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まずは信用させてください


 長時間の質問攻めに疲れて、入浴の許可が下りて二人が一緒に風呂場へ移動する。


 二人でも全然苦にならないので、むしろ楽しくて気分がよかった…のだろう。平時ならば…。


 絵里に髪の毛を洗われて、彩香はやっと安心した。


「こわかったよー」


「うーん、だって私たちがずっと探してた『恵まれた子供(エレメンツ)』の情報をぽろっと口にするんだもん、みんな本気になっちゃうよ」


 あの後、尋問にも似た質問攻めに合い、さすがに疲れが見え始めた彩香を気遣ってか、友樹が風呂に入って来いと言ってくれるまで、彩香は気が気ではなかった。


「偶然、何かの乱数プログラムに当たってそれを解除したら『恵まれた子供(エレメンツ)』っていうファイルがあってそれを見ただけなのに、こんな大事になるとは思わなかったなぁ」


「降矢さんが言ってたけど、他の人に喋っちゃダメだよ?いいんちょーが危ない目に合うから」


「それはごめんだよ。私のせいで『月光夜(ムーンライトナイツ)』が解体なんてのもいやだし」


魔導犯罪者(コンヴィクト)を生み出した部隊(チーム)は基本的に解体だからねぇ…」


 シャワーを手に当てて優しくシャンプーを流してやると、そのまま身体を洗い始める。


「ちょっとは落ち着いたかな?」


 風呂にやって来た瞬間、堪えていた彩香の振るえが止まらなくなり、完全に怯えていたのを知っている絵里は「ごめんね」と謝っていた。


「うん、大丈夫みたい。みんな真剣だから驚いちゃってさ」


「私と梨華さんが『恵まれた子供(エレメンツ)』の始まりと終わりなんだ…」


「聞いた。知らなかったからさ…。でも絵里、そんなこと一回も言わなかったじゃん。私はそっちのほうがショックだったな。悩んでたり、怖かったりしたんじゃないの?」


「どうかな。私は姉でもある梨華さんを追いかける途中で掴まって、実験素体(ベース)にされたから、確かに怖かったけど、何もわからないでそうなっちゃった梨華さんのほうが…」


「んー」


 国連魔導軍(UNマギナリー)は世界の平和を守るために創設されたものだと思っていたが、実際のところはそうじゃないらしい。彩香は複雑な裏側を覗き込んでしまったような感じがして少し億劫な気持ちになった。


「ここからは私たちの仕事だから…」


「寂しいこと言うなぁ。私たち友達だよね?」


 彩香に言われて絵里は嬉しかったが、それだけではどうしようもなかった。


 友達だからこそ…。




 英次が風呂場に入った二人を目で見送ってからしばらく時間が過ぎた。


 誰もが沈黙を守って何かを考えているが…。


「とんでもない計画じゃねーかよ」


 友樹がやはり沈黙に耐えられず口を開いた。


「梨華さんが『試作製造番号(プロトロットナンバー)』だってのはみんな知ってるけど、絵里が『最終製造番号(ラストロットナンバー)』だったなんて俺は知らなかったぜ?」


 友樹がその事実を知っているであろう降矢を睨みつける。


「私は実験の内容が『先天的魔導因子(ビフォアマギファクト)』を持つ子供に更に『後付(アフター)』を行っているということを知りませんでしたよ。そんなことをしたらどう結果が転ぶかわからない。上書きされれば、元の子供の人格すら残るか怪しいんです」


