さすが、と褒めておきますか
突然の強行奪還計画が終わって、いきなり梨華は愚痴を言われるとは思わなかった。友樹のつまらなさそうな顔に梨華はきょとんとする。
「梨華さんは詰が甘い人だとは思いませんでしたよ」
CIAに荷物を渡してセーフハウスに戻る途中に友樹に言われて、梨華は苦笑した。
「あんな魔力も持っていない、魔術師でもない奴に殺されかけるなんて…あ」
友樹が何かに気付いたように声を上げると、梨華が「そうなのよ」と苦笑いする。
「普通の人間のほうが私にとって脅威だから、まぁ警戒してないと言えばそれまでなんだけど」
「意外な弱点ですね。今までの相手が全部魔導師だったから一般人に接近されても気付かないっていうのは」
「弱みを握れて楽しそうね」
「逆っすよ。自分はどうあがいても一般人になれそうもない。だから自分じゃ勝てないって絶望感でいっぱいっす」
友樹は嘘を言っていない。自分は魔術師なのだからどんなにそれを隠そうとしても梨華には察知されてしまうということになる。
「結局、あいつらは殺し合いするためだけにここで取引してたんすかね」
「アメリカンマフィア側はそうだったみたいね。どうみてもあれは下っ端だもの。チャイニーズのほうがダメージは大きそうね。まぁ日本を舞台にされちゃ私たちにとって不都合ばかりだから、ご退場願ったわけ」
日本で全面戦争などやられたらたまったものではない。無法者は無法者同士水面下で殴り合ってくれればいいのだが、彼らは一般人も大きく巻き込む。
「梨華さん」
ふわり、と絵里が空から舞い降りてきて梨華に対して背筋を伸ばして右腕を地面に水平にして右手の平で拳をつくり左胸に当てる。
「敬礼だっけ?それ」
梨華が友樹に尋ねると、友樹が頷く。
「梨華さん…お話が…」
「長くなりそう…ね」
梨華は周囲を見回すと、コーヒーショップを見つけて友樹と絵里と連れて中に入る。
三人がコーヒーと軽くつまむものを頼んで梨華が会計を済ませ、梨華と絵里が向かい合うようにして四人のボックス席に座る。
友樹は注文したものをトレーに載せてテーブルに運ぶと、梨華の前に絵里が座って俯いていた。友樹は絵里の隣に座り、PDAで英次に「少し遅れます」とメールを送信した。
友樹からのメールを受けて英次は時計を見る。そろそろ日付が変わる。
「友達を放って何処行ってんだろうな、あいつは」
居場所がなさそうにしている彩香に英次が話しかけると、彩香はやんわりと笑っている。
「でも今日はすごく勉強になりました。緊急で飛び込んできた任務にも素早く対応して見せるところは、さすが無音の投擲槍ですね」
更紗がそれを聞いて首をかしげる。あれくらいは当然でどこの部隊でも出来ることだ。今、彩香の言った事はお世辞以下の最低の言葉でもある。明らかに不機嫌そうな顔を隠しもしない更紗に英次が気付くが何も言わない。ここで年下に食って掛かるようなことを更紗がするわけもなかった。
「絵里ちゃんも圧巻しましたよ。目標を定めてから射撃するまでのロスが全く無いんですよ。私もあれだけ機械的に動ければいいなぁって思いました」
「機械的?ロスが少ない?あなた実戦経験がないのかしら?」
更紗に聞かれて彩香が「恥ずかしながら」と頭を掻いた。
「高度な狙撃戦において、索敵の早さとロスを最小限に抑えないと死にますよ」
「あ…はい。今度から気をつけます」
今度から…か。
英次はその甘い考えを捨てなければ『次』はないな、と彩香を見る。この子は長生きできるタイプの魔導師ではないだろう。
「絵里さんクラスの狙撃手に会わないことを祈るばかりですね」
降矢が眼鏡をかけてノートパソコンをいじりながら呟く。
「五人いるうちの四人を絵里さんが狙撃、彩香さんが一人を狙撃している間にですね。まぁ、絵里さんの場合は『女神の瞳』がありますから、絶対的に見えている絵里さんとHUD上の三次元フォログラフィックのみで狙撃する彩香さんでは圧倒的に情報量が違いますから、そこは気にしなくていいんですよ」
降矢に慰められる彩香が少し元気を失って小さくなる。
「問題は、そういう特殊な狙撃手もいるという知識を持って戦場に臨むことです。狙撃手の最大の敵は狙撃手です」
「はい」
彩香が頷くと降矢が満足そうに頷く。
「彩香さんの所属する月光夜は棗さんの部隊ですよね?大学部でも評価が高い部隊ですよ。その後衛狙撃を任されているだったら、絵里さんと切磋琢磨してください。それが絵里さんのためにもなります」
「切磋琢磨…ですか?技術的にも魔導師階級的にも、魔力階級的にもあの子の足元にも及ばないのに」
「色々考えてみれば、あなたの秀でているところも多い。あの子はアレでいて『不器用』な魔導師なんですよ。空を飛ぶ以外に能がない」
