で、どっちが好み?
梨華が家にやって来てからしばらくたった…。
どこに入るんだろう…あの量。
絵里はそう思うと夕食の作る量と買い置きの量を少し増やさなければならないと近くの総合デパートに入る。
梨華が人の二倍も三倍も良く食べるのだ。それであのスタイルの良さはむしろ回帰現象だった。栄養が全て胸に行っているとしか思えない。
「あー…」
絵里がデパートに入るなり、泣き出しそうな顔をして友樹は慌てた。
「な…なんだ?忘れ物か?腹が痛いのか?」
「ぅー、学園でポイント換金して来るの忘れちゃった…」
「金がないってか…」
金が無けりゃ買い物できんわな…。
二人で途方に暮れるも、そのまま考えていても仕方が無い。
「どうしよぅ」
どうしようってなぁ…。
部隊の貢献ポイントの換金ATMは学園の中にしかないし、外部ではポイントをそのまま使用できるようにはなっていない。そもそも外に出るためには膨大なポイントが必要で、学園所属の部隊が外部で生活しているところがそんなに多くないのも事実。親からの仕送りがあるわけでもなく…。
「ちょっとそこのアンタ!」
急にでかい声で指を指された友樹は驚いて思わず自分を指差す。
少女が学園の制服を着ていたまでは良かったが、こちらに向かって走ってくる。
「は?俺?え?」
だだだっと助走するかのように止まるつもりのない全力疾走から、少女が地面を蹴るとふわり、とその小さな身体を浮かせる。
「ちぇすとおおおっ!」
がっと右足が友樹の顔面をめがけて伸び、左足から着地する。友樹は眼前で蹴り出された右足を掴むと、ひょい、右足を振り下ろして少女がバランスを崩す前に着地させてやる。
「っぶねーな。っとぉ」
左足が友樹の首をめがけて飛んでくるのを一歩後ろに下がって回避。左拳、右拳をバックスウェーで見事に回避。右足が友樹の左腰を狙って飛んでくるのを左腕を畳んで身体に密着させて防御。そのまま左足が右足で友樹を挟み込むようにして首を目掛けて飛んでくる。華麗な空中技だが友樹が左手で右足首を掴み、両手で両足の手首を掴む。
「ほれ」
バック宙させると少女がくるりと両膝を抱えるようにして見事に一回転する。運動神経がかなりいい相手に友樹は感嘆する。
「な…なかなかやるじゃない」
「そりゃどーも」
友樹は自然体で笑うと、絵里が何事かと呆然とする。
「絵里を困らせて、何を企んでるのかしら?」
「そりゃこっちのセリフだ、お前は俺を困らせて何をしたいんだ」
友樹がうんざりとすると、絵里が「彩香ちゃん、どうしたの?」と首をかしげる。
「どうしたもこーしたも、あんたに付きまとう男なんてたくさんいるんだから、気をつけなさいって…あれ?」
友樹の肩章を見て彩香と呼ばれた少女が首をかしげる。
「誘拐されそうだったんじゃないの?」
「私が?友くんに?」
絵里が自分を指差した後に友樹を指差して首を傾げると、くすくすと笑う。
「友くんは無音の投擲槍の仲間だよー」
「あちゃー」
額に手を当てて彩香が天井を仰ぐ。
「それより怪我してない?」
絵里がぺたぺたと彩香の身体をタッチして確認する様を見て、友樹は「ちっせー」と呟く。二人の身長は百四十二届くか届いていないか。友樹も百五十と少しで小さいほうだが、それよりも小さく見える。狐顔で目付きが少し鋭く、細い顔立ちの少女は活発的で左肩には球体にたくさんにクレーターがあしらわれた、満月がデザインされた部隊章をつけていた。
「中等部の一年生で学園所属の部隊である月光夜の後衛狙撃を担当している彩香ちゃん」
絵里に紹介されて友樹は頷く。
