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実弾を最後に使ったのは嫌がらせか?


 放課後になって友樹が一年生の校舎を歩いていると、下級生たちが道を開けてくれる。


 帰宅や指導(プラクティス)の受講に急ぐ生徒たちの波を掻き分けるのだが、上級生が威張り散らしているように見え、友樹はその感覚が少し嫌だったが、なにぶん絵里に用事があることが多いので一年生は友樹の姿を見ると挨拶をしてくれるようにもなった。


「友樹センパイちーす」


「ちぃーす」


 男子生徒三人が声をかけて横を走って行く。


「友樹さんっ、今度『近接魔術(クロスプログラム)』を教えてください!」


「君は?」


 友樹が首をかしげると、下級生の女子は顔を真っ赤にして目の前に立っていた。


「えっと、一年六組の佐山って言います」


「佐山さん、ね。まぁ時間があったら。っつーか、君は前衛(フォワード)なの?」


「はい、センパイと同じです」


「おー、女の子にあまり進められないってトコだけど、同業者なら一緒にがんばろーや」


 友樹がぽんぽんと手で頭を叩いてやると「ありがとうございます」と佐山が頭を下げる。


「まだ何も教えてねーよ。じゃ、用事あっから」


 友樹が側を通り抜けていくと、後ろから女子の嬌声が響いた。


「佐山!偉い!がんばった!」


「センパイに頭撫でてもらったー」


「いいなー」


 と声が聞こえてくる。絵里と同じ感覚でやったことだが、何故だか喜ばれたらしい。


 とりあえず顔と名前と所在は覚えたので指導(プラクティス)ではないが『練習相手』にちょうどいいだろう。格上とばかりやっていて、今日の『実習授業』で相手を殺しかけてしまったから、授業用の感覚を覚えておかないと後々、事故が起こってしまいそうだ。


