20 新しいバンド、新しいカフェの夢
一方私の方だが。
兄貴達には今までとまるで変わらない私、という奴を見せつけるがごとく動き回っていたりするのだが、水面下ではまた別の動きをしつつあった。
その一つが、引っ越しである。
「家賃もっと安くしようよ」
とサラダが提案した。そこで私達は、更新時期でもあったことであるし、と2DKくらいの広さのアパートに引っ越すことにしたのだ。つまりは同居することにしたのだ。
だいたい今までだって、結構同居していたみたいなものだ。隣同士だし、よく一緒に食事していた。
無論同居はそれだけではない。つまりは台所とトイレと風呂が一緒なのだ。朝起きて夜寝る時に相手がこの部屋に居るのだ。そこで一応、プライバシイを考えて、二部屋プラス共同部分、という感じの部屋を探したのだ。
家賃は格安だ。何ったって、築三十年以上経っている物件である。一部屋の作りや、「ユニットバス」な部屋の広さが尋常ではない。
ユニットバスというと、だいたいあのホテルにある、トイレと風呂がくっついているものを想像するだろうが、この場合は違う。単に水回りが一つの部屋に入ってしまった、という感じで、台所と同じくらいの大きさあるのではないか、と思える。
さすがに床のタイルは古い。壁のタイルも、昔通った学校のそれを思わせるが、大家さんがなかなか太っ腹なひとで、「綺麗にするなら改装してもいいよ」と言ってくれた。お言葉に甘えて、いずれはこの風呂場/トイレの壁をクリーム色に一面塗り替えてやろう、とサラダと画策している。
どん、と置かれた浴槽のそばには大きなすのこを置いた。トイレとの間にはカーテンを吊った。
キッチンも、今までよりずっと広い。さすがに古いだけあって、給湯器もついていないのだが、まあそれは後で何とかしよう。
私が持ってきたタイルつきのワゴンは元々の役割である調理台兼、に戻り、二人して行った中古家具屋で買ったテーブルと椅子を置いた。椅子は揃いではない。だけど一緒に置くと、サラダが塗り直した色合いのせいだろうか、結構まとまって見える。ペンキ塗りの腕も、慣れたものだ。
引っ越した日には、さすがにその日から料理を作ろう、という気力が起きなかったので、「CUTPLATE」まで食べに出かけた。生活費を切りつめようというのに、最初から外食というのも何だが、そもそも切りつめようという目的が、カフェを本当に作ってしまおう、ということからなのだから、そう無駄でもあるまい。
夢を夢でしておくのは楽しいけれど、現実にしてしまったほうがもっと楽しい。そうサラダは言った。だから一緒にやろう。お金貯めて、場所借りて、内装を思い通りにして。
そんな訳で、まずは先立つものだったのだ。しかし私は一介のOLに過ぎないし、彼女はフリーターだ。この都会で一人暮らしをしている以上、それだけてお金がかかって、貯金どころではない。
ところが二人暮らしになると、まず家賃ががくん、と下がる。その上に古い物件なら尚更だ。
私達は、それまで一人で出していた家賃で、二人で充分広々と暮らせることになったのだ。古さは、改造次第で何とかなる。それこそ未来に作るカフェの内装の予行演習だと思えばいい。とにかくそれで、月に二人で5~6万は浮く訳だ。
そして公共料金。電話の権利の解約はしないが、それでも話相手が常に居る、ということは、必要以上の会話の相手を外に求めなくていい訳で。ガスや電気代水道代も、どう考えても、一人の時点より割安になる。
そして食費。これもそうだ。一人分作るよりは、二人分作るほうが楽なのだ。まとめ買いも可能だし、ごはんだって、たくさん一度に炊いたほうが美味しい。
兄貴がちょくちょく誰かと同居していた気持ちも分からなくはない。彼は人の居る気配、という奴には鈍感だったり、もしくはそれを心地よいと思う人種だ。私も彼ほどではないが、それが大丈夫なタイプで本当に良かったと思う。いや、正直言えば、誰かと一緒に居たいのだ。私という人間は。
