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こっちの話よ。お兄ちゃん、しっかり面倒みてあげてね

 なかなかに退屈だと思う、と梨香はテレビを眺めていた。


「お、懐かしいことしてますね」


 三十分ほど過ぎて友樹が風呂から上がってくると、梨華がテーブルに盾肘を着いてビデオを眺めているところにやって来た。


「どんなバカでもわかるように更紗さんが説明してくれてるんすよね」


 当の更紗はすでに自室に入って眠ってしまっているが、梨華が一人でビデオを眺めているので声をかけたが、梨華は「そうね」と答えるだけ。


「じゃあ…がんばってください。それ見た後、確かテストと実習とか言われると思いますから、明日は休みがないと思ったほうがいいっすよ」


 友樹が警告して立ち去ろうすると、がしっと梨華に腕を掴まれた。


「ちなみにこれ、あとどれくらいあるの?」


「全部で三時間です」


「あと二時間半もあるのね」


 梨華がさすがにしんどい、と呟く。


「がんばってください」


「私一人で起きてろっていうの?間違ってあなたの部屋に入って一緒のベッドで寝ちゃいそう」


「…」


 梨華が暗に一緒に起きてろと言っているのだろう、と友樹は感じると、しぶしぶ梨華の前に座る。


「で…覚えてるんすか?」


「ん、聞き流してるだけでも頭に入るのよね、不思議なことに」


「どんだけハイスペックなんすか、その頭は」


 友樹が苦笑すると梨華が「そういうもんなのよ」と呟く。


 確かに梨華は天才肌だが、それだけでは収拾がつかないほど頭の回転も早い。


「話しかけてもいいですかね」


 さすがに黙って一緒に起きているだけではこっちがダウンしそうなので友樹は口を開くと、梨華が頷く。


「別に平気よ。まぁ、いいですかねって了承を得ている時点で話しかけているわけだけどね」


「そっすね」


 偏屈な人…か。


 友樹が苦笑すると、梨華が首をかしげて友樹の顔を見る。


「具体的に梨華さんは絵里をどうするんですか?何か考えてたじゃないですか」


「ああ、さっきの話ね。えっと…ね。私と英次の合体した魔術(プログラム)を使ってもらうことになると思うの」


「そりゃすげーや」


 絵里の魔力(マギウス)の許容量は確かに上限が見えないが、英次と梨華の魔術(プログラム)となるとそれはすでに魔法(マジック)というより『神』の領域に到達している。


「それでも絵里ちゃんにも発想の限界っていうのがあるし、最初のうちじゃ難しい魔術(プログラム)は使えないだろうから…目に見える妄想を具現化(リアライズ)させようと思ってね」


「目に見えている妄想?」


「映画とか、ゲーム?」


 梨華が素っ頓狂なことを言い出して友樹が首をかしげる。


「妄想を装備させるって感覚よね。友樹が前ゲームやってたじゃない。あの装備を具現化させて、その能力を想像させて現実に発動させようと思うの」


 目に見えないけど、見えているものならば魔術(プログラム)を構想させやすいだろう、と梨華は見ているらしいが…。


「そこで私の魔術(プログラム)のアプローチである、特殊な能力を持った魔導装具(サクセサリー)を自分で作り出す魔術(プログラム)と、英次の自立思考する仮想精霊(ルーチン)を擬似的に顕現化させる魔術(プログラム)というアプローチを組み合わせていけば、あながち不可能ではないの」


強化(リインフォース)装甲(アーマー)を絵里が魔術(プログラム)で組み上げるってことですか?」


「いいわね、それ。そういうことにしましょう」


 梨華がどこまで本気なのか、適当に呟く。


「こんな感じかしら」


 梨華が立って目を閉じると、梨華の体が輝いた次の瞬間、友樹のやっていたRPGのヒロインの服に変わる。が、すぐに梨華はそれを解いてしまう。身長と同じくらいのピンクのスティックの上部に輪が据え付けられ、☆マークの金属がはめ込まれていて、真っ白なミニスカートで惜しげもなく足を見せ付け、体のラインが浮かびあがるようなぴっちぴちの白いシャツの上に紅いコートを羽織っていた…。


