頼れるけれど気を許せない人さ
元無音の投擲槍の不祥事となれば、後処理をしなければならない。
隊長職の辞職だけで英次は責任を負うということにはならないことを本当の意味で理解していた。
「梨華、すまないんだけど」
セーフハウスにてコンビニで調達して来たスパゲティをフォークで突いている梨華が顔を上げて英次を見る。
「ん?」
「協力してくれないか?」
「那由他の協力?それとも私の協力?」
梨華の質問には確かに一理あった。地球…水球の惑星と名づけられた箱庭に展開している那由他の魔導軍は数を増やし、今や二千人に昇っている。千二百人がアメリカ合衆国、六百人が中国地方に援助目的の駐屯を行い、現在でも支援活動を実行しているが、学園には梨華の護衛を目的として四百人が展開していた。全て、那由他側のシュナスリィヤを総大将として、梨華の命令下で迅速に活動が行える準備を整えていた。特に学園の魔導軍は学園生の教育訓練も行っているため、実質、戦闘態勢は完全に整っている。
「個人的に」
「あら、嬉しいわ」
梨華が微笑むと、英次は苦笑する。少し前までの梨華ならばそんなことは絶対に言わなかっただろうし、笑うにしてもどこかそう…心の底から笑っていないような気がした。
「で?何を目的としてどんな協力をすればいいのかしら?」
「絵里の暗殺、は那由他が許してくれないだろ?」
「そうね。せいぜい、強制送還が精一杯だろうけど」
「じゃあ友樹の暗殺」
「いいわね」
梨華が頷くと、英次が「そうか」と頷く。
「協力してもらいたいんだけど、な」
再び英次が確認するように梨華を真っ直ぐに見ると、梨華が「あーあ」と残念そうに言い放ち、伸びをした。
「いつから気付いてた?」
「何時からってこともない。今ふと思ったんだ。直感だな」
英次もにやりと笑う。自分の予想は間違っていなかった。
梨華は一度目を閉じると、瞳の色が黄金色に輝いていた。
「解析、してたんだな」
「ええ。これが本当の女神の瞳よ。人の心以外なら、何でも見える」
「未来も?」
英次の問いに梨華は首を横に振った。
「私の女神の瞳は未来を見る能力があるけれど、私はその使い方を知らないし、封印されている状態。だけれど絵里の女神の瞳は解析が完了した。私の女神の瞳に重ねて使用することで、解析不能だった部分を補っているの。そうね…」
梨華が目を閉じると、元の紅の瞳に戻った。
「私が人間でいたかったらきっと、今の中途半端なほうがいいのかもしれないわ」
「殊勝なことを言うね、姫君は」
英次が鼻で笑うと梨華が悲しそうに瞳を潤ませて視線を泳がせた。
「すまん」
「いいの。だってそっちのほうが英次らしい」
梨華はすっと立ち上がると、左手を天井に掲げてふっと振り下ろす。空間から剣を取り出して、握り締める。
「ついて来て」
「あいよ」
梨華がベランダの窓を開けて、ひょいと跳躍し柵を乗り越える。
月夜が眩しいとはこのことか。
自由落下して空を見上げるようにして梨華はそんなことを思う。
「行こう。これは戦場への導」
梨華が目を閉じると、身体に落下以外のベクトルがかかる。まるで弾丸のような急加速をして梨華が空高く舞い上がる。
「はや」
英次が呟いてから跳躍して空へ翔がるが、梨華が速度を緩めない限り追いつけない。
「英次、なまった?」
「お前がどんどん速くなってる」
梨華が英次の隣に減速し、苦笑すると英次は「これはひどいな」と実感した。那由他にいればいるほど、梨華は魔力を高めていく。これが那由他の女王としての『魔導師資質』だとシュナスリィヤが言っていたことが何と無く理解できた。
「気付いた?」
「ああ、後方から高速で接近する未確認の巨大な魔力奔流」
「絵里」
梨華が急停止して、英次が梨華の後ろに回る。
剣の切っ先を水平にして、射撃すると野太い銀色の光が夜空を切り裂いた。
「レーザー砲か?」
「似たようなものね。高熱源粒子砲」
「それが直撃したら?」
「聞く?」
「遠慮しよう」
英次が苦笑すると、それが途中で屈折したかのように弾かれて空に上がった。
しばらくすると、片翼の天使がふわり、とこちらを見て睨んでいる。
「ひどいですね。お姉様?」
「あら、挨拶よ」
絵里に梨華が肩を竦めて見せる。
「那由他に行かれたんですね」