 その後、何人かの集団に挨拶されて、返してを繰り返して絵里のいる教室のドアを開ける。


「おーい、絵里」


「ちぃーす、センパイ。絵里ちゃんはそこっすよ」


 男子生徒に言われて「さんきゅ」と答えて絵里の座っている机の前に立つと、絵里がこくり、こくり、と船を漕いでいた。


 めずらしいな。眠いなんて…。


 しっかりとした生活リズムを刻んでいる絵里が学園(スクール)で眠りこけることなどないと思っていた。


「絵里さーん」


 わざと小さい声をかけるが、絵里は「ぐー」と本格的に眠り始める。


「ほれ」


「むぎゅ」


 友樹が絵里の鼻を指でつまむと、絵里が呼吸できなくなって目をカッと開いた。


「おおう」


 驚いて友樹が手を離すと、絵里が鼻の頭を手で摩る。


「突然何をするんですかっ」


「呼び出しておいて寝てるお前が悪い」


 友樹が憮然と言うと、絵里がきょとんとする。


「私呼び出した?」


「おう、昼飯食ってるときに…」


「あー」


 絵里が「そうでしたー」と呟くと、友樹の視界にカチンコチンに身体を強張らせている彩香が入った。


 こういうの英次さんが見たら「斬新な置物がある教室だな」とか言うんだろうな…。


 友樹はそう思うと、彩香の顔の前で手を振って見せるが瞬き一つしない。


「彩香ちゃーん、心臓動かして~」


 絵里がそう言うと、彩香がぴくり、と身体を動かした。


「こ…こいつ…動くぞ…」


 友樹が思わず呟くと、彩香が友樹を見上げた。


「お初にお目にかかりまして私が彩香というものでして、絵里のお世話係をしていますです」


「初めてじゃねーし、知ってるし、お世話係って不明過ぎるんだけど…まぁいいや」


「し、失礼しました!」


 彩香の慌て…というよりも挙動不審ぶりに絵里まで目を丸くする。こんな彩香を今まで見たことがない。


「用事ってなんだ?」


 友樹が尋ねると、絵里は口だけ動かした。


 来て貰うのが用事。


「なんだそりゃ」


 友樹は釈然としないが、別に時間が余っているので気にしないで置くことにする。


「失礼」


「行儀悪いですよ」


 友樹が絵里の机に腰掛けると、絵里が唇を尖らせ、友樹が「気にすんな」と絵里の頭をくしゃりとやる。


「んー、そうそう、友くんさー…」


 絵里が口を開いて、絵里と友樹が会話を始め、彩香が時折喋る。


「まさか、絵里ちゃんが…逢引の手伝いをするなんて…!」


 更紗が廊下の窓から教室内を見てわなわなと震えている。


「ねぇ…覗きって良くないと思うのよ」


「同意だな」


 更紗の右に梨華、左に英次も同じように教室の中を覗きながら呟く。


「何でですか!部隊内の人間、しかも未成年が『不順異性交遊』という極めて破廉恥なことをしてるんですよ!」


 更紗に小さな声で巻くし立てられ、二人は「あー、はいはい」と呟く。


 事は絵里と友樹がカフェテリアから出て行った後の話だ。中等部は高等部に比べて若干早く午後の授業が始まるので、時差が出る。その時に事態を超人的に察した英次と梨華が、放課後に絵里の教室で何かが起こる、と予想して、放課後、教室、思春期の男女という構図から更紗が『不順異性交遊』を連想して、教室に無理やり二人を引っ張ってきた。ちなみに降矢は大学部の講義があると逃げた。


「しっかし、呼び出したのがあの子か」


 梨華が目を細くして彩香を見る。つい先日に棗生徒会長直々に謝罪をもらったわけだ。そのときに彩香も無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)部隊員(チームメンバー)に私情を挟んで攻撃を仕掛けたことを謝罪したのが記憶に新しい。


「で、友樹を好きな彩香に頼まれて、絵里は友樹を教室に呼び出したってトコかしら」


「だな、でも見ろよ。彩香って子は緊張しすぎて肩肘張ってるからな…ありゃスムーズにはいかんな」


 梨華と英次も何だかんだで教室の中を凝視していると、中等部の一年生は高等部が三人も教室を見ているのを気味悪がって、後ろを遠めに距離を置きながら歩いていく。


「あー」


 壁を背に床に座る英次に、梨華も同じように壁に背を預けて座り込む。


「ちょっと、見てなくていいんですか?三人になったら…まさか…三人!」


「ねーよ」


「ねーわよ」


 妄想を暴走させて顔を真っ赤にする更紗に英次と梨華が同時に突っ込む。


「目立ちすぎか」


 英次が周囲を見ると、好奇の視線を集めていることに気付いて、英次がぱちん、と指を鳴らすと、中等部の生徒たちの視界から三人の姿が消える。前回にも使った自分の姿を消す魔術(プログラム)だ。


「あ…」


 絵里が廊下を見て首をかしげる。確かに先ほどまで誰かがこちらを見ていたはずだが、今は何も感じない。絵里の持っている女神の(ガディスアイ)を使えば姿を目視することは出来ただろうが、至近距離(クロスレンジ)でこちらを観測している相手にばれたら結局逃げられるので意味がないと思って使用していなかった。


「どした?」


 友樹が尋ねると、絵里が首を横に振る。


「さっきまで見られてたような気がしたんだ」


「俺もそうだよ」


 友樹がやれやれだな、と呟く。


「友樹センパイは一年生の間では結構人気ありますから、そのせいじゃないですか?」


「さっきからそう言われてもなぁ」


 友樹はうーん、と唸ると彩香もようやく慣れてきたのか口を開き始めた。


「センパイは無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)にどうして所属したんですか?」


「ん?」


 言い辛いことで、友樹は思わず絵里を横目で見てしまうと、絵里がにこりと微笑んだ。


「絵里のこと知ってる?」


「一応…国の研究施設で酷いことされてたのは…」


 彩香が小さくなって聞いたことを後悔しているように見えて、友樹は「いい友達だな」

と正直に思った。人の過去の辛い話で自分も同じような気持ちになれる彩香は絵里にとっていい友人なのだろう。


「俺が野良だったときに、絵里を助け出して、そこに英次隊長が来て俺たちを保護してくれたのが出会い。その時は無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)は降矢隊長と更紗さんだけだったんだよね」


「そうなんですか…」


 なおしゅんとしている彩香に友樹が苦笑する。


「二人は同じ後衛射撃(フルバックシューター)だけど、話ばっかりだとヒマだし、ゲームしないか?」


 友樹の提案に絵里と彩香が顔を見合わせる。


「二人の武装は?」


大型狙撃銃(ロングスナイパーライフル)です』


 二人が声を揃えて言うと、友樹が「ほう」と真剣な顔をする。


「ちょうど今は指導(プラクティス)の時間だ。絵里は女神の(ガディスアイ)を使用禁止、彩香ちゃんは病み上がりだけど、偵察(サーチ)系の魔術(プリグラム)の使用を禁止」


