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手の抜き方って教えていただける?

 ふわりと何処からか花の香を運んでくる暖かい風が心地よいと正直に思える。


 午後になってから四時間ほど過ぎてもまだ暖かいのだから、季節の変化を感じる。


 その風の中、怖気がするほどの美しい少女が周囲を見回しては、そっとため息を吐いていた。チェックの紺色のスカートのしたに深い赤色のブレザーを羽織り、学園(アカデミー)高等部二年を示す襟章をつけている。肩章には兜を付けた女性、女神をモチーフにしたものが貼り付けられ、周囲に銀色の囲いが付けられ、彼女が部隊(チーム)副隊長(サブリーダー)であることを示していた。


 魔導師(ウィザード)下位魔導師(ウィザード)の技術的指南。


 基本的に国際連合に認可された魔導師(ウィザード)はその義務をこなさなければならない。弟子をとれ、というものではないにしろ、下級生の面倒を見るのは学園(アカデミー)の恒例で、人気のある魔導師(ウィザード)は抽選が発生するほど、倍率が高くなる。逆指名制度によって指名されない生徒は上級生の指導(プラクティス)を受けるために抽選に合格する必要すらある。


 梨華が今回指導する人数を三人としたため、その倍率は四百八十倍と跳ね上がり、学園(アカデミー)の教職員は梨華にもっと人数を増やせないのか?と相談したが、梨華は頑として受け付けなかった。


「しかも、全部の枠を逆指名で使うなんて…前代未聞ですよ?」


「そう?」


 左手に大型狙撃銃(対物スナイパーライフル)を持った少女が梨華に話しかけると、梨華は涼しい顔をしている。灰色のチェックのスカートにクリーム色のブレザーを着ている少女は中等部一年の襟章をつけている。肩章は梨華と同じものだが、囲いに色がついていない。


 放課後三時間を指導(プラクティス)として六教科分の単位を与えられるために、是非とも全員がどこかの指導を受けたいはずだ。


「遅れました」


 ふわり、と高等部一年の襟章をつけた少女が上がってくるが、絵里と大して年齢が変わらないようにも見える。ただ、少しだけ絵里よりも女性らしい体つきをしている。


「更紗、あなた指導側に回らなかったの?」


「え?私ものを教えるの得意じゃなくって」


 更紗のもじもじとした返答に梨華は納得した。


「英次なんて指導(プラクティス)に参加すらしなかったから、今頃教師たちに文句言われてるんじゃない?」


「英次くんは隊長(リーダー)の特権で指導義務から外れてますから、それはないはずですよ」


 更紗が苦笑すると梨華は渋い顔をした。要するに自分だけ逃げやがった、ということだ。


「ちっす、遅れました」


 更に遅れて紺色のズボンに青のブレザーを着た少年が空に上がってくる。襟章には中等部二年、部隊章(エンブレム)は絵里と更紗と同じ。童顔だが目付きが鋭い印象がある少年だった。


「まるで遠足の引率ね」


 梨華が言うと、絵里が苦笑する。


「梨華さんの倍率と発表見て、他の生徒たちが発狂してましたよ?いいんすか?」


 友樹が尋ねると、足元で大騒ぎになっている。てんやわんや、とはこの事だろう。


「その話は絵里ちゃんにも聞いたわよ。別に私、指導義務だから義務に則っただけよ?」


「確かに」


 友樹が義務は最低限をこなせばいい、と呟く。それに同じ部隊(チーム)だからと言って、指導(プラクティス)を受ける機会は少ない。この三人は兼ねてより梨華の指導を受けたいと願っていたのだから、これはこれで構わない。


「高等部二年から下級生の指導があるなんて知らなかったわ」


「梨華さんは今年からの編入ですから、知らなくても仕方ないかも」


 更紗に言われて梨華が頷く。


「まぁでも、死ぬ気でやらないと死ぬわよ?」


 梨華がにやり、と笑う。その妖艶な笑みに全員が冷や汗を流した。


「ね?」


「だね」


 ふわり、と笑顔の似合う青年が梨華の真後ろから姿を現す。スーツを着た青年が首から提げているネックレスに同じ部隊章(エンブレム)が刻印されている。大学部の教授である降矢は三人の顔を見る。


「ここの特別顧問に就任しました降矢です、よろしく」


「よろしくって…え?」


 更紗が首をかしげる。


「高等部の指導には高等部の教諭がいくつかかけもつんじゃ?」


 友樹が「なんで教授が?」と首をかしげる。


「私より弱い人が私に口を出すなんて、癪じゃない」


 さらりととんでもないことを口にする梨華に降矢が頬を引き攣らせるが、微笑みは絶やさない。


「だって降矢さんだって梨華さんよ…」


 絵里が素直な感想を言おうとすると友樹が絵里の口を手で塞いだ。


「わかってますよ。学園(アカデミー)全体で梨華さんと英次くんを凌ぐ魔導師(ウィザード)はいない。そもそも、世界中探したって一人いるか、いないかの話ですからね…」


 降矢が「やれやれですよ」と笑ってみせる。


「ん、だから降矢先生ともう一人、呼ぶことにしたの」


「え?」


 更紗が下から上がってくる人物を見て驚愕する。


「顔合わせは終わったか?」


「終わったって言うか、特に新しいメンツでもないわけよ」


 梨華が少年に言うと、少年は仏頂面で「そうだな」と呟く。


 ここにいる全員の隊長で『無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)』を設立した張本人が英次だった。


