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あいつ人間なのか?

 その後、絵里と彩香に連れられて洋服、家具、雑貨、本屋と連れまわされて、友樹の両手に紙袋が次第にいっぱいになって行く。


「英次さんも手伝ってくださいよ」


「俺は財布だぜ」


 不満を口にした友樹の腕には左右に計八つの紙袋がずっしりとぶら下がっていた。


「梨華姐ぇ」


「男の子でしょ」


 梨華も全く取り合わなかったが、友樹の手の甲にぽん、ぽんと手を当てると、ふわりと荷物が軽くなった。


「あれ?」


「反重力制御の魔術(プログラム)を使っただけよ。重力加速度約十を今は四くらいに設定してるから、荷物の重量は今までの半分以下」


「梨華姐ぇって何でも出来るんすね」


 友樹が唖然とすると、梨華は微笑むだけで何も言わない。国連魔導軍(UNマギナリー)が何年もかけて殺せなかった対象だけある。


「友樹くん、帰ろうか」


 絵里が友樹の両腕の荷物を見て心配そうにやって来る。


「先輩、大変そう」


 彩香も心配してくれるが、その荷物を作ったのはこの二人だ。道行く人たちは学園(アカデミー)の生徒が一般人にこき使われているのを見て怪訝な顔をしている。基本的に学園(アカデミー)の生徒とは一般人は関わりを持ちたいとは思っていないのが本音で魔導師(ウィザード)はやはり通常の人々とは一線を隔す存在だった。


「まぁ、あと少しくらいは大丈夫だ」


 友樹が強がると、絵里と彩香が「友くん頼りになるよー」とか「先輩がいて助かります」と友樹をおだてる。


「あの二人は魔導師(ウィザード)になるよりそういう『お店』のほうが向いてるわね」


「だな」


 梨華の言うことに英次が同意する。


「友樹って欲しいものとかないのかしらね、あの子買い物の手伝いはちょくちょくしてるけど、自分で欲しいものって買ったところみたことないんだけど」


「あいつはああ見えて自分で稼いでるからな。友樹は単独任務可能執務執行官(インスペクター)で無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)とは別に任務を与えられることがある。基本は調査(チェック)とか内偵(スパイ)がメインだけどな」


「へぇ、学園(アカデミー)にいないことが多いから何をしてるかと思ったけど」


「んなことまで調べたのか」


 英次は梨華がPDAをよく触っているのを記憶に留めていたが、出席状況まで調べていたとは思わなかった。


 エターナル?本国…あのおじいさんは何を言ってるのかしら?


 梨華は心の中に懐かしい響きを感じて茫然としていた。



 その後、軽く食事をとってセーフハウスに戻ると、彩香がそろそろ戻りますね、と今日の戦利品を手にして帰宅していく。


「…静かだ。平和だ」


 友樹がテーブルに突っ伏してだらりとくつろいでいると、更紗が「お疲れ様」と友樹に労いの言葉をかけた。


 基本的に無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)は静かなメンツが多く、会話がないわけでもないが、無駄に騒いだりはしない。騒いでいるのは絵里一人でそれに友樹が巻き込まれているのだが…。絵里は買い物したものを自分の部屋で整理しているらしく、今は英次と梨華がコーヒーを嗜みつつ、更紗は出かけたときと同じように情報を集めたり裁いたりしている。


「最近、大きな事件もないっすね」


 友樹が何の気なしに呟くと、更紗が手を止める。


「確かに国連魔導軍(UNマギナリー)が動くような事件はないですね。治安を守る組織のほうでもようやく魔導師(ウィザード)を正式採用したりしてますから、そっちのほうで物事が解決してしまっているのかもしれませんが」


 更紗の言う、治安を守る組織とは『警察』や『自衛隊』に所属するものだ。警察の魔導師(ウィザード)は『魔導機動隊(マギシールダー)』と称され、自衛隊は日本魔法省が管理している『魔導師団(マジックブリケード)』となっている。


