10話 ひと悶着
「ふぅ…やっと森から出れた……こいつ重すぎだろ」
結局ハイ・オーガは持って行くことにしたタク。途中で木が鬱陶しくなり、死体を振り回して進んだりしていたため、予想よりも早く森から出ることが出来た。
はっきり言ってタク以外では運ぶことなんて出来なかっただろう。指だけで200㎏はありそうな巨体を引き摺ったり振り回したりする方がおかしいのだ。
「しっかし…ムグムグ……意外とこいつ美味いな。豚と牛の中間みたいな味だ。筋肉だけかと思ったら脂もあるし……ちょっと筋は多いけどな」
片手に焼いた肉を持ちながら呟く。そう、こいつは片手でハイ・オーガを運んでいるのだ。ある理由から地球でも人間離れしていたが、この世界に来てからは勇者補正なのか更に強くなった。しかもそれを『気』や魔力で強化するのだからとんでもない。
余談だが、タクはハイ・オーガの髪を掴んで運んでいる。おかしいと思ったあなた、正解である。正直どれだけ強靭な毛根なら耐えられるとか分からないが、タクは『気』を流し込んで毛根を強化してその問題を解決している。
この流し込んで他者を強化する方法は森の中で思い付いたものだ。実は地球でもやろうとしたことは何回かあったのだが、その時は自分の身体から『気』を出すこと自体が出来なかった。異世界バンザイ。
「……ん? なんか様子が変だな。化け物でも出たのか?」
しばらくして街の近くまで来て、タクは街の様子がおかしいことに気付いた。なんというか殺気立っていてこちらを警戒しているような雰囲気がある。
「あ、俺か? 俺なのか? 参ったな……これを金に換えたかったんだけど……」
タクは少し考えて理解した。これを引き摺っている自分が警戒されているのだと。ここらへん、鈍感主人公とは違う。
そこからさらに歩いて、防壁の前300m程で一度立ち止まる。
「ここで一旦待つか。どうせ代表っぽい奴が来て話し合いという名の恫喝が始まるだろうし」
そんな身も蓋もないことを呟いていると、予想通り代表らしき3人がタクに近づいてきた。そして20mほど手前で止まる。左右の2人は弓を構えていた。どうやら少しでも近づくと射抜かれてしまうらしい。
「お前、何者だ? どこから来た? そいつをどうやって仕留めた? というか肉を食うのをやめろ!」
「ングング…ゴクッ……ふむ。名前を答えればいいのですか? どこから、と言うのは国を答えればいいのですかね? 仕留め方は……まあ見ればお分かりになるでしょう」
平然と嘯くタク。とは言っても嘘は吐いていない。相手の質問がアバウトすぎるために何が地雷なのかイマイチ分からず、当たり障りのない答えを返すしか出来なかったのだ。
一応補足しておくが、タクだって敬語とタメ口の使い分けくらいは出来る。
「ぐっ……済まない。こちらも突然のことに動揺していてな。細かいことが聞きたい。出来ればあまり嘘は吐かないでほしい。まず、君の名前は?」
「俺の名前はクツキ・タチバナです」
「そうか。次にどこから来たんだ? もちろん森に入る前の話だ」
「ふむ。それだと俺はクィトス王国から来たことになりますね」
「……そいつはどうやって仕留めた? かなり強い魔物なんだが」
「さっきも言いましたが、見ての通りです。とどめは目を貫いて頭を破壊しました」
「…………どうやら嘘は言っていないようだな」
疲れたように息を吐き出す男。その言葉に左右にいる弓の人達が動揺する。何かしらの方法で見抜いているんだろうなぁ……と益体もないことを考えていると、中央の男が更に近づいてきた。
「君は何故クィトス王国から来たんだ?」
「また質問ですか……俺は国外追放されたんですよ。実際はクィトス王国にいると面倒なことになるから逃げて来たんですけどね」
「む……つまり罪は犯していないと?」
「そうです」
「……君は本当に正直だな。1つも嘘を吐いていない」
「こんなどうでもいいことに嘘吐いてどうするんですか?」
相当に用心深い男にさすがのタクもうんざりとする。タクにとって今出した情報は価値がない。別に弱みになることでもなければ、誰かの得になるものでもないからだ。
「それで? 君はここへ何をしに?」
「ああ……この肉、どうにか金に換えられませんかね? 俺1人じゃあ絶対に食べきれないので」
「……いいのか?」
「? いいも何も、このままでは腐らせるだけです」
「そうか…………お前ら、動ける奴等を全員呼んで来い。どうやら売ってくれるらしい」
男は少し考え込んだ後、後ろに控えていた2人に指示を出した。
しばらくして、街から大勢の人がやってくる。おそらく千人はいるであろう数だ。
「後は彼らにまかせて、とりあえず街に来てくれ」
「……貴方の名前は?」
「これは失礼。私はダレイス・ベルフェルト・アンクラウト。一応、辺境伯だ」