「早いっす」


 目の保養にはいいが、装飾華美で露出が趣味にも思えるような格好を見せられて、友樹が逆に精神衛生上よくはないな、と思った。


「私には合わないの」


 梨華が言い放つと椅子に座る。


「こんな感じで衣装を変化させて、その変化後に機能を付加させた魔術(プログラム)を施せば、ある程度の状況変化に対応できるんじゃないかしら」


「状況に合わせて服を変えることによって、使う魔術(プログラム)の幅を広げるってことですか?」


 梨華が少し違う、と否定すると友樹は「そうなんすか?」と難しそうに唸った。


「どんな状況でも魔術(プログラム)は万能に使えるようになってほしいけれど、絵里ちゃんの発想って目に見えるものを基点として考えてしまうから、どうしても浅いものになってしまうのね。だから衣装が変わってそれに対応した能力が発動できるって考えさせないと、魔術(プログラム)が追い付いてこないの」


「絵里は単純だから、衣装の変化だけで自分の精神制御を振り切って魔術(プログラム)を発想することができるってことっすね」


 友樹は確かに絵里ならばそうだろうと笑うと、梨華はため息を吐いた。


「あの子が『女神の(ガディスアイ)』なんて先天的な魔法(マジック)を持っていなければ、こんなことしなくて済むのだろうけど…」


「狙撃能力は『女神の(ガディスアイ)』の能力に大きく依存していますから、無ければ無いで今の絵里とは全く違う絵里になっていたでしょうね。性格も何もかも」


「そうね…」


 言われてみればそうだ。今の絵里は『女神の(ガディスアイ)』によって今の絵里という性格が造形されているのだとしたら『女神の(ガディスアイ)』が無ければ絵里は全く違う絵里になってしまっていたに違いない。


「俺は今の絵里が好きだから…違う絵里は認められそうに無いですよ」


 真剣な顔をして言う友樹に梨華が眉を顰める。


「絵里ちゃーん、友樹くんが好きだって言ってるけどー?」


 梨華が悪戯っぽく茶化すと友樹があたふたと慌てる。


「俺は思ったままのこと言ったんすよ!変な意味なんてないっすよ!」


「…好きとかに変も何もないと思うけどねぇ」


 梨華が苦笑すると友樹が顔を真っ赤にすして俯く。


「ビデオ見てください」


「そうね…まずはこれを片付けないとね」



 梨華はうんざりとすると、ビデオを流しながら友樹と適当に会話をしながら時間を潰していく。ビデオが流れ終わったころには既に時間が五時を回っていた。


「終わりましたね」


 友樹が真っ青になった画面を見て、HDDレコーダーからブルーレイディスクを抜き取る。


「梨華さんは絵里を妹だって認めたんすか?」


 不意に友樹が尋ねると、梨華は「どうかしら」とすっ呆ける。


「あいつはなんていうか、俺にとっても大切な妹みたいなもんで…守ってやりたいと思いました。辛い思いをして、さびしがっていたあいつを実験施設で見つけたとき、人間の酷さを知って、どうしても守りたいと思ったから今も守ろうと思ってます」


 梨華はその時の友樹や絵里を知らない。だが、そう決意した友樹の本気が目の色でわかった。本当の気持ちは誤魔化しが利かないし、隠せるものではない。友樹は強い意思を持った目をしていた。


