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本人に聞いたほうが早そうね

 衝撃が背中から全身に駆け抜けた。


「っとぉ」


 友樹が梨華を全身で受け止めるようにして壁に激突するのを回避する。


「なんだぁ?」


 隣を見ると一緒に行動していた更紗が友樹を必死に抱え込むようにして飛び、地面の上を一緒に転がった。


「梨華姐ぇ…っておいおい」


 気絶している梨華をそっとその場で横にする。


「そっちは?」


 更紗に聞くと、更紗がゆっくりと首を横に振る。英次も意識が飛んでいるらしい。


 英次、梨華を昏倒させるだけの実力を持った魔導師(ウィザード)がいるとしたら、また国連はパワーバランスで大慌てすることになるだろう。友樹はそれを考えると渋い顔をして二人を見下ろした。


 友樹と更紗がいるのは大講堂、と呼ばれる体育館のような集会場で初等部、中等部の生徒たち六千八百人を避難させている待機場で、ステージ上で他部隊に指示を出しているところに英次と梨華が文字通り吹き飛ばされて来たのだった。


「どうしようか」


 更紗がおろおろとしながら、二人を並べて素早く状態を確認し、何処か怪我をしていないかのチェックを終了させながら友樹に尋ねてくる。年上なのだからもう少し、しっかり指示を出してくれてもいいのではないか?とも思ったがそれが更紗の性格なのだから仕方ない。

 

 更紗が動じているっていうのがまず、うさんくせぇんだけどよ…。


 友樹は目を閉じて気絶している英次と梨華の顔を見てため息を吐いた。不意打ちか、よっぽどの思考の外の出来事だったのかもしれない。


「あれ?絵里…っ!」


 友樹が梨華と共に行動していたはずの絵里の姿が見えず、声を張り上げる。


「絵里ちゃんが…いません」


 更紗も不安なのか一層おろおろする。部隊(チーム)の隊長と副隊長が戦闘不能に陥れられる相手に絵里一人がどうこうできるはずがない。一瞬にして二人の間に緊張が走る。


 避難している生徒たちも壇上の異変を察知しているのか、先ほどまで冷静に、迅速にそして静粛に行動していたが、少々ざわつく。


「あれ、英次センパイと梨華センパイだよな?」


「嘘だろ?襲撃してきた奴ってあの二人より強いのか?」


「うちらもやられちゃうんじゃ?」


 今にも泣きそうな声や欺瞞に満ちた声が友樹と更紗にも聞こえてくる。


 まずい、暴動になりかねない。


 更紗が瞬間的にそれを察知すると、壇上に高等部の女性がさっと現れた。


「みなさん、安心してください。これは高等部生徒会の立案した緊急避難訓練です。事前予告なしに事を進めたことをまず謝罪いたします」


 棗がマイクを片手に全校生徒に説明する。


 嘘だな。


 友樹は二回の窓から外を巡回している大学生を見つけて瞬間的に判断した。旋回飛行のパターンが対空になっているところを見ると、敵の上空からの接近を予想しているはずだ。


「生徒の皆さんの迅速な行動に感謝いたします。怪我人などを出さなかったことは皆さんの…」


 説明を長引かせてとりあえず安全を確保する必要がある。棗の行為に更紗が友樹の袖を引っ張る。


「ん?…お」


 梨華と英次が頭を手で抑えながら立ち上がる。


「何があったんすか?」


 友樹が英次に尋ねると英次が奥歯を噛み締めて眉間に皴を寄せている。あまりいい事があったような顔にも見ないし、状態もそこまで良くないのだろう。


「時間軸の違う世界に飛ばされた。相手は未確認(アンノウン)


 英次の報告に更紗が目を丸くする。


「そこにいた女の子、たぶん推定年齢十歳から十二歳。記憶走査(メモリスキャン)を妨害された上に絵里と精神同調接続(メンタルリンク)して空間外に私たちを弾き飛ばした。敵性は不明だけど不気味な感じね」


 英次に続いて梨華が報告すると、友樹が舌打ちした。二人が不甲斐無いとは口が裂けても言えない。二人が優秀で尊敬出来る『先輩』で『魔導師(ウィザード)』なのはよく知っているし、『失敗』だったとしても責めることなど出来ない。


 英次と梨華は頭痛が激しく、それでも友樹の様子を見てアイコンタクトする。


 二人は友樹が『立派』になったと少なくとも感じていた。昔の友樹なら絵里のことになると自分を見失う傾向にあったのに、今ではじっと耐えてこちらの次の指示を待っている。


「皆さんの行動はとても素晴らしかったのですが、教職員側と生徒会側の不備のため、確認する事項の項目に不手際がありまして、みなさんにはそのまま少々お待ちいただく形になると思われます」


 棗が頭を下げると、生徒たちが「えー」と不平を口にするが、すぐにそれも静まる。大学、高等、中等の各生徒会の持つ権限と存在感のおかげで暴動は未然に防がれたことになる。