 英次と梨華はクールな隊長(リーダー)副隊長(サブリーダー)として学園(スクール)では名が知れている。


「今日から、私、英次、降矢さんと三対三(スリーオール)で模擬戦闘を行います」


「いきなりっすか」


 友樹が言葉とは裏腹に喜んでいるのか、挑戦的な視線を梨華に向ける。


「ちょうどいいでしょ?前、支援、後のバランスがそっちは揃ってるんだし」


 梨華に言われて更紗が渋い顔をする。


「そっちは全対応型(オールラウンダー)二人と威力前衛(アグレッシブフォワード)の降矢さんじゃないですか…無理ですよ」


「作戦は無理強いされることもいっぱいあるの。ここでは能動前衛(ポイントガードフォワード)の友樹、後衛狙撃(フルバックシューター)制圧(デストロイ)の絵里、前線管制(ウォッチ)情報管理(コマンドタスク)の連携を重視して…」


 梨華が説明をすると三人がどこかやる気がなさそうに話を聞いている。


「それでは、はじめます」


 梨華が突然、姿を消した。友樹が梨華の姿を捕らえると、更紗が左足で蹴り飛ばされ、地面に突き刺さった直後だった。


 そう、このイメージ。まずは目を潰すことを敵は考えるはず…。


 梨華の構想した『仮想敵』ならこういう作戦を行ってくるはずだった。


「ちょ!」


 一番弱いところを狙われた瞬間的な攻撃に反応が遅れる。至近距離(クロスレンジ)戦闘ならどうにか…。


 友樹が梨華に突っ込もうとすると既に降矢に後ろから首を掴まれていた。ぐんっと無理やり引っ張られて視界がぶれると同時に腹部にずんっと鈍い音が響く。


「お前は固いからな」


 ずんっ、ずんっと二発、三発と腹部に連撃を叩き込まれる。英次の鉄拳が腹の中身をかき回す。二人で同時に襲い掛かられては機動力でどうこうすることも出来ない。


「遅い」


 梨華が左手を絵里に向けると絵里も大型狙撃銃(対物スナイパーライフル)を梨華に向けたところだったが、絵里は頭を大きく仰け反らせてふらついていた。出力を抑えていたが、実戦だったら至近距離(クロスレンジ)からの魔弾によって、頭部を粉砕されていただろう。


 これは梨華の実験でもある。絵里と同等の狙撃能力を試す機会は、狙撃対狙撃(オンスナイプ)でしかない…。


 こりゃあ…志願したの失敗したかも…。


 友樹はそう思うとこの先が思いやられる、とその夜はベッドの中でうなっていた。




 朝のホームルーム前。学園の教室ではそこらへんの学校と変わらない授業が設けられている。絵里は教室で自分の机に座るとPDAに送られて来たデータに目を通す。


戦闘時間、二秒。


 指導を受ける初日は教官である上級生との模擬戦を行うことが恒例で、その結果がPDAに送信されてくる。絵里は自分たちの時間がワースト1に記録されていて顔を真っ赤にした。


「災難だったねぇ」


 級友に言われて絵里は力なく微笑むと額の絆創膏を両手で摩った。朝起きると真っ赤に

なって腫れていた。


「いいんちょーは誰の指導を受けてるの?」


「うちは隊長(リーダー)の指導なの」


 にこり、と太陽のように微笑まれて絵里は優しそうな人を思い出した。委員長の彩香の隊長は確か英次と一緒に歩いているのを何度か見た気がする。


「いいんちょーって去年のでしょ。今年は違うんだから彩香って呼んでよ」


 ぷんすか、とでもいうのか、怒ったらしい。絵里は「うん、気をつける」とまた額をさする。


「痛いの?」


「痛いって言うか…きついなぁって。今日もあるじゃん」


 絵里がべしゃり、と机に突っ伏すと彩香が「あっはっはっ」と笑う。


 絵里と彩香の首には先日一緒に購入したチョーカーが巻かれていた。


「毎日だからねー。梨華さんの指導(プラクティス)の超豪華メンバーは『女王様(クイーン)』と『取り巻き』みたいだってみんな言ってるよー」


 梨華が女王様、と言われて絵里は「そうかもー」と笑う。学園(アカデミー)で誰も彼女の横暴というか我侭を止めることが出来ないのも事実だが、彼女の実力がそうさせているのだから、何を言っても僻みにしかならない。


