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最近のエレベーターって道路も走るようになったんですね

作者: りつりん
掲載日:2026/05/29

「え? 最近のエレベーターって、道路も走ることができるの?」 

 とあるエレベーターに乗った時のこと。

 馴染みのある行き先ボタンのほかに、『音声入力』と書かれたボタンがあった。

 その横にはマイクらしきもの。

 八階にある営業先に行く予定だったのだけれど、試しにと、近くのスタバに行きたいと呟いてみたところ、見事、道路に出てそのままスタバに進み始めたのだ。

 ドアのガラス面から覗く視界。

 同じ方向に進む車の上をすいすいと進んで行く。

 なんとも不思議な光景についつい独り言が飛び出したのだけれど、それを拾ってくれた人がいた。

「みたいですね。私も初めて乗りました。こんなエレベーター」

 そう言って、同じエレベーターに乗り合わせた女性はくすくすとなんとも可笑しそうに返してくれた。

 それが、彼女、篠崎瑠々との出会いだった。

 本来であれば、エレベーターとは設置された建物内を上下に移動するためのもの。

 なので、エレベーターに乗った時点で建物外に出ると言うことは、目的地に行けないということを意味している。

 俺はまだ営業先に行くには早かったので、半信半疑で試してみたけれど、彼女はそうでなかったはず。

 なんとも申し訳ないことをしてしまった。

「あ、すすす、すみません! 俺が勝手にスタバ行きたいって言っちゃったもんだから……」

 しどろもどろながらも、俺の口はなんとか謝罪の言葉を発することができた。

「あはは。全然です。私も別に急いではなかったで。それにしても、不思議な光景ですね。なんだか、このまま知らない世界にも行けそうな気がしちゃいます」

 そう言って、彼女はその瞳に揺蕩う光を愛でながら、進路を見つめた。

 たぶん、一目ぼれだったのだと思う。

 俺は、しばし彼女の横顔から目を離すことができなかった。

 数分後、スタバについたエレベーターは、聞き慣れた音を出しながらドアを開けてくれた。

 開いたドアの先から、エレベーター内で嗅ぐことのない排ガスとその他諸々が交じり合った匂いが入り込んでくる。

 走行時よりも高度(?)は下がりはしているものの、それでもやや浮いているようで、ドアとアスファルトの地面の間には数十センチの段差がある。

「これって、このまま買って戻って来るまでここにいてくれるんですかね?」

 ドア横の『開』ボタンを押したまま、俺は彼女に疑問を共有する。

「うーん、どうなんでしょう。もし待ってくれなかったら、帰りは歩きになりますね。ここからあのビルまで15分くらいでしょうか」

「そうですよね。エレベーターって、基本同じところを行ったり来たりするからこその安心感在りますけど、これはそうじゃないですし」

 俺も好奇心でここまで来たものの、さすがに帰り歩きではアポの時間には間に合わない。

 彼女だってさっきは笑ってくれたが、ここでエレベーターに戻られてしまっては困るはず。

 と、いろいろ考えはしたが、彼女も彼女で好奇心には勝てないタイプらしく、互いに「行っちゃいますか?」「行っちゃいましょ行っちゃいましょ」となんとなくの合意をしつつ、降りてみた。

