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きらわれたばけもの。


「にいちゃあ、にいちゃあ、あれ赤ちゃんー」


 三歳になったばかりの妹が舌っ足らずな声で、僕の注意をうながした。


「またか…」


 僕は妹の頭を軽くなでながら呟いた。

 汚れた毛布に包まれた赤ん坊が泣いている。


 人の往来がある道で、誰も赤ん坊に手を差し伸べようとしない光景は異様だと思う。

 そこに赤ん坊など存在しないかのように、誰もが無視をしていた。


『捨ててある赤ん坊を決して拾ってはならない。それは妖鬼の变化でうかつに家に招き入れれば家族もろとも食い殺されるぞ』

 とまあ、僕の住んでいる村にはこんな根も葉もない馬鹿げた言い伝えを、村人がこれまた律儀に守っているからだ。


 この村を囲む山々には人間をむさぼり食う、おそろしい妖鬼がいるという言い伝えがある。

 妖鬼は人をむさぼり食うだけでは飽きたらず、人やけものに化けて村人をたぶらかしたり、たわむれにたいそう可愛らしい赤子に化け、人に拾われることもする。

 何も知らず、かわいいかわいいと拾った赤ん坊を育てていくうちに、その家は妖鬼の災いの力によって転がり落ちるように不幸になっていくそうだ。


 家族全員に意味もなくつづく怪我。まわりは豊作なのに自分の畑だけが不作。増える借金。いわれのない罪を押し付けられ、皆から嫌われ、村からどんどん孤立していく。

 その様を赤子は愉しみ、仕舞いには絶望のどん底までおちた家族を頭からポリポリを食べてしまうというものだ。


 馬鹿らしい。


 母さんに聞いた話では、実際にそういった流れで五十年以上前から突然家族がが消えたりすることが度々あったらしい。残された家には生々しい血痕もあったりしたそうだ。


 非常に馬鹿らしい。


 周囲とのいさかいがあり、皆から嫌われていて、突然消え、血痕も残っている。


 単純に考えれば殺人・遺体隠滅ではないか。

 村の誰かが、その家族を殺して山に埋めたのだ。

 そして、その罪をすべて邪悪な妖鬼におしつけた。


 おそらく、殺された家族は、村中から皆から嫌われていたか…少なくとも煙たがれてのだろう。


 村八分に近い状態だったのかもしれない。

 村の誰もが、村の誰かが殺したことを判っていながらも、子供じみた言い訳を口にして信じたふりをしたのだ。


『あの家族は妖鬼を拾って育てたおろかものだ。だから死んでも仕方がない』

『村で困っている奴はひょっとしたら妖鬼の呪いにかかっているかもしれないな』

『うかつに詮索しては、妖鬼の災いの風にふかれるかもしれない。くわばらくわばら』

『妖鬼が化けているかもしれない。これからはうかつに旅人を家にあげてはいけないな』


 子どもじみた言い訳は、力ある村人の都合の良いように姿を変えていった。

 こうして、旅人を寄せつけず、交易もごく限られた村としか行わない、どんどん衰退していく閉鎖的な村ができあがった。


 返す返すも馬鹿らしい。


 この村は貧しい。子どもはある程度育てられれば立派な労働力となるが、そこまで育てる余裕がない家もたくさんある。だからいまだに言い伝えを盾に子どもを捨てる親がいる。

 僕は、妹と手をつなぎながら赤子のそばに近寄り、山積みになった荷物がくずれないように、背負子をゆっくりおろした。


 可愛らしい顔をした赤ん坊が、言葉の由来通りに顔を真赤にして泣いている。

「もう大丈夫だよ…」

 僕は自分に出来る限り優しく赤ん坊を抱き上げささやいた。

 しばらくあやしていると赤ん坊は泣き止み疲れたように眠りはじめた。


 さて、この子を連れ帰ったら、僕を拾って育ててくれた母さんはなんて言うだろうか。

 ちょっと考えて僕は首を振った。


『名前はなにがいいと思う?』


 ちょっとうれしそうに問いかけてくるに違いない。今手を引いている妹と同じように。


