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甘すぎないってのは評価が高い

 赤レンガで造られた凱旋門の様なアーチは学園(アカデミー)の五つのゲートのうちの一つ、第一正面正門だ。中世、明治時代の様なその作りは荘厳ではあるものの、見慣れてしまえばただの学園(アカデミー)の建造物と変わらない。


 学園(アカデミー)の正門に通行証(パス)を提出する。


 正門の守衛はその通行証を差し出した少女を見て一瞬だけ驚いたような顔をする。一回見たら忘れられないほど、鋭く傷つける程に美しい少女は、にこりと驚かれても微笑み返した。


「無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)の梨華さん、ですね。学園(アカデミー)外では第二種人権となりますので、お気を付け下さい」


 守衛に通行許可証(ゲートパス)を返されて梨華は制服(ブレザー)のまま外に出る。


 そう言えばあの人は、私が無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)に配属されてから初めての人だったかも…。


 梨華はそんなことを考えると、やはり自分が部隊(チーム)に加入したことは意外なのだろう、と心外な気持ちになる。


 第二種人権、ね。


 緊急事態や事故に合った場合、自分よりも第一種人権保有者が全てにおいて優遇される、ということだ。要は先に死ね、と言われている事に違いはない。


 仕方ないかもしれないけど、そうやってはっきり言われるから私だって考えちゃうのよ…と桜並木の下を歩く。


「あら?」


 梨華は学園(アカデミー)を出て早々に面白いものを見つけた、と英次の背中に回り込むと英次がすぐにぴたりと足を止めた。


「梨華」


「あら、何かしら」


 英次が振り向くと互いに腕を伸ばせば届く距離で英次の顔を見上げる梨華。


「まったく、いたいけなお譲さんみたいに背後にぴったりとくっ付いてなんだ?愛の告白か?」


「そうねぇ、ご主人様、私を自由にしてくださいって言えばいい?」


 梨華の言葉に近くを歩いている主婦二人組がぴたりと足を止めて、恐る恐るこちらを見て、足早に逃げて行く。


「学生なのに…」


「進んでるのね…」


 英次は無茶苦茶なことを言われて失笑してから梨華を睨む。


「外を自由に歩けるようになったけど、首輪を嵌めてるのは隊長(リーダー)の英次くんでしょ?」


「呼び捨てだっただろ、今まで」


「オフの間くらい、別にどう呼んでもいいでしょ?ご主人様?」


 英次は頭をがしがしと掻くと困ったような顔をして左右を見回す。学園(アカデミー)の生徒は全寮制と言えども部隊(チーム)に所属している人はそれなりに、外で生活をしている者も少なくない。それは追々の話になるが…さすがに梨華に「ご主人様」と呼ばれると何事だ?と怪訝な顔をされてしまう。


「お前は存在感があるんだから…」


「そんなに目立つ?」


「メディア受けはするだろ、実際」


 英次が呆れると梨華は「ああ」と納得するも、あまり自分の事には興味がないようだった。


「セーフハウスにだいぶ荷物を送ってたけど、もう終わりかい?」


 英次が昨日までに梨華が運び込んでいた荷物を思い出してうんざりとする。あの荷物はさすが梨華、と言うしかない。魔導犯罪者(コンヴィクト)でありながらも育ちがいいために荷物が多いのだ。


「引っ越しの準備も終わって、ようやくゆっくり出来ると思ったのだけどね…」


 学園(アカデミー)の退屈な寮から外に出れる、と思ったら今度は人権が不自由になった、とはなかなか笑えない。


「色々な手続きがあるから、やらないといけないじゃない」


「そう言えばまだPDA届いてないな…。あれがあれば便利なんだけどね」


 英次が自分のPDAをポケットから取り出す。


「誰かがやってくれればいいんだけど…」


「ああ、更紗に頼んでおくよ」


「ありがと」


 梨華がにこり、と微笑むと英次が「最初からやってもらうつもり満々だったな…」とため息を吐く。まぁ自分の幼馴染で一個年下の更紗はそう言うところでは面倒見が良いので文句も言わずにやってくれるではあろう。