「日に日に俺たちの職場が奪われている気がしますけど」


 友樹の疑念もわからなくはないが、それはそれでいいことなのだと思うのは梨華だけだろうか。


「警察や自衛隊が対応出来ないようなものは国際的な犯罪や大規模な破壊活動よね。まぁどっちも私がやってきたことだから言えることだけど、やる側もけっこうな労力がいるのよ」


「…貴重な意見をどーも」


 友樹が「つまんねー」とじたばたと暴れる。そういう仕草は子供っぽく、友樹が常に背伸びをしているのが伺える。


「私たちは国連魔導軍(UNマギナリー)に所属しているだけでお給料を貰っていますけど、それだけじゃ生活できませんからねぇ」


 国連魔導軍(UNマギナリー)に所属している魔導師(ウィザード)の一般的な給料は魔導師階級(ウィザードランク)部隊階級(チームランク)によって定められているが、基本給は二十万後半とかなり少ない。学園(アカデミー)によるリーグ戦などに出場して賞金を稼いだり、法人や個人からの依頼を学園(アカデミー)を仲介して引き受けることで、魔導師(ウィザード)は基本的に生活資金を稼いでいた。


「んー、学園(アカデミー)に行って何か依頼でも受けてくるかな」


「そうね」


 梨華がPDAを操作して、今学園(アカデミー)にある依頼を閲覧する。


「梨華姐ぇは魔導師階級(ウィザードランク)的にどれでも選べるからいいっすよね。自分は二等魔導師(セカンダリスト)なんで、依頼内容に制限がかけられちゃうんですよねぇ」


「知ってるわよ。だからこうして調べてるんじゃない」


 梨華が閲覧しているのは一等魔導師(ファスター)以上クラスの依頼で、それを『信任した下階級の魔導師(ウィザード)』に流す、学園(アカデミー)ではあまり良しとされていない『受注』を行おうとしていた。


