やってくれるわね
計画に沿っている。
梨華は英次と絵里が那由他入りした報告をセーフハウスで受けて安堵した。
「間に合いますか?」
長テーブル、昔の無音の投擲槍のメンバーがブリーフィングで使っていたリビング、英次の座っていた場所に今は友樹が座っていた。
「間に合った、かどうかはわからないけれど、今は時間の引き延ばしが先決。世界政府、なんて陳腐なものを作り上げる必要があるのだからね」
梨華の言葉に友樹は「そっすね」と失笑して見せる。いがみ合っている国、思想や宗教などと言う小さな価値観で争い続けているこの国にそんなことが出来るはずもない。
そう、通常、この世界のいままでの戦力均衡ではだめだった。那由他が参入しても、那由他は実際、支配をせず、支配されず、そして干渉しない。
「那由他の在り方も気に入らない、梨華姐ぇはそんなところですかね?」
友樹に言われて梨華が微笑む。
「外貨獲得と市場確保という利益のみを獲得して、後は知らんぷり。今の那由他が何を求めてるか知ってる?」
「調べたところによると、那由他は外貨じゃなくて、銀とプラチナを欲しがってるのよ。水球の惑星、この地球の名称よね」
「いいっすか?」
友樹が梨華の言葉を遮ると、梨華が小さく頷いた。
「那由他は元々、地球を知って居たんですよね?」
「ええ、じゃなければ水球の惑星なんて名付けないでしょ?」
「ですよね」
友樹は元々感じていた違和感を口にする。
「那由他は銀やプラチナを強行回収する手段をいくつも持っているじゃないですか。こっちを観測していたなら、尚更です」
「戦争によって?」
「ですよ」
欲しい者は力で押せばいい。友樹の言う事は確かだった。ただ梨華は明確に首を左右に振ってそれを拒否した。
「それじゃだめなのよ。この惑星は『試験管』…そうアンプルなの」
「待ってくれ、わからない。全部話を聞かせてくれ」
友樹が先に進まない話しに歯噛みすると、梨華はうんざりとした。
「せっかちな子はダメ。時間が進まない限り。ただこの惑星が私たちの切り札なの」
「待ってくれ、那由他は何を目標としてるんだ?」
「解放」
梨華が立ち上がるとPDAを片手に複数回線を同時に呼び出す。
「こちら無音の投擲槍の副隊長、全ての所属人員に命令します」
梨華は一呼吸を置くと、PDAに彩香、降矢、更紗が表示された。
「英次くんと絵里が那由他入りしている間にやって置きたい事があるの。セーフハウスまで来れる?」
『学園ではだめなんですか?』
更紗の反論に梨華が顔を顰める。行くのが面倒で自分が動きたくないだけだった故に梨華は反駁する術を持たずに黙り込む。
「更紗さん、申し訳ないんですけどこちらに来ていただけませんか?」
友樹の震源に降矢が目を細めると、友樹は降矢が全てを悟ったことを理解した。
「強制招集権限まで使って…」
「更紗さん!」
友樹が目を閉じて苛立ちを必死に押さえながら叫ぶのを受けて、更紗はまだ何かを言いたさそうだったが「いいでしょう」と小さく呟いた。
更紗、降矢がオフラインになって画面が消えると、彩香が不安そうな顔をしている。
「彩香、出番だ」
「月光夜の援護は?」
「必要ない…ですよね?」
友樹に尋ねられて梨華が小さく頷く。
「了解しました。セーフハウスに帰還します」
「お願いね」
梨華がPDAをテーブルに放り投げると、友樹がため息を吐いた。
「今度は何を始めるつもりなんですか?」
「仕事、よ。那由他からも国連からも介入を受けない私たちに出来る事」
「何か気になる事でも?」
友樹の質問に梨華が頷く。
全員が揃ったら話すわね。
梨華はそう言うと友樹は首を傾げる。
「にしてもしばらく見ないうちにひどいことになりましたね、ここも」
セーフハウスに入ってからずっと気になっていた匂い。悪臭に近いそれはそこに住んでいられる性根が疑われるほどだった。
