なんとなくよ
梨華の言葉に友樹は与えられた部屋に入って、自分なりに考えをまとめていた。
「なんだって那由他に水球の惑星じゃなくて、那由他と特殊財団、グランベックなんだ」
友樹が呟くと彩香が隣のベッドでごろり、と寝返りを打って友樹の顔を覗く。
「利益の問題が絡んで来るからじゃないですか」
「ん?」
友樹が彩香を見ると、彩香が「えっとですね」と上半身を起こした。
「魔導技術を那由他が発展させていて、私たちは那由他から技術供与を受ける。特殊財団だけがおいしい思いをするのはグランベックとしては困る。とすると…」
「戦争をしようって話になるのか」
友樹がすっ飛んだ話だ、と首を横に振る。
「技術革新って知ってますよね。今回は那由他がそれを起こすんです」
産業革命と同時に発生している技術革新は社会構造を一気に作りかえる。それくらいは授業で聞いた事がある。
「この技術革新、次はいつ来るかわからないし、もう来ないかもしれない。この技術革新を導入出来るかどうかで、今後十年、百年、何百年と経済的優位を確立できるかどうかが、最大の焦点なんですよ」
「お前、変なこと勉強してるんだな」
彩香の知識に友樹が驚く。中学生がそんなことに興味を持つとは思えない。
「次の世界で魔導師はリーダーシップを取る事になるから、色々勉強しておかなきゃダメだって、棗さんに言われてるんですよ」
「あいつは何をするつもりだ」
友樹は棗の顔を思い出して苦笑する。魔導師、というのはどうも一癖も二癖もあるようだ。
「これからはグランベックと特殊財団の二大勢力のぶつかり合いになると思うのです」
「国家対国家じゃないのか?」
「それは那由他とグランベックになるでしょうね」
玲奈が部屋のドアを開けながら言うと、友樹は「へぇ」と呟く。
「あなたたちの追っている恵まれた子供計画をグランベックは確かに実行していたのだから、その内容を那由他が追い求めるなら、ぶつかると思うわ」
「そもそも那由他はなんで恵まれた子供計画をそんなに追い続けるんだ?」
友樹が首を傾げると玲奈は「もしかしたら」と呟く。
「絵里よりも後の最終製造番号以後が気になるのよ。私の記憶の中にある情報だと、梨華以上の素体は最初で最後だった。何百人と実験して来てもね」
「お前らはよくそんなこと出来たよな。先天的に魔導因子を持つ子供に上書き(オーバーライド)するなんて」
「生まれる前から素質を持っていても、後から素質に目覚める人も、元々魔導因子を持っている事には変わりないわ。ただ魔導因子を持っていない本当にただの人間が魔導師になりたいって思った事が始まりだったのね」
「持たざる者は持つ者に憧れる。持つ者は持たざる者の気など知らない」
彩香は自分が絵里に嫉妬していたことを思い出して俯く。
「絵里の女神の瞳は魔法でも魔術でも無くて、もっと別の物である可能性があるのよ。脳神経回路が一般の魔導師とは全く違う形成をしていたわ。もちろん、梨華のほうにも特別な回路があったの」
「神経回路で魔術や魔法は起動できる、その立証だけで私は満足だったわ。まぁ、結果としてそれがどう使われるか、なんて私は考えた事も無かったんだけどね」
「科学者っていうのはそんなもんだ。ダイナマイトを作った成り金野郎も戦争で使ってほしいからそんなものを考えたわけじゃない」
友樹が例を上げると玲奈が苦笑した。
「絵里の女神の瞳を他人に複写することも出来る?」
彩香が首を傾げると、玲奈が「どうなのかな」と呟く。
「死ぬ寸前に、自分の『研究』を魔導師は他人に引き継がせるわよね」
「あ」
友樹は学園で引き継いだ『研究』を思い出して頷く。
「そうだ。でもあれは…」
「その理論も解析されてるわ。未だ良く分かっていない部分も多いのだけどね、あれの研究がしっかりと出来れば…魔導師の立場が大きく変わると思うの」