「棗、悪いな」


 英次が片手を挙げると棗が首を横に振った。マイクのスイッチを切った棗が英次たちの側に歩み寄る。


「私のせいでもあるわ。私が『全体回線(オープンチャンネル)』を使用したのが原因でもあるしね」


「それで質問がある」


「どうぞ」


 英次に言われて棗が涼しい顔をして掌を英次に向ける。


「まず何があった?」


「大学部と高等部の首脳部会議が三十二号会議室で行われていたところ、長距離弾道魔法弾攻撃(ロングアプローチ)されたのよ」


「それは面白くないわね…で、被害は?」


 梨華が腕を組んで尋ねると、棗がPDAを取り出すと四人もPDAを取り出す。データ受信。


 会議塔と呼ばれる円柱の建物が上空写真で表示され、十二階建ての八階部分が見事に焦げている。


「八階のフロアが完全に全焼したわ。建物が崩れるようなことはなかったけれど、エレベターがなくなったわ」


「そりゃ結構だけど、人的被害は?」


 友樹がPDAを見つめたまま尋ねる。


「四人…」


 更紗がごくり、と息を呑む。建物の焦げ方を見るとかなりの熱量だ。


「軽度のやけど」


「驚かせやがって」


 英次が苦笑いすると梨華が首を横に振る。顔には出さないが英次と梨華は安心したように身体から力を抜く。


「問題はこの長距離弾道魔法弾攻撃(ロングアプローチ)が何処からなのか、わからないこと」


「同時期に空間の歪を捕らえた魔導師(ウィザード)がいないか調べられる?」


 梨華に聞かれて棗が「少し待ってね」とPDAで全体送信を行う。学生、生徒全員に同じメールを送信して統計を取れるプログラムを持っているのは、学生、生徒自治権を与えられている首脳クラスのみだ。


「非常時に無回答がなくなるのは、人間がそれだけ弱い生き物ってことかしらね」


 棗が集計をしているPDAを見て皮肉る。


「集団になっていれば安心だと思う人の心の表れよ。中に敵がいたとしても…ね」


 梨華は「おめでたい思考よね」と呟く。


「残念ながら、いないわ」


 棗が答えると英次と梨華は「やっぱり」と呟く。


「棗さん、対瞬間移動術者(テレポーター)の施設を起動してください」


 更紗に言われて棗が目を細くする。そして棗が英次を見ると、英次が頷く。


 そうしたほうがいい、と言われた気がして棗はすぐに職員に対瞬間移動術者(テレポーター)施設の起動を要求すると、学園(アカデミー)一号校舎…大聖堂から霧のようなものが噴出される。


「どうして対瞬間移動術者(テレポーター)施設の存在を知っているのか聞きたいところだけど、今はその話は後にしたほうがよさそうね」


 棗が「やれやれだわ」と疲れたような顔をして見せる。


 学園(アカデミー)中央にある正五角形の建物を中心に様々な施設がある構内は深い霧に包まれ始めている。ここは要塞だ。外壁も五角形を形成していて、一般人が入るにはそれぞれ角の頂点に設置されているゲートを通らなければ中に入る事は出来ない。それを無視して上空から潜入しようものなら対空走査(パッシブ・フェーズド・アレイ・タイプ)レーダーに察知され、それを主軸としたイージスシステム四セットに迎撃される。瞬間移動術者(テレポーター)に対しての監視は主に行われていないが魔導師(ウィザード)を保有する学園(アカデミー)では常に生徒たちが異変を察知するので侵入しようものならば、すぐに生徒、学生の包囲網に看破されてしまう…はずだったが今回は勝手が違った。


 英次、梨華を二枚看板とするはずの学園(アカデミー)の内部に瞬間移動術者(テレポーター)が侵入した。


「まさか長距離弾道魔法弾攻撃(ロングアプローチ)したと見せかけて、内部で私たちを攻撃したの?」


長距離弾道魔法弾攻撃(ロングアプローチ)だったら対空走査(パッシブ・フェーズド・アレイ・タイプ)レーダーに反応があるだろ?あんたらはそれを知らない」


対空走査(パッシブ・フェーズド・アレイ・タイプ)レーダーがあるって知ってるのは国連と防衛省だけのはずよ」


 棗がじとり、と横目で英次に抗議する。


「秘密って隠されてるのはよく見つけちまう。隠してなければ気にならなかった」


「そう…機密保持書類にサインしていただきたいんだけど?」


「あら、私たちの技能詳細(スペック)だって機密保持管理義務下にあるんでしょ?だったら無駄よ」


 梨華が口を挟むと棗が渋い顔をする。


「国連の機密保持管理義務命令…か」


 友樹に実感が沸かずに英次と梨華を見比べる。この二人は本来ならば前線に立つ必要のない人物たちだ…。国連魔導軍(UNマギナリー)の複数方面隊を指揮する能力だってある。前回の未曾有の災害…魔術災害(マグ・ハザード)によって変化した地球地軸の修正を行ったのも二人の才能ゆえだ。


 一般公式には詳細が知らされていないが、太陽と地球の位置を微調整することによって地球環境の適性を保全した。そんなことをやろうと思う人はいないだろうし、やってしまった当人たちは「出来るからやった」程度の認識でしかない。


「棗さん、一ついいすか?」


 友樹が苛々した様子の棗に声をかけると、棗が首をかしげてから微笑を浮かべる。高等部では厳しい印象を受ける棗だが、中等部や初等部の生徒にはいつも柔和な笑みを浮かべているのは単純に年下が好きだからだろうか?