歯に衣着せない物言いに英次と更紗が顔を見合わせる。確かにその通りではあるが、それをわざわざ彩香にいう必要はないはずだ。
「空を飛んでぶっ放すだけが能じゃない。接近して殴り倒すだけが仕事ではない、ということです」
「え?」
彩香は言われて、はたと気付いた。確かにそんな事は下位の魔導師ならば誰にでも出来ることで無音の投擲槍の部隊員のように上位の魔導師ならばもっと複雑な魔術や独自の技術である魔法を使えるはずだ。
「わかりましたか?私たちは相手を卑下しているわけではありませんが…」
「上位の魔術や魔法を使う必要が無いから、使っていない?」
「はい」
降矢がにこりと微笑み、キーボードを叩く手を止めて彩香を真っ直ぐに見る。
「私たちの真似をしても絶対に強くはなれませんよ。確かに基本を忠実に何万回、何億回と繰り返すことで、基本を最高レベルに鍛えることも武器になりますが…時期を見計らって応用に転換する必要があります」
「はぁ…」
いまいち理解していないように彩香が生返事する。
「当たり前のことを当たり前にやっているだけでは、技術向上はできないぜって話だ」
英次が助け舟を出すと、彩香が「うーん?」と本格的に悩みだしてしまう。
「今日の狙撃の後、絵里さんが呟いた言葉を覚えていますか?」
「えっと、このままじゃだめだって」
彩香がおぼろげな記憶から絵里の最後に呟いた言葉を思い出して口にする。
「狙撃自体は完璧で、身内を守りましたよね?それなのに『ダメだ』なんていいますかね?」
更紗がくすくすと意味深に笑い、英次が頷く。
「普通はやってやったぞ、くらいのこと言うもんだ。特に絵里や彩香くらいの年の子だったら褒めてもらいたくて仕方ないだろ?」
「え、あ、認めてもらいたいっていうのはわかりますね」
怒られるよりも何倍も嬉しいだろう。特に尊敬している人に褒められればやる気にもなる。それは嘘でもなんでもなかった。
「でもあの子は自分に厳しいんですよ。だめだって言ったのは『狙撃』の技能ではなくて、もっと別のところです」
更紗が人差し指を立てて説明をしますよ、という仕草をして見せる。
「彩香さんが私たちをさすがだと称した。対応も早いと言ってくれたのは鼻が高いですが、私たちにとって今回の対応は能動的で判断が遅れていました。死者ゼロで全員を拘束して物資も回収するのが最善だったと思いませんか?」
確かにそれが最善で、不用意に殺害する必要もなかっただろう。今回全員を射殺ないし殺害した理由は双方の敵勢グループに対して、政府が強制介入して犯罪を抑止したという印象を与え、お前たちの情報はこちらに筒抜けであると示唆したに過ぎない。死人に口なし…あの場所にいた関係者を全員殺す事は最低条件を満たすための行為で、マフィアがマフィアを殺したとなれば報復戦争が始まってしまう。報復戦争を阻止しただけで、実はなんの解決にも至っていないのが本当のところだった。
「今回の作戦において、不備がたくさんありましたね?」
「不備…」
更紗に言われて彩香が思考を巡らせるが、何が不備で何がおかしかったのかわからなかった。
こちらの被害はゼロで、敵のグループが潰し合いを始め、その被害が一般人に及ばないように処理した。完璧なはずだった。
「まずは梨華さんが機器の使用方法を全く知らなかった。次に、私の言語解析を当初から入れていれば、殺害ではなく行動抑制の狙撃で十分だった。恐らく、交渉が決裂していた会話が聞き取れていたはずですからね」
「次に俺の判断はどちらかと言えば『黙認』の判断に近かった。あそこで交渉が決裂するとは予想の範囲外。物資が運ばれてどういうルートで送られるのかまでこちらが情報を掴んだ上で物資を回収しようとする甘い目論見があった。降矢もそれを知ってたね?」
降矢は振られて英次に頷く。
「私も英次くんならそう考えるであろうと思ってました。欲張りではありますけれど、ルートも一網打尽に出来るならばそれに越したことがない」
反省点はいくつもある、と三人がその事実を口にする。
「でも、それが私の話と何の関係があるんですか?」
論点がずれている、と彩香が首を傾げると、更紗が「そうね」と頷く。
「まるで無関係の話であるかもしれないけれど、ここで絵里さんの発言が結びつくんですよ」
「このままじゃだめだなって奴ですよね?どういうことなんですか?私にはさっぱり」
話がどう繋がっているのか理解できない彩香は混乱して目が回りそうになる。
「絵里さんは空を飛ぶしか技能がないんですよ」
「知ってますよ。でもそれで十分じゃないですか。魔力を弾頭に込めて狙撃する。魔力をそのまま弾丸として発射する能力だけでも十分すぎるほどの能力があると思います」
「そうだな。他は魔導装具で補って機動力や近接火力を上げれば、問題はない…はずだ」