「そのための恵まれた子供計画?」
「たぶん、私はそう信じていたわ」
玲奈が頷くと友樹が立ち上がる。
「梨華姐ぇに報告して来るよ」
友樹は梨華の部屋をノックする。
「あいてるわ」
「失礼します」
友樹が部屋に入ると、女の子らしい部屋にどぎまぎする。
淡いピンク色のシーツのかけられているベッドに黄色のカーテン、出窓にはレースのカーテンがかけられ…小物が置かれている。
「部屋間違えてるとか?」
「失礼ね。そこにかけて」
梨華がベッドを指差すと友樹が「はい」と腰をかける。梨華がシステムデスクの前に座ってコンピュータをいじって居る。
「一応、私も特殊財団の幹部だからね。色々と仕事もあるのよ」
「忙しかったら後でも…恵まれた子供計画に玲奈が深く関与していた事とグランベックの事について彼女が喋ったことを報告したいだけなんで」
「勝手に喋って」
梨華は作業の手を止めることなく言い放つと、友樹が報告を始める。
◆◆ ◆◆
見えてこない。
友樹が梨華に報告に行っている間に彩香は首を傾げる。
玲奈は用事があると家から出て行って、PDAに連絡してくれと連絡先を置いて行ってしまい、一人で暇だった。
見えてこない、と思ったのは恵まれた子供計画だった。
全てが一部、一部と出てくるが、本質がまったくわからなかった。誰か主導なのか、どこで行われているのか、そもそも何を目的としているのかすらわからなかった。
魔導師を解析するためだけでもなく、兵器開発しているだけでもなく。
「うーん」
彩香はごろり、ごろりとしていても何も思い付かずに、階段を下りてリビングに入ると瑠璃がキッチンにいた。
「あら…彩香さん、だったかしら」
「はい」
声をかけられて彩香が頷く。
「おかけになって」
「失礼します」
彩香は促されるままソファに座ると瑠璃がすぐにぱたぱたとスリッパを鳴らしながらやって来る。
「お仕事中になんかすみません」
自分に気遣ってこちらにやって来てくれたであろう瑠璃にそう言う彩香に瑠璃はゆっくりと首を左右に振った。
「いいえ、私も話し相手が欲しいところだったんですよ。家族ばっかり多かったので、みんな独り立ちしてしまうと寂しいものなんですよ、これでも」
瑠璃の言葉に彩香は「そういうものなのかも」と納得した。
自分にも一人の兄がいたが、今ではもういない。たった一人の家族を失って寂しかったのに、両親とも別れてひとりで生活するようになったものの、まだ寮だったから良かったのかもしれない。
「梨華から全部聞いてますよ」
「え」
梨華から聞いている。何をどこまで聞かれているのかと彩香がどぎまぎする。人に褒められるような事は何一つしておらず、むしろ逆のことが多い。
「梨華もしっかりしているようで、けっこう出来ない事が多くて悩んでいるの。もう少し誰かに頼る様なことが出来れば…まぁ彩香ちゃんは梨華より大分年下だから、そういう対象には絶対になれないのでしょうけど…」
瑠璃の愚痴の様な心配を聞かされて彩香は意外だな、と思った。
完璧過ぎるほど完璧な梨華がこんな言われ方をしているとは想像も出来なかった。不安定なところなど何一つなかったような、そんな気がする。
「私たちは義父様の好意でこうやって生活しているでしょう?あの子も一人で辛かったりして、私たちの家族になった子だから、少し私たちには色々と話し過ぎてしまうのかもね」
瑠璃が「教えてくれるのは嬉しいけど、それも良くない事なのかな?」と苦笑する。
「彩香ちゃんはどうしてあの子と一緒に?」
「えっと…」
どうして、という事もない。梨華や絵里を守るためで、そしてそれを一度は裏切って、傷つける立場に回ったこともある。