「後衛狙撃にはもったいない運動能力だな。ちょっと鍛えれば前衛も出来る」
友樹が苦笑すると、彩香は「お恥ずかしい限りで」と顔を紅くして俯く。
「俺は国連魔導軍(UNマギナリー)と学園の部隊で無音の投擲槍に所属する能動前衛を担当している友樹だ」
米神に二本の指を当ててぴっと弾き「よろしく」と言うと彩香が頭を深く下げる。襟章を見て先輩だったことを知って彩香は少し萎縮しているようだ。
「絵里ちゃん、あの人怖い顔してない?」
「睨んでるのはいつもだよ。あれでも笑ってるらしいよ。英次さんなんて笑ってるけど、怒ってるようにしか見えないし」
「きこえてんぞー」
友樹が絵里の頭に手を乗せてくしゃりと頭を撫でると、絵里が彩香に向かって舌を出して笑って見せる。
「こんなことを頼むのはあれなんだけどさー」
絵里が申し訳なさそうに口火を切ると、彩香が首をかしげる。
「お金貸して」
「あんたなら返さないって事はないだろうけど、どうしたの?」
急な話に驚かれるのも無理は無い。正直に事の次第を話すと彩香が苦笑した。
「家で家事当番全部やってるって聞いてたけど、やっぱり抜けてるところ抜けてるのよねー、アンタは」
彩香は一頻りけらけらと笑った後に財布から一万円札を絵里に手渡すと、絵里が「ありがとー」とそれを受け取って財布に入れる。
「いいんちょーお金持ちだねー」
「いいんちょーって、初等部六年のときは委員長だったけど今年は違うからやめなさいよ」
「あ、ごめん」
絵里が謝ると「いいけどさ」と彩香がかぶりを振るように頭を左右に振る。
「今日は欲しい魔導装具があったんだけど、デザインがいいから売り切れちゃってるみたいなのよね。ほら学園で話してたじゃない」
「あ、うん。あのハート型のブレスレッドだね」
「まぁあんなの魔力貯蓄を少しだけしてくれるだけのものなんだけど、かわいいじゃん」
「うん、そだねー。弾丸一発分の魔力しか入らないけど…使う?」
「使わない。もう見た目重視って感じ」
彩香がけらけらと笑う。
「それを買いに来たけど、すでに売り切れ。お金は余ってるから貸してあげる余裕があったってだけよ」
「なるほどー」
二人が話しながら同じ方向に進んでいくのを見て、友樹は「友達だったんか」と二人の後ろを着いて行く。
「…友樹センパイ怒ってないの?」
食料品売り場でカートを押している友樹の前で彩香が恐る恐る尋ねると、絵里が首をかしげる。
「簡単に怒る人じゃないし…怒ったらたぶん反撃から乱撃に入って彩香ちゃんはもう…お皿の上に乗った鮭状態だよ」
「…言いたい事はわかった」
まな板の上の鯉と言いたいのだろうが微妙にニュアンスが違う。アプローチの仕方は惜しいと思ったが、絵里の天然要素は一緒にいると慣れてくる。わざとボケているのかと思えば、彼女なりに本気だったりするが、害の無い天然なので容認できるレベルでもあった。
「どちらかと言えば模擬戦闘を楽しんでるくらいの勢いだからね。英次さんと友くんってちょっと『戦闘狂』みたいなところあるし」
「ああ、戦ってるとテンション上がっちゃう人かぁ。まぁ魔導師には少なくないよね。あの梨華って人も学園の実習中、英次先輩と互角の戦いをして教師も間に入れ無かったって話じゃん」
「梨華さんもうちの部隊に配置されたけど」
「ぶっはー。あんたら何?戦争でもするつもりなの?」
やっぱりそうおもうかー。
絵里もこの戦力増強に対しては正直、驚きを隠せなかった。過剰戦力を保有する部隊は造反や世界安全保障の観点から魔力制約を受けることがある。恐らく、英次、梨華、更紗はA+くらいに階級制約を受けてしまうだろう。
