2話 自己紹介
黒い穴に飛び込んだ瞬間、何かが捻じ曲がる異様な感覚とともに景色が一変した。そして全速力で走っていた少年は目の前にいた人間――正確には一瞬のことで少年には何か判断できなかったのだが――に肘で激突した。
「ごぶぉはっ!?」
変な声を上げながら吹き飛ぶ激突された人間(?)は、近くにあった柱に後頭部を打ちつけて気を失ってしまった。
「? ……ここはどこだ?」
「貴方が最後の勇者ですの?」
「ん?」
少年は周囲を見渡す。そこには現代の日本ではありえない、中世の城を再現したかのような光景が広がっているが、何も置かれていない殺風景な空間だった。だが少年はそんなものに気を取られるなどという、隙を晒すつもりはない。それに理解できる言語で話しかけられたのだから、それには対応するべきだろう。
振り向くと、そこにはお嬢様ロールと呼ばれる髪型をした金髪の美少女が立っていた……が、なんとなく他に偉い奴がいるような気がしたため、少女をスルーして「なんで無視しますの!?」この場のまとめ役を探す。
だがそうするまでもなく、横に騎士然とした男を置いた見目麗しい女性が少年に話しかける。
「初めまして、勇者様」
「……? あんたが俺を呼んだ張本人か?」
「貴様! その態度は――」
「――よいのです、ガルオルスト。下がっていてください」
「はっ!」
なんだこの茶番は…と少年は内心でかなり呆れていた。第一、自己紹介もしていないのに態度が云々とか言われてもどうしようもないだろう。相手の立場がわからないのに何故に下手に出ねばならないのか……そうすればそこを付け込まれるだけではないか、と結構黒いことを考えていたことは、さすがに表には出さなかったが。
「私は、ウルティリス・ニア・ラウ・アウスレーゼと申します。この国――クィトス王国の第一王女です。気軽に“ウル”と呼んでくださいな」
「…これはご丁寧に。俺は佐藤太郎(仮)だ。よろしく、ウル」
「待て! (仮)とはなんだ!?」
「うるさいなぁ……なら(偽)でいいよ」
「完全に偽名ではないか!!」
「俺は立華沓木だ。よろしくな、ウル」
「話を――」
「――はい、よろしくお願いしますねタチバナ様」
「姫さ――」
「――あ、俺のことは“タク”と呼んでくれ」
「わかりましたわ、タク様」
そう言って微笑むウル。一方の少年――立華沓木もといタク――は無表情だ。口角すらピクリとも動かない無表情ぶり(?)だった。
少し離れた場所ではウルの隣にいた騎士っぽい男と、最初にタクに話しかけた金髪お嬢様が互いに慰め合っている。共通点は“無視され続けた”ことで、憐れむような目で他の人たちに見られていた。
柱の近くには吹き飛ばされて伸びている男と、それを介抱するために集まった神官風の男たちが。
タクの近くには所在なさげに立っている2人の男女。様子からしてタク達と同じ立場……つまり勇者なのだろう。
それらを見てタクが一言。
「何このカオスな空間」
お前が言うな、と言いたかったのは1人ではあるまい。
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「落ち着いたか? 残念お嬢様?」
「無視しておいて酷くありません!?」
「お前はまず、オレに謝るべきだと思うんだが?」
「悪かったよ。あれだけで気絶するほど脆いとは思っていなかったんだ。いや、ホントに悪かった」
「テメェ……」
タクの一言から1時間。騎士とお嬢様の傷の舐め合いも、気絶した男の治療も終わり、今はあの殺風景な空間から出て所謂『謁見の間』に移動していた。タダの廊下であっても床からして大理石っぽいもので、誰がどう見ても金がかかっているのは一目瞭然だった。タクは特に反応を示さないが、タク以外の場違いな人間――お嬢様に気絶男を含む4人のことだ――はキョロキョロと辺りを見回していた。
「ところで、そろそろ自己紹介しないか?」
「貴方が言いますの……?」「お前が言うのかよ……?」
「不満ならこっちで勝手に名前を考えるが?」
「私は西園寺イリナです! 呼び方は名字か名前でお願いしますわ」
「オレは百鬼修兵だ! 変じゃなければどう呼んでも構わないが…タク、お前はダメだ。西園寺と同じように名字か名前で呼べ」
「西園寺に百鬼な……で…そっちの2人は?」
今まで一言も喋っていない男女に話を振るタク。こいつはずっと無表情のくせに結構社交的らしい。それなら少しはニコリとしてもいいと思うのだが。
因みに、西園寺イリナは金髪碧眼で本当に日本人なのか疑わしい(ハーフだとしても日本人の面影が微塵もないのだ)容姿をしている。百鬼修兵は大柄な青年で、身長は192㎝もある。こちらは黒髪黒眼で身長以外は平均的な日本人だ。
「僕ですか? 僕は天神樹といいます。タクさんとは一文字違いですね」
「ん? ……ああ、そうだな。んじゃあよろしく、天神」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
丁寧に頭を下げる少年、天神樹。タクは樹を見て『こいつがいれば外面的な勇者は心配ないな。いや勇者とか正直意味わからないけど』とか考えたのは秘密だ。だがそこまで黒くなくとも、イリナと修兵だって物語の勇者みたいだ、と思っていたのだから樹がどのような見た目をしているのか想像できるだろう。そう、樹はイケメンだった……というか日本ではモデルの仕事をしていた。茶髪に黒眼でギリギリ日本人っぽい見た目をしていて、身長は174㎝だ。
「それで? あんたは?」
「私は雨宮黒羽よ。よろしくね、タク」
最後の勇者(?)はこれまた美しい人だった。身長は女性にしては高めの171㎝で、赤っぽい色の癖のある髪を背の中ほどまで伸ばしている。見た目からして欧州系の血が入っていることは間違いないだろう。
このメンツを見て、日本に居ただけで完全に無国籍じゃないか……なんてタクが考えたのも無理なからぬことだろう。
「雨宮ね。よろしく」
「ええ、よろしくね」
一応この4人、タクを含めれば5人が何か面倒なことに巻き込まれた勇者のようだ。