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短編2

その原作本当に大丈夫?

作者: 猫宮蒼
掲載日:2026/11/03



 女神は困っていた。

 気付いたら自分の領域に別の世界の魂が迷い込んでいたからだ。


 このままではそのうち魂は消滅してしまう。

 そうなれば、この魂の管轄でもある世界の神が困るかもしれない。

 けれどもどの世界の魂なのか。女神が神であるからといっても、そうすぐにわかるものでもない。

 女神に理解できているのはあくまでも自分が担当している範囲内の話であって、それ以外の部分などほとんど知りようがないので。


 けれどもこの魂がどこの世界のものなのかを調べている間に、恐らく魂は摩耗し消滅してしまうかもしれない。

 時間に余裕があるか、となるとまず間違いなくないために、女神はとりあえず一時的な避難場所として自分の世界に転生させる事にした。この人間が人としての一生を終える頃には、この魂の出身世界がわかればいいのだが……


 魂を保護しつつ、自分の世界で生きていける器を与える。

 そうしてしばしこの世界でお待ちくださいね、と送り出したのだが。



「まさかこんな早く戻ってくるとかあります……?」


 二十年しないうちに魂は出戻ってきた。

 人間の時間であれば二十年は中々の時間だが、女神にとっては一瞬にも等しい。

 まだ調べ始めてそんな経ってないのにもう戻ってきた……という感覚である。


 女神だって色々と忙しいので迷い込んできた魂だけに時間を割いていられるわけではないのだ。

 空き時間で少しずつ調べて、心当たりがありそうな他の神にも声をかけていたのに、まだなんにも進展がないうちから戻ってきたのである。


 まさか早々に魔物にでも襲われたのかしら……?

 でも魔物だって人の住むところには滅多な事じゃ現れないようになっているし……


 考えてもわからない。

 魂を送り出した後、女神はその魂が歩んだ人生をチェックしていなかった。むしろそんな事をしている暇がなかった。のんびり眺めるくらいなら早いとこ出身世界を割り出す方を優先した結果である。

 なのでどうして死んだのか、女神にはわからなかった。


 そうなれば、直接本人に聞いた方が早い。

 最初迷い込んできた時はそこそこにボロボロな魂だったのでその時は聞き出せる状態ではなかったけれど、この世界で多少なりとも休めたからか魂は最初と比べてマシになっていた。

 それならば、と直接聞く事にした。どの世界で暮らしていたかを把握できているかはわからないが、どういう世界で住んでいたかくらいは説明できるだろうとも考えて。


 女神は魂をうっかり壊したりしないよう細心の注意を払って力を注ぎ込んだ。

 そうして光の玉状態だった魂を人の形へと変化させる。

 光を帯びながらも変化し、人の形をとっていくそれは、少女の姿をしていた。


「ちょっと! どういう事よ全然原作通りにいかなかったんですけど!?」


 人の姿を得るなり少女は叫んでいた。喚くといった方が正しいかもしれない。


「原作……?」


 いきなりわけのわからない事を言われて女神はこてんと首を傾げた。

 人間って時々わけのわからない事を言うけれど、今回のこの少女もそういうタイプだった……どうしましょう、情報を聞き出せるかしら……?


「そうよ! 転生させるならチートの一つや二つあったっていいじゃない! なんにもないんですけど!?

 しかも原作と全然違う展開ばっかだし! おかげで攻略ミスった挙句殺されたじゃない!」


 あぁ、殺されたからこんな早くにこっちに戻って来たのね、とその部分だけは女神も把握したけれど。

 なんで殺されるような事になったのだろうか。


 そこら辺がわからずに女神はひとまず少女から話を聞きだす事にした。


 曰く。


 少女がこの世界に来る以前に暮らしていた世界にあった乙女ゲームとこの世界は同じだったらしい。

 そのゲームの舞台と登場人物が揃っていて、自分はヒロイン的な立場にあったからそれならばと攻略を始めたものの、ゲームとは何もかもが違いすぎていたのだとか。


「おかしいわよ、カディルは親しみのある頼れるお兄さんみたいだったのに、全然そんな事ないし!

 アルスラ様はちっとも優しくないし!

