表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/16

第八話

 コウ州はロウラン国の西端にある四州のうちの一つで、北をノイ州、東をナル州、南をヨウ州と境を接している。

 西はティルクとの国境だが、ヨウ州とは違い、峻険なカラディ山脈が天然の要害となって国境沿いを南北に走っているため、ティルク人の侵入はごく少ない。

 州都はロウショウ。カラディ山脈に源を発し、南へと流れ下るテレジャ川を挟んで東西に広がる方形の都市である。

 皇暦三二六年六月十六日。この州都に討捕軍は到着した。郊外に野営し、討捕大使ロシューは二人の討捕副使を伴って城門をくぐり、王城へと向かう。

 以前、討捕副使は三人いた。それがガコウ山の戦いでそのうちの一人ガズニーを失い、今は二人となっている。一人の名をラルーシ、いま一人の名をイサークという。両人とも三十代半ばで、熟練の戦士である。

 コウ州の王城コウ・カスレは街の西側にあった。東門から伸びる大通を真っ直ぐに行った先だ。賑やかな雑踏の間を抜けて城門に至ると、衛兵に自分たちの身分と来訪の目的とを告げる。ロシューらは城内に通された。

 二人の副使を別室に待たせて、ロシュー一人が謁見の間に入る。長く伸びた部屋の奥、(きざはし)の上の玉座にコウ州王は座している。その脇に控える男は州宰であろう。階の下、左右には近衛兵が鎧姿で佇立している。

 コウ州王オウルは武将といっても通用しそうな威容の持ち主だった。体格は大柄で肩幅も広い。厳つい顔立ちで、目鼻が大きく、濃い髭が顔の下半分を覆って胸まで伸びている。年齢は五十を越えているはずだが、髪は黒々として白髪の一本も見当たらない。

灼眼(しゃくがん)か」

 と、野太い声でコウ州王は言った。

「あれには我々も手を焼いている。被害も少なくない。軍を巡回させて警戒してはいるが、なかなか捕捉できぬ」

「恐れながら申し上げます。軍を巡回させるだけでは不十分です。元を断たねば、被害を防ぐことはできませぬ」

 ロシューはそう言った。

「ガコウ山を討てと言うか」

「御意」

「だがガコウ山はナル州にある。そこへ我が州が軍を派遣しては、法を犯すことになる。おぬしも知っていよう」

「無論です」

 ロシューは頷いた。軍をもって他州を侵すべからず。ロウラン国の法はそう定めている。

「ナル州軍が動けば何の問題もないのだがな……」

「ナル州軍は動きませぬ」

 ロシューは先日のナル州王とのやり取りをコウ州王に話して聞かせた。ナル州王は自州に被害が出ていないことを理由に、軍を出すべしというロシューの進言を退けたのだ。

 ふう、とコウ州王は溜息をついた。苛立ちを隠せない表情で首を左右に振る。

「まったく、ナル州王は何を考えているのか。実はな、ナル州王にはガコウ山を攻めるよう、何度も要求しているのだ。でなければ、我が軍がガコウ山に攻め入る許可をよこせ、とな」

「そ……そうでしたか! して、返答はいかに?」

「黙殺だ。何の返答もないわ」

 不機嫌そうに、コウ州王は吐き捨てた。

 他州に軍を派遣することは法に反する。だがそれには例外があった。その州の州王が許可を与えれば、軍を派遣することができるのだ。それはロシューがコウ州王に進言しようと思っていたことであった。ナル州王の許可を取った上でガコウ山を攻めるべし、と。だがコウ州王はロシューの進言を受けるまでもなく、すでに手を打っていたというわけだ。しかし、それにしても黙殺とはどういうわけであろう。

 ロシューもコウ州王も知らない。ナル州王が灼眼と結んだ密約のことを。

 ナル州王にしてみれば、コウ州にガコウ山を攻める許可を与えれば、灼眼に対し抵抗の意思を示したことになる。かといって、許可を与えないと返答すれば、コウ州王に余計な疑惑を持たれることになりかねない。ナル州王としては返答のしようがなく、黙殺するしかなかったのであろう。

 実は、同様の要求はノイ州からもなされていた。ナル州はそれをも黙殺した。ために、ノイ州王もガコウ山攻めに踏み切れずにいたのである。

「まったく、忌々しい。可か不可か、それだけの返答がなぜできないのか、ナル州王め」

「では、打つ手なしということですか?」

「いや、そうでもない。半月だ」

「半月?」

 ロシューが問うと、コウ州王はにやりと笑った。濃い髭の間から白い歯が覗く。

「先日、ナル州に使者を出した。要求書を持たせてな。それには刻限が定めてある。つまり……」

 つまり、こうだ。要求書では、ナル州軍がガコウ山を攻めるか、コウ州軍がガコウ山を攻めることについて許可を出すかを求めている。その返答には期限が設けてあり、期限内に返答がない場合、コウ州軍がガコウ山を攻めることについて許可されたものとみなす、と書かれているのである。