 突然言われて何の話だか理解出来ずに二人の少女は首をかしげる。


指導(プラクティス)の時間内に俺を狙撃(スナイプ)して、ヒット出来たら明日、何でも言うこと聞いてやるよ」


「え?いいんですか?」


「えー」


 彩香が目を輝かせて、絵里が面倒そうな顔をした。友樹にとって暇な時間は死ぬほど退屈という持論があったし、訓練をしたいところは山々だが、同級生たちは皆指導(プラクティス)に入ってしまっている。彩香は謹慎処分中で今月いっぱいは活動自粛で指導(プラクティス)からも外されていた。


「明日は休日だし、俺の訓練の手伝いをしてくれるんだったら、その見返りもいるだろ?」


「私の得になら…」


 絵里が断ろうとすると、彩香に「お願い!」と無言で頼まれていることに気付いてため息を吐いた。


「まぁ…いいか。えーっと仮想戦闘領域(シミュレーションエリア)は?」


学園内(スクール)


 絵里の質問に友樹が答えると、絵里の瞳の色が変わった。頭の中に学園全体図(スクールマップ)が展開されているのだろう。


「えっと、私の射程距離(レンジ)は届かない距離がほとんどですけど…」


「私は隅っこから隅っこまで射程範囲内(オンスナイプ)だよ?」


 絵里が「不公平じゃない?」と友樹に尋ねる。


 二対一な上に狙撃は二人とも超一流クラス。どちらかがヒットさせれば試合が終わるようなゲームでは友樹に勝ち目はない。


「あー、いいよ。じゃあ三百秒後にスタートで」


 友樹がそう言うと教室から飛び出していく。


探索(サーチ)系の使用が不可能ってことは、うちらも飛び回らなきゃだね」


 絵里がいつも微笑みを浮かべているが、急に静かな威圧感(プレッシャー)を放って彩香は驚いた。


「殺さないようにしないといけないね?」


「え?あ…うん…」


 少し恐怖を感じながらも、彩香は頷く。


 チャンスだった。明日、デートする権利をもらうためのチャンス。どーせだったらもっと仲良くなりたいし!と彩香も気合を入れる。


「友樹くんは降矢さんの指導(プラクティス)も受けてて隠密(ミッシング)も得意になってるから、目視だけじゃダメだね。禁止されたのは探索(サーチ)だけど感応(フォドビドゥン)は禁止されてないから、高速で移動する魔力(マギウス)着目(ウォッチ)すればいいと思う」


 さすがだな、と正直に絵里に感心した。いつもは単純なのか天然なのかわからないように笑っているが、一度思考が『戦闘』に切り替わってしまえばその面影がなくなってしまう。


「厳しいな…動体射撃か…」


 彩香が呟くと、絵里も頷いた。


「他にも人がたくさんいるからね…貫通弾や兆弾が怖い」


 探索(サーチ)系の禁止はあらゆる意味でデメリットだった。風向き、風力、湿度、温度、地球の回転をも探索(サーチ)に頼っている以上、誤射は必至だ。そして周囲の対象(ターゲット)以外の位置関係も探索(サーチ)で感知しているため、引き金を軽い気持ちで引けば…学園生を狙撃(スナイプ)してしまうことになり兼ねない。