「更紗に感謝しておけよ」


「更紗…あぁ、あの小さな初等部の」


「一応、高校一年、うちらの一個下だ。見た目は絵里と変わらんけどな」


 英次がくすくすと笑うと梨華が「そうねぇ」と呟く。制服に縫い付けられている部隊章(エンブレム)を見て、絵里、と言う少女の顔を思い出す。今年で中等部に上がったと言う。


「まだやっぱり…慣れないか?」


 英次に気にかけられていることは知っている。自分だって環境が変わって、はいそうですか、と受け入れるには少し難しかった。


 元々魔導犯罪者(コンヴィクト)だ、そしてその罪は許されるわけではないし、許してもらおう、などとは毛頭思っていない。一歩学園(アカデミー)の外に出てしまえば、まだ自分は周囲の人間に注目を浴び、そして畏怖される存在でもあった。


 学園(アカデミー)の中で生活していれば、それほどでもないものの、やはり疎まれてはいた。メディアに露出され過ぎているのも原因で、その美貌、誰もが羨望するような容姿、女性でありながら圧倒的な強さと凛とした姿勢は世界中に知れ渡ってしまっていた。


 魔導犯罪者(コンヴィクト)でありながら、一部に熱狂的なファンがいるという話もウソではなく、梨華自信もそういう連中に何度か助けられている事もある。


 問題は同じ魔導犯罪者(コンヴィクト)が、魔導師(ウィザード)として自分の地位を確立するために梨華を狙ったりして来る事で、それは魔導犯罪者(コンヴィクト)に関わらず、国際機関に認められた魔導師(ウィザード)にも見受けられる事で、梨華にとってはいい迷惑でしかなかった。


「別に…」


 梨華が歩き出して英次も隣を自然と歩く形になって、二人が同じ方向に進んで行く。セーフハウスは同じなのだから、そうなるのだが、英次にとって、むずがゆい事この上無かった。


 降矢は基本的に大学部のゼミ生と遅くまで大学に入り浸るし、更紗も同じように学園(アカデミー)に残って何かをしていることの方が多い。友樹は友樹で自分の活動もあるらしく、絵里は友達と遊んだり、自主訓練(トレーニング)に励んでいる。そうなると、英次は部隊員(チームメンバー)の誰かと一緒に帰宅する、という習慣がなかった。


 スクランブル交差点で足を止めて信号が変わるのを待っている間、街頭テレビに視線をやる。


『元超A級魔導犯罪者、国連魔道軍『無音の投擲槍』に正式に加入。魔道新法、またも犯罪者を裁けず』


 そんなコラムに英次が舌打ちして隣の梨華を横目で見ると、梨華は涼しい顔をしてそのコメンテーターを見上げている。


「気にするなよ」


「なにを?私が魔導犯罪者(コンヴィクト)っていうのは本当じゃない」


「…まぁ、いいならいいんだけどな」


 英次が梨華のその様子に納得する。十数年間、世界中に追われていた梨華が今更、この程度の事に腹を立てるはずもなかった。その気になれば、世界滅亡の日はもっと前に記録されてるはずだ。


「寄りたいところがあるんだけど、いい?」


「俺は別にお前の監視してるわけでもないんだけどな」


 英次が苦笑すると、梨華もふっと微笑む。


「そうだったわね、あと、お前ってやめていただけます?ご主人様」


「…ああ」


 ご主人様、と敢えて口に出されて英次は思い出した。学園(アカデミー)外では出来るだけ無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)の誰かと一緒に行動するように言われている梨華だったが、実質この部隊員(チームメンバー)は単独行動が多すぎて、梨華にとっても誰と共に行動するべきなのか悩んでいるのだった。


「梨華さんは」


「梨華でいいから」


「はいよ」


 梨華に口を止められて英次が「やりにくいな」と頭を掻くと、梨華は「すぐに慣れるわ」と返す。


「どこに行きたいんだ?」


「キャットテイルっていうお店ね。喫茶店」


「意外だな。武器防具屋とか言うかと思った…」


「防具屋って…」


 梨華が苦笑すると英次は隣を歩く梨華の横顔をちらちらと見る。


「なにか?」


「いや、前もこうして歩いたような気がするなぁ、と…」


「新手のナンパ?」


「まさか」


 英次が苦笑すると梨華が「あら、残念」と気にしていないように嘯く。


「私とあなたは昔から向かい合っていたわよ。何度も何度も、一緒に同じ方向を見るのは今回が初めてじゃない」


 梨華の物言いに英次は納得するしかなかった。今まで敵同士ではあったものの、一緒に行動することは数えるほどしかない。それほど互いに対立していたのだ。


 学園(アカデミー)から歩いて銃数分のところにそれはある。


 一階部分は学園生(スクールメイト)で人気の魔導装具店(アクセサリーショップ)で、魔導兵器(アーティファクト)と呼ばれる物でも、女子に人気が出る様な可愛らしさを持たせていることで有名だった。おじいさんのマスターがやっているという噂だが、そういう浮いたものに関心を示す二人ではない。


