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私と友樹の敵になってもらいたいの


 絵里は教室で銃を解体して、組み立て、また解体していた。


「何かあったの?」


 彩香に聞かれて絵里は複雑そうな顔をして首を横に振った。


「何もないのが問題って言うか。問題があったほうが良かったって言うか」


 いまいちぱっとしない返答に彩香が首をかしげる。


 分解された大型狙撃銃(スナイパーライフル)と油の匂い、計測器がつなげられた机八個の上にばら撒かれている様は、新兵器の開発をしているようにも見える。


「私、任意で発砲した中で、的中した弾丸の数がゼロって初めてなんだよね」


「は?」


 最後の銃弾は友樹に直撃したが、あれは友樹が自分から当たりに行ったようなものだ、と絵里が口にして彩香は首をかしげた。


「狙ったんだけど、当たらないんだよね。苦手な距離の八メートルと四百メートルなのは自分で認知してるんだけど、どうしてこの距離が苦手なんだろう」


後衛狙撃(フルバックシューター)の実技授業だと別段、問題ないよね。絵里成績優秀だし」


「的とかだと別に…。人だと当たらないって言うか」


「私はまだ人をそんなに狙ったことないからわからないけど…」


 彩香が苦笑すると絵里は「そうだよねー、人なんて狙う機会少ないよねぇ」とから笑いする。


「で、明日、誕生日だったんだ?」


「違う」


「は?」


 彩香が断言されて驚く。友樹は確かに『誕生日は明日』だと言っていた。


「本当の誕生日はわからないんだ。友樹くんと初めて会った日が私の誕生日」


 それだけの話なんだよ、と絵里が呟くと、彩香は「そう…なんだ」と俯いた。


 何と無く、絵里と友樹の間に入り込もうとしている自分が邪魔者なのではないか?と思える気がして来た。


 仲のいい兄妹のような二人だ、と誰かが言っていた気がする。


「英次さんが魔導師(ウィザード)空戦特務部隊(スカイナリーズ)の隊長だから、特権がいっぱいあって、あの人は成人男性と同じって社会的に認められてる、大人なんだ。だから私は英次さんの義娘って登録されてる。友樹くんもそうだよ」


「見た目によらず、苦労してるのね、あんたも」


 どういう意味だろう、と絵里は尋ね返そうとしたが、あえてそれを飲み込む。苦労してます、という顔をして周囲に気遣ってもらうような生き方は自分が納得できそうも無い。


「ねぇ…無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)って人間関係もそうだけど、なんだかややこしそうよね」


「どうかなぁ…ワケアリな人ばっかりっていうイメージは正解かもよー」


 隠そうともせずに絵里は「うーん」と首をかしげる。


「少なくともみんな、あんまり昔の話は喋らないし、気にしてないみたい。そーごふかんしょーなんだって」


「相互不干渉ね…。意味知ってる?」


「さぁ、難しい四文字熟語はわかりません」


 四文字ですらない言葉に彩香は苦笑する。


「誕生日、か。祝ってもらえるだけいいよね」


「かなぁ。私はあまり気にしてないけど、友樹くんが意外と拘るんだよね。梨華さんも『女の子みたい』だって言ってたくらい」


「友樹センパイのいいところって優しいところじゃない?」


「けっこういい加減なんだけどなぁ」


 絵里は近すぎてわかっていないのかもしれない、と彩香は何処となくそう感じた。



 降矢の研究室に呼び出された梨華は今にも襲い掛かってきそうな友樹を一瞥してソファに座り、対面のソファを指差して友樹がそこに座る。


「私に話があるってさっきのこと?」


「それはいいんです」


 てっきり絵里たちに肩入れしたことを咎められると思っていたが、そうではないらしい。


「心配しなくても、今日の練習の事は何をしても文句言われないように根回ししておいたし、気にすることないわよ?」


「それは…ありがとうございます」


「気持ち悪いわね。あなたが素直に頭を下げるときは大抵何かあるときだけど、何かあったのかしらね」


 鋭い、と言わざるを得ない。きっと梨華は既にこちらが何を頼みたいかおおよそ見当がついているのではないか?と疑心暗鬼になりそうになる。


「絵里のことね?」


 正解、だ。


 梨華はやはり人を知っているようにしか思えないほど、的確にこちらの意図を察知してくる。


「絵里の狙撃(スナイプ)が苦手な場所について、です」


「それはあなたがいる場所。苦手なんじゃなくて必要ないからそうしてないだけ」


「それは人によって見方は様々では?」


 言われて梨華はそれで悩んでいるのか、と苦笑する。


「俺のせいで絵里の『死角(デッドポイント)』が生まれたとしたら…それは最悪だと思いませんか?」


「思うけど、どうしようもないわね。絵里に自分ごと撃ち抜いても構わないって言う?ナンセンスよ。あの子がそれをしたくないから、心理的要因で引き金を引けない。それが身体に染み付いてしまっただけの話。原因はあなた?絵里?そのどちらか?そんなわけないでしょう」