 意味はなさないかもしれないけど、試しにと『開延長』を押して。

 数分後。

 スタバから各々注文したものを手に出てくると、エレベーターはまだそこにあった。

 珍しい浮遊物に興味を示したらしい数人が周囲に集まっていた。

 気持ち、わかる。

 ちなみに、店内からエレベーターの止まった場所は見えはしたけれど、あえて俺たちは見なかった。

 だって、その方が楽しいから。

 結果が分かってるとつまんないしね、って感じで。

 本当にいなくなってたらどうしようってドキドキもあったけど、それを共有できる人がいたのが大きい。

 なんだか、童心に返った気分になれた。

「ありましたねー」

「ですね。よかったです」

 俺はあまり触れることのないエレベーターの外側にそっと触れた。

 外側ってこうなってるのか。

「私、遅れるとヤバいアポだったんですけど、これで間に合いそうです」

「それはまた冒険しましたねって言いたいですけど、俺もこのエレベーター戻ってたらアポに間に合わなかったんでお互い様ですね」

 互いになんとも言えない感情の笑いを交換する。

 その後、エレベーターに乗って出発のビルに戻った俺たちは、そのまま解散となった。

 もしかしたら、帰りも彼女と同じエレベーターになるかもと思っていたが、残念ながらそうはならなかった。

 ちなみに、用のあったビルには五基エレベーターがあるが、音声入力可能なものは一台だけだった。

 もしかしたら家まで送ってくれるかも、なんて思いはしたが、他にも使用する人がいることを考えると、迷惑をかけられないと思い踏みとどまった。



 仕事も終わり、家に帰ってからふと思いついて道路を走るエレベーターを検索してみた。

 相当目立っていたし、誰かがネットにアップしているかもしれない。

 そう思って。

「お、やっぱりあった」

 複数のSNSに上げられたそれは、なんとも不思議な雰囲気を醸し出していた。

 地上から浮く、むき出しのエレベーター。

 中の洗練されたデザインとは異なり、外側はどこまでも無機質。

 周囲にある車のデザインと比べると、異質さがすごい。

 エレベーターをビルと繋ぐロープはどこまでも出発点にあるようで、ピンと張り詰めていた。

 まあ、それはそうか。

 それで動いているんだもんな。

 でも、あの長さはどうやってるんだろう。

 収納大変そう。

 そんな適当な思考と写真を流しながら、俺は徐々に落胆していく。

「顔は……見れないか」

 さすがに少し浮いていたせいもあってか、どの写真でもエレベーター内を見ることはできなかった。

 実は、一緒に乗った女性の顔を今一度見たくて探したのだけれども。

「名前でも聞いておけばよかったな」

 椅子に軋りと背をもたれさせる。

 エレベーターが道路を走ったという高揚感ゆえに、すっかり女性に名前どころか、自己紹介すらもしていなかった。

 一目ぼれしたというのに。

 なんとも間抜けな自分である。

 いや、でもいくら突飛なエレベーターに乗ったからと言って、名前などの個人情報を聞くのはさすがに違うか。

 でも、特殊な体験をしたからこそ、顔しか知らないのになんだか親密になれたような気もするし。

 なんてことをウジウジと考えていると、数日後には開発者のインタビューがネットにアップされていた。

『エレベーターって同じビル内でしか動けないじゃないですか? だからこそ、私はそこに機能性だけじゃない、前衛芸術的な要素も持ち合わせたものにしたかったんです!』

 と、とても嬉しそうに語る若い研究者の姿がそこにはあった。

 ビルのオーナーも出演していて。

『いやあ、最初はどうしようかと悩んだんですがね。彼女の熱意に押されてしまいましたよ』

 と、下心がやや侵食していそうな瞳が妙に輝いていた。



 それから数週間後。

 俺は再びあのビルへと行く用事ができた。

 なんとなく、彼女に会えるかもしれない。

 そんな期待が胸に広がっていたせいか、いつもより足取りは軽かった。

 本当はもっと早くに来たかったけど、用事もないのに来て彼女の存在を期待するなんて、ストーカー思考過ぎて俺には無理だった。

 そして、ビル内。

 外の喧騒が弾かれた空間のその先、エレベーターホールに件の彼女がいた。

 少しだけ下を向く横顔。

 微かに彼女の表情には影が落ちているようにも見えた。

 浮かれた気持ちがくんと地に足を着ける。

 声をかけるべきか悩んでいると、彼女がこちらに気づき、パッと笑顔が咲いた。

「あ、あの時の!」

「ど、どうも」

 俺は期待していたことを必死に隠しながら、彼女に挨拶を返す。

「お久しぶりです。お元気でしたか? って固すぎますね」

「あはは。いえ、そちらこそ、お元気でしたか?」

「はい。おかげさまで」

 言って、彼女はハッとした顔をする。

「そう言えばお名前お聞きしてなかったですね。私は篠崎瑠々と言います」

 ぺこり、と彼女の頭を下げる。

「ご丁寧に。こちらは野戸隼人と言います」

