あら、そういう考え方もあるわね
二人はそのまま歪に歪んだ扉から中に侵入すると、明るい電灯の付いたトンネルに出た。まだ先はあるのだろうが、トンネルの両翼の壁から固定銃座がこちらにその矛先を向けていた。
「離れるなよ」
「離れませんよ」
友樹が前に立ち、彩香が邪魔にならず、かつ離れずの距離をとってその後ろを進む。マズルフラッシュと銃声がとめどなく響く。友樹の魔導防壁で散る銃弾が光を発して目の中に残る。
「耳、気をつけてくださいね」
「あいよ」
彩香が自動拳銃を両手に握って友樹の後ろから抱きつくようにして身体を背後から合わせて、肩の上に両肘を置いて腕を前方に伸ばす。
発砲。
魔力を帯びた弾丸が固定銃座を破壊する。友樹が魔導防壁で前面を防御しつつ、彩香が正確な射撃で固定銃座を破壊して前に進む。友樹が固定銃座に再接近して破壊するよりも効率はいい。
左右二十基の固定銃座を破壊すると、トンネルの出口らしき場所が見える。
「ざっと十」
友樹が魔導防壁を解除し彗星のように加速、トンネルの出口にいる人間に殴りかかる。友樹の元威力前衛の両腕の牙が木の葉のようにその場にいた全員を吹き飛ばした。魔導師でもない、ただの突撃銃を持った人間など反撃する余裕すらなかっただろう。地面を転がってはその衝撃で骨が砕けて悶絶する男たちは戦意を喪失したのか、呻いたり喚いたりするだけ。
「彩香!」
友樹が叫ぶと、彩香は無表情で引き金を引いた。散らばっている十の屍を完全に機能停止させて、彩香は弾創を交換する。これは戦争なのだ。相手の命を奪ってこそ勝利となる。
絵里ちゃんだって、私を完全に撃破したんだから、やってる事は同じよ。
自分に言い聞かせて、赤い水溜りを踏むとぐにゃりと足が掬われる。
「次」
「はい」
彩香は友樹が走り出して慌ててそれを追いかける。ここからは立ち止まれない、と背中が語っていた。目標は最奥区画、恵まれた子供の管理塔と実験場。
◆◆ ◆◆
英次は梨華の行動に納得が行ったのはそのすぐ後だった。
「絵里って、媒体を使わないと威力制御できないはずなのに、銃を使わないのはおかしいのよね」
絵里のいた場所で梨華が呟き、剣が手の中で光の粒子に変わって霧散する。
「言われてみればそうだよな。あんな威嚇もしないしな、絵里は」
英次が頷くと、梨華が苦笑する。
「危うく恵まれた子供に女神の瞳を持っていかれるところだったわ」
「いろんな奴がいるんだな、その恵まれた子供って奴は」
英次が絵里に成りすました少女を思うと梨華は頷いた。
「そうね。彼女は女神の瞳に記録されている那由他の歴史を高速解読したから恐らくあの子が特化していたのは情報管理だったのね。情報を集めるだけ集めて、どこかに持ち帰る予定だったのだろうけど…私も迂闊だったわ」
梨華が少女に与えたのは女神の瞳だ。変動している絵里の魔力波動という要因もあって、多少の変化も容認して絵里だと思い込み魔法公式を譲渡してしまったが、うまく使えば追跡して敵の本拠地を割り出すことも出来ただろう。
「失敗、よね」
英次がそれに気付かないわけがない。梨華が苦笑すると英次が首を横に振った。
「俺も偽者だなんて、落ちてから気付いたよ。仕方ない」
「優しいのね」
「そうでもないさ」
英次が「さて、どうする?」と梨華に伺うように促す。
「目的は友樹の身柄の拘束よね?私は友樹を確保して外交特権を駆使して彼の協力を仰ぐ形になるけれど単独任務可能執務執行官としてはさすがに色々問題が出てくるでしょうね」
「問題だらけなのは無音の投擲槍の時から変わらん、とは言え、外交問題は面倒だな」
英次が本音を洩らすと梨華が「そうね。仕事は増やされたくないけれど」と英次の鼻先を指でつん、と突いた。
「変わったのはあなたよ。あなたは何をしたいの?」
「は?」
言われたことが理解出来ずに英次が呆然としていると、梨華が呆れたようにため息を吐いた。
「面倒だからやらないのは昔から変わらないけどな…」
「そうね。面倒なことは全部、私や更紗がやっていたもの。わかるわよ」
「書類整理とかな」