 働かないで手数料を取る、というので上位の魔導師(ウィザード)は特をするし、下位の魔導師(ウィザード)は実績に結びつくため、黙認されている行為でもある。


「絵里ちゃんなんて三等魔導師(サーディアン)でしょ。あの子一日がんばってもバイト代くらいしか稼げないんだから、二人で私の下請けでもやってみる?」


「はい、英次さんや更紗さんにお願いして何回かやってるんで、大丈夫かと」


 友樹の返答に梨華が満足すると、更紗が梨華を見る。


「けっこう甲斐甲斐しいんですね」


「嫌味ならもうちょっと遠まわしに言ってくれない?」


「そういうわけじゃありませんけどね」


 更紗がテレビにPDA端末の情報を転送してやると、梨華は「気が利くじゃない」とPDAを操作しながら友樹とテレビを見る。


「依頼のケースも色々あるし、金額も様々なのね」


 実際、梨華がこういう依頼を請け負う画面を見たのは初めてだったので、興味津々に画面をスクロールさせていく。


 企業間同士の抗争の仲介。テロを受ける可能性がある企業の護衛。


「こんなの面白そうだけど」


「浮気の実態調査って、俺にやらせるんすか」


 友樹が苦笑すると、推奨年齢が二十歳以上になっているのを見て、梨華が「ダメね」と次に進める。


「降矢教授からの依頼も結構出してるのね」


「降矢さんは大学部で教授の中じゃ一番の権力者ですから、色々と手がけているらしいですよ。財界人や政界とのパイプも太いみたいですし」


 更紗が「そういう理由で色々と他の部署からも請け負ってくるのを生徒に流している」と説明する。


「止めてください」


 スクロールして流し読みしていた友樹に言われて、梨華が画面を少し戻す。


「ここです」


 友樹に言われて、梨華が依頼内容の詳細をピックアップする。


「これって魔導装具(アクセサリー)の回収よね」


「製造禁止された魔導装具(アクセサリー)の一部が時折流出して闇市場に流れるんですよ。それの追跡調査と回収をするんです」


 更紗が「めずらしいことではない」と言うが、梨華は目を細める。


「めずらしいことではないけれど、なんでそれを一等魔導師(ファスター)以上なんですかね。これは基本的に個人依頼で出すような形式の依頼じゃないですよ」


 友樹が引っかかったのは、人数も労力も必要な依頼なのに、対象が個人ないし数名になっていることだ。


学園(アカデミー)の依頼ですから、変なものは混じっていないはずですが…」


 更紗が依頼の出先を探り、テレビにそれが表示されると、梨華が依頼人である会社名を見てなるほど、と頷いた。


「アーシア公共特殊財団って私の義父さんの会社で、学園(アカデミー)の大元よ」


「アーシア公共特殊財団の第三技術研究部、兵器開発部門主任ロバート・ロッシュさんからの依頼ですね」


「ロバートね、いいわ、これ受けてみる?」


 梨華の知り合いなのか、と友樹はそれならやりやすいかもしれない、と頷く。


「基本的に変態だから、面白いわよ」


 依頼受注のボタンを押して梨華が笑うと、友樹は急に雲行きが怪しくなったような気がした。


「英次、友樹と絵里を借りるわよ」


「あいよ」


 略式以下の部隊員(メンバー)の徴収に英次が気楽に梨華に人員を分ける。


 英次が片手を挙げると、友樹が絵里を呼びに行く。


「で、危険な任務じゃないんだろ?」


「ええ、言ったでしょ。ロバートは変態なの。これはゲームなのよ」


「知ってるよ。ロバート・ロッシュ主任は色々と問題も多い。天才とバカは紙一重とは良く言うけど、共存させちまってるような人だからな」


 英次が苦笑いすると、梨華も同じように笑う。


「私はあの人、苦手ですね」


「ロバートは更紗をお気に入りリストに閉じ込めて毎日眺めたいって言ってたけどな」


「最低ですよ」


 更紗がうんざりとすると、梨華が「変態だもの」と呟く。


「お待たせしました」


 絵里が制服に着替えて首にさっき買ったチョーカーを巻いて出て来る。


「今日の買い物のことで義父さんにメールで知らせたけど、金額が金額だから直接感謝しないといけないし、ちょうどいいわ」


 梨華が渡りに船よね、と言うと、急に巨大な掃除機が動いているような音が響く。


「…何の音ですか?」


「接近中のF-52がステルスと静粛機動を解除しました」


 更紗がカーテンを開けると、垂直離着陸可能な可変翼を搭載した戦闘機が目の前でホバリングしている。


 コックピットが開いて、中から立ち上がった白衣を着た男が仁王立ちしていて、何かを言っているが全く聞こえない。両腕を胸の前で組み合わせて、何かを言った後に右手をこちらに差し出して、また何かを言っている。


