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崑崙山への軌跡3

それは訓練を終え招來、香蘭と共に王の間へ戻ろうとしていた一行の前に一人の兵が駆け寄り声をかけてきた。


「洵玲様!お待ちしておりました!実は、洵玲様にお会いしたいとお客人がお待ちになっております」


「俺に客人が?そうか、ならすぐに会わせてくれ」


「は、こちらへどうぞ王座の間にてお待ちになっております」


自分に客人とは一体何者であろうかと全く見当のつかない洵玲はそのまま扉を開き

そこでは見知らぬ三人の人物が待っていた。

洵玲達が入ってきたのを確認し三人の中心に立っていた代表らしき人物が軽くおじきをし挨拶を行う。


「お目にかかれて光栄です。明の三将軍の一人“征前将軍”黄洵玲殿。

そして“征右将軍”雲招來殿と“征左将軍”明香蘭」


「こちらこそ、お待たせして申し訳ありません。

明の三将軍“征前将軍”黄洵玲です。それで貴方がたは一体?」


「これは失礼いたしました。先にこちらが名乗るべきところを申し訳ありません。

私は崑崙山からの使者、崑崙十二大仙の統治者を務めておりますカルラと申します」


そうカルラと名乗った人物の名と崑崙山という言葉に洵玲は聞き覚えがあった。


「崑崙山……まさか、あの伝説の崑崙山の事ですか……?!」


「はい、伝説かどうかは分かりかねますが、貴方のご想像通り

私達はその崑崙山よりやってまいりました」


「これは……驚きましたね」


「崑崙山ってあの伝説上の天界にあるっていう世界のことでしょう?

