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バカの考え休むに似たりってね


 絵里はリビングに集まった二人足りないメンバーの顔を見て、テーブルに着いた。


「学園に残っている生徒は全校生徒全員になり、部外者はいないと思われます」


 梨華が口火を切った。


「完全寮生ゆえの惨事ですね。手口は南半球の長距離弾道魔法弾攻撃(ロングアプローチ)と同じです」


 降矢が解析した情報を全員のPDAに送信する。


「学園の図書館に友樹くんと更紗さんが一緒に残っていると棗生徒会長から通達があったわ」


 忙しいのに律儀に教えてくれたことに梨華は感謝していた。


「南半球のとある地区に行われた長距離弾道魔法弾攻撃(ロングアプローチ)と同じってのは?」


 英次が降矢に尋ねると、降矢は一度小さく頷いた。


「日本大使館に対して長距離弾道魔法弾攻撃(ロングアプローチ)がされました。幸い、発射から着弾まで時間があったようなので被害は確認されていませんが…魔導先進国である日本を標的にしているどこかの機関の仕業ではないかと」


「特定は?」


 梨華が尋ねると降矢が横に首を振る。相手が未特定と来ている。


「学園は着弾する(インパクト)寸前に緊急警報(アラーム)を発令しているけれど、間に合っていない。あそこの装備は簡単に突破出来るものではないはずなのよ」


 梨華がありえないわね、と呟く。


「内部の者の犯行…?」


 絵里が小首を傾げる。もし本当に内部の犯行だとしたら、学園の体制も穴だらけになってしまう。


「と、思うけれど執行部がそれを否定したわ。情報部も同じようにその可能性は否定した」


「内部の犯行だったらもっと完璧に全員殺す方法を模索するでしょうね。特に英次くん、梨華さん、あなたたちは最初に消されるはずだ」


「いい話を聞かせてもらったよ」


 英次が苦笑すると梨華が「そうね」と同意する。確かに一番に自分や英次を消すほうが相手にとっては効率がいい。効率はいいかもしれないが、今のところ抹殺不能ターゲットであることにも変わりはない。


「更紗さんとの連絡が取れない理由は?」


「日本魔法省が学園周辺に強力な『魔力妨害(マギジャム)』を行っています。炎の温度を下げるためにですね。学園の耐火温度は防壁があっても二千度は耐えられない。今は限界点に到達していませんが、妨害のおかげです」


「国も役に立つのね」


 梨華が皮肉を言うと絵里が「そんな場合じゃないですよ」と呟く。


「ちなみに…降矢はその南半球の大使館とやらに『本当なら出張していた』はずよね?」

 梨華が横目で降矢の顔色を伺うように尋ねると、降矢が「知ってましたか」と笑ってみせる。


「絵里さんのお姉さんを回収する予定でした」


 降矢の言葉に絵里が目を丸くする。


「それって…だって…」


 絵里が明らかに動揺して声を震わせた。


「英次くんに救出された貴方が残した研究機関に残された、お姉さんが入った『筐体(コンテナ)』が海を渡り、私がその子を回収する手はずになっていたはずです」


「南半球司令部が自分の管轄を主張してなくなった、か?」


 英次の読みに降矢が頷いた。


「その通りです。でもそれが今回の学園に対する長距離弾道魔法弾攻撃(ロングアプローチ)と関連があると考えるのは早計」


 降矢が英次と梨華に釘を指す。


「そうだな。決め付けはしてないがね」


 英次が絵里を見ると、絵里が小さく震えていた。


「私がお姉ちゃんを置いて逃げたから、怒ってるのかな」


「絵里、敵よ」


 梨華が小さく呟く。



 ◆◆   ◆◆


 絵里にとって最高に最低の誕生日になりそうだな。


 友樹はそう思うと重傷者二名、軽症者十八名、死者六名。図書館にいる人数が三十九名であることを把握して更紗に報告した。


「友樹くんが指揮を執ってくれるよね?」


 更紗はあまり目立つのが嫌いなのか、人前で大きな声を出したことが無い。報告すると指揮を継続しろと言わんばかりに言われて友樹はため息を吐いた。


「お言葉ですが上官、私と貴方では技能(スキル)が違いますから、あなたが適任かと思われますが?」


「じゃあ、命令しますね。あなたが全権を掌握しなさい」


 にこり、と微笑まれて友樹は軽く頭痛を覚えた。時計にセットで付けられている温度計を見ると三十二度を超え始めた。PDAに送られてくる生徒会からの外部気温は千五百度を下回ったが、ここが蒸し釜になるのも時間の問題だ。