 とは言え、二階にあるアンティーク喫茶店に梨華と英次が入るとカチューシャリボンとエプロンドレスを身に付けた少女たちが所狭しと歩いているが、どの子も優雅に活動している。忙しそうではあるものの、さっさと機敏に動いているのでドタバタしているという印象の受けない静かな店だった。


「こういう場所に来るのか」


「そうね、よく」


 梨華の意外な趣味に英次が顔を顰める。一世代前に流行ったメイド喫茶という奴に似ているが、調度品の類は完全に古めかしいもので、安いものではなさそうだ。


「おかえりなさいませ、お嬢様」


「ええ」


 ころころした感じの幼い印象の少女にぺこり、と頭を下げられると、梨華が片手を上げる。


「あら、素敵な彼氏をお連れになられて…ではこちらへ」


 すっと斜め前を歩くメイドに連れられて梨華と英次が丸テーブルに着くと、梨華の後ろで椅子を引くメイドと英次の後ろにもいつの間にか違うメイドが英次の椅子を引いている。


「酷い顔してるわよ」


 二人が着席してメニューを眺めていた梨華が英次の顔を見て苦笑する。


「顔は生まれつきでね…」


 緊張して英次が視線をせわしなく左右に動かしている。こういう趣味趣向の強い店だから、そういう趣味をした男性が多いのかと思ったが、予想以上に女性が多い。


 その中で英次は女子から視線を浴びていた。綺麗な顔立ちの男子で、一瞬女性と見間違えるくらいなのだから、視線を集める理由もわからなくはない。


 とも言う梨華も精巧に作られた西洋人形のように整った顔立ちをしていて、スタイルも良いのだから美男美女として一緒に注目を浴びていた。彼女の場合は常に注目されていたので今更そこまで気にはならないだけだった。


 梨華がテーブルにある小さな鈴を摘まんで、チリンリンと鳴らすとメイドが何処からともなく梨華の横に付く。


「いつもので」


「本日はガトーショコラの質の良いものが入ったとシェフが申しておりました…いかがで?」


 梨華がいつも頼むココアと一緒にケーキを注文することを知っているメイドがケーキの種類でお勧めのものを梨華に口添えすると、梨華は満足そうに頷いた。


「いいわね、じゃあそれで。彼にも同じものを」


「畏まりました」


 メイドは軽く膝を折ってお辞儀すると、すいと奥へ消えて行く。


「甘いものは平気?」


「嫌いではないね」


 英次が答えると梨華が「良かった」と微笑む。


 近くのテーブルの三人の女子がこちらを見て「大人な会話だ」と小声で話しているのを英次は耳にして、余計に緊張した。


「失礼します、お嬢様」


 バトラースーツを来た若い男がすっと梨華の隣に立つと、白い封筒に入った手紙を梨華の右側に置いて、頭を下げてバトラーが消えて行く。


 爽やかな印象をした、西洋人のバトラーは見るからにすらりとしていて、身長も高く、青色の瞳が印象的だった。


 キャットテイルのバトラーは三人、時間帯によってそれぞれ違うらしいが、どれもこれも女性に人気のバトラーだった。仕事には一切従事せず、メイドたちの面倒と厄介事の請負、そして今の様に時折、特別なお客様に対して接客を行うのだという。