「あ…まぁそれはね」
梨華が恥ずかしそうに顔を伏せると、友樹が失笑する。さすがに人として恥ずかしいのだろうが、その恥ずかしがる姿がまた斬新だった。
英次と絵里が那由他に入ってから三日が過ぎ、このセーフハウスには梨華が一人で生活しているのだが、ダイニングには食べかけた弁当の容器、流しには使いっぱなしの鍋や皿が放り込まれている。ここまで荒れると、さすがに例の昆虫が量産されていそうで気味が悪い。
「さくっと片付けますよ!」
友樹がキッチンに入って腕まくりして一気に蛇口をひねり、てきぱきと弁当の容器類を水で流してゴミ箱に放り込む。しっかりと分別しながら、皿や鍋も洗って食器乾燥機に放り込む。
「壊れて…」
食器乾燥機が妙に凹んでいるのを見て、友樹は後ろに立って喜んでいる梨華を横目で見ると、梨華がにこりと微笑んだ。
「使おうとしたら壊れちゃったの」
「壊したって言うんです」
友樹はため息を吐くと、台布巾でカウンターテーブルを拭いてそこに濡れた皿を重ねて行く。自動食器洗い機に食器乾燥機が使えないのだから仕方がない。次々と皿を洗って清潔な…台布巾が一枚もないのでペーパータオルでそれを拭いて食器乾燥機にぶち込み、台布巾を塩素消毒する。
「すごいわね、いい主夫になれそうよ」
「遠慮しておきますよ。と言うより、こんなレトロな方法でここを片づける羽目になるとは思いませんでしたよ」
「めんどくさいんだもの」
「でしょうね」
梨華がそういうことをしない、というわけではない。料理を作れないのは既知であったが…片付けをしないのは一人だからだろう。
「これから何を目的に動かすんですか?この部隊を。シュリさんに英次さんを預けて、絵里に監視させてるんですよね?」
「いい勘付きよね。だから私の傍に置いておくのだけれど」
手を動かしながら友樹は鼻でフンと笑う。梨華が人を動かす時は絶対に何かがあると思っていた方がいい。友樹はいつの間にかそんなふうに考えていた。
「世界を動かすつもりですか?」
「時間が常に動いていて、自分の都合のいい方向に進ませようとする。それは政治家も一般人も、私も同じよ」
「難しい事はわかりませんが…」
「わからなくていいの。何がどう正しいのかなんて、結果が全てを決めるのだから」
「そうですね」
友樹はこれ以上の話を打ち切る。どうせ有耶無耶にされて終わってしまう。それもこの短い時間で知った事だ。
「グランベック複合企業体に私たち恵まれた子供が関係していた可能性があるのは知ってるわよね」
「知ってますとも。そもそも、俺が元々所属していた組織は魔導師そのものを危険視する組織だったんだ。だから恵まれた子供の『素体』でもあった絵里を回収ないし破壊しようとして俺たちが研究機関を回ってたんじゃないか」
「国家と共同で行っていた…のよね」
梨華の浮かない様な声に友樹はため息を吐いた。
「そうですよ」
洗い物を全て終了させて、その場所を片づけて友樹がリビングに戻り、梨華の前に座った。
「どこの国家とかはわかりませんでしたがね、国家が連携して恵まれた子供の研究を推進していたことは確かだったはずです」
「認めたくなかったのかもしれないわね…私は」
梨華はふっと視線を泳がせると、友樹は目を細めてその表情を眺める。
憂い、哀しみの表貌に友樹は何とも言えない気持ちになった。
裏切られた者の悲しみなのか、それとも期待していなかった者が予想通りに動いている現実に呆れているのか…。
「到着しました」
セーフハウスの指紋認証システムがオンラインになり、降矢、更紗、彩香が部屋に入って来る。
全員がリビングで着席する。
順に梨華の隣に降矢、彩香が座りに、友樹の隣に更紗が座った。
「それぞれの司令官殿に仕事を放棄させる様なことをさせてしまって申し訳ないわね」
