大規模殲滅作戦…識別名、原点回帰
梨華はPDAを片手に立ち上がった。
「英次くん?」
『なんだ?』
通信で英次が答える。
「私に無音の投擲槍の全ての指揮権限をくださいな」
『了解した、現時刻を持って全権限を梨華に…』
「ありがとう」
英次に梨華が微笑むと、英次が困ったような顔をした。
『そっちの問題を任せるぞ。俺とお前の問題は後だ』
「ええ、わかってるわ。あなたがいてくれれば、あなたが生きていてくれれば私は構わない」
梨華が優しく言うと、英次が回線の向こうで何か言おうとしているが、言葉になっていなかった。単純に恥ずかしいのだろう。
「全員、聞いて。こんな形で恵まれた子供計画とグランベックと相対するとは思っていなかったのは事実よ。だけど、結局やることは…もう決まっていたの」
誰もが否定したかったこと。
誰もが認めたくなかった事。
生まれて来た全ての命に罪はなくとも…。
「人の手によって、人の魂が穢された。彼らは生まれながらにして自由意思を奪われている。解放してあげましょう…」
恵まれた子供。
何をもって彼らが作られたのかはわからない。
『ニューアメリカ、中国本土より…学園および国連魔道軍(UNマギナリー)に賛同するとのことです』
降矢からの連絡を受けて、梨華が頷く。
『同じく、国連魔道軍空戦特務部隊(UNマギナリースカイナリーズ)、緊急出撃準備整いました』
更紗からの報告。
『本土防衛のマニュアルに則って学園の学生、および生徒が配置展開を開始。一時間以内に展開完了すると思われます』
棗の報告に梨華が頷く。
「損害を恐れて過ぎていたけれど、もう止まれないわ。相手は国家じゃないのだもの…。人の思想は留まる事を知らない」
梨華はため息を吐いた。想いがあるから世界は形を歪ませてしまう。だが、それも世界なのだ。
「この世界に魔導師は要らなかった。普通であれば、こんな哀しい事にはならなかった」
「梨華姐ぇが魔導因子を世界に拡散させたから、なんて理由で世界がこんなになっちまったと思ってるなら、勘違いだ。利己的なこの世界の人間が悪い」
友樹の言葉に梨華が微笑む。
「ありがと。でもやっぱり、私にも責任があるの。手伝ってくれる?」
「もちろんだ」
友樹が頷くと、梨華は「ごめんね」と呟いた。
「無実な彼らの生命を狩らねばならない。この世界が再び通常に戻るためには、それ以外にない。全ての恵まれた子供を撃墜しなさい。無音の投擲槍…出撃です」
『了解』
友樹、彩香、降矢、更紗が返事をする。
『更紗さん、援護します。私の女神の瞳の情報を全員に『配信』してください』
絵里が那由他からこちらの世界を全て走査する。
更紗はその情報を学園発令区画に送信して、全ての衛星レーダーとリンクさせて各国の軍に送信する。
「こんな形で世界が同じ目標に向かうなんてね」
梨華が残念そうに呟く。
「こんな状況でグランベックが何を企んでいるか、なんて関係ないんですかね」
友樹が呟く。
「違うね、これは。那由他の威圧にグランベックの一部である、恵まれた子供関係の機関が暴走したんだよ」
玲奈が想定したことを口にすると、梨華は頷く。
「それが一番、私たちには理解しやすいかもしれないわ。世界をただ壊すだけにこんなことをするのだから」
梨華が彩香と玲奈にカードを手渡す。プラスティックでもなければ、金属でもなく…温かくもなければ冷たくもないものだ。
「それは魔術札だから、あげるわ」
「えっと…魔導装具と同じ扱いですか?」
彩香に聞かれて梨華が頷く。
「そう…玲奈には煉獄、彩香は漆黒の女王、友樹」
「はい」
友樹が返事をすると、梨華は先ほどと同じように何処からともなく突然、魔術札を手にした。友樹は二度目にそれを見て確信した。先ほどと同じく、突然この魔術札が出現している事を。
「あなたは灼熱の双牙よ」
「ありがとうございます」