 強襲任務時における降矢を戦闘にした投入フォーメーションにおける、降矢、英次、絵里、その周囲を英次、梨華が警戒し、遥か後方に置いて更紗が監視するフォーメーションは確かにこの上なく理に適っていた。だからこそ、今更崩そうとすればどこかに不備が出るし、慣れていないことをすれば誰かがミスをする。ミスは失敗ではないが、失敗は即、誰かを失うことになる事は友樹も知っている。


「今回のことで絵里も自分が苦手な距離(レンジ)と、あなたを撃てないことに気付いてしまったはずよ」


「俺を撃てない…?」


 梨華の突然の言葉に友樹は神妙な顔をする。


「最悪のルールだったのよ。あなたがけしかけた『自分を撃て』って言うのは、あの子にとって絶対にしてはならないことの一つ」


「どういうこと…ですか?」


 意味がわからなかった。たかがゲームでどうしてそこまで絵里が心理的なブレーキを自らにかけてしまうのかがわからない。


「私が敵、あなたは私を撃たなければならない。あなたは撃てる」


「ええ、敵である以上、撃てます」


 迷いは無かった。もし今から梨華が敵に回るようなことがあったら無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)として梨華を迷い無く攻撃するだろう。


「絵里が敵でも?」


「はい」


 友樹がしっかりと頷くと、梨華は「なるほど」と頷いた。


「はっきりとさせておくわ。あの子にとって敵、味方の判別方法は私たちとは少し違うの」


「どういうことです…か?」


 先ほどから質問してばかりだな、と自分でも思った。話が飛びすぎていて理解できないのは梨華や英次と話していればいつものことだが、結局全て終わってから繋がっていることを思い知らされる。


「ふと気付くことがあるんだけどね。絵里は私を仲間だとは思ってない」


「そんなわけない。敵だったら一緒に行動したり会話をしたりしない」


「敵だったら会話しないわけじゃない。違うの、敵でも味方でもない、私は存在するだけ。邪魔ならあの子は私でも迷い無く…消すでしょうね」


「俺は撃てないのに?」


 梨華がゆっくりと頷く。


「あの子は恐ろしく無邪気だと思わない?無邪気っていうか…純真無垢って言うか…」


 梨華が珍しく言葉に迷っている。


「自分が不快だと思えば絶対に従わない、そんなわがままな子だけども、いい子でありたいって思う面もある。そんな不安定な子」


「俺からして見れば、あの年齢の子ってあんなもんじゃないのかって思いますけど」


 友樹に言われて梨華は首を左右に振る。


「あの子の世界にとって、英次、友樹は絶対なの。絶対的存在。どちらかを失ったりしたら…」


 どうなるのかわからない。


 梨華は目を細めると、友樹を見た。


「あの子の魔力(マギウス)が膨大で、自己管理すら出来ていないこの状況で無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)が私とあの子を同時に管理している。私は正直な話、気が気ではないのよ」


「そうなんですか?気圧されたりしている様には見えませんがね」


 絵里は梨華を殺すために製造されたとは聞いているが、一緒に生活していて二人は特に戦争を始めるような兆候は見せないし、むしろ本当の『姉妹』なのだから、どちらかと言えば仲良く生活しているようにも見える。


「うずくのよ、あの子は危険だって。私の中の本能がね」


「報告したほうがいいんですかね?梨華さんが危険な反応をしてるって」


 友樹がパソコンをいじっている降矢を横目で見ると、降矢が右手を振って微笑んでいる。


「梨華さん、友樹くん。絵里ちゃんの話から逸れてますけど?」


 降矢に言われて梨華が「そうだったわね」と頷く。


「絵里の『死角(デッドポイント)』は私たちの課題でもあるんだけどね。あなたが絶対に絵里を守るならそれは必要ないし、絵里は絶対にあなたを守りきろうとするなら、それも問題にならないと思っているの」