梨華がいの一番に口を開くと、更紗と降矢が失笑した。どの口がそんなことを言うのか、これで「顔が見たかったから招集した」などと言われでもしない限り、怒りはしない。
「緊急招集した理由は二つ、英次、私の寿命が短い事」
「えっ!」
彩香が口に手を当てて「まさか!」と驚くが、更紗と降矢は静かに梨華の顔をじっと見ていた。
死にゆく者の顔ではない。
降矢は梨華の凛とした姿勢に確かにそう感じた。
「二つ目は恵まれた子供の技術供与が本当にどこからあったのか、を確認してほしい」
「待って下さい」
更紗が片手を上げると、梨華は「どうぞ」と促す。
「グランベックは国際企業で、国家間との繫がりは多少ともある。その全てを『魔導師権限』を使って調査するとなれば国連魔道軍(UNマギナリー)と言えども、横暴であると言わざるを得ません」
「私が那由他の名を使って調査するのは『脅迫』にしかならないのよ。どんな願いでもね」
どんな頼みでも、どんな進言でも、最強軍事力を持ち、そして撃った国家の発言だ。右手で手を差し出して握手を求めたところで、左手に握っている銃が向けられているのならば意味がない。梨華の調査、は単に脅迫になってしまい、それがグランベックに行われれば世界政府は那由他に対して一層の不安を抱く事になる。
「列強支配を逃れているこの国だからこそ、自由に動けるはずよ」
「無理があるとは、思いますがね」
降矢がため息を吐くと友樹も頷く。
「どんなに繕っても無音の投擲槍だった俺たちが動けば梨華姐ぇの存在がうっすらと見えるのはどこだって一緒だぜ」
「そうですよねぇ。…ん?」
彩香が友樹と降矢の顔を見ると「なるほど」と呟く。
「彩香は気付いたみたいね。元々部隊員じゃない子だからそうだろうとは思ったけど」
梨華が面白そうに流し目をすると、更紗も「ああ」と両手を合わせた。
「非正規行動ですよね」
「そう」
彩香の単語に梨華が「ご名答」と笑顔を作る。
「なんだ?その非行なんたらって」
友樹が首を傾げると「友樹センパイは非行少年ですからねぇ」と彩香が苦笑する。
「あなたもなかなか似たようなものだけれど…とりあえず今は置いておきますかね」
更紗がPDAを操作してこの場にいる全員を『OFF DAY』に指定する。
「私たちが活動する場合は、隊長か副隊長に軍事活動の承認を下さなければならない、また隊長や副隊長はその報告を国連魔道軍(UNマギナリー)に申告する義務があるのよ」
「そんなことしてたんですか?」
「一応、ね。今まで私たちが貴方と彩香が逃亡しているのを追ったり、絵里の捜索をしたりする時に行動を実行する時も一応だけれど国連魔道軍(UNマギナリー)に報告はしていたわよ」
梨華が煩わしそうに言うと、友樹が「御苦労さまですね」とそっぽを向く。案に梨華は「あんたたちが面倒なことをさせた」と言っているのだ。
「報告することって大事なんですよ。一応、こういう活動をしていますよって報告しておけば、何かの間違いで身柄を拘束された場合に国連魔道軍(UNマギナリー)は傘下魔導師の活動中だったから、釈放しないさいって命令できるんです」
彩香が説明すると友樹は「なるほど」と頷く。
「ただ無音の投擲槍はネームバリューがありすぎまして、部隊章だけでなんでも許されるところがありましたからね」
降矢がそれも困った物なのですが、と渋い顔をする。
「最近じゃ五分五分よ。友樹や絵里が暴れるし、那由他の関係上で私も色々と世界に迷惑をかけているから無音の投擲槍の意味合いが変わって来てしまったかもね」
「迷惑かけている自覚があったんですね、へぇ」
梨華の言葉に友樹が心底意外そうな顔をして呟くと、梨華がにこりと友樹に微笑んで威圧をかけた。