「それは?」


 英次が首をかしげると、梨華が手紙を左手で持って、ひょいと投げる。風を切る様にして飛んで来た手紙を英次が指で挟むようにしてキャッチする。


「ラブレターじゃないから安心してね」


「心配するさ。相手が気の毒だからな」


「酷い話ね」


 英次の軽口に梨華が少しだけ気分を悪くしたのか、そっぽを向く。時折見せる子供のような仕草が新鮮で、英次は一瞬だけ驚いて失笑した。


「失礼、と」


 封を切って中身を取り出そうと逆さまにした瞬間、銀色のリーフの描かれたコインがテーブルの上で跳ねて、くるくると回転した。


 ぱちり、と梨華がそれを指でテーブルに押し付ける様にして止める。


「ウミボタルソウ、雪花の回収」


「新緑の治癒術師(クレリックリーフス)から、かしら」


 梨華が面白くなさそうに言うと英次が頷いた。ウミボタルソウ、という名前でそこに繋がる、ということは梨華には何か心当たりがあるようだ。


「キャットテイルは合法、非合法を問わずして、助けて欲しい人と手が開いている魔導師(ウィザード)の交流所でもあるのね」


「ああ、噂では聞いてるよ。国連魔道軍(UNマギナリー)や国家がやっている仲介を個人がやるって話だろ?法律では規制がされていないし、別に問題があるわけでもない」


 英次が店内を見回すと、野良の魔導師(アウター)だろう。そういう連中も見受けられた。


「ウミボタルソウ、雪花の回収を新緑の治癒術師(クレリックリーフス)が依頼してるのを、店が依頼を受けて、それが出来そうな魔導師(ウィザード)にそれを流す?」


「違うわ。店は仲介をするだけ。依頼人が取引先を指定するには別料金がかかるの。で、店はその手数料とかを引いて、私たちに依頼を送るのね」


「断られたら?」


「手数料は戻って来ないけど、依頼料は戻って来るわ」


 梨華がシステムを説明すると英次はなるほど、と頷く。


「こうやって生活費を稼いでたのか」


 英次が梨華がどうして生活しているのか疑問に思っていたことの一つが解消されて納得すると、梨華は頷いた。


「お嬢様っていう職業だけだとやっていけなくてね」


「どんなだよ」


 英次が呆れると梨華が「そうよね」と呟く。梨華は今や、大財閥の令嬢でもあるために、国家が、世界が彼女に手を出しづらくなっているだけで、それがなければ今も魔導犯罪者として追われているはずだった。


「そう言えば新緑の治癒術師(クレリックリーフス)って、無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)と同じで学園(アカデミー)内で双璧を成すって言われる国連魔導軍(UNマギナリー)の部隊(チーム)よね」


「一応、国連魔導軍(UNマギナリー)に認可は受けているらしいが…国連魔導軍(UNマギナリー)ではないな。あそこは名前の通り、治癒専門の部隊(チーム)だ。国境なき医師団の護衛とか色々手がけてる。新緑の治癒術師(クレリックリーフス)は世界中にある、国境なき医師団の魔導師(ウィザード)バージョンって感じか」


「なるほどね。慈善事業団体か」


 梨華はため息を吐くと、英次は「そう言うの俺は好きじゃないけどな」と視線を逸らす。


 誰も彼も救おう、などと言うのは自分が恵まれているから出来る事だ。視界に入った一部だけを救って、自分たちは正しい事をしていると大手を振るっている連中は好きにはなれなかった。


 独りよがりの正義を振りかざす連中、程度だ。


 決して自分たちは傷つかない場所で活動しているのだから、そうやって甘い顔をしていられる。自分たちが被害に会えば、きっと考えも変えるだろう。


 英次はそんなことを思いながら、手紙を梨華に差し出す。


「その新緑の治癒術師(クレリックリーフス)が私たちに同行してほしいっていう依頼は珍しいわね」


「私…たち?」


 英次が目を細めると、梨華が小さく頷いた。


「乗りかかった船、でしょ」


「…保護監督責任上、一緒にいたほうが何かと都合が好さそうだな」


 英次が呆れたように言うと、梨華は「嘘ばかりね」と呟く。結局、英次は何かと理由を付けて一緒に来るはずだ。


 梨華はテーブルの上でコインの表面をとん、とんと指で叩く。


接触(コンタクト)して一緒に向かってほしい、か」


 梨華は出来るだけクライアントである依頼人と一緒に行動することを避けていたのだが、今回は特別だ。


 梨華が封筒に残っていたコインを全てテーブルの上に出す。三枚の銀貨のうち、一枚をテーブルの端に置き、ベルの傍に残す。


「細かい仕組みとかは良く知らないけど、この店のルール、後で教えてあげる」


「便利そうだからな、色々と」


 正規魔導師(プロウィザード)以外の人間が集まる場所、ともなれば表に出回らない情報が数多く集まるのだから利用しない手はないだろう。


「管理登録されていない魔導師(ウィザード)、か。実際どれくらいいるんだろうな」


「知らないけれど、本気で管理しようとしているのは国家くらいよ。登録されていない魔導師(ウィザード)の数なんて、魔導師(ウィザード)総数の三分の一にも満たないんじゃないかしらね」


