停戦協定に意味はないわ
高等部二年校舎の屋上、給水塔の上で英次と梨華はいつものように青い空を見上げるように寝そべっていた。
「絵里みたいに出来ないのか?お姫様」
「あら、私よりも絵里が扇動に向いてるとは思ったけどね。今までの空戦特務任務でも一般兵を率いて歩くあの子は似合っていたじゃない」
梨華に言われて英次は苦笑した。砲弾飛び交う中、確かに絵里は二百人の一般魔導師を率いて先陣をきっていたあの姿は『開放を望む勝利の女神』そのものだった。
「あの時の絵里ちゃんの言葉は記録に残ってるわよね。確か『私が私であるために、みんながみんなであるために、武器をとり、戦う術を持つものは私に続け、前の者が例え倒れたとしても、後ろの者がその意思を連綿と語り継ぐでしょう』だったかしら?」
「あー、出陣のときのな」
英次が苦笑すると梨華がため息を着いた。
「時々、あの子が普通じゃないなって思ったことはあったけどね」
「俺たちの中に普通の人間がいないから、多少規格から外れてても気にならなかったとかな」
「あなた、自分で言う?」
梨華が呆れると英次が「だな」と人事のように呟いた。
放送から二十分、授業も開始されていながら、更紗が必至になって自分たちを探しているだろう光景を思い浮かべて、梨華は苦笑した。
「更紗には悪いけど、私たちが教室にいつまでもいるわけないのよね」
「ん?今日はやけに喋るな」
「機嫌がいいの」
「だろうな」
二人で屋上にいることはよくあるが、互いにあまり口を開かない。梨華はどちらかと言うと必要があれば口を開くが、必要なければ黙っているタイプだ。今日はその口が余計に動くのは、絵里のあの演説を聞いた後だった。
「梨華」
「なに?」
名前を呼ばれて空を見上げたまま返事をすると、英次が上半身を起こした。
「どうして『恵まれた子供』って言うんだろうな」
「私たちが、そう呼ばれるのは暗号コードかなんかだと思ってたけど、少し違うみたいね。絵里ちゃんの女神の瞳の因子は私も持っているみたいなの。これは魔法にも属さない希少能力みたいね」
「そういう能力を『恵まれた子供』って符号するなら」
「これから先、色々な希少能力を持った連中が学園を襲撃してくるかもしれない。私を殺すために」
暗殺対象だった梨華にとっては大したことはない。昔と変わらないのだが…被害は自分だけに留まらないだろうと思うと、憂鬱になってくる。
「でも恵まれた子供を指揮する企業連中だって、梨華を殺したら世界が滅ぶ可能性がある。こんな状態じゃ下手に行動できないだろ?」
「製造する上で、私を殺す必要はないわ。私を殺す必要があるのは、企業が作った兵器よりも上のスペックの私がいることが問題なのでしょう?」
「なるほどな。最強の兵器を輸出する上で、それ以上の存在があると値段は下がってしまう、か」
英次が納得すると、梨華が苦笑した。
「私を殺すのは兵器の単価を上げるため。そんなつまらない理由のために殺されるかもしれない日々が来るなんて、思いもしなかったわ」
「そうですね。つまらない理由ですよ。魔導師であり兵器であるものを大量生産する。私たちが学園で徴兵を行った理由は防衛でもあります」
更紗が屋上に入ってくると、にこりと微笑んだ。
「目が笑ってないわよ?」
梨華が上半身を起こすと、更紗が「怒ってますから」と梨華の隣に座った。
「企業が恵まれた子供を大量生産し、私たち魔導師全員を排除すれば、兵器市場は完全に彼らのものになる。最終計画は恐らく学園を完全に殲滅することも含まれているかもしれないと情報部からの連絡があったので、降矢さんは学園に新設部隊の設置を決定したのかもしれません」
「だが、それを行き成り公にしたら混乱する。徐々に公開していく必要がある」
英次が頭を掻くと、梨華が「なるほどね」と呟く。
「学園、本土決戦」
梨華が最悪の事態を想定すると、眩暈がした。恐らく最も、あってはいけないことなのかもしれない。
◆◆ ◆◆
一年の授業が…わからない…だと?
