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会議

キリスト暦2015年4月2日

日本国 東京 首相官邸



 彼は頭を抱えていた。

 異世界転移以来、様々な厄介事が怒涛のように彼のもとに押し寄せていたが、今日のこれはその中でも最悪の部類だった。


 今日の朝早くに始まった、異世界人達による小笠原諸島侵攻。それは、まぎれもなく厄災だった。


 上陸した異世界人達は、異世界人を見物しようと集まっていた観光客らの何人かを殺戮。余りの事態に、足がすくんで動けなくなっている残りの人間に対して、縄をかけて、服を強引に剥ぎ取り、自分たちの船へと連行していた。

 更に、それだけでは飽き足らず、家々に押し入りその中にこもっていた住民らも連行。逃げようとした人々には、騎兵が追いすがり、縄を投げて足をもつれさせる。そうして動けなくなった避難民に、後続の歩兵が襲いかかり、捕縛していた。

 中には抵抗しようとする住民もいたようだが、抵抗するものは容赦なく殺されていた。さらに、殺された住民の遺体は見せしめだとでも言うかのように、木の上や電柱から吊るされていた。


 しかも、その様子が報道カメラによって捉えられて、日本全国に中継されているのだ。マスコミ各社はこのような大スクープを逃すつもりはないらしく、民間機をチャーターして、上空からこの様子を報道していた。


 彼の執務室に設置されたテレビ。その文明の利器はどのチャンネルに合わせても、この事件を盛んに報道していた。


 ……というか。

 侵略だけならばまだ良いのだが……。

 彼は自分の政治生命が終わったのを確信していた。それどころか、この後の処置を間違えると、自分の首が物理的に飛ぶことになることも。


『殺されても無抵抗を貫き、憲法九条の精神を守るべき』


 それは、先程からくり返し報道されている、彼の閣僚の発言である。


 田中太郎文部科学大臣。

 それが発言主だ。


「誰だ? こんなアホウを閣僚に任命したのは?」


 これは官房長官の発言。多分冗談を言って、空気を和ませようとしているんだろうけど、アイニクと全く笑えない。


「僕だよ。悪かったと思ってるし、反省してる。ついでに後悔もしてる」


 だが仕方がなかったのだ、保守党から政権を取るためには。

 前回の総選挙で、彼の指揮する共和党は躍進。保守党よりは多くの議席を確保したものの、過半数には及ばなかった。その為、政権を取るために、共和党は様々な中小政党と連立を組むことになったのだが……そんな連立与党の一つが護憲党である。そうして、政治的妥協の一つとして、連立与党にも閣僚の椅子を幾つか用意する羽目になったのだ。


 そうして誕生する運びとなったのが、護憲党出身の田中太郎文部科学大臣である。


 実のところ、小笠原諸島東部に存在する謎の国家が戦争の準備をしていることについてと、その目標がどうやら小笠原諸島らしいということについては、事前に察知できていた。

 しかしながら、連立与党を組んでいる護憲党や社会党が、自衛隊の防衛出動に強硬に反対。それに引きずられた結果、何の対策もしないままに小笠原諸島が侵攻されるという、最悪の事態に発展している。


「取り敢えず、こいつはクビにしましょう」


「当然だね。ついでに、議員を除名しよう」


 他の護憲党出身閣僚や社会党出身閣僚が渋い顔をするが、反対まではしない。国会議員をしているだけあって、彼らは世論の変化には敏感だ。彼らにしてもわかっているのだ。このままでは、自分の首が『物理的』に危険だということが。

それに、田中太郎の議員除名については、保守党からも要求されている。議員の除名には、国会での三分の二以上の賛成が必要だが、共和党と保守党の二政党だけでそれは確保できる。

 反対したところで意味が無い。


「それと、外患誘致罪を適用できないの?」


「さすがにそれはやりすぎかと……」


 護憲党出身閣僚から反対の声が上がる。

 その発言に共和党議員の中から不穏な空気が流れるが、意外な人物が助け舟を出した。


「確かに……。総理、似たような発言をした学者や評論家はそれなりにいます。一旦、田中太郎に外患誘致罪を適用するとなると、彼らに対しても放置できなくなります。言論の自由の観点から言っても、それは少々問題かと」


 官房長官だ。


「官房長官! しかしそれでは!」


 激昂する国土交通相。

 だが、それを手で制した官房長官は説明を続ける。


「まあ、待て。田中太郎“前”大臣には、発言の真意について説明をやってもらう。勿論……国民の目の前で」


「それは!?」


 その意味するところに気付いた何人かの閣僚が、眉を寄せる。

 既に、国会や首相官邸周辺には、怒れる群衆が群がっていて、暴徒化寸前だ。警官隊は制止しようとはしているものの、その勢いに押されていて、その封鎖線は徐々に後退していた。というよりも、警官隊の幾らかは意図的に手を抜いている。