「故郷だもの」
梨華が剣を下に構えると、絵里が右手を梨華に向けた。
「試験運転」
梨華が目を閉じて開くと、黄金色の瞳が闇の中で輝いた。絵里はそれを見て目を見開いた。
「それは私の女神の瞳ですよね?」
「ええ、あなたの女神の片瞳よ。私の女神の片瞳は死んでるから、ちょっと使わせてもらったの」
「光の世界は…どうですか?」
絵里が尋ねると、英次が首をかしげる。何の話をしているのか理解できなかった。
「眩しいわ。愛しい人の顔が見えると安心するの。でもね…姿が見えないだけで不安になる。今まではどんなに離れていても感じることが出来たのに、見えないと不安になってしまう。こんな弱い自分なんて、求めていなかったわね」
梨華の本音に絵里が「そう、ですか」と俯く。
「素直になられましたね、姉様は」
「あら?元々素直だと思ったけれど…違ったかしら?」
梨華が英次を見ると、英次が「ほう」とだけ呟く。前までの梨華が素直だったら、他の人類は全員、バカがつくほど正直者になってしまうだろう、相対的に。
「友樹を探す上で、私と一緒にいるほうがいいと思わない?」
梨華が試すように絵里に尋ねると、絵里は目を細めた。「んー」と人差し指を顎の下に当てて悩む素振りをして見せるが、答えは一つしかない。
「わかりました。ただし、私は彼を暗殺するつもりはないですよ?」
「あら意外ね。ホテルのワンフロアを吹き飛ばしておいて、それはどうなのかしら?」
「だな」
英次もあれは殺すと言うよりも跡形も残すつもりがないような攻撃だったような気がして、梨華に同意する。
「私は身の程知らずの後衛狙撃の子を狙ってますから」
「身の程知らず、はどっちかしらね。貴女は絵里という肩書きだけで行動できるわけではなくってよ?」
「那由他の姫としての行動だったら、欲しいものは手に入れますよ」
絵里の悪びれない物言いに梨華がため息を吐いた。英次は「なるほどね」と呟くだけで咎めたりはしない。恐らく、向こうの国では何でも許されてしまうのだろう。
「絵里は今、友樹の魔力波動を感知できないように、妨害されているのよね?」
「はい」
絵里が頷くと、梨華が剣を納めて絵里に近付く。
「記憶に触れていい?」
「え…」
絵里がたじろぐのも無理はない。記憶は本人のみの大切なものだ。他人の絶対不可侵領域でもある。大きな魔力を持たないものでも、精神力の全てを費やし防衛する、最もその人がその人であるための記録。梨華はそれを容易く突破して、その人の過去の全てを見てしまう。
「誰にも話さないわよ。誰にも…」
梨華の真摯な視線を受けて、絵里が俯いて何度か小さく頷く。何かを決意したようだ。
「裏切られましたから。最愛の人に」
「友樹?」
「はい」
絵里が目を閉じて、右手をゆっくりと下ろした。梨華が更に近付いて額に優しく左手を当てる。
遡る。
今から絵里が何をしていたのか、高速で逆再生していく。会話の音までも逆再生するために梨華はその一言一言を全て頭の中で処理していく。
これじゃない…。
ホテルのワンフロアを吹き飛ばした映像よりも前。スキップ。
公園で絵里が座っているときにPDAで誰かと通信している。
「あら」
梨華は絵里が怒っている理由を知って驚く。
「なんだ?」
英次が怪訝な顔をして梨華に尋ねると、梨華は苦笑した。
「乙女の心の鍵をお持ち?」
「残念ながら手持ちに無いわな」
英次は肩を竦めて両手を開いてみせる。
更に逆再生。
「英次…ねぇ…本気で人を好きになるって、どうしてこうも悲しいことなのかしら」
梨華が手を離して、絵里が悲しそうに笑って見せた。
「なんだなんだ?」
英次が梨華と絵里の顔を交互に見て眉を顰めると、絵里が目を閉じる。
「治してくれたんですか?」
「もう、あなたの女神の瞳は見えるわ。だけれど…」
「あ…」
絵里が信じられないような、何か空ろな瞳で空を見上げる。
「私の女神の片瞳も貴女に渡ってしまったら、極度に集中すると数分先まで見えるようになってしまったわ。幸い、絵里の魔力体質上、常に起動は絶対にしないから大丈夫だと思うけれど…未来が見えるって怖いことよ」
まるで今まで、未来が見えていたような物言いに絵里は首をかしげた。
「梨華さんは、未来をどうして恐れるんですか?」