友樹は二年の授業を遠隔授業で受けつつ、絵里たちの授業を見て愕然とした。
数学の問題がわからないのだ。
クラスの連中の状況適応能力は大したもので、友樹がいてもすぐに普通の生活に戻った。更紗の話では友樹はすぐに自分の教室に戻ることが出来るように手配するようだが…。
「俺、このまま一年の勉強でもいいかも…」
友樹がため息を着くと、絵里がこちらを見て手を振ってくる。
「授業参観じゃねーっつーの」
思わず愚痴が出る。
気付いたのはまず、教師だった。
二十代後半の教師は友樹を見ると、絵里が友樹の後ろに立つ。
突然の事態にしてもこれは突発的過ぎた。
「全員、伏せろ」
友樹の落ち着いた命令に全員が伏せると空の色が一瞬、七色に輝いたかと思われた瞬間、轟音と振動が学園を揺らした。
『オープンチャンネルを維持してください』
更紗の精神接続情報網からの直接通信に友樹が絵里を見ると、絵里が頷いた。
絵里はPDAを右手にさっとチェックすると、接続切断されていた。電子機器系が全く使えないわけではないようだが…。
「友樹くん、絵里さん、彩香さんは二年の教室へ。私たちだけではきっと守りきれない」
教師が指示を出すと、友樹は頷いて外を見る。
長距離魔導弾道攻撃。
これで四回目ではあるものの、学園にある那由他の防衛機構は遥か上空で長距離魔導弾道攻撃を無力化した。昔の学園の防衛機構では多少の被害は出ただろうが、今回は完璧に防御した。
『最悪な結果です。アメリカ魔導軍、及び中国魔導軍が正式に日本の『学園』に宣戦布告をしました』
更紗が冷静に言うと、二回目、三回目の長距離魔導弾道攻撃が学園の上空で相殺された。
『そして…』
更紗がPDAに那由他の技術が導入された新通信システムにて情報を送信する。
『学園生全員に通達します。これより『学園』は一種戦闘態勢に入ります』
更紗の声が教室のスピーカーから流れて全員がざわつく。更紗の指示だろうか、教師たちが黒板を上にスライドさせて、教室のカーテンを全て閉じ、部屋を暗くしてプロジェクターのスイッチを入れると、そこに何かの映像が映し出された。
『これは宣戦布告と同時に行われた、学園に対する長距離魔導弾道攻撃です』
中国本土から学園上空にある移動要塞に向けて光の線が飛び、空中で炸裂した。移動要塞に直撃したそれが煙と光を発したが、直前で吸収されるように霧散していた。
『その十秒後に』
移動要塞の上部にある砲門のようなものが二基開くと、魔方陣のようなものが空中に光の文字で描き出され…、螺旋光線が発射された。
『中国大陸の中心に長距離魔導弾道攻撃しました。中国の死者は二億人を超え、アメリカ本国にもその三秒後に長距離魔導弾道攻撃が着弾。死者は不明ですが…ほぼ敵勢は壊滅しました』
教室のざわめきが最大になった。
友樹と絵里が顔を見合わせ、彩香が信じられないように目を丸くしている。
「どういうこと?」
「そういうことだろうよ」
彩香に友樹が短く答える。どういうこともない、実質、攻撃に対しての報復を行ったに過ぎない。常任理事国になっている二つの国に対しての反撃、しかも…。
『アメリカ合衆国は核の使用を決定しました』
更紗が冷静に何かの物語を読むように淡々と告げる。
『二発の核弾頭が先行発射されましたが、イギリス空軍がこの二つを衛星レーザーにより破壊』
映像が切り替わると衛星から発射されたレーザーがミサイルに直撃している。
『三、四発目のミサイルが確認されましたが、どちらも途中で自爆しています』
更紗が報告する内容に生徒や教師は固唾を呑んで見守る。
イギリス空軍との結託は恐らく、梨華が独断で行っていた事かも知れない。友樹は頭の中のまだ冷静な部分でそう感じた。それは直感でしかない。