「いいの、今までの事は全部聞いてるから。それを含めて、今、どうしてあの子と一緒に行動するの?」
瑠璃に聞かれて彩香が視線を泳がせる。
「私は…やっぱり友達や友達の大切な人が危ない目に会っていたりとかするのいやだし…」
うまく言葉に出来ずに、途切れながらもなんとか声に出しているのを瑠璃が頬笑みながら「うん、うん」と頷いていた。
「この世界で魔導師って特別な扱いを受けているけど、本当に特別なのかなって思えたりとかするから、世界で…何が起こっているのかしっかり知りたいっていうのも…」
もう無茶苦茶だった。何を言っているのか自分でもわからない。
「それだけ考えていれば立派だと思うの。言葉に出来なくてもね。あなたまだ中学生でしょ?それなのにあの子たちと一緒にいるってすごく大変だと思うの」
あの子、とは梨華を指しているのだろうか。確かに梨華と一緒に行動するのは大変で、あの思考レベルを理解するのも四苦八苦している。
絵里が出来るのに、自分に出来ないわけがない。
彩香にある同い年の絵里に対するライバル心なのかもしれない、と彩香は思い至った。
それが全てなのかもしれない。
◆◆ ◆◆
英次と絵里は那由他にて王都から一路、北上して『龍の貝塚』に向かったと報告を受けた梨華は安心した。
絵里はともかく、英次はこれから那由他の環境に驚くはずだ。
「いいっすか?」
友樹に聞かれて梨華が「ああ、そうだったわね」とベッドに腰掛けている友樹を見る。
「まぁこっちの話も大体こんな感じなんですけどね」
玲奈の話を全て梨華に伝えて友樹が満足そうにベッドに横になる。梨華の独特な鼻の様ないい香りがベッドからして、友樹は目を閉じると今すぐにでも眠れそうな気がした。
「梨華姐ぇは俺たちが裏切ったらって考えないんすか?」
友樹が何度も考えて結局、梨華の考えがわからなかったことを質問すると、梨華はコンピュータのキーボードを叩きながら「そうね」と呟いた。
「別に裏切る、とかそういうのはもうどうでもいいのかもね。私も元々、敵だったわけじゃない。だからこれ以上「そういうこと」を考えるのはやめたってことかな」
梨華の言葉に友樹は「そんなもんなんすかね」と呟く。
「だって私が元々無音の投擲槍に加入する前は英次と私は互いに敵だったのよ」
友樹は上半身を起こして梨華を見ると、梨華が友樹を見ている。
「敵だったのに、不思議でしょ?今じゃ一緒に居るの」
「もっと親密な関係になられているようですしね」
友樹に言われて梨華がきょとんとする。
「知ってたのね」
「隠してるわけでもないでしょうけど、まぁ偶然」
梨華は恥ずかしがる事もなく「そう」と呟く。
「私の事を誰よりも理解してくれる。認めてくれる人だから、私は彼を選んだ」
梨華が呟くと、友樹は苦笑いする。
「二人とも似てますからね、すごく。だけど違う」
「一緒だったらつまらないもの」
「わかりますよ、それ」
友樹はふぅ、と息を吐いた。
「全部、話してください。あなたが知っていること、絵里が知っていること。英次さんのこと、全部です」
「わかったわ…」
梨華が一つ一つ、口を開く。
宇宙他次元性の証明。まずそれからだった。
宇宙は全て、いくつも次元で構成されているが、それは全て枝で、主幹世界が存在すると言う事。
那由他がその主幹世界で、この世界は枝の一つの世界に過ぎない。
枝であるこの世界が主幹世界である那由他に対して強制介入したのは偶然以外の何物でもなく、那由他は仕方なく分岐世界であるこの世界に首を突っ込んでいるのだとも言う。
「話が大きすぎて…」
友樹は梨華の説明を受けて、頭がおかしくなりそうだった。
通常の理屈など何一つ通用しない。
梨華が知って居る事をさらに友樹に告げて行く。もう、それが作り話以外の何物でもないように聞こえるが、梨華は視線を一切揺るがす事もなく、一つ一つを丁寧に説明した。