「難しい話はわかんねぇけど、やべぇ実験だったってことっすよね?」


 友樹に降矢が頷く。確かに危険な実験なのは理論でもわかることだ。


「彩香さんの持っていた情報は、上書きを行うこと、製造番号(ロットナンバー)が梨華さんを始め、絵里ちゃんが最終であること。全ての製造数が千二百人であること」


 そして…その半数が後付(アフター)の直後に死亡していること。


「実験施設の特定と『恵まれた子供(エレメンツ)』の追跡調査もしないとだめかもね」


「追跡調査してどうするんですか?全てあなたの遺伝子を使用した兄弟姉妹ですよ?」


「そうね…でも私はXX因子しか持ってないはずだから、Y因子をどこから調達したのかしら?」


 女性であるXXを示す色素にYをどこからか補填する必要がある。そう考えると降矢の言うとおり、製造は全て女性であると推測されていた。


「全ての製造が女性体であるとは限らないのですが…男性体は基本的に生命力が低いので、全て女性体であると予想するほうがいいのかもしれませんね」


 降矢は兄弟である可能性を自ら否定すると、梨華が頷いた。


「俺は正直な話をすると、こうなることはわかっていたから、少しも驚いちゃ居ないんだがね」


 英次の言葉に友樹が首をかしげる。


「少なくとも『恵まれた子供(エレメンツ)』に製造番号(ロットナンバー)が付与されている時点で、生命倫理を著しく侵害する研究行為が行われていた事は覚悟できていたはずだ。それを調査する上で、命が軽く扱われていることも覚悟してなければいけなかった、わかるな?」


 英次が更紗と友樹に言い聞かせるように二人の顔を覗き見る。


「肉親がそうだった。知り合いがそうだった。それだけで動揺するな」


「予想通りでしたか?英次さんにとっては」


 友樹が奥歯を噛み締める。


「絵里が一人でずっと隠していたことも、予想通りだったってことっすか?」


「残念ながら、降矢と俺は絵里が『そうであるかもしれない』という予想が出来ていた。まぁ…梨華と絵里が実の姉妹だって時点でそう考えるほうが自然だろう。同じ遺伝子を使っているんだったらなお更な」


 軽く考えていたのは自分だったってことか…。


 友樹は確かに少し考えればそれくらい察することが出来たかもしれない、と自分の激情を抑える。身内でもある絵里が酷い仕打ちを受けていたことに対する怒りは今ここで発散することに意味を持たない。


「彩香さん、意外といい仕事しますよね」


 黙っていた更紗がぽつりと呟く。


「お兄さんが医者でしたっけ?」


「ん?そう言ってたような…。どしたんすか?」


 更紗の物言いに友樹が引っかかると、更紗がにこりと笑った。


「医者なんかじゃないですよ?研究員ですから。今年で二十六になる『はずだった』彩香さんのお兄さんは『日本魔法省』の研究員です。彩香さんの勘違いか何かで『医者である』と思い込んでしまったんでしょうね」


「なるほど、彩香さんはお兄さんのパソコンを使って、何かを調べているうちに『恵まれた子供(エレメンツ)』のアクセスキーを探し当ててしまったんでしょうね…」


 降矢も納得がいくと、英次は更紗から送られた情報を見て「最悪だな」と呟く。


「偶然が重なった、と考えるべきなのかもしれませんね」


 そう簡単に片付けるには少し残念な結果ですが…。


 更紗に送られたデータをPDAで全員が確認すると、誰もが歯噛みした。


 死亡。


 その二文字が経歴の最後に刻まれている。


 家族の話をしたときの彩香の悲しそうな表情はそういう意味だったのだろう。


「交通事故で死亡…?相手は会社員か」


 英次が死亡の詳細を読み上げる。


「詳細はそれだけで、莫大な金が両親に振り込まれていますよ。その後、彩香さんの親権は学園(アカデミー)に売却されています」


 更紗がその後の処理と彩香の処遇を引っ張ってくると友樹はテーブルを叩いた。


「両親の彩香さんの親権売却は…この様子だと彩香さんの身の安全のためだったのではないでしょうか」


 更紗がそうであって欲しいと願うように呟く。


「確かに学園(アカデミー)ならば国連魔導軍(UNマギナリー)やその配下の日本魔法省も手を出し難いからな。父親が日本魔法省に勤めているならば…そういう処理の仕方を知っていてもおかしくは無い、か」


 英次が「いい両親だな」と目を閉じた。子供を一人失い、更にもう一人も手放さなければならない両親の気持ちは計り知れない。


『両親は健在ですよ』


 ふとそう言った彩香の切ない表情が何度も友樹の頭に浮かんだ。健在であっても、法律上は自分の両親ではない。恐らく両親は致し方ない処置だと知っていても、彩香には未だに納得しきれてはいないだろう。


 会ってないんだろ。何ヶ月も。知っていて、それでも健在だって信じてるんだろ?


