ぴちぴちぴちぴちぴちぴちぴち
「まさか、貴女が詩織さんだったとは予想してませんでした」
「私だってびっくりですよ。まさか、昴君のいとこだったなんて」
西園寺いち。それが彼の名前だった。
結局いちさんに連れられて西園寺に戻る事になった私は、隣を歩くいちさんの横顔を見詰めた。
――似ている。
背はいちさんの方が高いし、髪も微妙に長い。けれど、切れ長の目や薄く形の良い唇は昴君のそれとそっくりだ。どうして気が付かなかったのか不思議になる位だ。人間がいかに雰囲気だけで相手を認識しているかがわかる。
「穴があきます」
沈黙を破ったのはいちさんだった。
「視線が刺さる様です」
私はハッとして目を逸らした。前を向いていたからまさか気付かれているなんて思わなかった。
「そんなに僕は良い男ですか?」
「あ、いえ……」
そうじゃなくて、と言いかけて気付く。それは否定する方が失礼じゃないか、と。
けれどだからと言って、かっこいいです、と言うのもなんだか気持ち悪い気がする。
うんうん唸っていると、隣でククッとのどを鳴らすような笑い声が聞こえた。
「そんなに悩まないでくださいよ。軽いジョークですから」
「すみません。昴君によく似ていたもので、つい」
「確かに僕らはよく似ていますけど――」
いちさんは少しだけ、本当に少しだけ、眉をひそめて言った。
「それは昴君の前では言わない方が良いですよ。きっと不機嫌になりますから」
「……気を付けます」
昴君といちさんの間に何があったかは分からない。だけど何も聞かない。人には聞かれたくないことの一つや二つあって当たり前だ。
「気を使わなくて結構ですよ。別に仲が悪いわけではなく、ただ趣味が合わないだけです。僕の方は昴君のことを嫌いじゃありませんし」
ニッコリと微笑んだその顔は見慣れないものだった。昴君はこんな笑い方はしない。
「ところで……いちさんって、歳はいくつなんですか?」
このままだと、つっこんではいけない話へどんどん突き進んでしまいそうだったため、私は無難な話題を提供した。
「ぴっちぴちの二十一歳です!」
……少しだけ、昴君がいちさんを苦手だという理由が分かった気がした。