「主神が目覚める前に、私たちは根幹世界をもう一度、完全世界に戻す必要があるの」
パルフェクトフェイス、主神と戦う準備である…。
「英次にある魔導因子が特別なモノを含んでいるから、このまま魔力を消費して行くと死ぬの。だから今龍騎士なってもらうために那由他に行ってもらっている」
「英次さんの命が短いって、見た目普通なんですけどね」
「彼は…嘘吐きなのよ。根っからの」
根っからの嘘吐き。そう言い切る梨華に友樹は首を傾げる。
「今はね…絵里に全てを任せてあるの。あの子は頭がいい子だから大丈夫よ」
「大丈夫…なんですかね」
友樹が心配そうな顔をして、梨華はそんな友樹に「意外だな」と感じた。今まで友樹は絵里に対して過保護なくらいではあったが、今回は少しばかり趣が違うらしい。
「何か心配かしら?」
「英次さんって梨華姐ぇと同じくらい力がある魔導師なのに、魔導階級の低い絵里で英次さんの護衛なんて出来るんですかね」
「違うでしょ、純粋に戻って来ないかもしれないって心配してるんじゃないの?」
「…なんでだよ」
ずばり言い当てられて友樹が左手で頬を掻くと梨華が「ふぅ」とため息を吐く。
「ゴールデンウィーク中に、私のかわいい妹に色々教育してくれたみたいだけれど、二度目はないと思うの」
梨華の脅迫に友樹が顔を顰める。案に絵里をこれ以上に惑わすようなことをしたら、梨華が直接手段に出る、というわけだ。
「俺が誰を好きになって、誰を嫌いになってもいいじゃないですか」
友樹がせめてもの抵抗とばかりに言うと、梨華が「そうね、それなら仕方ないかもね」と頷く。
「信じているからね」
「…」
梨華に言われて友樹は言葉を詰まらせた。こんな切実に頼まれた事は今まで一度もない。
「英次さんだけじゃなくて、梨華姐ぇも時間がないんじゃ…?」
友樹が直感的にそれを感じると、梨華は力なく微笑んだ。
英次のことは聞かされているが、梨華は自身の事は一度も口にしていなかった。
「しょうがないじゃない…エレメンツ計画はその施術を受けた本人たちの生命力を強引に魔力に変換して使用する方法なの。私にはそんなもの最初から必要なかったのに、彼らは強引にスイッチをいじってしまった。私は生命力以外を魔力に変換していたのに生命力を魔力にしてしまうように改変されてしまったから…」
同じ出力を、違う方法で出来たのに、無理やり変えられて、その上、未来を失ったと…。
友樹はそんな話があるか、と歯を食いしばる。
命への冒涜、などというレベルの話ではない。
「私はねぇ…本当はこの世界を一人で壊しつくすつもりだったの。私の未来を奪ったこの星をね。それが出来るし、やってしまえば良かった。私に関わった者全てに後悔を与えながら、この星をゆっくりと壊そうと思った」
「…そんな…」
恨み、つらみならまだしも、ただ純粋に破壊を、と告げる梨華に友樹が茫然とする。それが年端もいかない少女が考えたことだとは思えない。
「だけど、途中で気が変わったの。空戦特務部隊に入る前の単独任務可能執務執行官である英次に出会った」
英次と梨華が出会ったという…八年前の話しだ。詳細は詳しく聞いていないが、二人にとっては忘れられない出会いだったのかもしれない。
「世界を憂いながら、その破壊を目論む私に、世界を憂いながら、それを傍観する彼は言ったわ。この世界など、君が壊す価値もない、ってね」
友樹には全く分からない話だった。同じように戦場を駆け抜けた自分でもそんな思想に思い当たる事はなかった。与えられた敵を倒す対象として定め、ただ只管に破壊する自分と、八年前、当時齢八、九の少年と少女のする会話は次元が既に狂っていた。
「英次さんも…まさか…」
