一難去ってまた一難、ですかね
梨華は自分がぎりぎりで回避したことに後で気付く。
直感だった。頭すれすれでかすめた膨大な熱量に気付かなければ堕ちて居たかも知れない。
『ばっかやろう!』
英次の声が聞こえた気がした。
『え?』
幻かと思った。
『おねえちゃ!』
絵里の声まで聞こえる。
『あなたたち、なんで!』
もう止められない。このままでは射出してしまう。この二人を巻き込んでしまう。
◆◆ ◆◆
この感じ…絵里!
友樹は閃光の正体が絵里の空間歪曲させる閃光だと感づいて、彩香と玲奈から離れて空に上がる。
射出まで時間はないはずだ。それでも…一秒以内に上がれる。
友樹は自分の身体の感覚を何十倍にも引き延ばす。
いた。
英次、梨華、絵里だ。
なにしてんだ、くそ。
直感的に臨界に到達していることなど分かっていた。
梨華にさえ、もう止めることはできないのだろう。
梨華がこの世界へ、自分の死と全ての恵まれた子供に関係したものを吹き飛ばして、その責任を果たそうとしていることなど、わかっていたはずだった。
自分の命を捨ててまで、そこまでやるわけがない。
そう思っていた甘い考えがあった。
英次が、絵里がそれに気付いた。
そしてこの場所に戻って来た。間に合わなかった…。
◆◆ ◆◆
絶対に殺させねぇ。世界にお前を殺させない!
英次が梨華に手を伸ばす。
◆◆ ◆◆
手を伸ばして来る英次を見て、梨華はなぜだか涙が出た。
戻って来ないで…あなただけでも生きて欲しかった。
大切な人だから…。
なんでわかってくれなかったの?と憤怒する以上に、来てくれた事が嬉しかった。
こんな状況でも生きろと言ってくれる瞳を向けてくれる事が嬉しかった。
忘れてしまっていた妹が哀しそうな顔をしている。こんな自分に一緒に居て欲しいと願ってくれている。
生きたい、そう思うことすら罪な自分に。
誰かが責任を取らなければならない。
この世界を狂わせる原因を作った自分が、責任を取らなければならない。
手と手が触れた。
◆◆ ◆◆
離すわけにはいかない。
英次は強引に梨華の身体を引き寄せると、視界の済に友樹が映った。
友樹が絵里の腕を引っ張って、強引に地面に引っ張っている。それでいい。
絵里には悪いが、ここまで連れて来てもらえればそれでよかった。
自分の世界を壊した国の女王を愛してしまった。その罪を、共に消滅することで果たそうと思う。
「ばっかやろう!」
友樹が二人の前に立って怒鳴った。
◆◆ ◆◆
なんでそんなに…死に急ぐ!
友樹は二人を見て声にならない叫び声を上げた。
抱き合い、寄り添う二人の頭上に回転する剣が魔力をまだ吸収していた。
◆◆ ◆◆
英次に頼まれて空間を打ち抜いた。ピンポイントで梨華のいる場所に出れたのは、偶然以外の何物でもなかった。しいて言えば伝説級魔術札の共鳴現象だと知るのは後の話だ。
英次が梨華に手を伸ばして、愛する者同士が抱き合った。
止めよう、こんな狂った状況を。
絵里は必死に模索すると、懐かしい感じがして下を見ると、友樹が自分に突っ込んで来ていた。
強引に友樹に引っ張られて、地面に向かって真っ直ぐに堕ちる。
「だめっ」
叫ぶ事しか出来なかった。
◆◆ ◆◆
降矢と更紗は梨華が放った無音の投擲槍が全ての敵施設と恵まれた子供に着弾したことを確認した。
『梨華さんと英次さん、友くんのシグナルを検索してください!』
絵里の叫び声にも似た声が頭に響いて、降矢と更紗が顔を見合わせる。
「急いで!」
更紗が司令区画のメンバーに指示を飛ばす。
「何かあったんでしょうか」
「わからないけど、絵里さんと英次がなんでこっちに?」
更紗が首を傾げると、二人が話しているために検索の結果を持った司令区画のSIS員が棗に結果を告げると、棗は「そう」と頷いて、残念そうな顔をした。
「三人の魔力波動信号をロスト。MIAに認定します」
「那由他がそれを受け入れると思うの?」