「それは…」


 友樹は嫌な予感がして言葉を飲み込んだ。梨華は絶対に容赦しないだろう。だから友樹は目を閉じて、告げられるであろう現実を受け入れることにした。


「あなたが自分自身を守りきれなかったとき、絵里も死ぬ」


 梨華は断言した。事実は事実で、有り得ない事ではない。


「私と英次は基本的にそうならないように行動しているけれど、あなたは自分の主観で強行する気質があるのね。絵里があなたをカバーしてるけど、私と英次は降矢と更紗、そして絵里を後方支援することになっているの。あなたを守ろうとすれば穴が大きくなるからよ」


「俺ってそんなに周りが見えてないんですかね?」


 ぐさり、ぐさりと胸に一つずつ何かが突き刺さる。


「私の指導(プラクティス)で確実に教えていこうと思ったけど、自分で気付いたなら容赦しないで言ってあげる。あなたは全く周りが見えていない。あなたが思っているほど、あなたは誰かを守ってなんてない。むしろ守られている。身の程を知りなさい、それで『能動前衛(ポイントガードフォワード)』とはよく言えるわね」


「くそ」


 わかってしまった上に、そこまで言われて友樹は目を閉じて、膝の上で両の拳を握り締めた。悔しくても何も言えなかった。言うだけの言葉すら考え付かない。


「俺はどうすればいいんですか?」


 真摯な瞳で見つめられて、梨華は「ふぅ」と息を吐いた。


「そうね、私と一緒に学内のランキングに参加しましょ」


 梨華がPDAを操作してテーブルの上を滑らせると、友樹が梨華のPDAを手に取る。


「学内…中等部高等部共通ランキング戦…」


 友樹がそのファイルに目を通す。


「学園内の『単独(ソロ)』や『複合(ユニゾン)』…『部隊(チーム)』の分類で魔導師(ウィザード)同士が切磋琢磨するイベントみたいなものね。生徒会主導で行われているもので、名誉戦とも言われているわ。力が物を言う私たちにとって、ここでは合法的に『戦争が認められている』ということ」


「俺たちは…無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)として名が知られているから、そんなものに興味はなかったけど…ああでも、英次さんと更紗さんのペアがXリーグで王位に…」


「私たちの地位が本当にあると思っているのは実績があることだけに他ならない。あなたの実績が問われるはずよ」


「俺だけの?」


 絵里が頷くと、友樹は小さく頷いた。


「男の子として、誰かの下にいるから強いと思われるのっていやよね?」


「ええ、ちょっと耐えられそうにねぇっすね」


 友樹が小さな声で呟くと、降矢がくすくすと向こうで笑っていた。


「登録しますよ?友樹くんと梨華さんの『複合(ユニゾン)』でいいんですね?」


「え?」


 降矢に言われて友樹が目を丸くすると、梨華が「そうね」と呟く。


「ここでの課題は二つ。わかる?」


「バカなんで…」


 友樹がPDAをテーブルの上に置くと、梨華がそれを受け取る。


「すぐにそういうこと言わないの。あなたはバカでもどうしようもないバカじゃないって私は思っている。これでも評価してるのよ」


「ひでぇ評価だと思いますけどね」


 言われて友樹は思わず笑ってしまう。


「私はあなたと一緒に戦うけど、全力で行くわよ」


「それじゃあ俺の出る幕がない」


 梨華の個人戦闘技術を持ってすれば、友樹など必要ないはずだった。


「そうね…出る幕なんてないわよ。だから私より活躍すること。いい?」


 無理難題にも程がある。あまりにもバカげていた。


「ちなみに私は『後衛狙撃(フルバックシューター)』と『制圧(デストロイ)』で参戦するわ」


「あ?」


 それは通常の絵里のポジションだ。そして『複合(ユニゾン)』の基本的なセットポジションでもある。


「登録しました。二人のランキングは最下位である『Cリーグ(クライム)』の三百四十番ですね」


「最悪な数字ね。頂上を目指す者たちが最初に上る場所」


「あなたの名前を見て誰もこちらに挑戦状を送ってこないかと思ったら、殺到して来ましたね。本来は上位のランキングに対して挑戦できるのは自分から上位二十番までとされていますが…」


 梨華のPDAに降矢がデータを送信する。


「ランキングにして四十五番、微妙な数字が私たちに挑戦して来てるけど?」


 友樹に尋ねると、友樹が首をかしげる。


「あれ?そういうのって梨華さんが考えて指揮を執るんじゃないんですか?」


 何故自分に聞くのか?と友樹が怪訝な顔をすると、梨華が苦笑する。


「あなた意外と間抜けね」


「この…」


 年上じゃなかったら絶対に殴りかかっていることを平然と言われて、友樹が梨華を睨みつけると、梨華がわざとらしく首を左右に振る。


「私たちは無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)だったらあなたが私の指揮下に入るのは普通かもしれないけど、今回の私たちは『複合(ユニゾン)』なの。対等に意見を言い合える立場にいるってことを忘れないで」


「そんな…考えられないっすよ。対等なんて」


 上司が急に友達になろうと言って来たとして、すぐに切り替えられるかと言えば簡単な話ではない。


 …ん?