英次が腕を組んで目を閉じる。
「相手が…一般人ならの話です」
更紗がテレビを指差すと、更紗のPDAからテレビにデータを送信する。
画面が分割されて、英次と梨華が映し出されている。
体操服にスパッツの姿の梨華とたいそう服にショートパンツ姿の英次は見るからに斬新だった。
梨華は左手を英次に向け、英次は右手を梨華に向けていた。
マズルフラッシュにも似た閃光と同時に魔力が放出されると、二人の中央でそれがぶつかり、球体がひしゃげて大爆発を起こす。
「これは?」
彩香はビデオを見て首をかしげる。
「梨華さんと英次さんの学園で行われた魔導教習です。この時は模擬戦闘でしたね」
降矢がいいものですよ、と微笑む。
二人の姿がふっと消えて、出現すると同時に発砲。回避と狙撃を同時にこなす二人はまるで引き離される恋人が互いに手を伸ばしあって呼び合うようにも見える。
「二人は短距離跳躍を繰り返しつつ、狙撃していますね?」
「遠距離戦闘なら…回避行動と狙撃を同時に行いますけれど…短距離移動も同時に行う必要があるんですか?」
「梨華はこっちの行動を完全に読むからな。だったら思考とは別の回避が必要なんだ」
英次が説明すると更紗が「へぇ」と食い入るようにビデオを見る。
「互いに利き腕で射撃をしつつ…反対側の手で反射も織り交ぜている」
「すごい高度な心理戦ですね。でも…なんか変ですね」
更紗が互いの動きがそこまで早いわけでもないことに気付いた。これで当たらないのならば射手が相当へたくそにも思える。
「これは高速カメラを持って撮影されていますよ。私がわざわざ二人の模擬戦ということで降矢さんに言われて撮影していますが…」
「この時点でまだ五秒と少ししか経過していません。五秒間に梨華さんの撃った魔力弾は二十六発、英次くんは三十発です。高速カメラで普通に見える行動をしていると思ってください」
「うわ…梨華さんの目が…」
彩香が梨華の変化に気付いて驚愕する。梨華の両の瞳が金色に輝いている。
「一種の『ハイ』な状態ですね。梨華さんは一定以上の魔力が体内で生成されると瞳の色が変わります。英次くんも…」
見る見る内に英次の黒い髪の毛が青く変色していく。
「互いにアップは終了です。ここからは本当によく見ていないと二人が何をしているかわかりませんよ?」
降矢がまるでショーを解説するかのように楽しそうに呟く。
二人の距離が徐々に近付いていく。たくさんの弾丸がテニスの球のように高速で行きかいながらも、二人が手を伸ばせば届く距離になった。
「二人にとって、学園の教習場は中距離でしかないんです。ここからは近接距離になります」
英次が右拳を無造作に突き出すと、それが梨華の顔に吸い込まれるように伸びる。むしろ、それは梨華が自分から当たりに来ているようにも見えた。当たる、と誰もが思われた瞬間、梨華の体が光の粉になって霧散すると、瞬間的に英次の後ろに出現する。梨華の左足が英次の後ろから左腰に向かって伸びると、英次が魔力を全身から放出して梨華もろとも吹き飛ばす。瞬間的な魔力放出量は梨華を上回り、梨華が中和しきれない波動が彼女を吹き飛ばしていた。吹き飛ばされた梨華が空中で体制を立て直すと同時に英次が梨華に追い付く。
「ここまでは押してると思うだろ?」
英次が悔しそうに言うと、更紗が「はい」と上の空で答える。
次々と繰り出される英次の拳や蹴りが梨華に直撃する寸前で全ていなされている。いなす、というよりも今度は英次が全て外しているように攻撃を加えているようにしか見えない。
「近接戦闘において、前衛顔負けの裁き方をするんです」
降矢が説明すると、英次が「攻撃している側がダメージを受けるってこともあるんだ」と付け加える。
「攻撃しているのに…攻撃されているってことですか?」
彩香がどういうことだろう、とビデオを見ながら首をかしげる。
「梨華がやってることは高度な技でね。攻撃を全て受け流している間に、人間には絶対できないことを俺にやらせている」
「簡単に言えば、間接が曲がらない方向に力の方向を流しているんです。徐々に英次さんの体力はいつも以上に奪われている。だけれど本人は…」
「気付かない」
やられた本人が言うのだから間違いがないのだろう。
「あいつは男女の絶対的な体力の違いをよく知っていた。体術と魔力で勝負すれば勝てると俺が近接戦闘に持ち込むことも予測しているからな」
肉弾戦を見せられながらも、二人の空戦の技術には目を見張るものがあった。空戦特務の人々は空を翔け、そして踊るように舞うと言うが、全くその通りだった。離れては近づき、近づいては離れ、間に花火が飛ぶ。そんな光景。
「ポイントで言えば、防御をし続けている梨華さんと攻撃をし続けている英次くんなので、英次くんが優勢なんですけどね。ヒット数で言えば梨華さんが英次くんの二倍以上なんですよ」