「なにかな?」


 急に態度を変えられて友樹は正直に「食えない人だ」と心の中で呟く。


「あんまり言いたくないんだけど、内部の犯行の可能性は?」


「友樹くん…」


 更紗も同じ事を考えていたのか、黙っていたが更紗も「可能性はゼロじゃないです」と友樹の意見に賛同する。


「内部…私は基本的にみんなを信じてるし…」


「言い難いか…」


 英次がやれやれと首を横に振ると棗がまた渋い顔をする。


「いいか?生徒会は基本的に生徒を守る立場にあるからな、内部の犯行であったとしてもそれを調査したりしない」


「そ、でね」


 梨華も人差し指を立てて説明する。


「内部調査を行うのは生徒会とはある意味対を成す組織で、生徒会の下部組織に当たるんだけど、別系統の組織があるのよ」


「まぁ、内務執行部って言うんだけどな。内部の調査はそいつらがやってるはずだ」


 英次と梨華が口々に説明すると、棗は「貴方たちには機密とか情報規制とかの制約は関係ないのね」と空を仰いだ。


「あるものをないようにするのは大変よ?ないものをあるように見せかけるのはけっこう簡単なんだけどね」


 梨華の言葉に友樹は「なるほど」と納得する。たぶんこの二人には学園(アカデミー)に散らばる違和感を察知して調べたのだろう。その小さな違和感、歪を見逃さない洞察力と観察力がある、ということだ。例えば壁にポスターが貼ってあって、隅が少し破けていたら「どうしてそうなったのか」まで考察するタイプの人間だ。


「敵わないわね」


 棗が白旗を揚げると梨華が苦笑する。


「手段はいくつも用意しておきましょう。手段がだめなら切り札。切り札もダメなら…」


「奥の手、だな」


 英次と梨華がステージからひょい、と降りると生徒たちが中央を二人のために開ける。


『絵里を取り戻すぞ』


『あら、言われなくてもそうするわよ』


 思考を接続して二人が交信する。


『あの小娘…と失礼』


『あら、私もそう思ってるからいいわ』


 正直、梨華は英次と同じようにかなり頭に来ていた。全身が火照って仕方がない。


『あれの正体は大体わかったわね』


『亡霊か』


 英次が梨華の思うところと同じ事を呟いた。


『もっと高位のね…絵里に接触して来た』


 梨華の緊張した声に英次が目を細める。


『友樹のこと言えないな。梨華も冷静じゃない』


『あら?私は冷静…じゃないかもね』


『家族ごっこなんて興味ないんじゃなかったのか?』


 英次が意地悪く笑っている。


『ごっこじゃなくなっちゃったのかもね』


『…Stay cool』


『Yeah I know』


 梨華が答えると英次は視線を一度足元に落とす。




 二人が出て行ったのを確認して更紗が息を吐いた。


「棗さん」


「ちょっといいすか?」


 更紗と友樹に言われて棗が首をかしげる。


「ここじゃまずい…ってことで?」


「ええ」


 更紗がステージの袖に入り、棗も更紗のいる袖に入る。友樹は暗幕の近くで外を見ている。


「英次くんと梨華さんには言い辛かったんですけど、ひょっとしたらこれ無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)のせいなのかもしれないんです」


「唐突ね。だとしても私たちは生徒である貴方たちに責任を追及したりはしないけど…?」


「そうじゃないんです」


 更紗が首を横に振る。


「私たちの無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)は国連の直轄部隊になっています。非常時には『直轄ですらなくなる個別隊』にもなります」


「それは知ってるわ。他の学園(アカデミー)の部隊は『国家直轄』だから…国家の『魔法省』の直轄よ?」


「そこで問題が生じる…と考えた事は?」


「国連の思惑と国家の思惑の相違による摩擦は懸念されていないわけではないの。私たちはそれを緩和する…ため…に」


 今がその時なのでは?と棗が思い至る。


「国連直轄の英次くんたちは私たちに報告義務がない。事の次第によっては国連にも…報告の義務を持たない?」


「そうです。与えられている権限は『方面指令官』と同等なので、国内ではあの二人よりも上位の存在は居ません」


「それは初耳ね。国連の『方面指令官』っていうと、私たちだと…?」


「英次さんと梨華さんは『西太平洋と東アジア』の『方面指令官』と同等の発言力を有しています。これは『機密事項』に属する内容ですので無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)部隊員(メンバー)として『閉口命令』します」


「了承しました」


 棗が更紗に敬礼する。自分がいくら年上であろうとも『魔導師階級(ウィザードランク)』が上位の更紗に棗は従う『義務』がある。ここら辺が学園(アカデミー)内でもけっこう争点となる議題になる。生徒に対して絶対権限を保有する『生徒会と執行部』が生徒である『英次以下その部隊員』に強制命令を出すことが出来ないのは問題なのだ。指揮系統の混乱が予想される上に、生徒会と無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)の出す命令に相違が発生した場合、生徒たちはどちらの『指揮下』に入るかで混乱が生じる。


 英次と生徒会の間で認証されたのは無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)は『生徒に対して命令を一切行わない』ということが密約で交わされているが、英次の性格上、約束を不履行にするようなことはないだろうが…友樹や降矢のほうは危ない。使えるならば子供だろうが、犬だろうが何でも使うだろう。