「ライフラインも全部カットされる。緊急用の食料と水は地下に…」


 友樹が学園の緊急時の対処法を頭に思い浮かべる。


「地下のほうがここよりは涼しいわよね」


 更紗が呟くと友樹が健常者は怪我人を地下に運び込むように指示を飛ばす。


「知ってましたよね?」


「ええ」


 更紗が頷くと、友樹はため息を吐く。


 全員が地下に潜ると、隔壁ハッチを閉じる。


 温度を下げる『魔術(プログラム)』を発動させようとした生徒たちが何人かいたが、全員が失敗して肩を落とす。妨害が思ったより大きい。


「しっかし…」


 コンクリートが打ちっ放しの壁は殺風景で、食料もコンテナにぶち込まれている。ボトルに入った水もあるにはあるが、全員では三日と持たないだろう。簡易トイレが三つ隣の部屋にある。一番困る食料とその後処理は問題なさそうだ。早期に火が消えれば、の話だが。


「友樹さん」


 先ほど外と連絡を取ってくれた上級生の男子生徒が小さな箱を持って友樹の前にそれを置いた。黒くて小さな箱。両手で包めば箱が隠れてしまうほどの大きさだが、友樹と更紗はそれを見て顔を見合わせた。


「それって『魔力増幅装置(マギアンプリフィア)』じゃない?」


 二人が声を揃えて瞳を輝かせると、男子生徒は首をかしげる。


「え?なんでそんなものがここに」


「そんなものだからここにあるんだ」


 一個数億円とも言われる増幅装置(アンプリファイア)で、降矢が試験的に作ったものの値段がそうなっている。個人の魔力(マギウス)を増幅して発動させるそれは高度な技術(スキル)を要するが、妨害などによって弱まった魔力(マギウス)を元に戻すことが出来る。


「更紗さん」


「はい」


 更紗がそれを両手で包むようにして持ち上げて胸に当てる。まるで何かに祈るようにして…。


 ふわり、と部屋に冷気が広がった。生徒たちが更紗を見ると一様に喜ぶ。


「更紗さんがいて良かった。俺じゃそいつは使えないしな」


「学園じゃ私か梨華さんしか使えないでしょうね…」


 更紗が苦笑すると集中するためにその場で立膝を突いて目を閉じる。



 ◆◆   ◆◆


 学園上空、二千五百メートル。


「なんつう…」


 上空から隕石が降り注ぐかのように未だに砲撃が続いている。その砲撃の合間を縫うように英次たちは飛行していた。


「大質量を牽引してるのかしら?」


 回避行動をしつつ、インカムから梨華の声が聞こえてくる。


「質量を牽引してるんじゃないですね。これは大気圏外に大質量を転送して、それを自由落下させているんです」


 絵里が『女神の(ガディスアイ)』で見えた映像を全員の頭に直接転送すると、梨華が「なるほど」と呟いた。


「リサイクルもここまで来るとすごいわね」


 梨華たちが見た光景は、大量の不燃物を纏めて大気圏外に空間転移させて、それを重力によって地表めがけて牽引している様子だった。


「降り注いでるのはゴミですか」


 降矢が苦笑する。何百トンというゴミの塊が地表に到達するときには数センチになっているが、熱量と衝撃は物凄い。


「爆弾を研究開発しているようなどっかの人たちがこの方法を知ったら卒倒しそうね」


 梨華は「どうしたものか」と悩む。


「雨みたいです。回避する余裕はありますけど、防ぐ方法は…」


 絵里が地上を見ると学園の建物が完全な形で残っていることに安心する。長距離弾道魔法弾攻撃(ロングアプローチ)程度でどうこうなる場所ではないと知ってはいるが、いくら建物が頑丈でも中身が心配になる。


