1話 プロローグ
処女作です。
生暖かい目で見守ってください。
ある少年がいた。生まれながらにして過酷な運命が決定していて、そのための才能を植え付けられ造られた少年が。
そのあまりにも残酷な『生』に少年は――
* * *
ある港にほど近い廃工場。普段は誰もいない静かな場所で、しかも今は真夜中であるために静寂の帳が降りているはずだった。
だが今夜だけは違った。
「クソッ! どこに行きやがったあのガキ!」
「俺はここにいるけど?」
「なっ――」
「――チェックメイト」
カシュッ! と缶を開けた時のような音とともに騒いでいた男の額に穴が開き、後頭部が破裂して脳漿が飛び散る。
「あと3人か。まったく…面倒な」
そう呟くのは少年と言っても差し支えないような、目の前の凄惨な光景を作り出したとは思えない人間だった。
夜戦用なのか、全身を黒い装備で包み、その両手には見たことも聞いたこともないような拳銃を握っている。その銃も光を反射しない黒塗りのものだ。
「ま、ようやく仕事も終わることだし、もう少しだけ頑張りますか」
少年は標的を探す。足音は当然、全く聞こえない。ただ普通に歩いているのに、そこには技が集約していた。
少しして、少年の鋭敏な聴覚が対象の潜めた声をキャッチする。
「(どうしますかリーダー? アイツ噂の殺し屋っすよ)」
「(バカか、お前は。あんなに若いヤツが“センジン”なわけねえだろうが)」
「(しかし、そうでなくても手練れなのは確かです。我々では1人生き残るのが限界でしょう)」
「(んじゃリーダーは逃げ)」
ピシュッ…と何かが風を切る音。目の前を横切った光と熱。そして――頭が半分吹き飛んだ、ちょっと言動が軽い男を見て残りの2人は驚愕に目を見開く。
だが悲劇は終わらない。次の瞬間には柔らかい物腰の男も同じように頭を撃ち抜かれて即死する。リーダーと呼ばれていた男は恐怖のあまり失禁し、足腰から力が抜けたのかその場にへたり込んでしまった。
「ひぃっ! も、もうやめてくれ! 金ならいくらでも――ぎゃぁぁ!!」
無様に、惨めに泣き叫び懇願する男。その足を銃弾が貫く。
子どもでもわかることだが、そんなものは通用する訳がない。第一、今まで容赦なく人を殺していた相手が金程度で簡単に寝返ると、そう思っているところから間違いなのだ。
では何故、少年は男を殺さなかったのかというと、何か有益な情報を持っているかもしれない、という自分のメリットを考えた結果なだけである。
その少年がすすり泣く男の前に姿を現す。一体どこに隠れていたのか、どうやって射線を通していたのか、なんて聞くだけ無駄だ。
「さて……何をどこまで知っているのか説明してもらおうか」
「ひっ」
「喋らないと撃つ」
「は、話す! 話すから待ってくれ!」
「さっさと吐け」
それから男はなりふり構わずに、自分が持っている情報を洗いざらい全て話した。途中で指先を撃ち抜かれながらも懸命に話し続けた。
余談ながら、指先などは神経が集中しているため、そこを攻撃されるとかなり痛い。しかも死に至るような怪我など滅多にしないが故に、無限に等しい苦しみを味わうことになる。
「……ふむ」
「あ、あの…もうよろしいでしょうか……?」
もはや一目で年下……というか子供だと分かる相手にまで下手に出るようになった男。だがそれを責めることは出来ないだろう。この短時間で10歳は老けたように見えるし、その身体は所々に穴が開いていて実にグロい。
「ああ、もういいぞ……チェックメイトだ」
またカシュッ! という音と同時に男の頭が爆散する。先ほどの男たちとは違って近くで撃ったために、威力が大き過ぎたようだ。
「大した情報も持っていないのに、どうして助かると思えるんだろうね」
非情にも思えるが、裏を返せば重要な情報を持っていれば助けたかもしれないということである。
「仕事も終わったし、帰るかー」
と、振り返って周囲の異常に気付く。
(……? 光がない……いや、黒く塗りつぶされているのか……?)
たしかに最初からここには月明かりも入らず、とても暗かった。だが今はそれに輪をかけて明るくないのだ。
(原因は間違いなくあれだな……ブラックホールか何かか?)
そう。少年の視線の先には空中に浮かぶ、拳大の、ぽっかりと開いた穴のような何かがある。さすがにブラックホールは冗談だとしても、起きている現象としては似ていなくもない。なにせそれしか原因になりそうなものがないということは、それが光を吸いこんでいるとかそういうことになるのだから。
だがそれも冗談では済まなくなる。
(っ! 逃げられないだと!?)
なんと少年を引き込みだしたのだ。しかも不思議なことに周囲には影響が全くない。だが持っていた拳銃も吸われそうになったので、すぐにそれだけは腰のホルスターに収めた。
少年だけが動けないほど強烈な力で引っ張られているという異常事態。もし少年を少しでも知っている人間がこの光景を見たら、目を疑う以前に、これは夢だと思い納得することだろう。それぐらい少年は人間離れしているのだから。
(……このままじゃ何も変わらない。だけど…あれに飛び込むのもちょっとな……)
少年は悩む。ここで無駄な抵抗を続けても体力を削られるだけなのはわかっている。だがそれだけで謎の黒い穴に飛び込めるほど死にたいわけでもない。しかし動けないことは事実だし、体力が残っている内に飛び込んでどうにか対処した方がいいと、そう本能が告げている。
「…………………………仕方ない。腹括るか……」
そう呟くと、今まで抵抗していたのが嘘みたいに、力を抜くどころか穴に向かって走りだす。
その穴は触れる直前に少年を飲み込むほどに大きくなり、直後に頭を両腕で庇いながら少年は吸い込まれていった。そして穴は何事もなかったかのように消える。
この場に残ったものは、少年が始末した人間――32人の死体だけだった。