 なるほど妙案だ、とロシューは思った。ただ、その行為が法に照らして適法かどうかということになると、微妙なところだろう。だがロシューはあえて指摘しなかった。ロシューは法の番人ではないし、重要なのはガコウ山を討つために軍が動く、ということなのだから。

「期限は半月だ。半月経っても返答がない場合は、軍を送る。ガコウ山へな」

「それを聞いて安心いたしました。我々も協力を惜しみませぬ。出撃の際には、ぜひ我々討捕軍も同行させていただきたく……」

「それには及ばぬ」

「は……?」

 ロシューは一瞬、目を瞬いた。コウ州王が言う。

「それには及ばぬ、と言ったのだ。おぬしらの手は借りぬ。灼眼は我が州が討つ」

「し、しかし、我々の任務は……」

「おぬしらの任務は知っている。だがおぬしらは一度戦って負けているではないか。敗残者の手を借りるほど、我が軍は脆弱ではない」

「で、ですが……」

「譲れ。これは州王としての命令だ」

 断固とした口調。ああそうか、とロシューは察した。この州王は、手柄を独り占めしたいのだ。悪名高い灼眼を討てば、コウ州王の名声は高まる。そういう欲があるのだろう。

 ロシューはコウ州王の直接の臣下ではなかったが、州王は将軍の上に立つ存在だ。命令だと言われては、従うしかなかった。

 謁見の間を出たロシューは、二人の討捕副使と合流すると、事の顛末を話した。

「当面、我々がやるのは戦力の増強だ」

 と、ロシューは言った。

 灼眼はコウ州軍が討つとしても、いつまた灼眼のような大勢力の盗賊が現れるかわからない。それを思うと、今の兵力では心許ない。ガコウ山で失った兵の補充だけではなく、もっと大規模な勢力を築いておく必要を、ロシューは感じているのだった。

 幸い、コウ州王から志願兵の徴募については許可を得てある。直接州都で募るのみならず、冒険者ギルドを通じて、コウ州全土に募集をかけるつもりであった。


 二週間が経った。

 討捕軍はコウ州州都ロウショウ郊外、街を囲む城壁の外に陣を張り、そこで志願兵の応募を受け付けていた。

 数多くの人が、討捕軍の陣営を訪れた。腕っ節に自信のある市井の男から本格的な冒険者、傭兵まで、その出自は様々だ。中には盗賊の被害に遭った街や村の出身者もいた。彼らは財産を奪われ、家や家族、友人を失い、盗賊に対する敵愾心(てきがいしん)を燃やしていた。それらの人々と、ロシューと二人の討捕副使は一人一人会って話をし、武器を持たせてその能力を見極め、採用、不採用を決めていった。

 ある日、一風変わった風貌の男が討捕軍の陣営に現れた。年の頃は二十代、体格は引き締まり、背丈は平均より少し高い程度。目を引くのはその髪と目の色だ。金髪碧眼。ロウラン国では珍しい。

 ロシューは興味を覚えた。

「君は異国人だな。どこの人かね?」

「うーん、あちこち旅してるんで、どこの人かって聞かれると困っちゃうんスけど、生まれたのはフランサーズっス」

「フランサーズ王国か。名は?」

「ジャン」

 フランサーズ王国はロウラン国の西北方に位置する国で、「西洋」と呼ばれる大陸西方地域の東端に当たる。ロウラン国とは国境を接し、大陸幹道が通っていることもあって、人や物の行き来が少なくない。大陸幹道の要衝であり、当時世界最大の都市の一つであった皇都セイランには、数千人のフランサーズ人が住んでいたとされる。

「どうして討捕軍に志願しようと思ったのかね?」

 ロシューに問われて、ジャンは頭を搔いた。

「いや、今までフラフラしてたんスけど、俺もいい年だし、ちゃんとした職に就かなきゃなって。給料はもらえるんスよね?」

「もちろんだ」

「なら問題ないっス。俺、何でもしますよ」

「では君の技倆(ぎりょう)を見せてもらおう。得意なのは何かね?」

「剣も人並みに使えますけど……」

 そう言って、ジャンは自分の背中を指す。

「得意なのは弓っスね」

 ジャンは、背中に弓矢を背負っていた。

 それならばと、ロシューはジャンを陣内へと(いざな)った。そこには即席の練兵場が設けてあり、討捕軍の兵士たちが思い思いの場所で鍛練していた。先輩兵士が新兵を訓練している様子も見受けられる。その一隅に、弓術の訓練用の的が五個、横並びに置かれていた。