降矢がにやにやと英次の悔しそうな顔を見ながら説明した。
「いてぇんだ。攻撃してないと意識が持ってかれる。急所と言う急所を的確に打ち抜くように突いてくる。んでもって、意識が薄れた瞬間に魔力弾が飛び込んでくる」
いつの間にか、殴り合いのはずが二人の手に淡い光が纏っていた。
「サーモグラフィーモードに切り替えますね」
更紗が画像を変えると、梨華と英次の拳の温度が白くなったり、真っ青になったりしている。
「戻します」
さすがに見辛いので元に戻されると彩香は二人が何をしているのかようやく察した。
「温度を変えてるんですね?」
「あいつは意識が薄れ掛けているのを察知して、判断力をもっと要する攻撃に切り替えた。超高温と超低温がぶつかると衝撃波が発生する。それに火傷もするしな。ご丁寧に衝撃波の方向まで計算してこっちに攻撃してくるもんだから、こっちとしてはたまったもんじゃねぇよってこと」
彩香は服を良く見ると、確かにインパクトの瞬間に英次が風圧に耐えている様子が映っている。時計を見るとまだ三分しか過ぎていない。
「ここからは…二人の魔術に対する考え方が違うといいますか…」
降矢が言葉を捜していると、二人が瞬間的に距離を置いた。
梨華が手に剣のようなものを握り締める。一メートル弱の双剣が銀色に輝いている。対する英次は『仮想精霊』を具現化する。男性と女性のようなシルエットをした対の存在が梨華に襲い掛かると、梨華がそれを薙ぎ払った。
「俺は独自思考を持った『魔導生命体』を魔力で練り上げてそいつらに攻撃させたり、盾として使うんだ。こいつらは自立思考で俺の意識とは別に勝手に行動する。対して梨華は…」
ちかり、と電気のようなものが梨華の拳で発生すると、それが瞬間的に大爆発を起こす。
「化学変化を用いた状況変化を自由自在に操る」
英次の説明に彩香は梨華が何をしたのか、図りかねた。
「梨華さんは拳の中で真空状態を作ってそこに今、高圧の電流を流しました。あの拳の中では今、オゾンが発生しています。オゾンと水素の高圧ボンベ状態になっていまして…」
梨華に襲い掛かる擬似男性の魔導生命体に反撃の要領で梨華が掌を押し当てると、大爆発が起こる。
「水素爆発です」
「放射線が発生しないように特定のフィールドを切り取って、位相空間に転送しつつですから、梨華さんは高度な『空間転移』…『局所事象変化現象』を起こせる魔導師ですね。彼女が本気になれば加速器を使わないで核融合や核分裂を起こすことも可能です」
「あいつは『魔法使い』なんだ」
英次が苦笑する。
「まぁ…これくらいでいいでしょう」
降矢が言うと、更紗がデータ転送を中止する。
「俺と梨華が応用した魔術だ。真似しろって言っても無理なんだけどな」
えっと…英次が降矢に視線を送る。
「絵里さんは今、自分の能力に不満があるんですよ。ただの狙撃手であるという自分が不満であって、それはあなたも感じているはずです」
「えっと…」
言われてみればそうかもしれない。
彩香は言われるまで気付かなかったが、もっとたくさんのことが出来るようになれば、と思った事は確かにあった。
「狙撃対狙撃において、相手が狙撃の技能が上ならばこちらがやられてしまう。やられてしまってからでは遅い。ならば…狙撃技能に上乗せした技能があれば…?」
「勝てる…ってことですね」
彩香が「そうか」と呟く。
「梨華さんが今回は少しばかり危険だった。友樹くんが動けなかった。そして絵里さんが梨華さんを救うには狙撃するしかなかった。でも射線に友樹くんがいた。邪魔だ。でも自分にはそれしか技能が無い。賭けだったでしょうね。友樹君が少しでも動いたことに気付いて、梨華さんが殺害されてしまったら?と思ったでしょう。幸い今回は相手が素人だったからそうはならなかった」
「相手が素人だとわかっていたとは?」
彩香の鋭い質問に降矢は「さすがですね」と感嘆する。
「まぁ、プロなら狙撃されて仲間が転がっているところに、のこのこ出て来たりはしないだろうな。それでも絵里は最悪の事態を想定したってことだ。最悪を最悪にしないための技術を欲しがってる」
降矢、英次に言われて、彩香は難しそうな顔をした。まるで解けない数学の問題のようで胸の中がもやもやする。
「成長するのりしろがあるから、努力しろって言ってんだ」
英次が苦笑すると、彩香が「はい」と元気良く返事をする。
「絵里さんと一緒に努力する仲間になってもらいたいんですよ。私たちはあれと違って『万能すぎる』ので、一緒に悩んでもらう友人がいるんです」
何と無く、言いたいことがわかったような…そうならそうって言ってほしいなぁ。