「降矢さんと絵里ちゃんと連絡がつきません」


 更紗がPDAを棗に見せる。英次、梨華、友樹のバイタルリズムが表示されているが、他二名の名前のバイタルリズムは無表記で『No Signal』と表示されている。


「降矢教授…?そう言えば例の検死を担当しているわよね?」


「検死?」


「検死」


 更紗が首をかしげると棗が同じ言葉を返した。


「友樹くん」


 事実の確認のために友樹を呼ぶと、友樹はこちらを一瞥して動かない。


「あー、その話ならあれだろ。講義中に英次隊長と梨華姐さんが何かやってたからその結果じゃないのか?」


 友樹がこちらを見ずに更紗に報告した。講義中、降矢の授業中のことだ。更紗はそこで戦闘があったことを知らないし、死者が出たことなど寝耳に水だった。


「あそこで戦闘行為があったの?」


「ないから問題なんだろ」


 かったるそうに言われて更紗が『この小僧』と拳を握り締める。小憎たらしい友樹の言い方は時折、絵里や更紗をいらいらさせるのはいつものことだ。


「戦闘行為がなかったって俺たちは認識してる、けど実際にそこに死体があった。降矢さんは検死をしてる、その間に絵里が失踪して、英次隊長と梨華姐さんがぶっ倒れてここに出現した。んで二人でどっかにまた行っちまった」


 友樹が状況を整理して口にする。


 何がどうなっているのか全くわからない。


「私たちの状況はそれでいいかもしれないけど、正確には絵里ちゃんの失踪前後に棗さんの『全体通信(オープンチャンネル)』があった。私たちは…」


「外出禁止命令を梨華姐さんに出されてたよ。そもそもあの時、英次隊長と梨華姐さんがどうして『隠密行動(インミッシング)』をする必要があったんだ?犯人を発見した降矢さんが既に『隠密行動(インミッシング)』してるんだ。二人はそのまま強襲して降矢さんが『確保すればいい』だろ?」


 そのほうが降矢もやりやすいはず、更紗は確かに前後関係以前に英次と梨華の行動の不自然さに疑問を持つ。


「絵里の掃射射撃(スイープバスター)が梨華姐さんの近くで発射されてるけど、着弾予想地点(インパクトプレース)が割り出せなかった」


 更紗が呟くと友樹が「そうだ」と呟く。


「更紗さんの読めない着弾予想地点(インパクトプレース)ってことは世界のどこにも『着弾していない』ってことでいいんだよな?」


「着弾したことも感知できなかったから…」


「じゃあ、世界のどこかじゃなくて、違うどこかに着弾したってこった」


「どこ?」


 棗が二人を交互に見て訪ねる。


「きっと今絵里がいる場所の世界だ。時間軸の違う」


 更紗が呟くと棗が怪訝な顔をする。それこそ「ファンタジー」だ。


「降矢さんの動向が全く掴めないほうが俺には怖いぜ。英次さんと梨華姐さんのことだからきっと吹っ飛ばされてこっちに戻ってきたとしても、また向こうに行く手段なんてとっくに思いついてるし、俺たちには行けそうにもない」


「私たちは降矢さんを探したほうがいいわね」


「ちょっと待って」


 棗が二人の間に割って入る。


「一体全体どういうことなのか説明して」


「…」


 友樹は棗の前に立つと、深いため息を吐いた。


「あんたきっと俺たちのこと嫌いになる」


「ならないわ。私のかわいい後輩たちだもの」


 友樹は「詭弁だな」とかぶりを振る。そして友樹は棗の顔に指を指した。


「貴官は学園(アカデミー)の指揮官であっても公務に携わる権限を保有していない。よって情報開示は出来ない」


「ちょっと嫌いになったわ」


 友樹に棗が呟くと「だろうな」と友樹が苦笑する。


「友樹くん、降矢さんを探しましょう。ゼミ生の確保もしたいけど…」


「拓斗さんって人も探したいね、きっと降矢さんのお気に入りだと思うし一緒に行動してると思うよ」


 更紗と友樹が棗の目を見て会話を進める。


 この子達は賢い子達ね…と棗は無言で協力を要請…そうじゃない、命令されていることに気付く。頭に繰るやり方ではあるが、知らないところで勝手に行動されるよりも幾分かはマシだ。折衝を避けつつ生徒会と無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)が行動を共にするためには意思の疎通が必要だが、情報開示は出来ないし、その権限を二人は恐らく持っていないのだ。


 大きい声で内緒話を目の前でされて聞かない人間はいない。


 降矢を探すためにゼミ生の拓斗という人物を生徒会側で割り出せ。と暗に言われている。


「降矢さんと拓斗さんが危険に晒されている可能性も少なくないから、出来るだけ慎重に接触出来る条件化で進行させないと危険かもしれませんね」


 二人がステージ袖から並んで出て行く。


「頼もしい後輩だわ」


 棗は額に手を当てると空を仰いでにやり、と笑った。


「生徒会の棗です。緊急で学園内に居るとされる大学生の拓斗さんの身柄を確保してください。出来るだけ隠密で」


 棗がPDAを守秘回線(シークレットチャンネル)で接続し『生徒会の直属部隊』に指示を出すと三人の少女たちのバイタルデータが相互通信を開始した。作戦に参加するのは棗の指導(プラクティス)を受けている三人だ。PDAの『相互通信回線(リアルタイムオンライン)』を開いてインカムヘッドセットにブルートゥースにて接続して耳に装着。オンラインを確認。訓練で何度も何度も繰り返し行っている作業はてな得てはいるが…実戦でこの作業をするのは初めてだった。