「どうして?」
梨華は「そうね」とつぶやくと、少し諮詢してから頷いた。考えたことがなかったわけではないだろう。この人は聡明な人だ。
「ここでそう考えた事はないわ」
梨華が自分の頭を右手で指差してから、胸に手を当てて拳を握った。
「ここがね、恐れているの。私が女神の片瞳の未来を視る力を抑制しているのは、心」
「便利ですよね?先が読めれば」
「便利かしら?人の可能性は無限にあるの。私は少なくともそう思っていたし、今でもそう思いたいけれど、確約された未来は一つだったとしたら、私たちは決定された時間軸の中を歩んでいると言うことになってしまう。それは恐ろしいことではなくて?」
「悩んで考えて出した結論が、元々そうなるって決まっていたって事か?」
英次の問いに梨華が頷く。
「そうね。あなたがそう私に発言したことも決定されていて、私が今こう答えることも決定された未来だった。運命論ってやつになるとしたら、私たちはそれを知ってしまっているということになる」
「ひでぇ話」
英次が失笑すると、絵里が唇を戦慄かせた。
「私たちが未来を受け入れられないとしたら」
「望まない未来があったとしても、受け入れたくなければ死ぬしかない。そしてそれも決定された未来」
「あがきようがない?」
絵里が梨華に尋ねる。それをどうにかできるのも梨華なのではないか?と心のどこかで頼ってしまう。
「足掻く?それも未来の形。決定されてしまった未来。足掻いてみても、それも運命」
「だから捨てたんですか?」
「捨ててないわ。捨てられない。捨てるにはね、生きていることをやめるしかないの。でもやめない。それも運命だから」
「運命」
これほど、運命を祝福していた自分が、運命を呪うことになるとは思わなかった。
「私は友樹君と出会えて良かったと、運命に感謝していたのに。どうして」
「これが私たち、那由他の姫に与えられる『呪い』なのかもしれないわね」
「那由他の姫…その昔、絶対支配者に支配されていた人々を解放した軍の最高指導者です。知ってます?」
絵里に尋ねられて、梨華は頷くと英次が首をかしげた。
「英次、聞いて」
「おう、聞いてる」
英次が頷く。
「元々、私たちの悠久の那由他は水球の惑星と同じ時間軸上に存在していたの」
「つまり、空間を同じにしていた?」
「正確には太平洋上に悠久の那由他があったのよ。今から九千二百年前にね」
「また壮大な話だ」
英次が苦笑すると、梨華が「そうね」と呟く。
「神様って信じる?」
「…」
話がおかしな方向に流れて行くのを感じて、英次は首をかしげた。
「それでいいの。神様って信じている人にとっては神様なのだけれど、信じていない人にとっては別にどうってことのない存在よ」
「精神的に依存する存在が神なんですよ」
絵里が言葉を付け足しても英次には何の話をしたいのかがいまいち理解できなかった。
「ん、とりあえず、なんだ?」
なんだ?と聞かれて梨華が苦笑する。確かにわからないだろう。
「世界に神様がいたの。いい?」
「ぜんぜんよくねぇ」
英次がその前提が全く理解できなかった。
「空間があった」
梨華が手を広げる。
「そこには一つの意識だけがあった」
指を一本立てる。
「彼なのか、彼女なのかわからない。むしろ一緒。でも一人が寂しかったその『一』は激痛の中、もう一つの『一』を作った。完全なる『一』と『一』が生まれた」
梨華が二本目の指を立ててみせる。
「同じじゃつまらないから『一』は自分を男性体にして、片方を女性体として作り上げた」
「彼、彼女。私たちはそう定義しています」
絵里が補足して英次はとりあえず、イメージとしては理解できた。
「彼は彼女を愛した。長年、それこそ終わることの無い悠久を一人で過ごして来たのだから、ね」
「賊に言う、天地創造の話か?」
「アレは偽者」
信じている人が聞いたら発狂しそうな梨華の切って捨てるような言い方に英次が口を開いて呆ける。
「更紗の開いた国連魔導軍(UNマギナリー)の第一情報書架にも隠匿されているけれど、誰も公表しないわ。まぁそれをアメリカ合衆国が拾って、私を誘拐したんだけどね」
梨華が「いい迷惑」と呟く。
「それでね」
話を戻す梨華に英次が頷く。