◆◆ ◆◆
「中国は反撃を受け、アメリカ合衆国にこれ以上加担はできないと正式に発表しました」
自分の教室で更紗が情報を集めているのを聞いて、梨華は「いいわね」と腕を組んだ。
数刻遅ければ梨華は移動要塞に対して中国への「掃射命令」を下していたかもしれない。
「アメリカに加担できないなんて、よく言うわね。さすが虚偽と虚飾の国」
梨華の物言いに英次が苦笑する。
「正直な話、中国はアメリカに全部持っていかれるのがいやで一緒に作戦を行ったんだろうな」
英次の見解は、この戦争に勝利すれば那由他の魔導技術全てをアメリカにもっていかれてしまい、その商権が全てアメリカに渡ることを恐れた中国が急遽参加したというものだ。
そしてそれは間違ってはいなかった。
「本来、核攻撃の脅威ってのはその広範囲における被害と、その後における汚染の恐怖です。うちらはどちらかと言うと、汚染のほうが怖かったんだけどね…」
梨華は「心配もないわね」とイギリスに対して感謝しているのかわからないが、イギリス空軍の功績に感謝すると伝えるように更紗に伝えていた。
「アメリカと中国にまず黙ってもらえた」
梨華が左手でぱちん、と指を鳴らして不適に笑んだ。
「アメリカ合衆国の被害、出ました。上級司令部はほぼ壊滅、組織立った行動は確認できません。宇宙航空技術における全ての衛星もこちらの『移動要塞』が照準を固定しています」
「情報網は破壊しないで。アレはまだ使えるわ」
「はい。移動要塞に対して、地上、制空における指示を」
「本土上陸はまずないだろうから、制空と対潜に警戒。潜水艦が核を使用する兆候が見られたら順次撃沈」
「了解しました。作戦命令を送信しました。受信認証を確認」
梨華の指示に更紗が次々と移動要塞へ命令を行い、それが受領されたことを知らせてくる。
これじゃあ私も那由他の軍人と同じね。
更紗は苦笑すると、この最新を遥かに超越した移動戦艦を任されていることに、ぞくりとした。何十人、何百人と搭乗している那由他の兵士に自分が指示を出しているのだ。
梨華の出している指示は学園内部だけに留まらず、国連の大使館全てに送信されている。
先制攻撃はアメリカ、中国であり、こちらは防衛に対して必要な措置しかしていない、リアルタイムの全て筒抜けの情報を与えている。
日本政府から専守防衛の概念を貫いているのならば、交戦を許可するとお墨付きをもらっているのだから、専守防衛に徹する構えだったが、突然の無差別攻撃にこちらも考えを変えた。
中国に対しての攻撃は距離が近すぎた。
中国、アメリカが魔力の相殺における長距離魔導弾道攻撃を行ったため、反撃する目標を定めるまで時間がなかったのが災いして、基地と思われる数箇所の街を攻撃してしまった。民間人の被害は膨大ではあるものの、こちらも学園都市周辺まで攻撃範囲に捕らえていた両国に対して手を抜こうなどとは思えなかった。
アメリカ基地は上級司令部のみをピンポイントで長距離魔導弾道攻撃に成功したが、それでも被害は五千万人を下らないだろう。全ての魔導軍、空軍、海軍基地を一掃したのだから、それも仕方ない。
戦争は仕方ない、で片付けられるのだ。
「対潜において、危険等級が上位に認識される原潜を四つ、太平洋沖に確認しました」
「核弾頭を搭載している可能性は?」
「八十パーセントです」
更紗が視線で梨華に「攻撃しますか?」と尋ねてくる。梨華は一瞬諮詢した。
「核のない世界、は理想郷だったのかしら」
アメリカの大統領でノーベル賞を受賞した彼が死去してだいぶ経つが、彼の悲願は達成されなかった。
「核なき世界が達成されていたら、こんな不幸な出来事はありえなかった」