 梨華が運ばれて来たココアに口をつけ、英次がケーキにフォークを突き刺す。表面がさくっとしていて、なかはレアチョコレートでしっとりと仕上げられたパウンドに、表面には薄いチョコレートが塗られている。


「甘すぎないってのは評価が高い」


「お口に合ってよかったわ」


 英次がケーキを口に含んで正直な感想を述べると、梨華がにこりと微笑む。


「そう言えば昨日、校内レクリエーションがあったでしょ?」


 梨華が何の気なしに言うと英次が「あ、あったな」と呟く。確か高等部ではなく中等部のレクリエーションだったか…。


 中等部各学年が二十八組もある状況で、全体交流レクリエーションを行ったのだから、その内容が高等部に響いていても不思議ではないが、今回の状況は少し様子がおかしかった。


「三年生が一年にコテンパンにやられたとか、そんな話だけど、第二回戦が近日行われるって話よね」


「あまり関係ない、とは言えないんだよなぁ」


 英次がため息を吐くと梨華も小さく頷いた。学園(アカデミー)側から一等魔導師(ファスター)は中等部の監視にあたって欲しいと言う要請が出ているのだ。梨華自身は今まで通り無視を決め込む予定だったっが、部隊(チーム)に配属されてしまった以上、英次の意思によって行動しなければならない。


「どうするの?」


 梨華が尋ねると英次が「さぁ」とどこ吹く風、と興味なさそうに呟く。


「今はこっちのほうが先、だろ?」


 英次がテーブルを指でトントンと叩く。と、梨華は「そうね」と頷く。


 梨華がちりん、と呼び鈴を鳴らして、ベルをコインの上に置くとバトラーが近づいて来る。


「どっち(フィッチ)?」


(スムース)


 バトラーに梨華が答えると、バトラーがベルをどけてコインを手にとって親指にそれを乗せて、天井に向かって弾き、左手の手のひらに乗せて右手で素早くコインを隠した。表にリーフ、裏に花柄が描かれているコインのリーフ面、すなわち表側を見せられた。


 梨華の予想が当たった、ということだ。


「どれくらい?」


「二つで」


 梨華が二枚のコインを左手で覆うと、バトラーが頷いた。


 バトラーとの勝負で梨華がコインの表裏を言い当てられなかったら二倍の仲介料を払う事になる。


「ありがとうございます。クライアントは受領されました」


「ディーラーが面会を希望されているから、ディーラーに連絡を」


「畏まりました。日時の程は?」


「明日のこの時間、だめならいつもの連絡手段で」


 梨華が左手で隠したコインの一枚をバトラーに渡す。


 結局のところ、梨華はチップを払うのだから先ほどの賭けは意味がない。賭けた分のチップが店に入るか、バトラーに入るかの違いだけだ。バトラーにチップを払うのは次から色々と斡旋してもらえるようにしているだけに過ぎない。


「たのしかったわ」


「ありがとうございます」


 梨華は賭けの趣向に例を言うと、バトラーが優雅に頭を下げて姿を消す。梨華は一枚のコインを英次に見せた。


「これ、現金になるの。小さいので一万、大きいので五万、これはその間の大きさで二万なのね。ディーラーって言うのは依頼人で、今回は新緑の治癒術師(クレリックリーフス)がディーラーで六万の報奨だったの」


「面白い仕組みだな」


 英次が興味心身に尋ねると、梨華が「そうね」と頷く。


「秘密主義が強い魔導師(ウィザード)同士の取り決めだからね。ディーラーとの面会は拒否出来ることが多いけれど、今回は会わなければ場所もわからないのだし、仕方ないわね」