「彼は彼女に名を与えたの。名前は『ラスティ・フォルテ・アインリヒ』ね」
「それって?」
英次が目を細めると、梨華と絵里が頷く。
「私たちの祖先に当たるとされている、最初の人間であり、神とされているわ」
「彼女は二人だけの世界に、彼を生涯愛し続けるはずだったのです」
絵里が「この世界」で、と両腕を広げて見せる。
「空間に二人がいただけなんだろ?なんでこの世界はこの形になったんだ?」
「それはね。彼女が生まれてくるときに、彼は自身を強引に引き剥がした余波が宇宙を作り上げた。空間は別の空間に次々と局所変異現象を生み出した」
「虚数値が虚数値で干渉して、整数次元を生み出したんです」
「まて、待て…は?」
英次が首をかしげる。
「拡散を続ける宇宙空間は、虚数次元を次々と飲み込んで整数次元に組み替えて言っています」
「絵里、お前それを理解して言ってるのか?」
英次が尋ねると、絵里は首を横に振った。
「知っているけれど、理解はしていません。ただ、そうであると知っている。梨華さんもそうですよね?」
「ええ」
梨華が頷くと、英次が「参ったね」とかぶりを振る。
「理解しなくてもいいの。知っておいてもらいたいことは二つ。この世界は元々一つだったこと。そして…」
「世界が生まれて、ラスティは世界にあった命に気付いた。彼が行った強制剥離は他の生命まで発生させました。そして彼女は、力を持たない命たちの観察に興味を持ってしまった」
「それで、彼は嫉妬したのよ。生命たちに視線を注ぎ続ける彼女が、自分を見てくれなくなってしまったから、彼は生命を壊そうとした。彼女はそれに激怒する。孤独を知っているあなたが、何故、生命を破壊するのか?と」
「そして彼女は、彼を愛することをやめてしまった。全身全霊を持って、彼の暴挙を止めるために、この惑星を守り続けた」
梨華、絵里が交互に説明することに英次は耳を傾け続けた。
「やけに嫉妬とか人間くさいんだな。神様ってやつは」
「神は全知全能だもの。全て持っているということは…生まれながらにしての七つの罪も全て持っていなければならないの」
梨華の言葉に英次は「なるほどね」と頷く。
「それでね、彼女は一部の人間に対して魔導を授けたの。彼と戦うために。だけれども、彼女はそうすることで生まれた生命の均衡が崩れてしまうことを恐れた。故に那由他をこの惑星から切り離して、別空間で魔導師を作り上げた。それが箱庭である悠久の那由他の始まり。孤独を恐れた彼は、結果的に自分の作り上げたもう一人の自分である彼女にまた孤独に追いやられてしまう。彼女はたくさんの人々に暖かく迎えられて、彼に反旗を翻した」
「へぇ」
すごい歴史の話だな。と英次は頷く。
「彼は那由他と水球の惑星を破壊するために、まず水球の惑星に対して攻撃をしたわ。生命を殺すための生命を作った。人に欲望を与えた。いろいろな形で災厄を与えた。彼女はそれを阻止するけれど、どうしても後手に回ってしまっていた。そして…」
決断したの…。
梨華がゆっくりと話を途切れさせる。
「世界を全て壊されてしまう前に、彼を討伐する」
絵里が呟く。そう、それが決断だった。
「那由他の民は彼女の指揮の元、世界の災厄の根源を打ち払うことに成功したけれど、彼は世界にかけた災厄を恒久的に継続させることを『呪い』として与え、彼女には『未来』を与えた。そう、その未来は『絶望』でしかないことを知っていたからね」
梨華が「いい迷惑」と吐き捨てた。
「彼女は人間と交わって、子供を残して那由他の繁栄を見届けさせ、自らは『父であり、夫を殺した罪』を背負う形でその生涯を終わらせたの」
「魔導に影響されない世界と魔導によって影響を受ける二つの世界はそうして始まったんです」
絵里が話を終わらせると、英次は「うーん」と唸る。
「継ぎ接ぎだらけだな」
「そうね。でも私たちが知っている…覚えていることを全部離していたら、英次は棺の中に入ってしまうわよ?」
「そりゃ困るわ」
英次が苦笑すると、絵里も「なんですかそれ」と笑う。
「誰か来る」
「お?」
絵里が気付いて下を見ると、下からスーツを着た中年の男と若い男が上がってくる。
「魔導師三人、動くな」
リボルバーの拳銃を突きつけられて、英次たちが手を上げる。
「警視庁魔導犯罪課のモンだ」
