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あの子を止められる?


 セーフハウスに戻って絵里が友樹の様子を見て大爆笑する。


「あれはないよねー、どんっで終わっちゃって、しかも友くんもぶっ飛ぶなんて、ないよー」


 げらげらと腹を抱えて笑う絵里に頭に包帯を巻いた友樹がぶすっとして不機嫌そうな顔をすると、彩香がおろおろとしていた。


「私も友樹が吹っ飛ぶなんて、予想もしてなかったって言うか、考えてなかったわ」


 梨華がしみじみと言うと、英次と降矢も思い出して笑い出すのを必至に堪えていた。


「あれは梨華さんも相手のみを吹き飛ばせば良いのに、全方向に魔力(マギウス)を放出したのが悪いんです」


 更紗が解析したデータを整理した結果を告げると、梨華が「気をつけるわ」と呟く。


 その気を付ける、が適当なことに気付かない友樹ではない。絵里の射線上(シュートライン)に自分がいるとき同じ状況になるはずだった、そう、前衛(フロント)後衛(バックス)射線上(シュートライン)に入ってはいけないのだろう。


「友樹くんも、梨華さんの前に立ったときに後方を警戒していればもっと対応できたはずですし、受身も取れたでしょう?」


 テレビに友樹が頭から壁に突っ込む映像が映し出されて、友樹が顔を真っ赤にする。


「うわはははは」


 絵里がじたばたと手足を動かしてテレビを指差しながらまた爆笑する。


「もうあれってコントだよねー、彩香ちゃん?」


「え?私に振るの?コメントに困るってば」


 彩香がおたおたと「何も言えないってば!」と手を顔の前で振るが、友樹にとってはそれだけでも十分精神的なダメージがあんぞ、それ、と言いたかった。


「私は相手も高等部の生徒だったから、あれくらいじゃ終わらないと思ったんだけどねぇ」


 梨華が本音を呟くと、更紗が「はぁ」とため息を吐いた。


「生徒ですからね。職業軍人を相手にして来た梨華さんとはキャリアに差がありすぎたんでしょうけど…あんなことしたらCリーグで梨華さんたち敬遠されて、Bリーグに上がれませんよ」


 更紗の懸念に降矢が「ですねぇ」と相槌を打つ。


「ちなみに掲示板に書き込まれたものですけど、やっぱり友樹くんのことはみんなの笑いのツボに入ったようですね」


 電子情報網に書き込まれた今日の中継の内容に、友樹を『芸術的なぶっ飛び』と笑いの的にしたりAA(アスキーアート)が作られたりしていた。


「なになに?今日の試合はバカでもわかる…。始まった、とんだ、おわた?」


 絵里がテレビに送信されたレスを読み上げる。


「学園の技術評価はD、戦術評価もD、戦闘時間はSですね」


「まぁそうでしょうね」


 梨華が技術も何もあったものじゃない、と不満を露にする。正直に言えば相手が弱すぎたのだ。


「不戦勝でこのままBリーグも突破になると思いますよ」


「王位が逃げないでしょ?」


 更紗に梨華が尋ねると、更紗は頷いた。


「その前にランカーにならないといけませんけどね。十位まで上れば王座挑戦権を獲得できますし」


 更紗が暫定四十五位になった梨華と友樹のランキング表を見せる。


「私が相手を探しておきますから、次の試合はもっと技術的に競ってください」


 更紗が深いため息を吐く。マネージャーのようなことをしてくれるのはありがたいが、相手を探す労力を考えると途方もない作業に思えてくる。


 実際、掲示板にも「不戦勝でリーグ突破説」が浮上するくらいになっている。


 今や『魔導師(ウィザード)』同士の戦いであるリーグ戦はエンターテイメントのようなもので、視聴率も取れている。低迷しているとは言え、根強い人気があるのは確かだった。Cリーグでは新人の参加に目を光らせている稀有な趣味を持った人間しか見ていないが、Aリーグからは多彩な技術(スキル)独自魔術(オリジナルプログラム)を持った『魔導師(ウィザード)』も多く在籍しているので、特に視聴率もいい。