「雨?」


「雨か」


 梨華が絵里の言葉を受けて、英次と顔を見合わせると英次がにやりと笑った。


「いけるか?」


「いつでも」


 英次と梨華が飛来物の合間を縫って近付き、手と手を繋いで一気に二人が離れると、魔力で作られたヴェールのようなものが広がった。


「手伝いますよ」


「わたしも」


 降矢と絵里が意図に気付いて四角いベールの頂点をそれぞれが持つような形になる。


 降り注ぐ隕石がベールに当たると熱量と分子に分解されて霧散する。しばらく砲撃にも似たそれが続いていたが、学園に直撃しないことが相手にもわかったのか、砲撃が止む。


「相手にもこっちが見えてるみたいね」


 梨華が「覗き見なんていやらしい」と呟くと絵里は苦笑する。


 誰が何の目的でこの攻撃をしているのかわからない。相手の思惑が何であれ、家を焼かれて喜ぶ人間はいない。


 こんなとき更紗がいれば、と梨華は不在の人物を思う。



 ◆◆   ◆◆


 だいぶ涼しくなって来たが、その代わりに体力を大幅に消耗している更紗に友樹が「もう少しがんばってくれ」と言葉をかける。そのもう少しが五分や十分でなく、ただの気休めであることは誰もが知っている。更紗もそれを知っているが、微笑を返すだけでまた集中して作業に戻る。増幅(アンプ)と言えども、強制的に吸い出される魔力(マギウス)は膨大な量になる。それを一時的に貯蓄して一気に放出するだけの簡単な構造。残念ながらそれが限界だった。


 やばいな、小さい更紗さんがまた小さくなるかもな。


 友樹はそんな失礼なことをふと思うと、振動が止んだ。


「砲撃が止まった?」


 友樹が周囲を見回すと、生徒会と連絡を取っていた生徒が頷いた。


「生徒会が砲撃が止んだことを確認しました。上空にて『無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)』が何らかの行動(アクション)を起こしたと」


「さすが英次隊長殿、頼りになるぜ」


 友樹がにやり、と笑うと更紗が小さく頷く。話をするのも億劫なほど体力を消耗しているはずだ。


「みんな、少し我慢してね」


 更紗がそう言うと握り締めた箱を床に置くと目を閉じる。


「友樹くん、ちょっと頭の中借りるよ」


「あいよ」


 友樹が中世の騎士のように片膝を地面について頭を垂れると、更紗が立ったまま細い腕を友樹の頭に翳した。急激に広がる友樹の感覚と視覚。膨大な空間把握能力を保有する友樹であったが普段は使用していないために『無駄な知覚能力』として認知していたそれを、更紗の技能(アビリティ)によって管理している。


「見えた。英次さん、梨華さん、絵里に降矢さんが魔力でネット…?布っつーかオーロラみたいのを広げてる。なるほど、そうやって降り注ぐ…ああ」


 友樹が呟くと更紗が頷いた。


「視界を最大に広げるから」


「あいお」


 友樹が返事をすると頭の中に情報が雪崩のように入り込んできて、自分自身がその渦に飲み込まれそうになる。


「ぬおおおおお」


 世界の中で自己を正確に存在として認知していなければ、そこに精神が融解してしまいそうになる。水の中に落とされて末端から溶け出しそうになる意識を何とか世界に繋ぎとめ、自分を客観的に想像して構想する。