 俺もつられてぺこり。

「くふっ。出会いが不思議エレベーター過ぎて、なんだか距離感わかんないです」

「俺も同じこと思ってました」

 一目ぼれはしたけれど、そのタイミングが謎技術のエレベーターだったこともあり、どう会話をしようかとしていたところに、彼女が軽やかに話題を落としてくれた。

 そこからはなんかだか自然と会話を紡ぐことができた。

「あ、エレベーターでまたスタバ行きます?」

「んー、今回はやめときます。楽しかったのでまた行きたいですけど、今日のアポは遅刻厳禁なので」

「ちなみに、このビルはよくいらっしゃるんですか?」

「いえ、あの時以来です」

「そうなんですね。実は俺もです」

 なんて、感じで。

 ただ、会話できたのは、エレベーターが来て目的階に着くまでの間。

 数分に感じた時間は本当は数十秒で。

 豊富に感じられた会話内容も本当は少しだけで。

 振り返れば、俺の必死さだけが空回りし膨らんでいた空間と時間の中で、不思議と俺は満足をしていた。

「それじゃあ、また」

 篠崎さんの方が先に降りる階に着き、 彼女は軽やかにエレベーターの外へと飛び出した。

 このまま別れると次会うのはまた数か月後かもしれない。

 そんな焦燥感にかられた俺は、咄嗟に同じ階へと足を踏み入れる。

 もちろん、ドアも閉まり、エレベーターは俺の本来行くべき階へと動き出す。

「えっと、ここは私が用のある階ですよ?」

 ちょっとだけ、彼女は警戒心を滲ませながら、こちらを見つめてくる。

 それはそうだろう。 

 二回会っただけの男が用のない階に降りたのだから。

 俺はそんな彼女の警戒心を逆なでしないよう、しっかりと目を見つめながら可能な限り真摯さを乗せた声を出す。

「あ、あの、連絡先、教えてください!」

「え?」

「教えてください!」

 もうゴリ押すしかない。

 そう思った俺は、二度叫んだ。

 真摯に、真摯に連絡先を教えてほしい。

 声だけじゃなくて、想いも真摯に。

 また話したい。 

 数か月後の偶発性に任せるのは嫌だと。

 もしこれで引かれたのなら、俺も身を引こうと。

 そう決めて。

「ふっ、あはは。私が階間違えたのかと思ってびっくりしたじゃないですか。もちろん、いいですよ。私もまた話したいなって思っていたので」

 ふふふ、と彼女は目じりを下げつつ笑ってくれた。

「ほ、ほんとですか!? ていうか、すみません。なんか、声出す前に体が動いてしまって。怖いですよね……」

「いえ、そんなことは。なんだか野戸さん、親近感湧くので」

「そうです、かね?」

「はい。そうです」

 篠崎さんのほわほわとした笑顔に脳内を麻痺させられた俺は、夢心地のまま連絡先を交換し、ほわほわとした足取りのまま、次のエレベーターへと乗り込んだ。 

「よっしゃああああああああああああああああああああああああああああ!」

 チン、という音と共にドアを閉じたエレベーター内。

 急に現実に沿ってキュッとしまった思考。

 と、同時に押し寄せてきた嬉しさに、俺は抗うことなく叫んだ。

 そして、その勢いのまま、ついついエレベーターにあのスタバに行きたいと告げてしまい、スタバへと運ばれてしまった。

 もちろん、アポには遅刻したし、そのアポは篠崎さんと同じで遅れたら駄目なタイプのやつだったので、しこたま色んな人に怒られたことは言うまでもない。

 それでも、俺は軽やかな足取りで家路に着くことができた。

 なんせ、篠崎さんと数か月の時を経て繋がることができたのだ。

 スマホに入った新しい連絡先に、俺の心は踊った。



 連絡先を交換してから、俺たちは何かと連絡を取り合い、なかなかな頻度で会うようになった。

 気が合う、と言えばいいのかもしれない。

 一緒にいるとシンプルに楽しいのだ。

 話も弾むし、テンションも上がるし、互いに笑顔になれる。

 もしかしたら、このままお付き合いできるのかな、なんて勘違いをしてしまいそうなほどに、距離は近くなっていると思う。

「でねー」

 俺の横で、瑠々さんは楽しそうに赤ワインの入ったグラスを傾ける。

 今月はまだ半ば、と言うところだが、すでに三回目の二人飲み。

 瑠々さんはなかなかの酒飲みで、こうして二人で飲むとこちらが心配になるほど飲む。

 けれど、泥酔した様子を見たことはない。

 俺はそれほど強い方ではないので、毎度、酒に飲まれないように気を付けている。

 今日も今日とて、周囲から見れば他愛のない会話で、俺と瑠々さんはすこぶる楽しい時間を共有する。

「あ、そう言えば」

 と、俺はとある話題を持ち出した。

 それはちょうど今朝、仕入れたニュースに関すること。

「あのエレベーター、外に出られる機能、なくすっぽいね」

「そうなの?」

「そう。結局、エレベーターって同じ建物内を上下に動くことに意味があるってことで、オーナーがそろそろやめましょうかって開発した人に提案したっぽい。実際、悪戯で使われることが多くて、行きたい階に行けないって苦情が出てたらしいし」