『なんなんすか?』


『撃墜します?』


 友樹と絵里が精神情報網(ネットワーク)を解して話しかけ、梨華が首を横に振った。


『あれがロバート・ロッシュ』


『ですね』


 更紗が二度と会いたくなかったように、面倒そうに呟く。


『懐かしい顔がありますね』


 帰って来た降矢がリビングにやってくると、ロバートが降矢を見て、こちらに飛んだ、がベランダに届かず落っこちていく。


『少し近所迷惑な音なので』


 降矢がコックピットに入って何かを操作して戻ってくると、戦闘機が無人でどこかに飛んでいく。いくら音が小さいといっても完全に消えるわけではない。


「近くの自衛隊の滑走路に降りてもらうことにしました。いやぁ、無人って素晴らしいですよね」


 降矢がにこやかに笑うと、ぬっとベランダにロバートの顔が出現して、梨華が驚いて友樹の後ろに隠れる。


「うぇーるかーむ」


「いや、ウェルカムはこっちのセリフでしょ、ロバート」


 梨華が正確に突っ込むと、ロバートは「おーぅ」と顔に手を当てると、ベランダを掴んでいた手を放してしまったので、また落っこちていく。


「見事なドップラー効果よね」


 ロバートの叫び声が次第に遠くなって行くのを聞いて梨華が呆れると、しばらくしてまたロバートが顔を覗かせる。


 ここは三十七階に位置するのだが、それをよじ登ってくる彼の心理は理解できない。


「平気なんですか?」


 絵里が手を差し伸べると、ロバートがベランダにようやく到達する。


「…」


「なんと愛らしい天使だ。びゅーてぃふるです」


 ロバートは絵里の手を握ったまま離さす、絵里は手を離そうとぶんぶんと腕を振るが絶対に離してくれなかった。


「えっと、離してください」


「ノー、私たちはくっつき合う磁石と一緒なのですから、無理な話です」


「こうすればいいのよ」


 梨華が剣をどこからともなく取り出してロバートの肩をめがけて振り下ろすと、ロバートが瞬時に手を離す。


「ひどい、酷すぎる。生まれた幼い少女の命と触れ合うのは私の心の救済だと言うのにっ」


 オーバーアクションで残念がるロバートに、梨華はもう何も言わない。


「それを巷ではロリコンって言うんですよ」


 更紗が我関せずと決め込んでいたのだが、耐えられなくなった。


「ここにもえんじぇうがいるじゃないですかっ」


 ロバートが飛び込むようにして更紗に近付くと、英次が顔めがけてコーヒーカップを投げつけると、ぐにょり、と身体をくねらせてそれを回避するロバート。


「ん?マイカーのスペシャルな音が聞こえませんね」


 ロバートがベランダのほうを見ると、わなわなと肩を震わせてその場に力なく座り込む。


「どこですかー、スティラ?隠れてないで出て来てくださいおー」


 ベランダに出て周囲を見回すが、何もない。静かな夜の空が広がっているだけだ。


「さっきの戦闘機のことを言ってるんですかね」


 絵里が気味悪がってベランダの窓を閉めて、がちゃり、と丁寧に鍵をかける。


「おう、なぜ閉じ込められて!はぅ、これでは話ができませーん。へるぷみー」


 がんがんと窓を叩くロバートに梨華が額に手を当ててため息を吐いた。


 キュー、ぽこん。


 鍵の部分にコンパスのようなものを当てて傷をつけると、そこを殴って鍵を開いてロバートが中に入って来る様を見て、絵里が「ぇー」と不満を露にする。


「あなた泥棒に転職したの?」


「研究員の前提必須ジョブがシーフでしたネー」


「どんなスキルツリーだよ」


 友樹が唖然とすると、ロバートがおほん、と咳払いをした。


「私はアーシア公共特殊財団の第三技術研究部、兵器開発部門主任であるロバート・ロシュですよー、よろしくー」


「自己紹介で舌噛む人始めてみた」


 友樹が「変態」と呼ばれている理由がよくわかった気がした。確かにこの人は常人ではない。


「これからそっちに出向く予定だったんだけど、そっちから来てくれるとは思わなかったわ」


「たーいむいずまにーでーす、お嬢様」


「少なくとも時間を大切にしている人は、地上とここの壁を這いずり上がっては来ないと思うのだけれど?」


「エレベーター使いますよね?」


 絵里も「ありえません」と言うと、ロバートはぶんぶんと首を横に振った。


「がーる、それでは丈夫な子を生むための基礎体力がつきませんのですよー」


「はぁ」


 絵里が首を傾げる。


「でもロッシュさんは子供生みませんよね、男性ですし」


「私はあなたの心配をしていまーす」


「余計なお世話です」


 絵里が笑顔で言うと、ロバートが「おー」と残念そうに額に手を当てる。


「で、本題に入りましょう」


 梨華がいつまで経っても話が進まないと話を変える。


「今回のゲームは?」


「四十八時間ほど前に流出した『X』を確保していただきたいのデース」


「対象『X』は危険物?」


「どちらかと言うと、そうかもしれませんがー、私たちの手に渡る前に紛失してしまいましたネー」


 梨華がふむ、と考える。そこでなぜ考えるのか友樹には理解できない。


「と『X』には私の記した愛の軌跡が記されていまーす」


「はぁ?」


 友樹が素っ頓狂な声を上げる。


「ラヴィレィターでーすよ」


「そんなのどうでもいいじゃん」


 友樹がバカらしいと、ロバートを殴ってやろうとすると、降矢が友樹を止める。


「ロバート・ロッシュ。それは世界に対する愛ですよね?」


「デスネー」


 降矢にロバートが何処と無く今までのふざけた印象とは違う、真剣な態度で答える。


「ロバート・ロッシュは私の大学時代の同期でしてね。性格以外は優秀なんですよ」


 降矢がそう言うのならばそうだろうが、人間として破綻している様を見せられてしまっては尊敬することが出来ない。絵里に至っては友樹の背中にしがみついて離れようとしない。梨華もその点は知っているのであえて何も言わないが…。幼少時の梨華に手を出そうとしたロバートは義父に命令されて、スペースコロニー勤務を命じられた経緯もある。