「一月に家賃分で六万。その他で銘々持ち出しで何とか、四万で、まとめて十万貯めようよ」
通帳はミサキさんの名義にしておいてね、とサラダは言った。
「何でよ。共同出資するんだから、そういう名義を作ればいいじゃないの」
「だって作るあかつきには、あたしミサキさんがオーナーになって欲しいもん。あたしはそうゆうタイプじゃないもん」
「タイプってねー」
「ともかく、ミサキさんが持ってるほうが安心なんだってば」
そう言われたので、私はとりあえず、郵便貯金に新しく口座を開いた。不況だ何だで、何処の銀行にしたものか、とつい考えた結果だ。
「…で、あたしがボーナス期に二、三十万はいけるね」
「そんなに出せるの?」
サラダは目を丸くした。
「普通の企業ってのは、案外出るもんよ」
「だからOLさん達って、海外旅行とかぽんぽん行くんだあ」
へえ、と彼女は肩をすくめた。
「そう。だからさ、月給そのものはフリーターもそう変わらないんだけど、正社員の特権ってのはそこにある訳よね。福利厚生とボーナス…そーいえばサラダ、ちゃんとあんた、健康保険料、払ってる?」
「払ってるよぉ!」
なら良かった、と私は笑った。
「病気にはかからないようにしてるけどね」
「そういうもの?」
「そういうもの。かからないって思ってれば、かからないってば」
確かに彼女が風邪一つ引いたところ見たことが無いが。
「…っとじゃあ、年間に、単純に十二ヶ月だから、120万、とボーナスにいくらかプラスして…」
「でもボーナスのほうにあまり期待したくないよ。不公平じゃない」
「あたしは出せる立場なんだからいいよ」
「ううん、それはそれ。だからまあ…年間、150万は貯められる、かな。上手く行けば」
「上手く行かせなくちゃ意味がないでしょうが」
多少嫌みまじりに言ってやったが、彼女は真剣に紙の上で計算をしている。確かにあまり計算は得意そうではない。何処の小学生が計算してるんだ、って大きさで筆算をしていたりする。私はそんな姿につい見入ってしまう。
「えーと、じゃあとんとんと上手くいったとしたら、二年で会社作るための資金はたまるね」
「そうだね。だけどそれだけじゃあ足りないから…」
「うーん」
目標は、三~四年だろう、と私達は予測をつけた。その間にやることは山ほどある。それも仕事の合間だから、目も回る忙しさだろう、と予想された。
「あたしカフェのバイト、どっかで仕入れてみるからね」
「じゃああたしはもう少し、ちゃんと料理のほうを何とかしなくちゃね」
必要な知識。体験。そして資格。そう言ったものを、私達はチェックし始めていた。
不思議なもので、そういうものができると、普段の仕事でどれだけ面倒だろうが厄介だろうが、とりあえずそれを横に置いておくことができる。
ああそうか、と私はようやくその時思った。
兄貴のように強烈なものではない。だけどそれは確かに、兄貴の音楽とよく似たものだった。大切な、ものだ。
それがあれば、足元がふらつくことが無い。そんな、たった一つの大切なものなのだ、と私は最近判り始めていた。
*
兄貴達のバンドは、それから約半年後にメジャーデビウした。新年早々、というところだ。
格別大きな宣伝を打った訳ではない。どこにでもある新人バンドが一つぽん、と出ただけだ。音楽業界全体を見れば。
それまでのインディーズのシーンでも、そう大きな売り上げがあった訳ではない。よく考えてみれば、彼等はインディーで「CDは」出していないのだ。結局カセット止まりである。
戦略からすれば、一年ほど――― そう、例えばカナイ君とマキノ君が高校生のうちは、インディでの実績を上げておいて、その「実力の」ネームバリューをひっさげて、メジャー展開してもいいはずだった。