 正直、羨ましかった。


 まだ生きているだけいいと思ってしまう自分がいた。だがそうじゃない。生きているのに、居場所も知っているのに会えないのは、居なくなってしまうよりも悲しいのかもしれない。


「政府って最悪だなぁ」


 友樹が伸びをして自分の苛立ちを誤魔化すように呟く。


「穿った見方をしてしまえば、政府の正義は『安定』の一言に尽きる。倫理観や感情論を徹底的に排他し、現状維持と平均を保つことが政府の『正義』ですから」


 降矢の言いたい事は最もで、反論の余地がない。


「梨華さんは一番俺と同じ気持ちなんじゃないすかね」


「あらー、よくわかるじゃない」


 何年間も孤独に戦い続けてきた梨華はにやりと笑う。


「今すぐにでも国連本部に爆発物でも仕掛けてやりたいけどね。それじゃあどうにもならないの。経験談」


 梨華が茶化すように笑むと、友樹が「そうなんすよね」とつぶやいた。


「私たち実働部隊(アクティブチーム)はまだ待機かしら?」


 英次に尋ねると、英次が頷いた。


「更紗、降矢は継続して調査をしてくれ。梨華と友樹は「絶対に」動くな」


 釘を刺されて梨華と友樹は顔を見合わせる。


「そこまでバカじゃないつもりなんすけどねぇ」


「ねぇ」


 友樹のぼやきに梨華もおどけて同意して見せる。


「バカじゃなくても無頓着なんだよ、お前らは。決めたら曲げない美徳は足を引っ張るんだってーの」


 英次が笑いながら言うと、更紗と降矢がうんうん、と深く頷いている。


「そんなに私たち突込み癖あるかしらね…」


「梨華さんのことはよくわかりませんけど、俺はよく特出し過ぎますから」


 友樹は自分の癖を自分で理解しているので『動くな』と言われてしまえば仕方が無い。


「梨華さんの場合は突然中央突破(センターブレイク)の強行作戦とかやりそうで怖いんですよ。今までだって前例がないわけじゃないでしょう?」


 前例、と言われて梨華は真っ先に思い出すことがあった。


「それってイギリス大使館二重襲撃事件のこといってる?」


「ぶほ、あれも梨華さんっすか」


「私は後者。ちょうど義父さんがイギリス大使館に用があって、そこで事件が起きちゃったからね。私にとっちゃ恩のある人だから放置できなくて」


「だったなぁ」


 英次が懐かしそうに呟く。


「俺たちが高度に政治的な問題だって言われて被害者ゼロで人質十六人を解放する作戦が組まれただろ」


「英次さんと俺が作戦と担当した奴ですよね?」


「そうだ」


 確かあの時は武装集団二十名が相手だった。到着して内部に突入すると敵は全員昏倒していて、死者ゼロ名だった事件で、後の調べで武装グループが突入後、梨華が突入し鎮圧、その後に英次と友樹が到着している。


「作戦も何もあったもんじゃなかった作戦だったが、俺たちは一応ラペリングして屋根から入ったのに、梨華は表門から堂々と突入したって話だよな」


「そうね」


 梨華が「若かったから」と笑うが、それで人質が助からなかったなどとなっては元も子もない。


「勝手な行動を謹んで頂きたいのですが、よろしいですね?」


「信用ないのね」


 更紗に再三注意されるとさすがに梨華も気分を害したのか、取り合うこともしなくなる。


「まずは信用させてください」


「わかったわよ」


 梨華が立ち上がり、友樹も梨華の後ろの付いていく。


「英次さんも黙認してるから、いいんだろうな」


「たぶんね。むしろ私たちに任せるつもりなんじゃないかしら」


 信用させろ、という更紗の思惑。黙認する英次。PDAがポケットで震えて、友樹がインカムを左耳につけて梨華に見せると、梨華も同じようにインカムをセットする。




 何時からだろうか。いつの間にか降矢の姿がセーフハウスから消えていた。春先の夜空は風がひんやりとしていて、どこからか花の香が漂っている。高層摩天楼を眺めて降矢はセーフハウスを覗ける位置にあるビルの屋上に着地した。