 違和感があった。矛盾がある。


 これは…なんだろう。


 友樹が一人で首を捻ると、梨華が苦笑する。


「私が敵なら撃てる。対等は恐れ多い。私には勝てないのに、どうして私を撃つ?」


 梨華が謡うように言う。


「そんなものなのよ。人は矛盾しているから、面白い」


 梨華が友樹にPDAを放り投げる。


「梨華さん。俺と一緒に戦いましょうか」


「私はあなたの言うことに従うけれど?」


 遠巻きな了承を受けて、友樹が挑戦に対しての受諾を送信する。


「あなた、日時とかもしっかり見てね」


「え?」


 送信後に気付いて友樹が挑戦メールをよく見ると、試合は明日の指導後になっている。


 つまり、明日の午後十八時。


「まぁいいわ。そういうところが気付かない男なのよねー」


 梨華がPDAをひょいと取り上げると、友樹が項垂れる。


「すんません」


「いいわよ。絵里の誕生日プレゼントは私たちの勝利よ」


「はい。ちょっと俺外に出ますね」


 友樹はそう言うと研究室から出て行く。


「しかし梨華さん、相変わらず言葉に遠慮がありませんね」


「そう?そんなもんじゃない?」


 降矢に言われて梨華が素っ気無く答えると、降矢は「厳しいセンパイだ」と呟く。


「思惑はなんですかね」


「思惑、なんて悪い人みたいに言わないで。棗に頼まれたのよ」


 梨華が正直な話をすると、降矢が頷いた。


「学園の主催する『魔導師(ウィザードリィ)リーグ』は世界放送ですからね。最近は視聴率も落ちて来て学園の資本に影響が出る可能性があった。私も少し頭を悩ませていたんです」


「学園の経理にまで口を出す教授だものね。まぁ学園のためを思えば…って?」


「ええ。私も学園から給料を頂いているようなものなんでね。いつまでも『傭兵稼業(マーセナリ)』じゃやっていけませんし」


 降矢の言うとおりだった。若いときは確かに前線や危険な任務を請け負って逸れに見合った報酬を貰っていけば生活に苦労はしない、というより大きく黒字になるだろう。ただ、いつまでもこの生活は出来ない。


「降矢が私たちにリーグに参加しろって言えば考えたけど?」


 降矢はそれを聞いて「それはない」と断言した。


「あなたは自分の利益に興味を見出せない人だ。ファイトマネーなんて興味がないし、誰かより強い事は既にわかりきっている。意味がない」


「あら、私が最強みたいな言い方をするのね」


「世界がそう思っている。思っている上で、見てみたいと思っている連中も多いはずだ」


 軍や政府関係者は特に梨華を知りたいと思っていても不思議ではない。攻略するために梨華を知ることは作戦の上で必要不可欠でもある。結果的に梨華は今後の作戦で不利益の種をばら撒くことになるが…。


「友樹くんがそんなに可愛いですかねぇ?」


 言われて梨華は苦笑する。


「可愛くなかったら、無干渉で行くわよ」


「おや、興味深い発言だこと」


 降矢が茶化すと梨華が「可愛いじゃない」と微笑む。


「絵里さんのほうはどうするんですか?心理的な要因で苦手な距離が存在している事は…彼女も気付いているはずだ」


「それは更紗に任せてあるから大丈夫」


 梨華が自信有り気に強気に微笑むと、降矢はその仕事の早さに感嘆した。



 ◆◆   ◆◆


「きょうみねーよ、じゃないのー?」


 絵里に袖を引っ張られて、友樹は笑うしかなかった。


「急に興味が出たんだ。リーグ戦」


「なんで梨華さんとなのー?」


 ぐいぐいとずっとこの調子で引っ張られていた。図書館に入って今までの『複合(ユニゾン)』のリーグ戦を調べようと思ってデータを閲覧しようと個室に入った瞬間、絵里と彩香に掴まった。絵里の『女神の(ガディスアイ)』で探知されたのだろう。人のプライベートに干渉しない絵里にとって珍しい行為だ。


