せんねんばな
キイコの家には千年に一度咲くという花がある。
三千年に一度しか咲かない「優曇華」という花があるが、それは仏教の教典に伝わる伝説の花らしいので、キイコの家に伝わる花の方が凄いとキイコは思っている。
だって本当に自分の家にあって、本当に千年に一度咲くのだから。
初めてその花のことを知ったのはキイコが十二歳の時、自分の家のもの凄く深くに地下室があることと、千年に一度咲くという花がその地下室にあるということをおじいちゃんに聞かされた。
それからしばしば、おじいさんに連れられてその地下室にいくのだが、地球の中心まで伸びているのではないかと錯覚するほど長い階段をくだりきったところに、小さな空間がある。
その空間は滑らかな土の壁で出来ていて、その壁にはヒカリゴケが苔むしてほのかな光を放っている。千年に一度咲くという花は日光に弱いらしく、キイコの気の遠くなるほどの前の先祖がたいへん苦労してこの地下室を作ったと記録に残っている。
そしてその空間の中心にポツンとある七色のつぼみ。それが千年に一度咲くという花のつぼみだ。
このつぼみは、おじいさんが子供のときから、おじいさんのおじいさんが子供のときから、ずうっとずうっと前からつぼみのままだそうだ。
「大層、そりゃあ、大層綺麗らしいぞう」
嬉しそうにおじいさんはことあるごとにキイコに云う。
「ワシらの先祖…どうやら鎌倉時代まで遡るらしいのだがなあ…見たご先祖様は、あまりの綺麗さに腰と魂を抜かしたとさあ。どんなんじゃろうなあ、どんな花が咲くんじゃろうなあ」
キイコの先祖は過去三回この花が咲くのをみているらしい。伝承では光り輝くほど綺麗な花が咲き、芳しい香りがこの地下室を満たすらしい。
咲いている期間は一週間で、その間に人の手で受粉をしたり、香りに誘われてくる虫や動物の駆除をしなければならないそうだ。
「…次、花が咲くのは何年後なの?」
「そうだなあ、あと二百年弱くらいかなあ」
そんなに先までおじいさんも生きているとは思えないし、もちろん自分も死んでいるだろう。ちょっとキイコは納得がいかなかった。おじいさんは毎日この千年 に一度咲くという花に水をやり、手入れをしている。でも、その咲く姿を決してみることはできないのだ。見れるのは自分ではない。それなのになんでおじいさ んはそんなに楽しそうに花の話をし世話をしているのだろうか。
そうキイコがたずねるとおじいさんはこう答えた。
「キイコが結婚して、子供をつくって、その子供の孫がうまくすればこの花を見れるのだろうか。そして咲いたところを見た子孫は、きっと、いや間違いなくその花の美しさに感動するだろう。震えるだろうか?腰を抜かすだろうか?放心するだろうか?涙を流すだろうか?」
おじいさんはキイコをみつめながら続ける。
「その子は誰に似ているだろうか?男の子だろうか?女の子だろうか?健康だろうか?幸せだろうか?…そうやって、自分たちの子孫のことを考えることができるのは、この千年に一度咲くという花と同じくらい貴重で大切なものなんじゃよ」
そのつぼみを優しくなでながらおじいさんは「キイコがこの花を好きになってくれるといいのだがなあ」と、いった。
今はそのおじいさんももういない。
そして、キイコが今はこの花の世話をしている。うれしそうに話していたおじいさんの顔を思い出しながら。自分に子供が出来たら、同じように話をしてあげることが今の一番の楽しみだ。