 俺は朝のニュースで見た内容をそのまま言葉にしていく。

 思い出の機能がなくなるのは残念だけど、悪戯に使われてしまってはさすがに、納得せざるを得ない。

「残念だなぁ。せっかくの思い出の場所、というか機能なのに」

 瑠々さんは寂しさを紛らわせるように、ワインをさらに口に含む。

 前衛芸術的なエレベーターも、俺たちの出会い以外に、大きな役割を果たせなかった。

 いや、逆に言えば、俺たちの出会いをもたらしてくれたのだからこそ、その存在は俺たちの中に残り続ける。

 俺は酒で思考の鈍り始める脳内で、そんな呑気なことを考える。

「なくなっちゃうんだよねぇ。……どうしようかな」

 けれど、俺とは対照的に、これまでの明るさを凝縮したような瑠々さんとは異なる、どこか影のあるため息に俺の心は微かにざわついた。

「どうしようって?」

「ん? 私、そんなこと言った? あはは、気のせいじゃないかな」

「あ、そうだね。気のせいかも 俺も酔ってるし」

 なんて言って、俺はくいっとレモンサワーを仰いだ。

 妙に苦みを感じたそれは、嫌な感覚で胃まで流れて行った。

 そのまま、日をまたぐ前に別れはしたものの、俺の脳裏には瑠々さんの寂しげな横顔と、何よりあの一言が忘れられずにずるずると思考を引きずる。

 何が、どうしようだったのだろう。

 酔いが覚めた翌日も思考は巡る。

 些細な、それこそ、こちらの考えすぎで、何となく発した言葉なのかもしれない。

 それでも、俺にはどうしてもそうは思えなくて。

 仕事を終えた後、昨日から収まらないざわつきを胸にあのビルへと足を運んだ。

 残業だったこともあり、ビルに着くころには深夜へと空は流されていた。

「エレベーター、外に出てる」

 たどり着いた思い出の場所。

 ビルの入り口は開いていて、そこからエレベーターロープが空に向かって真っすぐに伸びていた。

 俺は直感的にその先に瑠々さんがいると思った。

「失礼します」

 人の気配の感じられないビル内。

 いくらドアが開いているとは言え、確実に不法侵入。

 でも、ここで瑠々さんの元に行かなければきっと後悔する。

 そう感じた俺は、不法への緊張感を抑えつつ、エレベーターホールへと向かった。

 ぽかりと開いたドアが一つ。

 俺はすぐさま、一つ、エレベーターを呼ぶ。

 たしか、外に出られるエレベーターは二基。

『いや、調子に乗って二つ整備しちゃったんですよ』

 と、お調子者の社長がインタビューで言っていたことを思い出す。

 あの時は『いや、さすがに二基はいらんだろ』と思っていたけれど、今こういう状況になるとありがたさしかない。

「瑠々さんのところまで連れて行ってくれ!」

 到着したエレベーターに乗り込んだ俺は、すぐにマイクに行き先を告げる。

 そして動き出すエレベーター。

 あの日以来の窓越しの景色。

 ビルを出て、ぐんぐん空へと昇っていくそれは、まるで俺だけを乗せて空へと消えてしまいそうなほど。

 そして、辿り着いた空の先。

 開いたドアの先で、エレベーターの上に立ち、遠くにいる星々の光に照らされながら宇宙と地球の狭間でその存在を揺らす彼女がいた。

「……隼人くん。どうしてここに?」

 そう言って笑う彼女の目は赤く腫れていた。

「それはこっちの台詞だよ。瑠々さん、何があったの? どうしてこんなところに?」