実在したのですわね~……」


洵玲の背後にて驚き声を漏らす招來と香蘭だったが、その気持ちは洵玲も全く同じであった。


かつての神々の戦、開闢の盤古神と無極の桓因との戦いが終結した後

盤古神は自身の開闢の力を持ってこの宇宙に最後の世界を生み出したとされる。


それこそが崑崙山こんろんざんと呼ばれる世界。


崑崙山という名から山というものが連想されるがそれはあながち間違ってもいない。

崑崙山とは十二の山々によって形成された世界なのである。

その一つ一つの山が世界を収めるほどに広大であり、この大世界・東源郷にも匹敵するほどの幻想大陸として、人々の間で伝説として伝えられていた。


「これまで我々崑崙山に住まう者は東源郷への直接の接触を避けてきました。

我々の世界は来る伏魔と魔星、彼らとの戦いに備え生み出された世界。

ゆえに我らの世界に存在する理と力は今の貴方がたが持ち得る戦力を遥かに上回るもの。それゆえ貴方がたの歴史に介入するのをこれまでは避けてきました」


それが事実であれば、頷けるところである。

崑崙山の存在は伝承として存在しつつも、これまで誰も見たことも行ったこともないとされている。

ただ時折、天からこれまで東源郷の世界では考えられないほどの力と技術、能力を持った人物が現れることがままあった。

彼らは自らを神の力を宿した仙人“神仙”と名乗っていたという。

今にして思えば、それらは崑崙山から降りてきた人物達であったのかもしれない。


「しかし今、この東源郷の地にて伏魔と魔星が復活したことは確認しております。

我々崑崙山に住まう神仙達は貴方がたに協力を惜しみません。

その第一歩として黄洵玲殿、貴方を崑崙山の民として迎え入れたい」


「俺を……崑崙山の民に?」


それはまさに寝耳に水と言えるほどの衝撃であった。

つい先ほど伝説と思われていた崑崙山の存在が語られ、更にそこへ自分を招き寄せたいというのだから

洵玲でなくともその話には動揺を覚えるであろう。


「えー!ちょっとなんで洵玲だけですの!それでしたらわたくしも……!」


「香蘭……ここは少し静かにしなさい」


あまりの衝撃に固まる洵玲の背後で先ほどの庭園での出来事を思い返すようなやり取りが招來と香蘭の間で交わされるが、それもすぐさまカルラが続けた言葉により吹き飛ぶ。


「いえ、そちらのお二人にも是非我が崑崙山へと来ていただきたく、こうして足を運ばせてもらいました」


「へ!マジですの?!」


「!まさか、本当に……いいのですか?!」


洵玲に続き招來と香蘭まで、まさかの発言に驚き声を上げる。

最も香蘭に関しては嬉しさによる反応が優っているように思えた。


「まさかあの夢にまで見た伝説の崑崙山に行けるだなんて!これはもうわたくし明家の跡取りとして後世に残る異例出世間違いなしですわー!」


そう他の二人に比べ高らかにに喜んでいる姿を見てカルラの横に控えていた二人のうちの一人、顔の鼻の部分に目立つ一文字の傷をつけた一見するとならず者のような格好をした少女が呆れるような声を出す。


「あ~あ、カルラが直接迎えに行く人材だって聞いたから俺もついて来たら

ただの小僧と眼鏡とミーハーお嬢様じゃねぇかよ、ったくやってらんねぇーぜ」


両腕を大きく広げ、そのまま頭の後ろで手を組み明らかにやる気なさげに姿勢を崩し、その人物はおくめもなくそう三人にハッキリと聞こえるように吐いた。

無論、そう言われて黙っていられない人物がそれに食いつく。


「ちょっと貴方!他の二人とはともかくわたくしがミーハーお嬢様とはどういうことですの!

それになんですの、その失礼な発言と態度は!」


「はっ、ハッキリ言って、てめぇみたいな雑魚共が崑崙山に来たところで使い物になるのか俺には疑問だって言ったんだよ」


黄竜コウリュウ、よさないか」


「いーや、言わせてもらうね、カルラ。お前がどういう目的でこいつらを俺らのシマに引き入れようとしているのか知らねーが、雑魚をいくら育てても雑魚にしかならないだろう、ソウギョがタイになれるかっつの。ましてや俺ら神仙に並ぶ人材だなんて、こう言っちゃなんだが俺にはまったく見えないね」


「な、なんですって!こ、このわたくしがざざざ雑魚ですって?!」


その挑発するような黄竜と呼ばれた人物に対し、香蘭は食ってかかるように詰め寄る。


「誰が雑魚ですので、誰が!人を見かけで判断する貴方こそただの愚か者ですわ!」


「はっ、雑魚に雑魚って言って何が悪い。雑魚に愚か者呼ばわりされても、ちゃんちゃら可笑しくって笑っちまうわな」


「な、なんですって!この不良!ならず者!くされ仙人!男女!」


「んなっ?!」


それまで馬鹿にするような態度で軽く受け流していた黄竜だが、最後の一言に対し思いっきり反応を見せる。


「てめぇ……誰が男女だとコラァ……」


「貴方以外に誰がいらっしゃるの?そのような男か女かも分からない服装の上に下品な口調では誰も女だなんてわかりませんわよ。あら、ごめんなさい、本当は男性の方でしたかしら?」


「てんっめええぇぇぇ!!もう頭に来た!表出ろ!その綺麗な面、吹っ飛ばしてやらあ!ゴラァ!」


「おーほっほっほっほっ!やれるものならやってごらんなさい!

言っときますけど貴方のような男女の拳なんていくら食らっても効きませんことよ。

逆にわたくしのカウンターパンチで貴方の顔を二重と見れぬ顔にして差し上げますわ。

……あら、ごめんなさい。すでに見れない顔でしたわね」


「ぶっ殺おおおぉぉす!!今すぐ表出ろ!!雑魚野郎!」


「上等ですわ!!この男女!」


何やら周囲が呆然とする中、二人の息が熱くなり気づくとそのまま扉を出て庭園の方へと向かう。

それを終始、呆然と呆れながら見ていた洵玲と招來。

特に何事もなく最初と変わらぬ無表情なカルラと、そのカルラとは対極にゲラゲラと笑うもう一人の同行者が残されていた。


「っく、くくっ……ああ、いやー相変わらず黄竜の奴は面白いなーって言うかお前たちのお仲間もなかなか面白い奴だな、ああいう奴、私は嫌いじゃないぞ」


「いやまあ、お仲間と言うかあれと一緒にされるのは恥ずかしいので少々勘弁して欲しいですね」


いつもの毒舌を吐きながら眼鏡を上にあげながら招來は答える。


「ふぅん。けどま、私もそれほど期待はしていなかったんだが、なかなかにお前たちいい男じゃないか。

こりゃ今回はカルラに付いて来て正解だったかな」


そうカルラの隣に立つその女性。黒髪の長い髪を後ろで結び、動きやすい軽そうな服装に身を包んだ女性は妖艶な笑みを浮かべながら自分の唇を指ですくう動作を行い、目の前に立つ二人の男をまるで品定めするかのように上から下へと吟味していく。


