて宣言する。
「諸君。重大な発表がある」
そこで一旦、総統は言葉を切る。
「神聖森林王国へと派遣していた外交使節団の殺害事件について、第2帝国政府より、報復攻撃を行うと連絡があった」
「なるほど。当然でしょうな」
国防相が相槌を打つ。
「……となると、第2帝国と共同戦線を構築するのですか?」
続けて発言した空軍総司令官のこの質問に、総統は力なく首を振る。
「いや。……残念ながらそうではない。彼らは……大規模報復兵器を使用すると言ってきた」
「馬鹿なっ!? 核兵器をですかっ?!」
リヒトホーフェン元帥が絶句する。外相はあまりの衝撃に言葉も出ないようだ。
確かに第2帝国は、前世界にいたときから無茶な行動が多々ある厄介な隣国ではあった。だが、いくら外交官を殺害されたからと言って、いきなり核攻撃を仕掛けるなどとは……常軌を逸している。
「そうだ。核兵器が使用される。だから……懲罰戦争の邪魔だから……神聖森林王国周辺をウロチョロするな、だそうだ」
「無茶苦茶です! 総統! やめさせて下さい! 核を使うなどとは……。いくら何でも」
「外相、それは不可能だ。第2帝国とでは指揮系統が違う。それに、本件は統一作戦調整会議を通じて連絡された。つまり、汐宮皇国本国がすでに承認しているということだ」
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第5帝国の総統官邸で会議が開かれているのと同時刻、神聖森林王国の王都アリアーゼにある王城でも会議が開かれていた。
「ふざけるなっ! 何だこの被害報告は!?」
玉座に座った国王が声を荒らげる。
「はっ。申し訳ございません、陛下」
軍務卿は恭しく頭を下げる。
「申し訳ありませんですむか!? 愚か者!! 沿岸砲台が壊滅し、艦隊が全滅しただと! 下等民族の軍船風情を相手にして!!」
癇癪を起こす国王。
その御前で神妙そうな表情を取り繕いながら、軍務卿はより深く頭を下げる。
「国王陛下。陛下の怒りはもっともでございます」
そう言って、外務卿が歩み出る。
「まったく、我が国は栄えある五大列強国の一国なのですよ、軍務卿。であるのに、ヒト族風情に敗北。王都沿岸砲台を失い、艦隊にまで被害が出る始末。軍務卿の地位について早3年。貴殿はその間、居眠りでもしていらしたようですな」
外務卿は嘲笑を浮かべる。
「おことばですが外務卿、第2帝国を軽んじるのは危険です。報告によると、相手は百発百中の砲を持ち、さらには、我が国では依然として試作の段階にも漕ぎつけていない“誘導魔法槍”まで有しているのですよ」
軍務卿はそう反論する。
「バカなことを。猿の変異種ごときにそんな技術、あるわけないではありませんか? そんなものは、敗北の責任を負いたくない現場指揮官の虚報に決まっておりますでしょうに?」
そう言って、第3王女が軍務卿を皮肉る。
「王女殿下。しかし現に、わが軍は損害を……」
「それが怠慢だと言うのです。損害? 猿相手にですか? 連中ときたら、魔法もろくに扱えぬというのに……」
第3王女はその芸術品のように美しい顔に、あざけりの表情を浮かべる。
「しかし! 殿下! あれは明らかに!」
軍務卿は思わず声を荒らげるが、
「もうよい!」
国王の怒声が止める。
「軍務卿よ。そなたには減俸を命じる。ヒト族相手に敗北するなど、あってはならん事だからな」
「はっ!」
国王の裁定に軍務卿は頭を下げる。だがそこに、外務卿が割って入る。
「恐れながら陛下。減俸では処分が軽すぎるのではありませんか? ここは軍務卿を交代させ、軍事の一新を図るべきかと愚考いたしますが」
「愚か者!」
国王の一喝。
「儂の目が節穴だとでもいうつもりか!? 外務卿! 勝手にことを起こすとは! 儂にも、軍務卿にも、事前に何の連絡もせずに!」
「ハハッー! 申し訳ございません! ワザワザご多忙の陛下に、ヒト族風情を追い返す話を報告する必要もないと思いまして!」
勢い良く頭を床にこすりつけた外務卿が、言い訳を述べる。
その芝居がかった仕草に、国王はウンザリとした表情を浮かべながらも、決定を下す。
「軍務卿!」
「はっ!」
「軍を集結させ、報復戦争の準備をせよ! ヒト族めが! 列強の顔に泥を塗りおって! 一人の凝らず皆殺しにするのだ!」
これには、第3王女が口を出す。
「あら、御父様。そんなの野蛮だわ。猿だって生きているんですから」
「うーむ。それは確かに」
娘の言葉に、あっさりとなびく国王。
「だが、どうすれば良い? このままでは列強の威信が地に落ちるぞ?」
その質問に第3王女は、あっさりと返答する。
「あら? そんなの簡単よ? 奴隷にしてあげればいいんですよ。労働力を得られて、王国は繁栄。猿たちにしたところで、高貴な私達の為に働けるんだから、きっと幸せよ」
第3王女の瞳は純真そのもの。自分の発言に何の疑いも抱いてはいない。
それを横目に見ながら、軍務卿は胸中で溜息を吐く。
第2帝国は危険だ。彼らはその辺に生息しているヒト族とはわけが異なる。
それにもかかわらず……。
戦争だと? ばかげてる! 戦争になどなるはずがない。
こいつは……恐らくは……。
核弾頭はやり過ぎだと沢山の方に感想でご指摘いただいていたにもかかわらず、修正しても結局核戦争ルートへと突き進んでる……。
なぜだ?
……いや、まあ、作者に文才が無いのが原因です。通常兵器でチマチマやってたら、いつまでも本編が進まないのです。