「梨華さんって、なんかいいよね。お姉さまって感じ」


 うーん、たまんないっ!と彩香がその場で身をくねらせて悶える。実際中等部で梨華の名前を聞かない日はないし、男女共に憧れの人でもある。


「けっこうきつい事言うし、やる人なんだけど…うちの隊長(リーダー)副隊長(サブリーダー)は…」


「うん、まぁいろいろ聞いてはいるけどさ…あの二人って付き合ってるのかな?」


 どこからそういう話になるのかわからないが…。


「別に一緒に暮らしてて、特別な関係って言うのは感じないけどー」


 英次のセーフハウスに部隊員(チームメンバー)が寝泊りしているのは事実だが、だからと言って何かがあるわけでもない。


「絵里ちゃんビジョンだからなー。恋愛とかしたことなさそうだしね」


「ないねー」


 絵里は「してみたいなー」と空笑いする。


「友樹さんはやっぱりお兄ちゃんって感じ?」


「え?友くんは…あー」


 一つ上の学年の友樹は確かに兄…というより世話を焼いてもらっている感じがする。


「私さ、彼のあの野生的(ワイルド)なところが好きなのよ」


「へ?」


 絵里が目を丸くすると彩香が頬を赤くする。


「かっこよくない?」


「はぁ」


 生返事をして、きょとんとする絵里に彩香が「なんであんたって子は疎いの!」と両手をぶんぶんと振り回す。


「絵里ちゃんは今興味あるのってなによ!男の子と一緒に遊びたいとかないの?」


「ないねー」


 絵里は何故怒られているのかも理解できなさそうに小首を傾げる。


「興味あるのは?」


狙撃(スナイプ)制圧(デストロイ)かな」


 どこの乙女の口からそんな物騒な発言が出てくるのか…。


「体の奥底から爆発しそうな気持ちとかないの?好きな人とかいないの?」


 思わず大きな声を出してしまうと、クラスメイトたちが二人を横目で見ている。男子の数人は絵里の返答に興味があるのか、知らない振りをして聞き耳を立てていたりもする。


「え?彩香ちゃん身体に爆弾でも仕掛けられたの?」


 男女共にクラスメイトたちが「ガクッ」と体の軸を滑らせる。絵里はふと時計を見上げると、八時五分になるところだ。


「そろそろかなー」


 にこにこと絵里が教室の入り口を見る。


「あー」


 至極嫌そうな顔をして彩香が隣の席に座る。


「絵里ちゃんもあんな奴の相手しちゃだめよ?」


「何で?面白いじゃない」


 面白いかぁ?と彩香が首を捻ると、ドアが開いた。


 恒例になっている『八時七分の貴公子、わがまま天使の巡礼』とも言われる行事だ。


「やぁ絵里くん、ご機嫌麗しゅう」


 同い年の割りに妙に背伸びしている線の細い男子が教室に入ってくるなり絵里の前に立って前髪を掻き分ける。


「はい、うるわしゅうですよー」


 絵里がにこにこと返事をすると、その少年は満足そうに頷く。


「今度、新しい映画の試写会に招待されちゃってね。僕と同伴してくれる女性がいないといけないんだ」


「へー」


 絵里はさも興味ありそうに話を聞いていると、少年はブレザーの内ポケットから券のようなものを取り出した。


「ぜひ、一緒にご同行願いたいんだけどな?きみに」


「やだ」


 満面の笑みで絵里が短く断ると、教室の空気が「ビシッ」っと固まった。


「なぜ?」


 笑顔を引くつかせながらもがんばる少年に何人かが「よくやるよな、あいつ」と呆れる以上に尊敬し始めていた。


「めんどくさいもん」


 両手を組んで笑顔で小首を傾げる絵里に少年は口をぱくぱくと動かす。新しい芸を覚えてきた、まるで金魚のみたい、と絵里はにこにこと笑っている。


「めん…め…めんどくさいだけ?」


「うん、興味ないし」


「うおおおおおおおおっ」


 少年は両手で頭を抱えて身体を仰け反らせると、そのまま回れ右をして教室から出て行く。彼は元々違うクラスの人だ。


「面白い人でしょ?」


「どこがよ」


 絵里に言われて彩香が憮然とする。顔もそこそこいいし、家も金持ちの少年だが、物で解決する癖があると評判の貴公子。女子たちには一部人気があるようだが、彩香のようなタイプには至極嫌われている。彼が絵里に目をつけた去年の入学式があった九月から、休みの日以外は毎日こうして絵里の気を引こうとやって来る健気な一面もあるが、大抵絵里の純粋無垢で容赦のない返礼を受けては帰っていく。


「俊介くんも毎日よく懲りないわね」


「ん?」


 貴公子の名前を口にした彩香に絵里が首をかしげる。


「あんたひょっとして、あいつの名前知らない?」


「自己紹介されたことないから」


 絵里がにこにこと答えると、彩香は頭を抱えた。


「あいつ…名乗りもしないで口説くのか…」


 天晴れな奴だとも思う。絵里は確かにこう…哀願動物のように可愛がりたくなる気持ちはわからなくもないが…。


「わがまま天使の巡礼、とはよく言ったものだわ」


 彩香がため息を着くと、絵里は一時限目の教科書を机の中から取り出してノートを開いていた。




 昼休み。


 梨華と英次は部隊員と一緒に食事を取るためにカフェテラスへ向かう。食事が終われば戻ってくるのだが、いつも一緒なので色々な噂が立ったりもした。噂程度ならば二人は「ヒマなのね」で一蹴しているし、今もそんな程度の話でさして気にしてはいない。