 絵里が腹を立てているのは当たり前で、前に『複合(ユニゾン)』のリーグに一緒に参戦しようと言われ、それを断っているのに、梨華と出場を決めたからだろう。


 梨華の知名度(ネームバリュー)ですぐにネットワークにて、明日に試合があることが知れ渡り、それを彩香が見つけて二人が押しかけて来た。彩香は騒ぎ立てる絵里に周囲の視線が「うるさいな」と言っているようで、おろおろとしながら周囲の人に頭を下げていた。


「俺にだって色々あるんだって」


 梨華の思惑はよくわからないが、そうすることによって『能動前衛(ポイントガードフォワード)』として胸を張って仕事が出来るようになるならば、そうするつもりだった。


「説明になってないよー?なんでー?」


 まるで子供だな…子供だけど。


 完全にふてくされている絵里に友樹が困り果てると、彩香がじっと友樹を見ていた。


「年上のほうが好きですか?」


 彩香がねめつける様な視線で友樹に問う。


「はい?」


 何だかとんでもない事を言われた気がして友樹が目を丸くすると、彩香がにこりと微笑んだが、目が笑っていなかった。


「絵里ちゃんなら許したけど、他の人は許しません」


「いや待て、許される理由が、え?」


 友樹が真剣な顔をしている彩香に戦闘とは違う意味で気圧された。


「とりあえず、約束は守ってもらいます」


「明後日のことは了承してるよ。あと、明日は絵里の誕生日だから、勝利してやるさ」


 彩香は「はい」と頷くと絵里を引き摺る様にして図書館から出て行く。


「なんだったんだ?」


「いやー怖いねぇですね、乙女の純情ってやつはー」


「うぉ」


 個室に入ると更紗が微笑みながら手をこちらに振っている。


「どこから沸いたんですか?」


「ひどい言い方ですね」


 更紗は元々存在感がないというか、大人しい性格をしているため、英次の影に隠れているが『無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)』の中では珍しい『秀才』タイプだった。英次、梨華の一つ下の学年で友樹の二つ上になる。火力と言うような『魔術(プログラム)』や『魔法(マジック)』はほとんど見せたことがないが『一等魔導師(ファスター)』の魔力は『SS++(スペシャルストライクプラプラ)』で認定される最上級でもある。


「明日の試合、よろしくね?」


「はあ?」


 突然言われて、友樹が首をかしげる。


「明日の試合は私の知り合いの子が貴方たちと戦うの。ちなみにあなたの弱点は全部教えてあげたから、安心してやられて頂戴ね?」


 腹黒い、というより真っ黒だ。相変わらずの更紗の言い方に友樹は顔が引き攣ってしまう。


「そうやって俺を不安にさせに来たんですか?」


 更紗はふっと友樹に近付いて、耳に口を近づける。


「怖がらないように言ってあげるね」


 身体がまったく動かなかった。ナイフを首筋に当てられているような感覚。動いたら、何かが壊されるような気がした。


「安心して死んでいいよ。事故にしてあげるから」


 更紗がふっと友樹の身体をすり抜ける。友樹が振り向いて更紗の姿を探すがどこにも見当たらなかった。


「魔女め」


 舌打ちする。


 魔女と言えば梨華の名前が知れ渡っているが、魔女はどちらかと言えば更紗のほうではないか?と思えた。



 ◆◆   ◆◆


「絶望は容易く罪を容認する」


 梨華が呟いて英次が首をかしげる。


 セーフハウスに戻った二人は『壊滅』した部隊(チーム)の情報を受けてそれを分析していた。


空戦特務(スカイナリ)強襲部隊(バスターズ)であった第608部隊が地方の施設監視と上空警護中に消滅したってのは本当らしいな」


長距離弾道魔法弾攻撃(ロングアプローチ)かしら?」


「現場にいた『魔導師(ウィザード)』が長距離弾道魔法弾攻撃(ロングアプローチ)に気付かないような間抜けとは思えないぜ?空戦特務(スカイナリ)に間抜けはいないはずだしな」