 最大のウリは女子高生も多いというところだ、というのは暗黙の了解になっている。


「怪我がなくてよかったですね」


 降矢が最後に締めくくろうとすると、友樹は自分の頭に巻かれている包帯はなんだ?と肩を落とし、そのまま絵里の誕生会になった。


 英次、更紗組のXリーグ覇者を攻略することはないのでしょうけどね。


 梨華は近い将来、限りなくそれが有り得ない事だと直感を覚えていた。



 ◆◆   ◆◆


 ケーキにローソクを立てて祝ったり、プレゼントを渡したり…。


 途中忙しい棗がセーフハウスに到着しては絵里と彩香を驚かせていた。


 それまでは良かったが…。


「何人呼んだの?」


「呼んでねぇっすよ」


 梨華が呆れるほど増えてしまった中等部一年生のメンバーに呆れるも、溢れかえった人数を見て呆れる。恐らく人数の数は十五人を超えても、まだ人数が増え始めえいる。


 人数の多さに英次と更紗はすでに自室に緊急避難(エスケープ)しているし、今日は絵里の誕生日のため様々な料理関係は降矢が担当してキッチンから出ることが出来なかった。


「苦情来ないかしら」


「一応、防音自体はしっかりしているから大丈夫だと思いますけどね」


 梨華の不安はたいした問題ではない、と友樹が絵里を見つけると、身長の低い絵里はすぐにまた同級生の波に飲み込まれてしまう。


 部隊章(エンブレム)を左腕につけた人物ばかりで、学園の外に出られなかった人間も多いところを見ると、ここにいるのが全員が部隊員(チームメンバー)であることが読み取れるが、全員が『二十四時間』の特別所持であることが伺える。そこまでしてこの『誕生日会』に出席する理由はいまいち理解できないが、それだけ絵里のために集まったのだから、なんとも言えなかった。


「絵里の誕生をきっかけに外に出る口実にしてるってことね」


 そうかもしれないが、梨華のその穿った見方に友樹は苦笑いする。例えそうだったとしてもわざわざ来てくれているのだから喜ばしいこともないだろう。


「意外なのは降矢も料理を作れるってことなんだけど」


「あの人だって独身ですからね。ここに来る前は大学で寮に入ってたはずっすよ」


「中等部の友樹に言われるとなんか腹が立つわね」


 梨華が「あんた何様よ」と友樹を見下ろす。


「俺はそんなことよりも、後輩に「次はがんばってください」なんて言われてショックだったんすけど」


 前のリーグ戦を見ていた後輩が友樹に激励してくれたわけだが、それもそれで友樹にとっては屈辱だった。


「英次と梨華のスペシャルタッグに友樹と更紗のマッチングをぶつける、クリスマストーナメントに出場してもらうつもりだけど、その覚悟は出来てるの?」


「クリスマスって、まだ五月に入る直前なのに気が早いですね」


 友樹は怪訝な顔をすると、梨華が「そうね」と笑った。相変わらず行き当たりばったりな様で先のことまで何か考えている梨華の思考が読み取れない。


「でもなんでこんなに人が大量に押しかけてくるの?」


 梨華はあまり人が居る場所を好まない性格で、年下の女の子ばかり集まって騒がしいリビングに頭を痛めている。


「絵里が更紗を呼んだら、更紗が他の連中にも声をかけたってところじゃないですかね?」


「余計なことばかりするのね、あの子は」


 梨華は更紗を睨むと、更紗がこちらに向かって軽く手を振ってからまだ友人たちと談笑を始める。


「そういや、梨華姐ぇのマスターに頼んだ『魔導装具(アクセサリー)』ってまだ完成しないんすか?」


「マスターが微調整をしてるけど、私に合わせるのって少しばかり難しいらしいのよね」


 難しい、と言っても友樹には何が難しいのかわからないので、適当に相槌をしておく。


「…それにしてもよく騒ぐものね」


「いいじゃないっすか。この一ヶ月間で三回も『長距離弾道魔法弾攻撃(ロングアプローチ)』されて、みんな正直に言えば気が気ではない状態だったはずっす」


「銃弾なんて学園の内部じゃ四六時中発射されているけれど、受身になると途端に脆い」


「まぁそりゃ…学園の部隊(チーム)とは言え実戦経験なんてほとんどない連中ばかりです。三分の一が『実務』に当たった経験があるといえ後方支援(バックアップ)治安維持(ピースメイク)の名目ばかり。戦闘行為自体を経験しているのは実質一割にも満たないのが現状です」