「そう、だね。なんでだろね……。ううん、違うの。でも、違わないの。私は……。私……」

 蹲る彼女。

 耳を揺らす嗚咽は、俺の心も揺らす。

「勝手にここまで来てごめん。話せないことなら言わなくていい。でも、俺は知りたい。瑠々さんが何を抱えているのかを知りたいんだ」

 俺の想いは瑠々さんへと届く。

「……ありがと」

 彼女は話してくれた。

 宇宙探索隊の一員として天の川銀河の外からやってきたこと。

 けれど、その途中で不慮の事故により、自分一人が宇宙空間に投げ出されたこと。

 不幸中の幸いで、命は助かり、地球にたどり着くことができたこと。

 地球が思いのほか、自身のいた星に種々の環境が近く、直ぐに適応できたこと。

 けれど、探索隊、そして、母星への連絡手段も何もなく、この星で命尽き果てるまで生きるしかないと理解したこと。

 空が、宇宙そらが遠くに感じたこと。

 そんな絶望の中で、このエレベーターと出会ったこと。

 少しでも故郷の星に近づくことのできるこのエレベーターと出会ってからは毎日のようにここに来ていたこと。

 このエレベーターで来ることのできるこの場所が、微かな救いとなっていたこと。

 けれど、それももう終わってしまうこと。

「嫌いじゃなかったの。この星で暮らすこと。みんないい人でしたし、何より、文化も空気も私の暮らしていた星に近かった」

 でも、と彼女は続ける。

「だからこそ、辛くなった。こんなにも母星に似ているのに、私の居場所はここにはない。人間としてこの世界に溶け込めても、私は人間じゃない。どうしようもない疎外感と絶望感でいつも押しつぶされそうだった。でも、だからってどうしようもできなくて……。実はね、心が限界に来たとき、このエレベーターだけじゃない。あなたにも出会ったの」

 彼女の瞳は、地球人のそれとは異なり、まるでその中に星々を散りばめたかのように煌めいている。

「エレベーターに乗って、なんでかスタバまで行って、初対面の人と笑い合って。そんな信じられないようなことが起きて、私の心は救われた。ああ、この星にいていいんだ、人間として生きていけるのかもしれないって思ったの」

「瑠々さん……」

「でも、このエレベーターがなくなるってわかった時、怖くなった。また、私はこの星で一人になるかもしれないって。君との関係もなくなってしまかもしれないって。バカみたいだよね。そんな些細なことで、この星で築いてきたものを私は信じられなくなる。まるで、私が私じゃないみたいに、怖くなるの。私がわからなくなるの……」

 言って、彼女は座り込み涙をこぼす。

 しかし、涙は落ちることなく、彼女の周囲をふわふわと漂う。

 まるで、悲しみを留めるように、彼女を追い詰めていく。

 そんな彼女にかける言葉を俺は見失ってしまう。

 彼女の大きな悲しみを前に、自身の無力さを噛みしめることしかできなかった。

「だからね、これでもう隼人君ともお別れ」

「え? なん、で?」

「君が私に好意を寄せてくれていることは、なんとなくわかってた。嬉しかった。嬉しかったよ」

「じゃ、じゃあ……!」

「けど、こんな私じゃ、君の傍にはいられない。人間じゃない私を好きになってもいいことなんて、きっとないよ。君は幸せになれない。甘えてたんだ。君の優しさに。君の眩しさに。君との時間に。君からの愛に。ごめんね。何も返すことができなくて。ごめんね。これまで一緒にいてくれてありがとう」