「絵里…じゃないのが来る」


 友樹が呟くと更紗が情報解析を解除する。


「これは…」


「恵まれた子供(エレメンツ)の絵里の近似ロットね」


「まさか…影洒か?」


「えいしゃ?」


 友樹の口にした名前に更紗が首をかしげる。


「放棄された欠損因子(ロストファクト)を持つ絵里のひとつ前のロットナンバーだ。絵里の主砲(ウェポンズ)になるためだけに作られた…」


「恵まれた子供(エレメンツ)最終(ラスト)ロットである絵里ちゃんは梨華さんを殺すために作られたって聞いたけど…その主砲?」


「主砲っていうより使い捨ての弾頭だな。俺が絵里を助けたときは既に『壊れていた』いたから放棄したけど…」


 友樹が言葉を詰まらせる。


「絵里ちゃんは…自分が壊れているって言ってたの覚えてる?」


「あの…救出後の病院で言ってた?」


「そう、私はもう壊れているから、初期ロット(プロトタイプ)を倒せないって」


 それが意図していることが何なのか未だにわかっていないし、絵里はその話をしようとしなかったはずだ。


「温度は?」


 外部の温度を生徒会と連絡を取っている生徒に尋ねると八百度です、と返ってきた。


前衛技能(フロントアビリティ)を持つ人は俺と更紗さんが外に出るときに流入してくる熱を緩和してくれないか?」


 全員に問いかけるが全員は俯いたまま何も言わない。


「無理だよ。この『部隊(チーム)』に所属していない人しかここにはいないし、その要求はかわいそうだね」


 更紗が困ったように微笑む。ここにいる人たちは『魔導師(ウィザード)』であってもまだ『戦争』に参加したことのない中等部の生徒がほとんどだ。友樹が送った少年は『部隊(チーム)』に所属していたが、既に友樹に協力できない。素人同然ながらも友樹に協力してくれている人にそれ以上望むのは酷な話だった。


「せめて…もう少し温度が下がれば」


 友樹が早く温度が下がることを祈ると、更紗が天井を見上げた。



 ◆◆   ◆◆


 絵里と少女が対面していた。


 沈黙。それを破るのは英次だった。


「今回の騒ぎはお前の仕業か?」


 十五、十六程度の少女は空ろな瞳を英次に向けると、また視線を絵里に戻した。


「撃って」


 そう言うと絵里に手を伸ばそうとする。


「影洒、あなたは私に何を撃てと言うの?」


 絵里が小さな声で尋ねると、影洒と呼ばれた少女は梨華を指差した。


「初期ロット(プロトタイプ)は完全破棄(シャットダウン)が決定しているはず、なぜ撃たない?」


「私は壊れてしまったの。あなたと同じ」


「違う、お前は壊れていない。人の心が狙撃の過程(プロセス)に入り込んでいるだけ。それを壊せばいい」


「あなたはそれを失ってしまったのね。私は抹殺の命令が壊れているの。今はその必要性を感じないから」


「…壊れたなら私の部品になればいい。お前の中にある破壊の実行命令(ランコマンド)を私に寄越せ」


 二人の会話を聞いて梨華と降矢が顔を見合わせる。


 精神接続(メンタルリンク)


 降矢が梨華の呼びかけに応える。


『どういうこと?』


『私にも少し難しいですね。それぞれの製造番号(ロットナンバー)には生まれた(コマンド)入力(インプット)されているのかもしれません。梨華さんは何か入力(インプット)されていましたか?』


 聞かれても自分が何をしなければならない、という衝動に駆られた事はなかった。


『私は別に。私は初期試作(プロトタイプ)だから?』


『かもしれませんね。恐らく、兵器転用するために必要な命令(コマンド)は最初に書き込まれていたのかもしれません。絵里さんはあなたを殺すために作られたはずですし』


『じゃああの子も同じなの?絵里と一緒に製造されたなら同じ目的よね?』


『わかりません。ただ影洒…にはそれを実行する権限がないようです。絵里が権限を保有していて、彼女はただそれに従うために作られていると見て間違いないでしょう』


『なぜそんな形にしたのかしら?』


 非効率にも程がある。絵里に全機能を集中(オールインワン)させれば簡単に仕事は片付いたはずだ。何か理由があるはずだ。


「学園を狙ったのはあんたかい?」


 英次が尋ねると影洒が小さく頷いた。


「英次…『無音の投擲槍(サイレンスじゃべリン)』の隊長(リーダー)。絵里の保護と対象の捕縛に感謝します。これより本件は私と絵里で『処理』を『実行』します」


「そういうわけには行かないんですよ」


 降矢が割って入ると影洒が首をかしげる。


「降矢教授、あなたは危険思想だ」


 影洒が右手を降矢に向けると空間を切り裂くような轟音と同時に不可視の光条熱線が放たれる。降矢がそれを紙一重で回避する。頭一つ分の無駄の無い動きに絵里が安堵のため息を洩らした。