「けっこう間抜けも揃ってたと思うけど…」


 梨華に言われてしまえばお手上げだ。梨華は過去に空戦特務(スカイナリ)をいくつも撃破しているのだから英次にも何も言えなくなる。


「冗談よ、そんな顔しないで」


 むすっとした顔をしている英次に梨華が苦笑すると、英次は「あいよ」と短く答える。


「で、さっきの絶望は…ってなんだい?」


「絶望は容易く罪を容認する?これは復讐者は絶望を覚えて人間としてやってはいけないことを簡単に覆して実行してしまうっていうことよ」


 梨華に言われて英次は「なるほど」と頷く。


「今度の絶望は何が原因か、ってことか」


 梨華が英次のPDAに情報を送信すると、英次は納得したように頷いた。


「こりゃ、荒れるな」


「私たちの出番ではないにしろ、南半球統合司令部はけっこう後処理に追い回されることになりそうね。間違いにしろ、故意にしろ発射された弾丸は人を傷付け、そしてそれに対して今度は明確な殺意を持って放たれた矢が返った。こうなれば後は、延焼を抑えるにはより大きい炎しかない」


「…大きい炎は、俺たちになるかもしれないぜ?」


「それはカンベンして。今の南半球は冬になるのよ。寒いじゃない」


 本気なのか冗談なのか、梨華はそう言うとPDAをポケットに収めた。


「本来、俺たちの出番はこういう火消しなんだ。覚えておいてくれないか?」


「あら、巻き込まれるのが仕事だと思ってたわ」


 梨華がすっ呆けて英次は「お前さんは」と苦笑する。


「巻き込まれるっていうか、確かに俺たちは巻き込まれるよな。良くも悪くも、先制攻撃に俺たちを使う危険性を国連が知っているわけだ。強くなればなるほど、先制攻撃に適さない存在になる」


「核の抑止力は全時代の遺物よ。核よりも今は私たちのほうが恐れられているはずだからね」


「半年前に国連が強行採択した、核保有国家への『魔導師(ウィザード)』の大規模攻撃だっけ?あんな強行採択がよく通ったもんだ」


「それだけ世界が核に対して畏怖をしていたということだろうけど、今は国家の保有する『魔導師(ウィザード)』数の管理が始まっているわね。強すぎるのは全て国連が引っ張り管理することになっている」


「難しい話をしてますね」


 絵里がしょぼくれて部屋に入ってくると梨華の隣に座った。


「絵里ちゃん、さっそくだけど英次くんと『複合(ユニゾン)』に出てもらうことになるけどいい?」


「え?何でですか?」


 絵里が首をかしげると、梨華が妖艶に微笑む。


「私と友樹の敵になってもらいたいの」


「意味がわかりません」


 頬を膨らませて明らかに怒っている絵里に梨華が頭を撫でる。


「友樹くんが一段階成長できるいい機会かもしれないから協力してくれない?」


「正直なふりをする梨華さんは絶対に裏がありますよね」


「ひどい言われ方ね、年上にそういうこと言うのは感心しないわ?」


 梨華に言われて絵里が「ごめんなさい」と頭を下げる。素直なのかよくわからないが、不満はまだあるようだ。


「とりあえず、あなたにやってもらうことはいくつかあるんだけど…聞いてる?」


 そっぽを向いて「はーい」とだけ返事をする絵里に梨華はため息を洩らす。


「…」


「…」


 英次は明後日の方を向いたままの絵里をじっと見つめる梨華の無言の間合いを見て苦笑する。


 さて、どちらが折れるか…。というより、絵里が折れるな。


 英次の予想通りに絵里が無言の圧力にちら、ちら、と梨華の顔色を伺っていた。梨華は何の気なしというように涼しい顔をして絵里を見るだけで、威圧するような睨みを利かせているわけでもない。純粋に絵里が臆病なだけなのかもしれなかったが、沈黙は十分に効果があるようだ。


「…」


「…」


 まだ沈黙が続く。英次はそれを楽しむようににやにやと顔が完全に笑っていた。


「むー」


「絵里」


 唸った絵里に梨華が名を呼ぶと、絵里は一度大きく肩を震わせた。


「私からは以上です。後は自分でどうしてそうなったかを考えなさい」


 梨華はそれだけ言うと立ち上がって自室に戻っていく。


「ぅ?」


 絵里はよくわからず、助けを求めるように英次を見ると、英次はPDAを操作して何も聞いてなかったような振りをした。


「英次さんと私が組むんですよね?」


「さぁな、俺は別にどうでもいいしな」


 意地悪っぽく英次が答えると絵里が首をかしげる。


「何でですか?」


「考えるんだ。俺は梨華じゃないから、あいつの考えてる事はよくわからん」


 嘘だ。と絵里は思ったがそれを立証する手立ては無い。元より何か考えがあってもそれは結実するまで何をしているかは全くわからない人たちなのだから、言われた通りにするしかない。