―――私も、好きだったよ


 そう言うと、瑠々さんはエレベーターへとその身を身を戻し、そのまま地上へと降りて行った。

 すぐに追いかけたが、俺がビルに戻った時には瑠々さん姿はそこにはなかった。



 空で瑠々さんと会ってから一週間が経った。

 これまでならこの一週間という時間は、瑠々さんとの時間で多くを埋めていたはず。

 しかし、気が付けば、俺のスマホから彼女の連絡先が消えてしまっていた。 

 連絡をしたくてもできない。

 彼女からも、もちろん連絡はない。

 それはそうだろう。

 明確な別れを彼女から告げられてしまったのだから。

 俺は彼女の悲しみと苦しみを理解しようと、何より、彼女を忘れたくなくて、何度もエレベーターで空へと昇った。

 俺は彼女の影を追うように、空を目指した。

 けれど、何度空を掴んでも、彼女の苦しみを理解することは難しかった。

 当たり前だ。

 彼女と俺は違うのだから。

 しかし、一つだけ、瑠々さんとは別方向からの違和感を覚えていた。

 なんかこう、空に昇るたびになんか変だと感じるのだ。

 それが何かわからないけれど、すごく重要なことな気がすると。

 そして、幾度目かの空で俺はふと気づくことになる。

「ん? ちょっと待って。なんで、このエレベーターってここまで来れてるの? 地球にこんなテクノロジーなくないかな?」

 そう、唐突にこのエレベーターの違和感に気づいたのだ。

 いや、気づかなかったのはどうしてだろうか。

 え? 

 どういうこと?

 なにこれ?

 急に怖くなった俺は、エレベーターの側面にしがみつく。

 と同時に、希望の光が差し込んできたことに思わず笑みを零した。

 


「ありゃ。バレちゃいましたか」

 翌日。

 俺が訪れたのは、外に出ちゃうエレベーターを開発した女性のもと。

 オーナーに直談判し、紹介してもらったのだ。

 興梠さん、という方だった。

 たはは、と開発者の彼女は気まずそうに、しかし、どこか嬉しそうに頬を掻いた。

「いやー、実は私、地球外生命体でしてー。今風に言うと、外星人ってやつですかね。元々、私のいた星には芸術とかそう言った概念ってなくて、遊び(・・)を楽しむ文化がなかったんですよ。私が変な発明するたびに、皆『いや、本来の機能を損ねてどうするよ?』って夢のないことばかり言ってくるんです。それで、どこかにそんな遊びを楽しんでくれる星はないかなって探してたら、地球にぶつかりまして」

 と、クルクルとデスクの上に置かれた地球儀を興梠さんは軽やかに回す。

「地球っていいですよね。前衛芸術って言ってしまえばみんな『ほー、そう言う視点からも捉えられるんだ』と楽しんでくれますし。私もそんな空気感がたまらなくて、色んな発明をしてきました。だた、地球の現時点でのテクノロジーを超えたものも生み出してたので、そこらへんは皆さんが違和感を持たないよう、地球の大気中にそういう成分を含ませたアレコレを拡散させましたけど」

 いや、今、結構さらりと怖いこと言ったな、この人。

「でもまさか、大気の外に行っちゃう人がいるとは」

「すみません」

 なぜか謝る俺。

「いえ、私の設計ミスです。ま、それはいいとして、聞きたいことがあってここに来たんですよね?」

「はい」

 かくかくしかじか。

 俺は瑠々さんのことを説明した。

「なるほど。その愛する方を母星にお返ししたい、ということですね?」

「えっと、まあ、ざっくりと言えば」

 そう、俺はエレベーターが地球外のテクノロジーと気づいた時に閃いたのだ。

 これを開発した人はきっと地球外の存在。

 ということは、瑠々さんを母星へと返す方法や知識を有しているかもしれないと。

 あくまでも俺の勝手な考えではあったけれども。

「それで、瑠々さんを母星に返す方法って何かありますかね……?」

「あ、たぶん、大丈夫です」

 興梠さんはぐっと親指を立てる。

「私の開発したこのエレベーター、結構万能なんですよ? これまで生み出してきたモノとは違って、機能性も追求してるので。実は、あのエレベーターにつけられたマイク、アカシックレコード的なそれっぽいのに繋がってまして、この宇宙に存在している場所ならどの星の言語でも呟いてしまえばそこに行けてしまいます。もちろん、時間も思いのまま。何万光年離れていようと、乗ってしまえば一秒でたどり着けます」