「射撃を停止なさい」


 絵里が銃口をぴたりと影洒の頭に押し付ける。


『どういう状況?』


 梨華が英次に精神接続すると、英次が首をかしげる。


『見たままって感じじゃないか?』


『絵里は梨華の破壊を認めない。たぶん機械的制動(インターロック)が精神的にかけられてるんだろうな。それ以外の目標は攻撃できる。あと粗方、どこかでお前さんの情報を集めていたってことになる。学園に在籍している梨華の存在を知っていたから、炙り出すために学園を攻撃したってことだろうし、危険思想っていう降矢を攻撃する目的で日本大使館を攻撃したと見て間違いない』


『日本大使館襲撃はこの子っていう目測は正しかったってことね。でもこの子、情報の調べ方がずさんじゃない?』


『ほとんど眠ってた状況で回収されたんじゃないかって俺は予想してる。名前だけで何かのデータベースを検索すれば何処にいるかくらい、今の個人情報じゃわかっちまう。特に降矢や梨華は有名だからな』


 英次に言われて梨華はなるほど、と納得するしかなかった。確かに自分は人権がないから何処にいるかは誰でも調べられるし、降矢の場合は身分が身分だ。政治的な行動をすれば軽くニュースになる。


 絵里が銃口を影洒に向けると、無造作に撃ち放った。首から上が砕けて散る様を見せ付けられて英次たちは硬直する。止める間もない行動に微動だに出来なかった。


 彼女はそのまま宙空に投げ出されたかのように重力に掴まり、下に落ちていった。この高さからの落下で地面に激突したら肉片一つを回収するのも大変な労力になるだろう。


「絵里、説明できる?」


 梨華が冷静に絵里に尋ねると、絵里は頷いた。


「梨華さん以降の『恵まれた子供(エレメンツ)』には特定の規定が記録されています。『中期製造番号(ミドルロット)』よりも後継型は梨華さんを暗殺ないし抹殺する規律(コード)が書き込まれているんです」


「だからと言って殺害した理由がわからないんだが?」


 英次が影洒の落ちていった後を見ながら梨華に尋ねると、絵里は小さく震えた。


「梨華さんを暗殺ないし抹殺が完了した時点で、自壊規律(コード)が書き込まれているんです。私たちは…貴女を殺した後に自殺する驚異的な規律が書き込まれている」


 梨華を真っ直ぐに見ながら絵里は真実を一つ口にした。


「私が…梨華さんを守る理由は…連動した規律(コード)から逃れるためなんですよ…。中期製造番号(ミドルロットナンバー)以降の『恵まれた子供(エレメンツ)』はあなたを壊したら全てが自壊規律(コード)によって自殺しますから…」


 梨華は「そう」と呟くと英次を見た。


「とんでもねぇ話、だ。そもそも『恵まれた子供(エレメンツ)』計画が誰の発案なのかわかってない。恐らく…国連魔導軍主導(UNマギナリー)で行われているとしても俺たちはそこに介入できる権限が無い」


 三人が押し黙ると、降矢がぱん、と手を一度叩いた。


「梨華さんが死ねば、絵里さんが死んでしまう。他の大勢の助けられるかもしれない『恵まれた子供(エレメンツ)』たちも同時に…。ならば梨華さんは自分が死なないことを前提に行動していただきたい」


「助けられる…?」


 絵里が首を傾げると降矢が頷いた。


「ええ、私は幸い、梨華さんも絵里さんも死んでもらったら哀しいと思う立場の人間ですから、何とかしようと思います」


 降矢がにこり、と微笑むと絵里は「お願いします」と頭を下げた。


「俺は国連(UN)に対して無理な折衝は避けようと思う。下手に接触すれば…『恵まれた子供(エレメンツ)』の後期製造番号(アフターロット)が押し寄せてくる可能性があるだろ?」