英次が苦笑すると梨華が「そうじゃないのよ」と首を横に振った。
「あなたって、そんなに優しい人じゃないわ。ううん、優しさの方向が違ったはず。今はただ、何か目的を見失ってない?」
「俺の目的なんて…ねぇよ」
英次が視線を逸らして呟き、梨華を見ると視界いっぱいに拳が広がり、がつん、と衝撃と同時に頭が跳ね上がった。
「ってぇ」
英次は鼻先を手で抑える。ひりひりと痛い。
「うそつきは嫌い」
「うっせぇなっと」
英次が左手で梨華に殴りかかるが、梨華がひょいとそれを避けると英次の懐に入り込んで膝蹴りを叩き込んだ。
「ぐっ」
英次が後ろに下がると梨華が「だらしないわねぇ」と嫌らしく英次を見下ろす。戦力差どころの話ではない。英次は何をしても梨華に勝てない気がした。英次が追撃をやめると、梨華が何処か苛々しているように英次を睨み、瞳を悲しげに潤ませた。
何がそんなに悲しいのか英次はわからなかった。
「ねぇ、なんで無音の投擲槍を作ったの?」
「…」
英次は答えずに夜空を見上げる。
「ただ、何かやってれば良かったんだよ。そんだけだ」
◆◆ ◆◆
友樹と彩香が辿り着いた部屋の中には、大きな試験管の中に入れられた少女が十字架のようなものに貼り付けにされていた。十四、五歳くらいの裸体の少女にはたくさんのチューブのようなものが貼り付けられ、他の機械に繋がっている。
「サンプル的な感じですね」
彩香がそれを見て感想を述べると友樹が頷く。
「絵里もこんな感じだったんだ。もっとも絵里の場合はデータを取るのと、魔力炉そのものとして扱われて、魔力を搾取されてたけどな」
友樹がずらりとならんでいるシリンダーを見て、ため息を吐いた。
全部で検体の数は二十二。尋常ではない恵まれた子供が保管されている。ここも敵対企業傘下の実験施設だとは知らされていたが、日本国内で大規模に行われているとは予想していなかった。国外に出て活動をする前にここで処分しておかなければならないが、一体、どうしてここまで大規模に研究されていて誰も気付かないのかが納得できなかった。
隠匿されている何かがある。
友樹は一体一体の顔を確認して回ったが、どれもこれも絵里に近い顔立ちをしていた。
「こいつら絵里より後の最終製造型番以降か?」
「え?だって元の検体はないから製造不可能なんじゃ?」
「情報があればいくらでも作れるはずだ。そもそもこれはどう考えたって不完全品もいいところだぜ?」
こんこん、と友樹がガラス面を叩くと、彩香はその少女の姿を見て内臓が身体の中で跳ね上がった。
胴体から下が無かった。まるで切り取られたかのようで、溶液に浸された少女は口にマスクのようなものを当てられて、呼吸させられているようだった。顔こそは寝顔のように穏やかだったが、下半身は無く、本来あるはずの脚部には血管のようなものが根っこのように伸びている。
口に手を当ててよろめき、後ろのガラスに背中をドンと叩かれて悲鳴を上げそうになる。振り返ると少女がこちらを見ていた。
「あなた誰?」
くぐもったような声で聞かれて、彩香は心臓が握りつぶされたかのように胸が締め付けられる感覚に恐怖した。
「ねぇ、あなたは誰?」
再び尋ねられて、友樹がポケットに手を入れてビー玉のような小さな玉を指で弾いて、ガラスが割れた。
「そりゃ」
びしゃり。
中で破裂したビー玉で少女の身体が吹き飛び、ガラスの内側で少女が爆ぜた。べっとりとついた血痕と肉片、そして白い骨だった塊がぬるりと底部に溜まって揺らいでいる。
「目を覚ましている検体もいるんだな」
友樹が平然と左右を見回して、彩香がその場にしりもちをついているのに気付いた。
「おい」
友樹が彩香の肩を叩くと、彩香は「あ…」と我に返った。人間が目の前で、人間だったものに代わった様を見せ付けられて、通常の心理状態でいられるはずがなかった。猛烈に込み上げて来る吐き気を必至に抑えながら立ち上がると、友樹は一体一体を確実に処分して回っている。
英次さんよ、あんただったらどうする?こんな大量の恵まれた子供をあんたは保護し続けるのかい?