「ここからあそこの的に向けて矢を射てみたまえ」

 ロシューは的を指差して言った。彼らが立っている場所から的までの距離は、およそ半ゼル(約百五十メートル)ほどである。

「どの的でもいいんスか?」

 むろん、とロシューが答えると、ジャンは少し考えて、

「よっしゃ」

 背中の弓を手に取った。もう片方の手で矢筒から矢を取り出す。五本。それを弓につがえ、弓弦を引き絞る。

 おい、とロシューが止める間もなかった。ジャンが無造作に射放した五本の矢は風を切って飛び、半ゼル先の的に突き立った。五つの的すべてにである。それも、すべて的の中心を射抜いていた。

 神技をみせたジャンはそれを誇るでもなくくるりと振り向くと、

「どうっスか?」

 と軽い口調で訊いた。

 二人の討捕副使は驚愕のあまり声も出ない。ロシューでさえ一瞬茫然とし、我に返って、

「……見事」

 と言うのがやっとだった。この瞬間、ジャンの採用が決まったのである。

 ……このようにして兵の徴募は順調に進み、始めて二週間が経つ頃には、新たに千人ほどが討捕軍に加わっていた。


 一方この頃、ガコウ山にも続々と人が集まってきている。

 すでに述べたように、その出自は盗賊だけでなく、食い詰めた冒険者や傭兵、借金苦から逃げてきた者、租税の重さに耐えかねた者、苦役から逃げてきた者、街の破落戸(ごろつき)、反政府主義者など様々である。中には先日のゴコウのように大集団でやって来る者もいて、ガコウ山の勢力は膨らむ一方だった。

 にわかには信じ難いことだが、七月に入る頃には、ガコウ山の勢力は一万を超えていたとされる。もはや山中の空洞には収まりきらず、中腹や麓に天幕を張って寝起きする者も多かったという。

 ある古参の盗賊が言った。

「こいつは、軍隊並の勢力ですぜ。いっそどこかの州を攻めて、王位を奪っちゃどうです?」

 それに答えて灼眼は、

「王か……悪くないな。だが、どうせなら皇帝がいい」

 と、不敵な笑みを口許に刻んだという。

 さて、人が増えるということは、食扶持(くいぶち)も増えるということである。一万人を食わせていくには、膨大な食糧が要る。略奪だけでそれを賄うには限界があると考えた灼眼は、ゴコウを使者としてナル州の州都に向かわせた。

 ナル州王に謁見したゴコウは、州王を前にして膝を付くでもなく直立したまま、淡々と灼眼からの要求を伝えた。

「上納金を、来月から金貨一万枚とする」

 それを聞いて、ナル州王は目玉が飛び出るほどに驚愕した。密約により、これまで灼眼に支払ってきた金銭は毎月金貨五千枚だ。それを倍にするというのである。

(しかも上納金とは!)

 上納金とは、各州が朝廷に納める金銭のことを言う。決して盗賊に支払う金銭に使われる語ではなかった。灼眼が殊更にその語を使ってみせたのは、自分のほうが立場が上だと言っているに等しい。

 ナル州王は内心苦りきった。だがそれを表情に出すわけにはいかない。そのことがまた、ナル州王には忌々しい。

「この要求が容れられない場合、我が主はこのナル州で略奪をすると言っております。事と次第によっては州都を攻めるとも」

「と、盗賊が!」

 激したのは、州王の脇に控えていた州宰だ。

「州軍を相手に、勝てると思っているのか!」

「我らの軍勢は三万を超えています」

 はったりである。だがそのはったりを表情一つ変えずに言ってのける辺りが、灼眼がゴコウを使者に選んだ理由であったろう。

「加えて我が主は豪勇無比にして、指揮統率能力も高い。(ひるがえ)って、そちらにはそれほどの将がおられるか?」

 州宰は押し黙った。彼は文官で、軍の内情には詳しくない。名将がいるかと問われても、思い当たる人物がいなかった。

 一方、ナル州王はと言えば、最初から自軍の将兵を信用していない。そのため、「戦ってもし負けたら」という思考が常に頭から離れなかった。さらには、先日討捕軍が灼眼に挑んで負けたという事実を知らされたこともあり、思考が後ろ向きになりがちであった。

 結局、ナル州王は屈した。要求どおり金貨一万枚を毎月支払うことを約定して、ゴコウを無傷で帰した。

 そして、その日のうちに租税の引上げを決定する。灼眼に支払う金銭の増加に伴い生ずる財政の不足を、増税で補おうというのである。州宰は反対したが、州王に「命令である」と押し切られてしまった。

 ナル州王には政治的想像力が欠如していたと言えるかも知れない。拙速な増税の結果、何が起こるか、ナル州王は思い至らなかった。

 増税に不満を持つ者、租税を払えない者の一部は、逃亡した。逃亡して、ガコウ山へ走ったのである。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