「面白いことになったわね」


「だな」


「…一応、こちらで管制(ウォッチ)します」


 梨華、英次、更紗が顔を見合わせて、可愛い後輩のもしものときのためにサポートを開始する。誤射(ミスファイア)による被害などを未然に防ぐにはそうするしかない。


「まったく…休み貰っても訓練とは…」


「呆れるわね」


 英次と梨華の顔を見て更紗が苦笑する。


「言うことと顔が違いますよ。本当は褒めてあげたいんじゃないんですか?」


「そう見える?」


「はい、見えます」


 梨華が「そんなんじゃないわよ」と言いたげにして、更紗は「素直じゃないんですから」と小さい声で呟いた。


 とは言え、忙しくなりそうでもあった。




狙撃(スナイパー)が二名、本来は超長距離(リミットレンジ)からの狙撃(スナイプ)を得意とする絵里だが…」


 実は中距離の狙撃(ミドルレンジスナイプ)に対して粗が出る。


 友樹は実際のデータを見て理解するタイプではないが、直感的に絵里の苦手な距離を把握していた。ちなみにもう一人のほうは、悪いが脅威に感じなかった。


 名前は…誰だったか…。


 同学年という彼女をダシにさせてもらったが、本当は絵里との一対一が目的だった。それ以上でも以下でもない。


 学生食堂の堂々と窓側に座って友樹は自分に向けられる殺気を感じ取る。どんなに優秀な狙撃手(スナイパー)でもその瞬間だけは絶対にこちらを『殺そう』と思うはずだった。


「…」


 手の中の紙コップがはじけた。


 友樹は慌てて机の下に隠れる。殺気すらなかった。


「ちっくしょ」


 今のは運が良かった。窓ガラスが防弾で侵入角がずれただけに過ぎない。他の生徒たちは皹と小さな穴が開いた窓ガラスに目を丸くしているが、さすがにパニックにはならなかった。他の部隊(チーム)指導(プラクティス)の流れ弾だと思ったのだろう。


「弾丸が飛び交うのが日常の学校か」


 友樹は「ここは戦場だな」と呟くと死角と死角を渡り歩いた。



 ◆◆   ◆◆


「だめかぁ」


 絵里は「んー」と可愛らしく悩んでみせると、入り口を見ているはずの彩香に視線を送る…が、彩香はそこまで目がいいわけでもないし、視えるわけでもない。


「やり辛い…なぁ」


 梨華と一緒に行動していれば意思の疎通が出来ないこともなかったが、今回は勝手が違った。


「こっちの位置ばれてるのかなぁ」


 ふと首をかしげる。


 建物の中にいても、外にいても距離四百メートルを確実に移動されて、今まで何発も狙撃して来たが絶対に障害物や風の影響を受けて弾丸が逸れてしまう。


「絵里」


 ふわり、と隣に彩香が着地して、二人は四階建ての校舎の屋上でスコープを覗いていた。


「カフェテリアで失敗したのは何故?」


「防弾ガラスのせい」


 絵里が憮然と吐き捨てると、彩香は「そっか」と残念そうな顔をした。


「あそこのガラス、歪んでるから簡単な衝撃で歪が出来るみたいだね」


 彩香の観察は鋭い、確かにその通りだったが確実に『頭を狙撃(ヘッドショット)』したつもりだった。何かがおかしい…。何かが。



 ◆◆   ◆◆


 友樹は校舎の屋上にいる二人を見て苦笑した。


「友樹センパイ?」


「はいよー?」


 声をかけられてそちらを見ると彩香が立っていた。


「あれ…え?」


 屋上を見ると二人がまだ立っている。そしてこちらに銃を向けていた。ご丁寧にレーザーポインターなぞこちらに向けて狙っていることを主張していた。彩香が二人いるこの状況で、友樹は迷わず目の前にいる彩香の顔を蹴り飛ばす。そして教室のドアに向かって体当たりして教室に転がり込み、そのまま二階から外へと飛び出した。


「…あー」


 左足に残る『人間』の感覚に友樹はうんざりとする。やっておいてあれだが、後輩を蹴り飛ばしたのは後味が悪い。


 

 ◆◆   ◆◆


 容赦ないなぁ。


 腹部に軽い衝撃を受けて、腹を摩る。


 彩香の操った砂と水と魔力を練り込んだ『人形(ドール)』を向こうに向かわせて、注意を逸らしたのは良かったが、向こうは容赦なく自分の姿をした『人形(ドール)』を破壊した。『接続(リンク)』の解除が遅れたら被害(ダメージ)が自分にも及ぶところだった。