「失礼ながら貴方様のお名前は?」


「ん、ああ、そうだったな。私の名はユーリン。さっきのあいつとこっちのカルラと同じく崑崙山の一角を統べる崑崙十二神仙の一人だ、よろしくな」


それは崑崙山を形成する十二の山の一つを指し示しているのだろう。

それが意味するところは彼女も先ほどの黄竜と呼ばれた人物も神の力を有する仙人だということであろう。


「それで崑崙山への招待に関してはどうされるか」


と先ほど黄竜と香蘭とのやり取りで中断していた話についてカルラが再開を行い。

それに関し、洵玲と招來はお互いに悩むように顔を見やる。

しかし、その瞬間カルラと洵玲の間に先ほどユーリンと名乗った人物が文字通り割って入る。


「おっと、ちょーっと待てよ、カルラ。折角こんないい男を見つけたんだからさ。

ただ勧誘するだけじゃなく、しっかりと味を吟味した上で返答を聞かないか?

私も含め他の神仙達もこいつらが崑崙山招待に相応しい力を持っていなければ納得はしないだろう」


そのユーリンの発言にカルラはどこか達観するように息を軽く吐き了承をする。


「それもそうだな。いいだろう、だが手加減してやれ。

お前に一太刀でも浴びせられればそれでほかの連中も納得するだろう」


「そうこなくっちゃ!やっぱいい男は器も大きいね~♪」


ぺろりと唇を舌なめずりをするユーリンを前に、しかし洵玲はこれまで感じたことのない戦意と圧力を目の間の女性から感じていた。

それはまさに魔星と対峙した時と同じ。いや、あちらと異なりこちらには悪意や邪気などは一切ない。

そこにあるのは純粋な戦意。磨きぬかれた戦いに対し飢える戦士の渇望。

武芸を極めようとする者に取ってこれほどまでに磨きぬかれた戦意とはまさに賞賛に値するものであろう。


「まあ、こちらもタダで行かせてもらうのも申し訳ないですしね。洵玲、我々明の将軍の実力を見せてあげましょう」


「ああ、そうだな。それにもし貴方がたの実力が本物であるなら、俺たちもそれを見た上で返答をしたい。手合わせお願いいたします」


言って洵玲は剣を抜き、招来は術を放つべく陣を展開する。

それに対しカルラはユーリンから一歩下がるように後ろに移動し

ユーリンのみが二人に対峙する形で仁王立ちしている。その手には武器はおろか、術の詠唱の構えすらない。


「そちらの相手が一人だというのならこちらも俺一人で相手を――」


「ああ、いやいや構わないぞー。そっちはそのまま二人掛りでいいから。

いい男を二人も独占出来るなんて私って幸せものじゃん?