更紗が叫ぶも、棗は「どうしようもないじゃない」と呟く。それに今回の事は観測されているはずだ。文句も何もない。
「一難去ってまた一難、ですかね」
「簡単に言ってくれるけど、そんな場合じゃないですよ」
落ち着き払っている降矢に更紗がうんざりすると「なるようにしかなりません」と降矢が首を左右に振る。
あの膨大な魔力発射の中心にいたのだ。助かるはずがない。
自分を犠牲にしてでも…か。
更紗はどうして気付けなかったのだろうか、と悔やんでももう遅かった。
◆◆ ◆◆
梨華の無音の投擲槍射出から一週間。
彩香、玲奈、絵里の病室に更紗が入ると、更紗と玲奈が目を覚ましていた。
「玲奈さん、はじめまして、かしら」
更紗が言うと、玲奈が左手を上げたが、痛そうな顔をして腕をすぐに降ろす。
「無理はなさらないでください」
「尋問も無理な内に入ると思うけどな」
へへ、と玲奈が笑うと彩香はため息を吐いた。
「元気そうですから、ついね」
更紗がそう言うと、玲奈は「あー死にそうな顔してたいもんだけどね…」と隣に視線を送ると、彩香が上半身を起こして茫然としている。
「昨日、降矢って奴が来て、英次、梨華、友樹を『損失』したって報告してからずっとこの様子だ」
玲奈が親指で更紗を指すと、彩香は頷いた。
「んぅ」
絵里が目を覚まして上半身を起こすと、彩香が左に視線を動かして絵里を茫然と眺める。
「先生を呼んで来ますね」
更紗がパイプイスから立ち上がると同時に更紗と玲奈はベッドから跳ね上がる様にして絵里に襲いかかった彩香を見て目を疑った。
「あんたが返って来なかったら!友樹センパイは死ななくて済んだのに!」
首を絞められながらも、絵里が驚きに身体を硬直させる。
「な…にを…」
絵里が問うと、彩香がぐいと手に力を込める。
「やめな!」
玲奈が叫ぶと同時に発砲音、玲奈には聞きなれた音だったが、更紗の撃った弾丸は威嚇で、窓ガラスを粉砕して外に飛び出して行く。更紗は冷静に彩香に銃口を向ける。
「離れなさい」
警告だった。
「あんたを助けるために友樹センパイは死んだんだ!」
「死んでない!」
絵里が彩香の腹を蹴っ飛ばすと、彩香が宙を舞って更紗にのしかかった。更紗が慌てて彩香を受け止めると、絵里がふらふらと立ち上がった。
「だいじょうぶ、まだ見つかってないだけだから」
ぺたり、ぺたりと上体をふら付かせながら、かちゃりと窓ガラスを素足で踏んで赤い水たまりが出来る。絵里は背中に翼を生やして、空へ上がって行く。
「まちなよ!って…」
ベッドから立ち上がる事も出来ずに玲奈が制止するも、絵里はそのまま外に飛び出してしまう。
「あいつ死ぬぞ!いいのか!」
玲奈の言う通りかもしれない。ダメージを負ったまま空を飛んでしまえば…本当に死んでしまうかもしれない。
「止められないですよ。私には」
更紗がそう言うと、玲奈は黙り込んだ。
「私も同じですから…箱庭を追われた時、英次を見つけるまで、私も飛び続けましたから…」
友人を探す、恋人を探す、愛したものを探す。身を呈して行うその行為を止める事など出来ない。
「死ぬ…?絵里も死ぬの?」
彩香が床にはいつくばる様にして動くと、更紗はそれを見下ろすように立ち上がった。
この子たちを動かす原動力って…すごいなぁ。
どこか別世界の話を見る様に更紗はそう思えた。
この箱庭の人間だからこそ、そうなのだろうか?とさえ思えてしまう。
とっくに動けないはずなのに、絵里も彩香もまだ動こうとする。
「絵里が死ぬなんて、許さない…。あの子が死んだら、私は何をするために生きればいいのよ!」
彩香が立ち上がると、更紗は目を細める。
「あなたを憎む以外に私はどうすればいいの!」
それが原動力か…。
彩香が窓枠に手をかけて空に飛び出そうとするのを更紗が銃底で首を打ち付けて気絶させる。
「天使装甲のお陰で絵里のダメージは少なかったから、放って置きましょうか」
更紗が空の向こうに居る絵里を見据えてため息を吐く。
「那由他との問題はどうなったんだ?」