「撤退も早いですねぇ」


『もう逃げられたの?ずっと見ていたんでしょ?』


 梨華の声がインカムから聞こえてくる。HUDには涼しい顔をした感情を一切感じさせない梨華の顔が映し出されている。


「こちら側から姿を見せてあげたんで、恐らく撤退してくれたんでしょう」


『降矢さんは出来るだけ戦闘を回避したいタイプだからな。っと、こっちも客人を見つけたぜ?そっちから二時方向』


 友樹の報告に降矢が指示された場所を見る。


 いる。


 HUDの表示が降矢の求めた位置照会システム(GPS)に切り替わる。更紗の転送して来る『暫定敵』の位置と友樹と梨華の位置が表示される。


『交戦は控えろ』


 一言、英次の指示が下ると友樹と梨華が足を止める。恐らく相手とこちらの限界警戒ラインを梨華が判断したのだろう。相手はそこまで視野が広くない。


『こちらエースよりリーダーへ。交戦の許可を頂きたい』


 梨華の凛と澄んだ声がヘッドセットに響く。


『繰り返す、交戦は許可出来ない。相手はCIAだ』


『暗号通信の傍受に成功』


 更紗の声が聞こえると、ノイズと同時に何かの英語が聞こえてくる。


『あん?なに言ってんだ?わかんね』


『向こうは英語だからね。アメリカ人であることを隠そうとしないところを見ると、他の作戦を遂行している可能性もあるわね』


『他の作戦ってなんすか』


 友樹と梨華の会話を聞きながら、英語を聞き取った降矢は「なるほど」と呟く。


『降矢さん、あいつらなんて言ってるんすか?』


「国連魔導軍(UNマギナリー)の無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)と作戦区域が一致してしまっている。このままではこちらが察知されて敵勢力と誤認される恐れがある。至急本部は国連魔導軍(UNマギナリー)の無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)と連絡を密にされたし」


『そうみたいね。更紗?』


 梨華が更紗に確認を取らせる。数秒後に

『CIAからの入電。『純潔なる判決(ピュアジャッジ)』がこの近隣で行われている魔導装具(アクセサリー)の輸出入の不許可物品取引を行っているマフィア間の監視任務を行っているとのことです。黙認(スルー)か、後方支援(バックアップ)か…』


 降矢はなるほど、と頷く。




 どちらかを選べ、と言われて友樹がPDAをポケットから取り出して梨華に見せる。


「梨華さん、PDA」


「ん?」


 梨華も自分のPDAを取り出すと、パネルに『黙認(スルー)』か『後方支援(バックアップ)』の選択肢が表示されている。


「どっちか押して」


 友樹はPDAを既にポケットに入れると、梨華は『後方支援(バックアップ)』をタッチしてポケットにPDAを入れる。


『確認しました。『黙認(スルー)』ゼロ、『後方支援(バックアップ)』五で、後方支援(バックアップ)に回る旨をCIAへ送信します』


『全員に通達、今回は絵里を作戦から外す。緊急事態が発生し、セーフハウスが襲撃を受けた場合『客人(ビジター)』は絵里に保護してもらう。『後衛狙撃(フルバックシューター)』と『制圧(デストロイ)』に梨華が援護(カバー)してくれ』


「了解、隊長(リーダー)殿はそこでぬくぬくとお茶ですか?」


 梨華が嫌味を言うと、英次の笑い声がヘッドセットに響く。


『俺は拠点防衛(ベースガード)


「頼もしいこと」


 梨華が呟くと、友樹がため息を吐く。仲が良いのか悪いのか、今一判断しかねる。


『CIAからの情報です。マフィアは中国とアメリカのマフィア。日本で取引商談を行うのは今度で三回目だそうで、取引内容物は…そんなっ!』


 更紗の悲鳴にも似た声に梨華と友樹が顔を見合わせる。


「あちゃー」


 HUDに表示された3D映像を見て友樹がわざとらしく額に手を当てる。


『こりゃあ国連魔導軍(UNマギナリー)じゃなかったら強制退去命令だったな』


 英次も事の次第にさすがに慌てているのか、絵里と彩香を呼んでいる。


『回線に失礼します。私も作戦に参加要請が入ったので、みなさんの援護(カバー)をさせていただきます』


 彩香の声に友樹が頷く。


「絵里は俺の背中を、彩香は梨華さんの後ろを頼む。降矢さんの後ろに俺と梨華さんが入ります。いいですか?」


 友樹が英次に確認を取ると、HUDに英次の顔が映し出されて、英次が一度頷いた。


「動き出した瞬間に物品を強奪する計画よね?これって間に合うの?」


『わからん。CIAは全部自分たちでやろうとしているらしいが、正直な話『純潔なる判決(ピュアジャッジ)』の部隊員(チームメンバー)はこっちで緊急招集した寄せ集めだと思うぜ』