「意外と調べてるのね」


 梨華に言われて友樹は頷く。


「実際、最悪のケースである『学園決戦』を想定しないことはなかったです」


「学園が戦場になる、という想定は生徒会や執行部がそれぞれの目測を立てているわ。生徒会は内部造反を想定しないケース、執行部は内部造反からの戦火が上がるケース。この両面を持ってしても、仮想敵の戦力は『過小評価』されている可能性は否めない」


「学園生徒会も、学園執行部も『実戦』を経験していないですからね」


 友樹がそれこそが問題である、と言わんばかりに頷く。


「人の誕生日に何を話しているかと思ったら、ずい分と物騒な会話をしているのね」


 棗が二人に近付いて小さくため息を吐く。


「これはこれは生徒会長殿、わざわざうちの者のためにご足労願い、恐縮ですわ」


 梨華が一ミリも恐縮などしていない態度で棗に挨拶すると、棗は失笑を洩らす。


「本当は絵里の誕生日を祝うつもりで赴いたわけではないのよ」


 正直なところを話す棗に、梨華は「そうでしょうね」と呆れてみせる。そもそも『月光夜』の部隊員(チームメンバー)の『私的生活』になるこの誕生日会に部隊長(チームリーダー)が参加する言われはない。


「英次との話は終わったの?」


「目敏いわね」


 棗が「さすが」と褒める。


「さっきまで英次の部屋で更紗と話をしていたでしょ?」


「ええ、そうね。これからの学園の警備体制と無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)がどう動くのかによって、私たちは立場を再考しなければならなくなってしまったからね」


「出て行け、とは言わないのかしら?」


 梨華が尋ねると、棗は諮詢してから首を横に振った。


「私は学園の生徒である貴方たちに出て行けなんて言えないわ。生徒会は少なくとも、追放を望んでいる機関ではない。執行部は『安全保障問題』とかであなたたちに退園を望んでいるのも事実だけどね」


 梨華の言う、出て行く、というのは国連魔導軍(UNマギナリー)に所属しつつ恵まれた子供(エレメンツ)に対して攻勢的な姿勢を見せる部隊(チーム)である無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)は『学園決戦』の起因になりかねない。自分たちを学園から『追放』させる決定があったのではないか?と棗にと問うていた。


「私たちは味方にしておくにも、敵に回しておくにも危険でしょうに。学園はどうして私たちを『追放』処理しないのかわからないの」


 梨華が悩むそぶりをすると、棗が「どうかしらね」と呟く。


「少なくとも、生徒会は私が仕切っているから無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)が敵ではないといえば、学園は敵ではないと認証する。それだけの話よ」


「あら、感謝しても仕切れないわね」


「感謝してよ」


 棗がまた苦笑いすると梨華も苦笑する。


 この二人もまた、互いに信用、信頼し合っているのかもしれない、と友樹は何と無く思った。有能な者同士の共感なのか、そんなものさえ感じる。


「学園の資本者が梨華さんのお父さんである以上、理事会も下手に動けないっていうことも助勢しているけれど、少なくとも理事会よりも生徒会の優越が認められているから、向こうが強行作戦をしいた場合は、理事会を無視して資本者である『特殊財団』に直訴しようとは思っているわ」


 そこまで考える必要がある、ということは暗に『理事会が強行をしかねない』状態になりつつあると言うことだ。


「物騒な話になっちゃったわね。誕生日なのに」


 梨華が絵里を見ると、絵里が心配そうにこちらを見ている。


「友樹くん、絵里ちゃんのとこに行ってあげて」


「あいよ」


 友樹が返事をして絵里に「心配すんなよ。ちょっとした話さ」と頭を撫でてやると、絵里が「えー」と絵里は疑うように梨華と棗を見る。


「全員、黙れ!」


 英次がリビングに駆け込んでくると、英次が「しー」と唇に手を当てて全員を黙らせる。総勢二十名弱の女子たちが「何事だろう?」と首を傾げると、英次が後ろにいる更紗に視線を送ると、テレビに映像が映し出される。


「絵里、誕生日会は終わりだ。全員はここで待機しろ。これは無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)の指示であり、以後、学園生は無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)に所属しないものは『学園総指揮官の指揮下』に入るように」