「そーいえば…梨華さんって元魔法犯罪者でしょ?これからしばらく人権は無いってことになるよね?」
「うん…英次さんが梨華さんの人権を保有するから、英次さんの命令は絶対なんだって言ったら、梨華さんは別に構わないって」
「ふへぇ」
絵里は肉を慎重に吟味しつつ、量と質を選んで友樹の動かすカートのカゴに放り込む。野菜も既に入っているし、けっこうな量でもあった。
「私から見た無音の投擲槍ってばらばらーって感じだったけど…」
「あー、見た目はそうかもねー。英次さんと梨華さんって何を考えてるかわからないし、更紗さんなんて『魔女』って呼ばれるくらい仮面をつけてる人で冷静だし、降矢さんに至ってはあの笑顔でしょー。友くんはわかりやすいけど」
さらりと絵里がとんでもないことを言っているが、彩香は気にしないで置く。
「みんな素直じゃないからねー」
「あんたがそれを言うか。あんたなんて天然で何を考えてるのかわからないを地で行く子じゃない」
「そんなつもりはないんだけどなぁ」
絵里は苦笑すると鮮魚の選択をする。
「うげ…あんた金額考えてるの?」
二つのカゴがいつの間にかいっぱいになっているのを見て彩香が不安そうな顔をする。
「大丈夫だよ、これで七千八百九十四円だから」
「…適当言ってない?」
「いってないよー」
絵里が「あはは」と笑って買い物おわりーとレジに進む。
「七千八百九十四円…あんた数学得意だったわね」
レシートに記録されている数字を見て彩香が驚愕すると、絵里は首を横に振る。
「数学と物理学は狙撃に重要だから、たまたま得意って感じ」
「あーそっか」
言う彩香も数学と物理の成績だけはいい。普通の中等部の生徒の中でも後衛狙撃の選任教育を受けている二人は郡を抜いていた。
「両手に四つのビニール袋を先輩に持たせるの?」
絵里はてぶらで友樹は卵の入った袋を見下ろしながら割れないように気をつけている様を見て彩香が尋ねる。
「荷物持ちしてくれるのはいつもだし、私だと転んで荷物放り投げちゃうから」
「どこのお約束よそれ。にしても友樹先輩って学園じゃただの『不良』って感じだけど、結構いい人なんだね」
「友くんは喧嘩してる人を止めたりしてるから、そう見えちゃうのかもね。授業はあんまり出てないみたいだけど、壊れた魔導装具を先生と一緒に直したりしてるし、器用で優しいよ」
「へぇ…見る目変わるわねぇ」
何か言われてる…。
街の雑踏の中でよく二人の声は聞こえないが、彩香が先ほどからこちらをちらちら見ているので何と無くそう思った。
女同士の会話って、何かこえーんだよなぁ…。
梨華と更紗の会話は高度な戦術的な会話なのでまだ入りやすいが、世間話をするおばちゃんの如く話し合う二人の間には少し入り辛い空気がある。
「デパートって入ってると、何時の間にか時間が過ぎるよねー」
「あーうん、それわかるー。もう暗いし…」
時刻は十六時を少し回ったところだ。春先にしては日が伸びたと言えども、少し冷たい風が吹いている。たくさんの車と人通りの中、三人は同じ方向に進んでいた。
「絵里ってあの高級億ションに住んでるんでしょ?」
「うん、英次さんと更紗さんの稼いだお金で部隊のセーフハウスを買ったんだって」
「いいなぁ。うちの部隊のセーフハウスは少し遠いから大変なんだよね。ていうかさー複合にその二人がいるからXリーグ上がれないって先輩が嘆いてる」
「ごめんねー。手抜かないから」
「別にいいんだけどねー」
彩香と絵里の他愛なく、しかも脈絡のない会話を聞いて友樹は苦笑する。