梨華がセリフがかった言葉を継げる。これは放送されている国連大使館全てに警告しているに他ならない。核を保有している国に、と言い換えることも出来た。
「私たちの国は再び、核の脅威に晒されている。ならばそれ以上の脅威を持って、排除しなければなりません」
梨華が更紗に『攻撃』を指示しなかった。手の平を見せて、待て、と指示している。放送されているのは音声のみで、梨華は向こうの出方を待っていた。
「アメリカ合衆国大統領が…交戦を…取りやめました。全ての武装を解除するそうです」
更紗が信じられないような声で梨華を眺めた。
梨華さんは一体、どんな魔法を使ったのだろう。
アメリカ軍は絶対に自分から戦争をやめる事はないと思っていたし、誰もがそう思っていた。少なくとも、宣戦布告から一時間以内で終結を迎えるとは思っていない。
「アメリカの皆さん、あなた方の善意に感謝します。その他国家の指導者の皆さん。世界の海が望まない形になる前に、あなた達の下した判断は英断であったと私には思えます。ただ、私たちは私たちの友を守るために、手段を選ぶつもりはない。そのことを心に留めて置いていただけたら、互いのためになると思います」
梨華がさっと左手を左右に振ると、更紗が全ての回線を落とした。
「なぜ?」
更紗が首をかしげる。
「その何故、は何を聞いているのかしら」
梨華は苦笑すると、更紗は難しそうな顔をして首をかしげた。
「アメリカ軍が使用するつもりだった核を発射しなかったことは?」
「私たちが原潜に対して攻撃手段を持っている上に、太平洋、ハワイ沖に展開していた原潜は見つかっていないと思っていたから、私たちが発見したことを相手にもわざとわかるように放送していたでしょ?」
確かに更紗は太平洋沖に四隻の原潜を確認したことを告げている。
「あそこは本国に近いから。原子力潜水艦をもろとも撃沈したら、美しいさんご礁が灰色に変わるところだったわ」
「自然愛護ですか?」
有り得ない、と更紗が驚きを隠せずに口元に手をやった。
「国連の安保理は何をするところ?」
「世界の平和と共存、そして発展を望む機関です」
「これ以上、私たちもあの国も、安保理を度外視して行動すれば批判は必至よ。特に先制攻撃を行った上に、核まで先制使用した国家なんて、悪以外の何物でもない。既に国連軍は終結行動を開始して、アメリカ合衆国に奇襲攻撃をしかける段取りが始まっていたんじゃないかしら?」
梨華の予想に更紗は情報を集める。
「カナダ国境に陸軍が集結しています。フランス、ドイツ、ロシア…インド…ユーロ軍まで…」
各国の魔導軍が緊急招集され、長距離魔導弾道攻撃の準備を始めている。
「なぜ、とは聞かないのかしら」
梨華が悪戯っぽく尋ねると、更紗は苛々したように梨華を睨んだ。
「那由他側に着くことで、利権を優先的に保有しようとした各国家を動員したってことですよね」
「正解。幸い、第一次魔導大戦には発展しなかったわ。第三次世界大戦もね」
梨華がくすくすと笑う。まるで悪魔が少女の顔をしているようだ。
「イギリス軍とは何処でつながりを?」
「学園の中にいたのよ。外部諜報員の子が。ジェームズボンドって知ってる?」
「古い映画です。百年ほど前の」
梨華が満足げに頷く。
「その女の子版がいたのね。同じくして女王が君臨する親愛なる那由他の姫君へって招待状を頂いたの。スピード外交よ。軍事的な。核に対して私たちは少し勉強不足だから、大陸弾道弾ミサイルを迎撃していただく手はずを女王と首相に頼んでおいたの」
根回しは最初から出来ていたということだ。