梨華は教室に戻って来ると梨華と英次の姿を見つけて、女子が小走りに近付いてくる。


「ちょっといい?」


 高飛車とも取れなくない高圧的な言われ方に梨華と英次が顔を見合わせる。


「生徒会長直々に何かしら」


 生徒会長の棗…だったか。生真面目な彼女は何かにつけて梨華に文句をつけてくる。辞書が制服を着て歩いている、とはどっかの誰かが言い出した表現だが、まさしくこの人にうってつけだと思う。商標登録があるならば金を払ってでも買い取りたい。


「こっちへ」


 梨華は無視して教室の窓側一番後ろの自分の席に座ると、米神に血管を浮き立たせて棗がずかずかと音を立てて近付いてくる。


「用事があるのがそっちなら足を運ぶのは当然よ」


「あなた、いい性格してるわね」


「ありがと」


「ほめてないっ!」


 棗が吠えるとクラスメイトが「何事だ?」と梨華たちを見る。


「って英次くんはどこ?」


「私、彼の保護者じゃないの」


 いつの間にか居なくなっている英次を探す棗に梨華はため息を洩らす。


「まぁいいわ」


「そう、良かった」


「いちいちよく開く口ね」


「これくらいしか開かないわよ」


 梨華が自分の唇を指差すと棗が目を閉じて深呼吸をする。梨華のペースに合わせていると毎回のように軽くあしらわれてしまう。


「頼みがあるの」


「ん?」


 珍しい口火の切り方に梨華が目を細める。小姑の小言を毎回浴びせられていたのとは少し勝手が違う。


「それは部隊(チーム)に対しての正式な…?」


「そうね依頼(クライアント)にしてもいいわよ」


 棗がPDAを取り出して、梨華もPDAを差し出す。かち、と互いのPDAの先端を擦り合わせると機密に分類されるデータを受信する。


「お願いね」


 棗はそれだけ言って背を向ける。


「待ちなさい」


 梨華が凛と声を発すると、棗が足を止める。


「金額面の訂正」


 PDAからデータを送信すると、依頼料の減額を承認する件のメールを棗が受信した。


「なぜ?あなたは馴れ合いみたいなの嫌うと思ったんだけど」


「私たちの部隊(チーム)階級(ランク)が上過ぎて、一般の人に支払える金額じゃなくなってしまっているのよ。それって問題だと思わない?」


 梨華に言われて棗は「大問題よ」と言う。本来、魔導師(ウィザード)は大衆のためにあるべきだと言われているのに、高度な技術を持つ部隊(チーム)は依頼を受ける際に決められている依頼料の加減が国連によって定められてしまっている。技術(スキル)の氾濫を防ぐためとも言われているが、それでは金のない市民は困る。


「でもこれは下げすぎじゃなくって?あなたたち、慈善事業でもするつもり?」


「そうね。お金はあって困るものじゃない。ないと困るけれど、別に私たちはお金に困ってるわけじゃないってこと」


「裕福ね」


「恵まれた子供(エレメンツ)、だからね」


 梨華の言葉に棗がため息を吐く。それは余りにも皮肉でしかない。梨華はその恵まれた子供(エレメンツ)として、罪架を背負わされているのに…。


「気持ちは受け取っておくわ」


「あなたって、嫌な人よね」


 棗はそれだけ言うと、承認のメールを受信して梨華が苦笑する。


「話は終わったか?」


 英次が梨華の後ろに立つと口を開いた。


「棗の周囲の状況を早急に調べる必要がありそうね」


「わかった」


 英次は自分のPDAを梨華のPDAと接触させる。


隊長(リーダー)はあなたなのに、どうして私が指揮を取るの?」


「俺はそういうの苦手なんだよ。いつもは更紗がやってるんだけど、梨華が副隊長(サブリーダー)に就任したら、梨華がこなしてくれるようになっただけさ」


「あら、そう」


「そうなの」


 英次がぽん、と梨華の肩を叩くと教室を出て行く。


 特権だけ行使して後は私にやらせるなんて、罪な人ね。


 梨華は降矢にメールを送信する。




 学園(アカデミー)高等部の生徒会長の身辺警護と調査。


 降矢は自分の研究室でコンピュータにアクセスすると、棗のデータを呼び出す。


 一般家庭に育った、特に血筋にも問題がない魔導師(ウィザード)だった。


 兄が一人、弟が二人。両親も健在で一流ではないがそこそこの企業に父親が就職していて母親は専業主婦。兄は大学部にいて、弟は小学生が二人。学園の入学はけっこう金がいるので、両親もだいぶ苦労しているだろうが、特に変なところはない。