 更紗の集めた情報を見る限り、英次の判断は間違いではないだろう。梨華もCIAのメンバーを確認したが、とてもではないが対応できそうに無い。


『何を取引ってえええ?』


 絵里の叫び声が聞こえて梨華が顔を顰める。耳元で大きな声を出されて不機嫌にならない人間はいない。


『日米共同の軍事演習の内容を書き込んでいるデータファイル?なんでこんなものが流出してるんですかね』


 絵里の疑問も最もだ。そんなものはそこぞの軍事マニアが欲しがる程度で大した危機感でもない。


『中国は日米関係を徹底的に潰したいってところだろう。アメリカンマフィアは金になるから情報を売る。チャイニーズは日本人が嫌いだからな』


『色々と裏がありそうだけれども、私たちは国連魔導軍(UNマギナリー)として面倒な事態を避ける必要があるってことです』


 更紗の簡単な結論に梨華が苦笑する。


「今回はそれだけで済みそうにないわね。CIAはなんて?」


『沈黙を保ったままです。絵里ちゃん、対象を視認できましたか?』


『検索指定を特定しました。送ります』


 絵里の『女神の(ガディスアイ)』によって捕らえられた映像がHUDに表示される。


「こいつはすげぇや」


 HUDに表示された見事な胸のアップに友樹が口笛を吹く。


『あわわ』


 絵里が慌てて映像を補正すると、倍率が変化して部屋の中の様子が映し出される。


「女か?」


「みたいね」


 黒の背中が大きく開いたナイトドレスを来た中国人女性が二人、初老の男性を挟むようにして立っている。その向こうに立っている悪そうな中年男性が下品なスーツと金の指輪をいくつも嵌めて、葉巻をくわえていた。その隣に黒いスーツの男が二人立っている。


「いかにも、アメリカンマフィアの下っ端だな。チャイニーズのほうは少し位が上の人間かな」


 友樹が予測すると梨華が頷く。


「移動するわね」


『許可する』


 梨華に英次が素早く答えると、梨華と友樹はセーフハウスから飛び出して、近くの壁を蹴り上に上り、アパートの二階のベランダに着地して、反対側のアパートの三階のベランダへと跳躍。雨どいを掴んで身体をくるりと回転させて屋上に到達すると、電柱の鉄片に足をかけ、電線の上を走る。近くに四階建てのアパートを見つけると、四階のベランダに足をかけて屋根の上へ。さっさっと優雅に上る梨華の後を友樹が「さっすが」といいながら着いて来る。


「手伝って」


「あい」


 屋根の上を助走して隣の七階のビルへ走ると、友樹が梨華の手を取って、自分を軸にして梨華を振り回してハンマー投げの要領で空へ打ち上げる。浮いた瞬間、梨華は逆に友樹の腕をつかんで、二人が七階の屋上へ到達する。


