後ろの正面だぁれ?
いつまでも立ち尽くしている訳にも行かず、とりあえず家に向かって歩き始めた。脚が鉛のように重い。
帰りたくないわけじゃない。気持ちの上では早くベッドに入って、布団を頭からかぶって何もかも忘れて眠ってしまいたいくらいだ。でもそんな思いに反して足は全く動いてくれない。
はぁ、とため息を一つ。
何気なく自分の顔に触れてみた。涙が這った部分が渇き、嫌な粘着力を帯びている。
異変に気が付いたのは地元では有名なトンネルに差し掛かった時だった。
――コツン。
不気味に響く靴音。私のものじゃない。
そういえば、と嫌な話が頭をよぎる。
数年前、ここのトンネルで殺人事件があった。もちろん、すでに犯人も逮捕されているし、それ以来街灯も増えた。安全の面ではかなりよくなっている。
しかし心細さも手伝って、ひたひたと付いてくる足音は恐怖心を駆り立てる。
後ろを振り向こうかと立ち止まると、一呼吸置いて後ろの足音も止まる。
本格的に怖い。
私は振り向こうかためらった後、前を向いたまま歩き出した。
――もしも、後ろに居る人が何かしら怖い人だったら顔を見たら殺されるかもしれない。だったら見ないでとっとと人通りの多い方に行った方が良い。
私は速まる鼓動に同調させるように意識を足に集中させて動かした。
けれど、早足になればなるほど、後ろから聞こえる足音も早まる。
それを数分――いや多分数十秒、繰り返したら、私はもはや走っていた。
走る最中、私はついに振り返ってしまった。
目に飛び込んできたのは、二十メートルほど後ろを、同じく走っている男の姿だった。心臓が口から飛び出すかと思った。
私はすぐに前を向きなおし、気を引き締めて足を動かした。
だが、私はすぐに後悔した。思考回路がパンクして頭が回らなかったとはいえ、何故気付かなかったのか。
トンネルを抜けた先は車道だった。
クラクションの音が聞こえた先を見ると、視界が一瞬で真っ白になった。