怯えるような少女が逃げ場もなく、友樹に殺されていく。
隣の者が爆ぜる様を見せ付けられて、舌を噛んで自殺する少女もいた。
ずらりと並ぶ二十二本のシリンダーは光に照らされて、ショーケースのようだったが、次々と順番にその透明な面を真っ赤に変わって言った。
人を殺すことに罪の意識などなかった。
すでに外に警備していた者は物言わぬ屍に変わり果てている。その数はわからないが、十や二十では収まらないだろう。
破壊し続けることしか出来ないのが男だ。
それしか自分に能はない。
「あんたが…最後まで迷っていたことを俺がやってやんよ」
二十二本の中身を破壊して、友樹はにやりと笑った。
「お?」
二十三本目のシリンダーは既に空になっている。隣の部屋に続く入り口を見つけて、友樹がそこに入ると彩香が慌てて友樹の後ろに付いてきた。あんな部屋にいつまでもいられないと言わんばかりの行動に友樹は呆れると、監視室のようで五台のパソコンの電源が入れっぱなしになっていた。
「クラッシュしてやがる」
友樹が舌打ちした。情報は全て侵入して友樹たちが最深部に入ったら消されてしまうようにプログラムされていたようだ。
「待ってください」
彩香がキーボードを叩くと、一台のパソコンが復旧した。
「偽者ですよ。こうしておけば私たちが諦めると思ったのかもしれませんね」
「さすが」
友樹が彩香の頭に手を乗せてくしゃりとやると、彩香が頬を赤くする。喜んでいるのか、嬉しいのか…。
「でも情報は全部送られて消去されてます。送信先も消されてますけれど、ん~」
彩香が部屋を見回すとポータブルハードディスクを見つけてそれをパソコンに差し込む。
「とりあえずパソコンのデータを全部コピーしますね」
「ないのにコピーしてどうすんだ?」
友樹が情報がないのに無駄な作業を始める彩香に首をかしげる。
「あるんです。私がコピーしているのはハードディスクそのものの…」
「面倒そうだからいいや」
友樹が切って捨てると彩香が少し残念そうな顔をして頷く。
「少し時間がかかりそうです」
「そう、じゃあ少しお話しましょうか」
部屋に入ってきた黒い翼の天使の登場に、彩香が目を丸くした。
◆◆ ◆◆
梨華に首根っこを掴まれて吊るされるように空を駆け回り、どこかのトンネルの内部に侵入してそこを疾走するごとく駆け抜ける。
友樹の進んだであろうそのトンネルは既に入り口付近の固定銃座が破壊されており、英次が梨華の手を振り払って隣を飛行し始めた。
「くそ」
英次がバツの悪そうな顔をして、梨華は冷めた目で英次を見た。
「隊長さん、部下の不始末よ」
「不始末?功績じゃねーか」
「そう思っているの?」
梨華に聞かれて英次は何も答えずに貨物列車の止まっている駅のような場所で足を下ろした。これ以上、飛行して進入するのは不可能だ。灰色の都市迷彩服を着た小銃を握っている遺体があちらこちらに転がっている。巨大な鉄槌のようなもので殴打されて、ところどころがもぎ取られているような遺体や、身体に穴が開いており、その反対側が消し飛んでいる遺体もある。
友樹に殴られたものと銃で撃ち抜かれたものだろう。
梨華の女神の瞳で捕らえた友樹と彩香がここに侵入して暴れていることを知った梨華が英次を強引にここに連れてきたのだ。
「ふふ、派手にやってるわね」
「くそ」
また英次が小さく呟く。
梨華にはその意味がわかっていた。
英次は実際、人を殺したことが無い…。
圧倒的な戦力を保有する自らが相手を無力化するのに殺害する必要がなかったのだ。
だからこそ、英次には弱い部分がいつまでも残っていた。