「そう…じゃあ友樹が絵里のお兄さんなら、私の弟になるのかしら?」


 梨華が「ふふ」と笑うと友樹がにかっと笑う。


「梨華姐、絵里をよろしく頼みますよ」


 友樹がそう言って自室に入っていくのを見送って、梨華は「大変、弟も増えちゃったわ」と呟く。梨華姐と呼ばれて悪い気がしないのが不思議だ。


 とりあえず寝ようかしら…。


 梨華が自室に向かうと、ドアに張り紙があった。


『テストは午前十時に行います』


 更紗の丸っこい文字がこれほど憎たらしいと思ったことはその後なかった。




 梨華と更紗がテーブルで向かい合うように座っているのを見つけて、起きてきたばかりの友樹は梨華の後ろに回ってペーパーテストの結果を覗く。


 筆記テストと実技応用のテストを終わらせた結果報告をしているのだろうが、友樹が点数を見て「へぇ」と小生意気に呟く。


「本当に聞き流すだけで覚えられるんすね」


「そうね、魔導師(ウィザード)だからね」


 梨華はそう言うが魔導師(ウィザード)だから出来るわけではない。かと言って集中力うんぬんで片付けるには梨華はほとんど昨日の教育ビデオを見ていなかったわけで、おかしな話でもある。初めから知っていたら任務中に自分が梨華に使用方法を教えてやる必要もなかっただろう。


 矛盾してるんだよな、この人。


 友樹は首を傾げると、更紗が満足そうに笑っている。不安要素を一つでも潰していくことが出来て喜んでいるのかもしれない。


「梨華さんは部隊員(チームメンバー)の特性などの情報を収集してるんですね。以外でした」


 てっきり梨華はそう言うことをせず、行き当たりばったりで行動する人だと思っていた更紗は、梨華の見ていた絵里のPDA情報閲覧記録に驚いていた。


「まぁ…初日に全員の参加した作戦を全部見せてもらったわ。じゃないと絵里ちゃんにあれやこれやって言えないでしょ?」


「そうですね」


 更紗は「うん、そうだ」と何度も頷いている。梨華はそれを見て「またよからぬことを企んでいるのかもしれない」と心の準備をする。


「さすがですね」


「いや」


 いきなり「いやだ」と言われ更紗がきょとんとする。とりあえず何かやれと言われても否定しようとしていた梨華を察して更紗がにやり、と笑う。それを受けて梨華もにやりと笑う。


「魔女が二人いるぜ」


 友樹が呟くと、更紗が俯いて「ちっ」と舌打ちしたのを二人は見逃さなかった。


『舌打ちしましたよ、舌打ち』


 友樹が精神接続情報網(ネットワーク)で梨華に話しかける。


『この子、かわいい顔してとんでもない曲者よね。私にこれ以上何かやらせるつもりだったみたいよ』


『おだてるだけおだてて色々とやらせますから…梨華姐みたいに優秀な人がいるとたぶん、自分でやらなくて済むことが多くなると思ったんじゃないですかね』


『優秀と褒められても何も出ないわよ。というか出さないし』


『梨華姐らしいっす』


 友樹が呆れたように笑うと、更紗が友樹を見る。


「友樹くん、内緒話は梨華さんみたいに鉄仮面でしましょう」


「うげ」


 友樹が梨華を見ると、梨華はいつものように無表情のままの仏頂面で、何を考えているか全く読めなかった。友樹はすぐに顔が出るタイプなので更紗に精神接続情報網(ネットワーク)で梨華と会話していたのが見抜かれてしまったのだ。


「どうせ私が人に仕事を押し付けようとしてるくらいのこと言ってたんです…あぁ、悲しいわぁお姉さん」


 よよよ、と泣真似をする更紗に友樹が慌てふためくと、梨華が「はぁ」とため息を吐く。更紗の言っている事は全くのあてずっぽうなのだが、事実なので友樹が更に慌てる。


「更紗、私は一つだけ貴女に言いたいことがあるんだけどいいかしら?」


 梨華が話を変えると、更紗が素に戻ってにこりと微笑んで「なんでしょう?」と首をかしげる。


「あなた、どうして前線(フロント)に立たないの?」


「と、言うとどう言う事ですかね?」


 梨華は知っていながらすっ呆ける更紗に苛立ちを隠すように目を閉じて、深呼吸してから目を開いた。意外と気が短いのかもしれない、と友樹は梨華を見て思ったが、それ以上に何を言わんとしているのか友樹には気になる。


「そういうことよ」


 梨華の多様的な質問に友樹も首をかしげる。更紗は前線指揮(フロントコマンダー)として攻撃中の部隊(チーム)の中央で情報処理を行い、共に同じ戦場の空を飛んでいる。そこはまさしく前線であって、後ろの司令部ではない。故に梨華の言っている事は理解し兼ねる発言だった。