 回線がつながる…。


『屈辱、ですよね』


 いの一番にそう言われた。わかっている、そう、これは屈辱だ。


「彩、今は集中して」


『でも…棗さんはようやく念願のその地位を』


「彩?私はいいのよ」


 優しく諭すつもりはない。だが裏腹に言葉が優しい口調になるのはきっとそういうことなのだろう。


『絵里は確かに優秀な魔導師(ウィザード)だと思うし、いい子だとも思うけど私たちと同じ学年で扱いがぜんぜん違う…なんでですか?』


「彩…」


 絵里の名が出ると彩はどうしても情緒不安定になる。同じ学年の無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)に所属する絵里という少女は彩香にとってライバルだった。


 後衛狙撃(フルバックシューター)というポジションにおいて正確さと威力を求められる上で、どちらも彩は到底絵里に及ばない数字しか出せない。資質が違いすぎるのだ。こればかりは誰のせいでもない。自分は『直轄部隊』として『月光夜(ムーンライトナイツ)』をそうあるレベルまで教育した中高等部において最強であることが求められる『直轄部隊』にした。それが誇りだったし、間違いではないと思っていた。そして生徒会長に就任した時に絶望した。秘匿ファイルや未公開ファイルにおいて無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)の名前が常に記録されていた。そして『梨華』の名前。


「仕方ないわよ。英次を始めとして、梨華、教授の降矢さんを揃えている無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)がわざわざ中等部の生徒を『召還』しているんだから…。その子たちが普通なわけないわ」


『普通じゃないって言うのは…人間じゃないって事ですか?』


 聞かれてドキっとした。その思想は余りにも危険だ。彩香がクラスメイトに対してその感情を抱くのはよくない。が、それを叱ることも出来ない。


 それだけ無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)部隊能力(チームアビリティ)は特出し過ぎていた。


『棗さん…絵里を見つけちゃいました…』


「え?なんで?」


 思わず棗は的外れな質問を飛ばしてしまう。


 駆け出して外に飛び出す。生徒たちがそんな棗の姿を見て首をかしげている。自分には今、確実に焦っている表情を隠しもせず、走り去ったのだろう。普段、生徒たちには絶対に見せない表情だ。


『確保しますか?』


「だめ」


『献上するためですか?』


「ちがう」


『私があの子に負けるかもしれないからですか?』


「落ち着きなさい」


『狙ってますよ。この距離なら外しません』


「いけないわっ」


 学園(アカデミー)のどこかで銃声が響いた。ほぼ同時に二発。


 どんっという音と同時にずんっと言う対物破壊銃(アンチマテリアルライフル)の音。確実にそれは彩香の持っている銃の音とは異質のもので、重たい破壊する音。棗はPDAを素早くポケットから取り出して彩香のバイタル表示を見る。生きてはいるが脈拍がひどく乱れている。学園(アカデミー)のマップを呼び出して彩香の位置を表示させる。近い。


 中庭に到着すると一人の少女が横になってうずくまっていた。


「彩!」


 少女を抱えあげると、彩香は口から血を流していた。それをハンカチでふき取ってやるが後からまた真っ赤な鮮血がこぼれてくる。腹部を押さえている手をどけるとそこからは出血はなかった。


「負けちゃったよ」


 悔しそうに彩香が呟く。


「次は負けないよ…絵里」


「ふざけないで。あなたは死んだのよ」


 実弾だったら…死んでいた。次などない…。


「いいんちょー、何で…?」


 とん、と翼をはやした少女が中庭に降り立った。


 天使…。


 可愛らしい子だった。


 天使装甲状態(エンジェリックアーマーモード)の絵里は首をかしげている。


 一緒に買ったはずのチョーカーに記憶されている術式。『飛翔(フライハイ)』の魔術(プログラム)に干渉して天使の翼を発現させるそれが、悲しく風に揺れた。


「致命傷にはならないし、傷も残りません。急いで病院に搬送してください」


 絵里が棗に頭を下げる。


 一緒にがんばろうって言ったのに、私は彩香ちゃんを置いて行っちゃったからかな。


 二週間前まで、狙撃することしか出来なかった自分が、魔術(プログラム)との融和を得て急激にその能力を開花させた。


 彩香にとってそれは…悲しいことだった。


 一緒にがんばりたかったのに…。


 絵里は周囲をきょろきょろと見回している。


「ちっちゃな女の子…見ませんでした?私よりちょっとちっちゃな女の子で白い衣装(ドレス)を着てる子なんですけど…」


「あなたが見えないものを私が見えるわけがないでしょ」


 PDAで救急車を手配しつつ、絵里の質問に答える棗に絵里ががっかりしたのか肩を落とす。


 絵里の能力なら知っている。棗に言い返されて「そうなんですけどね」と絵里が「うーん」と困ったような顔をする。ぶっているわけではないのだろうが、いちいち可愛らしいその仕草に彩香が対抗心を燃やす理由がよくわかった。未完成な少女が完成されているのだ。


「あなたの仲間が探してるわよ」


「あー」


 絵里は困ったような顔をする。


「英次さんと梨華さんに伝えてください。わたしは二人いるって」


 絵里はそれだけ言うと、閃光を発して消えた。


 救急隊がその後すぐに駆け付けて彩香を担架に乗せて運んでいく。仕事が残されている以上、学園(アカデミー)から離れるわけは行かない。


 …対瞬間移動術者(テレポーター)の防御装置が起動しているのに、『跳躍移動(ショートジャンプ)』した?