 梨華は「本当は会いたくないのだけれどね」と呟く。


「お店は基本的にディーラーと私たち両方から仲介手数料を取るから、けっこう儲かる仕事なのよ。その代わり、危険も大きいけどね」


「なるほどね」


 英次が納得すると梨華は「理解が早くて助かるわ」と感心する。


 二人が外に出ると時間もだいぶ過ぎていた。あそこの中は時間がゆっくりと流れているようで、外は相変わらずせわしなく人が行きかっている。


 英次と梨華がセーフハウスに戻ると絵里と友樹がダイニングキッチンで何か騒いでいた。


「子供じゃないんだから、好き嫌いするんじゃありません!」


「嫌いなもんは嫌いなんだから仕方ないだろ!」


 中等部二年の友樹と一年の絵里だ。梨華はそれを横目に自分の部屋に逃げ込むようにして入る。


 まだなかなか慣れる様な空間ではなかった。


 六人での集団生活に困るような空間ではない。マンションのワンフロア全てを借り切って自分たちの部屋が分け与えられていて、プライベートも完備されている。下手なマンションよりもずっと便利だった。


 炊事洗濯身の回りの世話は全部絵里が行っている。中学生なのに大したものだ、と思いながらも思春期の連中を一緒くたに集める了見が最初はどうしても理解出来なかった。


 部隊は家族。


 英次がそう言っていたから従ってはいるものの、やはりやりきれない。


 梨華は運び込んでいる荷物を整理しながらため息が漏れた。


「梨華さん、ご飯ですよ」


 ノックと同時に絵里の伺うような声が聞こえて来た。自分を姉だと呼ぶ子だが、急には仲良くなれないのだろう。伺うような声に梨華は煩わしさを覚える。


「いらないわ」


 梨華がそう言うと向こうで息を呑むような声が聞こえて、しばらくしてから


「そうですか…」


 と残念そうに言葉を残して少女が遠ざかって行った。


「おい…」


 小さな声で英次の声が聞こえて、梨華が立ち上がってドアに背中を押しつける。何かを言いたさそうな英次が入って来ないようにドアを抑えつけた。


「開けていいか?」


「開けられないようにしてるわ」


「そうか」


 英次は梨華が開けてくれないドアに寄りかかると息を吸い込んだ。


「なに?」


 何か用なのか?と背中越しに梨華の声が聞こえる。


「いや、何してるのかなーと」


「…別に」


「そっか」


 英次は特に気にしていないように言うと、向こうで空気が動いた様な気がした。


「力抜けよ」


「別に、肩肘張ってるわけじゃないわ」


 梨華の言葉に英次が「なるほどね」と呟く。


「用もないのにレディの部屋に来るなんて、どういう心境なの?」


「別に、ただ気になったんだよ」


 気になったのは本当だった。この家に来てから三日間、梨華は自室に引きこもったまま出てこようとはしなかった。朝早く学園(アカデミー)に先に向かってしまうし、梨華が返って来るのは毎日夜中に近かった。


 保護観察処分中の身分で、と更紗が憤慨しているくらいで、英次たちは指して気にしていなかったが、さすがに日にちがたって来ると集団生活に問題が出てくる。


「俺の言う事聞いてくれないか?」


「…命令すれば?」


「それじゃあ、だめなんだよ」


 英次が不意に優しい言葉をかける。


「なぜ?」


 はっきりと動揺がわかる梨華の声に英次は苦笑した。


「命令されるほうが楽なんだろ」


 英次は全員が待っているリビングに向かった。これ以上、梨華にかまってやっても今は無駄だろう。


 梨華のあのとげとげしい態度に文句を言う人間はいない。更紗は元からここにいる人間なので憤慨はしている、程度だが、友樹も絵里も黙って食事をしていた。


 元々ここにいる全員が家族ではない。


 様々な理由があって、自分たちを守るために寄り添うようにして集まった人間なのだ。だからすぐに仲良くなれる、とは思っていないし、そうなろうともしてはいない。


 時間がたてばそれなりの関係にもなるだろうし、なれなければ誰かがこの場所からいなくなるだけだ。


「ウミボタルソウってどんな花だか知ってるか?」


 英次が何の気なしにその場にいる友樹、絵里に尋ねると、二人が顔を見合わせた。更紗は部活、降矢はゼミ生との飲み会だかで遅いので、今日はこの三人しかいない。


「食えないモノ以外は興味ねーっすね」


 友樹がにかっと笑うと、絵里が「もう」と呆れると、絵里が「えっとですね」と呟く。


「ウミボタルソウは雪花、桜花、清花の三種類がありまして、雪花は白に近い色、桜花は薄紅色、清花は淡い青色の花ですね。どれも希少な種類で、ルクススポットと呼ばれる場所でしか採取できない妙薬草だそうですよ」