 英次の懸念に梨華が目を細めた。


「確かにそうかもしれないわね。たまに暴走して襲い掛かってくるあの子みたいなのがいたらどうしましょうか」


「それは破壊…するしかないかもしれないな」


 英次の判断に誰もが異論を唱えることが出来なかった。最優先は梨華で次に絵里になるのは、明白だ。



 ◆◆   ◆◆


 後期製造番号(アフターロット)の『恵まれた子供(エレメンツ)』が梨華を本能的に殺すために動いている。


 それだけでも脅威なのに、梨華は自分から売名行為をこれから行う必要があるとなれば、英次でなくても不安になるのは当然だった。


「試合を中止する必要はがあると思います」


 セーフハウスにて降矢が梨華と友樹を前にして腕を組み、警告する。


「俺もそう思いますよ。でも…」


 友樹が梨華を見ると、梨華は「なんで?」と涼しい顔をしている。


「絵里が言ってたでしょ?壊すしかないって。私はその意見に賛成よ。だったら無駄に私を探させる労力をさせないでも呼び寄せてあげて、壊してあげれば良いじゃない」


「あなたは人をなんだと思っているんですか?」


 降矢に言われて梨華は静かに首を横に振った。


「あなたは『恵まれた子供(エレメンツ)』をなんだと思っているの?人ではない、機械にされた哀れな人形なのよ」


 降矢は大きく深呼吸すると、否定せずに何かの言葉を飲み込んだ。


「梨華姐、降矢さんは…心配してくれてるんすよ」


「わかってるわよ。でも、苦しんでいる子の問題を先送りにしたところで、どうにかなるわけじゃないでしょう?」


 梨華の言っていることも理解できるが、友樹には何と無く同意できなかった。


「梨華姐、絵里は『後期製造番号(アフターロット)』の呪縛から逃れられたけど、他の奴らはそうじゃない。それを救いたい思ってるんすよね?」


「…肉体と言う名の牢獄に閉じ込められた魂を開放するには…静寂なる虚無へ誘う必要がある、ですか」


 更紗が友樹の隣に座ると、英次も更紗の隣に座る。


「絵里ちゃんは安定してます。同族を打ち落としたショックは完全に抜けてませんけど」


 更紗に言われて梨華が安心したのか胸を撫で下ろすと、絵里がリビングにやって来て梨華と友樹の間に座る。


「大丈夫か?」


 友樹に尋ねられて、絵里が小さく頷くが顔色も悪く、いつも笑っている絵里とは違って俯き加減に座って口を開かない。


「ゲームへの参加は容認する」


 英次が断言すると、降矢と更紗、そして友樹が驚く。


「売名行為に対して敵が集まってくるなら、それでいい。やりやすいと思うのは俺も一緒だが、集まった敵に対しての処理方法は違う。出来る限りの捕獲を目的とする」


「わかりました」


 更紗がすぐにPDAで学園生徒会長の棗に連絡を入れる。四月序盤に生徒会長に就任したばかりだが、元々の実力者で今ではかなりの手腕を発揮しているはずだ。


「許可を取りました。学園の『部隊(チーム)』は『国連魔導軍(UNマギナリー)』ではない『無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)』を全面的に支持するとのことです」


 更紗がメールの内容を読み上げると英次が皮肉そうに笑んだ。


 物分りが早いというより、それは超人的な判断力と実行力だ。彼女の言う『国連魔導軍(UNマギナリー)んではない』と言う事は、こちらが『国連魔導軍(UNマギナリー)』の指揮とは別で行動をしていることを察知しているのだろう。


「今後の活動は梨華、お前の好きなようにやってくれていい」


「あら、どういう風の吹き回し?」


 英次に言われて梨華が気味悪がると、降矢も納得が出来ないのか顔を顰めている。


「降矢教授ともあろうかたが、ただ壊すだけの現状に満足しないだろうって思ってな。捕獲作戦を進行させつつ、他に脅威が分散しないうちにこっちを狙わせて、自分たちを餌にしようってことだ」


 ハイリスク、ハイリターンな方法を選択した。そういうことになる。


「忙しくなりそうだ」


 降矢が呟くと、どこか楽しげにリビングを出て行く。


「あの人もいろいろ考えて、梨華たちにゲームへ参加しないようにって頼んだんだろう」


 英次が降矢を擁護するように呟くと、梨華は「そうね」と頷く。


「私は『無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)』は『事象に対して攻勢な部隊』だと認識しているの。だからそのやり方を貫くわ」