 絶対に不可能なはずだ。魔術(プログラム)では絶対に不可能。ということは魔法(マジック)…。


「梨華!」


 PDAに向かって棗が叫ぶ。




「呼ばれてるぜ」


 急に回線の開いたPDAをうっとおしそうに梨華が取り上げる。


 対瞬間移動術者(テレポーター)装置によって視界が悪いが一番見通しのいい中央部の屋上で二人が学園(アカデミー)の施設内を走査(スキャン)していたが、白い衣装(ドレス)の少女は見当たらない。


「なに?」


『絵里って子が白い衣装(ドレス)の女の子っていうのを探してたわ』


「絵里がいたの?」


『ええ』


 棗と絵里が接触したことに英次が目を細める。梨華にも納得が行かなかった。


『後、一つ聞きたいのだけど、絵里って子は『跳躍移動魔法(ショートジャンプマジック)』を使えるの?』


魔術(プログラム)なら教えたけど魔法(マジック)は教えてないわ。そもそも『世界に負荷がかかる魔法(マジック)』は教えてはいけない規則なの」


 規則ではそうだが『恵まれた子供(エレメンツ)』はその範囲外にある、とは棗には教えることが出来なかった。それでも絵里は『跳躍移動(ワープ)』や『短距離跳躍(ショートジャンプ)』系統の魔法(マジック)は習得していない。


『あの子、この状況下で『短距離跳躍(ショートジャンプ)』したわよ?』


 この、とはジャミングが効いている状況下で『短距離跳躍(ショートジャンプ)』は確かに魔法(マジック)でなければ出来ない。


「呑み込まれて…くそ」


 英次は、がんっと足場を蹴っ飛ばした。


 恐らく、絵里がまだ自覚していないだけだろう。


 梨華も英次と同じ思考に至ると、時間が一秒でも惜しかった。


「ありがとう、棗」


『よくわからないけどお礼を言っておくわ。あとうちの部隊員(メンバー)が私情を挟んであなたの部隊員(メンバー)に攻撃を仕掛けたの。返り討ちにされて病院に搬送したわ』


「そう…」


 梨華は絵里と誰かの戦闘を予想して、一瞬だけ哀しそうな顔をしたのを英次は見逃さなかった。


『私が代表として謝罪させてもらいます』


 棗の真摯な声に英次が首を横に振る。


「こちらとしても別に被害があったわけではなさそうだし、そちらの部隊員(メンバー)の早期回復を祈っているわ」


『ありがとう』


 棗が優しい声で呟くように言った。


『後、更紗さんと友樹くんが降矢教授を捜索するように私たちに遠まわしに指示を出したの。了承しておいてもらっていいかしら』


「かまわないわ。降矢はたぶん捕まらないから、拓斗って人に協力してもらっていい?大学部の協力も必要になってくると思うわ」


『大学部の?何か問題でも?』


「恐らく、降矢は私たちと同じように別の世界に飛ばされた可能性があるの。私たちは偶然戻ってこれたけど、降矢はまだ脱出できていない可能性がある」


『なるほど』


 棗が深刻な問題ね、と一人ごちる。そう、深刻な問題なのだ。


 降矢の居場所は絶対に知られてはいけない。自分と英次以外には…。


「現況は絵里の探している白い衣装(ドレス)の女の子。今は絵里の姿をしているわ」


『状況が飲み込めないけど…?』


「正確には絵里の肉体を精神憑依している可能性があるの」


「余計に…わからないわね」


 天井に上ってきた棗が梨華の背後に立つ。


「たぶん良く当たる予想だと思ってくれていいわ」


「そう」


 梨華と棗が向き合う。


 絵里と少女は一緒に居る。だけど絵里には認識できないはずだ。人とはそういうものだ。そしてそれを理解しているのは英次と自分だけで、説明するには少々ややこしい。だから後回しでいい。梨華はそう考えると必要な情報だけを頭の中で絞り込む。


「精神憑依状態って?」


「意識だけの存在がいるってことだ。まぁ今回のはかなり正確に残ってるからそう思えなかったけどよ…」


 英次が説明を始めると棗は難しそうな顔をした。


「幽霊とかそんな感じのもの。最も精神だけの存在は私たちにとって難しいものじゃないわよね。ネットワーク上に『精神断片(メンタルピース)』が残留することは確認されてるでしょ?」