比類なき力を与えられた。
「私は他の人にも渡して来るから、先に出撃して。各個撃破。危険な国や機関があったら最優先で援護に回ること」
「はい」
友樹と彩香、玲奈が家から飛び出して行くと、梨華は魔導装具の剣を実寸に戻して左手でひゅん、と振った。
◆◆ ◆◆
梨華の突然の来訪に更紗と降矢が「またか」と呆れ、棗が身体を硬直させている。
「これを」
先ほどと同じように梨華が魔術札を手渡す。
「この世界に対して私がしてしまったことを、取り戻さないといけないの。手伝って?」
「頼む態度じゃないんですよね、相変わらず」
更紗が失笑すると、梨華が「そうなのよね」と笑う。
「まぁまぁ更紗さん、いいじゃないですか。やりましょうよ」
「そうね」
降矢に棗が同意すると、更紗も「やらないわけじゃないわ」と首を左右に振る。
「その魔術札は『比類なき力の権化』だからね。気を付けて使ってね」
梨華はそれだけ言い残すと、剣をふるって姿を消した。
「本当に『女神さま』なんですね」
降矢が感嘆すると、更紗が「違いますよ」と否定する。
「あれは人です。人よりも勝れた力を持って、他者に『神とあがめられたもの』なのです。神ならばなぜ死ぬのでしょう、なぜその身心を揺らすのでしょう。なぜ…人を愛してしまうのでしょう。滅ぼした者が、滅ぼした者に恋をしてしまった。それも不幸なのかもしれません」
更紗は「ふぅ」と物憂げに息を吐く。
「似合いませんね。私たちは『軍人』であり『罪人』なのだから、綺麗事は」
「必要かもしれません」
更紗に棗が確信めいて言うと、降矢が「ですね。若いっていいですねえ」と少しずれたことを言う。
「出撃します」
更紗と降矢が棗を残して司令区画を出て行く。
世界がまた動く、棗はその瞬間に居合わせたことに身震いしていた。
◆◆ ◆◆
運転手がまるで子供が車の運転の真似事をするようにハンドルを左右に振り回すと、車体も面白いように左右に振られる。シートベルトをしていなければ、後部座席に座っている自分たちも弾き飛ばされていただろう。
瑠璃と会長を乗せた車が市街地を抜けれたのは奇跡に近かった。混乱している街の中では略奪こそ無かったが、かなりの狂乱状態になっていた。
阿鼻叫喚の叫び声と同時に時折怒る爆発は確かに『魔法弾頭弾』による長距離魔力弾道弾攻撃の余波で、上空では学園の生徒や学生たちが必死にその『防衛』を展開していた。
「これでも無傷とは言えないな。常に盾よりも矛のほうが強いのが道理」
会長に言われて「そうですわね」と瑠璃は不安そうに窓の外を見る。魔導軍関係者車両の水色のパトライトを回して走っていなければ、すぐに治安維持関連の人に止められてしまっていただろう。徒歩で逃げる人々は一度だけ車を見るが、自分の事で必死なのかすぐに前に向き直って走り出して行く。
「すみません!」
どんどん!とドアを叩かれて瑠璃の心臓が跳ねた。かなり強い力で窓を叩かれている。瑠璃は窓を開けようとすると、会長に右手を掴まれた。
「開けてもいいが、全てを開けるな」
「はい…」
瑠璃は会長の言葉通り、窓を少しだけ開ける。
「子供がいるんです、乗せてあげて下さい」
瑠璃が女性の傍にいる小さな少年を見つけて驚く。転んだのか、何かあったのか、頭と口から血を流している。おびただしい流血だ。
「開けるのかね」
会長に言われて瑠璃がカギを開けようとして手を止めた。
「開けたら全てを救わなければならなくなるんだぞ?全てをだ。この状況でそれが出来るのかね?」
会長の試すような表情に瑠璃がさらに困惑する。
なんの罪もない子供が…何の罪もない母親が、ただ自分の子供のために必死に懇願しているのに…。
「この子は誰の子供なのかわからないんですけど、一人で泣いていたので連れて来ているんです。出来ればこの後に母親探しだけでも…」