「それでいい。誰かが無茶したら誰かが援護する。それが俺たちのスタイルだ」


 英次が頷くと、梨華がにやりと笑う。


後衛(バックス)は基本的に前衛(フロント)に振り回されていますからね。ゲームもそういう意味で参加するんでしょう?」


 リーグ戦に参加する意図を更紗が気付いていないわけがない。梨華はやはり知っていたか、と更紗の視野の広さを再認識する。


「友くん、私と一緒で今のままじゃだめだって思ったの?」


 絵里が首を傾げると、友樹は「恥ずかしながら」と心の内を明ける。このままでは全員を守るだけでなく、足手まといになってしまう。環境に甘えていては自分がこのままダメになると思ったからこそ、梨華とのタッグマッチを行うのだ、と。


「説明してよ、私はてっきり、梨華さんとだったら勝てるから、私を選ばなかったのかと思っちゃった」


 それはそれで寂しいことなんだと言う絵里に友樹が「そんなつまんねぇこと考えてたのかよ」と笑うと絵里がぽかぽかと友樹を叩く。


「ひどーい、これでも悩んだんだよ」


「バカの考え休むに似たりってね」


 二人が言い合いになりそうになった瞬間、梨華が呟くと二人が小さくなる。二人とも確かに「バカ」のほうに所属することを自覚している故に、梨華に何も言い返せなかった。


「英次、更紗のペアに正式に宣戦布告をする形になったわけだけど、二人はどうお考えで?」


 梨華が英次と更紗の顔を交互に見ると、二人は顔を見合わせた。


「C、B、A、S、SSそしてXの六つの階級を全て制覇して、私たちに追いつくと言うのならば、諦めることをお勧めしますよ」


 更紗の梨華に対する挑発は今に始まったことではないが、今回は挑発、というよりも警告に近い印象があった。


「クライムリーグ、ブレイクリーグは突破できるかもしれませんが、エースリーグやスペシャルリーグは一筋縄では行かないでしょう。その上のSSリーグとXリーグは地獄のような環境ですからね。試合中に怪我をして勝ち上がってきたのにそこで『魔導師(ウィザード)』そのものを引退する人も数知れません。敵をおびき寄せる、部隊員(チームメンバー)技能(アビリティ)向上を目的などという思惑で参加するならば、私たちに挑戦する、などと軽々しく言って欲しくないんですよ」


 更紗がここまではっきりと敵意を見せた事は今までにない。友樹は静かな威圧に生唾を飲み込んだ。


「今日の更紗さん、怖いよね」


 絵里が小さな声で友樹に呟くと、友樹が「ああ」と頷く。


「…梨華さんと試合が出来ると思うと、私たちも準備が必要ですが」


 更紗が認めているが、到達できたらの話だ、と言外に言っている気がして梨華は納得した。


「がんばってください」


 最後にそう言われて梨華は「そうするわ」と微笑む。二人が強気に微笑み合うと、英次が「やれやれだな」と苦笑した。


「ところで『恵まれた子供(エレメンツ)』の製造箇所を『国連魔導軍(UNマギナリー)』が『無音の投擲槍(エレメンツ)』に対してのみ公開したんだが、興味あるか?」


 英次が「進展だ」と真剣な顔をする。


「降矢はもう知ってるが、みんなはまだ知らないだろ?」


「十分前に公開された情報なんで、伝える機会がなかったんですけどね」


 更紗がPDAに守秘回線(シークレットライン)を通じてデータを転送するが、細かい情報は全て伏せられている。


「英次さんと私が判断して、襲撃を決定した時点で情報を開示します。先走り厳禁で」


 更紗が梨華サイドの顔を見ながら微笑む。梨華、友樹、絵里は今すぐにでも飛び出しそうで気にかけている、というところだろう。


「ちなみに、今回の暴走で情勢が変化しました」


「ようやく動いたのね」


 とうんざりした梨華がため息を吐く。


「はい、『国連魔導軍(UNマギナリー)』に所属していた約二十パーセントの部隊(チーム)が『国連魔導軍(UNマギナリー)』から『離別』し、研究施設の四割もそれに同調しました。そして新たなスポンサーである『グランベック複合企業体』に吸収されました」