友樹は嫌な予感がした。
「私の両親が…英次の世界を破壊しているの」
違う世界の住人、そんな想像がついさっき浮かんで、そしてそれが一気に現実味を帯びた。道の向こうの世界の話、と言う事だ。あの道はそういう意味がある…。
「私の両親は戦死しているけどね、向こうの箱庭の唯一の生き残りが英次と更紗だったの。英次は那由他と同じくして、王制を取る、そこの正統王位後継者だったのね。前に那由他で調べてようやくわかったの」
何度も那由他に足を運んでいる英次と梨華はそんなことも調べていたらしい。
「惑星一個を、一人が支配していたのか…英次さんのとこも」
「ええ。だから彼は言ったのよ。同じ種族で未だに殺し合うこんな惑星、消去しても何にもならない。同一方向性も指向性もない精神を再び原初に還元しても、始祖の光には昇華されないってね」
友樹は意味がわからず頭を抱えそうになる。
真実が一気に流れ込んでくる。こんな真実の明かされ方があってたまるのだろうか。
「英次さん、梨華姐ぇ、絵里、更紗さんは全部知って居た…んですね?」
「降矢には更紗が話したはずよ。この世界と根幹世界の関係とかね」
「俺だけ、蚊帳の外だったんですね」
友樹が「またか」と天井を見上げる。子供だから、とか、信用がない、とかそういう問題じゃなかった。ただ、理解出来ないと思われていたのだろう。そして、実際未だにそれがどういうことなのか理解出来なかった。
「友樹にはね、判断してほしいの」
「何をですか?」
もう、どうでもいいと思えた。自分はどうせ…蚊帳の外なのだ。
「あなたは何を討つ剣になるの?」
「え…?」
友樹が茫然と梨華を見ると、梨華は真摯に友樹を見つめている。
「英次と私はこれから、主神と戦う事になるの。わかるでしょ」
「わかりません」
ふてくされているわけでもなく、ただ純粋にわからなかった。自分がどうすればいいか、などとは考える事もできない。
「そんな人に、私は妹を預けなければならないの?私はあの子のことを忘れていて、拒絶したというのに、それでもあの子は私を必死に追いかけてくれて、ようやく私があの子を思い出せて、姉妹として接してあげられる様になったのに…また私はあの子を失うかもしれない状況になるのに…」
梨華は思いつめたように一気に口を開いて、息を吸い込んでため息を一つ漏らした。
「ごめんなさいね。私はあなたに絵里を任せるわ。絵里は私と一緒に来るでしょうから、あなたはどうする?」
「え」
「絵里は私と来る。それが私たちの使命」
友樹は言われるわけもなかった。
「俺も絵里と一緒に…」
「ふざけないで、絵里が行くから来るのなら邪魔。だったらあなたなんていらない」
梨華はそれだけ言うと友樹の胸倉を左手で掴んで、ぽい、と部屋の外に放り出す。
頭から廊下に叩き出された友樹は突然のことに目を瞬かせる。
「なんだってんだ、クソ」
後頭部をしこたま打って友樹が左手で頭を押さえながらリビングに戻ると、更紗と瑠璃が何かを神妙そうに話していた。
「邪魔していいかい?」
友樹がリビングに入ると瑠璃が「いらっしゃい」と頬笑んだ。
更紗の隣に友樹が座ると、瑠璃が友樹の顔をじっと見た。
「梨華とお話していたのかな?」
やんわりと聞かれて友樹は肯定の意味で頷くと、瑠璃は「そうなの」と頷いた。
「梨華ちゃん、けっこう直情的だから大変でしょ」
「ちょくじょ…は?」
友樹が何処が?と言外に言うように目を丸くすると、瑠璃が「おかしいわね」と呟く。おかしいのは瑠璃さんだと思います、と更紗も小さな声で呟いた。梨華のどこをどう取れば直情的なのか全く分からない。
「顔を見てお話してる?みんな」
「へ?」
友樹が首を傾げると、更紗は「あ」と声を挙げた。