切に願う言葉に瑠璃は言葉を失った。自分の子供でもないと言う。ただ、かわいそうだから助けた女性と、自分の差に激しく嫌悪した。
「来ます!」
ナビに表示された魔力余波が車両の真上で炸裂した。
「あ…」
何十人と車の周囲を走っていた人間が消えた。
「これで行ける…」
運転手がぐっとアクセルを踏む。爆風で道路上から人が消えた。商店やビルの壁にべっとりと血糊が張り付き、焦げた匂いが周囲に立ち込めている。運転手の言葉が場違いな言葉ではないことはわかっている。この状況で義父を安全に送り届けるのが自分たちの仕事なのだから…。
割り切れはしないが…。
「…」
「開けていたら死んでいた。と思え」
会長が静かにそう言うと、瑠璃は義父を睨み付ける。
「耐えろ!」
静かに、ただその勢いは衰えず。一代にして世界の富を全て手に入れた初老の男性は、唇をぐっと噛み締め、スーツに赤い斑点をこぼしていた。
瑠璃はそれを見て思った。非情な言葉一つ一つを浴びせながらも、誰よりも悔しいのはこの人物なのだろう。
「対魔力装甲があってよかったです」
運転手が呟くと、瑠璃は小さく頷いた。
車体の数ミリ離れた部分に魔力を反射させる特殊なフィールドを形成することで、直撃でも多少の数ならば霧散する事ができるのだが、なにせ特殊な金属を使用しなければならないために生産は至難を極めていた。
「それらは梨華に感謝しなければならないのでしょうね。この国では『賢者の石』と言われている『エリクシール』を分けて下さったのだから」
「梨華お嬢様の先見の明は恐ろしいですね」
「そう…ね」
瑠璃はそれでも不安要素があるわけではない。と空を見上げた。
昼間なのに真っ赤な空が不安で仕方がなかった。
◆◆ ◆◆
「結局、どうするんでしょうかね」
日本首都上空。
陥没した東京を一望できる場所で、友樹と玲奈、そして彩香は梨華を中心に『魔力防壁』を展開しつつ、梨華の魔力放出の援護を行っていた。
基本的に恵まれた子供は梨華を狙っている。それは変わらないようだ。ただ規律に書き込まれている梨華の抹殺は、兵器価値の問題であって、必ずしも実行するためではないということが判明している。
「今、学園の研究所で急ぎ捕えた恵まれた子供の解析を進めているそうです」
「…切り刻んでね」
彩香に梨華が腑に落ちない様な物言いで呟くと、彩香が「非常事態ですから」と何かを悟ったように言う。
「来るぞ」
梨華の魔力波動を検知した恵まれた子供が真っ直ぐ空に上がって来るのを友樹が叩き落とす。友樹の両腕には青い焔が纏い、触れた物を瞬間的に昇華させていた。
「すげぇな…灼熱の双牙…」
友樹は自分の身体を制御するのに必死だった。
梨華が心配そうにこちらを見下ろしているのに友樹は親指を挙げて見せる。
力と速度が制御しきれず、身体が振り回されている。それ以上に動体視力がぎりぎりだった。目が、身体が異様に疲れるのに魔力は魔術札から無尽蔵に供給されて来る。
これが伝説級と呼ばれる全ての摂理を超えたものなのかもしれない。
『それ、英次の国のものだから大事に使ってね』
『まじすか…』
梨華に言われて友樹が言葉を詰まらせる。英次の住んでいた箱庭は一体どういう場所だったのだろうか。
全ての電子機器が寸断されたのがつい先ほど、二時間前からだ。精神接続情報網のみの通信は魔導師のみしか連絡手段を確立出来ていない。
『グランベックって…原種至上主義と魔導師至上主義の二つがあったんですよね?』
彩香が周囲を警戒しながら玲奈に尋ねる。
『そうだよ。今じゃ魔導師至上主義が流行ってるみたいだけどね。まぁ魔導師ってのが世界に保護されているからね…。仕方ないのさ』
玲奈に仕方ない、と言われて彩香は「そんなものなのか」と思う。人の数の力には決して逆らっても仕方がないのだ。
『そう言えば玲奈さん魔導師にいつの間にかなってますよね』
彩香に言われて玲奈が「今更かい」と驚く。