友樹、降矢、そして絵里はその壁をずっと前に乗り越えている。もちろん、梨華もその壁を取っ払っているにも関わらず、部隊である無音の投擲槍の中で一切人を殺めたことが無いのは英次のみだった。
更紗は経験があるだろう。公式記録には無いが、迷いの無い攻撃手段を駆使した記録が残っているし、時に冷酷に指示を出すことがある。人を殺したことが無い人間には出来ない「やれ」という指示を時折下すのは、経験がある証拠だと梨華は思っていた。
「絵里」
梨華が呟くと、英次が怪訝な顔をした。
血まみれのシリンダーの間を抜けて監視室に飛び込むと、絵里が友樹の首根っこを掴んで締め上げていた。彩香が泣き叫びながら絵里に銃を向けて発砲している。
弾丸は絵里の身体に当たる前に霧散して消えていく。
意味の全くない行動。
英次は更紗を地面に伏せさせると、梨華が全力で魔力開放する。監視室から検体を監視できる窓全てが皹に覆われ、パソコンの画面が火花を散らす。
絵里が梨華に気付いて友樹の身体を強引に投げ飛ばすと梨華がそれを受け止めて、地面に友樹を叩きつける。頭から落ちた友樹の頭部が地面で跳ねるのを梨華が右手で更に押し付けて、梨華は剣を左手に出現させて、絵里に振るう。距離が届かなくとも、そこから発生した真空の刃が絵里の身体に襲い掛かる。絵里の魔力防御壁ごと押し込む形で絵里は背中を壁に強打する。梨華は友樹を踏んづけて絵里に接近、剣を頭に突き刺そうすると絵里が頭を振ってそれを回避するのと同時に右拳を壁に突き刺した。
絵里の右に剣、左に拳。
梨華はそのままの勢いで膝をみぞおちに叩き込んで、絵里が口から血を吹き出した。魔力障壁を打ち破った梨華の魔力を込めた一撃が全身に響くように体内を駆け巡っている。
わずか五秒間の出来事に英次は大きく息を吸い込んだ。
彩香と友樹の両手首に触れて、後ろに回して指でちょんちょんと突いて、続いて両足首を同じようにする。両手首には手錠、両足首がぴったりとくっついて身動きが取れなくなる。梨華も同じように絵里に魔術を施して拘束すると、絵里の首を掴んで三人を並ばせるように放り投げると、近くの椅子を引っ張りだしてそこに座った。
「で?」
梨華が絵里に尋ねると、絵里が視線を左右に動かした。
彩香、友樹、絵里の三人が床に薙ぎ倒され、梨華に頭を向けて並んでいる様を見下ろして、英次が梨華の後ろに立った。
「三人とも死刑でいい?」
梨華が彩香を見ると、彩香が顔を真っ青にして歯をがちがちと震わせて怯えていた。
単独任務可能執務執行官に与えられる、現場処刑の原則。
明らかな魔導新法に違反している凶悪な魔導師は現場判断に優先されてその場での即時刑執行権利が与えられているのは魔導師ならば知っている。
「そこの」
梨華が彩香を指差す。名前すら呼ばないのは被告人に対しての人権剥奪を意味している。魔導師はそもそも人間ではない。もっと別次元の力のルールの下に組み敷かれている。魔力を保有し、それを展開している間は人間とは認知されないことを示していた。
「殺しを行うのに、殺されるのは怖い?」
無表情の梨華を見て、絵里はふと記憶の中にある単独で動き、世界を敵に回していた梨華を思い出した。その時の顔だ。躊躇わない、退かない。絶対的な死と破壊を与え続けた女王、梨華の顔つき。
「ああ、いいわ。別に返答を求めているわけじゃないから」
梨華がにやりと笑うと、英次を横目で見た。
「起こして」
ぴっと気絶している友樹を指差すと、英次は元部隊員であった友樹の腹を蹴っ飛ばす。
「ぐげっ」
ごきりという何かが壊れた音が響き、彩香が何かを叫ぶ。やめろ、だったのかその声は甲高く、ただ空しく響く。
「よ…よぉ」
友樹が顔全体に脂汗を浮かばせながら、それでも強気に英次を見上げてにやける。