「世界に対する私のラヴは誰にも止められてはいけないのでしたがー」


 日本語が多少不自由なのは多めに見て、梨華は「結構シビアよね」と呟いた。


「何がどうなってんだ?」


 ロバートが一人で何かをごちゃごちゃと梨華の後ろで叫んでいるのを無視して、友樹が梨華に尋ねる。


「彼の論文は対話形式で構成されるものがほとんどなのよ。その中に脈絡も何も無い数式や構成式が暗号化されて隠されているのね。それを欲しがる連中が今回、物体『X』試作機と同時に強奪したってこと。それを取り返す必要があるんだけれども…」


 ロバートが梨華に後ろから抱き着き、梨華は苦笑する。


「ねぇロバート、女の子が好きなのは仕方ないと思うけれど、あまりやりすぎると太陽のフレア調査のためにミサイルにくくりつけられて発射されるわよ?」


「おー、私の愛は太陽熱でも焦げないほど萌えていますよー?」


「なんかちげー」


 友樹がため息を着くと、ロバートが手を離した。


「物体『X』はさして問題ではないのでーす。同じものを作ればいいだけなのですが、それを悪用されては私はべりーさっどねーす」


「何を作ったのかくらいは教えてもらいたいのだけど」


 梨華に言われ、ロバートは少し考える素振りを見せる。


反魔力波動(アンチマギサイクル)を展開するEMPシステムですネー」


「なにそれ」


 絵里が首を傾げると、降矢が「なるほど」と頷く。


「魔力炉の暴走によって周囲に過剰な魔力供給が発生すると一般人は軽い呼吸困難やショックを受けて倒れたり、意識を失ったりします。魔力波動(マギサイクル)の衝撃圧力を緩和するために今まで様々な研究が行われていました。浜松原発が魔力路に置き換わって週十年が経過していますから、その劣化した反魔力波動(アンチマギサイクル)用のEMPを新型に変える予定がありましたね」


「あー」


 友樹が降矢の説明を受けてもさっぱりわからない、とかぶりを振る。


「イエース、イエース。さすがミスタ降矢は理解が早いのでたすかりますねー」


「使い方を間違えると魔力炉を暴走させることもできれば、魔導兵器の出力を不安定にさせることも可能です。国防上、けっこうよろしくないことになるかもしれません」


「じゃあ、なぜ国連魔導軍(UNマギナリー)に依頼しないの?っていう話になりますよね」


 更紗と英次が情報の照会を始めつつ、更紗が横槍を入れる。


「今回のことは国連魔導軍(UNマギナリー)は関与しないと正式に言われましてネー。極東地区の問題は極東地区で解決しろと言われてしまいましたー」


「なるほどね」


 英次は納得すると、梨華が「大国の一致」ね。とうんざりする。日本は『魔導先進国』として地位を確立したが、それをよく思わない連中がいるということだ。世界の警察を気取る超大国が最近では日本に対しては特に煩い。


「とりあえず、国内に物体『X』はあるのよね?」


 梨華がロバートに尋ねると、ロバートは頷く。


「ねぇロバート、仮想イメージをそのまま数式化するような道具って作れる?」


「んー。魔導装具(アクセサリー)は極端な話、それを実行しているわけですがー…。仮想イメージを何がしかの媒体に書き込んでそれをマウントすることができるならば、可能だとおもいますよー?」