それにいつでも遠慮なく全力で斬りかかって来ていいからな。術もバンバン打って構わないぞー」


あっけらかんと言うその裏には洵玲達二人掛りを相手にしてもまるで問題ないという自信が隠すことなく見えていた。

相手が崑崙山からの使者、しかも神仙であるのならその自信も当然なのかもしれない。

洵玲はわずかに招來と目配せをした後、宣言と同時に地を駆ける。


「では遠慮なく!」


瞬時に間合いを詰め神速の一太刀を放つ洵玲の得意技。

彼は戦場において多くの敵をこの一太刀で葬っており普通であれば一撃必殺の技とも言えるものであった。

無論それは相手がフェイのような人外の実力を持つ者でなければ。


常人には閃光が走った程にしか見えないその太刀をあろうことか目の前のユーリンは右手の人差し指を中指で刃を受け止め静止させた。

かつて、フェイのように武器で受け流したり、超反応によって回避を行った者もわずかに存在した。

だが、神速で迫る刃を二本の指だけで受け止められたことなどあるはずがなく

それは洵玲に取っての全力がユーリンには後出しで反応出来る程度の速度に他ならなかった。


「ん~、太刀筋は悪くないんだがなぁ……」


自らに迫った刃を一言だけそう感想を漏らし。

まるで岩にはさまれたかのように剣を動かせずにいた洵玲の背後から招來の術が飛んでくる。


「お?」


それは金の術によって構成された黄金に輝く二本の剣。

五行思想の一つ金の属性によって放たれる術とは金属や鉱物を生み出す能力に長け、術者の力量しだいでは宝具に匹敵するほどの武器や防具を生み出すことも出来る。

招來が放ったこの黄金の剣はまさにその宝具級の威力を秘めた術であり、彼はそれを瞬時に二つも形成して、左右の逃げ道を防ぐように放った。


無論それに瞬時に反応したユーリンは指に挟んだ刃を洵玲ごと前方の招來目掛け投げ捨て、迫る二本の黄金剣も背後にバックステップすることで回避する。

それら一連の動作まるで流水のように流れる仕草であり、通常招來が放った黄金の剣に気づいたとしても後出しで回避出来る人物など今のこの東源郷の地にはいないほどである。

招來は自分めがけ飛んできた洵玲を両手で受け止めながら、目の前に立つユーリンの実力が紛れもなく神の領域に至った仙人であることを自覚する。


「おっと、大丈夫ですか。洵玲」


「ああ、なんでもない。それよりもどさくさに紛れて俺の体をまさぐるな、招來」


「おや、これは失礼」


そんな二人のやり取りをニヤニヤしながら見守るユーリンは相変わらず余裕たっぷりの態度であった。


「ふふっ、お前ら仲いいなー。けどそれじゃあ、いくらやっても私に傷を負わせることなんて出来ないぞー。最初に言っただろう、全力で来いと、お前達の全力はそれじゃあないだろう?」