「あんたが出来なかったこと、やってるだけだぜ?攻勢的に事象を処理する。対象がたとえ人間であっても…」
英次が足を小さく振り上げて、ぽんと友樹の顔を蹴る。サッカーボールのように友樹が頭を仰け反らせる。
「頼んでねぇ」
「そうかい」
友樹は口元から血を流しながら、「でもよ」と続けると英次が再び頭を蹴っ飛ばした。
一方的な暴力を目の前に彩香が何かを涙を流しながら喚き、絵里はそれを呆然と見つめていた。
「怖いわね。好きな男が裏切ったから、何も感情が浮かばないわけ?」
梨華に言われて絵里がゆっくりと呆然とした光を失った瞳で梨華を見上げた。
「別に…それよりも私の女神の瞳を譲渡した子はどうしたんですか?」
「ああ、首を落としてあげたわ」
先ほどの子のことを言っているのだろう。
「私の記憶と、私の能力を分け与えても所詮劣化品でしかなかったか」
「仕方ないわ。私とあなたでは生来の『性能差』があるんだから」
見下しているわけではない。梨華の言うそれは事実。絵里もよく知っている。
「私を殺すんですか?」
「英次に頼むわ」
それを受けて英次が友樹を蹴っ飛ばすのをやめると、英次が唖然としている。
「ってしたいところだけど、無理みたいね」
「ですね」
絵里が助かったことによる安堵よりも他の何かの感情を見せたが、それが何なのかは梨華にわからなかった。
「国連魔導軍(UNマギナリー)、空戦特務部隊無音の投擲槍に告げます。即刻武装を解除し、容疑者三名を引き渡しなさい」
棗が部屋に入ってくると、以下十数名の学園部隊が部屋の中になだれ込んでくる。十八人ほどの数を見て、英次と梨華がゆっくりと手を上げて、両手を頭の後ろで組んだ。
◆◆ ◆◆
解体されたはずの無音の投擲槍の再結成命令。
英次、梨華、友樹、絵里、彩香は英次のセーフハウスでの軟禁を命令されて、更紗、降矢、棗の尋問というより質問に何度も答えていた。
絵里と彩香は同室に押し込め、結界内で殺し合いを続けて早三日。梨華と英次はどちらが生き残っても別に気にはしていなかった。
「人間的な道徳観に問題があるのよ、あなたたち」
二人が並んで棗にそう言われると、二人は顔を見合わせて目を細めた。
「命を何だと思ってるの?」
二人は何も答えずに思い思いの方角を見て明らかに挑発的な行動をして見せる。
「国連はあなたたちを擁護するように報告をでっちあげろって命令しているけれど、学園と日本政府は全く逆。厳罰に処せよと命令しているわ」
聞いちゃいねぇし…。
後ろに立っていた更紗が奥歯をぐっと噛み締める。
「私たちは犯罪抑止に貢献したはずなのにねぇ」
梨華が呟くと、降矢が入り口のドアに背中を預けて腕を組んだまま「そうなんですよねぇ」と呟いた。梨華と英次の行動は過激ではあったが、友樹、彩香と広域災害を引き起こす可能性があった絵里を捕縛している。これは二人の成果であって他ならない。
「玲奈っていう協力者は逃亡中。恐らく捕縛は不可能と判断していますが、捜査中」
更紗が英次と梨華に知らせると、「そうかい」と英次が頷いた。
「友樹くんは現在、部屋で眠っていますよ。肋骨が何本か内蔵に突き刺さっていましたので、心霊医術治療を行いました。三日後に完全に回復します」
二週間経過した今でもまだ眠り続けている。英次に体中に暴行を受けた後だ。それくらいは予想していた。
「なぜあそこまで?」
「あの場で百名近く殺害した容疑者…いや、犯罪者を生かしておく道理はない」
「それは法が裁くべきです」
英次に降矢が断言すると、英次は笑いがこみ上げてきた。
