序章
未完結作品が存在するのに、それらを放置して始めた新連載。全然筆が進まない。一日が二十五時間は欲しい(切実)。
皇国歴1021年3月21日 午前9時45分
汐宮皇国 南海洋軍 第17空母戦闘群
原子力空母〈蒼天〉 航海艦橋
彼が艦橋に上がると、その窓の外には厚い霧が立ち込めていた。
一体何が?
彼が預かっている〈蒼天〉は、南海洋を航行していた筈だ。この時期の南海洋にこれほどの霧が発生することはあり得ない。それに何より、霧中に突入するまで霧に関する気象情報が全く彼に報告されなかったというのは不自然だ。
彼はそう思いながらも、その体は訓練通りに反射的に命令を発していた。
「報告」
その答えは直ちにもたらされた。尤も、その内容は彼にとって、歓迎できる内容のものではなかったが。
「0940時に艦隊は正体不明の霧に包まれました。同時刻、通信障害が発生。情報連結使用不能」
「航海電探をはじめ、全ての電探も使用不能。どうやら磁場嵐のようです。僚艦との衝突回避のため、探照灯を使用中。僚艦も同様の措置を取っている模様」
その答えに、窓の外をもう一度見やる。すると確かに、探照灯と思しき青白い光が所々に見える。
だが、その光は細々としていて心もとない。
減速すべきか?
濃霧に包まれ周囲の視界がほとんど利かないという事態に、一瞬、そのような誘惑が沸き上がる。だが、彼は軽く首を振るとその思いをすぐに打ち消す。
〈蒼天〉が減速しても、後続艦が減速していない可能性がある。もし、艦隊中で、〈蒼天〉だけが減速してしまっては目も当てられない大惨事を引き起こしかねない。
これが艦隊外周の護衛艦ならば、陣形の外側に向かって変針することもできる。だが、生憎と彼の指揮する〈蒼天〉は艦隊のほぼ中央に位置しており、どの方向に回頭してもそちらには僚艦が存在する。
つまり、どれだけ心細かろうと、現在の進路と速力を維持するよりほかに道はない。
「やれやれ」
彼は周囲に気付かれないように一人ごちる。
その一方で、任務も忘れない。
「衝突事故に備え、艦載機の固定索を再確認するよう伝えよ」
そう番兵に、指示を出す。番兵は直ちに敬礼すると、甲板長に命令を伝達するべく退室していく。
それにしても、なぜ霧の中に突入したんだ?
彼は、ここにはいない艦隊の航海参謀の顔を思い浮かべながら、心の中で愚痴を言う。電子機器が使用不能になるほどの磁場嵐が発生しているのならば、事前に探知できたはずだ。普通、そう言った自然現象は避けるだろうに……。
もっとも、そんなことを考えたところで、事態は好転しない。彼は再度頭を振り現実へと意識を戻す。
時計を見ると、現在の時間は1045。
うん?
時間が経つのが早すぎる。
彼が艦橋に上がったのは0945のはず。それからほとんど何もしていないのに、一時間も経過したというのは考えられない。
故障か?
まあ、軍艦が搭載する耐電磁兵器用の電子機器を使用不能にするほどの磁場嵐なのだ。時計が狂ったところでそれほどの不自然は無いのか?
彼がそう思ったところで、突如として生じた閃光が視界を閉ざす。
瞼を閉じても感じられる強烈な光に、彼は慌てて手をかざし目、を守る。
しばらくして恐る恐る目を開けると、外では霧が晴れていた。
凪いだ紺碧。
そこには、輪陣形を形成していた僚艦の数々。見たところ、損傷などは見られない。
損傷?
彼はそこで、自分の艦の状況を確認すべきことに思い至る。
「報告せよ!」
情報は直ぐにもたらされる。
「自己診断装置によると艦体各部に異常なし。現在、応急班が目視点検中」
「航海電探、復旧しました! 衝突進路を取る僚艦は存在せず」
「戦闘指令室より報告。僚艦及び早期警戒機との情報連結は回復。衛星との接続は以前不通」
ふむ。
特にこれといった問題はないようだ。依然として衛星は使用不能のようだが……。恐らく、時間の問題だろう。すぐに解決する筈だ。
彼はすぐ横にいた航海士官に問いかける。
「先程の閃光は? 何なのかわかるか?」
「不明です。ただ、核爆発だとしたら艦隊に損害が出ているはずですし……」
そう言って、言葉を濁す航海士官。
「艦長! 航空艦橋より報告! 太陽の位置がずれているとのことです!」
何を馬鹿な。
太陽がこんな短時間で動く筈が……。
そう思って、太陽の位置を確認する。そして、絶句した。
まだ十時前だというのに、太陽は中天に位置していた。
一体何が?
そんな彼の当然の疑問は、空襲警報により強引に中断された。
『警報! 警報! 不明機多数接近! これは訓練にあらず! 繰り返す、これは訓練にあらず! 総員戦闘配置! 艦長、戦闘指令室へ』
誤字脱字などがあれば、ご指摘いただけると幸甚です。