 英次が棗を見ると、棗が緊張した面持ちで小さく頷く。


 壁一面のディスプレイに映し出されているのは、漆黒の闇のように広がっている海と空の間に浮いた島の様子だった。


「これは?」


 梨華が「とんでもないのが出てきたわね」と指差すと、英次が「さぁな」と首をかしげる。


「つい先刻、駿河湾沖五百キロの地点とアメリカ西海岸、三百キロの地点にこの『浮遊島』が出現、日本魔法省は国内の魔導師(ウィザード)非常事態宣言(コードレッド)を発令しました。これは後に『首相』が国民に対しての非常事態宣言(コードレッド)に繋がると思います」


米国国防総省(ペンタゴン)は?」


 友樹が一番気になるところを口にする。あそこはいつも何をするかわからない場所だ。


「近隣地区に避難命令、空軍に出撃命令を下してはいるけど、攻撃命令は出していないわ。海軍が巡洋艦、潜水艦を現場海域に向かわせていますね。陸軍は避難の誘導を行っていますが、混乱は否めません」


「日本は混乱どころか、関係ないような面をしてるがね」


 英次が皮肉を言うと、絵里が「あー」と何処となく納得した。日本人は基本的に危機管理能力がない。今回のような『何か』が突然出現しても、被害が発生するまで全く興味すら抱かないのだ。


「日本近隣の国は『日本が新しい兵器を開発した』とかほざいて、国民を煽ってるらしいが、そうならそれで楽で良いが、正体不明だ」


「米国にも同じようなものがあるんでしょう?」


 梨華が首を傾げると、更紗が頷く。


「バカなんですよ。アジアは」


 軽く問題発言を言い放つ更紗に友樹は首を左右に振る。指揮クラスの人間が簡単に口にしていい発現ではないが、これも更紗の口だ。


「日本は何かされなければ、何もしないと思います」


 更紗が今後の日本魔法省の方針を予想すると、誰もが「そうだろうな」と共感する。何かされないければ動けないのが良くも悪くも『自衛』で日本がここ百年と戦火に晒されなかった最もたる理由だ。憲法改正だのなんだので多少もめたのも事実だが、改正したところで何かが変わったわけではない。弱腰の政権はどこが与党になっても変わらなかった。


 その点、英次の所属する無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)は日本政府を困らせているといえばそうなのかもしれない。某動物愛護団体が調査団の船に攻撃を仕掛けたとき、完膚なきまで叩き潰した上に相手が抗議すると抗議団体までもろとも吹き飛ばしたのだ。


 その理由も『動物以上に人間の生命を尊守する』と宣言した上で、国際裁判に出廷した連中すら『暗殺』して回った。手を上げた連中がなぜ話し合いを持ちかけるのか理解できないとした行為で、この徹底した『攻勢』は世界中の論争を対極化させたが、結局のところ国連魔導軍(UNマギナリー)は無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)の『人命尊守』の使命を貫いたことで擁護した。


 自らの正義を正当化した『強引な手段』に『強行』を行うのは自然であるとされた無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)は今では英雄的な扱いを受けている。


 これのどれも英次の判断であったが、危険思想と見る人物も少なくない。野放しではなく国連魔導軍(UNマギナリー)に所属しているから容認はされていないが、黙認されている事実も含まれているが…。


「ちなみに日本魔法省は無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)に『出撃は控えるように』と警告されました」