「英次くんたちの作り上げた無音の投擲槍を『無法部隊』にしないためにも、正規軍の活動を行いつつも恵まれた子供の調査も同時に行って行こうかなぁと思ってね」
まるでさっき思い付きました、というような梨華の言い方に全員が訝しげな顔をする。胡散臭いのは英次も梨華も変わらないのだが、梨華の場合はその思考の底が知れない。
「具体的に何をどうするのか、お願いしますよ」
友樹がいい加減にこの手の話は面倒だ、とかぶりを振ると彩香も深く同意しているのか、大きく頷く。
「まず…友樹、彩香にお願いがあるんだけど…」
◆◆ ◆◆
結局のところ、やることはそうそう変わらない、というところだろうか。
セーフハウスから梨華、友樹、彩香は郊外にあるという梨華の実家に足を向けていた。
梨華にとっては久しぶりに帰ると言う実感はあまりなかった。元々一人で転々と暮らしていたのだし、ホテル暮らしだったりもしたのだ。今更、実家、というのもアレだったが、一応、そこが自分の本籍であり現住所でもあった。
隣を歩く彩香は終始ニコニコとしているが、言い出した梨華は顔に陰りがあり、明らかに不満が飽和状態で今にも漏洩事故を引き起こしかねないくらいだった。
「降矢と彩香は絶対に楽しんでるわよね」
「じゃないとこんな無茶苦茶な作戦なんて使いませんよ」
「そうよね」
グランベック複合企業体の日本支部に潜り込むために、特殊財団の娘という立場を利用して潜入捜査を開始する。
この案件は国連魔道軍(UNマギナリー)の管轄ではなく、日本国家としてでもなく、学園の主導で行われる任務であること。
そのために執られた処置は一時的な梨華の家への参入だった。
「梨華お姉さま、友樹お兄様、ですよね」
「一応ね。慣れておかないと行けないわ」
梨華はどことなくむずがゆい思いをしているのか、頬をひきつらせている。
「梨華姐ぇ、どうして兄弟にしておく必要があったんですか?」
友樹の文句ったらしい言い方に梨華が「そうね」と何かを諮詢する。
「グランベックの主催するパーティに参加するってことは、それだけ危険なのね。グランベックは世界市場に大きく顔が利くと言っても、特殊財団には頭が上がらない、現状はね」
「難しいんですね」
彩香はいまいち理解できていないようだが、友樹は目を細める。
「グランベックと特殊財団が表立って喧嘩をする可能性があると?」
「喧嘩、とは子供じみているけど、グランベックが恵まれた子供に関係している事はもう知られているでしょ。そして那由他と特殊財団が強く結び付いている事も既に知られている。だから、今回のグランベック主催の国際企業主賓の集う今回のパーティは…」
「何かがあると思うわけだ」
後ろから声をかけられて友樹が振り返ると玲奈が片手を挙げて簡単に友樹に挨拶をすると、友樹も片手を上げる。
「ゴースト」
梨華が玲奈をまっすぐ見てそう言うと、玲奈が声を挙げて愉快そうに笑った。
「ゴースト、とはよく言うじゃないか、モンスター」
梨華と玲奈の間に冷たい風が吹いた様な気がして、彩香が不穏な空気におろおろとすると、友樹が「うーん」と唸った。
「玲奈さんは喧嘩を売りに来たのか?」
それが目的ではない事はわかりきっている、その上で友樹が尋ねると玲奈は静かに首を横に振った。
「私もグランベックに潜入したいんだ」
「突然な申し出よね、ゴースト。あなたは何を目的としたいの?」
梨華が尋ねると玲奈は一瞬だけ諮詢したのか、視線を中空に漂わせる。ウソを吐こうとしいているわけではない、ただ、単に言うべきか迷っているだけなのだろう。
「私は恵まれた子供の真実を追っている」
「それは奇遇よね、私たちもそうなの」
梨華がすっとぼけると玲奈がぐっと奥歯を噛み締めて悔しそうな顔をする。小馬鹿にされていることに耐えているのだろう。友樹は何となくその気持ちがわかるような気がした。