 そんなところに、田中大臣を放り出せば、どんな事態が発生するのかは火を見るよりも明らかだ。


 人身御供とは……。

 幾らなんても、前時代的すぎる。


 彼もそう思った。しかしながら、彼にしても自分の身に危険が迫っているのだ。怒れる群衆に間抜けな子羊を与えることで時間を稼ぐというのは、そう悪くない手ではあることだし……。


 こうして、政治的妥協の結果として、田中太郎文部科学大臣は“私刑”にかけることが暗黙の裡に決定した。





「それはそうと、自衛隊の展開状況はどうなっている?」


 彼は話題を変える。

今回、閣僚が一堂に会しているのは、別に田中前大臣の発言への対応を協議するためだけという訳でもない。

 と言うよりも寧ろ、そちらは副次的なモノに過ぎない。

 この会合に先立つ閣議で彼らは防衛出動を決定したいたが、奪還作戦の推移状況の方が主題だ。


 起立した統幕長が報告を始める。


「まず、現在敵性国の攻撃を受けている島-小笠原諸島の父島と母島ですが-このうち父島には海上自衛隊の父島基地分遣隊が存在しております。現在のところ同隊は、地元住民の避難誘導を小笠原警察署と共同で実施中であり、増援部隊の到着を待って反撃に転ずる予定であります」


「その応援部隊の状況は?」


「父島および母島は、それ自体の相対位置が南に千キロほど移動しております。このため、C-1輸送機では航続距離が不足しており空挺部隊を投入できません。また、C-130輸送機については近代化改修後のソフトウェアに重大な問題が発見されており、現在使用不能状態です。従って、海路で部隊を展開いたします」


「待て! 島が移動? そんなの聞いていないぞ?!」


 国土交通相が口を挟む。

 それには、海上保安庁長官が回答する。


「今回の異世界変異に際して、いくつかの島嶼の位置関係が変化しております。移動距離は100キロから2000キロ。報告すべき重要情報の量が膨大な数に及んでいたため、単に島の位置が変わっているというのは優先度が低いと判断され、一次報告からは外されておりました」


「怠慢ではないか?」


 国交相は尚も食い下がるが、


「いや、無理だろう。日本列島が丸ごと異世界に飛ばされているんだ。仮にそんな報告が上がっていたとしても、誤差程度にしか思わなかったはずだ」


 と、官房長官がいなし、統幕長に目くばせする。それを受けて、統幕長が説明を続ける。


「幸い、護衛艦隊が父島近海で演習中だった為、同隊に救援を命じました。同部隊は、揚陸演習を目的としていたため、第一ヘリコプター団及び、中央即応連隊が同乗しております」


「それは!? いくら何でも都合が良すぎる! 閣議決定の前に行動を起こしていたということではないのか!?」


 社会党出身の厚労相が気炎を上げる。


「そんなことは問題ではないよ、君。護衛艦隊とは? 具体的には? どの程度の規模なんだね?」


 話が面倒な方向に進もうとしているのを感じた彼は、割って入る。

 恐らくは厚労相の指摘したとおりに、『演習』の名目で、統幕長なり海幕長が勝手に艦隊を出撃させていたのだろうが……。それは、今、この場で議論すべき問題ではないし、問題にしたところで後が続かない。


『殺されても無抵抗を貫き、憲法九条の精神を守るべき』

 こんな馬鹿なことを言う閣僚がいる内閣と、国民保護の為に独断で部隊を移動させた自衛隊上層部。

 厄介極まりない事態だ。確かに、法的には自衛隊上層部の行動は少々問題があるし、我々が命令を出す側だ。だが、それがなんだというんだ? 国民一般が、一体どちらを支持すると思っているんだ?


