まだ戦争をしに来たわけではないんだよ。まだね
棗は生徒たちを彩香に任せて帰宅させるとセーフハウスに残って降矢と共に会場の後片付けをする。
「無駄に広くて片付けるの大変だなぁっと思ってましたけど、手伝ってもらって申し訳ありませんね」
降矢が爽やかに微笑みながらテーブルの上の食器を片付けると、棗は「いえ」と首を横に振った。
「いつも彩香がお邪魔しているようですし、こんな状況ですからね」
「まぁ、こんな状況でも人は食べた後は片付けなきゃいけません」
この非常事態でも冷静な降矢に棗は安心すると、部屋の片隅で情報収集と何かの作業をしている英次、更紗、友樹を見て目を細める。
「学園トップの私と、学園と無音の投擲槍に所属する降矢教授はどちらを優先するべきか悩む事はありませんか?」
片付けながら棗が尋ねると、降矢ははたと手を止めてすぐに作業を再開した。
「私は基本的にどちらに所属しているからどちらを優先すると言う考え方をしたことがない。どちらも『力無き者』を守るという共通の理念を持っているのだから」
「では悠久の那由他と国連魔導軍(UNマギナリー)が戦闘になった場合、梨華と絵里さんが那由他側に回ったとして無音の投擲槍はどう動きますか?」
「それに関して」
英次が聞いていたのか口を挟むと、降矢と棗は英次を見た。
「俺たち無音の投擲槍は基本的に部隊員の投票結果で行動しているんだが…それには梨華、絵里も含まれるわけで…」
英次が少し迷ってから
「友樹と俺は那由他側に着く」
英次の断言したことに棗が更紗に「それでいいのか?」と尋ねるように視線を送ると、更紗は呆れたように笑っている。
「六人の中の四人が那由他を支持するのならば国連魔導軍(UNマギナリー)からの離別もかまいません」
「待って、どうしてそう結論をあせるの?」
棗が食器を置くと、降矢は「どうぞあちらでお話を」と棗を送り出す。
「貴方たちが守ってきた命は…世界はどんな簡単に切り捨てられるの?」
棗が尋ねると更紗と友樹が顔を見合わせる。今まで何年も自分の命をかけて守ってきたものを簡単に見捨てられるのか?と聞かれて、正直に簡単に捨てられるものではなかった。
「どちらが正しくて、どちらが間違っているのかっていうことを俺たちはずっと考えてきたけど、どうしてもそれは見つからなかった」
英次が「ないものだからわかるはずがなかったんだ」と苦笑した。諦めたような物言いに棗は言葉を言い返せない。
「あんたは絶対に生徒を信じる生徒会だ。例え裏切り者がいたとしても、生徒会はそれを疑わないって言ったよな」
友樹が尋ね、確かにそんな会話をしたことがある、と棗は頷いた。
「嫌いじゃなかったんだ。その盲目的に誰かを信じようっていう考え。だけど、真っ直ぐで強い意識ほど、実は弱くて脆いって俺たちは知ってる」
「私たちは梨華さんを部隊員に迎えるときにだいぶ揉めたんですよ。世界の敵だった彼女を身内に入れることで、私たちはどういう扱いを受けるのか、それを考えないわけじゃなかった」
更紗が情報収集しながら一度だけ棗を見て、微笑んだ。
「絵里さんは…梨華さんを仲間にするときに言いました。きっと今、私たちは世界の最先端に立っている、だからこそ、私たちはその真っ只中で信用できる人を信用し続けるということをしなければならない、と」
「急に何を言い出したのか、わかんなかったんだけど」
更紗に友樹が続く。
「人が人を信じることをやめたとき、人は唯生きる悲しい生命に成り下がる。私はそれを由としない」
それも絵里の言った言葉だった。友樹が更に続ける。
「私の姉である人は絶対に私たちを裏切らない。私たちを傷付けない。だからこそ仲間であって、仲間であるならば守らなければならない。ただ独りという孤独から助けるには私たちしかいない、って言って、あいつは…もし姉さんがみんなを傷付けるようなことをするのならば、私が姉さんを撃ちます、とまで言い切った」