「…私、梨華さんの顔を見て話し出来てないよ…。綺麗過ぎて真っ直ぐ見れないって言うか…」
「あぁ…俺もなんつーか、顔は見てるけど真っ直ぐは見れてないかも」
友樹も今し方気付いたように呟くと、瑠璃が「やっぱり」と口にする。
「家族でもそうなんだけどね、義父さんと私以外のお姉さまや他の子たちは、梨華とまっすぐ話が出来ないんですって…あの子の魔術なのか魔法なのか…生まれ持った『資質』なのかわからないけれど、それって哀しい事よ。自分のことを理解してもらえないんだもの」
わかり得ない存在など、他の生物となんら変わらない。
そう言いたいのだろうか。
「他の人たちは知らないけど、あの子と本当にお話出来る人って少ない気がするの。その少ない人にあなたたちもなってくれると、私はとっても嬉しいんだけどな」
瑠璃は本当に梨華を思ってそう言っているのだろう。ただ、それは友樹や更紗には少し難しい気がした。
「英次センパイは…梨華さんと向き合えてるのかな…」
「わかんね。でも…」
梨華の言う事に何処となく…英次は従う様な気がする。
「私思ったんだけど、梨華さんが…」
梨華が、望むモノを全て手に入れる事ができる能力を持っていて、願う事全てが叶う存在であるのだとしたら…。それは人ではなく、そして生きている事にもならないのかもしれない。
彩香に言われて友樹は「そんなバカな」と頭を振って嘲笑する。
絵里を任せる…。
「くそ、彩香、更紗さんと降矢さんに連絡して…那由他に…シュナスリィヤに会いに行こう」
「なんで?」
「たぶん、梨華姐ぇじゃだめだ。あの人は答えない。絵里に聞くのが一番いいんだけど、那由他のどこにいるかわからないし…、きっとそうするの、予想されてたから、先に絵里が那由他入りしてるんだ…現状、真意を聞けるのは那由他のシュナスリィヤしかいない」
「そんなに急いで渡航許可取らなきゃだめなの?」
「当たり前だ…。梨華姐ぇは英次さんに殺されるぞ」
「落ち着いてくださいな」
瑠璃がぽん、と両手を叩くと友樹と彩香が瑠璃に着目する。年上の落ち着き払った女性の存在だけで友樹は妙に落ち着く様な気がした。
「ここに来てやることが山積していると言う事なのでしょうね」
「そうなんですよ…なんつーか、どうすればいいのか…」
友樹は正直に頭を抱えて蹲りたい心情ですよ、と口にしてしまいそうになった。何がどうなっているのか全く分からない。
梨華が無音の投擲槍に入ってから一気に状況は変化した。
そもそも、今年は更紗が高等部に上がったのだから、任官試験だってあるはずだった。この時期に英次が梨華の加入を決めたのは絵里の我がままの様なものだ。
「まず、片付いていない問題を」
瑠璃が物事の整理を促す。
「梨華姐ぇと絵里の恵まれた子供計画から始まって、那由他世界進行…」
「那由他世界進行は一応、週末を迎えましたね。世界は違えど、共存の意思がある」
瑠璃がきっぱりと言い放つ。さすが『特殊財団』の家系なのだろう、判断力も情報もあるようだ。
「えっと」
彩香が続く。
「現在状況は…梨華さんと降矢さんの寿命の問題がありますよね。英次さんのほうが火急かもしれません」
「あと、グランベックとの会合も…」
「それは私がやって置きましょう」
瑠璃が首を傾げてにこりと微笑む。
「え?」
「こう見えて、色々得意なんですよ」
友樹が唖然とすると瑠璃が何かに満足しているように「うんうん、そうしましょ」と頷く。
「私はね。あの子が好きな人のために、自分を犠牲にすることも厭わない。そんな風に思えるの」
瑠璃が確信めいて断言する。
「今まで守るものなんてあの子にはなかった、でもあの子、人を好きになったの。連絡なんて今まで一度もしてこなかった子がね、連絡したの。私にも何か守れるかなって…」
瑠璃が嬉しそうに、哀しそうに微笑む。