 棗は中等部からの編入で、学業も良く特待生として優遇されている。


「なーんも出てきませんね」


 降矢がソファに寝そべって漫画を読んでいる友樹を見ると、友樹は「ん?」と足を組みなおした。


「棗?ああ、あの高等部の巨乳生徒会長」


「…セクハラって知ってます?」


「興味ねぇっす」


 友樹は漫画をテーブルに放り出すと降矢の後ろに回ってディスプレイを覗き込む。


「俺だめなんすよねー、こういうお堅いタイプ」


「そうですか?一度手にしてしまえば従順になるタイプですよ」


 降矢がさらりととんでもないことを言うと友樹が顔を顰める。


「頼むから教授が愛人!なんて騒動を起こさないでくださいよ?」


「愛人の前に正妻がいませんから」


 降矢はキーボードを叩いて学園(アカデミー)の個人情報データベースにアクセスする。


「こういうとき、肩書きのある人間が身内にいると捜査が楽でいいっすね」


「そうですね」


 各方面に有力者の知り合いがいる降矢は自分の事を言われているのに人事のように呟く。


「で、棗って人はどうして自分の身辺調査を梨華姐さんに頼んだのかね」


「何か思うところがあるのでしょう。棗さんは聡明な人みたいですし、一切の情報を開示しなかったのは逆に先入観を持たせないためかもしれません」


「はぁ…大人っすね」


 友樹は棗という人物像を思い浮かべると、それを頭から締め出した。先入観は足を引っ張ることをよく知っているからこそ、出て来た情報を論理的に…。


 考えて頭がおかしくなりそうだった。論理的に考えるのは降矢の仕事で、無音の投擲槍(サイレンスジャベリン)の他のメンバーはどちらかと言うと直感(インスピレーション)で行動する。


「ところで友樹くん、午後の授業始まってますよね?」


「ん、そうっすね」


 友樹は知っていたが知らなかったような顔をする。週の半分以上、友樹は午後をここで過ごす。降矢も教育者として一応、授業に出るように口にしているがそこまで咎めるわけではない。正直な話、魔導師(ウィザード)魔導師(ウィザード)であることが既にキャリアなのだから、学業など意味を成さない。


「仕事の手伝い、してもらっていいですか?」


「まぁ、勉強するのが仕事じゃないんで」


 友樹が降矢に小型の箱を手渡される。


「これをいつものところに」


「あいよ」


 友樹は部屋を出ると、研究塔から外に出る。今は授業中なのでさすがに自分の姿は目立つ。いくら部隊章(エンブレム)をつけているから咎められる事は無いとしても、結局のところ、部隊(チーム)の行動をしているのだから授業に出ていないと思われる。それは避けたい。とことん、自分たちは隠密行動しにくい部隊(チーム)なのだと実感する。


 降矢ほど完全ではないが、友樹は教えてもらった魔術(プログラム)を発動すると魔力波動(マギサイクル)を受けて周囲の学生や教師が友樹のほうを見るが、誰もが友樹に気付くことなく首をかしげる。


 こりゃ…『魔導師の巣窟』だけあって隠密行動も簡単じゃねーや…。


 人の影から影に移って友樹は目的の場所に到着する。守衛室にこっそりと入り込むと、降矢に渡された箱を開けるといくつかの工具と発信機が入っていた。


 監視カメラの配線にバイパスを通して発信機を装着。HDDレコーダーに録画されているデータをこちら側から操作できるようにする降矢のコンピュータとの接続を確認する。ポケットの中でPDAが震える。守衛がちょうどいないからいいものの、見回り時に守衛がいなくなる決定的な欠点を降矢は知っていた。それに便乗したわけだが…。


「いいのかね、こんなんで」


 学園(アカデミー)は日本国内で最大規模の魔導師(ウィザード)養成機関だ。それがこんな簡単な警備体制…。


「いいのか」


 手を出そうにも、警備員よりも生徒のほうが強いのだから、警備員なんて所詮飾りでしかないことを再認識する。完全武装した軍隊の中に拳銃一丁で押し入る銀行強盗がいたら見てみたいものだ。


 友樹は守衛室から出てカフェテラス前まで移動してPDAをポケットから取り出すと「感度良好」と降矢からのメールが入っていた。


 そしてもう一件のメールを見て友樹はふと校舎を見上げた。




 何してるんだろ?


 授業が始まっているのにカフェテラス前でPDAをいじっている友樹を見つけて更紗が首をかしげる。友樹はこちらに気付いたようで片手を挙げているので、更紗は小さく手を振ると、友樹が走り出して視界から消えてしまう。


「もう…まじめに授業受けようよ…」


「あなたもちゃんと聞いてね?」


 英語教諭に言われて更紗がびくっと肩を震わせる。


「あ、あい。ごめんなさい」


 普段真面目な更紗にしては珍しく、逆に目立っただけだったが、萎縮した更紗に女性教諭は肩を竦めて見せると授業を再開した。


 何か…あったのかな?


 更紗は授業中に他の作業をする罪悪感を覚えながらも、幼馴染の英次にPDAでメールを送信する。




 高等部二年校舎の屋上。入り口の上に英次と梨華は大の字になって横になり、頭と頭を向けて空を見上げていた。


 PDAに着信。英次がPDAを見るとぽい、と適当に放り出した。


「降矢さんと友樹が動き出したみたいだぜ」


「へぇ」


 興味無さそうに梨華が生返事をする。


「蛇が出るか…」


「鬼が出るか?」


 英次に梨華が続くと、英次は「お楽しみだな」と苦笑する。




 放課後になって指導(プラクティス)の時間。


 更紗は泣きそうな顔をして絵里と体育倉庫に隠れていた。


「なんであんなに楽しそうに、今日の試験は生き残りねって言うんですかね」


 絵里が心底理解できないと首を捻る。単独行動に走った友樹は十五分前に『袋叩き』にされて、画像で二人のPDAに送信されていた。つまり相手は本気でこちらを『潰し』にかかっている。