「隊内でも高い魔力(マギウス)とそれに伴った高い魔導師階級(ウィザードランク)が与えられているあなたは技術(スキル)もある。どうして攻撃しないの?って聞いているのよ」


 確かに更紗は攻撃に参加したことは一度もない。


「教えて、あなたは切り札?」


「奥の手、です。切り札は全力開放された魔力を放つ、英次さんとあなたです」


 更紗があの目をしていた。


 危機に陥ったときに見せる、冷酷非情な判断を下すときの更紗の凍ったような瞳。


「作戦遂行上、私は貴女の加入で『三番目』の魔力(マギウス)を保有する立場になりました。それでも役割は変わらない。故に無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)が壊滅的被害をこうむった場合、私は撤退命令と同時に戦闘行為を開始します」


「壊滅的被害の想定は?」


 梨華が尋ねると、更紗が「非現実的かもしれませんが…」と前置きを入れてから、


「英次さんか梨華さんが『撃墜(シャットダウン)』された場合の回収作戦が実行される場合と、どちらかの『即死(ダウン)』が確認された場合ですね。残念ながらお二人の戦力は片方が欠けると部隊(チーム)の約四割の戦力を逸した状態になります」


 確かに非現実的かもしれないな、と友樹は感じた。友樹と梨華が『撃墜(シャットダウン)』される状況がどうしても想像できないし、不可能かもしれない。それだけこの二人は世界的に見ても能力が突出している。


「そうか…ありえないことが起こると…」


 友樹が呟くと、更紗が友樹をふと見上げる。友樹は学業成績が進級ギリギリで消して頭が良いほうではないが『気付き』の才能があった。


「友樹くん、考えたことを言ってみてください」


 更紗に言われて友樹が「あ、はい」と返事をする。


「固定観念ですよ。英次さんと梨華さんが『撃墜(シャットダウン)』されるなんて、俺や絵里は考えたこともなかったです。と言うことは、元々戦力として換算されていた俺たちはどちらか片方が撃墜(シャットダウン)されたことでその『戦力効果』を失いますよね。とすると、まず絵里の『制圧(デストロイ)』思考が一気に低下する。そしてたぶん、情けないっすけど俺もかなり動揺して『後衛(バックス)』を守る『能動前衛(ポイントガード)』が欠けた状態になると、更紗さんや絵里が俺をすり抜けた攻撃に晒されるんですね?」


「正解です」


 更紗が小さく頷く。


「立て直すまでの間に、英次さんないし梨華さんが友樹くんの援護(カバー)に入ったとしても、前進はまず不可能でしょう。そこで私は攻撃を始めて担当することになりますが、損害が増える前に撤退するほうが得策と判断して、私は全員に『帰還命令』を発令します」


「最低の結果、って奴ね」


 梨華もそれを察知していたのか、文句を言わない。恐らくそれが被害拡大を止める最大のものなのだろうが…。


「手の内を味方にも見せないっていうのは、私にとっては不安要素でしかないのよね」


「あら、どの口がそれを言うんですか?」


 目を丸くして口に手を当てて、わざとらしく驚いて見せる更紗。


 うっわ、この顔、腹立つなぁ。


 友樹が頬をひく着かせると、更紗が真顔に戻る。


「英次さんと梨華さんも手の内を明かしていませんよね。ちなみに魔導師(ウィザード)というものはそういうものじゃありませんか」


 言われ見ればそうだが、それではやり難いこともあるのではないだろうか、と友樹は両者を天秤にかける。が針は動かなかった。


「無駄な話に付き合ってくれてありがとう」


「あながち無駄ではなかったですけどね」


 更紗が友樹に視線を移して、梨華も友樹を見る。


「そうね…無駄じゃないかもね」


 二人に見られて友樹が嫌そうな顔をして一歩後ろに下がる。


 女って何考えてんだろ。


 友樹が女性全般に対して偏見を抱きかねない状態の心理状態になるのも無理はない。更紗と梨華は何を考えているかわからず、意味深な言動が多いが、絵里のように感情を出し切ってころころと変わるような女性も同時に相手にしているのだから、疑心暗鬼になりかねない。