「…何だか、もやもやしますよ」


「考えてくれないとこっちの立てた道筋から外れるかもしれないからな」


「英次さんもグルですか?」


「ん?」


 英次はPDAのディスプレイから目を離すと、絵里に向かって苦笑した。


「どうかな、俺は梨華の考えはわからないが、梨華のしようとしていることに合わせようとしているだけだからな。わかっちゃいないし、グルってわけでもない。俺が勝手に合わせてるだけさ」


 絵里はそれを聞いて梨華が昔同じようなことを言っていたことを思い出した。


「梨華さんも言ってました。英次さんの考えていることはわからないけど、しようとしていることに勝手に協力しているだけだって…。まるで…なんていうか…」


 絵里はしっくり来る言葉を捜して…


「以心伝心、ですか?」


 それ以外に思い当たらなかった。


「どうだろうな。それはそれで気持ち悪いけど…」


 絵里はそれを聞いて思わず笑ってしまった。梨華と全く同じことを言っている。


「英次さん、私、梨華さんに夫婦みたいですねって言ったら、それはそれで気味が悪いわねって言ったんですよ?二人とも似てますね」


 あはは、と笑う絵里に英次は困ったような顔をして「ふ」と笑った。


「英次さん、私はどうすればいいんですか?」


「答えが欲しいなら、俺に聞くな。ヒントはくれてやるよ」


 英次がそう言うと、PDAを指差した。絵里は自分のPDAをポケットから取り出すと、データを受信した。


 圧縮されたファイルを展開。暗号化キーをパスして表示させる。


『追撃の三叉槍(ホーミングトライデント)


 絵里を最前線に置き、その背後に更紗。本来では後衛の位置に友樹と降矢を置くポジショニングが記録されている配置換え。絵里はそれを見て目を細めた。


「このポジショニングはどういう状況で使うんですか?英次さんと梨華さんが私の前に配置される予定ですよね?」


「俺たちはわからないけど、そうなるかもしれないな。で、どうして俺たちが前だと?」


 名前からしてこれでは穂先が三本にならないからだ、とは安直な考えだろうか?


「トライデントの穂先は三本です」


「正解」


 英次が頷く。


「この陣形は近いうちに必要になるかもしれないんだ。だからそのために絵里は前衛(フォワード)の回避行動を覚えてもらいたいし、友樹には後衛(バックス)の機動を覚えてもらう必要性がある。これはほぼ答え」


 英次に言われて絵里は首をかしげる。


「意味が…」


「わからなくていい。たぶん、後でわかる」


 英次はそれだけ言うと、呆然とする絵里を置いて部屋に戻っていった。入れ違いに梨華が戻って来る。


「英次は優しいのね」


「梨華さんが意地悪なんじゃないですか?」


「くってかかるじゃない。お兄ちゃんを取られて悔しい?」


「…っ」


 リビングのドアに背中を預けている梨華が明らかに絵里に喧嘩を吹っかけるように言い放った。


「狙撃手として感情の制御もできないほど、私を殺す銃は不安定なのかしら」


「今からでも処分しましょうか?」


「できるなら、ね」


「…」


 絵里は悔しさで血液が全部逆流しそうになるほどの激昂を必至に堪える。


「絵里、あなたおかしいわよ?」


「…」


 無視して自分の部屋に入ると、倒れこむようにしてベッドに伏せる。


「わかってるよ」


 呟いて仰向けになると天井がやけに高く感じた。


 PDAがポケットの中で震えている。それを取るのも億劫なほど身体がだるかった。PDAが重たい。左手に握ったそれを見て、上半身を起こす。


「そんな…友樹くん…」


 学園が攻撃を受けた。その速報だった。



 ◆◆   ◆◆


 長距離弾道魔法弾攻撃(ロングアプローチ)の警報、直後に轟音。


「くそったれ」


 友樹は図書館にかけられた対長距離弾道魔法弾攻撃防壁(アンチエイリアスロングアプローチシールド)の中で悪態を吐いた。衝撃や熱量を『緩和(アブソーブ)』するだけで本棚やその中身が生徒たちに降りかかって怪我人が出ている。