彩香はそう思うと、買い物をしているときにみんな変わっている、と言っていた絵里の言葉がこういうことだったのか、と納得した。
「あ」
彩香は更にこの人たちが何を言わんとしているのか、ようやく理解した。
「今のままじゃダメだけど、何がダメなのかわからなかったから、私は何も気付かないで、今のままが正解だと思っていました」
「その通りです」
更紗が「良く出来ました」と微笑む。
「表面的な変化はあまり意味を持たないので、最も根本的な部分からの解決が必要だと言うことです。彩香さんは今まで自分が考えていた魔術に対する考えを一新する必要がありますが、ただこう言ってしまっては何も気付かないこともありますから…回りくどいようでしたが、気付いてもらうようにしました」
「ちなみに友樹は最初の段階で気付いたけどな」
英次が苦笑すると、彩香が「さすが友樹先輩だ」と呟く。
「ちょい心配なのは梨華が絵里にどう教えるかなんだが…」
英次が降矢と更紗の顔を見ると、二人が同じように心配そうな顔をした。
「梨華さんの場合は…単刀直入だったり…」
「回りくどい言い方をしたりしますからね…」
更紗と降矢が口々に不安を露にする。
「絵里ちゃん…ぐれなきゃいいなぁ」
彩香も梨華の人格に少々不安があった。
あの人は女王だ。
もっと万能なスタイルで戦闘を行えるようになりたいんです、と打ち明けた絵里を目の前にして、梨華はふっと鼻で笑った。
しばらくの沈黙に友樹は耐えられなくなって、ホットのコーヒーを口に運ぶと、梨華が口を開いた。
「絵里ちゃん、あなたには無理よ」
「ぶはっ」
完全無欠にばっさり切った梨華に友樹はコーヒーを噴出しそうになる。
他の言い方があるだろ?確かに絵里は不器用な魔導師だからちょっとやそっとじゃスタイルを変えたりはできないだろうけど…。
「スタイルを変える以外の解決方法を探しなさい」
「でも…状況変化に追い付けない、ただの後衛狙撃だと前にいるみんなを守りきれないんじゃないか、って思うんですよ」
絵里が負けじと食って掛かるが、梨華は涼しい顔をしてクッキーを口に放り込む。
「で?後衛のポジションから前に飛び出すつもり?」
「え、そんな…つもりじゃ」
絵里がおろおろとすると、梨華がため息を吐いた。
まるで自分がいじめているみたいだな、とも思う。
「学園主催のリーグ戦で単独に出たいって言ったとき、私は正直、あなたはXリーグに届かないと思った」
「経験不足ですか?」
絵里の見当違いな発言にいらっとしたが、梨華はぐっと堪える。
「火力ごり押しで勝てるとでも?」
「そんな甘くはないと思っていますけど…」
「勝てるのよ」
「はい?」
絵里が首をかしげると、友樹も驚いたのが呆然としている。
「たった、唯一で最強の武器であるあなたの火力は他の追随を許さないレベルに到達しているの。ただ繊細な作戦上ではそれが足を引っ張ったりするかもしれないけれどね」
「でも…さっきは梨華さんを守れそうに無かったです」
それではだめだと思うんだけどなぁ、と絵里が小さな声で呟く。
「私が…守ってくれって言った?」
「…っ」
絵里が瞬間的に涙を瞳いっぱいに貯めるのを見て友樹が梨華を睨む。
「梨華さん、それは言いすぎじゃないか?あんた死に掛けてたんだぜ?絵里が機転を利かせて狙撃に成功したから、丸く収まったんじゃないのか?」
「私が何年間、戦い続けてきたと思ってるの?私は世界の法則を完全に凌駕しているのよ」
梨華がぱんっと指を鳴らす。
「え?」
友樹と絵里がその音を聞いた瞬間、梨華の姿が消えていた。四人がけのボックス席に確かに一緒にいた梨華が消えているのだ。
「ふふ」
梨華の声が友樹の真後ろから聞こえて、二人が振り返ると梨華が隣のボックスからこちらを見下ろしている。
「時間の圧縮ってわかる?魔術は時間の流れという膨大なエネルギーを原動力にして発動させる。時間は疎密で構成され、私たちは密の上で生活をして、疎に入ると時間という物体が回転して、前に進む」
梨華の言っていることが二人にはまったく理解できなかった。
「私は疎に自分を割り込ませて、あなたが認識しない間の時間を使って移動できる。つまり…」
ぱちん、と指をならすと梨華が瞬間的に先ほどいた絵里の前の席に座っていた。
「私は短距離跳躍とは違う移動手段がある。あの程度のことじゃ私は殺せない」
「そいつはすげぇや。でも絵里を全否定する理由にはならんぜ?」
友樹がなお食ってかかると、梨華は「そうね」と頷く。どこまで本気なのか、取り合ってくれないのかわからない態度に友樹は苛々する。
「絵里ちゃんは今までのままじゃ何がいけないの?」
「え?」
思わぬ質問に絵里の思考が硬直した。
「えっと、えっと。狙撃だけじゃみんなを守れないからダメだと思います」