どんなに真剣な話をしていても、梨華は自分に都合の悪そうな話は全てはぐらかそうとして来る上に、そのまま水に流される事が多い。
「サラスティア・フォルテ・アインリヒ。素体ナンバー十八番、試作製造番号、実験素体の生年月日不明、遺伝子構造は人間と同じでありながらも、休眠神経の活発化を確認」
突然玲奈が何かを読み上げる様に告げる。
「サラスティア・フォルテ・アインリヒ当人は那由他出身であることを口にする。不必要情報としてこれを消去。休眠神経を強制作用実行時、予定通り『種』が飛散」
「…世界に毒が撒かれた日」
彩香が玲奈に続く。
「私は世界に毒がばらまかれた日、貴女の目の前にいたの」
「へぇ」
梨華が興味なさそうに言うのと同時に懐に手を突っ込み、自動拳銃を玲奈に向ける。玲奈はその銃口から逃げようともせずに、梨華の顔を真っ直ぐに見つめていた。
「知っていることはそれだけ?」
「梨華さん!」
彩香が慌てて梨華の銃に手をかけようとすると、梨華は左手でもう一丁の銃をブレザーの内ポケットから取り出して彩香の頭にポイントする。
街の人たちが悲鳴を上げながら逃げて行く。一瞬混乱状態になった街の中、すぐに避難が終わって街ががらんと静かになった。
「ゴーストタウンはあなたにお似合いよ」
梨華が玲奈に言うと「面白くないわよ」と玲奈はため息を吐いた。
「素体番号十六番は未だブラックボックス化されている人間の脳の構造の中で、使用されていない部分を活用していた貴重なサンプルだった。閉鎖回路を活用している人間だった」
「それが魔術回路だったって知ったのは後だったわけでしょ?世界の仕組みを根底から崩した気持ちはどうだった?」
梨華が確信したのは、玲奈という人間が自分を誘拐して研究した人間の仲間だったということだ。
世界が魔術と魔法に目覚めた理由、そしてその現場に立ち会った人物。
「驚愕に値する…事実だったわ」
玲奈が唇を震わせる。
「当時私が二十歳に満たない年齢だったにも関わらず、私は世界が根底から否定されるような気がしたの」
玲奈の見たもの、感じたものは友樹と彩香にはわからなかったが、その片鱗は感じる事は出来た。
恐怖。
自分が信じて来た事の全てが狂ってしまう恐怖。
自分たちが絶対の優位、この惑星の覇者であるかのように暮らして生きている人間よりも、それを狩る力を持つ何かが実際に存在してしまう事を知ってしまった恐怖は何物にも変え難かったはずだ。
「グランベックは那由他の存在を危険視したのよ。当時、アメリカ合衆国をメインにした常任理事国は那由他侵攻を秘密裏に決定した」
「その昔話に私が聞きたい事は含まれていないわ」
梨華が玲奈にもっと違う話を聞きたいと銃口を上下に動かすと、玲奈はため息を吐いた。
「私と一緒に誰かをこっちの世界に連れてこなかった?」
「私が知っていることは、あなたが閉鎖回路を活発化させている貴重なサンプルで、この世界の人間じゃなかったってことだけよ」
「そう…」
梨華はこれ以上の話には興味がない、と言わんばかりに銃を懐に戻して歩き出す。
「付いて来なさい」
梨華が背中越しに玲奈に告げると、玲奈が安心したような顔をする。
「玲奈さん、あの後どこに?」
彩香が玲奈の隣を歩きながら尋ねる。
「友樹とあんたが捕まったって聞いて、あたしは上に二人を切り捨てたと連絡したのさ。そしたらあたしまで狙われたよ。不要になったんだろうね」
「…」
梨華は彩香と玲奈の会話を聞きながら隣を歩く友樹を見る。友樹も気付いているようだが、観察されている。
「警察?」
「どうでしょうか。SATではないようだけど」
相手は二人組だ。玲奈の身内である可能性も否定できなかった。いや、玲奈の話を信じるならば、元身内か?とりあえず玲奈に危害を加えようとする輩か、自分たちも処分従っているグランベックの一部連中か、とりあえず友達にはなれそうにもない視線だった。