「私は媒体がないものをそのままイメージとして出力したいの」


「…あのリトルガールのためにですか?」


 友樹の後ろに隠れている絵里をびしっと指差すロバートに友樹が驚く。


「未成熟なのは身体じゃないということですネ?」


「ほっといてください!」


 絵里が友樹の後ろから吠えるが、ロバートは「おこらせてしまいましたーよぅ」と肩を落とす。


「ロバートって魔導師(ウィザード)でもないのに、そういう人の能力や使っている魔術(プログラム)をすぐに判別できる希少能力を保有してますからね。故に魔導装具(プログラム)も見ただけでどんな効果があるのかすぐ判別できるんです」


 降矢がこれで魔導師(ウィザード)であったらかなりの魔導装具(アクセサリー)使いになれたはずだ、と残念そうな顔をする。


「仮想イメージをインプットした媒体は魔導師(ウィザード)本体デース。それを世界というフィールドにアウトプットしていることにより魔術(プログラム)が発動するのですから、仮想イメージに書き込まれた規律(ルール)が正しい数式(コード)でなければなりませーん。それが逸脱しているものを『妄想』や『幻想』と言わないでなんといいますかねー」


「極端な話、そのイメージがないから出力できない子ってこと。それを…」


「うぇいと」


 ぴたり、と手で止められて梨華は顔をしかめる。


「その話よりも先に『X』を回収していただけないでしょうかねー」


 それもそうだ。こちらが依頼を受けるのに、こちらが依頼していても話はこんがらがるだけだ。


「物事にはプロセス、というものがありまーす。ビジネスですから、それは譲れませんよー」


 がらり、とベランダに通じる窓を明けて、ひょいとロバートが外に出る。


「あでぃおす、あみーご」


 柵を乗り越えてロバートが視界から消えていくのを友樹が見送って…。


「あいつ人間なのか?」


「鋭い質問ね」


 私も正直、人間じゃないと思う、と梨華が一人ごちる。


「物体『X』でどこにいったかもわからないんじゃ、私たちに探せるんですかね」


 絵里がようやく危険がなくなったと友樹の後ろから出てくると、友樹が「うーん」と悩む。


「何をそんなに悩んでいるの?」


 梨華に言われて友樹と絵里が首を傾げると、英次と更紗が意味深に笑っている。


「絵里さん、あなたなら情報がなくても探せるんですよ」


 降矢が痺れを切らしたかのように言うと、英次が「おいおい、これは二人のこなさなきゃいけない依頼なんだぜ」と釘を刺す。


「まぁ…いいか」


 英次も協力するかのようにPDAを取り出して、更紗と視線を交わすと、更紗が頷く。


「物体『X』は調べればすぐに何か出てきました。彼が『X』と記号を打ったのは政府や公共物の開発物に対する符号の『X』で、その『X』は開発が終了してから奪われたと言っていた。と、言う事は極秘取り扱い物ではない」


 更紗がテレビに物体『X』を表示すると黒い外装をしたただの箱だった。


「物体『X』は内部に精密な『魔導機械(マキナス)』を封入していますが、それは問題ではない」


 更紗が箱の大きさを表示すると、絵里が箱のイメージを頭の中で組み立てる。高さ三メートル、幅六メートル、奥行き三メートルの立方体。


「絵里ちゃんの『女神の(ガディスアイ)』を使用許可します」


「はい」


 絵里が目を閉じると、いつもの癖で更紗に見えたものを転送する。世界中の同じような物体をピックアップしてはすぐに次の検索を開始する。最も絵里がそれが物体『X』であると思ったものを探しているのだ。


 テレビに映し出されている絵里の視ているものを全員が凝視する。ロバートは絵里の持っている『希少能力(レアスキル)』を見抜いて、余計な説明を一切しなかった。ふざけた野郎だが『時は金なり』と言うだけあって説明は無駄だと判断していた。


「該当数百六十八。候補一」


 絵里がふぅ、と目を開くと、梨華が「ご苦労様」と頷く。


「破壊に赴くとしますか」


「破壊するんすか?回収じゃなくて」


 友樹が首を傾げると、梨華が「回収は不要」と言い切る。


「物はいくらでも作ればいいって依頼主が言ってたじゃない。彼の『ラブレター』なんて、実は彼の頭の中に入っているのよ。いい?取扱説明書なんていくらでも複製(コピー)できるでしょ?」