 フォルケン様も一切他人を寄せ付けない雰囲気だったし!」


 他にも! とばかりに名前を口にする少女ではあるけれど。


 とりあえず件の乙女ゲームとやらが存在する世界を調べれば、この少女の出所もわかるかしら……なんて思いながらも、女神は少女にわからないよう検索を開始した。

 その間にも出るわ出るわゲームとは異なるという不満が。

 おかげで全然攻略できなかったと言われても、女神からすれば知った事ではない。


 同時に自分が管理している世界の方も調べてみる。

 少女が言った名前の人物を調べる。


 少女は不満しかないようだったが、しかしその相手はいずれも貴族や王族といった階級の存在だ。誰彼構わず周囲に愛想を振りまくという事などあり得ないし、むしろそういった態度であるのは当たり前であるように女神には思えた。

 そもそもの話、今しがた名を言われた相手と少女の関係は親しいというわけでもなさそうだった。

 幼い頃からの友人であるだとか、婚約者だとか。家同士の付き合いで関わり始めて仲良くなりつつあるところだっただとか。

 そういう何かがあるのなら、少女の言い分もまぁわからないでもない……と思えるが、少女と彼らの接点は年頃の貴族たちが通う学園の生徒、というだけでそれ以上の関係ではない。

 であれば、同じ学園に通っているだけで特に親しくもない異性が気安く近づいてきた、というわけだ。

 警戒されて当然では?


「悪役令嬢も私と同じように転生者とかで、もしかして事前に手を打ったとかそういうやつじゃなきゃこんなの納得いかないわよ!」


 地団太を踏みつつギャンギャン喚く少女に、女神は少女と同じように別の世界の魂が転生した事実はないと告げるも少女は聞く耳を持ってくれなかった。

 こんなのおかしい! 絶対何か仕組まれたんだと喚く少女の言葉を右から左に聞き流していくうちに、少女の言っていたゲームが存在する世界が割り出される。

 なのでそこからその世界の神に思念通話を試みる。

 意外にもあっさり返事がきた。


 そうして事情を説明し、説明された結果理解した事は。


「なるほど、わかりました」

「わかってくれた!? これがどれだけおかしい状況か!」

「あ、いえ、貴方の言い分ではなくて。今調べたところ、貴方の出身世界が割り出せたのと、そちらの神と連絡がついて話を終えたのです」

「は……?」


 何言ってんだ? みたいな顔をされたが女神としてはまぁそうよね、そう簡単に理解が追い付いたりしないわよねと納得して説明を試みる。



 ――少女は今しがた女神から聞かされた言葉を信じたくなかった。


 沢山遊んでいた乙女ゲームの、それも一等ハマっていたゲームと同じ世界に転生したのだと知った時、少女はそりゃもう喜んだ。しかも自分はヒロインだ。原作を知っている身である以上、攻略は容易い。

 こういう話の時によくある破滅するヒロイン、お前みたいなのがヒロインとか冗談だろう? と言われるようなヒドインの立場にならないように気を付けていれば、最後はハッピーエンド間違いなしだと思っていた。


 ところがだ。

 出会いの段階で冷ややかだったのはまだいい。だってまだ知り合ったばかり。仲も良いとは言えないのだから、好感度が低い以上はそういうものであったとしても何もおかしなことはない。

 ゲームではそういう時の表情グラフィックもそこまで豊富ではなかったから、あの時は無表情みたいなものだったけどこうして実際に見る機会に恵まれてみれば、無表情どころかしっかりと不快感を表していて。

 やっぱリアルだと細部までしっかりしてるわね、なんて。

 まだ余裕をかましていたのだ。


 しかし初対面の時点でもそれなりに親しく接してくれるキャラでさえ、少女には冷ややかだった。

 何をしても上手くいかない。

 ゲームでは成功選択肢だったはずの言葉も、相手の不快を増すばかり。

 そうして複数名の上流階級の――学園の中でもヒエラルキー上層に位置する面々に嫌われた少女はあっという間に孤立して、最終的に命を落とす結果となった。


 本来ならば好感度が上昇してこちらを優しい表情で見て、甘いセリフを囁いてくれるはずの選択肢はしかしどれも役に立たなかった。むしろますます嫌われる原因になっていたと思う。


 もしかしなくてもこれ、どこかで何かのフラグを見落とした?

 そんな風に考えて、しかしそれでも何を見落としてしまったのかがわからない。

 この人にこれ以上近づくのはやめて、他の攻略対象との仲を縮めた方がいいのかも……? いやでも、それをやろうとしたらそれはそれで尻軽って周囲から思われたりしないかしら……?