情報網を使った行進はどんなに極秘にしていてもCIAや更紗に察知されるが、口頭で行われる条約は行った本人と連絡員以外はわからない。インターネットや精神情報網、記憶媒体を一切使わない、人間による人間が行う交渉。しかも信頼できる人間を間に立てた、口頭契約。
「聞きたい事は山ほどあるけど、計画通りに事が運んでいると私が考えても問題は…」
「ないわ」
梨華が断言すると、友樹たちが「失礼します」と教室に入って来た。
「終わったんですか?」
彩香に聞かれて梨華が微笑み「ええ」と頷く。
「第一段階は終わったってところだな」
英次がしかめっ面でPDAを見ると、梨華にそれを見せた。
「国連安保理様から出頭命令だ。アメリカ、中国と日本、学園、那由他の話し合いの仲立ちをしていただけるそうだ」
「却下」
梨華が呆れたように腕を組んで即答する。
「話し合いはいらないの。和平条約の締結をしたいと」
「伝えておこう」
英次が眉を顰めながらも、その旨を文書にして送信する作業を開始する。
「なんで、和平なんですか?」
絵里も突然の平和条約の締結に向けた話し合いに異様さを感じて首をかしげる。
「停戦協定に意味はないわ」
「意味がないって。こんなにいがみ合っている状況で仲良くしましょうって言い出すのは気が狂ってるぜ」
友樹も「そんなことが実現するわけない」と否定的に梨華を捕らえた。
「少なくとも学園は国家ではない。那由他と同盟を組んでいる最もたる眷属程度にしか国連は思っていないわ。事実、その通り」
梨華が棗を見ると、棗が苦笑する。
「学園は那由他の意思を尊重して、あなたの発言が学園の発言になる、という密約を交わしているの」
棗が説明して、更紗が怪訝な顔をする。そんな話も聞いたことがない。つまり、梨華と学園が交渉したことだ。梨華の勝手な動きに誰もがついていけない。
行動力がある、どころの話ではなかった。瞬間的に未来を想定してその結果、全てが梨華のシナリオ通りに描かれている。
「日本国政府は?」
英次が尋ねると、梨華は「それはね」と人差し指を立てた。
「専守防衛以上の行動に出た場合、日本は一切の関与を行う事はできない代わりに、その見返りとして優位的交渉を可能な状態に持ち込んだ場合、那由他を同盟国として前面支持するって約束をしたわ」
「ってーことは、全部、お前が交渉権限を持ってるわけか?」
英次が「恐ろしい女だ」と苦笑する。
今回の戦争は結果的に、中国、アメリカと梨華の戦いになっていたことになる。
「明日か、十年後か、五十年後かわからなかったけど、まさか今日にこんな形で約束したことが実るとは思わなかったわ」
白々しく梨華が驚いて見せると友樹と絵里が顔を見合わせ、彩香が呆れた。どこまでもふざけている梨華が聡明であることはわかった。
「国連はその案に全面的に賛成らしい。平和条約を締結するに当たって、梨華の要求は何だ?とまで聞いてきてるが…?」
英次に尋ねられて、梨華が悩む。
その様を見て誰もが、もう答えは出ているだろうに、と思った。
事実、梨華にはもう既に要求する内容は決定していたし、ここまで理屈で攻めた彼女らしくもない。
「日本国家の常任理事国入りを認めること。同時に那由他も常任理事国入りさせること。アメリカは核使用を行った社会的制裁の一環として国連に対して支払っていない国連費を全額支払うこと。中国は全ての輸出品に対して、国連の求める検疫を実行すること」
「はぁ?」
友樹が間抜けな声を上げる。そのことに対して何のメリットがあるのかわからない。
「私はてっきり、アメリカと中国を植民地にするのかと思いましたよ」
彩香が苦笑すると、絵里も彩香の隣でしきりに頷いている。