「必至な絵里ちゃんに根負けして、私たちも勧誘するに至ったわけですが」
更紗が英次を見ると、英次が頷く。
「絵里はこの様子だと全部知ってたんだろうな。こうなることも、そしてこれからのことも」
「それは…戦争が起きると?」
棗は恐る恐る、戦争という単語を使った。絶対に回避しなければならないことの一つが『世界魔導大戦』であるともされている。それが起こった場合、世界には深刻なダメージが予想されていた。
「絵里ちゃんはきっと、梨華さんが合流したときに話すつもりだったのかもしれません」
更紗が残念ながら、そうはなりませんでしたが、と項垂れる。
「なぜ絵里ちゃんはそうしなかったのかしら?」
「梨華姐ぇの記憶が失われていたってことっす」
友樹が断言して英次が同意する。
「梨華の記憶、つまり恵まれた子供計画による、那由他で生活していたときの記憶が全くなかったことによって、絵里は真実を告げられなかったってことだ」
「記憶回復を待つ間、私たちにもそれを打ち明けられないのは当然でしょう。今の今まで別世界があったなんて、この世界の住人は誰も知らなかったんですからね…」
「誰も?アメリカは知っていたようだけどね」
棗に友樹が「そうなんすよねぇ」と人事のように呟く。
「結局のところ、アメリカ合衆国は独自の魔導軍強化を目指して国連魔導軍(UNマギナリー)にも那由他のことを隠してたってのが、この戦争の原因っすね」
友樹がやれやれだ、と首を横に振る。
「今、世界は恵まれた子供計画を基にして大きく揺れて動こうとしているところに那由他が飛び込んできた。こいつは渡りに船かもしれないんだ」
英次の言うところは棗にも理会出来た。
国連から造反した恵まれた子供計画を実行したとされる部隊を那由他と同時に攻撃し、こちらは那由他と親密を深めることが出来れば丸く収まる。
「その船に乗る駄賃は?」
棗が英次に尋ねると、英次は深く息を吸い込んだ。
「アメリカ合衆国政府、グランベック複合企業、そしてさっきも出たけど…国連魔導軍(UNマギナリー)から造反した部隊の代償が必要だ」
英次の言っている事は最もでもある。
「だけど、それはまるで神に対する貢物のようにおいそれと出されるようなものではないわよね」
「逆鱗に触れたんだよ。こっちの世界は…。向こうは全くこっちに興味もなくて、放置しておいてくれたのに、こっちから手を出した。しかも『王女様』に手を出す暴挙だ」
「まだ向こうは西海岸の沿岸を軽く削ったくらいの津波しか発生させていませんが、多くの住民は住居を失いました。けれど、人命の被害は受けていない」
更紗の集めた情報では、損壊家屋や漁船…公共施設以外の情報は入ってきていない。CNNでは死者ゼロ人で軌跡だとも言っているが、それが全て計算された行動だとしたら、恐ろしいことになりかねないと予測していた。
「文明文化のみを綺麗に消し去られて、俺たちはただ地上に残されるかもしれない」
英次が懸念を口にすると、棗は驚いた。
「そんな…まるでそんな御伽噺みたいな」
「向こうは女王が惑星一個を丸々支配するような御伽噺の国なんだぜ?やってのけることもするだろうよ」
友樹が否定する棗を更に否定すると、棗は絶句した。
この国の団結力ではせいぜい島国、地域を支配する為政者しかいない。あちらは惑星そのものを支配している統治者だ。明らかにその手腕はこちらより上だろう。
「恐らく…絵里ちゃんはすごいことを向こうに要求するでしょうし、あちらもすごいことを要求してくると思いますから、覚悟しておいたほうがいいでしょう」
更紗が何かを予想しているかのように呟くと、棗は小さくうなずいた。
◆◆ ◆◆
まるで物語に出て来る騎士のようだ。
梨華はそう思うと先行する簡易甲冑を着けた兵士に案内されるまま、例の物体の中を歩いていた。
十数名に包囲され、戦闘になるかと思われた矢先に絵里が怒鳴った。始めてみる絵里の怒声を上げる姿に呆気にとられた。