「詳しいなぁ」


 絵里の説明に友樹が感心すると、英次も絵里に「へぇ」と呟く。


「ウミボタルソウの存在は知られていますけど、海底に咲く変わった花なんだって」


「海底なのに花が咲くんだな。植物ってのは太陽光がないとダメなんじゃないのか?」


 友樹が首を傾げると、絵里が「うん」と頷く。


「ルクススポットって言う海流の流れと一緒に流れて来る魔力波動(マギサイクル)が作用して、一定の範囲だけ太陽光が降り注ぐ現象があるんだって。世界中の海でその現象は確認されているんだけど、なんでそうなるのかはわからないんだって」


「へぇ、でもそれに合わせて花を咲かせる、なんて変わった生態だな」


「正解、良く知ってたねぇ」


 友樹が何の気なしに想像したことを口走ると、絵里が「すごい、すごい」とはしゃぐ。


「ルクススポットは一定の周期で光が差し込むんだって。一番早い周期で半年で、時間は五分間とか短いみたい。その間に花を咲かせて、受粉して種をばらまくらしいの」


「セミみたいなやつらだな。長い間待って、一週間くらいしか生きられないってやつ」


 友樹が不思議な生態だなぁと感心すると、絵里が頷く。


「ウミボタルソウって言うのは花弁に強い魔力(マギウス)を含んでいて、その花弁を絞って薬を作ると傷にすごい効果があるんだって。ただ、採取できる量が減ってるのと独占を禁止するって目的で、国が管理するって言ってけっこう強引に採取しちゃってるらしいけどね」


 絵里があまり良くない事だよね。と哀しそうな顔をすると、英次は「なるほどね」と呟く。


「でも、なんでウミボタルソウなんて気になったの?」


「そうっすよ。なんか珍しいものなんでしょ?まさか、手に入れられる機会があって、それを捌こうなんて思ってたり?」


 絵里、友樹に聞かれて英次は「ちげーよ」と苦笑する。


「たまたま今日、授業の途中で脱線してその話になったんだって。気にしないでくれ」


 英次がそう言うと、二人が「へぇ」と素直に食事を再開する。


「もう、こぼしてる」


「うるせーな」


 とどっちが年上なのかわからないような会話をして、絵里が友樹の服に付いた食べかすを布巾で取ったりしているのを見て、英次は隠れて息を吐いた。


 何の気なしに言う直感がこえーや。






 学園(アカデミー)の授業が終わって、梨華と英次がキャットテイルに入るとメイドたちがすぐに梨華と英次の顔を見て「お客様がお見えですわ」と丸テーブルに通されると、すでに二人の少女がテーブルに付いていた。


「お待たせしたかしら」


 梨華が座るなり、全く同じ顔、同じ容姿をした学園の制服を来た少女が目を丸くして梨華を見ている。


「え、なんで!うそ!」


 二人が声を揃えてハモると英次が「すげぇな」と逆に驚いている。ツインテールの背丈の低い可愛らしい少女だが、肩章に新緑の治癒術師(クレリックリーフス)のエンブレムが縫い付けられており、そこにⅠと刻印されている。正規一軍の実力者である、ということだ。