「友樹くん、彩香さん…那由他に行ってシュナスリィヤ様にお会いになって…?」
友樹は「はい…」と頷く。同時に疑念が過ぎった。
「あなたは何をどこまで知って居るんだ」
友樹の真っ直ぐな質問に瑠璃が小さく頷く。
「いい質問だと思うわ。私は梨華のお姉さん。地は繋がって居なくても、家族だもの…」
「家族…」
友樹はそれだけの理由で、とは思うものの、追及してもどうしようもない。
「彩香、那由他入りするぞ」
「はい」
彩香がPDAで降矢、更紗に連絡を入れると二つ返事で答えが返って来た。
『私たちも那由他へ飛びます』
その返事を受けて友樹が眉を潜める。
◆◆ ◆◆
友樹と彩香に那由他への入国許可を申請されて梨華が眉を潜めるのも仕方ない。
梨華をリビングに呼んで、梨華、瑠璃の向かいに玲奈、友樹、彩香が座る。
「許可しません」
はっきりと那由他入国拒否をされて友樹と彩香が顔を見合わせる。
「突然なに?グランベックと恵まれた子供計画の真相を聞くことと何か関係があるの?」
「全部話してくれたんですか?本当に」
友樹が一歩も引かずに梨華を睨むと、梨華は瑠璃をちらりと一瞥する。
余計な口添えをしてる張本人は涼しい顔か…。
梨華はそう思うと、瑠璃はにこにこと笑っている。ここでこのようにして話をさせられているのも瑠璃の口添えなのだろう、と強敵の出現に梨華は心の中で瑠璃がこの家に居たことに悔む。
瑠璃の事が嫌いなわけではない、逆らえないと言うわけでもない。ただ彼女は大人で、自分を誰よりも理解してくれているからこそ、色々と打ち明けられた。
「梨華、ウソを吐くのはいけないわよ」
「なんでそう思うのかしら?私がまだ何かを隠しているって、どうして思うの?」
「なんとなくよ」
根拠などない、と断言するが梨華はため息を吐いた。理屈や計算、そういうものを超越して瑠璃は直感でピンポイントに物を言い当てて来る。そのお陰で自分も同じようなスキルを身につける事も出来たのだが…。
「絵里が前にちょろっと口にした事を思い出したんだ。梨華姐ぇの家系ってのは『神様』の家系なんだろ?」
「…ええ」
梨華が途端に表情に陰りを見せると、友樹は確信した。
「龍騎士は神殺しの剣って言われるものだって絵里に聞いた。じゃあ、あんたはそれに『殺される』んじゃないのか?」
「…」
黙秘、それは肯定と見なす。
友樹は「やっぱりそうか」と脱力した。
「おめでとう、友樹。あなたはたぶん、これからもっと強くなると思うわ」
「人間の限界に近づくほど?」
友樹が身を乗り出して、ずいと顔を梨華に近づける。
「ふざけんじゃねぇよ。神様」
どんっと友樹が机を拳で殴る。その音で彩香がびくりと肩を震わせる。彩香や玲奈にはなぜ友樹がこんなに怒っているのか、察するに余りある状況だった。
「アカシックレコードに瞬間アクセスした」
友樹の言葉に全員が息を呑んだ。
全ての世界が始まった瞬間から、未来に至るまで全てを記録しているというそれの名前を出されて、梨華以外は全員が驚愕した。
「瑠璃さんも知っているようだねぇ…」
玲奈が瑠璃もアカシックレコードの単語に驚きを隠せなかった事に玲奈が鋭く突っ込む。
「ええ、一応、そのようなものがあるかもしれないという憶測は流れていますからね。そもそも、それがこの世界に存在しているのかどうかも怪しいので、ロマンがあるなぁと思っていましたが…」
信用などしていなかったということだ。当たり前で、誰もそんな物の存在を信じていなかった。降矢以外は…。
「友樹は絵里とキスしたんだもの、アレに接続出来るはずよ。私とあの子の女神の瞳が接続鍵なのだもの」
梨華が観念したように口を開く。
「瞬間的に接続して、あの時は何が何だかわからなかったんだ。なんだ、あの…」