「おはよー」


「おはようございます」


 絵里と彩香がリビングにやって来る。


「おっす。お姫様方はずい分遅い時間まで寝てますね」


「お姫さまなんてやっだー」


 照れ隠しなのか、バンっと彩香に背中を思い切り叩かれて友樹がげほげほと堰をすると、絵里が「大丈夫?」と友樹の背中を摩ってくれた。


「ん?どっか行くのか?」


 絵里は白のワンピースにウサギの頭をデフォルメしたようなショルダーバッグをつけ、彩香がショートパンツに赤とオレンジのニーハイソックス、英語で何か胸の部分に書かれているTシャツの上にデニムの上着を羽織っている。


「お買い物に行こうと思いまして」


 彩香に言われて、絵里が友樹に「です」と後追いした。


「先輩も一緒に行きましょうよ」


 彩香に腕を捕まれて友樹が「うーん」と悩む。


「着替えて着替えて」


 強引に引き摺られていく友樹は休日でも学園(アカデミー)制服(ブレザー)を着ている。本人曰く、着替えるのが面倒だから制服(ブレザー)のまま、と言っているが、梨華も更紗も同じようなものだった。仕事が仕事で部隊(チーム)であることを示すことが出来る肩章が縫い付けられている、制服(ブレザー)だと仕事もこなしやすい上に、多く支給されているために洗濯も楽でいいのだ。それにあれこれと考える必要がないのが最大のメリットであったりもする。


 基本的に無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)部隊員(チームメンバー)制服(ブレザー)でいることが多いのでファッションとは無縁だったりもする。


「友くん、着替えないの?」


「制服しかないなんて…」


 すぐに友樹の自室から三人が戻ってくると、絵里と彩香が「しんじらんない」と落ち込んでいる。


「俺は制服しかねーの」


 ぽんと絵里の頭に手を乗せてぐしゃりと撫でる。


『友樹って絵里ちゃんによくあれやるわね』


 精神接続情報網(ネットワーク)からの接続(リンク)に更紗が頷く。梨華から送信されているそれはノイズが少なくて聞き取りやすい。


『愛情表現みたいなものですね。下級生に対してよくやるらしいですけど、下級生の女子にとっても人気がある友樹くんにあれをやってもらえると、一日幸せな気分になるらしいですよ』


『何処調べよそれ』


学園(アカデミー)更紗調べでしたー』


 更紗がそう言うと強制的に回線(チャンネル)を閉鎖する。更紗は常日頃から情報収集と集積処理を行っているために少しでも負担を軽減しているのだろう。現時点でも軽くノイズが入る程度に何かを処理しているようで、それを理解した上で梨華は更紗と会話するのを諦める。


「梨華姐が行くなら俺も行くよ」


 梨華は絶対に行かないと踏んで友樹が断る口上を述べると、梨華が見るからに、何で私を引き合いに出すのよ?と不機嫌そうな顔をする。


「梨華さんいきましょー」


「梨華さまー」


 友樹と一緒に遊びたい二人の少女が梨華に甘えてくるが、梨華にとってそういうのは「煩わしい」とまでは行かないが『めんどくさい』のだ。


「あー」


「書類整理ご苦労様です」


 リビングに入って来た英次に更紗が微笑みかけると、英次が「うぃーす」と返事をして冷蔵庫から牛乳を取り出して、それを直に呑み、一リットルを完全に空っぽにする。


 その様子を見ていた梨華が「そうね…」と呟いた。


「英次が行くなら私も行くわ」


「ん?」


 英次が何の話だ?と首をかしげる。


「買い物」


「あ、そうか。じゃあ行くか」


「なんでよ」


「なんでっすか」


 梨華と友樹が不平を口にするが、英次にとっては「誘っておいて何故怒る?」と眉を顰める。梨華と友樹は「疲れている英次ならば絶対に拒否する」と思い、拒否すれば梨華が行かなくなって、友樹も一緒に行動せずに済む、と考えていたのだが、それが一気に崩れた。