 更紗が英次に釘を刺すと、英次が苦笑する。


「大丈夫だ、まだ出撃はしない」


 英次に更紗が安心するが『まだ』という言葉に梨華が不安を募らせる。


「で、国連魔導軍(UNマギナリー)は?」


「これも同じく待機(スティ)ですが…」


 更紗がこの対応の遅さに少し不安を抱いているのか、梨華と棗に意見を伺うように顔を見た。


「私も待機(スティ)に賛成するわ。あと学園の学生や生徒たちには『不用意に近付かないように』って警告しておくわね」


 棗がPDAを取り出して、学園の主要施設と内務機関に連絡を入れる。


「…動けないんじゃね?」


 友樹が首を傾げると、英次と更紗が頷く。


「じゃあ、誕生日会の続きでもやる?」


 友樹が全員に尋ねると、全員が「そんな余裕あるのか?」と怪訝な顔をして見せる。


「だよねー、こんなんじゃ、浮かれてる場合じゃねぇか」


 友樹がテレビに映し出された島を見てため息を吐いた。


「あれってどれくらいでかいんすか?」


「八丈島と同じくらいですよ。アメリカ西海岸に出現したのも同じほどの面積を持っていますが」


 更紗が説明していると全員が呆然と更紗の後ろにあるテレビを見て、ぽかんと口を開けた。


「…?」


 更紗が振り向いてテレビを見ると、そこには先ほどまで島だったものの形が完全に変わってしまっていた。


「な…んだこれは」


 英次が驚愕すると、他の誰もが同じ気持ちだった。


 島の輪郭がぼろぼろと崩れて内部から違う『何か』が出現してくる。


「西海岸のほうは?」


「出します」


 衛星(サテライト)経由の画像が画面を四分割して表示され、左上に日本、右下にアメリカ西海岸から見える物体が表示され、右上と左下にそれぞれ上下のスリーディフォログラフィ処理された線画が表示されていた。


「なんでしたっけ、すっっごく甘い食べ物にあんなのありましたよね」


 絵里が首を傾げると、誰もが「ああ、あったな」と心のどこかで人事のようにそれを眺めていた。


「甘食っていう菓子パンですよね」


 降矢がキッチンのほうからその名前を言った。エプロンの下にワイシャツを着ている主夫のような格好だった。確かに見た目は、甘食の断面のほうをくっつけて、下側を引っ張って延ばしたような形をしている。


「形はそうだが、あれは食えそうにないな」


 石のような材質で出来た浮遊物体はゆっくりと回転している。まるで自転しているかのようだ。


魔力妨害(マギジャム)を実施してもらいましょう。あれは魔導兵器(マギウェポンズ)だ」


 降矢が更紗を見ると、更紗がすぐに『日本魔法省』へ魔力妨害(マギジャム)の要請を飛ばす。


「始める作業を開始していたそうです」


 学園に対しても早急に対応していた『日本魔法省』は今回の物体に対しても魔力妨害(マギジャム)を島の崩壊と同時に了承して開始していたらしい。


「無能なのは国連魔導軍(UNマギナリー)だけになってしまった感じがしますね」


 降矢が皮肉を言うが、英次は笑っていられなかった。あれが一体なんで、何を目的としているのかが全くわからない。


「米国海兵隊のステルス戦闘機が撃墜(シャットダウン)されました」


 絵里が報告すると更紗が舌打ちする。更紗の情報網では一般的な観測情報としての受信をしているが、アメリカの軍事機密にアクセスする権限は持ち合わせていない。絵里の女神の(ガディスアイ)で感知されたそれを更紗が受信すると、テレビにその様子が映し出されていた。