ただそれには兄貴が首を横に振ったのだと比企さんは言った。自分とオズさんはもう充分待った、と。それが食っていくための仕事にならないことには意味が無いのだ、と。
高校生組は、と言えば、ちょうどいい、と言った。
「俺はどうせ、大学行ったって目的なんか無いし。だったらこのままこの世界に飛び込んでみたい」
とカナイ君は言ったらしい。
問題はもともと音大を目指していたらしいマキノ君だったが、彼は彼で、何か思うところがあったのだろう。
夏のある日、メンバーを連れて地元に帰省し、そこでどういう話し合いがあったのだか、彼は実家を説得して帰ってきた。
暮林さんも比企さんも、帰ってきた彼等に訊ねたが、彼等は実にその点において口が堅かった。結束が強かった。
さてそのあたりからなんだが、どうもオズさんとマキノ君の接近度が強くなってきたように私には思えた。いや無論、見えるところでどうの、ということではないが、何と言うのだろう? ちょっとした動作が、私の目には引っかかっていた。
一方の兄貴と、ヴォーカリスト君のほうは、と言えば。
そっちのほうがよっぽど「何も無い」ように私には見えた。
実際何かあるのか無いのかすら、私には判らない。兄貴も聞かれれば何かしら言うだろうが、聞かない限り言わない男だ。
ただ、今までと違って、カナイ君は兄貴のところに転がり込んでくることはない。彼は実家に住んで(当然と言えば当然だが)学校に通い、夕方から夜にかけて、RINGERの活動のためにスタジオやら事務所に通ってくる。そしてまた、音楽をはさんでの激しいバトルがあったりするのだ。
音楽。
本当に、音楽だけの関係と言っても、決して間違いではないのかもしれない。そもそもそこにそれ以上の関係が今まであったことがおかしいのかもしれない。
あの強い目をした少年は、そのあたりをきっちり分けているのかもしれない。兄貴は兄貴のことだろうから、声に惚れたから人に惚れた云々は当人には言っているのかもしれない。
…でもまあ、結局は兄貴のことだ。
メジャーデビウは正月だったが、その前に、夏と冬に二回、全国ツアーをした。
はっきり言って初の全国ツアーだ。…もっとも、マネージャーが車を運転し、ローディ君一人が参加し、後は皆自分達で機材移動とか、食事とか用意する…実に地道なものである。私なんぞ、想像しただけで背中が痛くなりそうだ。
だがさすがに若い二人はもう大はしゃぎだったらしい。そして年寄り組の二人は、と言えば、…何故か全国美味いものめぐりをしていたらしい。
私と兄貴の故郷や、オズさんの故郷のある街にも行ったらしい。私達の故郷はともかく、オズさんの故郷のある港町の場合、さすがに…閑古鳥とまでは行かないが、知名度の薄さが厳しいところだったらしい。
それでもローディのハシモト君(彼は「フェザーズ」の正社員候補生なのだという)によると、その少ない観客は、出てくる時には何か首を傾げたり、物販のカセットに手を出していたりしたそうである。
カセットは、時々手作業でダビングダビングして作っていたらしい。まだ彼等は新しいメンバーでの音源は出していないから、めぐみ君やのよりさんの声の入ったカセットだ。それ以外彼等には売るものなど無い。こんなの売ってどうするの、とカナイ君が言ったかどうかは知らない。
ちなみに何で夏と冬なのか、というと、それが学生の休みだったからである。
*
正月休みが明けて、私は久しぶりに彼等が居るスタジオに遊びに行った。
「あ、美咲さんあけましておめでとーです」
へへへ、と椅子の背に左の腕を投げ出していたカナイ君は私に笑いかけた。
「あけましておめでと。兄貴は?」
「あ、今日は遅れるんじゃないすかあ?」
のんびりとした調子で、マキノ君も答え、それからあけましておめでとうです、と付け足した。