「時間も時間だし、うちに寄ってく?お金のお礼もあるから晩御飯おごっちゃうよー」
「あー、いいの?」
「うんうん、もう泊まっていっちゃえー」
「じゃあそうするねー」
彩香がそう言うと絵里も嬉しそうな顔をする。
結局、年上しかいないから絵里も苦労してるんだろうな。
人事のようにそんなことを思うと、彩香が左手首に嵌めているブレスレッドを見て友樹は「なるほど」と納得した。
緊急で遠出の任務があったりするときに困るのが、着替えだったりするが魔導装具には物を圧縮して格納する機能を持ったアクセサリーが存在する。彩香は常にそういう日用品の類は持ち歩いているのだろう。梨華もブレザーの下に小さなショルダーバッグを常に携帯していて、その中には様々な魔導装具が格納されている。同じ後衛狙撃のポジションの彩香ならば狙撃銃も携行しているはずだ。
三人がセーフハウスに入ると降矢の革靴が綺麗に並べられているのを見つけて、降矢さんも返って来たのか、と友樹がリビングに顔を出す。
「ただいまーっと」
「ただいまですよー」
「お邪魔します」
絵里がキッチンまで荷物を運んで冷蔵庫に物をてきぱきと放り込んで、彩香がそれを手伝っている。リビングには梨華と降矢がテレビを呆然と眺めていた。
「梨華さん、降矢さん。私の同級生で友達の彩香ちゃんです」
「よろしく」
彩香がどことなく緊張しているのかぎくしゃくと頭を下げる。
「よろしく」
「こんばんは」
梨華と降矢がにこりと微笑むが、どこなく演技というか社交辞令的な笑みを浮かべている。
「き、きんちょーするよー」
絵里に連れられて、英次の自室、更紗の自室を回って挨拶をしていく。上位の部隊である無音の投擲槍の部隊員に失礼がないように、と彩香が挨拶して回ると言い出したのだが、その当の本人ががちがちに固まっているのだから面白い見世物だ、と友樹は笑っている。
「ちょっと遅れちゃいましたけど、今すぐ支度するんで」
絵里が梨華と降矢、友樹の座っている前にコーヒーを出してキッチンに入ると彩香と一緒に調理を始める。ダイニングキッチンでカウンター越しに見える二人の姿はどことなく和む。
「椅子」
友樹がそう言うと倉庫から椅子を一脚出して梨華と英次の間になる場所に置いておく。
「あー客人だから上座でいいのか?」
「じじくさ」
梨華が呟くと友樹が苦笑する。
「で、どっちがタイプなの?」
梨華に言われて友樹は二人の後ろ姿を見る。
「…成長の余地があるほうがいいっすね…あの二人、初等部の子みたいで」
「大きいほうがいいの?」
「大きい事はいいことです」
友樹の言葉に降矢がくすくすと笑う。
「絵里さんはお姉さんがお姉さんなんで成長するんじゃないですかね」
「あー、私のこと言ってる?」
梨華が降矢に尋ねると「他に絵里のお姉さんを私は知りません」と断言される。
それもそうね。
梨華はそう思うと絵里の後姿を見る。
「幼少期そっくりだったって話じゃん。ってことは中等部まで梨華さんもあんなんだったん?」
「あんなんって…絵里ちゃんが聞いたら怒るかもよ」
「そん時はそん時っす」
友樹のいい加減な言葉に梨華は「やっぱり生意気よね」と言葉には出さずに心の中で呟く。
「私、二年前までずーっと追われてたから、鏡を見るヒマもなかったからね…」
「すんません」
友樹が頭を下げるのを見て、梨華は首を横に振る。
「ん、別に謝るほどのことじゃないわ。どっちかって言うと絵里ちゃんが少し羨ましいかもね。毎日ゆっくりと眠ることが出来ることの生活って、ここに来るまで無かったから」
「殊勝な意見ですね。ヒマで、退屈で、死にそうくらいのことを言うかと思いました」