「しないわよ。無条件降伏ということをアメリカにされた日本は、確かに支配を受けるはずだったけれど、彼らは私たちを蹂躙することはなかった。中国は未だに日本に対して反感感情を教育として行っているけれど、それは別に大した問題じゃない。むしろ私たちは再び侵略するのではないか?と思っていることを根底的に否定する必要がある」
梨華が淡々と述べるが、更紗には納得できなかった。
「それでは、今回の戦争で利益がないのでは?」
「戦争における利益って正しいことではない」
更紗に梨華が断言すると、誰もが言葉を失った。
「戦争責任の所在は何処か?という話になったら、私たちは何処をさすのかしら?先制攻撃をして来たアメリカと中国になると思う?私はむしろ、勝ってしまった私たちにあるとすら思う」
「でも那由他は攻撃意思は無かったのよね、やはり戦争責任は先手を打った二国になると思うけれど?」
棗が口を挟むと、クラスメートたちも「そうだよな」などと口々にアメリカと中国を批判する。
「みんな、聞いて。戦争はそうして互いを認めないから起こるの」
批判していた生徒たちを見て、梨華は悲しそうな顔をした。
「認めるって難しいわ。特に得たいの知れない存在はそれだけで恐怖になる。明日、隣の人があなたを殺すかもしれない、という恐怖は耐え難いものよ」
「確かに、明日私たちの頭の上にあるものが、私たちを一掃しようとも限らないのだからね」
棗が天井の上にあるはずの『移動要塞』を見上げて呟く。
「そう。私たちは言葉の上では条約を結び、共存を誓ったけれど、他の国はそうじゃない。明日、自分の住んでいる家が攻撃されるかもしれない、という恐怖は畏怖でしかないの」
残念だけれど、信用できない人のほうが多いでしょう?
梨華は視線で全員に問いかける。
「今回は一番大きいところが二箇所、同時に私たちを攻めた。被害は向こう側にしか出なかったのは幸いよ。長距離魔導弾道攻撃による先制攻撃のみだったけれど、日本上陸作戦も同時に行われていたら、全く関係ない国民が命を奪われていたかもしれない」
「そうなったら日本国家も黙ってねぇな」
英次がやれやれだ、と首を左右に振って呆れる。
「中国は再び、その本土を焼け野原にされたことで憤慨しているでしょう。その上で更に重圧をかける必要はない。アメリカは始めて、その国土を戦火に晒した」
「代償はそれで十分だ、と?」
降矢が教室に入ってくると、口火を切った。
「十分ではないかもしれない。だけれど不十分でもない。痛み分け、というにはこちらが無傷すぎてしまった」
「誰かが死ねと?」
降矢の鋭い視線に梨華はゆっくりと首を横に振る。
「絶対的に強い存在は、いつでも必要なの」
「アメリカ合衆国のように…か」
英次が苦い顔をして呟く。
「それが今回は外部の世界だった。だから私たちはこれから起こるであろう、想定外の事態を常に予測しなければならないのね」
棗が更紗を見ると、更紗が何か納得したように頷いている。
「戦争、って嫌だなぁ」
友樹が「あーあ」と伸びをする。
「私たちは軍属、では済まされないの。攻勢的な部隊である無音の投擲槍は今まで、放置を容認できない事態に対して行動を行ってきたけれど、これからは…」
更紗がどう表現して良いのか困っていると、英次が更紗の肩に手を置く。
「これからは、その基準が全てリセットされる。何を優先するか、何を考慮するべきかの基準全てが、様変わりするだろうな」
世界の構造が変わる。
誰もがその瞬間に立ち会ってしまったことを実感した。
◆◆ ◆◆
その一週間後、アメリカ、中国は梨華の提案全てを容認する上で、国連安保理は日本と那由他の常任理事国入りを決定する。
世界間平和の理想郷を実現するためには、那由他と日本の協力は不可欠であるとし、日本は念願の常任理事国入りを果たすことになった。