「ふははは、その法が、俺たちを無罪にしようとしている。そしてその結果、俺たちを道具として使う手はずを整えているんじゃないのか?梨華だってそうだろう?無罪と人権を与える見返りに無音の投擲槍という牢獄に押し込めたんじゃないのか?」
「あら、そういう考え方もあるわね」
梨華がすっ呆けて英次の毒気が抜かれた。それを見て更紗は梨華に少しだけ感謝する。
「私は無音の投擲槍を同じように再結成するのは無理だと判断しているけれど、どう?」
「それはですね」
降矢が少しだけ間を空けてた。
「私たちは要職に就いているから不可能と判断されるかもしれませんが、事態において無音の投擲槍の活動を最優先する方向で話し合いが決定したんですよ。ちなみに国連魔導軍(UNマギナリー)は強制的な作戦を実行することを決定しまして、『未覚醒』な恵まれた子供たちは全部廃棄処分されることが決定しました。多国籍企業であるグランベック複合企業体は国連魔導軍(UNマギナリー)の宣戦布告に対して徹底抗戦を表明しています」
「国際情勢がまた変わったんだな」
英次が「やれやれだ」と首を左右に振って呆れる。
「変えたのは私たち」
梨華が「いい傾向ね」と呟くと、その場の全員が梨華に注目した。
「少し余計なこともあったけれど、大体、私のシナリオ通りよ」
「ですか」
降矢がどことなく察していたように呟く。
「私はあなたたちが自由に動けると言うのならば無音の投擲槍を英次抜きで再結成することを提言します」
梨華の提言に全員が言葉を呑んだ。英次は「やる気ねぇよ」とだけ言うと勝手に自分の部屋に戻ってしまう。
「梨華さん?」
棗が説明しろと言わんばかりに名を呼んだ。
「彼ね、まだどこかで夢を見ているの」
梨華の真意を理解できずに誰もが返す言葉を見つけられなかった。
「大丈夫、何とかしてみせるわ」
梨華がゆっくりと立ち上がる。
「あ、戻る前に絵里さんと彩香さんを呼んでください」
「…あの局所的な戦場に入れって?」
梨華が二人の部屋を見ると、ドアに何かの刻印が浮かび上がっている。更紗の展開した固有結界の印だったが、音以外はこちらに流れてこない。
「ええ、お願いします」
更紗が満面の笑みを浮かべる。爽やかな笑顔ではあったが、その中身はどす黒い。
「まったく」
梨華は腰に手を当てて息を小さく吸い込んで、その姿が消えた。
短距離移動で中に入ると、絵里と彩香が子猫が喧嘩をしているように互いを睨んで、ふーっと唸っている。
「まだやってるの?」
梨華の出現に二人が目を丸くすると、拳を治めた。
魔力的には戦力差は歴然だったが、この部屋では魔力を完全に拡散させられてしまうために、二人は取っ組み合いの喧嘩をしている最中だった。傷だらけの二人を見て、梨華は二人を並んで座らせると治療を施す。
女の子、とは思えないほど引っかき傷や痣、目には円いわっかが着いていたりもするのだから見るに耐えない。
「好きな男が別の女を抱いた程度で目くじら立てない」
絵里が梨華に指を指すと、絵里がきっと彩香を睨んだ。
「英次さんが浮気したらどうするんですか?」
「いいんじゃない?男は他にもいるし」
梨華がさらりと受け流すと、絵里がきょとんとした。
「あんたも奪う覚悟が出来たなら、捨てられる覚悟もしなさい」
梨華が彩香を指差して苦笑する。
「で、二人はまだ一つのもの奪い合うつもり?」
「私のですから」
「愛してますから!」
絵里と彩香が叫ぶと、梨華は「あっそう」と呟く。
「じゃあ私がもらっていい?あんたらじゃ役不足だし、くれなかったらこの星壊しちゃおうかなー」
「え…っ」
「はい?」
梨華が「そうしよう」とうんうんと頷くと、二人が慌てふためく。
「なに?歯向かうの?」