『つい最近だけどね、魔導因子が開花したみたいだ。なってみると案外、魔導師ってのは楽でいい』
『でしょうね』
梨華が玲奈の意見に同意すると、彩香は「そんなものなのかなぁ」とまた首を傾げる。
自分が魔導師になって家族と引き離されてしまったからかもしれないが、魔導師の余りいい思い出はない。自分が実力を付けて来たと思ったら自分より上の存在がいるし、勝てそうにもない。こんな気持ちになるくらいだったら始めから魔導師じゃない自分だったら楽だったのかもしれない、とさえ思えてしまう。
『来るよ』
『梨華姐ぇ、魔力妨害抑えてください。数が多い』
『どうぞ』
玲奈の警告に友樹と彩香が敵を視認して、友樹が指示を出す。梨華が魔力妨害の質を落とすと十四の空に真っ直ぐ上がって来る恵まれた子供を友樹が殴り、彩香が射撃して撃ち落とす。
彩香の射撃は漆黒の女王の影響を受けて、発射される魔力弾が拡散して、マルチショットを連発する。
『確率変動になれた?』
『はい』
梨華に尋ねられて彩香が頷く。どういう理屈かわからないが、適当に射撃すると相手がそれに吸い込まれるようにぶつかりに行ってくれるのだ。
『上級魔術札二種類のうち、漆黒の女王は時間を変化させるの。微小な時間変化と確率、運の支配ね。当たる事を前提で撃てば当たるし、どんなに銃口を押しつけて射撃しても、当たらない事を前提で射撃すればその弾丸は絶対に当たらないわ。覚えておいて』
『応用もしてみます』
彩香の勤勉なその姿勢に梨華が『がんばって』と声をかけると、彩香は嬉しくて仕方がなかった。世界最高峰の魔導師と今、同じ場所に立っている。彩香はそれだけで嬉しくて仕方がなかった。
『梨華さん、聞こえますか?』
『ええ』
更紗の声が頭の中に響いて梨華が返事をする。
『グランベック本社を落しました』
更紗の報告に梨華は「そう」と静かに言うと、息を吸い込んだ。
『グランベック全ての研究施設の場所をアップロードします』
降矢が言うや否や、頭の中にその距離と場所が正確に表示される。
『全ての友軍に通達…』
梨華の冷たい声に友樹、彩香は敵を撃墜しながら背筋が冷たくなった。
『撤退しなさい。敵施設内に居る者は敵以外存在しない状況になさい』
『了解しました』
更紗の返事に梨華は満足したように頷く。
頭の中に展開されているマップの敵施設の場所が真っ赤に変換されて『帰還命令』が表示、同時に百八十秒がカウントダウンされる。
『大規模殲滅作戦…識別名『原点回帰』って…』
友樹がその情報を受信して驚く。射撃線から撤退せよ、との指示が出ているのだ。
梨華を中心に弾道が表示され、それが敵施設と確認されている、恵まれた子供全てに照準が向けられ、照準固定が順次行われて行く。
『梨華姐ぇ!そんなのやったらあんた死ぬぞ!』
友樹が梨華を見上げると、梨華は左手に剣を握り、それを天空へと掲げていた。四対八枚の真っ白な翼が深紅に根元から末端へと染まって行く。
膨大な魔力波動が収束して、友樹は彩香に突進して抱き止める。
「玲奈!」
そのまま友樹は玲奈に接近して、玲奈の左腕を掴んだ。
「防壁全開!」
三人が三重に魔力防壁を展開すると、梨華を中心に爆発に近い突風が吹いて、三人と恵まれた子供たちが堕ちて行く。
イカロスか。
友樹は地面に向かって堕ちて行く中、そんなことを思った。
楼で固めた翼をもって空に上がったイカロスは、太陽の熱で翼を奪われて堕ちてしまう。空に上がる力を手に入れた自分たちは『手の届かない存在』に同じように叩き落とされてしまう。
『英次が戻って来たら、ごめんねって』
梨華の言葉と同時に、カウントダウンが『ゼロ』になった。
音のない世界。空気の振動も何も…。
その時、一筋の閃光が梨華に向かって延びた。
え?なんでよ…。
梨華は初めて自分の思惑がずれたことに動揺した。