「みーつけたぁ」


 降矢が歌うように気持ち悪い声で体育倉庫のドアを開いてくる。


「ひぃ!」


 絵里が銃を乱射すると降矢が慌ててドアを閉めるが、ドアは無残にも原型を留める事無く吹き飛ばされる。


「更紗さん!近くに他の人は?」


「いません!」


 絵里が前に立ち、更紗を守るようにして外に飛び出す。


「突っ切りましょう」


「はい」


 絵里がグランドの中央を走って高等部三年の校舎に駆け込むと、上級生たちは二人が必死の形相で走っているのを見て微笑んでいる。梨華の発表した構内に対する『警告』によって、梨華の指導(プラクティス)を受けている生徒が今何をしているのか知っているのだ。


 必死に逃げる下級生を見て助ける事は出来ないのだから、暖かく見守っていると言ったところか。


正直、冗談じゃない…!


 廊下の中央を上級生たちが意味もなく開けることに気付いた絵里は急ブレーキをかけると更紗が絵里の背中にどんっとぶつかった。


「しまった」


 広い廊下の向こう側にいる梨華の姿を見て、更紗が顔面蒼白になる。右の掌をこちらに向けて、今にも臨海に到達する魔力波動(マギウスサイクル)を感じる。更紗は逆方向に逃げようとすると、英次が「残念だな」と笑みを浮かべてこちらにゆっくりと歩いてくる。


「こっちです!」


 絵里が更紗の手を引っ張って窓ガラスを突き破って外に出る。一階なのでそのままの勢いで地面を転がると、更紗が目を回している。


「絵里ちゃん、私を置いて逃げてっ!」


 何がしかのヒロインのようなことを言う更紗に絵里が瞬間的に「うーん」と悩むそぶりをして笑顔を浮かべた。


「そうします」


「ええっ?」


 絵里は無慈悲にも更紗を置いて一人で逃げ出していこうとする。


「待ってよ!」


 慌てて更紗が立ち上がると絵里の後を追いかける。




 くっそ。


 友樹は降矢のゼミ生に身柄を拘束されていた。


「かーわーいーいー」


「ちっちゃな猛獣みたーい」


 と玩具にされて頭を撫でられたり、身体を突かれている。もう気分はハムスターだ。


「おいおい、少年をそんなにからかうなよ」


 一人の青年が釘を刺す女性たちが友樹を解放する。ひーひー言いながら友樹がソファに座っている青年の元にエスケープすると青年は苦笑して見せる。


「大変だねぇ」


「いえ…あぁ、本当に」


 好奇の視線を背中に感じながら友樹は肩を落とす。


「降矢…先生…のゼミ生ってなんの研究をしてるんですか?」


「先生…教授なんだけど、まぁいいか」


 拓斗と名乗ったゼミ生は大学部三年生でどこの部隊(チーム)にも所属していない。


「降矢教授は魔術(プログラム)魔法(マジック)って呼ばれるものの全般の権威だって知ってるよね?」


「はい、『魔導学の(ウィザードリィファーザー)』と呼ばれているほどです」


 自分の尊敬している教授を賞賛されて、拓斗が誇らしげに頷く。


「その『魔導学(ウィザードリィ)』の基礎から少し外れた分野にも力を入れているんだ」


「え?」


 初耳だ、と友樹が驚く。


「まだ発表していないし、僕たちは降矢教授が言い出さなかったら絶対に信じてないし、他の人だったら絶対に戯言や妄想だと思った」


 降矢だから信じた、と言う部分に妙な力を感じる。これではまるで『尊敬』というより『崇拝』や『信仰』に近いものがある。学問、というものも大儀で分けてしまえば『信仰』と変わらないのだから、それは大差ないのかもしれないが、異様にも思えるのは魔導師(ウィザード)が『学力』に重点を置いていないからかもしれない。


「それって何なんですか?」


「聞きたい?君がこの学園(アカデミー)の大学部に入って、降矢教授のゼミに入りたいなら、教えてあげてもいいけど?」


「学力的に大学部まで行けるかどうかわからないんすよ。高等部だって怪しいんで」


 友樹が頭を掻いて笑うと拓斗は怪訝な表情をする。


「降矢教授は君や絵里っていう子の話をよくしてくれるけど『優秀』だって聞いてるんだ…おかしいね」


「おかしいっすね」


 優秀、と言うのはこの人にとって『勉強が出来る人』なのだろう。絵里の成績表を見せてもらったが、とても人に褒められるものではないし、自分などはボーダーラインすれすれの超低空飛行で胴体着陸寸前の点数しか取れていない。


