9話 森の中で
タクがタークァの森に放逐されてから1週間が経過した。来た方向とは逆に進めばいいだろ、と適当に進み続けた結果、意外とアスカトリア王国の街に近づいていたりする。というか余計なことをせずに進んでいれば今頃は街の宿屋で休憩していたはずだ。まあ本人にしてみれば余計な事ではないのかもしれないが。
その余計なことについては後日判明するので、ここでは省略させていただく。
肝心のタクは今何をしているのかというと――
「キー!」
「キキィー!」
「しつこいしうるさい! この猿共が!」
――大型の猿たちと戦っていた。こいつらは猿とゴリラを足してチンパンジーで割ったような見た目なのだが、ある理由から猿だということが分かっている。
ここは森の中なので、こいつら2匹にとっては有利なフィールドだ。しかしもう2匹しか居ない。実は最初にタクを襲った時は群れで行動していたのだが、僅か1時間で壊滅に追い込まれてしまったのだ。
ちなみに猿は体長5mほどで、熊よりデカい猿ってなんだよ……と、タクがぼやいていたのは記憶に新しい。
「本当にしつこいな! いい加減諦め――っ!?」
タクが再度文句を言おうとして振り返った瞬間。轟音を響かせながら猿に向けて木が飛んできた。タクを追うことに夢中になっていた猿達はこれを避けられず、スプラッタな光景になってしまったが、そんなことを気にしている暇はなかった。
気付けば、地面が微かに揺れている。それも地震とかではなく一定のリズムで揺れているのだ。ここまでくれば大体の予測くらいなら出来て、タクはうんざりした顔になる。
そしてとうとうそいつは木を踏み越えて現れた。
見た目は鬼と言うしかない。色は鮮やかな緑で、体躯は筋骨隆々。その手には武器の大木が握られていて、目は確実にタクを餌として捉えていた。
タクは知らないが、その名をハイ・オーガという。成体は身長20mにもなりオーガの上位種として知られている。
「ったく……この森はこんなんばっかか」
タクの言うことも尤もで、タークァの森で出会った魔物は碌なものがいなかった。大部分はただデカくしたような奴なのだが、一部に元の生態系とか完全に無視したような輩がいて非常に面倒なのだ。目の前にいるハイ・オーガは後者の部類で、こいつは文字通りなんでも食べるために際限なくデカくなっていく。30mを超えるとギガンテック・オーガと呼ばれるようになったりもする非常に厄介な種族だ。
「俺はいつになったらこの森を抜けることが出来るんだよ……」
『グオオォォォ!!』
「魔力強化、3割」
ドオォン!! と、爆発でも起きたんじゃないかと思うほどの爆音と突風が辺りを襲う。
原因は分かるかと思うが、タクとハイ・オーガの拳が衝突したからだ。もはや物理法則なんて無いに等しかった。
「何これ硬っ!」
『グァァ!?』
そして両者ともに弾き飛ばされる。タクはその殴った感触から、どれだけの筋肉密度なんだと内心で愚痴った。あれならまだ大型ダンプカーのタイヤの方が柔らかい。
「いや、これ無理だろ。あんなに固いと銃弾も通らないぞ……」
『グルルルルル……』
「はぁ…逃がしてくれそうにないな。仕方ない……複合強化、2割」
そう言ったタクが赤いオーラ的なものを全身に纏い、魔力で体を部分的に包み込み補助する。タクにしか見えないが。
次の瞬間、タクは残像を残しながら凄まじい速度で駆け、その直後にハイ・オーガの巨体が仰け反った。タクが顎を蹴り上げたのだ。その後はほぼ一瞬で顔にある弱点(人間と弱点が同じかどうかは分からないが)を殴り蹴って、一度離脱する。
見ればハイ・オーガはふらついていた。どうやら弱点は人とあまり変わらないらしい。そこからは一方的な虐殺が始まったのだが、最終的には頸椎を砕いて動けないようにしてから貴重な銃弾で目を撃ち抜くのが精いっぱいだった。皮も筋肉も固すぎて今のタクでは致命傷を負わせることは難しかったのだ。発勁の類も分厚い肉の鎧に阻まれて効果が薄かった。
「あー、疲れた……でも感謝するぞ。お前に登ったら街が見えたからな」
そう。木を踏み越えてくるほどの巨人に登ったのでかなり遠くまで見ることが出来ていた。そこで見た感じ、森を抜けるのに1時間。そこから街までさらに2時間と少し歩けば辿り着けそうだった。
「こいつって売れるのか? 何トンあるか分からないけど相当な量の肉だよな。固くて食えないと思うけど」
そこで悩むタク。こういう素材をこの世界は無駄にしないと思うが、この巨体を運ぶのは結構骨が折れる。物理的にも。
そこで徐にハイ・オーガの死体に触れてみた。なんか柔らかくなっていた。もう一度触ってみる。やっぱり柔らかかった。
「……さすがファンタジー、舐めてたわ……」
ファンタジー……なんと便利な言葉であろうか。そんな冗談はともかく、これはただ単にハイ・オーガが戦闘中は固くなるだけで、実際の肉は結構柔らかいというだけだ。タクも分かっていて1人でボケているのだ。なんとも悲しい奴だった。
「んー……引きずって行くか? 森を抜けるのはツラそうだけど、これだけあれば安くても金になるだろうし出来れば持って行きたいんだよなぁ……」
その後、しばらく悩んだ末にタクは歩き出した――