「貴様ら、何を考えている。こちらに居られるのは暫定女王の姉に当たる第一女王であらせられますよ、ねぇ」
梨華が呟くと、隣を歩く絵里が顔を真っ赤にした。
「ああ言うより他ないじゃないですか。私の魔力波動は那由他に登録されていますから、攻撃はされませんが、梨華さんの『変動』した魔力波動は未登録だったので、敵と誤認されてしまうかもしれませんでしたし、実際、梨華さんは敵だと思われてたんですよ」
「色々あるのね」
「あるんですよ」
苦労が耐えません、と絵里が苦笑すると、梨華は内部構造を見ては感嘆していた。
見た目はどこかの宮殿の中のように荘厳なつくりで、今も空に浮いているなどとは全く感じさせない。中だけ見せられていたらこれが兵器だと思う人間はまずいないだろう。
真っ赤な絨毯が通路にしかれて、所々に電気ではないがランプのような燭台がセットされて通路を明るく照らしている。
「シュリ、か」
梨華は微かに思い出した一つ下の妹を思い出して首を横に振る。
「あの泣き虫が今や女王だなんて」
「思い出したんですか?」
絵里が嬉しそうに微笑むが、梨華は首を横に振る。
「シュリのことは思い出したけど、あなたの言う弟とあなたの記憶がないのよ」
「私はまだ生まれてませんでしたし、梨華さんがこっちに来た後に生まれたんで…」
絵里は「私の事は知らなくても仕方がありませんよ」と苦笑する。
「どうぞこちらへ」
兵士がドアを開けると、客間のような場所に通される。
「ここってすごいんだろうけど、セーフハウスがセーフハウスだったから普通に感じるのよね」
広い部屋に通されてくつろげるようにソファなどが置かれているが、梨華はそれが普通のようにしか見えなかった。
「ここは移動要塞にて要人が宿泊するための施設なんですよ」
絵里が中に入ってソファに座り、梨華がその前に座ると兵士たちが外に出て行く。
「くつろいでいるヒマはないんだけど…アメリカと那由他がぶつかるわよ?」
「ですね…」
絵里もそれが気になっているのか、先ほどからきょろきょろと周囲を見回している。
「私たちの身分が身分なんで、暫定女王と話を通せる環境を士官が作っているはずです」
「へぇ…で、その士官さまって?」
梨華が首を傾げると、部屋がノックされて初老の男性が部屋に入って来る。
「絵里ちゃん、それと梨華さん。暫定女王から水球の惑星に派遣した軍を任されているのが私なんだよ」
梨華がその初老の男性を見ると「ああ」と納得した。
あの魔導装具屋の主人、通称『マスター』だった。
「ずっと気になっていたのよ。私に対して妙に変な態度だったし、あえて私に聞かせるように那由他に材料を取りに行くとか聞かせて」
「申し訳ないね。だが、本当に絵里ちゃんの言う梨華さんの『記憶喪失』を確かめる理由があったんだ」
マスターはポケットから小さな銀装飾のされた魔導装具をひょい、と投げると梨華と絵里の間にあったテーブルに剣がガツンと突き刺さった。
「ご所望の剣の完成だよ」
「ありがと」
梨華は立ち上がって剣を握り、ひゅん、と軽く左手で振るう。
「いい出来ね。ありがと」
「いいえ」
マスターは嬉しそうに微笑むと、梨華が剣を拳の中に収め、手を開くと掌に剣のアクセサリーが乗っていた。
「本題、那由他は何を望むの?」
「梨華さんと絵里ちゃんの本国への帰還…そして恵まれた子供計画の全貌。首謀した海兵隊の本国である国家の全面的な謝罪」
マスターが「ほほほ」と笑いながら、ソファに座る。
梨華もソファに座り、マスターを眺める。この人は年齢こそ上だが、今の姿が本当の姿であるとは到底思えなかった。恐らく、この姿は水球の惑星にいるときに使っている姿で、梨華たちには馴染みのある姿だから、今の姿になっているのだろう。
「その件で私は無音の投擲槍と学園の安全保障をしていただきたいと思っています」
絵里が口にした言葉にマスターが「ほう」と目を細める。