 むしろそこに来て褒められるような成績を取っているのは内申も成績も最上級の更紗だろう。英次と梨華は素行に問題がある。


「アカシック・レコードって知ってるかい?」


魔導学(ウィザードリィ)に留まらず、迷信も多い。あるとされている全ての事象が記録されているモノ」


「知ってるんだ」


 昔に梨華がそう説明していた気がする。迷信など信じそうにない梨華が口走ったことで、記憶に残っていたが…。


「実存する可能性があるって降矢教授が言い出したんだよね」


「言い出した?」


「つい最近のことなんだって。僕たちがこのゼミに入ったときには既にその研究が始められていたから」


 友樹は何かそれに引っかかるような、違和感を覚えた。


「すみません、その言い出した時期ってわかりますか?」


「確か…六年前じゃないかな?」


 六年前…。


 友樹は首をかしげる。


 六年前に符合すること。


 自分が確保される前のこと。


 確か…英次が何かを言っていた気がする。


 記憶を整理する。


 思い出せ、思い出せ。


 六年前は何があった?自分の記憶ではない。他の記憶…。誰かの記憶を掻い摘んだはずだ。人の記憶、昔話…。


「あ…」


 英次が口にしていた。


「俺は梨華と最初に会ったのは…六年前…」


 確かにそう言っていたはずだった。


「梨華姐と…英次さんのファーストコンタクトの時期と符合する。でも変だな、英次さんと降矢先生が会ったのは俺と絵里を保護した後のはずだ」


 ぶつぶつと何かを言い出した友樹に拓斗が不気味そうな顔をして見ていることに気付いた。


「あ、すんません、用事を思い出したんで」


「だめだよ。君は今捕虜なんだから、大人しくしてないと」


 ゲームのルールだった。自分が袋叩きにされた後にゼミ生に治癒してもらっていたことを完全に忘れていた。


「僕は君に興味があるんだ。もう少しお話しよう」


「…」


 好奇の目に友樹は一歩後ろに下がる。恐怖だ…これは恐怖。自分や絵里を捕らえようとした研究者の目。


「殺すぞ」


 友樹が構えると拓斗がにたり、と笑った。


「君のその闘争本能は実に素晴らしいね。自分の身の危険を察知するのにこの上なく適している」


「褒められてる感じがしねぇな。どうせ野蛮な小僧くらいにしか思っちゃいねぇんだ」


 友樹の魔力(マギウス)が飽和状態になって世界に干渉を始め、波動が生まれる。物質はその波動に当てられて小刻みに振動を始めると、ゼミ生たちが友樹を不安そうに見る。


 ゲームのルールだから大人しくしていたが、危害を加えようとするならルールを守らない。実に友樹の思考は歓楽的なものだった。邪魔な奴はどかす、それが生き残るルールだったころと、今も何も変わっていない。


「ペンは剣よりも強し、だよ?君がいくら暴力を振るって僕らを支配したとしても、言論が君たちを裁く」


「残念だったな。俺はペンで文字を書くより先に、ペンで人を刺し殺す方法を知っていた。それに、あんたらの理論は机の上だけだ。俺たち魔導師(ウィザード)の間では『力』が支配される側とする側を作る」


「困った坊やだね」


 拓斗が立ち上がると懐から銃を取り出した。学園(アカデミー)の生徒ならば携帯が許可されている銃だ。拳銃のほうが魔法(マジック)魔術(プログラム)よりも効果の発揮が早い。彼はそれで勝ったと思っているのだろうが、それは残念な理論だった。友樹に弾丸を当てるには、絵里のように銃弾そのものに魔力(マギウス)を注入して高速化処理(アクセラレート)を施さなければ友樹に当たることはない。そしてその高度な技術(スキル)は未だに理論展開されておらず、英次や梨華のように天性の才能を持つ魔導師(ウィザード)以外には真似が出来ない。


「兄さん、いい人過ぎたね。いい人って奴は腹黒いんだ」


 友樹がにやりと笑うと、ドアが開いた。一瞬、拓斗の緊張が途切れた瞬間、友樹が拳銃を蹴っ飛ばした。他のゼミ生たちは拓斗を助けようともせずに傍観している。


「はっ!」


 掛け声と同時に友樹が拓斗の下に回り込むと、巴投げを仕掛ける。宙に舞った拓斗の体が本棚にぶつかって、ぐしゃりと床にずべり落ちた。


「本棚にも防弾ガラスかよ…」


 皹すら入らないガラスケースを見て、友樹が驚く。


「備えあればなんとやらなもんです」


 ドアを開けたのは降矢だったらしい。降矢は拓斗を横目で見ると、ため息を吐いた。


「教授。彼は優秀ですね」


 拓斗が首を左右に振りながら立ち上がる。試された、とすぐに友樹が理解する。


「拓斗、私の部下に何の実験をしてるの?」


 梨華が部屋に入ってくると、その後すぐに英次が目を回している絵里と更紗を両脇に抱えて部屋に入って来る。全員捕まった、ということだろうがさすがに前線管制(ウォッチ)情報管理(コマンドタスク)を得意とする更紗を捕まえるのには時間がかかったらしい。英次が二人をソファに寝かせると苦笑する。