中年小太りの丸っこい顔立ちの男がPDAを見せると、画面に身分を証明する名前と身分が表示されている。警部と隣の男が警部補で、年齢から見るとキャリア組のようだ。
「シティホテルの爆破事件の一件でここら辺は飛行禁止空域になっているのは知ってるよな?」
「おたくら、この制服見て、場違いでしたって言いたくならないか?」
「なんだと?」
若い細い顔立ちの身長の高い男が英次を睨み付けると、警部のほうが「ああ」と納得した。
「あんたら学園の?」
「そういうことだ。学園の高等部二年だよ。ちなみに俺とこっちは単独任務可能執務執行官だな」
英次は梨華を指差すと、二人が米神に指を擦り付けて敬礼してみせる。英次と梨華が面倒そうに国連魔導軍(UNマギナリー)時代の敬礼で返すと二人が怪訝な顔をした。
「あんたら国連魔導軍(UNマギナリー)に在籍していた無音の投擲槍だったのか?」
「の、隊長だった人よ」
梨華が過去形に過去形で帰すと、警部が苦笑した。
「で、こっちが保護対象の子」
絵里に指を指すと二人が慌てて拳銃を絵里に向けるが、絵里が両手を二人に向けるほうが早かった。
「逮捕する?」
「煽るな」
梨華が悪戯っぽく二人に尋ねると英次がそれを止める。
「警察のメンツもあるだろうけど、上からは手を出すなって言われてるんじゃないのか?」
英次の問いに二人が顔を見合わせる。
「詳しいんだな」
警部がしかめっ面で何か諦めたように言った。
「魔導犯罪者は魔導師が裁く。それが基本だからな」
それ故に犯罪は表にならないし、一般人は魔導師がどんなに危険な存在であろうとも知ることも無い。
「表向き、あのホテルの爆発は敵対事業のどこかの仕業っていうテロ行為だって発表されているから、そっちの捜査よね」
梨華が不毛なことに苛立ちを隠そうともしない。国家公務員はそうやって無駄な行動をしているのだ。かと言って、今回は絵里が公共物を破壊したのだから、ばれても問題なのだが…。
「まぁ、それで納得しない国会議員さんもいるもんでね。なんでも今回のことに対していきなり圧力をかけてきたそうだ」
警部に隣の若いのが怪訝な顔をする。
捜査上の機密とでもに抵触しているのだろうが単独任務可能執務執行官は警察庁からの依頼も多く受け付け、幅の広い捜査に協力していることもあって、警察庁とはなかなか良好な関係が保たれているために、こういう情報が入ってくる。
「国会議員さんね。魔導新法は全開一致で反対なしで可決しているけれど、やっぱり細かいところでは折衝があるのね」
梨華がため息を吐くと、警部がにかっと笑った。おっさんの独特の笑みだが嫌な感じがしない。
「うちにもお前さんくらいの娘がいるが、その国会議員さんにも娘がいてね。最近、よからぬ賊にちょっかい出されたらしい。それで魔導師に対して思うところがあったんじゃないかな」
「大変ね」
梨華が興味なさそうに腕を組むと、警部が絵里を見た。
「そっちの子は、何をしたんだ?」
「そのシティホテル空爆の張本人よ」
「おや」
警部が目を丸くすると、警部補が絵里を睨んだ。
「お前、何人が被害に会ったと思ってるんだ?」
「死んだ人はいないはずですけどねぇ」
最上階は超高級スイートになっていて、あそこには友樹しかいなかった。従業員も何もいないことを確認して絵里は打ち抜いていたのだから、死者は確かにいなかった。瓦礫なども残さない綺麗な掃射だ。
「ぐ…壊しておいてどんだけの人が困ったかわかるか?」
「保険がありますから、保険会社くらいですかね」
絵里が「うーん」と首を傾げると、警部補は顔を真っ赤にして絵里に掴みかかろうとしたが、未だにこちらに手の平を向けられているために何もできない。
「なぁ、学園は情操教育っていうのはやってないのかい?」
警部が苦笑すると、英次は「さぁね」と肩を竦める。それは一般家庭で習うことで学校で習うようなことではないような気がする。
「まぁ、今回の犯行はテロなんだろ?上に報告しても魔導師の犯罪は一般法廷では裁けない。諦めておきなよ。特にそっちの兄さん、出世組だろ?」
英次が鼻先に突く生意気な言い方をすると、警部補が歯噛みしている。年下にそんな憎まれ口を叩かれれば誰だって苛っとするだろう。