「すごいですね」

「ふふん。すごいでしょう」

 ぐんと胸を張る興梠さん。

 なんと頼もしいことか。

 俺はあまりにも眩しい希望に、思わず目を細めた。

 微かに、何かで視界が滲んでいることはご愛嬌だ。



 というわけで、そこからはとんとん拍子だった。

 瑠々さんをエレベーターに乗って見つけ出し、瑠々さんに事情を話し、瑠々さんは故郷の星へと帰ることになった。

 エレベーターに乗って、瑠々さんのもとに行った時、瑠々さんは目ん玉飛び出るのかなって言うほどビックリしてたし、赤面してた。

「あんなに切ない感じで別れたのに、こんながっつり会いに来られるとは思わなくて……」

 ということだった。

 すっごく可愛かった。

 うん。

「それじゃあ、準備はいいですか?」

「あ、は、はい」

 興梠さんはエレベーターの前に立ち、出発の準備を整えてくれた。

「ちなみに、エレベーターロープ自体は長すぎると邪魔だし、地球の大気圏抜けたら切り離すようになってます。ただまあ安心してください。エレベーターロープが繋がってなくても、このエレベーターがあればまた地球には戻って来れますので。私も愛する者同士を永遠に会えないなんて意地悪なことはしたくないですしね」 

 興梠さんは俺と瑠々さんを見てによによと楽し気な笑みを浮かべる。

 そんな興梠さんの視線に恥ずかしさを覚えた俺は瑠々さんを見る。

 瑠々さんも恥ずかしさを覚えたようで、頬を赤らめながらこちらを見てくれた。

「えっと、隼人さん、また、会いに行くね。今度は地球人でもそうでもない存在としてじゃなく、私として」

 瑠々さんは笑った。

「うん。待ってる。俺も俺として、瑠々さんを待ってる」

「隼人さん、愛してる」

「俺も愛してる」

 愛の言葉を交わした後、エレベーターのドアはいつものように閉まり、そして、空へと動き出す。

 こうして、瑠々さんは母星へと帰っていった。

 またきっと会える。

 このエレベーターがある限り。

 俺は次、また瑠々さんと会える日を想い、抜けるような空の青をただただ見つめ続けた。



 瑠々さんを見送った後、興梠さんはこちらに歩み寄り、耳元で囁いて来た。

「ちなみに、あなたはどちらの星出身なんです? 帰らなくていいんですか?」

「ん? なんのことですか?」

 俺は首を傾げる。

「いえ、エレベーターに乗って私が散布したものの効果が切れる高度まで行ったら、地球人なら普通に死んでます。なのに、あなたはそうではなかった。これはあなたが地球人ではないということの証左にもなります。篠崎さんは地球歴が短いがゆえに疑問に思ってなかったみたいですが、私くらい長くなると、ちょっとした違和感ですぐに地球外の存在だと気づけるんですよ。私はこの地球を愛しています。人類を愛しています。もし、あなたがそれらを傷つけることを目的とした存在なら、私は容赦しませんよ?」

 ギラリとした目が俺を捉えてくる。

 怖い怖い。

「別に、どこだっていいじゃないですか。俺という存在が、たまたまこの地球と言う場所で瑠々さんに恋をした。ただ、それだけのことです。もちろん、この地球、そして地球に存在するものに危害なんて加えませんよ」

「ふーん。まあ、あなたがそういうのであれば、そういうことにしておきましょう。今はね」

「……」

 見上げた空、その先にある母星。

 瑠々さんと違って帰るつもりのない母星を俺は睨みつける。

 俺はただ、愛が育まれた場所を守るだけだ。

 それが例え、母星を裏切る結果となっても。

 どんな結果をもたらしたとしても。

 母星、そしてそこに暮らす連中とは違い、俺を愛してくれた瑠々さんと、瑠々さんと愛を確かめ合ったこの地球を俺は守ると決めたのだから。

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