女王様風なその視線を受けて二人がたじろぐ。梨華ならばやりかねないが、どう逆立ちしても二人が梨華に適う道理がない。権力も能力も、魔力を使用できないこの状況でも、二人が纏めてかかっても返り討ちにされるのは目に見えていた。
「まぁ…友樹が絵里を選ぶのはわかっているんじゃないの?」
彩香にとっては酷な話かもしれない。それでも梨華が尋ねると、彩香が頷いた。
「嫉妬してるんでしょ?わかりきっている結果を目の前に少しでもあがきたいんでしょ?」
「…」
彩香が視線を逸らして足元を見下ろしている。
「見苦しい。女であろうものなら、そんなに未練を抱えるんじゃないわよ」
「それって男の子に言うセリフじゃないんですか?」
絵里がさすがに講義すると、梨華が「そう?」と小首を傾げる。
「男なんてみんな適当なんだから。女であれば誰でも抱くわよ。きっと」
「知らないんですね」
彩香が尋ねると「私女だから」と梨華が微笑む。
「で、ね。無音の投擲槍を再結成するわ。彩香と絵里を後衛狙撃に指名したいのだけれど、いいかしら?」
「二人で、ですか?」
「ええ」
絵里に梨華が頷く。犬猿の仲になった二人を同時に起用する意図がつかめずに絵里と彩香が首をかしげる。
「愛した男が好きな女を守りなさい。愛されている女は行為を寄せる女を守りなさい。互いに度量を見せなさい。ちなみに那由他は『一夫多妻』なの忘れなく」
梨華がそれだけ言い残して、左手に剣を出現させてひゅん、と姿を消した。あの剣は『魔力抑制』を完全に無効化させているらしい。
二人は睨み合うと、その場に座って話し合いを始めた。
◆◆ ◆◆
「ごめん、自分の用件だけ伝えてきた」
梨華が棗、更紗、降矢にそう告げると、三人は苦笑した。
「いいんですよ。きっと梨華さんならあの二人を仲介できるんじゃないかって、送り込んだんですから」
更紗が本音を暴露すると、梨華が苦笑する。
「してやられたわね」
「気付いてやったんでしょ」
棗が鋭い読みをすると、梨華が「そうかもね」とだけ言って英次の部屋に入る。
「女王の本質です」
降矢が断言した。
「彼女の言葉の前には人間の誰もが従う、それが那由他の姫…女神の末裔の本質」
二人はゆっくりと頷いて、その本質を理解した。降矢の打ちたてた理論が本当かどうかわからなかったが、今確認してしまった。
「そして彼女は絶対に支配されている側の意見を素直には受け止めない。疑っているわけでもないが、望みを全て聞いていては政務は混乱を極める。自らが動くときはそれとなく、まるで私たちの言葉など意に介していないかのように振る舞い、良い結果を出す。従っているわけではない、だがお前たちのためになっただろう?と言わんばかりにね」
自分たちですら、彼女に歯向かうことができない。それどころか、喜んで彼女の言葉に耳を傾けてしまう。
那由他に赴いた降矢はシュナスリィヤの好意で向こうの情報書架に入って様々な文献を読み解いて、その結論に到達していた。王家でもわからなかったその指導力を読み解いた降矢はシュナスリィヤに感謝すらされている。王家に絶対服従の那由他の民ではこの事実に到達することすらなかっただろう。それほど盲目的に王家を崇拝しているのだから、疑ってかかることもしない。
次は英次。
誰もが梨華のその統制力に期待していた。
純粋に人間として、人を奮い立たせる力がある。
支配ではなく、決起させる。
それが人々の希望になっているのだとしたら、女神の末裔に名を列ねる梨華の力は賞賛されるべきだ。
那由他の人々が王家に尽くす理由がよくわかる。
シュナスリィヤも梨華も、良き統治者としての行動をしているのだから…。