「俺も年金はしっかりもらいたいんでね。上の言うことには従うことにするけどな」
警部はしぶしぶではあるものの、納得しているようだ。
「無駄な正義感は何をしても認められないんだ」
英次がふと、憂いを帯びたような表情を浮かべて梨華がそれに気付いた。きっと英次も部隊を設立したときには何か目的があったのだろうが、それが全く違う方向になってしまったことを憂いているのだろう。
「無駄じゃないだろう?」
警部補が拳を硬く握っている。
「無駄じゃないんだ。真っ直ぐに誰かを守る事は無駄なんかじゃない」
「帰るぞ」
警部が警部補の肩をぽんと叩いて二人が降りていく。
「で、友樹はどうする?」
「友樹が国会議員の娘さんを襲撃した張本人」
梨華が突然断言して、英次は「また始まったよ」と苦笑する。
「根拠は?」
「タイミングが良すぎるもの。そして危険度も高いはずよ。テレビに露出している国会議員が今の魔導師に対する優遇された特権について熱く語っていたのは知ってるわよね?」
「さっきのあれだな」
セーフハウスから出て来る前に梨華が呆然と眺めていたテレビに出演していた国会議員がそうだった。
「友樹は誰かに保護されているというか、協力を得ている感じだからね」
梨華が「大体、そういう連中はよからぬ連中のほうが多いのよね」と付け足す。
「友樹くんと彩香ちゃんは…誰かと一緒にいるみたいでしたけど、誰かはわかりませんね」
絵里が悔しそうに呟くと、梨華が頷いた。
「友樹の顔も見てみたいし、そろそろ行こうかしらね」
「いつも見てただろ?」
「見えてなかったもの。言ってなかった?」
梨華が尋ねると英次が頷く。
「私、元々視力がゼロだったのよ。光が見えなかったから、全部魔力で物体把握していただけなの」
「気付かなかったな。普通に生活していたみたいだった」
「そうよ。見えなくても視えていたからね。でもこれであなたたちと同じように物を見ているの」
絵里から貰った女神の瞳の解析結果を施術することで梨華は世界の光を認識している、ということだ。
「絵里の顔を見たとき、世界を見たとき、私は少しだけ驚いたわ。人の住む世界って思ったより広いんだなぁってところ?」
「魔力を感知して見える世界は狭かったのか?」
「込み合ってるって感じだったわ。世界中何処もかしこも、狭い空間に魔力が鮨詰めだったし…。でも目で見てからは少し変わったけれど、私から見れば視覚という情報に頼りすぎている人間はきっと…危険察知とかそういうのが苦手なのかもしれないってところかしら」
「梨華の言いたい事はよくわからねぇな」
英次が呆れると、梨華が「そうね、そうかもね」と悲しそうに微笑む。人と同じ感情を抱きたいとは思うものの、人は感受性が違う。それを押し付けるつもりも押し付けられるつもりも梨華にはなかった。
「友樹くんのところに行きましょうよ」
絵里が進まない話に二人を急かすと、梨華が苦笑した。
「友樹ってそんなにいい男なの?」
絵里がそこまでご執心になるとは、梨華には少しわからなかった。
「…だらしなくて適当で、何をするにも中途半端な最低な人、ですよ」
絵里の顔に陰りが差して、英次は身震いした。これは相当怒っている。
「とりあえず向かおうか。そこまで急ぎでもなさそうだけどな」
英次が促すと梨華が渋い顔をした。また良からぬ事を考えている顔をしているのだからたまったものではない。
「絵里」
「はい?」
絵里が小首を傾げる様子を見て、梨華は同じように首をかしげる。
『英次、やるわよ』
『は?』
精神接続情報網からの突然の通信に英次が驚くと、梨華が剣を宙空から取り出して左手で握る。
「行くんですか?」
「ええ」
絵里に梨華が答えると、梨華の姿が瞬間的に消えたように見えた。次の瞬間、絵里の首がその身体から離れて落ちていく。
「な…」
英次が落ちて行った絵里を見て呆然とした。なぜ、攻撃したのか。
◆◆ ◆◆
灯台下暗しの次は、知られざるご近所の顔ってか。
友樹は地下鉄のトンネルの中でため息を吐いた。
終電の時間が間近とは言え、まだそこは電車が往来する危険な場所だ。何本かの電車をなんとかやり過ごしながら目的の場所まで向かわなければならないが、後ろを着いてくる彩香は今にも泣きそうな顔をしている。