頭に焼き付くような細切れの映像を思い出して友樹が目を細める。
「理解出来ないんだ…なんでだ…。世界はそんなにもろいのかよ…。この世界はそんなに…生き残っちゃいけないのかよ」
友樹が肩を震わせて、今にも泣きそうな声で叫ぶのを聞いて、玲奈と彩香はその様子に声をかける事も出来なかった。
「梨華姐ぇ、教えてくれ。この星は…この世界はどうしてこんなところまで来ちまったんだ?」
「ゆっくりと進めなければ壊れてしまう。生命は急激な変化には耐えられない。それなのに、この世界は急激に変わってしまった」
梨華が一つ、一つと言葉を述べる。
「残念だけれど、もう駄目ね」
「時間が…ない」
友樹が目を閉じると、梨華が小さく頷いた。
◆◆ ◆◆
世界が動く日…。
それは思ってもみなかった結論を呼び出した。
「どういうことですか?」
降矢が国連魔道軍(UNマギナリー)の命令に対して、全ての総指揮権限を持つ、国連理事長に問いかける。
学園の司令区画でディスプレイに映し出された黒人の女性はため息を一つ吐いた。
『再三の要求を受け入れず、グランベックは恵まれた子供計画の最終段階を強行しているため、貴殿は那由他に協力を要請しなさい』
「待って下さい」
更紗が声を上げると、棗もこの状況に息を呑んでいた。
各地で戦火が上がった。全ての地域で、国境、民族、海を越えて一斉に戦火が上がった。魔導師たる恵まれた子供の最終製造番号以下の子供たちが政府機関を一斉に攻撃を始めたのだ。
「この国も戦火に?」
「この国は特殊財団の本社がある国で、グランベックの関係工場は多くないわ。もう手を打ってある」
棗に更紗が答えると、棗はほっと胸を撫で下ろす。こんなに学園を仕切っていたころとは勝手が違うのか、と棗はあたふたする以外するべきことがなかった。
「友樹くんたちに連絡を。英次くんと絵里さんにも」
「はい」
更紗が降矢の指示を受けて情報を送信する。
◆◆ ◆◆
情報を受け取った絵里と英次はそのまま龍騎士になるために行動する。そんな報告に更紗は憤慨しているようだが、人命こそ最優先だ、と梨華が持論を主張して、更紗は納得してはいないようだが、引き下がった。
「大変なことになってしまいましたね」
瑠璃がまったりとした空気を全開で放出しながら、ミリ単位も動じていないように呟く。
「瑠璃義姉さまは義父様を連れて本社に」
「そうね、そうしようかしら」
梨華に促されて瑠璃が立ち上がる。
「グランベックとの話し合いは出来そうにありませんし、それと恵まれた子供のこともこれで方が付くかしら?」
リビングから出て行く間際、背中越しに言われて梨華は「どうかしらね」と瑠璃に返した。
「私たちは情報媒体に接続出来ないから、未来のことはわからないの」
梨華の言う、私たちは自分や絵里のことだ。そう、そう思ってもらえるはずだった。
ウソをついていることは知っている。
絵里には無理でも…自分には…。
偽り続けなければバレてしまう。梨華は必死だった。
「だから、私たちは『中途半端な神様』なのよ。神様ってほら、全知全能でなければならないのでしょう?」
「いや、神様は何もしてくれないよ」
友樹が立ち上がると、更紗が頷く。
「確かに何もしてくれませんよねぇ。それよりも梨華さん、今後の作戦を」
彩香が緊張した顔立ちで梨華に尋ねる。
「今までやって来たこと、やろうとして準備して来た事が全て無駄になった瞬間って、こんなあっけないものなのかもしれないわね」
リーグ戦参戦や無音の投擲槍の下部組織の結成、絵里と友樹の緊急育成、降矢と更紗の国際的な地位の確立、英次の延命と龍騎士化。そんな全てが一気に水泡に帰した。
「理不尽な世界ね。この崩れゆく世界は」
梨華が唇を噛む。
全てを…終わらせてあげるわ…。