すでに初撃から手加減など抜きでほぼ全力に等しい力を出している自分達に対して、何かを諭すように言うユーリンに対し二人はそれが何を意味しているのか気づいた。


「零式宝具。遠慮なく開放していいぞ」


零式宝具。それはこの東源郷に存在する最高位の宝具、究極位置の神々の宝具の事を表していた。

通常、宝具には大きく四つのランクが存在する。参式宝具、弐式宝具、壱式宝具、そして零式宝具。

当然ながら数字が若くなればなるほど宝具としての性能、能力も格段に上がる。

通常、東源郷に住む人々が作れる宝具は天才と呼ばれる人物であっても壱式宝具までが限界である。

零式宝具とはまさに神のみが作れる頂上の宝具。

しかし、その宝具を洵玲も招來も香蘭も有していた。


それらはかつてこの明の国の帝であった太帝より彼らが譲り受けた物であり、いわば帝の忘れ形見。

それを扱うことは文字通り彼らの全力を意味するが、しかし逆に言えばそれを扱う以上、もはや手加減などは一切出来ない。

零式宝具はそれを振るうだけで時空を歪ませ、天変地異すら引き起こす神々の武器。

それを扱う以上、対峙する相手も決してタダでは済まない。

当然そんなことなどユーリンも理解した上でそう言っていた。


「……本当にいいのですか?」


「ああ、構わんぞー。あ、もしもこの場所の被害を心配しているなら安心していいからな。

すでに私とカルラが結界を張っているから、次元が裂ける程度じゃ周りに被害は出ないから、遠慮なく全力で来て構わないぞー」


零式宝具を扱う洵玲自身、僅かな緊張を覚えているのに対しユーリンの態度はどこまでも自然体であり余裕すら感じさせた。

そんな彼女の態度と先ほど見た実力を考え、隣に立つ招來と頷き合い、彼らが肌身離さず持っていた零式宝具の封を解除する。


その瞬間、わずかに空気が震える感覚と共に明らかに先程までも二人とは異なるプレッシャーが放たれる。

それを目の前で感じたユーリンはゾクゾクとした表情と武者震いを覚えながら、ここに来て始めて構えと呼べる姿勢を取る。


「では、遠慮なく行かせてもらいます」


そう言った洵玲の手に握られたのは先程まで彼が持っていた白銀の剣。

だが、そこに秘められた純白の輝きと流れ出す神々しい力の奔流は先程までの比ではない。

まさに先程までの洵玲の武器は鞘に刃を収めた状態での戦いであり、力の封を破ったことにより、洵玲が持つ白銀の零式宝具・白帝剣はわずかに空を斬るだけでその時空を歪ませるほどの力を秘めていた。


洵玲は解放された白帝剣をその場で構えると同時に居合の構えと共に全身の力を右手一本とその先に宿る白帝剣に集中する。

洵玲とユーリンとの間の距離は有に数メートル以上、そこから刃を届かせるなど不可能に思えたが、もはやこの宝具を手にした以上、今の彼に取って距離など何の意味もなさない。

たとえ相手が数千キロ離れた場所にいようとも刹那のズレもなく相手を切り裂くことが可能。


「白帝剣――壱式・万象切断!」


洵玲が放った白銀の太刀は目の前に存在した次元を切り裂く、それはあらゆる万象いかなる存在、現象をも切り裂く白銀の閃光。

文字通り距離という空間すら切り裂き、刹那のズレもなくユーリンが立ったその場所を空間ごと引き裂き白き閃光がこの場を包む。

だが、次に驚愕したの洵玲の方であった。


「いやぁ、驚いたな。さすがはかつての太帝の愛刀。威力については申し分ないが、それを人神でもないお前が扱っているのは確かに驚いた」


あろうことか今目の前で斬ったはずのユーリンが自分のすぐ背後に立っていた。

それはまるで時間のコマが吹き飛んだように目の前にいたはずのユーリンが次の瞬間、背後に立っていた現象。


「縮地法って奴だ。武術を扱うお前なら知っているだろう?縮地の元となった神仙が扱う神術だ。自慢じゃないが縮地法は私の得意分野の一つでな」


縮地。それは武術を扱う者なら誰しもが聞いた覚えのある幻の武術である。

本来、相手に気づかれることなく瞬時に近づく様を言い、それは単純な速力の技術ではなく

相手の死角をついた移動と僅かな歩法で長い距離を詰める技術。

洵玲もまた縮地を応用した技術を用いて初撃に放った相手との距離を一瞬で詰める技術を会得している。

この縮地と呼ばれる技術を極めた武人であれば一歩の距離で数十メートルの間合いを瞬時に詰め寄ることが可能とされ、一種の瞬間移動と称されている。無論、それほどの技術を取得出来るものなど歴史上わずかしか存在しえない。

だが、それでも縮地はあくまでも武術の系統から外れるものではなく、瞬間移動のようにわずか零秒で別の場所に空間転移出来るものではない。


だが、この縮地の元となったと縮地法であれば話は別である。

縮地法とは文字通り瞬間移動を可能とする神仙のみが扱える空間転移術。

大陸の端から端を瞬時に跨ぐように移動するその様は神の一歩に等しい。

かつてこの地に降り立った神仙がこの縮地法を見せた際、それを人々が真似し、自分達で可能な限り再現した技術が武術として生まれた縮地である。


先ほどの空間を切り裂く白帝剣の一閃をユーリンのその縮地法により瞬時に空間を渡り回避したのだ。


「お前はまだその零式宝具を十分に扱えてはいないようだな。本来の白帝剣の一撃は絶対回避不可能のあらゆる防御を切り裂く一閃。私の縮地法によって空間を渡った先まで白刃の一閃は切り裂くはずなんだが、その点についてはまだまだ精進が足らんな。何を思い悩み抱えているのかは知らんが、そんな苦悩を抱えた刃では美しい白刃も曇ってしまうぞ」