「なぜかな?」
温厚な口調で尋ねられて、絵里は梨華を見て、何かを考えた後に口を開いた。
「私の見るところの国連魔導軍(UNマギナリー)は使えません。那由他の得にはならないのです。ここに来て私たちに協力してもらえるであろう処は学園であると思いました」
「棗譲ちゃんに頼むのかい」
マスターは「ほうほう」と仕切りに頷く。
「絵里ちゃんや、そこで私からの正直な意見を言わせて貰うよ」
マスターは少し間を空けてから
「暫定女王は無音の投擲槍を絵里ちゃんや梨華さんを守ってくれた部隊として敬意を払うと同時に、世界政府の唯一窓口にすると仰せられた。私もこの意見には賛同した、が」
が、の後にマスターは梨華を見る。
「どうじゃね?梨華さんは自分を追い続けた世界政府を許せるのかね?」
梨華は諮詢した後にマスターの思惑に思い立って嘲笑するように笑みを浮かべた。
「許せない」
マスターは「ほぉ」と頷く。
「と、言ったら戦争になるのでしょうね。女王は那由他の全てを統治しているのは思い出したの。でもシュリって『暫定』なのよね。私の代わりってことでしょ?」
「ほほ、聡明聡明」
マスターは満足したのか、何度も仕切りに頷いてみせる。
「思い出したようだね。那由他に君臨するのは古来より女性の王であり、長女であることを」
「ええ、残念ながらね。その上で私に意見を聞いて、許せないなんて言ったら戦争になるところだったわ。危ないことをさせるのね」
「暫定女王は戦争を望んでおられないが…幾分かこちらの世界政府は強情でね。私が何度も恵まれた子供の詳細を明かさない限り、強攻策に出ると脅したにも関わらず、知らぬ存ぜぬを貫いた。私は梨華さんを始め、絵里ちゃんの救出に那由他から送られていたんだ」
マスターがそういう経緯であったことを口にすると、梨華は納得した。
「ちなみに、神話に出てくるような魔導装具は全て私が作っていたのだから、世界に詳しい私がこちらの世界に派遣されたんだよ」
絵里を見てマスターが優しく教えると、絵里が「すごいですねー」と驚く。
「こいつを使えるように出来ない?」
梨華がポケットからPDAを取り出すと、マスターはそれを手に取る。
「絵里ちゃんのも貸してご覧」
「はい」
絵里もPDAを机の上に置くと、マスターがそれを手に取ると、両手に握られたPDAに目を閉じて何かを呟く。
「これでいい」
二つのPDAをそれぞれが受け取ると、梨華は英次に連絡を入れる。
◆◆ ◆◆
英次は着信しているPDAを見て更紗に視線を送ると、ディスプレイにPDAを無線接続する。ディスプレイに梨華の顔が映し出されて、友樹と棗が安心した。
『那由他のお姫様になっちゃったけど、どうしましょうかね』
いの一番に梨華が呟くと、英次が苦笑する。
「なっちゃったんじゃなくて、そうだったんじゃないのか?」
『ええ、そうみたい。困ったわね』
全く持って困っていないような物言いに友樹が「やれやれ」と首を横に振る。
「そこは敵の戦艦…?の中になるんすか?」
『移動要塞の中ね。いい知らせと悪い知らせがあるのだけど、聞きたい?』
「ぜひ」
棗が頷くと、梨華も頷く。
『残念なことに『世界政府』は何年もの間、那由他が求めていた恵まれた子供に対しての情報開示に応じなかったから、痺れを切らしているみたい。私を元に製造された魔導師を兵器転用していました、なんて言えたものじゃないものね』
「そこはあれです。王女様を実験していたなんて言えないですから」
降矢が世界政府の観点で、何故言えなかったのかを口にすると梨華も「私も世界政府だったら言えないわね」と同意した。
『その上で、那由他は最終通達の意味で恵まれた子供計画の全貌開示を求めているわ。交渉窓口は世界政府や国連魔導軍(UNマギナリー)ではなく、私たち無音の投擲槍以外は認めないらしいけどね』
更紗はそう言った梨華に安心した。