「狙撃以外の方法で、遠距離から攻撃する手段がある?」
絵里は友樹を見る。
「友くんみたいに近接で攻撃するとか…」
「じゃあ誰がその間に後衛狙撃を担当するか考えて見なさい。ポジションをスイッチするってことは誰かがそこを援護しなきゃいけないの」
梨華の言っていることも最もだ。
「私が言いたいのは後衛狙撃が必要ない状況下での行動で…」
「あなたは後衛狙撃と制圧が仕事よね。確かに後衛狙撃が粗方片付いて前衛による総力壊滅作戦に転化したとしても制圧が必要ない任務は存在しない」
梨華がトントンと机を人差し指で叩きながら、絵里の表情を伺いながら話をしているのを見て、友樹は何処と無く安心した。かつて自分もぶつかった壁に降矢が真剣に取り組んでくれたように、梨華も言い方はきついがしっかりと対応してくれている。
「私からの提案は後衛狙撃を行える状況下での中距離戦闘を行える空間支配を考察してみたらどう?ってこと」
「でもそれじゃあ、今日みたいな閉鎖空間に対する脅威を攻撃することが出来ない」
絵里は今日、梨華を助けるために生じた危険をどうしても排除したくてしょうがなかった。
「絵里ちゃん、それはおいおい考えましょう」
「今やっても出来ない事は出来ないから、出来ることからしようってことっすか?」
先ほどまでの激昂は何処へやら…と冷静になった友樹が口添えして、梨華が苦笑しながら頷く。
「今までの絵里ちゃんのスタイルって言ってみれば、大規模な戦域を大雑把に支配することだったんじゃないかしら?」
「そっすね。大体大雑把に敵勢勢力を排除して、俺たちが細かいのを潰して先に進む感じのもありましたし、絵里と更紗さんが上空で待機しつつ増援を阻止するようなのもありました」
友樹が説明して梨華が頷く。
「後者を徹底して強化する。というのはどう?中距離を完全に支配する。絵里の手の届かない敵は前衛に任せる。これも作戦よ。人は万能じゃないから、何でも出来るわけじゃない」
梨華はそういいつつも、お為ごかしだ、と思っていた。絵里を今は無理やり納得させなければ、確実に無理をして絵里がやられる。それだけは避けなければならない。
「絵里ちゃんって…器用なのにどうして魔術が不器用なのかしら」
梨華がはたと気付いて絵里をまじまじと見つめる。
「そういやそうだな。基本的に器用な人って魔術理論も器用に組み立てるから複雑な魔術も使えるはずなんだけど」
友樹と梨華にまじまじと見られて絵里が首をかしげる。
「見えないからじゃないですかね」
何の気なしに絵里が呟くと、梨華が「ああ」と納得する。
簡単に言ってしまえば魔術や魔法は人の妄想を妄想で無くすための技術でもある。妄想や幻想を法則に則って具現化させるのがそれらであり、世間一般の魔導師が使えるように共通意識変換を行わせるのが魔術だ。
絵里の場合は『女神の瞳』という魔法を先天的に使えることで、見えないものがない環境で育ってしまった。故に見えないものを組み立てることが不得意になっているのかもしれない。
見えないものを見せるというのは土台不可能な話だ。意識を根本的に変えてやらなければ、絵里はひょっとしたらこれ以上一つの魔術も覚えられないかもしれない。
「絵里ちゃんって短距離跳躍って出来るの?」
「出来ません。っていうか、私は魔術を使ったことが無いんです」
「カリキュラム上では独自魔術って必要ないんすよ。物体に記録された魔導装具を使うことがほとんどで、正直に言えば梨華さんとか英次さんみたいな独自魔術を持ってる人のほうが魔導師には少ないっすよ」
友樹が絵里をかばうと、梨華は「なるほど」と納得した。
「じゃあ最初から何でもやろうって言うのは幻想よね。見えない結論よ」
「ですかね…」
絵里が再び元気を失って肩を落とす。
「私が三等魔導師で無音の投擲槍の中で魔術が使えないってなんか問題じゃないですか?」
「そう?私は別に気にしないけど。そうね…」
梨華が再び何かを考え始める。友樹はそれを見て気が気ではなかった。絵里と梨華の姉妹だと思える共通点は、突然突拍子も無い発言をするところだ。次に梨華の口からどんな言葉が飛び出してくるのか、予想が出来ない分、待っている側としては緊張が募る。
「絵里ちゃん、全力でぶっ放したことある?」
「へ?全力射撃は禁止されてます」
絵里が「何故そんなことを?」と首をかしげる。
「普段はどれくらい抑制してるの?」
「通常弾は二パーセント程度しか使ってません。十パーセントを超えると『臨海鏡面現象』っていうのが発生するらしいんで」
「ハジメテキイター」
友樹が片言で呟く。そもそも二パーセント、一割とかそういうレベルではない。
「ぶっとび魔力よね…。で、二パーセントを弾丸に込めてぶっ放ししてるだけなのよね?」
「はい」