 漆黒の海に上がる炎が撃墜された戦闘機の残骸だろう。


「不用意に近付くからだ。バカ野郎」


 無駄な犠牲を出しやがった、と友樹が苛立った様子で吐き棄てると、絵里が友樹の肩を叩く。


「友くん、落ち着いて」


「わーってるよ。俺たちは幸い、日本側のほうが近いからこっちの担当だな。向こうまで手をつけていられる余裕はなさそうだ」


 友樹は英次の横顔を見ると、英次が「どうすっかね」と頭を掻いた。さすがに『未知との遭遇』は予想の範疇外なのだろう。


「あの上部の紋章、ですかね。あれ見えます?」


 絵里に言われて全員が頷いた。上部にぼうっと輝いている盾のような紋章の中に二つの剣が交差するように描かれている紋章が確かにある。


「あれ、どこかで見たことがあるのよ」


 梨華が呟くと、絵里は「やっぱりそうですよね」とつぶやく。


「うちの王家の紋章じゃない?」


「待て」


 英次が額に手を当てて「少し待て」ともう一度言うと、梨華が首をかしげる。


「梨華、王家の紋章って何を言ってる?」


「なにかしら」


 梨華がボケたように英次に応える。更紗がため息を吐いた。自分が言いだしたことも理解できないらしい。


「それにうちって…絵里、何か知ってる?」


「言ってるじゃないですか。梨華さんはお姉様だって」


 絵里が呆れるように言うと、友樹が右手を空で回しながら「あー」と呟く。


 話が全部噛み合わない。絵里が全てを知っている。他は全員、事態を呑みこめていない。英次はすぐにそれだけを理解した。


 そして絵里が続ける。


「あれがもし、私たちのフォルテ家の紋章だったら、私たちは『自国』に戻れますよ」


「…」


 梨華と英次が顔を見合わせる。


「絵里、あなた全部覚えていることを話してくれない?」


 記憶を失っている梨華が自分の知らないことを絵里に尋ねると、絵里が困ったような顔をした。


「私たちの自国とは悠久の那由他(エターナルガーデン)と呼ばれる箱庭(スモールガーデン)です」


「待て待て、何だ…その自国はいいとしても那由他(エターナル)とか箱庭(スモールガーデン)って言うのは何なんだ」


 友樹が慌てると、英次と降矢が腕を組んで絵里を見つめる。


「もう、あれなんで…言いますけど」


 絵里は何から話すべきか、と同級生たちの視線を浴びつつも真実を語る決意をしたのか、小さく頷いた。


「国連魔導軍(UNマギナリー)主導に行われた恵まれた子供(エレメンツ)計画は、私たちの故郷である悠久の那由他(エターナルガーデン)の『第一女王』である梨華さんをアメリカ魔導軍(USマギナリー)が誘拐したことが原因で始まりました」


「絵里さん、ここでは部外者が多すぎますよ」


 降矢が棗や他の生徒たちを見て『場所を考えろ』と警告するが、絵里は首を横に振った。


「これは、既に部外者だろうとそうでなかろうと、そういうレベルの話ではありません」


「もし、その話が本当だとしたら国連魔導軍(UNマギナリー)はその…悠久の那由他(エターナルガーデン)に対して『宣戦布告』を行ったようなものなんじゃないのか?」


 英次が懸念を口にすると更紗が青ざめる。そうなったらあの物体はこちらを攻撃する意図があるのかもしれない。


「今は安全ですよ。私が定期的に『マスターの店』に行って報告してましたから」


 絵里が言うと、友樹が目を細める。


魔導装具(アクセサリー)屋のマスターか?」


 誰もがあの初老の男性の顔を思い出して、絵里が「はい」と頷く。


「梨華さんは『第一王女』で私は『第四王女』として『外国』になる水球の惑星(ウォータープラネット)へと単身乗り込みました。目的は『姉の奪還』でしたが、捕まっちゃいまして」


「六歳くらいのとき?」


 友樹に聞かれて、絵里は頷く。


「基本的に私たちの国では魔導師(ウィザード)であれば成人なんですよ。だから私も任務を帯びてこちらに来ました」


「無茶なことをする」


 梨華はうんざりとして目を閉じる。もう少しまともに考えればそんな無謀な事はさせるわけもないだろう。


「梨華さんの身の安全を確保するために単身乗り込みましたが、梨華さんは世界中を飛び回っていましたし、成長していたので私は梨華さんを見ても『本人』であるかわからなかったため、保護していただいた英次さんたちと一緒に行動しつつ、梨華さんと接触を持つ機会を待ちました」


「ずい分と時間をかけたのね」


「はい」


 梨華は呆れて、絵里は申し訳なさそうな顔をしている。


「前回、マスターの店にみんなで行ったとき、マスターは梨華さんの魔力波動(マギサイクル)を唯一知っていたので、確認してもらいました。結果、本人であるとわかりました」


「こっちのDNA鑑定で私たちが姉妹であることは確認されていたはずなのに、それは信用しなかったってこと?」


 慎重な判断になるのだろうが、いまいち遠回りし過ぎている様な気がして尋ねると、絵里は小さく頷いた。


「私たちは魔導師(ウィザード)なので、魔力波動(マギサイクル)で全てを測定しますから」


「なるほど」


 降矢がそれならば理解できると頷いた。


「文化が違うのですね?」


「はい、違います。同じように人でありながら箱庭(スモールガーデン)が同じ時間軸の上で相違空間に存在しているのです」


 降矢に絵里が答えると、降矢は興味深そうに絵里と梨華を見る。


「ちなみに、そこへはどうやって行くんですか?」


「機密に属します。残念ながら『共存意識の低い人種』との接触は極力避けるのが私たちのやり方ですから」


 酷い言われように降矢は仕方ないのかもしれない、とも思った。確かにこっちの世界の人種は『戦争』を今でも行っているし、平気で殺しあう。


 更紗が前線管制(ウォッチ)魔術(プログラム)を操作すると、テレビの画面が切り替わった。


「放送がありました」


 豪勢な椅子に座った少女がテレビに映し出されると、彼女は黒いドレスを着てこちらをまっすぐに見ていた。


「ビデオレターみたいなものですね」


 更紗がそういうと、画面の中の少女が口を開いた。


「私はシュナスリイヤ・フォルテ・アインリヒと申します。悠久の那由他(エターナルガーデン)の統括暫定女王として統治を任されていますが、今回の突然の訪問に対して皆様をさぞ、驚かせたことでしょう」