降矢が本当に驚いているのか、唖然としている。
「私だってゆっくり眠りたいし、警戒しないでお風呂にだって入りたいわよ」
「へー」
友樹が「過酷だったんですね」と感嘆する。
「一緒に入る?」
「え?喜んで」
梨華の冗談に友樹が答えると、降矢が苦笑する。
「冗談に冗談で返すのもいいですけど、梨華さん実行しますよ?」
「ええ、実行しちゃうわよ?」
妖艶に言われて友樹が沈黙する。
「今年は絵里がお風呂独り立ちしてくれるといいんだが…」
「そうねー、一緒に二人で入るのを見て少し驚いたわ。あの子十三になるんでしょ?」
「まだ十二っすけどね…」
昨日も友樹の手を引いて風呂に入る絵里に梨華は少なからず驚いていた。毎日二人が一緒に入っている光景に慣れている英次たちは気にしていない様子だったが、梨華にはそれが斬新に見えた。
「そういうのもあって、女って感覚がないんですよね。俺にとって絵里は」
「兄妹みたい?」
「その仕事は姉さんに任せますよ」
友樹がにかっと笑うと梨華がうんざりとしたようにため息を吐いた。
「頭でわかっていても、心が認めないってところですか?」
「あら?やけに詩的ね。まぁ否定できないけれど」
降矢に梨華が正直に心の内を曝け出す。
「わかっているんだけどね。あの子いい子だから、本当に私の血縁なのかって疑っちゃうのよ」
「どっちも小悪魔ってとこは…」
友樹が言いかけて梨華の笑顔に気おされて口ごもる。
「あらぁ言うわねー」
「言いますねぇ。意味わかってます?」
降矢まで一緒になって友樹を茶化す。
「訂正します、絵里は小悪魔ですけどそっちは悪魔ですね」
「…それはそれで哀しいわね」
梨華は本当に哀しそうな顔をする。
「乙女心を踏みにじる友樹くんは『プレイボーイ』ですかね?」
「なってみたいっすよ。そりゃ英次さんの専売特許なんで」
「呼んだか?」
英次が友樹の肩を叩く。
「…」
英次や降矢はどうしていつも突然現れるのだろう…。
友樹は周囲にいつも気を配っているのだが、いつも二人の接近だけは気付けない。
英次は梨華の対面に座ると、椅子が一脚出ているのに気付いて首をかしげる。
「ああ、あの子のか」
キッチンで絵里と一緒に笑いながら調理している彩香を見て英次が納得する。
「で、どっちが好み?」
「…さっきも同じ質問されました」
「そりゃ失礼」
友樹がため息を吐くと、梨華と降矢が苦笑する。
「友樹くんじゃどっちも選べないんじゃないでしょうかね」
英次の隣に更紗が座りながら友樹を真正面に見ながら着席する。
「選ぶってなんですか?」
彩香がコーヒーカップを英次と更紗の前において首をかしげる。尋ねられた友樹は「花嫁を選べってよ」と呟くと、彩香が顔を真っ赤にしてキッチンに逃げ込んでしまう。
「あの子、なんなの?」
「若いんじゃないですか?」
梨華に降矢が笑って答える。
「どっちかって言うとませてるってことじゃないでしょうかね」
更紗がコーヒーに口をつけて、ふと時計に目をやる。
十九時をそろそろ回るころだ。
全員がPDAをテーブルの上に置くと、全てのPDAが震える。全ての情報が一気に集中して更新される時間だ。それを受けて全員が真剣な顔をする。
「ちょっとごめんね」
絵里がキッチンを彩香に任せて梨華と友樹の間に着席する。
「さて国際状態についてだが…」
英次がPDAを手にすると、全員が各々のPDAを片手に会議のようなものが始まる様を見て、彩香が感嘆する。
何かの話をしているようだが、英次が始めて更紗が引き継いですぐに話が終わり、絵里がキッチンに戻ってくる。十分も話をしていなかったのではないだろうか。