「お屋敷まで後どれくらいですかね。梨華お姉さま」
友樹が嫌味っぽく尋ねて来ると、梨華は苦笑する。
「視線の主がどう出て来るかで、決まるかもね」
「そりゃそーだ」
屋敷まで尾行されてもかまわないが、到着するまでに手を出されると厄介なことになる。これからの作戦上、余計な第三者に介入されると色々と警戒されてしまう。
「余計なことはしないでくれ…」
友樹は歩きながら小さな声で呟くと敵意が消えた。
「?」
梨華も撤退の理由が理解出来ないのか、思わず左右を見てしまう。
「そこの女!止まれ!」
セダンタイプの警察車両が突っ込むようにして目の前に現れ、白煙を上げながらタイヤを鳴らしながら停車し、スピーカーが割れるような勢いで叫ばれて四人がそちらを見て足を止める。別段驚きはしないが、気合の入った治安維持に彩香が「珍しい」と口にした。
「よーし動くなよ!」
運転席のドアが開くと、如何にも正義感に燃えている様な体つきの良い青年が下りて銃をこちらに向けていた。
「失礼な人ね。女性はこっちに三人もいるのよ」
「抜かない、向けない、撃たないの禁欲三原則じゃないのか?」
梨華に玲奈が茶化すように言うと、友樹が禁欲三原則に腹を抱えて爆笑し、彩香が顔を真っ赤にした。
「下品です」
「そうね」
梨華が同意すると玲奈が「育ちが悪いもんでね」と肩をすくめて見せる。
梨華はその言葉を受けて玲奈の顔をまじまじと見つめる。自分は記憶にないし興味もなかったが、脳神経学の若き天才と称された人物に良く似ていると更紗が口にしていたのを思い出した。当時十三、四くらいの写真が掲載されていたのを目にした事がある、と更紗が言っていたのだが、その時は特に興味もなかった。
「あの子の乱読ぶりのほうが気になってた、か」
梨華はもっとその時の話を聞いていれば良かったかもしれない、と後悔する。どうでもいい後悔ばかり頭に浮かぶのはまだいい。
「君たちは未成年だろう?拳銃を持っていい年齢に達していないはずだ」
「軍人が拳銃を持たないなら、何で戦うの?聖書で殴りあえと?」
梨華が小馬鹿にすると若い警察官が疑いの目を梨華に向ける。年端もいかぬ少女が軍人であると言われて誰が信じるだろうか。
「やめとけって言ったじゃないか。ここは学園の近くなんだ。学生とか生徒さんたちが軍人の可能性が高いって教えただろう」
様子を見ていた四十後半の細身の男性が車から降りて来る。
「少しは話がわかりそうね」
「無駄に長生きしているからかな」
中年、いや、もう退役寸前なのだろうが、初老の警察官は顔の造形は深いが、真っ黒な髪を帽子で抑えている。
「警視」
「ん」
警視と呼ばれた初老の男性は梨華から視線をずらして友樹を見る。
「あ、現場警視」
「よう小僧」
現場警視とは現場に顔を出して色々と事件を解決していく初老の男性で、友樹も何度か事件で一緒になった事がある顔見知りだった。
「そっちのお嬢さんが拳銃を振り回しているって通報があったけど事実か?」
「ええ、まぁ」
友樹が困ったな、と梨華を横目で見ると警視は「そうか」と呟く。
「拳銃携行許可証、身分証明画面を表記したPDAを提示してくれないかな」
高圧的な物言いではなく、お願いされて梨華が拳銃携行許可の画面にしたPDAを若い警察官に渡した。
「川根くん、どうだい?」
警視が川根と呼んだ警察官に尋ねずと、川根はタッチパネルを一度触って身分証明の画面に切り替わった。
「あなた、現場に出て日が浅いのね」
梨華が口を開くと川根が怪訝な顔をする。
「ボンっていくわよ、私が本気なら」
梨華がそう言うと川根は「どういうことだ?」と警視を見る。
「PDAに一回タッチしただろ、お譲ちゃんが。タッチが起爆スイッチだったりしたら、お前吹っ飛んでるってことだ」