 友樹は梨華とビデオの中の少女、シュナスリイヤを交互に見ると、確かによく似ていた。


「私たちは『交戦』を望んではいませんが、そちらが行った我が第一王女の誘拐と第四王女の拘束に対して、如何なる謝罪も認められない場合は『惑星ごとの消滅』をお約束します」


 リビングの中がざわつくと同時に、英次が渋い顔をして梨華が「それはいけないわよ」と額に手を当てた。わざわざそんなことを言えば、戦争しますよ、と言っているのと変わらない。


「残念ながら、私たちの調査の上で、我が国に不法に侵入した国家名は既に知っているため、これを教訓としていただきたいと思います」


 画面が切り替わり、恐らくあの物体から見たアメリカ西海岸であろう映像が映し出される。


「は?」


 友樹が何をする気だ?と首を傾げると、西海岸上に存在していたそれが、一本の光を放ち、西海岸上を吹き飛ばす。盛大に発生した津波が陸地を盛大に飲み込んだ。


「絵里、あの子を止められる?」


「シュリ姉様は私よりも上ですから、ダメですよ。暫定女王ですから。彼女を止めるには『第一王女』の発言でなければなりません」


 絵里もさすがにここまで強行に出てくるとは思わなかったのか、多少顔色を悪くしていたが、はっきりと梨華に「止められるのは梨華さんだけです」と告げる。


「更紗、あの戦艦みたいな奴に連絡取れる?」


「無理ですよ。私たちと全く数式(プロトコル)の違う魔術(プログラム)を使ってます。向こうは『高度』な上に『早い』んです」


 更紗が何とか通信回線を接続しようと試みているようだが、時間がかかりそうだった。


「英次、とりあえず『アメリカ海兵隊』に攻撃をやめさせておける?」


「さぁな。こんなことされたら血気の多い『アメリカのヤンキー共』は喧嘩を始めるぜ?」


 英次はそう言いつつも、PDAを取り出しながら国連魔導軍(UNマギナリー)に戦争を絶対にするな、という指示をアメリカに出してもらうように要請する。


「ここにいても埒が開かないわね」


「ですね」


 梨華と更紗がセーフハウスから飛び出して上空に上がる。


『絵里?あなたこうなるとは思わなかったわけ?』


 精神接続情報網(ネットワーク)で言葉を投げかけられて、絵里は正直に予想していたと頷いた。


『思っていなかった、と言えば嘘になりますが…こっちの世界に一度来てしまえば戻る可能性はほとんどゼロに近かったんです。当初、アメリカ海兵隊が私たちの国に来れたのだから、戻る手段はあると思っていましたが…』


『それがなかった?』


 絵里は小さく頷く。


『偶然に近い形で私たちの国が発見されたそうで、それをきっかけに梨華さんを誘拐して戻った。彼らは誘拐したのではなかったのかもしれません』


『まぁいいわ』


 梨華はその話はおいおい聞きましょう、と一路、太平洋側にある『戦艦』に向かう。


 雲の中を駆け抜けて上空に出ると月が輝いている。


 海に出てしばらく過ぎるとその眼下に広がる雲も消えて、海と空しか見えなくなった。


 さらに東進して、目的のものが視界に入る。


「でか」


 梨華が思わず呟く。それは確かに大きいものだった。


『梨華さん?』


 精神接続情報網(ネットワーク)から更紗が接続して、梨華は忘れてた、とインカムをセットすると、左目にHUDが表示される。


『高さ五千八百メートル、幅が一番広いところで三千メートルになります。熱源は見受けられませんが、魔力炉による活動が確認されましたが魔術妨害(マギジャム)は一切効果を見受けられません。逆にこちらが魔術妨害(マギジャム)を受けているためにあの物体を中心に二十キロメートルは通信も不可能になります』


 更紗の情報が正確なのは知っているが、そう思うと大きいと思っていたあれを見たこの位置でも二十キロも手前であることが判明してしまった。


「尋常じゃないわね」


『尋常な事態だと思っていたんですか?』


 更紗に言われて、それもそうか、と梨華は再認識する。


 これは尋常ではない。


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