「わーい、みんな一緒にどうです?」


「私は仕事があるので」


 更紗が華麗にスルーすると前線管制(ウォッチ)の能力を駆使して、球体の中にすっぽりと自分を隠してしまい、作業を開始する。降矢は朝早くから何かの発表会だかでいない。


「…まぁ、いっか」


 英次が頭を掻くと、梨華と友樹が顔を見合わせる。


「財布くん、よろしく」


「誰が財布だこら」


 梨華に肩を叩かれて、英次が苦笑すると、友樹が「稼ぎ頭っすもんね」と嫌味を言う。


 外に出て電車に乗ると、梨華はいよいよ持って自分たちが変な集団であると思った。


 制服を着た英次、梨華、友樹に私服の少女が二人で、お見合い列車の並列席に三人の少年少女が座り、その前に自分と英次が立っている。


「飛んだほうが早いわよね、お金もかからないし」


「まぁな。でも基本的に『任務以外の飛行』は禁止されているんだ」


「へぇ」


 梨華は興味なさそうに生返事をすると、両手に花状態の友樹が既に疲れたような顔をした。


「更紗に聞いたけど、彩香にもアドバイスしてたんですって?」


「一応な。無関係じゃないだろ。これから先」


 二人はあえて恵まれた子供(エレメンツ)と言わなかった。ここでは人が多すぎる。


「確かに護衛対象よね。絵里の友達だし」


「なんですかー?」


 名前を呼ばれて絵里が首をかしげる。


「こっちの話よ。お兄ちゃん、しっかり面倒みてあげてね」


 友樹がはしゃいでいる絵里を見ていろと指示する。


「はーいお母様」


 ごすっと友樹の頭にすかさず梨華がチョップする。


「くっそ」


 友樹は舌打ちするも、絵里と彩香に話しかけられてすぐに笑って対応して見せる。気苦労は計り知れないが、友樹のお陰でこっちに二人の少女パワーがこっちに向かってこないのは正直助かっていた。


「英次が買い物に行くなんてめずらしいわよね?それも子供を引き連れてなんて」


「そうか?」


 出会って間もないわけだが、英次はそういうことをするようには思えなかった。


「まぁすぐにわかるさ」


 英次が意味深に言うと、絵里と彩香に連れられるまま、魔導装具(アクセサリー)を取り扱っている店到着した。


 内装はどこかの工房の延長線上で、ガラスのショーケースには様々な魔導装具(アクセサリー)が飾られているが、上部のガラスは設置されておらず、誰にでも手に取れるようになっていた。


「古代趣味でもあるのかしらね」


 古い形式の指輪やネックレス、ブレスレッドやチョーカーのようなものから、ティアラのようなものまである。今の最新式の機械構造を持っている魔導装具(アクセサリー)とは少し意味合いの違ったアンティーク品がずらりと並び、その中でも銀装飾品が特に多かった。


「マスター!」


 絵里がたたたっ、と走ってカウンターに上半身を乗せて叫ぶと、中から初老の男性が出て来た。


「銀がざわつくと思ったら絵里ちゃんかい」


 優しそうな顔をした初老の男性は絵里の頭を軽く撫でる。


「にしても今日は騒ぐ…」


 はたと梨華と男性が視線を合わせると、初老の男性が目を細める。


「絵里ちゃんのお姉さんかね?」


「ですです。前に話した」


 絵里に言われて初老の男性は深々と梨華に頭を下げ、梨華は首をかしげた。そこまで頭を下げられるいわれは無い。


「マスター、あなたは魔術刻印(ペイント)が打てるの?」


 梨華が尋ねると、近くにあった剣の装飾が施された手で握れる程度の大きさの銀装飾品を手に取る。


「私は装飾技師(アーティスト)でしてね。この通り」


 マスターは一度裏に入ると、レアメタルになってしまった掌大の銀の球体を持ってきて、それを梨華に見せるようにして、軽く握るとぐにゃり、と水銀のようにその球体がカウンターの上に落ちてまた固まった。