真っ暗闇の中を進むわけにも行かず、二人は視力補正の魔術を施術しているものの、ぼんやりとしか足元が確認出来ない為に線路のレールに躓きそうになったりもした。
コンクリートの上にまっすぐなレールが永遠と続き、闇が何処までもその先を隠している。そんな光景に彩香は不安を隠しきれなかった。
「本当にこんなところに恵まれた子供の研究所があるんです?」
彩香に尋ねられて友樹は「あるんじゃないかな?」と半信半疑に笑ってみせる。
「玲奈の情報は少なくとも正確だし、ビジネスをする上で信用に関わるからね。偽情報なんてものは持ってこないだろうし」
「玲奈さんって優秀なんですね」
「頼れるけれど気を許せない人さ」
友樹が目を細めると、風がふわりと髪の毛を揺らした。近くにある待避所に彩香の手を引っ張って入り込み、彩香を座らせてその上に覆いかぶさるようにして抱き締めると、電車が友樹の背後を爆走していく。風圧で目が開けていられないほどの状況で数秒過ぎると、友樹は何事もなかったかのように線路に出ると、彩香は「ありがとうございます」と頭を下げる。
こんなことを何回も繰り返しながら、ゆっくりとなだらかな坂道を下って行く。
「地下鉄って、登ったり下がったりしてるですね」
「あ?」
友樹は何を今更、と苦笑すると彩香が顔を赤くする。そんなことも知らないのか、と言外に言われた気がした。
「地下鉄ってけっこう、複雑に入り組んでてね。昔からそうなんだけど、特に首都圏の地下なんて穴だらけさ。三十年ほど前にあった関東大震災じゃ、東京がすっぽり落っこちたくらいだからな」
「今の廃棄都市って、もっと高いところにあったんですか?」
へぇと彩香が感嘆すると友樹が頷く。
「関東、東海地方に震度七の地震が発生して、静岡、神奈川、東京は壊滅的な被害を受けた。特に沿岸部は津波でほとんどなくなったし、東京も同じだな。川の水が逆流して地下鉄の排水溝に入って、かなりの人間が溺死してるしね」
「怖い」
彩香が身震いすると、友樹が「そうだな」と頷く。
「まぁ、東京が落っこちた理由は、地震じゃなくてその後に発生した津波で、地上に溢れた多すぎる水の重たさに耐えられなくなって、すとーんって落ちたって話だ」
「友樹さんって物知りですねぇ」
彩香が意外だなぁとつぶやくと、友樹は苦笑した。
「っと、ここか」
友樹と彩香が立ち止まると、分岐路があった。
レールが引き込まれてる形の入り口に友樹が目を細める。確かにここは正規の地下鉄線路には記録されていない引込み線で、明らかに不自然だった。
「この先には駅がないんですよね?」
「駅がないって言うより、私鉄も使ってないな。一般の乗客以外を運ぶ専用通路ってとこか」
友樹が上を指差すと、監視カメラが設置されているが、今は動いていないようだ。
「私鉄ですよね?この線路」
「だと思ったけど、運向上はその他も通過することがあるみたいだな。まぁ、ここは私鉄の管理地だから、線路の整備をするにもそこの会社がやっているんだろうな」
だからこそ、この不自然な引込み線も浮き彫りにはならないのだろう。友樹はそう結論するとゆっくりと右に曲がる通路を歩く。
友樹は左右にある壁を注意深く観察するように歩いていくのを見て、彩香も警戒するがただの壁だ。
「気をつけろ、不法侵入っていうよりも中のものを出さないようにするみたいだ」
「どういうことです?」
彩香が意図を測りかねて首を傾げると、友樹が左右の壁をぴっぴっと指差す。
「左右のコンクリートが人工的に切り込みを入れられて加工されてるだろ?十五メートルおき」
「ええ」
彩香は言われて気づくと、友樹がこんこんとその壁を叩くと明らかに中が空洞のようなくぐもった音が聞こえる。
「鉄板?」
「だな」
彩香がなんでだろう、と首を傾げる。
「あんまり考えたくないが、これはきっと兵器か何かを格納しているんだと思う。通路を辿って出て行くような、危険な何かをここで止めるためにね」
「危険な…それってひょっとして…」
彩香が不安そうな顔をして友樹が頷く。
「恐らく、中にいる恵まれた子供が暴走したときに対応するためだろうな。梨華さんの前例もあるから、管理は徹底しているんだと思うよ」
「あー、やっぱり」
