16話 新たな問題
「どうも、こんにちは」
「!? ……誰かしら?」
背後から話しかけられた女性は一瞬だけ驚いていたがすぐに平静を取り戻した。
だがその瞳には警戒と疑惑の色がありありと浮かんでいるし、自然体に見えるが重心が普段より低くなっている。荒事にも慣れているようだ。
「クツキ・タチバナ…と言えば分かりますかね?」
「あ、辺境伯様の?」
タクが名乗った途端にピリピリとした空気が霧散してしまったが。
「はい、そうです。初めましてミリアーナ・グリューデルトさん。もう少し俺を疑った方がいいと思いますが」
「初めましてクツキ様。貴方を疑うなんてことは出来ないわ。というかここまで侵入できる実力者なんてこの街では貴方くらいよ?」
ミリアーナ・グリューデルト。若くして娼館ギルド、メルテリア支部支部長の座に上り詰めた秀才だ。もちろん元娼婦であり、その妖艶な容姿と色香はどんな男であろうと骨抜きに出来るとまで言われている。実は王都にほど近い大都市の支部長になる予定だったのだが、色々な柵が嫌になりメルテリアという辺境までやってきた。
そう。タクと話しているこの人物はギルドマスターである。つまりタクは何の問題もなく侵入を果たし、直接ここまで来たのだ。こういうことをやらせたらこの男の右に出る者はいない。
「? 別にそこまで厳しい警備ではなかったですよ?」
「……そう。やっぱり貴方は規格外ね。それとも迷い人だからかしら?」
「迷い人は関係ないと思いますけどね。それより、今日は話があって来たんです」
「あらあら、せっかちな人はモテないわよ?」
「娼館ギルドへの加入を認めてもらえませんかね?」
からかっているのか誘っているのか、どうにもよく分からない態度のミリアーナを無表情でバッサリ無視するタク。ハニートラップへの抵抗訓練を散々受けさせられたタクに誘惑の類は効果が薄いのだ。だからほんの少しだけ女としての自信を傷つけられた、と感じたミリアーナは相手が悪かったとしか言いようがない。
「んー……まあ、辺境伯様からも信用できるって言われてるけど……」
「何か条件でも?」
「……1つだけ、私から個人的な依頼を頼んでもいいかしら? これを解決してくれたらカードも作ってあげるわ」
「それは依頼の内容によりますね。自分で絶対に出来ないことを請け負うつもりはないですし」
「それもそうね。私が頼みたいのは最近噂になっている“大進行”の調査よ」
「大進行?」
またしてもタクの知らない単語が出てきた。まだメルテリアに来てから2日間なのだが、通貨とかギルドとか奴隷制度など、この世界の常識を覚える時間が欲しいと思っていたところに面倒そうなこの単語である。聞いただけで大体の予想を組み立て、ウンザリとした。もちろん顔に変化はないが。
「それは魔物が大量に押し寄せてくるとか、そういうものですか?」
「あら、知っていたの? その通りよ。タークァの森から魔物がこの街に溢れ出してくるの。原因は未だに分かっていないのだけど」
「……この街に冒険者などはあまり集まらないと聞いたのですが?」
タクはたしかにダレイスから優秀な冒険者や傭兵が少ないという話を聞いた。その時に脅威はハイ・オーガくらいしかいない、とも。
だが大進行という、言い方は悪いが、イベントがあるのなら冒険者などはもっと集まってもいいのでは? と、タクはそう考えての発言だった。その意図はミリアーナにも伝わったようで苦々しい表情をしていた。
「何故か魔物達はメルテリアしか襲わないのよ。だから国も重要視していないし、冒険者達もこんな辺境に来るぐらいなら他の迷宮に行くの」
「……なるほど。事情は分かりました。調査だけなら出来る限りやってみます」
「あら……意外ね。ふふ、でも…ありがとう。これは依頼として戦闘ギルドにお願いしておくわ」
「では今日の午後にでも受注しておきます」
その後、いくつか意見の摺り合わせをしてからタクは娼館ギルドから出て行った。もちろん誰にも姿を見られることなく。
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その日の午後。タクは宣言通り戦闘ギルドに来ていた。その背中にはフィムが乗っていて、女性ギルド員や受付嬢達に愛でられている。
なお、この子は昼に約4人前の量を食い尽くしていたりする。ホントにこの小さな身体のどこに入るのかとタクが首を傾げたのは言うまでもない。
「この依頼はランクこそあまり関係ないのですが、適正レベルが高めですよ? 大丈夫ですか?」
「レベル……ですか?」
「あ、タチバナ様は迷い人でしたね。では少し説明致しましょう」
(俺の情報回るの早くないか……?)
「……お願いします」
「レベルとは、教会で貰えるステータスプレートという板に記されています。これは徐々に上がっていくもので、例えばタチバナ様が経験を多く積むと1つレベルが上がります。
ただし、レベルが上がったからといってすぐに強くなるわけではありません。よく勘違いする人がいるのですが、レベルとは“その人の現時点での限界”を表しているに過ぎないのです。だからレベル1のまま身体を鍛えてもすぐに限界が来ます。
逆にレベルを上げても身体を鍛え、修練を続けなければ弱くなります。しかしレベルアップには一応、他にも僅かながら利点があります。それが『最低限の基礎能力向上』です。
限界の上昇に引っ張られる形で基礎も少しだけ上昇することが、ライオット魔法大学の研究により判明しています。故に依頼にも最低限必要なレベルというものが設定されているのです」
そう言い切る受付嬢。それに唖然とするタクとフィム以外の人間。タクは知る由もないがそんなことを知っている人間は少ない。そしてポロッと出てきたライオット魔法大学というのも周囲が驚いた原因になっている。タクは知らないが。
だから、ギルド内は耳鳴りがするほどに静かになった。