絵里が頷くと、梨華が苦笑する。
「あなたいいわよ。ぞくぞくしちゃう」
「えろいっす」
友樹がすかさず梨華に突っ込むと、梨華が「あら」と困ったような顔をした。
「ちょっと考えてあげるから、今日は帰りましょうか」
梨華が立ち上がると、絵里がテーブルの上のものを片付け、それを友樹が手伝う。
「一時回ってら…」
友樹はPDAの時計を見ると、深夜になっていることに気付いた。
「明日学校休みでよかったねー」
絵里がにこにことしているが、内心不安でいっぱいなのだろう。無理に笑っている様子が友樹にははっきりとわかった。先を歩く梨華は何かを考えているのか、時折手を指揮するように振っては何か考えを始める。
「絵里、そんなに難しく考えるなよ。きっと方法があるさ」
「え?うん」
あんまりそれ考えないようにしてたんだけど…言われると考えちゃうよね…。
友樹が気を利かせてくれているのはわかったが、それは逆効果だと絵里は口が裂けても言えなかった。
「絵里は魔導装具をいくつも同時に使えるよなー。俺にはそれが出来ないから、絵里の同時起動ってそれだけですごいことだと思うんだ」
「んー、用は二枚の魔導装具を同時に効果を発揮できるようにしてるだけで、難しい作業じゃないんだけど…。私は魔術をなんの媒体もなしに使えるほうがすごいと思うよ?」
「そうかぁ?決められた規律を決められたように使うのって、けっこう難しいと思うんだけどさ」
友樹と絵里の会話を後ろ手に聞きながら、梨華がぽん、と手を合わせた。
「魔導装具…複合起動…規律…魔術…」
急にぶつぶつと何かを言い出した梨華を友樹と絵里が不気味そうに眺める。
「なんか私たちまた言っちゃったのかな?」
「いや…世間話じゃん…」
二人が恐る恐る梨華の背中を見守る。
「英次の仮想精霊術式を…んでもって私の魔導装具の具現化と現代科学を組み合わせてそれを同じ形式に展開して…」
ぼやきにしてはやけにはっきりと聞こえる梨華の声に、絵里が「ん?」と首をかしげる。
「ねぇ友くん、魔術って自分が決めた規律を決めたように魔力で構成するんだよね?」
「え?教科書に書いてあっただろ?」
友樹が確かそんな感じだったような気がする、と首を捻る。
「えっと」
絵里がふわり、と両足を地面から離して飛行して、とん、と着地する。それを何度も繰り返している。
絵里は魔術を使えないわけではない。飛行は人それぞれで飛び方が違うし、どんな魔導装具を装備しても空を飛べる人はいない。空戦特務が少人数しかいない理由は、空を飛ぶという魔術習得そのものが希少技能に分類分け(カテゴライズ)されているからだ。
なんだこれ…梨華さんはぶつぶつ言ってるし、絵里は飛んだり着地したりしてるし…二人とも頭の使いすぎで壊れたか?
友樹が二人の様子に魑魅魍魎に出会ってしまったかのような顔をして静観していると、絵里が「あー」と声を上げた。
「ついに?」
「失礼ですね、友くんは」
絵里が頬を膨らませると、友樹が苦笑する。誰だって飛んだり跳ねたりし続ける光景を見たらそう思うだろう。
「私は魔術を出来ないことだって考えていたのかもしれないんですよっ」
「そりゃ、現にお前は出来ないんだから出来ないんだろ?」
「違いますよ!出来るのに出来ないって思い込んでたんです」
言われている意味がよくわからずに友樹は首をかしげる。
「ていっ」
絵里が友樹に指先を向けると、友樹の左頬を掠めるように火球が飛び、壁にぶつかって霧散した。
「おいおい…それって魔術じゃねーか」
突然魔術を使うようになった絵里に友樹が目を丸くする。しかも自然現象を誘発させる系統の高等魔術だ。
「梨華さん、私、魔術使えるようになりました」
「ええ、そうみたいね」
梨華が「じゃあ」と絵里の頭に触れると、梨華のイメージした映像が絵里の頭に直接転送されてくる。
「精神接続情報網の共鳴共振を意図的に起こしたけど、やっぱり絵里ちゃんは自己意識の保護と保存をしてるわね」
「えっと?」
友樹が首を傾げる。
「私が絵里ちゃんを支配化に置くようにしようとして魔術を送ったのだけど、絵里ちゃんはそれを侵入してきた別意識として隔離して攻撃したの」
「わっけわかんねぇっすよ」
友樹がうんざりとして、絵里が「なんとなくわかるかもー」と笑ってみせる。
『これでわかる?』
友樹は急に頭をぶん殴られたような衝撃を受けて眩暈がした。
「なにするんすか?」
『私は今、あなたに声とは違う方法で話しかけているのわかるかしら?』
頭の中で響くような声に友樹がはっと気付いた。
「わかります…」
『これは一種の意識送信みたいなものなんだけど…これを相互通信で行おうとすると、相手と自分が同じ一つの固体だと認識してしまうの。絵里ちゃんは咄嗟にそれを回避しようとして私の意識を弾き飛ばしたわけ』