私たちの無音の投擲槍だと断言した梨華は思慮の浅い人物ではない。王女であろうと那由他出身であろうとも、自分はまだ無音の投擲槍の部隊員であるとはっきりと言ってくれたのだ。
「それは国連魔導軍(UNマギナリー)もついさっき、俺たちに那由他に対しての行動を認めてくれたよ。むしろ『王女様』を要している俺たちに適任だと判断したんだろうな」
英次が国連魔導軍(UNマギナリー)から受けた通達を梨華に伝えると、梨華が頷いた。
『アメリカ軍はどうなっているの?西海岸のほうは』
「まだ沈黙しています。思ったよりも国連魔導軍(UNマギナリー)が高圧的に圧力をかけたようですね。まぁ、今回の那由他の侵攻は自業自得な上にこれ以上、無茶な行動をしたらあの国は本当の意味で孤立しますから、動けないんでしょうけれどね」
降矢が政治的な意味も含めて梨華に伝えると、梨華は「確かに」と頷いた。
『グランベック複合企業が出資している部隊や研究施設は大部分がアメリカにあるから、今は攻撃を控えてもらいたいから、那由他の攻撃もしないようにお願いしておいたわ』
今は…ということは大規模な攻撃寸前であったのかもしれない。
更紗はそう読み取ると、梨華は思いのほか更紗に伝わっていることに笑んだ。
「ところで梨華、そっちの司令官殿と顔合わせしたいんだけど出来るかな?おっと失礼、梨華第一王女様、かな?」
英次が嫌味のように言うと、梨華が苦笑するとPDAのカメラを外部にも向ける。画面が分割されて、梨華、絵里、そしてマスターの顔が表示されて、セーフハウスサイドの人間がマスターの顔を見て唖然とした。
『ほほ、みなさん、こんばんは』
「えっと…マスター?」
更紗が尋ねると、マスターが頷いた。
『そうだよ。私が水球の惑星方面に派遣された那由他の強襲殲滅移動要塞の指令官だよ』
昨日、孫に久しぶりに会った、程度の軽い物言いに更紗が「はぁ」と呆ける。
『棗譲ちゃんに頼みたいことがあるんだけど、いいかな?』
マスターに言われて棗が首をかしげる。
「なんでしょう」
『こちらの絵里第四王女様の意向で学園の安全を保障するわけだが、その上でこちらも学園がこちらに攻撃をしないという確約が欲しいんだ』
「それは願ってもないことですね。今月に入ってから三回も長距離魔導弾道攻撃を受けていますから那由他がこちらを『防衛圏内』に留めていただけるなら喜んで了承します」
ですよね?と学園の最高指揮権を持つ降矢に尋ねると、降矢は「ですね」と頷く。
『いいんですかね?そうなると学園はもし世界と戦争したら、必然的に世界政府と戦っていただくことにもなりかねませんが?』
マスターが警告の意味を含めて再考の余地を与えると、降矢が左手を軽く上げた。
「そもそも学園は世界政府や国連魔導軍(UNマギナリー)以下、政府機関とは独立していますので、戦争になったところでさして問題ではないのです」
「そりゃひでぇな」
友樹が降矢の「世界がどうだろうと関係ない」という言い方に苦笑する。
『なるほど、ならば私たちは学園との共同戦線を行うと言うことで?』
「そうなりますね。ちなみに後期製造番号の恵まれた子供は梨華さんを殺すために製造されていることは周知で?」
『絵里第四王女様に強制的に埋め込まれた規律を解析して知っていますよ。故に学園が攻撃に晒される可能性があることも既知です』
マスターに言われて降矢は納得した。
「それに対して那由他はどう対応するんだ?梨華が殺されたら、絵里も死ぬことはわかってるんだろう?」
英次が尋ねるとマスターが頷く。
『梨華様と絵里様には那由他に帰還していただこうかと』
マスターが名を挙げた二人の顔色を見ながら口を開くと同時に二人が返事をした。
『いやよ』
『いやです』
二人の拒否に英次が苦笑する。
「姫様方はそういうお方なんすけどね」
友樹も呆れたように笑うと、マスターが困ったような顔をしてため息を吐いた。
「俺たちに預けてくれ。俺たち無音の投擲槍のメンツをかけて、二人を守るよ」