玲奈が尋ねると更紗は「いいでしょう」と頷いて、彩香をベッドに寝かせてパイプイスに座った。
那由他は臨戦状況だった水球の惑星に対しての敵意を下げた。目標としていた恵まれた子供の情報に対して、一定の理解を得たと言う事だ。
世界は今回の事件でようやくまとまりを見せ、いざこざはあるものの、国境という枠がだいぶ緩和されたようでもあった。
思想や民族、宗教の違いは未だに根強いが、昔よりかは世界は助け合いを目指すようになっているらしい。これも結局は恵まれた子供という共通敵に対して行われた軍事作戦の結果だと思うと、何度も言い難いものだった。
世界人口はその二割を減らしながらも、再興の目処が立ち『特殊財団』による援助の元、急速に生活を取り戻しつつあった。
グランベックは国連管理下の事業展開を始め、グランベックの元幹部たちは全員、軍事法廷にかけられている最中だった。
「キャリアだね」
玲奈に言われて更紗は「嬉しくないですよ、軍事キャリアは有事があるからそうなるのです」と唇を尖らせる。まだまだ子供っぽい仕草も抜けないが、司令官であることには違いないのだろう。毅然とした雰囲気が見え隠れし始めていた。
「今回の事件で魔導技術は那由他から大量に入って来るようになって、世界は発展するでしょう。戦火に燃えた街並みも元に戻る…、だけれど人が失ったものは計り知れない」
「悲しみだけが残った」
更紗に玲奈がうなずく。
「博士、あなたにもう一度研究をすることを命じます」
「ああ?あの実験は…閉鎖回路の実験は恵まれた子供の開発に繋がった危険な研究だぜ?そんなことしていいと思ってるのか?」
玲奈が叫ぶと身体がぎしりと軋んで顔を顰める。
「アカシックレコード、那由他の姫君たちの解析、根幹世界と私たちの世界の関連を早急に調べたいんです。この先…何があるかわかりませんからね」
更紗に言われて玲奈は「なるほど」と呟く。
「友樹に聞いて…、っていねえんだったな」
アカシックレコードに接続したという友樹の言葉を受けて、解析したかったがそれも出来ない。
「都合良く、梨華は全部吹っ飛ばしたんだね…」
今からして見ると、別世界の住人である英次、アカシックレコードに接続した友樹をも一緒に消去している。
「そうなると私は行き証人の役割を与えらたってことになるのです。それはごめんですわ」
更紗が窓を見る。
「修理も頼まないと…」
「早くしてくれよ。夜寒くて眠れなくなっちまう」
玲奈に言われて更紗が苦笑すると、玲奈も窓の外を見た。
「その命令、受けるよ」
それが自分のした…恵まれた子供に関わった罪への償いになるのかもしれない…と玲奈は思えた。
◆◆ ◆◆
新緑の大地、果てしなく広がる草原の中で四人はその場にいた。
無理しやがって…っておいおい。
少年が腕に抱えている女性を見て苦笑する。
龍の貝塚から突然消えた来訪者と絵里を追って移動して見ればあの状況だ。
目つきの悪い少年がもう一人の少年を抱えながらこちらを睨んでいる。
「おい、そっちのはだいじょうぶか?」
「ああ…直撃は避けた」
少年はそう言うと、少女を抱えた少年は「危なかった」と呟く。
「任務を再開する。君も手伝ってくれないか?」
金髪の少年が優しく微笑むと、少年は「わけわかんねぇ」と呟く。
「とりあえず君は…そうだな。色々と知ってもらおうか」
少年はそう言うと、少女を地面に降ろして少年に向かって手を差し出した。
「よろしく頼むぜ、王子様」
友樹はその少年の手を取ると、第一王子はにこりと微笑んだ。
Skynary’Sは完結しましたが、このまま話は第二部のSkynary’S 2ND BREAKに繋がります。話は梨華、英次、友樹の損失から五年の月日が流れたところから始まりますが…。発表はいつになるのやら、です。
大きくなった絵里、彩香がメインの物語になり、出世した降矢、更紗の元、那由他、水球の惑星の関係が円滑になり…、と言った感じでしょうか?知りません。
それではまたいつかどこかで