「なになに?あの会議みたいなの、かっこいいよ」
「んー、世界に配置されてる、国連魔導軍(UNマギナリー)の現状把握と世界経済とかの話。私にはよくわからないから、英次さん、梨華さん、更紗さん、降矢さんが基本的に話をしてるんだよね。梨華さんって大企業財閥の会長さんの養子で、経済とかの『英才教育』受けてるみたいで、すごく詳しいよ」
「あの人、顔もスタイルも良くて頭もいいなんて…世の中って不公平だよねー」
「強いしね」
絵里も確かにそう思うが、それが不公平だとは思わなかった。
「あの人はね…生まれながらの女王なの」
「はい?」
女王、とはまた…。
絵里の天然と言うか表現に彩香が苦笑する。
「確かにお姫様みたいで優雅だよね。何気ない仕草とかさー。大人のおんなーって感じ」
あこがれるわー、と彩香が呟く。
「よーし盛り付けて運んでしまいましょうか」
絵里が皿を四枚同時に運び出すのを見て彩香が「おー」と目を丸くした。ファミレスの店員のようで、しかも危なっかしくない。
「今日はなんだー?」
友樹が絵里に尋ねる。
「白身魚のボイルしたものにチーズを乗せて塩コショウを振り掛けました。メインはビーフシチューです。パンを切らしていたのでライスになりますけど…」
と次々とコンソメスープ、野菜、白身魚、ビーフシチューに最後は夏みかんで造ったジャムのビンとバケットに山盛りにされたカップケーキが置かれる。
「毎日こんななの?」
質と量に驚かされる。これではレストランと変わらない。
「そうだな。絵里が色々やってくれるから助かる」
英次が絵里に微笑むと、絵里が「好きなんですよ」と笑った。
「彩香ちゃんは英次さんと梨華さんの間に」
「はいー」
全員が着席すると絵里が空のグラスと水差しを持ってくる。全員にグラスが行き渡って、絵里も最後に着席すると、英次がナイフとフォークを持って食事を始めると全員が食事を始めた。
な、なんなのこの人たち。
彩香は少し一般人と違う感覚の面々に絶句した。英次が食事を始めなければ誰も食事を始めないなど、正直に言えば常人の思考ではない。
英次さんがお父さんで、梨華さんがお母さん、友樹さんと更紗さんがお兄さんとお姉さんで、降矢教授が伯父さんで…絵里ちゃんが一番年下か…な。
なんとなくそんなことを考えていると、梨華が彩香を見て、彩香はスープをスプーンで口に運んだまま硬直する。
間近で見ると怖気がするほど美しく、長い睫が綺麗だった。
「あなたも左利きなのね?」
「え?あ、はい」
あまり意識していないが、彩香は梨華と絵里も左利きなことに気付いた。
「梨華さんは両利きですよね」
「意識してないと左が出ちゃうけどね。テーブルマナーだと右のほうがいいって義父さんに言われてたけど…」
「お嬢様なんですね。いいなぁ」
彩香が心底羨ましそうに呟くと、梨華が首を横に振った。
「所詮、どこで生まれたかもわからないお嬢様ですから」
「まぁ、うちはみんなどこの人間かもわからないような連中が集まってるがね」
英次が笑うと、更紗も「そうなんですよねー」と笑う。
「学園の生徒ってそんなもんですよね。親がいなかったり、親元を離れたりしてるだけで、ちょっと魔力が強いってだけですから」
「彩香ちゃんのご両親は?」
梨華に聞かれて、彩香は「健在ですよ」と笑って見せるが少しどこか悲しそうだった。
「うちの家系で魔導師は私だけで、二人は苦労してますけどね。兄は医者で応援してくれていますが魔導師って特殊じゃないですか、だから両親は私をどう扱っていいのかわからなくてだいぶ悩んだそうです」