「……!」


それは己の全力を込めた一撃が避けられた以上の衝撃を洵玲は受ける。

己が太帝様より授かりし零式宝具を扱いきれていないのは理解していた。

だが、そこに秘められた力と己の抱く迷いすら今の一太刀で看破されたことに、洵玲は背後を取られながら僅かな隙を生じさせてしまう。

そして、その隙を見逃すユーリンでもなかった。


「……がッ!」


体をひねっての回し蹴りによる一撃が洵玲の体を大きく吹き飛ばす。

そのまま受身を取ることも出来ず壁に激突した彼は蹲り、しかし手に持った白帝剣は手放すことなく地に伏せる。


「その真摯さと生真面目さは美点だが、それゆえに問題を抱え込んでしまい成長を妨げている点は同時に欠点でもあるな。そこを克服できればお前はもっと強くなれるだろう。だが私のいい男基準としては及第点だ。特別に私のいい男リストに入れておいてやろう♪」


そんなユーリンのアドバイスに洵玲は何か思うところを考えるような表情をし、そんな彼の表情に思わずヨダレを垂らしそうになり眺めようとしたユーリンだが、背後から先ほどの洵玲と同様かそれ以上の威圧感を感じ、それまでのどこか余裕を感じられた彼女が始めて慌てるように背後を振り返る。


「勝利の余韻に浸りながら説教をするにはまだ早いでしょう。勝負はまだ決まってはいません」


見ると、そこには細長い棒状の柄を手に握る招來の姿があった。

だがそこから感じられるプレッシャーは先ほどまでの比ではなく、手に握る柄の先に存在するのは雷鳴によって構成された三本の鞭。

それは目に見えるほど凝縮された神雷の塊であり、対峙するだけで肌を焼く感覚に常人であれば立っていられないほどである。


「先ほどの貴方の縮地法、確かに見させてもらいました。確かに瞬時に移動する相手に攻撃を与える事は困難でしょう。ですが“どこに移動しようとも必ず当たる攻撃”ならばどうでしょうか」


そう宣言すると同時に招來の手に握る三本の神雷の鞭がこの王の間全てを埋め尽くすように走る。


「洵玲そのまま伏せていてください――雷公鞭らいこうべん!!」


それはまさに光の速さ、雷速を持ってこの空間全土を等しく同じ疾さで駆け抜ける。

招來が持つ零式宝具『雷公鞭』とは神雷によって構成された鞭を無数に放つというもの。

一見すると単純に見えるその能力は、しかし単純ゆえに桁外れの力を有している。

その神雷の鞭一つだけで山をも消し飛ばし、かつてのこの宝具の持ち主であった人神はひと振りで天変地異をも引き起こしたと言われる。

そして今、招來の手から放たれた三本の雷鞭は空間全土で荒れ狂い、まさに全方位全ての空間を焼き尽くしていた。

しかし、ここで驚愕すべきはこれほどの神雷が荒れ狂いながらもこの王の間の壁も床も傷一つ付かない現状であろう。

先ほどカルラとユーリンが結界を施したと言っていたが、彼らが施した術の強さは文字通り空間を切り裂き、天変地異を引き起こす宝具を前にしても揺るがないほどであり、それほど彼らの実力が桁外れであることも表していた。

そして、それを証明するかのように空間すべてを飲み込むように暴れまわった雷公鞭の鞭が収まり、先ほどユーリンが立っていた場所には変わらず彼女が立っていた。だが――。


「いやぁ、驚いたなぁ。まさか人間のお前がそこまで零式宝具を扱えていたとは。いいなぁ、お前。自分の血を見るなんて私も久しぶりだ。お前も私のいい男リストに加えてやりたいよ」


恍惚として表情のまま笑顔でそう言うユーリンであったが、彼女の手のひらからはうっすらと一筋の傷が入り、そこから血が滴り、彼女はそれを愛おしそうに撫でていた。


「お褒めに預かり光栄ですね。ですが残念ながら私は女性には興味がありませんので」


「だろうな。お前とは私と似た匂いがしていたが、そっち方面だったか。まあ、私もどうせならノーマルな男とねんごろしたいしな。だがまあ、最初に言った通り傷を負った以上、勝負は私の負けでいい。まだまだ成長の点は残っているが、現状それだけ零式宝具を扱えるお前らなら他の崑崙山の神仙達も納得するだろう」