警視がくすくすと声を潰したように笑うと川根が驚いてPDAを放り投げてしまう。梨華は地面すれすれでPDAをひょいと革靴で蹴りあげて自分の手の中に戻した。
「人の物は大切に扱っていただけないかしら。失礼な人」
梨華の相変わらずの対応に友樹と彩香が「やっぱり女王様な人だなぁ」とその態度に感嘆する。どんな状況でも暴虐武人な上に威風堂々としていて動じない。
「川根くん、問題ない」
「ですが…」
事情聴取などをしっかりと、と川根が言いかけて警視が車に乗り込んだのを見て、川根も車に乗り込み、車が勢いよく発車して行く。
「何かがあったあようね」
梨華が車の走り去った方を見て彩香も頷く。川根、という人間はすぐに表情に出るタイプの人間のようで、急いでいますという顔をしていた。
「まぁいいわ。お屋敷に急ごうかしら」
◆◆ ◆◆
四人が梨華の家に到着すると、誰もが意外そうにその一軒家を見ていた。
「普通ですね」
「普通だ」
彩香と友樹に言われて梨華が失笑すると、玲奈はきょろきょろと周囲を見回している。
「普通なもんですか、セキュリティがしっかりと張られているわよ」
玲奈の言うとおり、固定カメラにモーションセンサーカメラなどが死角なく張り巡らされていてカメラには電極銃まで装備されている。
特殊財団の会長と家族が住む家が一般の物よりも少し広い日本家屋であるだけであるはずがない。
「気にしないでいいわよ」
梨華は指紋認証してドアを開けると家の中には誰もいなかった。
「気配がない」
友樹はお手伝いの一人でもいるものだと思っていたのに、誰もいない事に周囲を見回す。
「家族はみんな自立したりしているから、あまりこの家に来る人も少なくなったの」
梨華が「こっちよ」とリビングに三人を案内すると、会議室の様なリビングに通された。
ソファが三脚テーブルを囲み、フローリングに暖炉のある落ち着いた感じの部屋だった。
暖炉の上にある大きな絵を見て全員が口を開く。
「お金持ちの家って感じですよね」
彩香が唖然とすると玲奈も「そうだなぁ」と呟く。
椅子に座った特殊財団の会長の周りに十人ほどの男女が集まっている絵が飾ってあった。
「梨華さんもいるんですか?」
友樹の質問に梨華が至極嫌そうな顔をする。
「これはね…年に一回、私たち家族が集まる決まりになっていてね」
「でも会長さんってご子息はいらっしゃらないはずじゃ」
彩香が首を傾げると梨華は頷く。彩香はこう見えて政治経済関係に少し詳しいのだろう。学園の理事長の顔を覚えているくらいだから、そうなのだろうと思っていたが、著名人の情報にも詳しいとは思わなかった。
「義父さんは…身寄りのいない子供をたくさん引き取って、養育なさっているのよ。特に片親が魔法犯罪者だったりとか、本人が非行を繰り返していたりとかね…」
「なんで」
「悪いのは子供じゃないってね。親がどんなに悪いと世間に決めつけられようとも、その子供になんの罪があるのか、とか色々言ってたわね。偽善者よ」
梨華がはっきりと言う。
「言いたいように言ってくれる」
リビングのドアが開いて梨華が銃を一挙動作で抜いて発砲。全員が驚くと梨華が頭を何かにぶつけたかのようにひっくり返る。
「なっ」
人の気配などなかった。そして動きも人間ではなかった。
右腰に当てられている拳を早く、など表現するのも陳腐に感じられるような速度で繰り出し、十歩以上離れている梨華に向かって拳撃を繰り出し、ヒットさせたのだ。
魔導師である梨華が回避出来ない道理はないのだが、梨華は今も倒れたまま目を閉じている。
「大丈夫すか?」
最強、と唄われている魔導師がこうも簡単に倒されると、その話も怪しく思えてしまうが…。現実だった。
「やってくれるわね」