 ゲームではこの時点では普通に仲良くなれているはずだったので、それが上手くいかないという事で少女はどうするべきか悩んでしまった。

 ゲームだったらセーブしていたところまで戻してロードしてやり直すか、それともニューゲームを選択して一からやり直すか。攻略サイトなどを確認しながらやり直せば問題はないはずだった。

 だがしかし少女が存在しているのはゲームの外側の現実ではなく、異世界に転生したという事実を引っ提げての現実である。


 セーブもロードも存在しない。そんな状況で失敗したらしい、と理解はできた。

 ではここからどうするか。

 困った事に少女はすぐにその打開策を思いつく事ができなかった。

 その間に周囲の少女へ向ける目はどんどん冷たいものに変わって、あっという間に遠巻きにされた。自分から話しかけようにも厄介ごとに巻き込まれたくないとばかりにそそくさと距離を取られ、いない者として扱われた。

 そうして学園に来るなというような事を遠回しに告げられて――だがそれに従うわけにもいかず少女は孤独な学生生活を送る結果になっていたのだ。


 そうして最終的に少女よりも身分が上の誰かの不興を買ったらしく、少女はあっさりと命を落とす羽目になった。


 悪役令嬢が何かをしたのではないか、とも考えた。

 だがしかし悪役令嬢は基本的に攻略対象との仲が深まった場合に邪魔をしてくるものであって、仲が良くなる以前のこの状態で何かを仕掛けてくるような事はないはずだ。

 悪役令嬢も転生者で、邪魔なヒロインを早い段階で排除しよう、と考えていたのであれば話は別だが。


 しかしそれを確かめようにも、遭遇できなかったのだ。

 実際ゲームでも誰とも仲良くならずに普通に学園生活を送るだけだったなら、悪役令嬢と遭遇する事はない。

 だが、では。

 攻略対象だけではなく、ヒロインを助けてくれるはずのお助けキャラまで自分に冷たいのはどういう事だろうか。


 困った事があったら頼ってくれよな!

 そう言って何かと助けてくれるカディル。


 まぁ、手を貸す事はやぶさかではない。

 なんて言いながらも協力してくれるはずだった高位貴族であるアルスラ。

 アルスラの助けを借りて、本来ならフォルケンを攻略する予定だったのに。


 だがそれらは何一つとして上手くいかなかった。


 こんなに嬉しくない異世界転生って、アリ!?

 原作知ってハマって大好きだった世界に転生してこの仕打ちはあんまりではないだろうか。


 そんな風に思っていた少女だったが、女神の話が本当ならそもそも最初の時点からして間違っていた。前提以前の話である。



 女神とて、自分の世界の魂を全て把握できているか、と問われるとできていない。

 人間以外の生物の魂もあるのだ。それら一つ一つを記憶できているかとなるとまぁ無理だ。

 なのでいつの間にか自分の世界から魂が一つ、ポロンと別の世界に転がり落ちていた事をつい先程知ったのだと女神は言った。


 一つ減った分空きができたそこに、今度は別の世界から迷い込んできた魂を女神が発見し、なんか余裕があるからとりあえずここに一時的に避難させておこうと転生させた。


 これが少女がこの世界に転生した流れであり、別に少女の願いを女神が叶えてあげようだとか、そういう意図は何一つ存在していない。


 最初に消えた魂は、言ってしまえば少女が言うヒロインの立場になるはずの存在だった。


 けれど――



「本来貴方の立場にあるはずだった少女は、決して彼らと恋物語を繰り広げたりはしていません。未来視などを駆使して本来の正史を確認した結果、彼女は愚かにも恋をした相手に近づいて、そうして死にました。邪魔だと判断された相手にか、それとも彼の周囲をうろつく目障りな女を始末しようとした他の誰かによるものかは伏せますが――枝分かれした分史の方でもです。つまり、彼女はどのみちこの世界で好いた相手と結ばれる事はなかった」


 女神は淡々と言う。

 その立場の女に自分が成り代わったようなものだというのなら、どのルートを選んでもバッドエンドが確定しているようなものではないか。冗談ではない。


 女神は更に続ける。


「そして流れ着いた彼女の魂は、別の世界で生を得た。かつての世界の記憶を宿した上で、ね。

 そうして彼女はその無惨にして苦しいだけの思い出を昇華しようと試みた。

 それが、貴方の言う乙女ゲームです」


「……は?」


「つまり、前世で何一つとして恋が上手くいかなかった女の妄執を形にした結果生まれたのが貴方の言う乙女ゲームで、それは原作などではないのです。だって本当は何一つとして上手くいきませんでしたからね。