景気変動も同時に見受けられ、大規模に破壊された都市部では再興が始まるのと同時に、飽和していた物質が大量に戦災地へ送られることによって、滞っていた不況が好転した。
「これも計算のうちか?」
屋上で寝転がっている英次が、同じように頭を向かい合わせて横になっている梨華に尋ねた。空は青く、今日も高い。
「計算っていうか、これはなんていうか、おまけみたいな付加価値だと思ってたわ。中国は海のお向かいさんだし、アメリカは元同盟国である日本に対して援助要請をすることもわかりきっていたし。条件付平和協定にどちらの国も不利になるような内容はなかったから、考え方も変わるでしょう」
「常任理事国入りは中国にとっては面白くないだろうがね」
英次の言うそれは、日本の常任理事国入りによって、中国の発言力が相対的に低下すると懸念している一部の人々がいる、ということだ。
「それは仕方ないわ。でも今の中国はそれを心配している余裕はないと思うわ」
「軍備の再編か。こてんぱんに潰したからな」
「アメリカもね。同じように軍備を再編成しなければならない状況にあるからね」
梨華が苦笑すると、英次は「確かに」と頷く。
両者の国に言える事は、再編する上で国連が常に監視していることだ。
過剰な戦力や強大な戦力は全て国連がストップをかけてしまうだろうし、那由他、日本、イギリスに中国、アメリカ以外の常任理事国は同意を示す形になっている。そうなれば、過半数の常任理事国の同意を得られない二国は拒否権すら発動できない状態になっていた。
「国民は理解していないが、実質、二つの国家は世界的に弱まったわけだ」
英次が本当の狙いはそれか、と梨華の思考にようやく納得が出来た。
「拒否権の発動って昔から嫌いだったのよ。まぁ、改定がされてから私の思うようなところに辿り着けたわけだけど、昔のままだったら完膚なきまでに叩き潰す必要があったのも事実ね」
梨華が苦笑すると、英次は「今の時代でよかったな」と呟く。
「総合的戦力評価の基準は教えてくれないのか?」
戦争をするに当たって、仮想敵国の脅威水準を認知しておかなければただの狂犬と同じだ。梨華の算出した二つの国の脅威水準がふと気になった。
「頭数としては那由他を一として、アメリカが三、中国が五だった」
「は?」
英次は思わず上半身を起こして梨華を見下ろすと、梨華が笑っている。
澄ました顔で嘲笑的な笑みを浮かべていた今までの梨華とは違い、年相応の晴れた笑顔に英次は思わず見つめてしまう。
「那由他は基本的に私と絵里以外に戦力をこちらに回さないようにって私が制止したから、本当はこの世界に対して配備されているのは『移動要塞』と学園に駐留している五百人のみ。イギリスを二としても三しか戦力がなかったから、私は『移動要塞』を十にも二十にも見せる必要があったのよ」
ふふ、と微笑む梨華に英次が目を細める。
「その中に俺は含まれないのか?」
「え?」
梨華が上半身を起こして首をかしげる。
「俺はお前の力になれないのかって」
「…考えて、おくわ」
梨華が視線を逸らすと、英次が梨華の両肩を掴んだ。
「梨華」
「英次?」
突然のことに梨華が動揺する。
「とんでもない光景、ですねぇ」
更紗が呟くと、その下に屈んでいる友樹が「ああ」と呟き、さらにその下から顔を覗かせている絵里が顔を真っ赤にしている。
「更紗さんは、英次さんと梨華姐ぇさんのいい感じなとこ見せられて、嫉妬しないんすか?幼馴染なんでしょ?」
「幼馴染だからと言って好意があるわけではないですよ」
「へぇ」
友樹はつまらなそうに呟く。淡々としていらっしゃる、と冷めた態度に残念な気持ちでいっぱいだった。