「躊躇わずに撃っちゃえば良かったのに」


 絵里に言われて彩香は「そうだね」と苦笑した。


 友樹センパイを撃つのは私に任せて、と言われて絵里は譲ったが、その結果それだった。


「友樹くんは結局、自分に自信があるからわざと私たちに見える場所を移動してるのかも」


 絵里が呟くと、今度は大学の校舎を指差した。


「四百十八メートル。風力偏差の高い場所。入り組んだ風が邪魔で私たちはここを放棄しないと狙撃(スナイプ)できない」


 絵里が環境を素早く読み取ると、彩香もそれに同意した。


移動狙撃(ムービング)に切り替えよう。なんか頭に来たよ」


「絵里?落ち着かないと相手はセンパイなんだから、行動を先読み…って」


 ふわり、と絵里が中空にその身体を浮かせると、友樹の姿が見えなくなった。


「誘われてる?」


「かも」


 絵里がぎり、と悔しそうに奥歯を噛み締めた。そんな絵里の悔しそうな表情を見て、彩香は唖然とした。いつも温和な絵里がクラスで見せたことの無い表情だ。


「いいんちょー、友樹くんの左足を狙ってください。どんなときにも」


「へ?」


「いいです?」


「あ、うん」


 左足を狙えという指示にとりあえず頷いておく。


「行くね」



 ◆◆   ◆◆


 ここで絵里は痺れを切らしてこっちに突撃してくる。


 友樹の勘に従うかのように絵里が屋上からこちらに突っ込んでくる。


「鬼ごっこだな」


 両足に魔力(マギウス)を充填して友樹は廊下を駆け出すと、ガラスのぶちまけられる音と同時に絵里が突っ込んでくる。


 絵里の放った弾丸が後方から友樹の頭を掠める様に飛んで、空気を切り裂く音が耳に響く。


 絵里の苦手な距離。八メートル。


 その距離をしっかりと保ってやれば確実に当たらない。大して広くない廊下をステップを踏むように左右に身体をぶらしながら走り、階段を下りる。


 狙われているほうは気が気ではないが、撃っているほうは歩行者に気を配っているのだからそれはそれで厳しい条件なのかもしれない。


 とはいえ…。


 先ほどからちらちらと感じる梨華姐さんの気配はなんだ?


 視られている感じが時折、絵里の視線とかぶってやり難い。



 ◆◆   ◆◆


 英次と梨華、そして更紗は学園(アカデミー)の特定三人に対しての妨害(ジャミング)をしていた。


「首尾はどう?」


 梨華に尋ねられて、英次がサムズアップしてみせると、更紗も同じようにしてこちらに合図を送った。


「梨華、なんでこんなことをしようと?」


 英次がさすがに意図が読めないと渋い顔をすると、梨華は「つまんないんだもの」と不満そうに言い放つ。


「絵里の『女神の(ガディスアイ)』を禁止して、友樹は自分の制限を設けてない。これじゃあ絶対に当たらないわ。言っちゃ悪いけど、絵里ちゃんなんて瞳を取ったら超一流の狙撃手(スナイパー)でしかないのよ?」


「超一流ならそれでいいじゃないですか…」


 更紗がその物言いに苦笑すると、梨華は首を横に振る。


「一般の兵士で一般の戦争をするならそれでいいかもしれないけど、友樹は魔導師(ウィザード)なのよ」


「まぁ、なぁ。魔導師(ウィザード)を相手にするには一般人には出来んな」


 英次もそれには納得するが、二人に手助けをするような梨華の性格上有り得ない行動が気になっていた。


「友樹ってけっこう、正々堂々としていると思ったけど、自分が絶対に負けないルールでゲームを作り上げたのよ。あの子、少しずるいわ」


「まぁ…」


 英次がにやりと笑う。


「やりますかね」



 ◆◆   ◆◆


 友樹は左耳に嵌めていたイヤホンを投げ捨て、舌打ちした。


「くそー」


 絵里の頭を撫でたときに設置した発信機が電波か何かの影響を受けて壊れてしまった。四百メートルの距離を適性に保つための発信音が聞こえなければ、距離は愚か場所すらもわからなくなってしまう。