「ぇー、取り説だったの?」


 絵里が信じられない、と唇を尖らせる。


「依頼内容は出来れば回収だったけれど、私がいる時点で「回収はしてくれない」って理解したはずよ」


「すごい信頼だな」


「私のほうが彼の上司になるんだもの」


「これはこれは」


 英次がそれなら話は早いな、と絵里を見る。


「やっちまって構わないらしいぜ。見たところ、船かなんかだろ?」


「日本海側の日本領海限界の位置ですね」


 絵里がどうして奪ったんでしょうか、と首をかしげる。


「政府との約束した納期に間に合わなければ信頼が崩れると思った敵対企業のやったことでしょうね。うちのラボはセキュリティが万全だから、輸送中にトラックごと奪うしかなかったはずよ」


「船舶ごと破壊しても構いませんか?」


 絵里に尋ねられて、梨華が諮詢する。


「テロ屋さんは基本的に壊滅させても構わないんですよね」


 国連魔導軍(UNマギナリー)の教導(プラクティス)で確かにそう教えられた絵里が首をかしげながら、まるで明日の天気は何ですか?と聞いてくるように尋ねてくる。


「出来るだけ目標のみを破壊してやれ」


 英次が呆れて言うと、梨華が「そうね」と頷く。余りにも普通に人を殺す宣言をされて

梨華の思考が途切れていた。


「友樹くん、窓を開けてもらって良いです?」


「了解」


 絵里が窓から外に出てふわりと空に舞い上がる。地球の丸みを計算して必要高度に到達後、腰に下げていたショルダーバッグから大型狙撃銃(スナイパーライフル)魔術(プログラム)で高速組み立てして、弾丸(バレット)を媒体にした魔力弾(ブリット)を練り上げた。魔力(マギウス)弾丸(ブリット)の配合量を『女神の(ガディスアイ)』を使用して、射線(ライン)の状況を確認する。距離(レンジ)風速(ウィンド)着弾(インパクト)までの時間、威力の調節(パワーコントロール)を瞬時に行わなければならないが、絵里の頭の中にそれらは全て『入力(インプット)』されている。


「絵里ちゃんの有効射程距離(パフォーマンスレンジ)は?」


 梨華が更紗に尋ねると、更紗がテレビに地球の映像を映して、円を描くようにして射程範囲を表示する。


「半径千六百キロメートルが限界射程(リミット)です。精密射撃で九十九パーセントなら、ですが」


「乱射するだけならばどこにでも飛ばせるってことね?」


「はい」


 更紗が頷くと、テレビの画面に目標である物体『X』が表示される。3Dフォログラフィで描かれた日本に今自分たちがいる場所が点で表示され、目標が日本と中国の領海ぎりぎりに表示されていた。


「オールクリア、ですね。障害物がない」


 更紗が呟くと、ごんっと鉄をひっぱたいたような音が響いた。


 発射された弾丸が点で表示されて絵里を示す点から離れていく。


魔力弾(ブリット)に爆発の魔術(プログラム)を組み込んだ弾だ。対象は着弾と同時に吹き飛ばせる」


 英次が梨華に説明すると、梨華は「ふぅ」と息を吐いた。正直な話、今から向こうに飛んで直接破壊するつもりだったのだが、絵里が外に飛び出して「破壊する」と言い出したのだから、どうやってやるのだろうか?と思っていた。


 まさか…狙撃とは思わなかったわ。


 今までよく自分が狙撃されなかったと思う。軍が使っているミサイルに搭載されたカメラの映像のように弾頭が飛んでいる映像が映し出されていた。分割された画面に今、弾丸がどこを飛んでいるのかも確認できる。更紗が追尾している弾丸だと、恐らく残り十数秒で着弾する。


