平穏な生活を返してくれ
なぜ俺は、こんな部活に入部してしまったのだろうか。
普通に生活していたら、絶対に入らないヘンテコリンな部活に……。
俺はただ、平穏な中学校生活を送りたかっただけなんだ。なのに、どうしてこうなってしまったんだ。
あぁ、ここまで来て、神は俺のことを見放したのだろうか……。だとしたら、それはなぜなんだ……。
俺は今まで、特に悪さもせず、ごく普通の人生を歩んできた。本当に、何も悪いことはしていない。なのに……なのに、どうして俺は……。
俺の名前は、佐々木誠。年は13の、学年でいうと中学二年生だ。
自分で言うのもなんだが、俺には特技とか特徴とか、そういったものが全くない。逆に、それが特徴とも言える。
別にそういったものが欲しい訳でもないし、作ろうとも思わない。
俺は、『普通』『平穏』……こういう言葉が好きなんだ。目立つのは苦手だし、地味~にやってりゃそれでいいと思うからだ。
この考えはかなり小さい頃から持っていたらしく、幼稚園でも小学校でも、中学に入ってからもずっとこの考えを曲げずにいた。これが俺のやり方だ、そう思い、実際そうして生きてきた。
生きてきた……はずなのに……。
今目の前にそびえる現実は、それとは全く逆のものだった。すなわち、不穏な現実だ。
とはいえ、戦争が起こっているとか、ライオンに食われそうになるとか、そういう危険はない。
身体に影響は出ないのだが……心理的に、結構キツイのだ。
「はぁ……」
俺はため息をつき、教室から窓の外を見つめていた。
今は四時間目。周りの奴らもみんなだらけきっている。多分この後の給食のことでも考えてるんだろうな。
俺は真面目に授業を受けるタイプなのだが、さすがに腹が減る四時間目は、集中しろと言われてもだるい。きっと多くの生徒が、こう思っていることだろう。
国語教師の教科書を読む声が、うっすらとだが耳に届いてくる。
集中、集中……と思っていても、空腹と部活のことで頭はいっぱいで、授業どころではない。
……なんで空腹だけではなく、部活のことも考えているのかって? そんなの簡単さ。
――俺の所属する部活には、変人しかいないからだ。
あっという間に時間は経ち、時は放課後。
周りの奴らは部活へ出向くために、せわしく動いている。
サッカー部や野球部は、靴下を履きかえたりユニフォームを着たりと忙しそうに準備をし、吹奏楽部は楽譜や筆記用具を、あらかじめ用意している。
そうだよな、みんなこの時間は慌ただしくなるよな。
俺は忙しそうなクラスメイト達を横目に見ながら、自分のバッグを担いで教室を出る。向かうは、進路相談室だ。
進路相談室とは、三年生が高校受験などについて教師と話したり、面接の練習をしたりするための教室……らしい。
俺はまだ二年だから、詳しいことは知らないし、特に何も聞いたことがない。
ただ、きっとそういう場所なんだろうなって、自分で考えているだけだ。
そして、なぜそんな場所に向かうのかというとだな……。
その進路相談室が、俺の……いや、俺達の活動場所だからだ。これは言わずとも、何となく分かっただろう。
この学校は四階建てで、一、二年の教室は四階に、三年の教室は三階にある構造になっている。進路相談室は二階のため、階段をえっちらおっちら下らなくてはならない。
これぐらい、大したことねぇけどな。
階段を二階分下り、廊下を一番端まで歩くと、そこに目的の教室はあった。
「……はぁ……」
俺の周りだけが、ドンヨリと暗い空気に包まれる。マンガで例えると、紫色の波線が垂れ下がってる感じだ。擬音で言うと、『ず~ん』って感じ。
ここに入ったら、俺も変人の一人になっちまうんだよなぁ……。そんなのもちろん嫌だ。
俺は変人でも変態でもないのに、なぜこの部活に所属しなくちゃいけないんだ。……とは思うものの、事を招いたのは俺自身なんだから、仕方がない。
俺は覚悟を決め、閉められていた扉を半ば乱暴にスライドさせて開けた。すると中からは、
「あっ、せぇ~んぱ~い。遅かったじゃないですか~」
という、先輩を先輩とも思っていないような口調の、気だるそうだが明るい声と、
「こ、こんにちは、先輩」
俺のことをちゃんと先輩だと認識し、緊張感が読み取れる声が聞こえてきた。
……やっぱりコイツら、いつもちゃんと来てんだな。そりゃそうか、コイツらはこの部活に、好んで入部したんだからな。
「……ちわ」
明らかにやる気のない声を出す俺を、最初の声の主がからかってくる。
「あ~せんぱい、もしかして恋ですか? せんぱいは、何に恋しちゃったんです……?」
「そんなんじゃねえっての」
俺がソイツを振り払うと、いつも大人しいもう一人が心配そうに俺を見上げる。
「先輩、疲れてるんじゃないですか? 今日は部活休むとか……」
「あ、いやいや、大丈夫だよ。それと、俺にはタメ口でいいから」
「いえ……先輩なので……」
この子は真面目なので、俺になれなれしい口をきいたりしない。非常にいい子だと言えよう。
さて……ここまで詳しいことは言ってこなかったが、ここで少し説明しておこう。
俺の入っているこの部活は、非常に異常なのである。何が異常かというと……。
――恋愛の対象。
これだけ言っても分からないだろうけど、これは事実なんだ。
普通恋愛感情って、男だったら好みの女に、女なら好みの男に働くものだよな。もちろん、人間の、だ。これは言わずとも分かるだろう。
しかしこの部活の部員は、恋愛対象がズレているのだ。
おっ、俺は違うぞ? 俺がこの部活にいるのには、ふか~い訳があってだな……。まぁ、追々話していこうとは思うけど。
とっ、とにかく、おかしな奴らが集う部活なんだよ! 今は俺を含めて、三人しかいないけどさ!
……いや、幽霊部員もいるから、正式にはもう少しいるか。