「なぁ梨華、もう少し手を抜いたらどうだ?」


「手の抜き方って教えていただける?」


 こいつ、まじの目してやがる…。


 梨華に言われて英次は当惑すると開いている椅子に座る。


「で…拓斗にこってりと絞られたんじゃないか?」


「え?まぁ…精神的に苦痛でしたね」


 友樹が渋い顔をして言うと、拓斗が苦笑した。


「捕虜になった人間には精神的苦痛を与えるようにってそっちの怖いお嬢さんに言われてたんだよね」


 怖いお嬢さん…梨華姐のことか…。


 何と無く理解するとゼミ生たちが「ごめんね」と苦笑いして見せる。まぁ、女性にいじられてるのはまんざらでもなかったのだが、そんなことが更紗に知れたら何を言われるかわかったものではない。


「二人が目を覚ましたら、大学部の教室に案内しますよ。私の講義を受けてもらいます」


「え」


 友樹が瞬間的に顔色を変える。


魔導学(ウィザードリィ)は『戦闘』だけでなく『知識』も必要だと『指導教官』である梨華さんの考えですから、従ってください」


「だってよ」


 英次がにやりと笑うと部屋から出て行こうとする。


「あら?何処に行くのかしら?」


 呼び止められて英次が「ん?」と振り向くと梨華がにこりと微笑んだ。


「当然、英次も受けるのよ?」


「うげ、まじ?」


 英次が頬を引き攣らせると、友樹がにかっと笑う。


「隊長の見識が広がりますよ、きっと」


「お前に言われたかねぇよ、くそ」


 英次が悪態突くと降矢が苦笑する。


「梨華が座学をやろうって言うのが変なんだよ。昼飯に痛んでるものでも入ってたのか?」


 英次が梨華を見ると、梨華は「それは大変よね」とあしらう。


「梨華さんはきっと、更紗さんや絵里さん、友樹くんのために座学も設けたのかもしれないね」


「そんなつもりはないけど、知らないよりも知っているほうがいいってこともあるってこと」


 降矢に梨華が「深い意味はないのよ」と言うと、降矢は「左様ですか」と笑う。


「とはいえ…早く起きてくれないと大学部の五時限目が始まっちゃうなぁ」


 困った、と降矢が時計を見ると、ゼミ生たちがささっと支度をして外に出て行く。


「教授、僕たちは先に教室に行ってますね」


 拓斗が代表でそう言うとゼミ生たちが次々と「失礼しました」と部屋の外に出て行く。


「アカシック・レコードを本気で調べるんすか?」


「拓斗くんに聞いたね?」


「はい」


 別に隠すことでもないので友樹が正直に頷くと、降矢は「そうか」と頷いた。


「拓斗くんは君を気に入ったみたいだね。彼って無口なほうだから、あまり人とは喋らないんだ。無口というか相手を選ぶんだね」


「光栄ですよ。で、調べるんすか?」


 食いつきに降矢は目を細めると、友樹が「深い意味はねぇっす」と言う。


「調べているけど、どこにどんな形で存在しているかわからないものだから、何をどうしていいかもわかってないんだよね」


「でしょうね」


 降矢に梨華が同意すると、英次も頷く。


「梨華さんは前にアカシック・レコードについて口走ったことがある。英次さんは今頷いた。拓斗さんが降矢教授はアカシック・レコードを探してると言った。知ってる人は知ってるかもしれないけど、その名前は普通の人は生活している以上、その名称は知らないまま終わるはずだ」


「回りくどいわね。どうしてアカシック・レコードに全員が興味あるのか?って単刀直入に聞いたら?」


 梨華に言われて友樹は「聞いてもぜってぇ答えねぇだろ」と小さな声で呟く。


「んあ…」


 絵里が上半身を起こして猫のように伸びをする。


「うー?」


 まだ意識が混濁しているのか、周囲をゆっくりと見回して更紗に視線を落とすと、絵里が更紗の肩を揺さぶる。


「更紗さん、悪魔は去りました!」


「悪魔って誰のことだコラ」


 ぐい、と絵里の襟首を掴んで英次は絵里をソファに座らせる。


「各機能に異常がないか確認、素早く」


 梨華が言うと絵里が「はい」と体の間接を小さく動かして痛みを検索する。妙な突っ張りや筋や腱の断絶、打撲や打ち身などをチェックする。


「異常ありません」


「良かったわ」


 梨華がそう言うと、絵里は「そっか」と呟く。どんな状況下でも自分の体の状況を把握しておく必要がある。気がついた瞬間にその行為を行いつつ、周囲の状況を確認して次に繋げる思考をする。それが重要だったし、基本だった。


「思考は慎重に、行動は大胆に(クールシンク、ボルドビーアクション)。いいわね?」


「はい」


 絵里が返事をすると更紗が目を覚ますと、更紗は言われる前に体と視線を同時に動かす。更に更紗の魔力(マギウス)をわずかに感じた。あるか、ないかのその波動は更紗の前線管制(ウォッチ)情報管理(コマンドタスク)魔術(プログラム)だろう。周囲の状況を確認するにはそれが一番手っ取り早い。それらの行動が言われる前に出来ているのがさすが上級生といったところか。絵里は更紗のそれに素直に感嘆の声を上げる。自分ならば『女神の(ガディスアイ)』を起動しなければならなかったはずだ。


「チェック完了、作戦に復帰できます」


 更紗が英次に報告すると英次が片手を挙げて答える。

 

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