「なるほどね。主な『魔導兵器(マギウェポンズ)』を開発しているのは義父さんの『特殊財団』と『グランベック』くらいだから、そっち側についたってことね」


 梨華が納得すると、友樹が顔を顰める。


「だけど『国連(UN)』と縁を切ったとしても『企業』だろ?攻撃するには簡単じゃないっすかね?」


「今や企業もたくさんの兵器や魔導師(ウィザード)を用いて、自己防衛(セルフディフェンス)していますから、簡単に攻撃できないのが現状ですよね」


 絵里が「だから攻撃できないんじゃないの?」と首をかしげる。


「国際企業である『グランベック複合企業』を攻撃するとなると、為替とかも変動して世界情勢が不安定になると目論んだんでしょうね。正直な話、お金がないと世の中は動かないから『国連魔導軍(UNマギナリー)』も動き辛いはず」


 政経に通じている梨華がそう言うのならば間違いはないだろう、友樹は納得するといよいよもって、自分たちの出番になってきた、と感じた。


 相手にこちらが動いていることを察知されないまま、任務を遂行するのが『無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)』の本領でもある。


「私たちが動くことによって世界経済へのダメージは想定されているでしょうけれど、放任しておくには余りにも危険すぎる、というのが上の考えです」


 更紗が上層部の通達をわかりやすく友樹と絵里に伝える。


「世界に対する脅威を止めるには個人の力じゃ及ばなかった。今はそうじゃない」


 英次が何かを思い起こすように呟く。


「あなたの正義感の強さは呆れるほどだけれど、気張り過ぎないように」


 梨華が諭す様に英次に言うと、英次が「そうだな」と頷く。


 戦う理由は人それぞれあるのだろう。


 絵里はそんな英次を見て、何が英次を戦場へ向かわせるのか、と思った。


 自分は梨華を見つけるために戦った。


 友樹は自分を守るために戦っている。


 梨華は追われ続け、今は安住の地を探すために戦っている。


 更紗は英次を支えるために戦っていた。


 降矢も同じだ。英次を支え、科学者として、前線のメンバーとして英次を支えていた。


 英次はなぜ…戦うのだろうか?



 ◆◆   ◆◆


 半径十五メートルの円状リングにいくつものスポットライトが照射し、自分の影も消えてしまっている目映い舞台に梨華と友樹が立っていた。


 学園主催の『複合(ユニゾン)』、Cリーグの開催。


 第三戦目になっていた梨華と友樹が試合をする頃には既に二十時を回って、深夜になっていた。


「コロッセオって知ってる?」


 舞台の上に立った梨華に聞かれて、友樹が首をかしげる。


「昔、犯罪者同士を戦わせて、生き残ったほうを無罪にするっていうルールで開かれた見世物があったんだけど、こんな感じだったのよ」


 石畳のリングの外には砂場がセットされ、ぐるりと取り囲むようにして壇上の観客席が設備されていた。観客たちは何か騒いでいるが、それは言葉と言うよりも雑音に変わっていて、梨華たちに届いている。


「あれじゃあ、賭けになってねぇっすよね」


 電光掲示板に映し出された掛け率を見て、相手が可愛そうになるほどの数字が表示されている。梨華と友樹が九、相手は一となっている。


「大穴は来ないって思い知らせてやりましょうか」


 梨華が微笑むと、戦闘相手がリングに上がってくる。どこにでもいる高校生で、たいそう服を着ているくらいで別段、強そうにも見えない。


 アナウンスが流れて、試合開始のベルが鳴ると同時に梨華が息を大きく吸い込んで、魔力を開放すると、相手がそれに煽られて観客とリングを隔てる壁にぶつかって試合が終了する。


「…Cリーグ、ちょろいわね」


 隣にいるはずの友樹に話しかけた梨華だが、友樹がいない。


「あ…らぁ」


 梨華が勝利宣告をうけて、壁にめり込んでいる友樹を助け出すと、友樹は「味方が邪魔な位置にいると、やり難いってよくわかりました」と友樹は呟いて気を失った。


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