英次がはっきりと伝えると、梨華と絵里がどこか嬉しそうに頷く。
『英次、悪いわね』
「そういうのは直接会ったときに言ってくれ」
『そうするわ』
梨華は「そういう話だけど?」とマスターに振る。
『そういう簡単な話ではないでしょうけれど、絵里ちゃんの考え方は暫定女王も知っているので今更止めないでしょうが…もしどちらか…あるいは一方が失われた場合は、世界政府どころか惑星の安全の保証は出来ませんよ』
「学園以外を破壊すると?」
棗が尋ねるとマスターが頷いた。
『そうなりますな』
更紗と棗はそれを聞いて顔を見合わせる。つまり那由他はそれをやってのけることが出来る、ということだ。特定の地域以外を全て死滅させることが出来るということを。
『ちなみに義父さんの会社のみに那由他の魔導技術の輸出を行うってことにしたから』
「おいおい、そいつはズルいぜ?世界がまた黙っちゃいないだろ?」
英次がそれはさすがに職権乱用だろ、と口を挟む。
『那由他の魔導技術がどれほどのものかよくわからないけれど、これを行き成り放出したらまたバランスが崩れ兼ねないのよ。こっちの話は私とマスターと暫定女王様で話を進めておくけど、了承しておいてくれない?』
梨華がさらりと言うが、英次はそれをどう国連魔導軍(UNマギナリー)に伝えるかでまた頭を悩ませなければならないのかと思うと、さすがに気が滅入ってくる。
『絵里ちゃんには先に戻ってもらうけど、私は経済とかの方でも話をしたいし、技術の流出制限も必要そうだから、そこら辺も話し合っておくわね。きっと学園内部の学生、生徒のみに限定されるだろうから、大変なことになるわよ?』
「待ってください」
更紗が通信を切ろうと梨華に静止をかけると梨華が首をかしげる。
「念のため、西海岸にある移動要塞を退かしてください。あの国には核兵器がありますから、攻撃される可能性がありますし、双方ともその結果面白くないことになりかねません」
『了解したよ』
マスターが返事をすると、すぐに西海岸から移動要塞が消えた。
「仕事が早いですね」
更紗がその撤退の素早さに驚くと、マスターはにこりと笑った。
『まだ戦争をしに来たわけではないんだよ。まだね』
「…」
友樹がその物言いに悪寒を感じた。やる気になればいつでも出来るし、確実に勝てる、という根拠のある自信に裏打ちされている物言いだった。
「でも学園の保有する戦力は確かに技術的な面では世界随一だと誇っていますが…」
『こと戦力となると実戦戦力としては考慮するには早計』
マスターは歯に衣着せぬはっきりとした『戦力外通達』を言い渡し、棗は首をかしげた。実戦の出来ない雑兵など、邪魔でしかない上に守れと言われて守らなければならないのなら、それは邪魔以外に足かせになっているはずだ。それなのにここで『共同戦線』といいながらも『保護』を確約する理由がわからない。
「属国支配を狙っているんですか?那由他は」
降矢が尋ねるとマスターは意味深な笑みを浮かべる。
『属国支配?君たちは今も大国に属国支配されているのではないかね?それと同じことだよ』
英次、更紗、降矢、棗はそう思っているのか、何か思い当たる節でもあるのか黙り込み、友樹はいまいち実感がなかった。
日本が属国支配を受けている国ではない、と思えてしまう。経済的に独立しつつ、どこかに占領されているわけでもない。だいぶ前の政治で揉めた北方領土問題はその領土自体が紛失したし、南方の駐留軍は四代前のアメリカ大統領が日本からの完全撤退を持って、今は韓国に部隊を駐留させている。北朝鮮は核開発を行い危険に晒す国は魔導師の先制攻撃を行うという国連魔導軍(UNマギナリー)の発表により、核開発を終了させて今は魔力路の開発に必至になっていて騒がない。隣国近辺には特に大きな情勢はなかったし、日本は完全に軍、経済的に支配を受けていないと見るのが一般人の考えだった。