治癒術師(クレリック)衛生術師(ヒーラー)は怪我人の手当てを!前衛技能(フロンスキル)を保有してる者は埋もれてる奴を引っ張り出せ!多少荒くても構わない!」


 友樹が右手で左肩の部隊章の下に手を当てて叫ぶと、全員が『無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)』の『部隊員(チームメンバー)』の命令であることを知って慌てて動き出す。現場にいる最高位の『魔導師(ウィザード)』の指揮下に入るのが非常時の恒例で、年齢よりもその階級(ランク)が優先される。学園の教育基盤が行き渡っているために円滑に図書館全体に友樹の命令が行き渡る。


前線管制(ウォッチ)技能(スキル)を持ってる者は生徒会か執行部に連絡を取れ!合法、非合法を問わない。急げ!」


 三人の男女がすぐに精神感応(メンタルリンク)による本部(HQ)との連絡を開始する。広域精神感応能力者(インフィーリングメンタルリンカー)が三人もこの場に居合わせたのは不幸中の幸いかもしれない。


「ここで篭城か?本は食えねぇぞ」


 友樹は対長距離弾道魔法弾攻撃防壁(アンチエイリアスロングアプローチシールド)の展開した図書館から外に出るのは至難であることを認知していた。


「外部からです」


 高等部一年の男子生徒が友樹の前に立つと、右ひじを曲げ、右手を左胸に当てて敬礼した。


「敬礼とかは止めよう。ここは戦場だ。余計な動作をするより頭を動かしてくれ。俺はそっちが苦手なんでね」


 友樹の言い方に先輩は目を丸くした後に苦笑した。


「報告します。現在、学園の施設外は千五百度を超える炎に包まれています。生徒会は施設外への外出を禁止しました」


「ありがたいね。外に出て消火活動をしろって言われないだけな」


 友樹が舌打ちする。外に出たくても出れるわけが無い。


「報告します。友樹さん」


「友樹でいいよ」


 上級生の女子生徒が友樹に敬礼すると、言っても無駄だな、と友樹は答礼する。


「友樹…さん。『無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)』に出撃要請が出ています」


「寝言は寝て言えって言うか、熱で頭の回路がいかれてるんじゃね?って言っといて」


 友樹が片手を挙げて背を向けると、怪我人の様子を伺う。


治癒術師長(クレリックリーダー)を選任する」


 友樹の声に治療に専念していた生徒たちが友樹を見る。


「更紗さん、なにしてるんすか」


 友樹が呆れたように言うと、更紗が横にされた怪我人に治療を施していた。


「友樹くん、この子はもうだめかも」


「…」


 中等部一年の男子生徒が上着を全部脱がされて、指一本動かしていなかった。腹部に大きな痣が浮かび上がり、頭部と口から血を流している。鮮血ならばまだ良かったが、内臓からの出血が胃にのぼり、時折、どす黒い吐血をしている。堰と同時に黒い塊を吐き出し、苦しそうにもがいている様は見るに耐えない。


「腎臓からも出血してるわね。頭部に頭蓋骨折。意識は不明。肋骨が折れてあちこちの臓器に刺さってるわ」


「ちょっと、失礼」


 友樹が一年のネームタグを見つけると名前を確認する。


「悟、聞け。お前は長く持たない。『魔導師(ウィザード)』として遣り残した事はあるか?」


 友樹の問いに答えるように、右手がすっと上がり、友樹の手を掴んだ。


「わかった」


 魔導師(ウィザード)の死の間際。それは誰にでもありえること。自分の技術を伝承するために、自分の研究を継続するために『命の規律(ライフプログラム)』に書き込まれた自動操作による『伝授(アクセプト)』が行われていた。死を覚悟すること、それも『魔導師(ウィザード)』の勤めだ。


 友樹が『魔術(プログラム)』を後輩から伝授すると少年の腕が落ちた。


「また会おう」


 友樹はブレザーの上着を少年の顔にかぶせると、右手を勢い良く振り下ろして首の骨を…。


 ぐしゃ、という音がして更紗が方目を閉じたが決して視線を逸らそうとはしなかった。


「ナイフがあれば…な」


 友樹は常に任務に居合わせるときに、小さなナイフを所持していた。仲間が、敵が、死から逃れられない傷を負ったとき、苦しみに耐えられないとき、恐怖に慄いているとき、友樹はそのナイフを握っていた。意識のあるものたち、怪我をしている者や治療をしている者、情報を集めている者たちはその儀式に自然と敬礼して、黙り込んでいた。


 生きている間が戦争なのかもしれないな、魔導師(ウィザード)ってのは…。


 友樹はそう思うとこれからは常にナイフを携行しよう、と心に決める。


 そして外の業火の音が強風のように轟々と悲しむように啼いていた。



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