『こういうこと…ですよね?』
絵里が両目を閉じて梨華と友樹に意識を転送する。
「おい…絵里の声まで聞こえて…」
友樹が驚愕すると、絵里が目を片目だけ開いて「私って天才かも」と舌を出しておどけてみせる。
『…友くんも出来ると思うよ。自分の声を直接相手に聞こえるようなイメージ』
『出来るでしょうね。一度使った魔術式は体が覚えているだろうから…でも気をつけないと余計な意識まで相手に転送するかもしれないから、転送したいもの…ここでは『声』と表現するけど『思い』や『意思』でもかまわない。とにかく、送りたい『思念』だけを頭の別の部分で考えて送って』
「ややこしい…」
友樹が目を閉じたのを見て梨華が頷く。
『私と絵里がどこにいるのか感じられる?私と絵里の『魔力波動』を探知して、それに触るイメージ』
『あー、わかった気がする』
「出来たわね」
梨華と絵里が友樹の声を聞いて、顔を見合わせる。
「これは精神情報網と接続する高度な魔術に分類されるから、技量の足りない魔導師にやると相手を廃人にしちゃうから、簡単に使っちゃダメよ?双方向通信は原則厳禁。単方向の送信だけなら、頭痛程度で出来るはずだから、互いに単方向通信が望ましいけれど、見ているものを相手に送ったりするのは双方向じゃないと無理だから、気をつけるように」
梨華の説明に二人が納得する。
「じゃあ、更紗さんのHUD転送って?」
同じようなことをPDAとHUDで行っている更紗を思い出して友樹が尋ねる。
「あれは機械を通すように更紗が設定してるの。二人が直接通信に耐えられないって判断した更紗の判断ね」
「なるほどー」
絵里が理解しましたーと手を元気良く上げる。
「急いで帰りましょ」
梨華がまた歩き出して、絵里がスキップするように跳ねながら歩くのを見て、友樹も自然と嬉しくなってきた。
梨華たちがセーフハウスに戻ると、全員まだ起きていた。
「あら、子供はもう寝る時間じゃなくて?」
あえて梨華が更紗に言うと、更紗が目を据わらせたまま微笑む。
「あらー、私も『高等部』なんで子供じゃないですけどー」
高等部、にあえて力を入れる更紗に英次が「見た目か見た目」と笑うと、更紗が英次を睨み、英次がそっぽを向く。
「風呂に入っていいすか?」
友樹が全員に尋ねると、降矢が後は友樹くんと梨華さんだけですよ、と教えてくれる。
「友樹くん先に入っていいわよ」
「あざーっす」
友樹はそう言うと浴室に向かって行く。
「ねぇねぇ、絵里ちゃん。ちょっと相談があるんだけどさー」
「う?」
彩香に相談、と言われて珍しいと絵里が首をかしげる。
「遠距離狙撃と近接距離を同時にこなす方法って思いつく?」
「えっと、銃を持ったまま近接戦できればいいんじゃない?」
完全な思いつきで口走った。考えることは一切せずに思ったままを口にした絵里が自分で「それだ!」と叫ぶ。
降矢と更紗が顔を見合わせて、英次が「ほぉ」と二人の少女の顔を見合わせる。
発想自体は確かに悪くないが、それを実行するには魔術をどう使うかに話が移行する。
「絵里ちゃんも魔術を使えるようになったし、二人で考えてみたらどう?」
梨華が提言すると、今度は英次たちが驚いた。
「絵里が魔術を?一体どんな魔法を使ったんです?」
更紗が一時間や二時間でどうこうなる問題ではないはずだ、と疑う目で梨華を見る。
「空を飛ぶのだって魔導装具で実現不可能な完全な個人技能に頼った魔術でしょ。絵里がそれを使えるのに他の魔術が一切使えないってことが重要だったわけ。まぁ私が何かする前に絵里が自分を克服したのよ」
「そんなことがあるんですねぇ」
降矢が感慨深そうに頷く。
「絵里ちゃんすごい!」
彩香がまるで自分の事のように喜んで絵里に抱き着く。
「ありがとー」
絵里も満面の笑みで彩香を抱きしめ返すと、二人がなにやら話をしながら絵里の部屋に入っていく。
「さて、私もお風呂に入ったら寝ようかしら」
梨華が伸びをして一安心したようにくつろごうとすると、嫌な予感がして立ち止まった。
「さすが、と褒めておきますか」
更紗の言葉に梨華が振り返ると、更紗がちょいちょいと手招きをする。
「PDAに付属している機器の取り扱い方法と機能の説明をしますから、どうぞ座ってください」
「…今?」
「今です」
更紗に有無を言わさないと目で言われているようで、梨華が降矢と英次に助け舟を出すように視線を送ると、英次と降矢が立ち上がった。
「いやー英次くん、今日も疲れましたね」
「だなー、ゆっくりと休むとしよう」
と二人は無慈悲にも梨華を置いて部屋を出て行く。
梨華はしぶしぶ更紗の前に座ると、梨華が帰ってくるまでに編集された更紗の作ったPDA取り扱いマニュアルのビデオを使った講義が始まった。