「国連の安保理常任理事が問題だ、と言われてるんですよ」
更紗が理解出来ていない友樹に助け舟を出す。
「なんで?何十年、それこそ百年近く続いてきた、世界安全保障に関する採択を行うところじゃないか。問題なのか?」
多少仕組みは変わったが、あそこは今でも機能をしっかりとこなしているはずだった。
「大国の一致による権力行使は力を多少弱めましたが、常任理事国は未だに常任理事国の過半数を超える同意を得た場合、拒否権を発動させることが出来ます。非常任理事国はそこの中に入ることが出来ない。つまり大国間は『談合』を行い、利権の獲得が出来る状態になってしまった」
「その上、過半数っていうのが問題なのよ。五つの国の中で三つが採択に対しての拒否を行う必要が出てきた。私はこの採択をしたくないから協力しろ、その見返りに何かをやる。というのが恒例化してしまったのよ。これでは本来の『国連安保理』とは少し意味合いが変わってきてしまっている」
降矢、更紗の懸念に友樹はなお理解出来なかった。それが普通なのではないか?と思えてしまう。列強国はそうして自分たちの利益を求め続けているのだから。
「那由他はなぜ列強国を拒むんだ?」
マスターは英次に尋ねられて、老獪に笑ってみせる。
『統治者であるフォルテ家は元々、列強国には所属しない国家でしてね。その呪縛から逃れるために戦ったのですよ。以後数百年と治安を維持しておられますが、その上で王政を取っている。皇族議会と民主議会、貴族議会で成り立っている』
「そっちの政治経済の話はいいや」
友樹が「日本史でも手一杯なんだよ」と切り捨てると、マスターが「それは残念」と頷いた。
「つまり、今の世界状況が良くないから、手助けしてくれるっていいたいの?」
棗はどうしてそこまでお節介なのか理解できないと思った。
『列強支配は長く続かない。なぜならば、今でもそれを由としていない存在がおられるでよう?』
未だにテロやら反政府軍が世界には散在していることを言っているのだろう。なるほど、あちらはこちらをよく調査していると言えた。
「梨華」
『なに?』
英次がイラついたように梨華を睨みつける。
「お前は世界の構造そのものを改変するつもりか?」
『あら、私が首謀者みたいじゃない』
「第一女王ってんだからそうだろうよ。その上で暫定女王も同じ様子で動いてるらしいぜ。列強支配からの開放なんて、一部の人間しか望んじゃいない。現状維持をお勧めするが。那由他がなぜそこまでこっちの世界情勢に手を出すかが全く読めない。なぜだ」
『私と絵里ちゃんにひどいことをしたから、その報復を列強に与える上での口実でしょう?腐敗した列強支配からの開放は、大義名分。宣戦布告の材料よ』
「安心した」
友樹は英次の安心した、という言葉に目を丸くする。宣戦布告を受けてなぜ「安心」できるのか理解できない。
「どういうことっすか?」
友樹が尋ねると、棗がため息を吐いた。
「結局ね、那由他もこっちも同じ世界なのよ。戦争大好きってこと」
「へぇ」
いまいち納得できないが、確かに今回の行動もいやに好戦的であったことは事実だ。
「学園方面への那由他軍駐留が許可される採択が行われるわね」
降矢と棗がPDAを取り出して、棗は英次に画面を見せる。
棗が要約した内容を学園で決議するように指示を出していたが、すでに採択の段階になっている。
「私たちは学園への駐留を認めるかどうかの採択を『賛成多数』で採択した」
降矢が梨華に告げると、梨華は「そう」と何かを諮詢するように視線を泳がせている。
「これで国連魔導軍(UNマギナリー)、反国連魔導軍(AUN)そして那由他と学園の三つ巴だ」
英次がやれやれだ、とかぶりを振る。この先何が起きてもそれは歴史の変革で終わってしまうのか、それとも大改革になるのか想像もつかない。
「立場的に面倒ですね。私たちは国連魔導軍(UNマギナリー)でありながら学園でもある。おそらく…双方の掛け持ちを強引に国連魔導軍(UNマギナリー)は了承して窓口にするでしょうね」