 母さんは村の皆から嫌われている。


 村のしきたりをちっとも守らないからだ。

 困っている旅人にも平気で宿を貸すし、捨てられた赤ん坊を拾って育てる。村人もこちらの頼み事は無視をするくせに、自分が困ったときは猫なで声ですりよってくる。

 母さんは全部いやな顔ひとつせずに引き受けてしまう。


 困ったときはお互い様が口癖の母さんは、時々無茶をして僕を心配させるけども、僕はそんな母さんがとってもとっても大好きだ。


 僕を拾い育てていた当時は、自分の食べる食事を僕に与え、文字通り寝る間も惜しんで働いていた。


 まだ若いはずなのに皮膚はがさつき、肋骨が浮き、腕はやせほそり、ねじればたやすくぽきりと折れてしまいそうだったし、こけた頬と目の下の濃いくまは、さながら死人のようだった母さん。

 それでも俺を見つめる表情は、混じりけなしに愛情に輝いていたのは今でも忘れられない。


 今では僕も随分仕事を手伝えるようになったから生活もずいぶん楽になったけども、それでも家族はどんどん増えていくから、余裕があるワケじゃない。


「もっと母さん孝行頑張らないとな」

「ゆきこもがんばっておかあさんこうこうするー」


 僕の呟きをきいた妹が手をあげながら声をあげた。まだ三つなのにずいぶんしっかりしてきたな。


「そうだね、ちょっとずつお手伝いをしれくれたらお母さんきっと喜んでくれるよ。さてたぶん家族が増えるけど…この子の名前どうしようかなあ」

「おかあさん、きっとハチろうかハチこってつけるとおもうよ?」

「…母さん、名前に関してはひねりが無いからなあ」

「ゆきこ…ほんとうはロク子ってなまえになるんだったんでしょ?」


 僕は苦笑しながら頷いた。さて、ここで物思いにふけっても仕方がない。一度、赤ん坊を妹に預け、僕は牛三頭ほどの量の荷物を積んだ背負子を背負い直し、再び赤ん坊を妹から受け取った。


 妹は自分が家までだっこをしていくとごねたが、家まではまだ随分ある。

「この子の面倒をみるのはこれからはゆきこの仕事だからな。家についたら早速面倒をみなきゃだめだぞ?」

 僕と七つ違う妹は、その言葉を聞き、まかせてくださいと言わんばかりに胸をはりながら僕の前を歩き出す。ちょろい奴め。


 僕は赤ん坊をみつめながらほほえんだ。

 そうさ、この子が妖鬼のハズがないことは僕が一番よくわかっている。


 この森には確かに人に化ける妖鬼は確かにいた。でもそいつは人をからかったりぐらいはするが、人を食べたりは決してしない。

 それどころかそいつはこの村を囲う山々で、凶悪な獣を倒したり、雨を振らせたり、太陽を照らしたり、山に迷い込んだ村人を村へ返したり、村を助けていたつもりだったのだが、村人が何人も何人も山に人を埋めるのを見て、それをやめることにした。


 そいつは最後に村の言い伝えへの当て付けのつもりで派手にイタズラしてやろうと目論んだのだが、拾われた相手が良かったのか悪かったのか。

 そいつをひろった馬鹿がつくほどお人好しで愛おしい母と寄り添って生きていくことを決めたのだ。


 だからこの赤ん坊が妖鬼のハズがない。


 しかし、これでは八人目か。家も狭くなってきたし、引越しもそろそろ本腰を入れて考えないなと。

 母さんにはこれからはもっと楽をさせてあげないと、あの時のお母さんにむくいることはまだまだできない。ひょっとしたら一生無理なのかもな。


「にいちゃあーはやくはやくー」

「ああ、ごめんごめん」


 陽が西の山に隠れていく。橙色から薄紫色へと濃淡がついている雲を眺めながらまた僕は考えこんでいたらしい。


 ある程度お金がたまったらこの村ではなく他の村に引っ越すつもりだったのを前倒ししよう。

 僕は新しい家族の重みを感じながら家路を急ぐことにした。


 なんせこんな、めちゃくちゃな風習がある村はこどもの教育に悪そうだからな。

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