そう言って愉快そうにケラケラと笑うユーリンであったが、洵玲も招來も苦笑いを浮かべつつ素直に自分達の勝利を喜ぶことはしなかった。

この戦いにおいてユーリンは手の内こそいくつか見せたが武器は一切抜いてはいない。

その点だけを見ても力の差は歴然であり、未だに自分達が未熟であることが理解出来ていた。

そしてまたそれ以上に洵玲は自分と招來との差にすら軽いショックを受けていた。


少し前の五国大戦において洵玲と招來は共に戦場を駆け抜け同じ戦を何度も経験していた。

その中で彼が零式宝具を扱う様も何度か見ていた。だが、その時、彼が扱えた雷公鞭の鞭の数は一つであった。

それが先ほどは確かに三本存在した。

それだけでも招來の実力は以前とは遥かに比べ物にならないほど上がっており、事実自分では傷一つ負わせることの出来なかったユーリン相手に彼は手傷を追わせていた。

ユーリンに取ってはどちらもまだそれほどの差はないのかもしれないが、洵玲に取ってそれは大きな力の差と感じられた。

そうした苦悩をしていた際、不意にこの間の扉が開きそこから愉快気に話す二人の少女の姿が見えた。


「いや~、お前意外とやるじゃねぇか!雑魚のくせにあれだけ俺の攻撃受けて立っていられたのお前が始めてだぜ!」


「そういう貴方こそ、下品な戦い方の割になかなかいい打ち込みでしたわよ。最も最後の打ち込みに関してはわたくしの方が上でしたけどね」


「はあ?!そりゃお前が懐から妙な武器装着したからだろうが!つかあれなんだよ!反則だろう、あんなもん!」


「おーほっほっほっ、あれはわたくしが誇る零式宝具『万劫界輪ばんごうかいりん』ですわ。

自分の持ち物を最大限利用することの何が反則ですので、悔しかったらまたいつでも再戦してあげますわよ」


「上等だ!決着はまだついてないし、次は俺も本気で行かせてもらうからな!雑魚野郎」


「こちらこそ、上等ですわよ!男女!」


まるで夕日の殴り合いのあとのように互いに罵声し合いながらも力を認め合い、笑い合っている二人の表情になんとも微妙な表情で迎え入れる洵玲と招來。


「……さて、では黄竜もユーリンも納得したところで改めて私の申し出について考えて欲しい。

明の三将軍・黄洵玲、雲招來、明香蘭。君達の実力は今の東源郷の地にあって得難いものであろう。

だが、君たちのその力はまだ伸びる。そして、それが完全に開花した暁には我ら崑崙山の神仙、崑崙十二神仙の一人として迎え入れたい」


そう言ったカルラの言葉に洵玲達三人もさすがに驚きの表情を隠しきれない。

ユーリンも黄竜もそれを承知の上で、だからこそ両者は先刻のような行動や言動を取ったのであろう。

そして、そう発言したカルラの言葉に二人が特に意見をしないあたり、三人の実力を認めたということであろう。


「答えは今出さなくてもいい。返答は明日聞こう。君達にも明を守護する将軍としての役割もあるであろうし、必ずしも君達全員が神仙の域に到達できるとも限らない。

だがどのような道を選択しようとも我々は協力を惜しまない。

我ら崑崙山の民は東源郷の民と共に伏魔、魔星の討伐に力を貸すつもりだ」


そう言ってカルラはユーリン、黄竜を引き連れこの間より退出をしようとする。

その彼の背に洵玲が声をかける。


「待ってください。なぜ、なぜ俺達に声を掛けたんですか?

他に人材ならいくらでもいたはずなのに、なぜ俺達に……」


その洵玲の問いにカルラはどこか懐旧の想いを込め答えた。


「……亡き太帝からの願いであった。もしも自分が亡くなったその時は君達を頼むと。

君達が神仙に相応しい人材であるならそれに応えると私は約束した。結果は先ほど言った通りだ。

では返答を待っている」


そう言って去るカルラを前に洵玲はかつて太帝が自分にかけたあの命題を思い出さずにはいられなかった。

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