「そしてこれは言い忘れていたけれど、メジャーデビウ、おめでと。ちゃんと発売日に買いに行ったのよ」
ほらほら、と私は彼等の前でCDを振る。
「なーんだ、言えば一枚回してくれたんじゃない? ねえ」
「んー、どうかなあ」
マキノ君は首を傾げる。穏やかな笑顔の少年だ、と私は彼を見るたびに思う。どうしてこののほほんな少年が、ステージではあんなべきべきべきべきのベースを弾くのか、私にはよく判らないというものだ。
大きな目が、ぐい、と見開いて、口をつぐんで、有無を言わせないベースの音を放つ。それがオズさんの安定したドラムの上で動くと、実に面白いグルーヴ感が出るのだ。
そしてカナイ君のヴォーカルは、と言えば。
私は何度か見に行った。確かに、すごい。
一応これでも、RINGERの持ち曲はそれなりに知っていたのだが、それがまるで形を変えてしまっている。知らない曲も数曲あった。
それは兄貴がカナイ君ヴォーカルのために書き下ろしたものもあったし、一曲、カナイ君が作ったという曲もあった。SSでやっていた曲はその曲以外、全てギターのミナト君というひとが作っていたらしい。
ついでに言うなら、そのミナト君のアレンジを、兄貴は全く無視して、このバンドならではのアレンジにすっかり変えてしまった。兄貴にしては珍しく、この曲に関しては、その奇妙な展開に惚れ込んだらしい。一見さわやかな曲なのだが、新生RINGERでは、それは轟音に変わった。
正直、私はこのバンドでそういう音が出せるとは思っていなかった。けどそれは間違いだった。
今までのヴォーカルは結局、皆同じ声だったのだ。
カナイ君は違う。声質的には確かに似ているが、まるで違う。彼の歌には、伝えたい何か、があるのだ。
例えばその新しい、カナイ君の作ったという曲。兄貴はこう言った。聞いた瞬間、頭の中に花畑がぱーっと広がった、と。
じゃあ何でああいうアレンジになるんだ、と聞いたら、こう言いやがったのである。
「その花畑を思い切り踏み荒らしてやったら楽しそうじゃないか?」
ふてぶてしい程の笑顔で、兄貴はそう言ったのである。この野郎、と私がその時舌打ちしたのは言うまでもない。
そしてこれが驚いたのだが、オズさんとマキノ君の競作で、二曲、出来上がっていたのである。歌詞はオズさんの原型に、カナイ君が自分の歌いよい様に修正した、という感じだった。
正直、オズさんが曲を作るなどということは聞いたことが無かったので、私は驚いた。そしてそれがマキノ君との競作ということに、二度、驚かされた。
マキノ君単品で、だったら私は逆に驚かなかっただろう。彼はピアノをやっていたということだから、そういう曲の作り方とかには長けているのではないかと思う。しかし違った。おおもとはオズさんが作ったのだ、という。
「俺はその手助けをしただけ」
とマキノ君は言った。
「俺にはそういうものは、浮かばないの」
にっこりと笑って彼は言った。そういうこともあるのだな、と私は思った。そしてオズさんは音階がある楽器は基本的にできない。だったらいい組み合わせなのかもしれないな、と私にもうなづけるところだった。
彼等が作った曲は、一つは割と明るめな…ポップな曲だったが、もう一つが、バラードだった。と言うか、ワルツだった。三拍子の、不安定なものを持った、綺麗な曲だった。
「まあ俺だったら絶対作らないだろうなあ」
と兄貴はそれを二人から披露された時、呆れ半分、感心半分で言ったそうである。
いずれにせよ、メンバー全員が何らかの形で原曲を作ることができる、というのは強い。そして立場として有効である。まだ売れもしないうちから言っては何だが、印税の問題、というのもある。メンバーの誰かに収入が偏る、というのはあまりいい気はしないのではないだろうか。
何だかんだ言って、原曲はほぼ全部兄貴のものだったのがそれまでのRINGERだ。