「EMP?」


 びりっと言う音と共にイヤホンを投げ捨てたのだが、教室の放送用スピーカーからびり、びり、と何か振動するような音が時折聞こえてくる。


 電子機器系が狂っているのかもしれない。


 携帯電話をポケットから取り出すと『圏外』の文字が出ている。


「誰だ…電子機器系を狂わせやがった」


 中等部三年の教室に入り込んだ友樹を上級生たちが首を傾げて見ていた。


「あー、今指導(プラクティス)の最中なんで…すいません」


「気にしないで。君たちのことは『梨華さんから聞いている』から」


 男子の先輩に言われて友樹は顔を顰める。


 なるほど、あの人のせいか。


 不正は許さないと言わんばかりのこの行為に友樹は舌打ちした。



 ◆◆   ◆◆


 絵里が高等部の屋上に戻ると彩香が銃を解体して「うーん」と悩んでいる。


「どうしたの?」


 絵里が尋ねると彩香が首を横に振る。


「私の計測器って電子制御だから…使えなくなっちゃった」


「あのEMP余波だよね」


 絵里も感じ取った、瞬間的な電気のような波動を受けてPDAまで使用不可能になっていた。


「ホログラフィサイト使ってたから、ちょっと困っちゃって」


「うーん」


 絵里は銃を彩香に渡す。


「私のは電子機器に頼ってないから、扱いづらいかもしれないけどどうぞ」


「絵里はどうするのよ」


「私はもう一つ同じのある」


 絵里が右手を伸ばすと、何もない空間から大型狙撃銃(スナイパーライフル)が現出すると、絵里がそれを握り締めた。


狙撃(スナイプ)ってなんだろう」


 絵里が呟くと彩香が首をかしげる。


「相手が届かない距離から狙って撃つことだよね」


「うん」


 彩香に言われて絵里が頷く。言われるまでもないことだ。相手をこちらが先に見つけて『暗殺』することが狙撃だ。相手に気付かれる前に…。


 なら相手はこちらが狙っていることを知っているこれは、狙撃に値するのか?


「あ」


 絵里は彩香の耳元に口を近付けると、彩香は目を丸くした。


「え?」


「やろう。たぶん正解はこれ」


「でも…え?」


 絵里が彩香の手を取って空へと上がる。


 その様子を見て梨華がにやり、と笑う。


「絵里が気付かないわけないなぁ」


 英次は苦笑すると更紗が不安そうな顔をする。


「被害を最小限に食い止めるためにEMPを解除しました」


 更紗に言われて英次が「了解」と手を上げる。


「絵里ちゃんと彩香さん、高度千五百メートルに到達」


 更紗の前線管制(ウォッチ)で補足された二人はそこからこちらを見ているはずだった。



 ◆◆   ◆◆


 絵里と彼女が学園内にいない。


「ルール違反はしないはずだけどな…」


 友樹は首をかしげると、移動を開始した。


 気配を消す方法など絵里が習得した話は聞かないし、あれは不器用な魔導師(ウィザード)だ。火力以外で秀でているものはない。


「んー?」


 彼女に見られている感じもしないし、英次や梨華がこちらを監視しているような視線も感じない。平和な学園で何処からか指導(プラクティス)の嬌声が聞こえてくるだけだ。


 EMP系統の余波も感じない。腕を組んで外に出る。見られていないなら二人はどこか校舎の中を散策しているのかもしれない。


「は?」


 まず衝撃だった。ごきり、と右腕が音を立てて、身体に何か重たいものが落ちてきた。


「うおっ」


 視界が真っ暗になると何かに身体ごと押し倒される。


 遅れて銃声。音速を超える速度で到達した弾丸と、それだけの距離からの狙撃だった。


「えっと、チェックメイト」


 彩香がにこりと笑い、眉間に拳銃を当てられると、友樹は「やってくれるぜ」と苦笑した。彩香の太ももが友樹の首を絞めるようにして、馬乗りにされている。逃げようがないし、体術で投げ飛ばしても確実に撃たれる。負けだった。



 ◆◆   ◆◆


 絵里の教室で三人が顔を向かい合わせると、絵里がにこにこと笑っている。右腕を外された友樹は自分でそれを嵌め込み、苦い顔をしていた。


「弾丸は彩香か?」


 友樹に聞かれて絵里が頷く。


「上空から自由落下してくる弾丸は友樹くんの感知に含まれないでしょ?」


「まぁ…魔力(マギウス)を完全に制御できる彩香が降って来て、全力射撃(フルシュート)した絵里の魔力弾丸(マギウスバレット)を隠れ蓑にされたら、なぁ」


 瞬間的に直上から狙撃された友樹はそれを察知して、上を見ながら『左足を軸にして回避』行動をとった。瞬間的に視界に入った彩香を受け止めるために『反重力魔術(リフレクション)』を起動して彩香を受け止めたのは、人間としてあの落下速度では『死ぬ』と判断したからだろう。