 だから、何もかもを失敗した女の妄想とご都合主義を詰め込んで上手くいくようにしたのが、貴方が原作だと思い込んだ乙女ゲームなのです」


 参考にしたところで上手くいくはずはありませんよね、なんてあまりにもさらりと言われて。


 少女はその場に立ち尽くした。


 確かに、原作通りにやろうとしたところで何一つとして上手くいった試しはない。

 そもそも原作などではないのなら。


 ゲームという存在を一度抜きにして考えると、困った事に納得がいってしまった。


 身分差がある相手に馴れ馴れしく近づけば向こうが警戒するのは当然だ。自分を利用しようと考えているか、それとも何かに巻き込もうとしているか、と相手が考える可能性は充分すぎるくらいにある。

 実際少女が今まで生きていた世界でも、今まで見向きもされなかった人間が有名になった途端、顔も名前も知らない親戚が増えたり、知らないうちに親友になっている相手が増えていた、なんてよく聞く話ではないか。


 であれば最初から色々なものを持ち得た彼らが見知らぬ相手が馴れ馴れしく近づいてくる事に何も思わないはずがない。

 最初から警戒されていたし、その状態で仲良くなろうとしたところで上手くいくはずがなかった。


 ゲーム展開の通りにやろうとしたところで、それは馴れ馴れしいだけでは済まない部分もある。

 図々しいと思われたかもしれない。最初から自分を利用しようとして近づいてきたと思われるには充分すぎるくらいの失礼な態度だったかもしれない。

 警戒されたままで、恋仲になろうなど土台無理な話だったのだ。


 まずはその心の壁を取り払ってもらえるべく信用されるように行動するべきだったし、信頼してもらえるように努力するべきだった。

 原作を知っているから余裕だ、なんて思いあがった結果全てが空回りしていたのだと聞かされて。


 ぺたん、と足元から力が抜けて少女はその場にへたり込んでいた。


 そんな少女の身体が淡く光り、感覚が薄れていくのを感じて焦ったように少女は女神を見上げた。


「先程の連絡で貴方の元の世界もわかりましたし、向こうの神とも連絡がついたので帰れますよ」


 うちから転がり落ちた魂も戻ってくるようなので、これで万事解決です♪ と両手を組んで本心から嬉しそうに言う女神に、少女は何かを言おうとしたが……結局言おうとしたもののほとんどは言葉にならなかった。


 何を言えというのだ。

 女神の気紛れで異世界に転生させてみました、とかなら文句の一つや二つ、罵声の一つも浴びせたってよかったかもしれないがそうではない。

 女神はたまたま迷い込んできた魂を保護して、一時的な避難場所としてあの世界を提供しただけでそこを勝手に異世界転生だやったー! しかもここってあのゲームの世界じゃ~ん! あたしヒロインきゃっほー☆ とはっちゃけたのは少女である。


 しかも原作知識があるから余裕だと思い込んで。

 その原作知識は間違いだらけであるなどと、これっぽっちも考えなかった。

 なんかおかしいぞ、と思ってもそれは他にもしかしたらいるかもしれない転生者のせいだと思っていたし、最初から原作が間違っているという思考には決して至らなかった。


 女神に悪意は何一つとして存在していない。

 あちらの世界でも貴方は一度死んでいるわけですが、転生自体に問題はなさそうなので今度の人生は良い事あるといいですね♪ なんて来世の祝福を願う女神に悪意があったら少女はもう何もかも信じられないだろう。



「それじゃあ、もうおかしなところに迷い込んだら駄目ですよ?」


 そんな女神の言葉を最後に。


 少女の意識はふっとスイッチが切られたみたいに何も感じなくなった。

 転生者のせいで原作崩壊するパターンは一杯見たけど最初から原作が間違ってるのは見たおぼえないので煎じておきました。


 次回短編予告

 将来家を継ぐ姉と、いずれ嫁ぐ予定の妹。そして姉の婚約者。

 妹と姉の婚約者は恋に落ち、許されない恋だと思いながらもその想いも行動も止められない。


 次回 対処は速やかでした

 せめて手を出す相手が他の人であったなら――

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― 新着の感想 ―
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なんか久々に感想欄空いてて嬉しいから感想書きますね 今回、原作がそもそも違うって初めて見るパターンの作品で面白かったです。 せっかくだからヒロイン?が失敗しているところ見たかったけど、逆に断片的なと…
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