俺の後輩たち
俺が所属しているこの部活の名は、聞いて驚け、『恋愛部』という。部活名だけ聞いたら、女子が恋愛について話したり、なんかこうキャピキャピした部活だと思うだろう。
しかし、現実はそうはいかないものだ。
担いでいたバッグを適当に床に放り投げ、俺は用意されていた椅子にドッカリと座った。そして、さっきから俺の周りを歩き回っているウザい方の後輩に、さり気なく聞いてみる。
「なあ、この椅子、お前が用意してくれたのか?」
「んな訳ないじゃん。だってメンドくさいし」
お、俺は一応先輩なんだぞ……その口のききかたはなんだっ!
コイツの名前は、小池麗香。中一で俺の後輩である。
しかしコイツは、何度も言うが先輩を先輩とも思ってないような口をきく。名前に似合わず、活発で元気な女の子なのだ。
「じゃあやっぱり、本田さんが用意してくれたのか」
「あっ、はい!」
俺に視線を向けられただけで固くなってしまうこの子は、本田果歩さん。小池と同じく一年生で、俺の後輩にあたる。
本田さんは慌ただしく自分のバッグから教科書とノートを取り出すと、一脚だけいつも置かれている会議用の長テーブルの上にそれらを置いた。ま、まさか、勉強する気っすか?
「本田さん、勉強?」
俺は普通に尋ねたつもりだったのだが、本田さんは急に真っ赤になり、「え、えぇ……えっと……」と口ごもり始めた。
「えっと……勉強ではないです……」
「じゃあ、お絵かきとか?」
その言葉に、ぴくりと本田さんは反応する。それは俺が見ただけでも分かるほど、体が過敏に反応したということだ。
「は、はい、そうですね」
本田さんは苦笑いを浮かべながらノート開き、鉛筆のお尻を顎に当てながら、しばらく何か考えていた。そして数分後、やっとノートに鉛筆を走らせ始めた。
本田さんがどんな絵を描いているのか気になったが、ここはそっとしておこう。それが常識ってもんだ。
しかし、そんな常識を持たない奴も、この世の中には存在するものだ。
「あ~これ、果歩が美術の時間に描いてたやつじゃん!」
おい……人の絵を勝手に奪うのはやめろ、小池。
小池は本田さんのノートを見るなりそう口にし、そのノートを横から取り上げた。本田さんはそのノートを取り返すこともできずに、小池の言葉に頷いている。
「うん……なんか、自分でも気に入っちゃって」
「マジで? でもうまいなぁ~、果歩は~」
二人の話の文脈から察するに、本田さんは美術の時間に描いた絵を、今ノートに描いているらしい。
俺はその絵とやらが気になって、本田さんに聞いてみた。
「俺も見ていい?」
すると本田さんは、今は小池が手にしているノートと俺の顔を交互に見ながら、
「いっ、いいですけど……」
弱々しく呟いた。……まぁ、本田さんが断るなんてことしないって、最初から分かってたけどな。
俺は小池から、やや乱暴にノートを奪った。小池は「あっ」と声を漏らし、キッと俺を睨み上げる。
「人から物を借りる時は、『貸して』って言ってくださいよ!」
「お前言ってなかったじゃねーかよ!」
ったく、自分のことは棚にあげやがって……なんて奴だ!