予想通りで彩香が納得するが友樹は面白くなさそうな顔をしている。
「こんなんで恵まれた子供を止めることなんて出来ると思ってるのかね」
「え?」
これだけの兵器群を突破することは簡単ではないはずだ。彩香はそれでも足りないと言う友樹に過大評価ではないのか?とさえ思った。
「梨華姐ぇや絵里みたいなのが、これくらいで止まるわけないだろ」
「絵里ちゃん…は…強いですからね」
「だな」
友樹が頷くと、どれはどこか誇らしげにも見えた。まるで家族を褒められているかのような嬉しそうな顔に彩香は胸がざわつく。
「まぁ、私たちを見つけられないくらいだから。別に脅威でもないんじゃないですか?」
思わず大きな口調で強く言うと、友樹が怪訝な顔をする。
「な、なんでもないです」
さっさと前に出る彩香に友樹はため息を着いた。
見つけられないわけではない。見つからないように行動しているということを彩香はわかっていない。絵里の女神の瞳はそこまで脆弱ではない。恐らく、英次か梨華が絵里を捕縛した場合、自分の施術した魔術を解除してくるだろう。それを元に更紗と協力されたらひとたまりも無い。こちらはまったく動くことが出来ずに捕縛されるか、暗殺される可能性もある。
「今更、ごめんなさいで済むことはねぇんだよな」
友樹は闇の中を更に進む。
自分の人生など考えた事は無かった。まだ二十も生きていないし、そんなことで何かを達観できるとは思っていない。ただ一つわかっていることは、待っているだけでは何も解決しないことだった。
「友樹さんはどうしてみんなを裏切ったんですか?」
「は?」
突然聞かれて、友樹は驚いて隣を歩く彩香を見ると、彩香が首をかしげる。
「だってそうじゃないですか。学園を破壊して、降矢さんとも戦闘して、絵里ちゃんと決別したわけですよね?」
「裏切った、か。そうか、裏切ったわけでもないんだけどなぁ」
友樹のはっきりしない答えに彩香が首をかしげる。
「裏切ったわけじゃないよ。少し方向が違ってきただけってことさ。ほんの一年前までは確かに無音の投擲槍は北半球最高の『超攻勢部隊』として危険任務の最前線に立っていたはずだし、俺もそれで満足していたけれど、状況が変わっただろ?」
那由他の出現を機に英次は優秀な部隊の隊長として政治的に身動きが取り辛くなった。名前が売れすぎた反動だ。そして更紗は魔導精鋭として指揮官資格を与えられ、今では東日本を束ねる日本魔導師の二大柱になっている。梨華は那由他の女王位正統継承者になり、世界政府との交渉を担い始め、絵里も那由他の第四王女だ。政治的に影響力を持つ形になるが、今後の無音の投擲槍としての活動は難しいだろう。降矢は元々『学者』側で学園の総指揮を行っている。彩香もそれに気付いた。
「友樹さんは無音の投擲槍を最後まで続けるつもりなんですか?」
「まぁな。事象に対して最も『攻撃的活動』を行うのが無音の投擲槍だからな」
政治や世界の状況に合わせて動くのが本来の「無音の投擲槍」の姿ではない。友樹は今のまどろっこしい状況よりも、敵は叩くほうが断然楽だった。
「彩香はどうして俺に加担したんだ?メリットなんて何もないぞ?それこそ学園の大学部まで進んで、そのままどこかに就職すれば、何処だって魔導精鋭として雇用してくれるんだぜ?」
前科が無ければ、魔導師として一生楽に生活できるはずだ。
「愛してますから、友樹さんを」
「そうか」
友樹の素っ気ない返事に彩香が「むぅ」と頬を膨らませる。いつだってそうだ、友樹は自分をはぐらかすように前に進んでいく。
「道具だよ、お前は」
友樹がはっきりと宣言して、彩香は頷いた。
「いいんですよ、それで。私は変わりませんから」
「お前も好きモンだな」
二人はそこで足を止めると、奇怪な紋様が描かれて赤く光る壁にぶち当たった。
「これは侵入者対策用の壁だなっと」
ズボンのポケットから小指の爪ほどの小さなカプセルを取り出して、彩香に視線を送る。友樹はカプセルを壁に投げつけて彩香の前に立って顔の前で両腕をクロスさせて腰を低く構えると、友樹の前に光の壁が出現する。敵の前方からの攻撃を防御する魔導防壁が展開。カプセルが炸裂すると真っ赤な炎と轟音がトンネルの中を駆け抜けると同時に、非常灯が点灯して視界が真っ赤になった。