その状態だといつか来るかもしれない袋小路という奴も、違う色合いの曲が常に用意されているならば、はまらないで済むかもしれない。
無論すぐにそのデビウ曲への反応は出なかった。正直、全く無視されていたと言ってもいい。そんなものだよなあ、と皆顔を合わせて笑ったが、本心からの笑いではないことは、すぐに判った。
「そういう時には美味しいものを差入れしてやらなくちゃあ」
とサラダが言うので、私はカフェごはんのために、と試作しているあれこれを彼等に回していた。
また菓子かよ、と兄貴は言ったが、高校生組、オズさんやその友達の紗里さん、ローディのハシモト君やフェザーズ事務所の事務員嬢達には好評だった。
「ちゃんと感想聞かせてくださいねっ」
と笑顔を振りまいておいたおかげで、焼き菓子の類は、結構どんなものがいいのかめどがついてきている。
焼き菓子以外のものは、テイクアウトできるメニューで試してみた。例えばサンドウイッチ。普通のサンドから、そこに備え付けのオーブントースターで温めると美味しいホットサンド、ベーグルサンドの時もあれば、パニーニにすることもあった。
兄貴とオズさんはあまりこじゃれた物は好きではない。というか、どうでもいいらしい。そういうものが結構好きなのはやっぱり高校生組だったりする。
「甘いのもいいけどさー、さすがにミスドでバイトしていた時には参ったよなー」
とカナイ君は言っていた。
「そういうもの?」
と少し強めにスパイスを効かせた、厚手のクッキーを口にしながらマキノ君は友人に問いかける。
「おう。だってさ、油使ってるんだぜ? 油と砂糖。甘ったるいにおいがなあ…」
「そぉ? 俺は結構あの前に通るとする匂いって好きだけど」
「お前はそういうけどなー、それが毎日、になってみろよ。しばらく甘いものは見たくなかったぜ?」
道理で当時、彼がスナック菓子に目を輝かせたものだ。
しかしそれを考えると、単に甘いものだけのデザートというのも何だかな、という気もする…
「とりあえず、大きな店はできないよ」
とサラダは言った。そりゃそうだ、とテーブルの向こう側で私もうなづいた。
「それと、あくまでカフェ… 飲み物とゆっくりできる時間を中心にするのか、それともごはんできる場所、というのがいいのか、そのあたりをきっちり考えないとね」
「ごはんができるのが理想だけど」
「ただキッチンの大きさにもよるよね」
あ、と私は顔を上げた。
「例えばあたし達で借りることができた物件が、たまたまキッチンの設備が小さくて、凝った料理はできない、とか素早く料理はできない、って場合もあるじゃない。その時には、あくまでお茶と、数絞ったお菓子が中心ってことになるよね」
「うん。確かに」
サラダは昼間のバイトの他に、最近はカフェでバイトも入れるようになった。夜だ。昼間のバイトが9時-5時のものだとすると、その後、ちょっとごはん入れて、6時-10時くらいでカフェのバイトを入れている。
「体には気を付けてよ」
と言ったら、あたしの方にも残業が多いじゃない、と彼女は切り返した。
それはそうだけど。
「でも緊張の度合いってものが」
「やーだ、バイトだもん。っていう目で向こうもある程度見てくれてるから、大丈夫大丈夫」
そうは言うけれど。
そうは言うけれど、サラダは決して「バイト」だからって手を抜くことが無いことを私は知っている。自分のやっていることに、後悔をしたくないのだ。
それは判っている。そしてそれは正しいことだ。
だけど、サラダは一つだけ計算に入れていない。自分の体のことだけば。
結構無茶やっても平気な程の体力を持っていることは知っている。それに私より若い。だから多少の無理もきく。
だけど。
訳なく、私の中では不安があった。
*
そしてその不安が的中した。