「すごい」


 彩香が目を丸くすると、友樹はカウンターの上に落ちた銀を指で突くがすでに固まっていた。


「先代女王のティアラも不肖私目が製造しました」


「へぇ」


 梨華は変わった能力もあるものだ、と銀剣(ブレイド)魔力(マギウス)を注ぎ込むと、それが瞬間的に大きくなった。


「おー、すげぇ」


 友樹がその様を見て拍手すると、マスターが「さすが」と目を細める。魔術刻印(ペイント)魔力(マギウス)を同調させて、それを相似方向に拡散させなければ銀装飾は活性化しないのだ。ただの装飾品として買い物をする客は多くても、その場で魔導装具(アクセサリー)を自分の手足のように操る客は数えるほどしかいない。


 梨華は銀剣(ブレイド)を元に戻すと、マスターに向かってそれを投げる。マスターは初老とは思えない見の裁きと動体視力でそれを指で挟んで受け取る。


「それに私の言うことを付与していただいていい?」


 梨華がカウンターに寄りかかると、初老の男性はにこやかに笑っていた。


「御心のままに」


 マスターと梨華が話を始めて、友樹が英次の側に近付く。


「友樹も欲しいものがあったら買っていいぞ?マスターの店なら悪いものは無いぜ」


「英次さんも知ってたんすか?この店」


 表街道とは少し離れた裏路地にひっそりとあるような店なので、知らない人間のほうが多いと思っていたし魔導装具(アクセサリー)と言うよりも『趣向装備店(アクセサリーショップ)』のような印象が強いために、英次はここを知らないと思っていた。


「俺は絵里に連れられてここに来るまでぜんぜん知りませんでしたよ。学園(アカデミー)の女子が「マスターの店」って言ってたのは知ってるんですけどね」


「まぁ、みんな「マスターの店」って言うよな。店名ないしなここは」


 英次が「売る気があんのかね」と笑うと友樹も苦笑する。確かに商売っ気が全く無い。


学園(アカデミー)のポイントがそのまま使えるんすよ。だから学園(アカデミー)関係者なんじゃないかって噂です」


学園(アカデミー)の練習用の魔導装具(アクセサリー)とかは全部ここに受注してるんだ」


「へぇ」


 意外な事実を知って友樹が驚く。


学園(アカデミー)だけじゃなくて、日本魔法省の備品もここからだな。一般顧客向けと軍用品が一緒においてある」


「銃刀法違反っすもんね、明らかに」


「使い手を選ぶ魔導装具(アクセサリー)だけに、万人が使えないから規制はないからな」


 友樹はさすが英次でそういう面にも詳しい、と感嘆する。


 絵里と彩香は店内をぐるぐると目を輝かせながら歩いている。


「お前ら、欲しいものがあったら買っていいぞ」


 英次がPDAを片手に言うと「わーい」と絵里が喜びながら真剣に悩み始める。


 英次がカウンターに目をやると、梨華とマスターが睨み合うようにして大きなわら半紙に視線を落としていた。


「梨華さんの魔術刻印(ペイント)の要望って、絶対一筋縄じゃないかないすよ」


「だろうな。高等魔術のオンパレードだろうし、マスターも過労死するんじゃねぇかって少し不安だ」


 英次が懸念しているのは、梨華が超一流の魔導師(ウィザード)で道具にも恐らく『一流以外は認めない』はずだった。


 マスターは引き続き真っ白なわら半紙を何枚かカウンターにおいて、梨華の指示の元、描写を始め、細かい文字を次々と書き込んでいく。どことなくマスターは楽しそうな顔をして笑っているが、梨華はまるで設計技師が仕事をしているように真剣な眼差しをしていた。


「あの子の身体に合わせて欲しいの」


「これは小型化も必要じゃね…。軽量化と素材は『那由他(エターナル)』から調達しましょうかね」


 独り言のようにマスターが最後に絵里を見つつ、納得したようにわら半紙の束を抱え、奥に引っ込んですぐに戻ってくる。


「お話、終わりました?」


「ええ」


 梨華が後ろに立っている絵里に微笑むと、絵里がカウンターの上に紅いリボンにハートの小さなアクセサリーのついたチョーカーを二つ置いた。梨華が銀の部分に手を置くと、怪訝な顔をする。