「よく失速しないわね」


「放物線を描くといっても、普通は落ちるからな。絵里は自分じゃわかってないが、そこらへんも魔術(プログラム)で補填してるんじゃないか?」


 英次に言われて梨華は顔を顰める。


「そんな顔をしないでくださいよ、梨華さん。あの子は結構、頭で考えるよりも感覚で物事をこなすタイプなんです」


 降矢が梨華の肩を叩くが、梨華はそれでも納得出来なかった。


魔導師(ウィザード)っていうのは科学者なのよ。ここの連中ってどうしてそう『魔法使い』が多いのかしらね」


 梨華が愚痴るのも無理はない。


 感覚のみで物事を解決していく英次や友樹は確かに魔導師(ウィザード)の中でも特異な種類になる。梨華の苛々する原因は「なんとなくやったら出来た」と原理を理解せずに実行して、成功させられてしまうことだ。


 そんな適当なことは認められないのよね。


 梨華の思うところは、あまりソリの合わない更紗の思うところで、二人の感情はそこで一致していた。大きく分けて、理論派な降矢、梨華、更紗と直感派な英次、友樹、絵里で無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)は構成されていた。


着弾(インパクト)までおおよそ十秒前」


 更紗が知らせると、全員が目標物と弾丸の捕らえた画像を見つめる。


「七…六…五…」


 弾丸が完全に老朽化した今にも沈みそうな船を映し出している。


「二…一…着弾(インパクト)


 弾丸が物体に着弾して軽く火花を散らして、箱の内部にめり込む。同時に炸薬が爆発したかのような大爆発が起こると、絵里の見ていた目標が完全に溶け出した。


『目標の破壊を確認しました』


 絵里の声がテレビから聞こえてくる。インカムをセットした絵里が送信しているのだろう。


「ただいまー」


 絵里が部屋に戻ってくると、梨華が「おかえり」と答える。


「あの弾丸ってなんだったの?」


「炸裂させようと思ったんですけど、物質がかなり高温と衝撃に耐えられるように設計されているんじゃないかって思って、炸裂じゃ破壊力が足りないって考えたんですよ」


「それは正解だったかもね。炉心融解温度を超える温度を叩き込んだあの弾丸は『高温弾』かしら?」


「はい」


 絵里が頷くと、梨華はため息を吐いた。


「更紗、海上保安庁に救助要請。あの船の場所を」


「へ?」


 絵里が首を傾げると、更紗が素早く海上保安庁へ連絡を入れる。


「炉心融解温度を超える高温を発生させたらそら…船体にも穴が開くわな」


「燃料に引火するでしょうね」


 英次と降矢が口々と言うと、テレビに表示されている船が爆発して海から水蒸気が立ち上げて行く。


 全員が事の顛末を見守る中、次々と爆発が起きて、三十分後には完全に船が海に沈んだ後も水蒸気がもうもうと立ち上がっていた。


「ま…まぁテロ屋なんて壊滅させたほうがいいって、な?」


 絵里が真っ青な顔をしているのを見て友樹が励ます。


「そうね、まぁ目標の破壊ついでにテロに加担していたグループも抵抗なしに拘束できるんだから、良かったんじゃない?」


「え?」


 絵里が首を傾げると、絵里が『女神の(ガディスアイ)』で漂流物を走査すると、救命ボートに乗った人々が映し出される。


「作戦は成功(ミッションインコンプリート)


 梨華がぱんっと手を叩くと「今日は疲れたわね」と浴室に向かっていく。


 シャワーを浴びつつ、絵里の行った狙撃の解析を頭の中で高速で組み上げる。見事な魔術理論(プログラムロジック)を応用した狙撃だ。何処までも見渡せる瞳と何処にでも届く槍を持っている。


「これが『無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)』なのね」


 ふと自分が一人で笑んでいることに気付く。


 英次、更紗の創設した「部隊(チーム)」である無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)は『女神の(ガディスアイ)』と更紗の『前線管制(ウォッチ)』という二つの視界を併せ持ち、解析を行い、手足である前衛(フォワード)後衛(バックス)を使って相手を攻撃ないし拠点防衛を行う。抜け目がない。


「こちらを倒そうとしてくる敵がいたら、どう来るのかしら」


 ふとそんな疑念が浮かぶ。攻略するにはどうする必要があるのかを考察してしまう。完全であればあるほど、そこにいると危機感が薄れてしまうことを恐れている。


 そうじゃなかった。


 自分の中の何かがうずく。


 完璧なものを壊してみたいと思うのは…。

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