 絵里は友樹が絶対に彩香を助けると判断した上で、友人である彩香に『落ちろ』と言ったに違いない。


「あと、これ」


 絵里が友樹に手を突き出し、友樹が手を出すとそこに小さな発信機を落とした。


「EMPで気付いたけど、こんなの卑怯じゃない?」


「EMPは梨華姐たちの仕業だろうよ。俺のズルを見抜きやがった」


「最初の狙撃で気付いたよ、私は」


 絵里が悪戯っ子のように微笑んで見せる。


「普通、いくら学園(アカデミー)だからってカフェテラスに狙撃(スナイプ)したら大問題になるよね。特に理事長がいたし」


 理事長がいた、と言われて友樹は首をかしげた。そもそも理事長の顔を知らない。


「良く言うわよ、絵里は理事長の顔も知らなかったでしょ」


 ぺち、と彩香に頭を小突かれて絵里が苦笑する。


「彩香さんもよく突っ込んで来たよね、俺が気付かなかったらどうするつもりだった?」


 友樹が尋ねると、彩香はポケットから小さなナイフを取り出した。


「ぎりぎりでこれを握れば、友樹センパイは絶対に気付くって絵里ちゃんが…」


「友樹くんは自分を傷付ける可能性があるものをいち早く気付く性質があるでしょ」


 さすがに長年、一緒に行動して来ただけはある。友樹はなるほど、と納得するしかなかった。


「最後に一つ質問」


 友樹が絵里をじとりと睨むと、絵里が苦笑する。


「実弾を最後に使ったのは嫌がらせか?」


「魔力弾でよかったんだけど、炸裂弾にしたのはわざと」


 実弾は重力加速度を持ってさらに威力を増して友樹に突き刺さった。友樹は自分の位置を知らせるかのように魔力(マギウス)を放出し続けていたが、狙撃された弾丸が身体に当たった場合、致命傷にならないように身体を保護していたのだから、そうなるのは仕方が無かった。

 ただ保護されている以上、直撃できても「していない」と言われてしまえばそれでチャラにされてしまうから、軽度の怪我をさせる必要があった。

 


 ◆◆   ◆◆


 結局は相手のやろうとしていることを先読みする必要があるゲームということ。


 梨華はにやり、と悪魔のように笑うと英次がそれを横目で見てため息を吐いた。


「後輩たちはとっても汚いわよね」


「知恵を絞ってるって感じもするが…やり方が姑息なのは認めるしかないな」


 梨華と英次が絵里の教室に仕掛けた小型カメラとマイクで中の様子を見ていると、更紗が「盗撮に盗聴しているセンパイもだいぶ姑息ですが」と苦笑する。


「で、やられた友樹は絵里ちゃんと彩香の奴隷になるんでしょ?」


「え?そうなんですか?」


 梨華の物言いに更紗が顔を真っ赤にする。


「そういうルールだったか?」


 英次が首をかしげると、梨華が「違ったかしら?」と首をかしげる。




 友樹が絵里の要求に従って頷く。


 セーフハウスから学園までの鞄持ちという可愛らしいものだったので友樹はその要求を快諾したのだ。


「で、彩香さんは?」


「えっとですね…」


 彩香がもじもじとして何かを言っているが、よく聞き取れない。


「私が言う?」


 絵里が気を利かせてくれたのだろうが、彩香はその申し出に首を横に振って拒否する。


「明日…一緒に遊んでください」


 あまりにも子供っぽい言い方になって、彩香は顔を真っ赤にして机に塞ぎこむ。


「遊ぶって…遊ぶ?」


 友樹は絵里を見ると、絵里が頷く。


「一緒に遊んで欲しいんだって」


 絵里に言われて友樹が「はぁ?」と怪訝な顔をする。


「明日って、絵里の誕生日じゃねーか」


「だっけ…」


 絵里が言われて少し考えると「あー」と呟く。


「明日は先約があるから無理だな」


 英次がぽん、と彩香の頭を撫でる。無理、と言われて彩香が哀しそうな顔をする。


「明後日ならいいぜ?どうせ休みなのは変わんないし。どーせなら明日、セーフハウスに来いよ。絵里の誕生日だから一緒に祝おうぜ」


 友樹はそれだけ言うと、教室から出て行く。


「くそ…」


 無造作に壁に向かって拳を突き立てると、壁にクレーターが出来て破片が飛び散った。


 絵里がこっちのしていることに気付くまでは良かった。絶対に気付くはずだと思っていたし、それも計算のうちだった。二人が狙撃(スナイプ)から格闘(アーツ)に切り替えることを望んでいたのだが、予想外な方法で結局、狙撃(スナイプ)のまま決着してしまったことが友樹にとっての誤算だった。