「でもそれらはすぐに散逸して消失するはずでしょ?」


 梨華が頷く。


「何らかの方法をもって、精神だけを長く駐留させていたと考えるのが妥当なのよね」


「なぜ?」


 棗がバカ正直に尋ねてくるのに梨華は面倒そうな顔をする。


 あなたは既に知っているはずだ、とはあえて言わない。


 実は絵里を捕まえることが正しい。といことになるのだろうと棗は認識すると、それを先に知っていればさっき捕獲できたと歯噛みする。


「ねぇ生命に終わりが何故あると思う?」


「生まれて終わるから生命なのよね…死が無ければ対となる生はその意味を消失する」


 棗がまた真面目に答えると英次は小ばかにするように笑った。


「なに?変なこと言った?」


 棗が英次を睨み付けると英次は「いや?」とまた笑う。小馬鹿にされて棗がよりいっそう苛々し始める。


「質問を変えるわ。あなた死にたい?」


「え?」


 さらり、と明日の天気は?と聞かれるように言われて棗がきょとん、とする。


「本人に聞いたほうが早そうね」


 梨華と英次が屋上から跳躍して地面に着地する。棗は慌てて二人の後を追う。二人の姿がぶれた。焦点がずれて光学的な分散を見せると姿が完全に消える。


 …さすが。


 認めざるを得なかった。駆け出した歩をゆっくりと止めて棗は誰も居ない通路に立ち尽くす他無かった。


 高位の魔導師(ウィザード)階級(ランク)は『Unknowns』だ。人智未踏の世界法則を知る神域に到達する技術(スキル)を保有する存在。それは人か…神か…あるいは悪魔か。


「ごめん」


 梨華の声が聞こえると腕をぐい、と引っ張られると、世界の色が暗転した。セピアな風景がそこに広がっている。


「なに…これは」


「時間軸をずらしただけよ」


 梨華が涼しい顔をして周囲を見回している。


「絵里も巻き込んだから、この世界は私と英次、そしてあなたと絵里しか存在していないの」


「つーことはここから出るには梨華が自分で特定の対象を任意に選択するか…」


「殺されるしかないってこと」


 梨華がにやりと笑う。


 四つの噴水が正方形の頂点になるように配置され、三人はその中央に立っていた。その噴水の水がまるで高速カメラで映写しているように止まっていて、水しぶきが美しく見える。中等部一年の水という不定形のものを操る訓練で使用される水場だ。


「絵里?聞こえていたんでしょ?外に出るには私を殺すしかないの」


 まるで楽しんでいるような梨華に棗はぞくりとした。まるで「やってみろ」と挑発しているようにも聞こえるし、事実そうなのだろう。


 梨華が噴水に近付いて、腕を振る。風斬り音がピンッと鋭く響くと同時に水滴が弾き飛ばされて左側の噴水に直撃する。


「外れちゃった?」


「見えてるから…」


 絵里が噴水の水の中から現れる。動かない水に濡れることはない。光の乱反射で絵里の姿は見えなかったが、完全に『精神同調(メンタルリンク)』出来ていないために絵里の暴れるような魔力(マギウス)を消すことが出来なかったのだろう。そもそも絵里は自分の魔力(マギウス)をそこまでコントロールできる領域にはいない。それを知らずに憑依している少女は未だに絵里を管理するために奮闘しているはずだ。


「あなた、あの世界に入って来れる能力を持つ人を待ってたのね?」


「ええ」


 絵里が頷く。棗は未だ人の身体を乗っ取ることの出来る精神存在に懐疑的な様子で絵里を見つめている。


「私に近い年齢で、可愛い子を待ってたの」


「あら、絵里が聞いたら喜ぶわね」


「んなわけねぇだろ」


 梨華に英次が突っ込む。どこまで本気でどこまで冗談なのか…、棗には梨華と言う人物を計り兼ねるものがあった。


「でも…だめ」


 絵里が残念そうに呟く。


「この子はまだ成長過程にあるみたいなの」


「女の子はそれくらいから成長するのよ?人を好きになったりして」


「…あなたが言うとなんでうそ臭く聞こえるのかしら」


 棗にまで突っ込まれて梨華は「そうじゃないの?」と棗に尋ねる。


「…とりあえず、人を好きになるかどうかよりも、人の成長こと魔力(マギウス)においての伸びしろは個人によるものが大きいからな」


「お兄さん、英次って言うのね。私がとっても信頼してる人」


「そりゃどーも」


 英次がかぶりを振る。


「あなたが梨華?」


「ええ、いじめるお姉さん」


「正解」


 梨華が自分でそう言うと英次が指を鳴らして口笛を吹く。


「私の憧れの人みたいね…今となっては関係ないけど」


「言ってくれるじゃない」


 梨華が一直線に地面を蹴り上げて、一瞬にして絵里の胸に手刀を叩き込む。ずぶり、右手が手首まで完全に絵里に突き刺さった。


「なっ」


 棗が梨華を止めようとすると、英次が棗の前に半身を割り込ませて、腕を上げ行く手を阻む。


「大丈夫だ。心霊医術の一種だ」


「大丈夫じゃないよ」


 絵里はにこりと微笑むと、梨華の腕を両手で掴んで、腕を軸にして見事な横回転と同時に絵里の首に右足を放り込む。梨華は腕を引っこ抜いてそれをぎりぎりの間合いで一歩後ろに下がり回避、右足を軸にして鋭くその場で回転して左手を絵里の胸部に突き刺す。出血もなく、精神に直接魔力を撃ち込んで少女の精神を絵里から引き剥がしてやろうとしている梨華に少女の精神防壁(プロテクト)が邪魔をする。絵里が梨華の首を両手で掴んで締め上げる。


「残念、私は心臓で動いてないから、血流を止めても無駄よ?」


「魔女め」


 絵里がぎり、と悔しそうな顔をして忌々しげに梨華を見る。


「やめて頂戴。絵里はそんな醜い顔をしないわ」


 少女は目を見開いて、梨華の腹部に右拳を全力で叩き込んだ。同時に魔力放出(マギウスブロー)を受けて梨華の身体が噴水に直撃して地面を転がる。


「もういい。ぶっ殺してあげるよ」


「最初からそのつもりだったんじゃないの?」


 梨華が反動を付けて背中で地面を押し上げるようにして立ち上がると、腰を低く落として右拳を腰に当てた。左腕を縦にして顔の前に垂直にあげる。英次は梨華が珍しく肉弾戦をする様を見て首をかしげる。