梨華が英次に抱き寄せられて、それに甘えている。
見た目、梨華が英次を押し倒したようにも見え、完全に英次の上に梨華が抱かれるように横になって抱擁していた。
「わー、わー」
「絵里ちゃん、騒ぐとバレます」
「だな」
友樹が絵里の口を手で塞ぐと、絵里がじたばたと呼吸が出来なくて暴れる。
「んー!ぬーあっ」
がぶり、と絵里が友樹の手を齧ると、友樹が手を離して手をぱたぱたと振る。
「恋愛コメンテーターの更紗さんの分析は?」
友樹がにやりと笑うと更紗が呆れる。
「誰が恋愛コメンテーターですか…胡散臭い。とはいえ…」
更紗の目から見て、英次も梨華もとても幸せそうには見えなかった。
必至にしがみついている、互いに。
そうでもしなければ互いに見えない何かに押し潰されてしまいそうなのかもしれない。
「あ」
絵里が思わずそれを見て呆然とした。友樹も更紗は何もいえなかった。
梨華は英次の胸で、涙を流していた。
「引きます」
「撤退」
「りょーかいであります」
更紗、友樹、絵里が小声でやり取りすると、さっと屋上から身を引く。
「あら?」
棗が三人を見て首をかしげる。
「英次くんと梨華は屋上よね」
いつも屋上にいることを知っている棗が階上に上がろうとして絵里が棗の前に立つ。
「現在、屋上は無音の投擲槍が使用しています。立ち入り禁止です」
更紗が言い放つと棗が肩眉を顰める。
「なんで?」
「め、命令です」
そんな命令を勝手に履行していいのか?と友樹が苦笑すると、棗が頑なに道を譲ろうとしない絵里を見てため息を吐いた。
「友樹くん、君が一番事情を説明できそうだから、聞くけど、何故?」
「んー、それはちょいとした突発的事態って奴でして、自分たちも緊急と言うか、とりあえず屋上に入れなかったんですよ。つーことで、英次隊長と梨華副隊長への面会は出来ないんす」
「…」
棗は額に手を当てると「いいわ」と頷いた。
「貸しが一つ、でいいのかしら?」
「ええ、もうじゃんじゃん、不良国債なみに発行します」
友樹が冗談半分で返すと棗は笑えない冗談に苦笑する。
「それじゃあ困るの。とりあえず今日は引くわ」
「すんません」
「ごめんなさい」
友樹と絵里が頭を下げると、棗は更紗を見た。
「更紗さん、あなたにも今度話があるのだけど」
「はい」
更紗が頷くと、棗は満足そうに頷くと退却して行った。
「棗さんと梨華さんってにてるよな」
「おっぱい?」
「そうそうってちゃうわ。確かにでかいけど…」
絵里に聞かれて友樹が頬を緩ませると、絵里と更紗が友樹の頬を両方から引っ張る。
「いでで、あー、伸びる!」
二人の手を払い除けて友樹が頬をさする。
「何が似てるの?」
「雰囲気というか、対応って言うか。大人だなぁと」
更紗に友樹が答えると、絵里もどことなく納得がいったのか、一回だけ頷く。
「確かに似てますよね。顔立ち以外は。性格的に似ていますけれど、梨華さんのほうが自由奔放で、棗さんは規則正しい。でも共通して合理的に物事を捕らえて、不可能を可能にする理論立てを的確に行える」
更紗の分析した二人の性格は友樹の感じているところと同じだった。
「似ているのに、全く似ていないんですよね」
絵里の言うことも最もだった。同じようで違うのだ。違うようで似ている。
「ん~」
絵里が首をくるくると捻って頭を回転させる。
「よくわからなくなってきちゃったよ」
「安心しろ、なんか俺も考えててよくわからなくなった」
「あら」
二人が混乱しているのを見て更紗が苦笑すると、更紗は屋上のほうをふと見上げた。
「涙の意味は、姫様の心の中にあるんですよ」
それは英次に向けた言葉だった。
きっと、彼なら気付く。いや、気付いたからこそ抱き留めたのだろう。