「お疲れ様」


 梨華が英語で言いながら二人の諜報員の肩を叩く。


「なんだ『身内』か」


 金髪の青年がふっと笑うと、もう一人の黒い髪のアメリカ人は目を丸くしていた。


「日本語できる?」


「一応」


 二人が顔を見合わせると、梨華が友樹に「良かったわね」と微笑む。


『梨華、PDAについてるレーザーポインターを窓ガラスに照射してくれ。気付かれないように』


 英次に言われて梨華は首を傾げると、友樹が梨華のPDAを操作する。PDAの中にあるレーザーポインターを梨華に手渡す。


「こいつを窓の端っこに」


「ありがと」


 梨華はCIA諜報員の持っている双眼鏡を右手で掴み、対象のいる部屋を左目のHUDをあわせて左手でレーザーを発射する。


『感度良好。そのまま出来るだけずらさないでください。振動から音声に再変換します』


 更紗が作業を始めるとすぐに中の会話が聞き取れる。


「みなさんも聞く?興奮するわよ?」


 梨華の言葉に二人の諜報員が笑う。


「とっても刺激が強い音を拾ってそうだな」


 二人が梨華のPDAにイヤホンを接続すると、中の会話が聞こえてくる。


「中国語わかる人なんていないわよねぇ」


『変換しますよ』


 梨華のぼやきに更紗がすぐに対応する。雑音が多くていまいち聞き取れないのは、向こうの部屋が何か音楽でも流しているせいかもしれない。


『―――――――』


 何か口が動いている絵がHUDに表示されると、アメリカンマフィアが急に銃を取り出して男を射殺した。逃げ惑う女二人も背中から撃たれている。


「絵里、彩香!狙撃準備(スタンバイ)!急いで!」


『了解!』


 二人の声が同時にヘッドセットに響く。


「私たちは君たちの証人になろう。幸運を祈る」


 CIAには撤退命令。中国側に演習予定が渡されなければいいと判断したのだろう。


「証人は死んではいけないのよ。よろしくね」


 梨華が投げキッスをすると二人の諜報員は顔を見合わせると苦笑する。


「五年後にそれをしてくれたら君を放さないのにな」


「残念ね」


 梨華はそう言うと友樹に目配せする。


「梨華さん、俺には何も聞こえなかったんですけど?」


「あいつら、学園の核融合炉に直接攻撃するつもりよ。バンカーバスターって知ってる?」


「対地下ミサイルですよね?国際テロリストに使った」


「正解。それの取引をここでするつもりだったみたいね。でも…」


 交渉は決裂していた。


 今回の取引が最後にしようとアメリカンマフィアが相手を射殺した。だが、それだけでは報復合戦が始まる。


『CIAは彼らの帰国を拒否するとなれば日本が抗争の現場になるでしょうね。日本政府に掛け合っても大騒ぎになります。梨華さんと友樹さんは『小包』を確保してください』

 

更紗からの指示に梨華が頷くと、ふわり、と足を地面から離す。


『絵里、彩香に通達。発砲は任意(オープンファイア)、繰り返す発砲は任意(オープンファイア)


『目標を視認(ロック)。梨華さん撃ちますよ?』


『気をつけて、他に五人ほどいるみたいです。リバーサイドホテルに車が三台入りました』


 英次の『発射許可(クロスエンゲージ)』直後に絵里と彩香が『脅威の存在(ターゲット)』を知らせてくる。


 ここまで来たら証拠集めも何もない。顔だけで相手の情報は揃った。梨華も英次も同時に…その実行を決定した。


「全員無力化しなさい(サーチアンドデストロイ)」


了解(ラージ)っ!』


 二人が返事をすると同時に轟音。


消音器(サイレンサー)つけろや!」


 友樹が発砲音に驚きながらも先行飛行する梨華の真後ろに着く。距離にして百メートルを二秒で駆け抜けると、地下駐車場に射殺体が五つ転がっている。素人目で見ても、どこから狙撃されたのかわからない。下品なスーツを着た男が小脇に抱えているアタッシュケースを梨華が掴むと、友樹がため息を着いた。


「―――――」


 何か言われている上に梨華の頭に拳銃がポイントされている。どんなに早く動いても梨華が打ち抜かれるのは目に見えていた。先ほど撃たれたはずの女が生きているなどとは少し考え難いが、ナイトドレスは血の色で変色していた。


「英次さん、大事な荷物は確保しましたが…中国女に捕まりました」


『友くん、二歩左に移動して』


 友樹が言われたまま二歩移動すると、友樹の後ろにあった垂直に伸びているエアダクトに穴が開いて、中国女の頭を貫通した。


「あ、あれを貫通させてたのね」


 友樹が納得する。地上に向かっているエアダクト、アレは今、ダンボールで出来ていてアルミテープのようなもので加工されているだけで、兆弾せずに簡単に貫通する。絵里は『女神の(ガディスアイ)』で位置を確認して、壁越しに射撃したのだ。


『このままじゃだめだなぁ…』


 絵里の何か考えているような言葉がヘッドセットに流れる。


「そうか?完璧だったぜ?」


『うん…』


 まだ何かあるのか、絵里がどこか元気なく呟くように返事をする。


「とりあえず目標を確保」


 梨華がふぅと息を吐く。


 確かに梨華の目から見てもまだまだ駄目、とまでは言えないが、状況としてはよろしくなかった。

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