だがこんなもんでは、小池は全く懲りはしない。ニヤッと得意げな笑みを浮かべると、一人大人しくしている本田さんの元へ駆け寄り、首を絞めるかのように腕を回す。
「アタシと果歩は仲いいから、別にいいんだよー!」
仲いいのはいいが、腕離してやれよ。
哀れな本田さんは苦しそうだが、なんとか笑みを浮かべながら、
「あはは……そうだね」
小池のテンションに合わせてやってるのだった。本田さんよ……大丈夫なのか? こんな奴が友達で。
っと、忘れていたが、本田さんの絵を見るとするか。俺は開かれていたページにふと視線を落とし――、
「お、おぉ……これは……」
思わず、そう声を漏らしてしまった。
こんなこと言ったら悪いが、別に本田さんの絵がすげぇ上手だとか、反対に下手くそだとか、そういう意味は全く込められていない。俺が言うのもなんだけど、中の下ってとこだろう。
そう、問題は絵の上手さではなく、何を描いたかだった。
見たところ、多分これは猿を描いたのだろう。そこまでは理解できる。
「なぁ、本田さん。これって……猿、だよな?」
「はいっ! 私、絵下手ですけど、よく分かりましたね」
ああ、これがモンキーだってことは、誰が見ても分かると思うよ。だけどさ……。
俺は疑問に思っていたことを、本田さんを傷つけないよう、なるべく丁寧な口調で聞いてみた。
「でさ、この猿……なんでこんな目つき悪いの?」
尋ねられた本田さんは、「え?」って表情を浮かべる。
「そうですか? 普通に描いたつもりだったんですが……」
「そ、そうか……。にしては、やけに目がつり上がってるし、三白眼だし、ジャケット羽織ってるし……なんていうか、態度悪そうなんだけど……」
俺がごにょごにょと口にすると、本田さんではなく小池が、「まったくも~、せんぱいは分かってないなぁ」と言いながら、この猿の実態を説明してくれた。
「せんぱい、果歩のことちゃんと分かってますよね?」
「あっ、あぁ……」
なんでそんなことを聞く?
「だったら分かるはずですよ。ねぇ、果歩?」
そんな当たり前のように言われても困る。困っているのは俺だけではなく、いきなり顔を向けられた本田さんも、ややうろたえていた。
「いや……分からないと思うよ……?」
本田さんは気まずそうに俺を見る。
なんかこれだと、本田さんに悪い気がするな。そう思った俺は、まずは本田さんについて、今まで知ったことをもう一度思い出し、思い浮かべてみる。
えぇと……本田さんは、小池と同じ一年三組の女子生徒で……性格は真面目……ん?
俺はここで、あることが頭に引っかかった。
そういえばこの『恋愛部』は、恋愛対象がちょっとおかしい奴らが集まる(とされている)部活だよな……? そういえば、本田さんはこんなにも真面目ないい子なのに、なんでこんな変人が集う部活に所属しているんだ……?
ここで俺は、本田さんについて見落としていたことを思い出した。
そうか……そういうことか……。だから、この猿もこんなんになっちまうのか……。
「せんぱぁ~い、分かりましたか?」
丁度いいタイミングで小池が話しかけてきたので、俺はとびっきりの笑顔で答えてやった。
「あぁ、俺にも分かったぜ!」
俺の爽やかスマイルを見た小池が、「うっ」と言って引くのが分かった。……ち、ちくしょう!
「ま、まぁ、今のはなかったことにして……。つまり、こういうことだろ? 本田さんはケモナーだから、動物をかっこ良く見てしまうのであって――」
「私はケモナーなんかじゃありませんっ!」
俺の声を、本田さんが遮った。本田さんがこういうことをするのは、非常に珍しいことだ。
てか……あれぇ? 今の何か間違ってのか? そうとしか考えられなかったんだけど。
知ってる人もいると思うが、『ケモナー』というのは、ケモノを愛する人達のことである。主に人型だけど耳やしっぽが生えた生き物や、まんま獣まで愛する……まぁ俺もよく知らないんだけどな。
本田さんはどうやらケモナーではないらしく、珍しく俺のことを睨みつけていた。こ、怖っ!
「ご、ごめん、悪かったな。じゃ、じゃあ……え~と……」
ケモナーじゃないなら何なんだ? 必死に頭を回転させるが、本田さんが待ち望んでいるような単語が出てこない。
本田さんはしばらく俺の返答を待っていたが、ついに耐えられなくなったらしく、
「先輩……私は……私は、」
前置きしてから、息を大きく吸うと――いつもの本田さんからは想像もできないような大声を張り上げた。
「私はっ! 二次元のモンスターキャラしか愛せないんです――――――――っ!」
それを聞いた俺は、「確かにそんなこと言ってたなぁ」と記憶をさかのぼる。
そうだった……本田さんは真面目な後輩なのだが、一つだけ欠点があったのだ。
本田さんの恋愛の対象は……『二次元のモンスターキャラ』だったな。