更紗が面倒そうに呟くと、友樹は目を細める。それだけではない。
「梨華姐ぇなんて…どこともパイプを通してるんじゃないのか?一辺に反国連魔導軍(AUN)って言っても、俺たちにとっての反国連魔導軍(AUN)は恵まれた子供計画を行っていたところだけど、それ以外にも思想の違う反国連魔導軍(AUN)はたくさんある。梨華姐ぇは元々、そういう活動も行ってたはずだし…」
『あら、確かに連絡は取れるけど、私は普通に『少し物騒な友人』だとしか思ってないわよ?』
梨華が指揮や命令を出来る立場にはない、と断言する。
「いいお友達ね。で、その『少し物騒なお友達』も恵まれた子供計画に反対だったところなんでしょ?」
棗がそこが一番気になる、と尋ねると、梨華は首をかしげる。
『私を保護して、共同戦線を張るくらいだから、少なくとも恵まれた子供計画には反対だったんじゃないかしら?そこはもう潰されちゃってないけど、兄弟部隊が多くある場所で今も連絡は取ってるわよ』
棗は「そう、ありがと」と言うと、英次と更紗を見る。
「その話はおいおいだな。とりあえず今は時間が欲しい。どこもかしこも突発的事態に対応できてないからな。こっちもな」
『そうね。今の機会に準備できることを全部準備してもらいましょうか。私は義父さんと話し合いに行かなければならないし、学園も駐留準備を始めなければならないでしょ?』
「それはあなたのお父さんに任せるわ。施設の増設とかも依頼いなければならないしね」
棗がセーフハウスを出て行くと、降矢も一緒に出て行く。学園での細かい決定や命令を下さなければならないのだろう。
「自分たちはどうします?」
更紗が英次に尋ねると、英次は少し考えてから
「絵里と合流後に国連魔導軍(UNマギナリー)の本部に向かおう。絵里は大切な仲間である上に重要な『交渉』カードになる。絵里を拘束なんてしようものなら、世界危機に発展することはもう上も十分わかってるだろうしな」
シュナスリィヤ暫定女王の三十分にも渡る演説の中には梨華、絵里に対する攻撃がされた場合は『無差別攻撃』を慣行することもしっかりと含まれていた。その上で絵里をこちらに帰らせると判断した梨華は、絵里を使って交渉して来いと暗に言っているのだろう。
『更紗はこっちに来ていただける?この移動要塞を学園に停泊させるときの管制官が必要なの』
「はい、わかりま…」
更紗が返事をする前に梨華と絵里がすとん、とセーフハウスに戻って来て、全員は驚いた。
「おいおい、何の魔法だ?」
英次が苦笑すると、梨華は左手に握っていた剣を見せるように差し出した。
「この子に色々な機能をつけてもらったの。時間がないから、更紗、行くわよ」
「はい」
更紗が立ち上がると、絵里が友樹の後ろに立ち「行ってらっしゃい」と手を振る。
二人が一瞬だけ輝いて姿を消すと、英次はため息を吐いた。あいつは何でもありだな、とつくづく実感する。
「絵里、聞きたい事はたくさんあるけど、まぁいいや」
友樹に言われて絵里が「はい」と俯く。友樹は背を向けたまま後ろにいる絵里に話しかけていた。
「俺にはまだ守る力なんてないかもしれないけど、これからも一緒にいてやるからさ。なんつーのか、もう隠し事とかなしにしないか?」
「時期が来たらね」
絵里が苦笑すると、友樹は振り返ってため息を着いた。
「なんだ、まだ隠してるのか?」
「うん、だって女の子だもの」
絵里が微笑むと、英次が「そらしかたないわな」と苦笑する。
「だんだん絵里が梨華姐ぇの影響を受けて悪い子になってる気がする」
友樹がうんざりとすると、絵里が「えー」と唇を尖らせる。
「とりあえず、国連魔導軍(UNマギナリー)の本部に行くぞ。友樹、絵里に『完全武装』を許可する」
「了解」
「はいっ!」
二人が返事をすると、英次は不安を打ち払うように勢いよく立ち上がった。