 大学部の研究塔に入って降矢の部屋に入ると、降矢が友樹の顔を見て苦笑した。


「人を思い通りに操るのって難しいですよね?」


「あー、降矢さんも知ってたんすか?」


 友樹は言われて無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)の全員が今回のことを知っていたのか、と改めて『敵に回したくない人たち』だと感じた。


「更紗さんが何かあったら、と連絡をくれましてね。みんな過保護ですから」


「そっか」


 友樹はソファに座って横になる。


「英次隊長、梨華副隊長はどうしてあんなに戦場を…人を制御出来るんですかね」


 作戦を行っているときにする、あの敵を管理して思うように動かす方法、それをやってみたかった。それが出来れば…と思ったが結局、あの二人は想定外の行動をした上に、こちらの行動を読まれてしまった。これではまるで自分が管理されているようだった。


「詳しく、話してみてください」


 降矢に言われて友樹は事の次第を一つ一つ説明すると、降矢は黙ってそれを聞いていた。


 そして―――


「英次くん、梨華さん、絵里さんの三人は共通して人を診てるんですよね。絵里さんの場合は診る、視る、観ると言うか…」


 メモ帳に文字を書かれてそれを投げられ、友樹は首をかしげた。


「同じ『見る』でも性質が全く違う。精神的活動や行動をしっかりと把握している英次くんと梨華さんは確実にそれをマスターしていると言っても過言ではない。ある種、知っているような気もしますが…絵里さんの場合は特に貴方のことは良く見ていますから」


 降矢が苦笑すると、友樹は何だか悪い気はしなかった。


「絵里が俺のことを良く見てるって…どうしてそう思った?」


「気付きませんか?」


 降矢が首をかしげると、友樹は「さぁ」と首をかしげた。


「そうですね…部隊(チーム)で行動しているときに、英次くんと梨華さんは『両サイドのウィング』を勤めていますよね。絵里さんはどこにいるか知っていますか?」


後衛狙撃(フルバックシューター)として後方にいるってのは…」


 友樹が正確な位置は知らない、と正直に言うと、降矢が頷いた。


「君の完全な死角が一箇所ある。左後方です」


「え?」


 降矢に言われて、友樹は記憶の中で作戦行動中の絵里の姿を探すが、確かに絵里の姿はおろか、感知も出来ていなかった。感知できていない、ということは死角がそこに存在していて、そこに絵里が常に『後方支援(サポート)』として入り込んでいるということだ。


「距離八メートルの狙撃(スナイプ)が苦手な絵里さんですが、距離八メートルに誰がいるか知っていますか?」


「俺…だ」


 友樹が驚愕に満ちた声で呟く。


「あなたがいる位置は、絵里さんが必然的に『恐れている』距離です」


 降矢が断言する。


「身勝手に動く前衛(フォワード)が距離八メートルの場所を右往左往されたら、狙撃手(スナイパー)は恐れますよね?」


「四百メートルってのは…絵里が…望遠距離狙撃(ロングレンジショット)をするときの俺とあいつの距離か」


 全部自分のせいで、彼女の精神に入り込んだ『恐怖心』が結果としてその他の状況にも起因している、ということ。


「気にする必要はありません。前衛は一点突破が仕事です」


「そんな…わけないだろ」


 友樹が上半身を起こしてソファに座り、落ち込むと降矢が苦笑する。


「そんなわけないですよね。だって貴方は威力前衛(アグレッシブフォワード)ではない。能動前衛(ポイントガードフォワード)として『守り(ガード)』そして『後衛(バックス)がやりやすいようにする』のが仕事です。絵里さんは今まで、とても仕事がやり難い状況であなたをサポートしていた」


「最低だな。センパイとして」


「いえ、ネガティブに考える必要はないんですよ。絵里さんはそれ故に『ギリギリの射撃』を実行できる能力を身につけた。冷やりとしたことはありますが、私たち前衛を掠める狙撃を実行できるのは彼女だけでしょう」


 それはただ、友樹に対する降矢の慰めにしか聞こえなかった。


 絵里は『優しい子』だから文句一つ言わなかった。それだけのこと。

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