「この子がそんなに大事なの?魔力被害(ダメージ)を与えると回復に時間がかかるし、後遺症が出るかもしれないしね?」


「え…?」


 絵里の言い方に棗が梨華を見ると、梨華はいつもより何処か『焦っている』ようにも見えた。


「そういうことなんだよ。今は絵里の精神力があの女の精神力に抗っているから、完全に乗っ取られてない。時間の問題ではあるけど、絵里の心が強い証明。魔力被害(ダメージ)を与えれば女の精神も削れるが、絵里の精神も同時に削られる上に、肉体的ダメージは絵里のもんだ」


「そんな…」


 英次に説明されて棗が愕然とする。人質を取られた上での戦闘をしている。しかも相手はその人質、という条件下で更に魔術(プログラム)魔法(マジック)による攻撃は禁止という制約付き。不利すぎる…圧倒的な不利。


「精神のみで浮遊する危険性を背負って、自我を保ちつつ憑依対象を見つけ、永遠に生きようって思った理由は?」


「死ぬのが嫌だ。じゃだめ?」


 絵里がにこりと絶対的優位を誇るように微笑んだ。純粋な微笑を持つ絵里とは違って、なんと汚い、生に渇望した笑みだろうか…と梨華はそれを見るだけで苛々した。


「永久に、少女でいたかったの?」


「うん、だってバカみたいじゃない。永遠の命だっておばあちゃんじゃだめじゃない。誰からも愛されないもの」


「愛ですって?」


 梨華が鼻で笑う。


「美しくなければ愛されないもの。そうでしょ?」


「そうね…でもダメよ」


「あなたは美しいから言えるの」


 少女は明らかに梨華に対して嫉妬である殺意の感情をむき出しにしている。


「あー、鏡は毎日見てるけど実感がわかないのよ」


「ふざけていられるの?今でもこの子は私のものになろうとしているのに」


「あら?」


 梨華がふと絵里の後ろに視線を運ぶと絵里が慌てて背後を振り向いた。英次の姿が消えている。


「不意打ちなんて卑怯な!」


 背後を振り返ったが誰もいない。


「あなた嘘吐きね」


 焦ったのを隠すように余裕を見せてゆっくりと絵里が振り向くと、絵里は目を見開いた。


「嘘はついてないわ。あなたが勝手に思い込んだ、でしょ?」


 ずぶり、と右拳が正拳突きで叩き込まれる。


 梨華の機動力は先ほどの動きで確認していたから、一歩目に気をつけてはいたものの、先ほどよりも早い速度で懐に入り込まれた。少女は瞬間的に身を翻そうとしたが間に合わなかった。


 まだ、負けじゃない。


 先ほどと同じように衝撃と同時に梨華を吹き飛ばせばいい。絵里が梨華に手を伸ばそうとすると、何かに掴まれて身動きが取れなかった。


「あ…」


 英次が絵里の背後に回りこんで両手を掴んでいた。


「かいちょー」


 英次が棗を呼ぶと、棗が少女の手を自分の手で優しく包んだ。


「私の『魔力吸引(ドレイン)』は強力よ?」


 棗の手から魔力(マギウス)が吸収されて、空に向かって竜巻のような風が巻き上がる。正確に少女の魔力(マギウス)のみが吸収されて空に解放されていた。


「私を連れて来た理由はこのため?」


「保険だったんだけどね」


 梨華が絵里の中で手の平を返し、弄りながら意味深な笑みを浮かべる。


「絵里」


「うん」


 絵里が梨華に返事をすると、梨華の手に確かに手ごたえがあった。


「はっ」


 掛け声と同時にそれを強引に引っ張りだすと、白い衣装(ドレス)を着た少女が絵里の身体から引きずり出される。


「げほっ」


 絵里が咳き込んでその場に膝から落ちそうになるのを英次と棗が支えてやる。梨華は掴んだ少女の身体を強引に振り回すようにして上空へ投げると、跳躍して右回し蹴りを叩き込み、地面に転がすと猛追し、下突きで少女の胸部を強打する。ごきり、という音がして何かがひしゃげた。そのまま魔力(マギウス)を叩き込む。力の奔流はただの打ちつける力に変換されて、拳が少女を突き破り地面に赤い水溜りを作る。


「絵里に入った時点で肉体の再構築が始まったはずよ?残念だけど、精神のみのほうが物理の影響を受けなくて良かったのにね?」


「ごぷ」


 少女が喋ろうとしたのだろうが、出血が喉に到達して醜い音が響いた。まるで壊れかけの笛のようにフィーフィーと音を鳴らす。


「死ぬのが嫌だったら、そんなこと考えなくなるくらい殺してあげるね」


 梨華が魔力(マギウス)を更に注ぎ込むと、少女の身体が醜く膨張して爆発。周囲に骨のかけらや肉片が飛び散る。


「…かわいそうな子」


 絵里は自分が乗っ取られそうになったにも関わらず、そう呟いた。





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