 実際、首相官邸の前では、今回の事件の対応に関して、政府の対応を批判する抗議デモが行われている。そうして、数十万人の群衆の怒号がこの部屋にまで聞こえているのだ。ここは閣議用の部屋であり、防音設備を備えているにもかかわらず。


 この問題を下手に突いたりしては、内閣解散どころか、日本の民主政治それ自体が終わりかねない。


 そんな彼の憂鬱な未来絵図を余所に、統幕長は投入戦力について説明を始める。


「ヘリコプター護衛艦2隻を含めて護衛艦10隻。それに輸送艦2隻、補給艦2隻が随伴しております」


「ふうむ」

 

 中々の陣容ではある。


「勝算はどの程度ある?」


 この質問に、統幕長は心外そうな顔をする。


「私は負ける作戦を強行するつもりはありません」


 答えになっていない。

 彼はそう思った。だが、今のところ上がっている報告によると、小笠原諸島を攻撃している敵は数こそ多いものの、帆船程度の兵器しか存在しない。原始的な大砲を持ってはいるようだが……。

 護衛艦が10隻も揃っていれば、それだけで十分対処できる。そういう自信が、統幕長にはあるのだろう。


「いつごろ到着できる?」


「既に、ヘリ部隊の第一陣は発艦しております」


 そこで統幕長はいったん言葉を切り、腕時計を確認する。


「30分以内に到着する見込みです」


「よろしい。結構だ」


 そう言って、彼は考える。

 まだ他に、確認しないといけないことはあるんだろうか?

 彼がそう考えていると、農水相が口を開く。


「その他の国境警備は?」


「現在陸上自衛隊が、海上保安庁、警察庁及び各警察本部と共同で、海岸線の警備状態を強化しております。また、哨戒機による警戒体制を増強しました」


「外務省はどうなっているのですか? 原理不明ではあるものの、現地民とも言葉は通じるのでしょう? それに、小笠原諸島にマルアム王国の使節団と名乗る一段が来訪して、あちこちを見学して回ったという報告を受けてもいます。それなのに、マルアム王国政府とはまだ接触できていないのですか?」


 これは国民党出身の環境大臣の発言。

 この質問に対して、外務大臣が自信なさげに返答する


「残念ながら……。王国政府とは、その、依然として……どうにも、その、マルアム王国をはじめとしてこの世界では、その、極端な貴族社会を形成しているようでして……貴族階級ではない我が国の外交官は、その、ほとんど相手にされない始末でして……」


 この報告は彼もまた受けていた。

 厄介事だ。明らかに厄介事だ。


 外交関係を築こうにも、身分が低いせいで最初から相手にならないとは……。

しかも、面倒極まりないことに、この問題は、マルアム王国だけにとどまらないようなのだ。航空偵察の結果として、小笠原諸島東部海域には複数の島嶼部が確認された。そのうちのいくつかに、海上保安庁の巡視船に搭乗した外務省職員が派遣され、複数の国家が存在することが確認されている。そうして、それらの国家の政府と交渉しようとして突き付けられた答え。


 それは、

『貴族でないと相手にされない』

と言うものだ。



 と、外務相の説明を統幕長が引き継ぐ。


「それから、マルアム王国の使節団と名乗る一段についてですが……。彼らの目的は外交関係の構築などではなかったようです。敵の侵攻ルートを見る限りでは、どうやら、侵攻に先立っての、事前の地形把握、道路状況の確認、それに防衛体制の確認が主目的だったようです」


「何だと?! 一体誰がそんな奴らの入国を認めたんだっ?!」


 国交相が怒髪天を衝く。


「我々ですよ」


 外務相が力なく答える。


「なにいぃ?!」


 いきり立つ、国交相。


「芹澤さん、少し落ち着いてください」


 官房長官がなだめにかかる。


「実際の問題として、異世界に飛ばされ右も左もわからない状態で、外国からの使節を追い返すなど……。そんなことは不可能に近い。あの時点では、外務省の選択は間違っていなかった」


「しかし! 現に!」


 会議は踊る。

 その様を横目に見ながら、彼は考える。


 この戦争。落としどころはどこになるのだろう?

 小笠原諸島の奪還は絶対条件だ。だが、その先は?

 取り敢えず、侵攻軍を撃退しただけで良しとするのか。それとも、今回の遠征軍が拠点としていた、ダフィアナス島にまで攻め込むのか。あるいは、全面攻勢に出てマルアム王国の首都まで攻略するのか。

 

 それに、賠償金はどうするのか?

 まさか国民が一方的に虐殺されているのに、賠償金を全く取れませんでしたでは、世論も納得しないだろう。

 だが、どれだけ分捕ればいい?

 マルアム王国とは通商関係が存在しないため、向こうの貨幣基準すら不明だ。どのぐらいが妥当なのか。こういうものは、相場と比較して、多すぎても少な過ぎても禍根となる。だが、国民が考える妥当な賠償金と、マルアム王国側が考える妥当の水準は、果たして同じなのか。

 

「はあ」


 知らず知らず、ため息が出る。

 憂鬱の種は尽きない。


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