序
夕焼けの空に火の粉が舞った。
村が燃えていた。
どこにでもある小さな農村だ。村人たちは照りつける日差しの下、噴き出る汗を拭いながら畑仕事に精を出していた。鍬を振るう男たち。採れた野菜を洗う女たち。子供たちはきゃっきゃと笑いながら元気よく広場を駆け回る。そんなありふれた日常が破られたのは、太陽が西に傾いた夕刻であった。
騎馬の一団が村を訪れたのだ。盗賊だった。皆、剣で武装している。彼らは食糧を要求した。出さねば皆殺しにすると言われては否やはない。盗賊の数は百人以上。村人は男衆を集めても三十人に満たない。抵抗して勝てる見込みはなかった。
だが盗賊たちは悪辣だった。彼らは村中の食糧を村の外に運ばせた後、村へととって返し、家々に火を放ち、村人を襲い始めたのである。約束が違う、という悲鳴交じりの声を彼らは笑い飛ばした。出さねば殺すと言った。だが出せば助けるとは言っていない、と。
かくして虐殺が始まった。殺戮の渇望のまま盗賊たちは村人を追い回し、剣で斬りつけ、馬蹄で踏みにじる。火矢を放ち、厩や牛舎にも火を付ける。馬や牛が異変を感じて騒ぎ出すが、村人たちはそれどころではない。追い回され、追い詰められ、斬り殺される。女だろうと子供だろうと、老人だろうと容赦はない。喚声を上げながら盗賊たちは縦横に剣を振るい、無力な村人たちをその刃にかけていった。
家々が燃える。その中を逃げ惑う村人たち。追う盗賊たち。火の粉の中を血飛沫が舞い、土は人血を吸って赤黒く染まった。
その惨劇の場にラエルはいた。まだ九歳の少年である。彼には三人の家族がいた。父、母、そして姉。だがその三人もすでに事切れて地に伏している。目の前の男に斬られたのだ。父は家族を庇い、母は子供らを庇い、姉は弟を庇って死んでいった。その血に塗れて、男の剣は紅く輝いている。
燃えるような赤髪、太い眉、その下で血のように輝く紅い眼。堂々たる体躯を馬の背に乗せ、男は今、少年に刃を突き付けている。
殺される。そう思った。恐怖で喉が詰まり、声が出せない。手足は硬直したように動かない。少年にできるのはただ、今まさに自分を殺そうとしている男を見つめ続けることだけだった。
と、男の表情が変わった。残忍な笑みが消え、訝しげな顔つきになる。彼は少年に顔を近づけ、その眼を食い入るように見た。
「お前……そうか……お前も……」
そう呟くと、男は剣を引いた。手綱を引き、馬首をめぐらせる。
「その命、預ける」
赤髪の男は言った。
「生き延びてみせろ。そして強くなれ。強くなって、復讐に来い」
剣を振って血を払うと、鞘に収める。
「楽しみにしているぞ」
不敵に笑って、男は去って行った。
数刻後。
黒々と焼け落ちた家々の狭間で、唯一生き残った少年は茫然と宙を見上げていた。
陽はすでに没し、空は闇に支配されようとしていた。