梨華が目を閉じたまま立ち上がると、会長はにやりと笑った。
白髪で細い顔立ちをした清楚な感じの初老の男性でスーツを完全に自分の物として着こなしている。
「光を得てからそれに頼り過ぎているのだ、梨華」
「私は元々魔導師だから、魔力に対応しているって言ってるでしょう?」
「私が教えた『鼓動』を同時にマスターしていればいいものを」
二人の会話に玲奈と彩香がまったく付いて行けずに茫然としていると、会長は友樹を見て「ふむ」と呟いた。
「獣か」
「正解だよ、じいさん」
「ほう、科学者もいるのか」
会長に玲奈が答えると、会長は玲奈を眺めた。
「あの人、目が見えてないからね」
梨華がそう言うと会長は危なっかしい素振り一つせずにソファに座り、ぽんぽんと隣を叩いた。梨華がその隣に座って小さくなると全員が驚いた。
「うそ」
「ひょー」
彩香と友樹が声を上げるのも無理はない。梨華が小さくなって会長の隣に座っているのだ。まるで、梨華が孫のように見えなくもない。
客人でもある三人が対面に座ると「ただいまー」と誰かの声が聞こえてリビングに顔を出した。
「お客様がいらして…あら、梨華のご友人?」
おっとしとした笑顔を絶やさない女性がこちらを見て小首を傾げる。
「瑠璃お姉ちゃん、おかえりなさい」
梨華が言うと瑠璃は「はい、ただいま。お茶をご用意しますね」とキッチンに向かって行く。二十四になる梨華の義理の姉で会長の身の回りの世話をしている、見た目と心優しい一等魔導師だった。
「あいつも魔導師か」
友樹が一瞬で見抜くと彩香が頷いた。
「あの人も全対応っぽい」
彩香が会長に似ている足の運び方に梨華が苦笑する。
「私の先輩にも当たる人。怒らせたら怖いのよ」
梨華が言うと、玲奈が「へぇ、女王にも怖いものがあったのか」と呟く。
「ところで何か言いたくてこちらに来たのではないのかね?」
会長がじっとしたまま梨華に尋ねると、梨華が頷く。
「この二人を新しい家族にしてほしいの、期限付きで」
「目的はグランベックか」
会長が一瞬で見抜くと梨華は「話が早くて助かるわ」と頷く。
梨華の本質を見抜く能力はこの人に鍛えられているのか、と友樹は妙に納得した。
「グランベックはお前の国である那由他の技術独占に対して不平だと抗議して来ているが、今回も定例会はやるようだ。まぁ、私と『将軍』の会合がメインになるんだろうけれどな」
「私を『娘』としてその定例会に出席させて欲しいの、この子たちも一緒にね」
「騒ぎは困るんだよ」
会長がはっきりと言い放つと瑠璃が紅茶のカップを梨華の前に置いて紅茶を入れ、会長の前にコーヒーをそっと差し出す。
「お客様方はコーヒーと紅茶どちらに?」
瑠璃が尋ねると友樹と玲奈がコーヒーを、彩香が紅茶を所望してそれが配られる。瑠璃は会長と梨華の後ろに立って微笑んでいた。
「梨華、また貴女危ない事をするわけじゃないわよね?」
「大丈夫、今回は穏便にグランベックに侵入するから」
「あら」
それならいいけど、と瑠璃が頷くが、どうしてそれならいいと思えるのか友樹には理解出来なかった。この人もある種、天然なのかもしれない。
「困ったね」
会長は全くそう思っていない声でそう言った。考えている時間稼ぎの一言だ。
「グランベックの『将軍』と会いたいのか?」
「ええ」
梨華が頷くと会長は「なるほど」と頷いた。
「なるほどね…か」
梨華や英次の時折出る口癖のようなものを会長が言って友樹もつい口にする。
「わかったが、詳細を瑠璃にも話しておくように、私は二階に上がって居よう」
会長はそう言うと瑠璃に手を伸ばすと、瑠璃がPDAを会長に手渡して、会長はリビングから立ち去った。
「今回の目的をお聞かせいただいてもよろしいかしら?」
瑠璃が会長の座っていた場所に座り、梨華に微笑みかける。
「私は…」