「兄貴が医者で妹は魔導師じゃ、両親も鼻が高いだろうよ。世間一般的に魔導師ってだけで『キャリア組』だからなぁ」
友樹が器用に白身魚に添えられたミックスベジタブルからグリーンピースを弾きながら呟く。
「そうでもないみたいですよ?子供が魔導因子を持っている事は胎児の検査でわかるんですが魔導師は人間としては異端だって考えるご両親も少なくなくて『中絶』してしまうご両親も中にはいるんです。子供の権利条約で『魔導因子を持つ子供の権利』が確定するまで時間がかかりましたが、つい最近のことですし」
「そういう話は食事時にするものではないわね」
絵里が降矢に釘を刺すと、降矢は「申し訳ない」と苦笑する。
「でも、うちもだいぶ揉めたんですよね。魔導師の人口爆発って最近の話じゃないですか。先天性魔導因子を持つ子供なんて気味悪がられちゃって、世間様からもけっこう非難されたそうです」
「後天的な魔導因子開花は少数ですからね。英次くんの世代から先天性魔導因子を持つ子供が激増してます」
「強力な魔導師って基本的に先天性魔導因子を保有している人が多いのよね?英次はどっち?」
「俺は実は後付なんだよな。更紗もだよな?」
「ええ、私も後付ですね。降矢さんも後付ですよね?」
更紗が英次に同意して降矢に振ると、降矢も頷く。
「私も後付ですよ。検査をすれば先天か後天かはわかりますが、梨華さん、友樹くん、絵里さんは先天的に魔導因子を保有して生まれてますね」
「魔導師が集まると結局、そういう話になるのね」
うんざりだわ、と梨華が苦笑すると彩香も苦笑する。
学園が学園という場所で魔導師を教育している場所なので、学校で何があったという話しになれば基本的に『魔導学系統』の話になる。
「確か『恵まれた子供』って先天性魔導因子を持つ子供を強制的に後付を加えて強力な魔導師にする計画なんですって、知ってました?」
彩香が口にした言葉に全員がぴくり、と手を止める。
「あ、あれ?」
急に全員が黙り込んで彩香がきょろきょろと周囲を見回す。
「私何か大変なことでも言いました…?」
彩香がどぎまぎすると、更紗がナイフとフォークを置いた。
「あなた、どこでその情報を?」
「えっと国連魔導軍(UNマギナリー)の『第一情報集積書架』で…」
「知らないって怖いことですね。そこは国連魔導軍(UNマギナリー)の『機密書架』ですよ?あなた不法侵入したということになります」
更紗に睨まれて、彩香がしゅんとする。自ら自白してしまった以上、今更何も言えない。
「ひょんなところから情報が出てきたな」
英次が苦笑すると梨華と降矢が苦笑する。
「別にあなたを責めたり拘束するつもりがないけど、手段と方法、そして見た情報を私たちに教えていただいていいかしら?」
梨華の言葉に彩香が怪訝な顔をする。なぜ国連魔導軍(UNマギナリー)に所属する無音の投擲槍が犯罪者を見過ごすのか理解できない。
「いいんちょーすごいですよ。私たちが欲しがっていた情報を偶然とは言え拾ってくるんですから!」
絵里が両手を合わせて喜んでいるのを見て、彩香は首をかしげる。
「ちょっと待って、私悪いことしたんじゃないの?」
「取引だよ。不法侵入したことを罪に問われるか、俺たちに情報開示して共犯になるか」
英次がにやりと笑うと、友樹が「もちろん、ゲロしてもらってから軍事裁判にかけるつもりだけどな」と笑う。
「食事中にそれはないですよ」
絵里が「はぁ」とため息を吐くと、友樹は「わりぃ」と悪びれなかった。