 元気の良さそうなのと、大人しそうなのが並んでいるが、どっちも顔は同じで座っている様だけではそれくらいの判断しかできなかった。


「あなたたち、どこかで?」


 梨華が尋ねると二人が顔を見合わせる。


「梨華さんが私たちの事を知って居なくても…」


「私たちは知ってますよ」


 二人が口々に言うと、梨華が「そうかもね」と呟く。


「バトラーさんに一番有名で実力のある魔導師(ウィザード)に依頼したいってお願いしたら…」


「梨華さんを選んでくれたんですね」


 梨華が二人に言われて「そう」と微笑む。


「便利で安価で適当に雇える魔導師(ウィザード)っていう条件で頼まれていたらどうしようかと思っちゃうわ」


 彼女なりの冗談なのだろうが、英次は苦笑いすることしかできなかった。


「え、でも英次さんは国連の…」


「お役人さんはだめなのですよ…」


 双子姉妹がしゅん、と小さくなると梨華が「やっぱりね」と呟く。


「気にしないでいいわ。ここでは私もこの人も、あなたも同じ魔導師(ウィザード)なの」


 梨華が言うと二人が顔を見合わせる。


「ウミボタルソウ、雪花の回収を手伝う仕事よね」


 梨華が話を本題に移すと、二人が頷いた。


「ですです、私たちと一緒に来てほしいです」


「出来る限り回収できる量は回収して、枯れないように種は残しておきたいんだ」


 二人に言われて英次が「なるほどね」と呟くと、梨華が目を細める。


「環境保全も活動の一環?」


「うちのマスターはそう言ってますです」


「お人よし部隊(チーム)もそこまでいけば大したものだわ」


 梨華が皮肉ると彼女たちは黙ってそれに耐える。


 …言われ慣れてるってことか。


 英次はぐっと耐える二人の少女を見て舌打ちする。恐らく、自分より年下であろう二人が誹謗中傷を浴びているのに耐えるその様を見てなお、偽善、独善だと罵りたくなる。


 魔導師(ウィザード)、というものを知れば知るほど、自分たちがそういう存在だからこそ、人に癒しを与えるためだけに魔術(プログラム)魔法(マジック)を使うと宣言している連中が嫌いだった。


「私たちが綺麗事を並べて、動いているというのは認めるよ」


「だけど、本当のことを並べて、現実とだけ向き合っていけるほど人は強くないんですよ」


 梨華と英次は俯いたまま、吐き出した二人の言葉を受けて顔を見合わせる。


「…そうね、ごめんなさいね」


 梨華が席を立つと、二人が首を傾げた。


「ウミボタルソウ、雪花はルクススポットと呼ばれる光が海底に差し込む現象の間中に花を開き、受粉、種を海にばらまくんだよな?」


「あら、良く知ってるわね」


 英次に双子姉妹、そして梨華も一様にして驚く。珍しい植物なのであまり知られていないのが現状で、やけに英次が詳しくて三人が驚いたのだ。


「ウミボタルソウの生態は詳しく分かって居ないのですが…海流の魔力波動(マギサイクル)によって半年に一回だけ光が差し込むルクススポットに生息するらしい~」


 元気のよさそうなほうが説明すると、英次がそれは聞いた、頷く。


「調べて来てくれたの?」


 大人しそうな方がおずおずと見上げる様に英次に尋ねる。


「たまたま、うちの部隊に詳しいのがいてね」


 絵里の顔を思い出しながら英次が言うと、梨華は興味なさそうに運ばれて来たココアに手を付ける。


「で、そのルクススポットに光が当たる時期ってすぐなの?」


 梨華が鋭い視線を双子に投げかけると、二人が委縮して小さくなってしまう。


「明後日の十三時から五分間だと思われるのです…」


 元気のいい方が自信なさそうに言うと、梨華が「ふぅん」と流し目をすると、二人がびくびくっと震える。


 悪い女だよ、あんたも。


 英次が苦笑すると、梨華はにこり、と微笑んだ。相手の反応を見て楽しんでいる気がある。


「海中散歩、と洒落込むにはまだ肌寒いわよね」


「だいぶなぁ」


 梨華に英次がうんざりするように言うと、双子姉妹も「うぅ」と泣きそうな顔をしている。時期はまだ四月も後半にさしかかったばかり、海水浴、と言うのも首都圏近隣のこの場所ではだいぶ難しいものがある。


「明後日は土曜日だから学園(アカデミー)も休みだし、私の遠征許可をいただきたいのだけれど」


 梨華が英次に尋ねると、英次は今まで散々無断で学園(アカデミー)外に出てたやつが何を今更、と苦笑する。


「梨華に外出許可を与える」


「ありがと」


 英次に梨華が微笑むと、双子姉妹はこの二人の関係に首を傾げる。


 どういう関係なのだろうか?と思えても、ここでは余計な詮索はしないほうが互いのためだ。


「明後日に学園(アカデミー)で」


学園(アカデミー)で会いましょう」


 梨華に双子姉妹が頭を下げると、梨華と英次が外に出た。


「それじゃあまたね…」





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