17話 武装教会
嫌なほどの沈黙。
「……ますた。れべるってなに？」
「簡単に言えば、この世界で生きていくために必要なものだな」
「……ん、わかった」
だがこの主従２人は全く気にしない。タクはともかく（こいつの面の皮の厚さが異常なのは分かりきっていることだ）フィムの度胸はなんなのだろうか？ 単純に空気が読めないだけではない、幼いの一言では片付けられない何かがある気がする。
しかし今回はそのＫＹぶりが良い方向へ働いた。２人の緩い会話のおかげでギルド内の空気も緩くなったのだ。何処で何が役立つか分からないものである。
「話を戻しますけど、依頼については問題ありません。あと、そのステータスプレートというものは教会に行けば貰えるんですね？」
「分かりました。ではギルドカードに書き込んでおきますね。それとステータスプレートはタダではないのでご注意を」
「あー……そうですよね。色々とありがとうございました」
「いえ、またのお越しを」
タクはギルドを出た後、近くにあった服を売っている店に入った。
「いらっしゃいませー！」
「……大丈夫そうだな（ボソッ）」
「はい？ 何か仰いましたか？」
「いいえ。それより、この子に合う服を上下で３組ほど見繕っていただけますか？ それに、靴と手袋も。こちらは頑丈なものが好ましいですね」
「かしこまりました！ 可愛く仕上げて見せますよ～。じゃあお嬢ちゃん、ちょっとこっちに来てね～」
「……ますた」
「早く行け。お前の着替えが無いとこれから困るんだよ」
「……ん。わかった」
そうしてフィムは店の奥に連れて行かれた。少しだけあの店員から変人の気配が出ていたがタクは気にしないことにした。物を作る人間に変わった奴が多いのは仕方がないと割り切っているからだ。こいつもこいつで結構苦労している。
――２時間後。
「お待たせしました！ こんな感じでどうでしょうか？」
フィムは白を基調にしたシャツを着て現れた。左胸あたりに水色の花が縫い付けられていて、涼やかな雰囲気がフィムに合っていて可愛らしい。だが生地は厚めで頑丈そうだ。どうやらこの店員はタク達が一般人でないことを瞬時に見抜いたらしい。まあタクの格好はどう見ても一般的ではないのだが。
因みに、下は茶色の革で出来たジーンズっぽいもので、これもかなり頑丈そうだ。
「へぇ、いいんじゃないか？ フィムもそれでいいのか？」
「……ん。かわいい」
「そか。他のやつも気に入ったか？」
「……ん」
「じゃあ店員さん。全部でいくらですか？」
「えーと……合計で…少しおまけして銀貨２枚になります！」
（意外と高いのな。まあ丈夫そうだしいいか）
合計２０万円の出費だ。これは服に使っている素材の問題で、上下ともに防刃仕様のこの服が高くなるのは仕方ない。しかもタクは7000万円以上も持っているお金持ちだ。これくらいなら全く気にならない。
「他はこの袋に纏めておきましたから」
「ああ、態々ありがとうございます」
「いえいえ、では、またのお越しを！」
フィムの服も揃えたところで、時刻は午後６時を報せる鐘が街に鳴り響く。
この鐘は教会に取り付けられており、午前６時から午後６時まで３時間毎に鳴るのだ。
「もうこんな時間か。一応教会とやらに行ってステータスプレートを作ってもらうか？」
「……ますた」
「なんだ？」
「……おんぶ」
「はいはい……せっかく靴買ったんだから歩けばいいのに」
察しのいい人はこの言葉で気付いたかもしれないが、フィムは今まで裸足だった。奴隷を買った時に付いてきた物は薄い貫頭衣１枚だけだったのだ。だからタクはフィムを背負っていたのだが。
「ここが教会……か？ どう見ても武装集団なんだけど」
やがて辿り着いた教会らしき建物には、冒険者達とは違う煌びやかな武具を身に着けたシスターっぽい人たちがいた。タクは勝手にキリスト教のようなものを想像していたので、当然のように修道服を着ているのだと思っていたのだが、さすがにタクでも１８０度違うこの光景は想定していなかった。
「おや？ 貴方も加護を受けに来たのですかな？」
そんな呆然としているタクに話しかける存在が。
そいつは白い鎧をガチャガチャと鳴らしながら近づいてきた。声音は優しく、目はとても穏やかで、ザ・神父という感じのヤツだ……その顔を除けば。
裏社会から出て来たのではないかと思わせるその強面で微笑まれても怖いだけだろう。しかもその顔に真っ向から対抗する存在が頭の上にあった。そう、猫耳だ。色々と残念過ぎて、少しだけタクの顔色が悪くなりフィムが泣きそうになった。
だが次の瞬間には、教会から慌てて出てきたシスターっぽい人達が白鎧神父をボッコボコにして教会内に引き摺って行った。もはや何が何だか分からない。
「すみません。あの人に悪意はないのです」
「え？ あ、いや…あれ？ これってどんな状況？」
「……ますた。しんこきゅー」
「いや、俺は冷静だって。おかしいのはあっちだろ？ え？ 俺がおかしいの？」
異世界に来てから２週間と少し。ここに来て初めて、タクは混乱した。