「これ『飛翔(フライハイ)』の魔術(プログラム)に干渉する装飾付与じゃない」


「うん」


 絵里が頷くと、マスターが戻ってくると「これでいいのかい?」と尋ねる。


「お願いします」


「一個二十八万だよ、英次隊長」


「あいよ」


 英次が二つ分の値段をマスターの口座に転送すると、マスターが頷いて銀装飾をちょん、ちょんと触れて『封印(シール)』を解除(アンロック)する。


「それは見た目も変わるが『飛翔(フライハイ)』の魔術(プログラム)にも干渉(アクセス)して、旋回性能と基本速度がだいぶ上がる。急旋回などによる急激な重量化速度の変化に耐えられるようになるまで、無理な機動はしないように」


 マスターに警告されて、絵里が小さく頷くと、絵里と彩香がそのチョーカーを装備する。


「そのまま目を閉じて。こっちでお嬢さん方の魔力波動(マギサイクル)魔導装具(アクセサリー)同期(シンクロ)してあげよう」


 マスターは絵里の額に手に平を当て、次に彩香の額に手を当てる。


「そこまで面倒見てあげるのね。私はてっきり売るだけ売って同調(シンクロニティ)は自分でやれって言うのかと思ったわ」


「こっちの世界の魔導師(ウィザード)にそれは酷な話じゃ」


 マスターが苦笑すると、梨華は目を細める。


 作業が終わると、マスターは梨華に「三日後に剣の調整をしたいのでまた来てください」と梨華に言って奥に引っ込んでいく。


「つぎいこー」


 絵里が元気良く外に飛び出して行き、彩香がそれを追いかける。


「二人の女の子にプレゼントなんて、気前がいいのね」


 梨華が英次に言うと、英次は少し複雑そうな顔をした。


「容赦ねぇよ、あのお嬢様方は。彩香のも買っていいか?って聞かれてダメだっていえるわけねぇし、防衛戦一回分のファイトマネーぶっとんだ」


「自業自得よ」


 梨華がさっぱりと言い切ると英次が「だな」と苦笑いする。


「私の金額、きっとあの子達の買い物よりも高くつくけど、買ってくださるんでしょう?」


 梨華が尋ねると、英次が頷く。


「必要…なんだろ?」


「おもちゃで無い事は確かだけどね…」


 梨華が流し目をして、友樹が首をかしげる。


「どれくらいの買い物をしたんすか?」


「二億円くらいかかると思う」


「ぐは」


 友樹が心臓に手を当てて動悸を必至に抑える。


「いいわよ。義父さんに頼んであるから」


「さすがにそこまで手持ちはねぇよ」


 英次が呆れると、梨華が「そうよね」と苦笑する。


「金に頓着しない人だなって思ったけど、梨華さんってお嬢様なんすよね」


 友樹がすげぇ人だよ、と呟くが梨華は首を横に振った。


「金を持っているのは義父さんだもの。私じゃないわ。ただ私が必要なものは絶対に無駄じゃないって信用していただいているだけ」


 梨華の誰に対しても暴虐武人な態度の中で、義父に対しての言葉遣いが全く違うことに友樹が気付く。信頼関係なのだろうか。


「何を買ったんですか?」


「機能美と洗練された切れ味を持った剣。剣という概念をことごとく駆逐するようなね」


「そんなもん作れるんですか?」


 そんな剣をイメージする梨華もすごいが、製造するマスターもマスターだ。


「そうね『至高の宝剣(エクスカリバー)』を作った張本人が仕事するのだから、大丈夫じゃない?」


「あの…御伽噺の?」


「そう…あの人の魔力波動(マギサイクル)って」


「梨華も気付いたか」


 英次が「気のせいじゃなかったのか」とため息を吐く。


「生後幾千年なのよね」


「ああ」


 英次と梨華が顔を見合わせると、友樹が眉唾もんだな、と笑う。人間がそんなに長生きすることなど不可能だ。むしろ人間なら死んでもらいたい年齢に到達している。

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